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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」
Name: ここち◆92520f4f ID:81c89851 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/29 04:21
■月×日(悪の秘密結社ブラックロッジ)

『福利厚生不備。希望者は社員寮へ入居可能』
『未経験者の方にも親切な先輩達が丁寧に指導してくれます』
『魔術師資格取得補助制度あり』
『希望者への海外研修プラン、年数回の慰安旅行あり』
『※給料は完全出来高制です。個々人の能力が限界まで問われます』

『そんな訳で、今年もブラックロッジの一部で開催されている慰安旅行の季節が近づいて来た』
『今回の旅行先はインスマウスの海岸、ホテルはインスマウスリゾートホテルに数か月前から予約を入れているらしい』

『ところで、覇道の連中に乞われて怪事件の調査に協力する事になった』
『アルアジフのページの仕業である可能性を考えると、大十字九郎とその協力者には是が非でも同行して貰いたいらしい』
『調査中に滞在するホテルは、出資者である覇道財閥の為にスイートを用意してくれたらしい』
『よくよく考えなくても、原作の時点でインスマウスの調査とブラックロッジの慰安旅行が重なるのは分かってた事なのだが、今の今まで頭からすっぽりと抜け落ちていたようだ』
『ここは一つ搦め手で。一計を案じて夢幻心母へ』

『まず、参加不参加は別で一応全員出席の旅行計画の会議へ』
『周囲の連中に遅れてきた事を誤りつつエルザにこっそりメールで指示を出す』
『慰安旅行の旅のしおり片手に旅行の日程や行き先を説明するドクターに、旅行先の変更を申し出るエルザ』
『ドクターは当然渋った。なにしろ既にホテルの予約は取ってあるのだ』
『だが、そこでエルザは旅行先が海である事を巧みに利用した逆転の一手を放つ』

『「エルザは、博士の肌を他の男に見られたくないロボよ……」』

『「え、エルザ……そこまで吾輩の事を考えて……!」』

『ドクターの手を両手で握りしめるシリアス顔のエルザと、感極まって今にも眦から涙を溢れさせそうなドクター』
『そんな偽二人の世界を構築するエルザとドクターを放置し、計画を作り直す下っ端の纏め役の人』
『数分の話し合いの後、行先は山の方に変更』
『俺と美鳥は下っ端代表の人に私事で不参加の旨を伝え、数分と立たずに会議はお開きとなった』

『何時か、俺が正体バレを気にしなくていい立場に立つ周にでも、しっかりとブラックロッジ側で慰安旅行に参加してみるのもいいかもしれない』

―――――――――――――――――――

肌をじりじりと焦がす、照りつける日差し。
見上げた天に蒼井そら……もとい、青い空、白い雲。
見下ろした先には果てしなく広がる、どこまでも蒼い大海原。
白い砂浜には人が溢れ、降り注ぐ日差しの下でそのエネルギーを発揮してこの情熱の季節を謳歌している。

海、である。
完膚なきまでに海だ。

「海ですよ先輩!」

思わず粉バナナのポーズで大十字に振り返る。
何しろ海だ。
いや、海自体はダンジョンアタックの時に腐るほど来ているのだが、海辺で遺跡がある場所は大体砂浜も糞も無い様な場所ばかりなので、砂浜を見ること自体が稀なのだ。
というか、海水浴客が居る、というだけで何故かテンションが上がる。
テンションが上がる。
大事な事なので二回思い浮かべました。
よくよく考えてみれば、まともに一般客が居る海水浴場なんて、元の世界で考えたら何年ぶりだという話だ。
この世界に来る前で言えば村正世界では少し立ち寄った気もするのだが、あそこでは速攻で海の家に行って飯を食って綾弥一条を誘導した覚えしか無い。
更に一つ遡るとスパロボJ世界での海水浴だが、あれは関係者以外存在しない、一種の貸し切り状態であった。

「あぁぁ~、そうね、海ね」

俺の無駄なテンションとは対照的に、大十字のテンションは地の底まで落ち、持て余し気味のワガママボディがそのオーラを絶の状態にしてしまう程にヘタレている。
が、そんなものは知った事では無いのである。
確かに俺は一人で勝手にバーニンアップしているが、そうでなくても、外から見てごく一般的な観光客に見える程度の振る舞いをして見せなければならない理由があるのだ。

「先輩、先輩。ふと思い出したんですが、一応名目上はここに来てるのもお仕事なんですから、そこまで表立ってヘタレ無いでくださいよ」

―――――――――――――――――――

目の前で左右の腰に手を置き、呆れた表情で私を見下ろす卓也に、お座成りに手をひらひらと振りながら答える。

「そりゃ、一応覚えてるさ。お仕事だもんな」

そう、余りの暑さにやる気が削がれに削がれまくっているが、それは一応覚えている。
事の始まりは、そう、覇道邸の改修が完了して、改めて呼び出された時だったか。
ウィンフィールドさんが言うには、覇道の所有するリゾート地で怪事件が相次いでいるらしい。
そこで、一月ほど前から船の難破や観光客の失踪などが頻発し始め、事が大きくなり始めているらしい。
更に、事件に関連性があるかどうかは判断しきれていないようだが、奇妙な噂も流れている。
よくある怪奇現象の類だ。
曰く、夜中に不気味な呻き声にも似た呪文の様な声が聴こえる。
曰く、海面に明らかにクジラのモノとは異なる巨大な魚影が浮かび上がっていた、等々。

「覚えてるけど、これ、調査の必要あるかぁ?」

どう考えても〈深きものども(ディープワンズ)〉の仕業としか考えられない。
そもそもの話として、インスマウスという土地自体が余り宜しい土地柄ではない。
そんな事は、陰秘学科で魔術を学んでいる人間にとっては、途中で中退でもしない限り知っていて当然の事実だ。
今では覇道財閥が所有する中で、というか、アメリカでも有数の観光地として名前が売れているが、ここらの土地が消極的邪神崇拝組織、あるいは邪神眷属が身を隠す土地である事はよくよく囁かれていた。
土地の連中が巧妙に偽装を続け、邪神眷属としての活動を控えていたり、明確な証拠が存在しなかったりするせいで手が出せなかったのだ。
証拠をつかめない程に活動を控えていたのは、覇道財閥が観光地化する事により人を増やし、陽の気を多くする事で連中の活動を妨害していたお陰、というのもあるのだが、それが狙いで観光地化したのかと聞かれれば首を捻る。
何しろ、彼等が邪神眷属であるという事実を知っていながら、殲滅する為の証拠を探すのではなく、生かしたまま封じ込めておく理由が分からない。
一応、私と卓也と美鳥で話を纏めて、覇道財閥のリゾート開発に何らかの魔術的な裏が無いかをウィンフィールドさんに確認してみたのだが、少なくとも覇道財閥の公的な記録にはそれらしい記述は存在しなかったらしい。
人が多くなる事で生まれた陽の気で活動しにくくなっていただけで、〈深きものども〉はまったく行動を起こせないという訳では無いのだ。

「原因の中りが付いてるんだから、それこそ調査なんて何処に本拠地があるかどうかを調べる程度だろ。だってのに……」

目の前の卓也の服装を見る。
海パンにパーカーの、如何にも遊びに来ましたと言わんばかりの服装だ。
ついでに私も、ツーピースで布面積多めの白のセパレーツ(濡れても透けない素材らしい。店頭で確認もした)に、似たデザインのパーカー。
私の草臥れ方から多少印象はばらけるかもしれないが、どう見ても遊びに来た大学生のあんちゃんとねえちゃんにしか見えないってのはどうなんだよ。

「先輩、せっかく海に来てるんですから細かい事は言いっこなしですよ。ほらほら!」

手を掴まれ、腰を下ろしていたチェアから引き起こされる。
日除けのパラソルから出た途端降り注ぐ日差し。
うむ、ダレる。
このまま日光で消毒されて跡形もなく消滅してしまいそうだ。

「いや、仕事なのはわかってるけど、もうほんと駄目なんだって。普段魔術とかそんな枯れた青春送ってるせいで、この日差しが私を拒絶さえしているんだよ……」

「先輩にはいい加減魔術師=灰色の人生、みたいな認識を改めて欲しいんですがそれは置いておくとして、まだ学生なんだから学生らしくはしゃぎましょうって。……それにですね」

手を引っ張られるまま力無く引き摺られ、そのまま愚痴をこぼしていると、手を掴んでいた卓也が背中に回り後ろから押し出し始める。
やる気の感じられない説得の後、顔を近づけての耳元で囁き。

「昼間は人目が多過ぎて、相手側も動きを見せません。現時点ではごく普通の観光客を装っておいた方が、本格的な調査をする時に話が楽に進むと思いませんか? どうせ今の時間は尻尾を出すようなヘマはしないでしょうし」

だから、今はそれっぽく振る舞いましょう。
そう告げる卓也に頷くも、私はやはりどこか納得がいかなかった。

「お、おう……」

いや、言ってる事は正しい。
現時点では偽装するつもりも隠ぺいするつもりもないにせよ、相手はこれまで只管水面下で息を潜めていた連中だ。
まさか真昼間からフル装備で自分達の事を嗅ぎまわっている余所者に気取られるような動きを見せる筈が無い。
となれば、調査に来た私達自身が、周囲の観光客と同じく見える程度には演技しておかなければ、最悪の場合、相手は私達の調査が空振りに終わるまで何も事件を起こさず、尻尾を出さないかもしれない。

そう考えれば、水着、レジャー、大いに結構。
なのだが……

「リューカ様、そちらに参りました!」

「お任せを」

「ガンバレー! ウィンさーん!」

「リューカお姉ちゃん! そのままじゃ回り込まれるよー!」

背中を押されて辿り着いた先には、砂浜に砂塵を巻き上げながら疾駆する二人の女性の姿。
砂浜であるにも関わらず、頑ななまでにメイド服を着続け、なおかつ顔色一つ変えないウィンフィールドさん。
もう一人は、十字の白抜きが施された黒のビキニに身を纏うシスター──リューカさん。
二人は細長い紐を巧みに操りトリッキーに動き回る緑色と黒色の縞模様の球体を相手に、割と白熱した戦いを繰り広げている。

「あのめちゃくちゃ関係無い人達は何なんだよ!」

緑と黒の縞模様の球体──西瓜と追いかけっこをしている二人と観客を指差す。
明らかにこの場に居る筈の無い人が紛れ込んでいる。

「先輩……。雇い主が現場の視察を行うのは、世間ではありふれた事態なのですよ」

「そっちじゃなくて!」

だというのに、卓也はふぅやれやれと言わんばかりに首を振り見当違いな答えを返してきた。
私が言う関係無い人達とは、もちろんリューカさんにガキンチョども。

「一応言っておくけど、あたしらは関与してねーかんな」

西瓜とメイドとシスターが繰り広げるハイスピードアクションとは別の方向から声が響く。
美鳥だ。
派手なボディラインではないが、身体を動かしているからだろうか、全体的にメリハリのある、猫科の肉食獣にも通じる色気のあるしなやかなボディ。
ワンピースタイプで、背中とヒップの一部が露出した、過剰過ぎない色気のある水着を纏った美鳥は、手にカレーの乗った皿を持ったままうんざり顔だ。

「たぶん、アリスン辺りは止めてたんだろうけど。ま、律儀者は横着者に勝てないってのが世の常なんだろ。────んで、ほらほら見てよお兄さん! このカレーの粉っぽさはまさに夢に見た海の家カレーだよ!」

瞬時に笑顔に切り替わり嬉しそうにはしゃぎながらカレーの皿を卓也に渡す美鳥。
こいつもこいつで楽しんでるのか、と、いうか、相変わらず多重人格レベルで兄とそれ以外での対応が違う。
卓也と美鳥から目を逸らすと、ウィンフィールドさんとリューカさんのアクションシーンから少し離れた所で、寡黙な巨躯の執事に日傘を差させて、何故かアロハ姿の御曹司。
目が合った瞬間、理解する。
ああ、アンタはこっち側か。

微妙に疲弊した表情の御曹司に奇妙な共感を覚える。
彼自身はこの調査に対して意欲的なのだろうが、部屋での書類仕事と公務での視察程度でしか外に出ない覇道財閥の総帥に、この夏の日差しは来るものがあるのかもしれない。
草臥れた顔を億劫そうに愛想笑いに変えて此方に手を振る御曹司。
それに軽く手を挙げて応えながら、思う。
浜辺で執事とメイドに仕事着を着せたままって時点で、こいつも脳味噌が大分ヤバい方向に進んでるな、と。

「重ね──」

「──カマイタチ」

余りの常識人の少なさに絶望しかけている私の耳に、ウィンフィールドさんとリューカさんの声に、水の詰まった果実が爆散する音が届いた。
見れば、リューカさんとウィンフィールドさんの拳は赤く染まり、突き出された拳の先には惨たらしくもその中身を砂浜にぶちまけられた被害者──西瓜の哀れな残骸。
体積の七割以上を吹き飛ばされた西瓜は、弱々しくも二本の腕──蔦で再び身を起こそうと踏ん張り────大地に崩れ落ちた。
わっ、と周囲のギャラリーから歓声が上がる。
……ところで、西瓜割りってのはああいう競技でもなければ、あの状態では西瓜も食べられないと思うのだが、どうだろうか。

―――――――――――――――――――

結局、西瓜割りに使われ粉々に砕け散った西瓜は再び使われる事は無く、海の家に引っ込んだウィンフィールドさんと執事さん達が綺麗に切り分けられた西瓜を持ってきてくれる事で何もかもが解決した。

「なんか納得いかねぇ……」

いや、確かに日差しを浴びながら格闘戦を繰り広げで生ぬるくなった西瓜より、芯までヒンヤリ冷やされた西瓜の方がありがたいんだけど。
しかも塩をかけなくても十分甘くておいしい。
更に、本当によく冷えているお陰で、この暑さの中で食べるには実にありがたい。
でもなんだろう、この嫌な敗北感。

「気持ちはわかるが、もう少ししゃんとしてくれないか。仕事が終わったら休むなり遊ぶなりしても構わないし、その時に必要な経費も出す。だからまずはちゃんと働いてくれ」

何処か影を背負った風の御曹司。
だけどな、アロハ姿でメイドと執事を引き連れた状態を不自然に思わない時点でアンタも同じ穴の狢……って、待て待て。
何故か御曹司とウィンフィールドさん達はこちらに背中を向け、去って行こうとしている。

「おいおい、まさか、私達だけに働かせてホテルに引っ込もうって腹かよ」

つい敬語を忘れて(というか、もう殆ど敬語を使う事も無くなったんだが)呼び止める。
が、私の言葉に対し、御曹司灼熱の日差し降り注ぐ天を見上げながら、何処か煤けた背中で答える。
その表情は此方からは伺いしれない。

「……書類がさ、溜まってるんだ。都心復興計画に、邸の警備強化の案件に、対魔術装備の研究予算追加案に……。目を通して、承認印を押すだけならここでも出来るから、ホテルに書類を運び込んで……」

「ご、ごめんなさい……」

「では大十字様、健闘を祈っています」

十三階段を上る囚人にも似た重い足取りでホテルに歩いてく御曹司の後を、ウィンフィールドさんは此方に一度お辞儀をしてから追いかけて行った。
取り残される私達。

「偉くなるのって、大変なんだな……」

「我等は奴の手伝いをしてやれんが、奴には出来ない事ができる。ようは役割分担だ。奴の仕事を大変だと思うのなら、我等もしっかりと仕事をこなしてやろうではないか」

「前向きだなぁ、お前は」

これで、手に海の家で買ったと思しきイカ焼きを持ってさえいなければ。
あと、ダンセイニを浮き輪型にしていなければ。
欲を言えば何時の間にか新調してた水着でなければ。
隣に突き刺した乗れるかどうかわからない、如何にも新品臭いサーフボードが無ければ。

「あれ、もしかしなくても遊ぶ気まんまんだよな、それ」

「また妄想か……汝もいい加減現実を見据えて発言した方が良いぞ?」

何故か此方に憐みの視線を送り始めるアル。

「自分の姿を直視してから言おうぜ、そういう事は」

あと、浮き輪型にしたダンセイニに水鉄砲を突き刺してやるな。せつなくなる。

「とはいえ、先輩の言う事ももっともですよ、アルアジフさん。なぁ美鳥」

「ん。お兄さんの言う通り、ここは既に敵地と言っても良いレベルの場所なんだぜ?」

「卓也、それに美鳥も」

腕組みをしながら頷く二人。
……何故だろう。文面的には私の味方のはずなのに、もう嫌な予感しかしない。

「そうだよ、アルちゃん。……海で遊ぶなら、ちゃんと準備運動をしなくちゃ」

「うぉぉい! そこじゃないよリューカさん! 言ってる事は間違ってないけど、少なくとも私が言いたいのはそういうこっちゃないよ!」

既に準備体操を始めている教会組の代表、リューカさんに突っ込みを入れる。
私は何も間違っちゃいない筈なのだが、寄せられる視線は何処か冷やかなものが混じりだしていた。

「先輩……、ここには年若い子供もいるんですから、俺達大人が手本を見せないでどうするんですか。アリスンを見習ってください、アリスンを」

卓也に矛先を向けられたアリスンは、準備体操を続けながらも照れくさそうに口元を歪めた。

「よしてくださいよ。わたしゃぁ、身体を動かす事しか能の無い人間でしてね」

「アリスンはスポーツマンの鏡だなぁ」

ああ、駄目だ。
どんどん空気に流されてってるのが分かる。
シリアスな空気は、シリアスな空気は何処に?

「九郎ちゃん。──ドンマイ♪」

リューカさんに笑顔で肩を叩かれ、親指を立てられながらのおざなりな励まし。

「うあーい、改めて人にやられると無性に腹が立つなそれぇっ!」

「とりあえずしばらく遊んで、昼には海の家で飯ですかね。どうせ今調査しても既出の情報しか集まりませんし」

「おらークソガキどもー、今日は覇道の金で飯が食えんだから、腹が裂けるまで食う為に身体動かしてけよー」

「お前らが仕切るのかよ」

その場を仕切り直した卓也と、何時の間にかガキンチョ共を纏め上げていた美鳥。
ふと思い出したかの様に卓也が振り向いた。

「あ、そうだ先輩。あそこの海の家のイカスミパスタは他所では味わえない絶品ですよ」

「ほう、イカスミが…………はっ」

ついお勧めメニューに反応してしまった。
……うん、でも、まぁ、仕方が無いか。
確かにこんな真昼間から普通に聞き込みして手に入る情報なんて、覇道の方で手に入ってるだろうし。
空振り前提で仕事するのも馬鹿らしいしな。
昼間の間、ガキンチョどもが居る間に事件に巻き込まれるのも困る。
連中が尻尾を出すまで、ゆっくりと休養を取らせてもらおう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「ああっ、どうして僕は御爺様が生きている内に、もっと学んでおかなかったのか……!」

空になった一升瓶の中、覇道瑠璃が両手で顔を抑えさめざめと泣き崩れた。
どうやらこの覇道瑠璃、酒乱ではなく泣き上戸の類であったらしい。

「おいたわしや、おいたわしや瑠璃お坊ちゃま……! 私めは、どんな事があろうとも坊ちゃまの味方にございます……!」

そして、こちらは酔っているのか酔っていないのか。
少なくとも酒は一滴も口に入れていない筈なのに酔っ払った覇道瑠璃と同等のテンションを維持しつつ、泣き崩れる覇道瑠璃の手を取る。

「ウィンフィールド……お前の様な部下を持てて、僕はなんて果報者なんだ……!」

ひしっ、と、自らの手を握るウィンフィールドを抱きしめる覇道瑠璃。
そしてそれを抱きしめ返すウィンフィールドさん。
しかしそれにしても、文章に起こしたら三点リーダと感嘆符の嵐になりそうな会話ではないか。
このメイド長、酒によるものか状況によるものかはともかくとして、間違いなく酔っ払いの類に違いない。

さて、昼の時間は遊びまくって過ごした訳だが、夜になればすぐ調査が始まるという訳でもない。
むしろ、夜に動くわけではない。
確かに日の光が連中にとって不利に働く場合もあるが、この場合はむしろ、日付や星の位置、月齢などがより重要な要素となるのだ。
俺も仮の姿とはいえ魔術師の端くれ。
日本にある〈深きものども〉の神殿に設置された魔術的なゲートを改造した事もある男だ。
出来損ない寸前のルルイエ異本の写本にも目を通したし、これまでに手に入れた雑多な魔導書から手に入れた知識で理論も再構築済み。
実際にこのイベントに遭遇したことがほぼ無いに等しいとしても、実際にアヌスが儀式を執り行う日取り程度なら容易に予測可能なのだ。

「そんな訳で美鳥、この赤身をやるのでその帆立を俺に譲渡なさい」

「何その糞レート。お兄さんこそ愛らしさ満点の私にその天麩羅をあーんしてくれるがいいぜ。こう、ハーレムラノベの主人公みたいにさぁ」

「ほんのり甘える振りをして、密かに念動力の手を海老に伸ばすとか、お前ってば出世したよな」

「それはそれ、これはこれじゃん。ほんの少し分けてくれるだけでいいんだって、二分の一と三分の一と六分の一程度でいいんだからさ」

「おい美鳥、おいおい美鳥、俺をどこぞのポンコツ忍者と一緒と思うなよ? どうしても食いたきゃ海潜ってキャプチャーしてこい」

なので、今は素直に出された料理を平らげるのに時間を割くのが正解だろう。
ちなみにこれは本気で争っている訳ではなく、喧嘩腰でオカズのトレードをするという兄妹間コミュニケーションの一種に過ぎない。
何、自分で複製作ればいいだろうって?
自陣で自給自足できれば他所から奪う必要はない。
そんな理屈が本気で通るなら、人類は歴史の何処かで戦争を完全に終わらせることができたんじゃないかなと思う。

「でもあれだね」

オカズのトレードを終え、ちびちびと食べながら美鳥が小さく呟く。

「ん?」

「連中を山に行かせて正解だったね」

「確かにな。そうでなきゃもう少し騒がしかったろうしな」

ブラックロッジの慰安旅行が調査に重ならないだけで、というか、ドクターが居ないというただそれだけで、ここまでの時間は穏やかに過ぎている。
もしかしたらエルザがバグってやっぱり海に行きたいとか言い出しやしないかとヒヤヒヤしていたのだが、少なくともこのインスマウスには来ていないらしい。

だから当然、近くの座敷で宴会をしていたブラックロッジが乱入してきたりもしない。
更にTSしていない覇道瑠璃と異なり、覇道瑠璃♂は泣き上戸で周囲に絡まないので、この場所にはひどく穏やかな空気が流れている。
ここに一例を紹介しよう。
そう、教会の子供たちだ。
TSしていない常のループとは異なる人間関係が展開されているが、それでも子供同士の何気ないやり取りというのはどこか心をほんわりとさせる作用があるのではないか。

「ほぉらアリスン、まずは一献」

黒髪ポニテに赤目の、少しだけ浴衣の前を肌蹴て豊満な母性の峡谷を見せつける美しい少女──ここではコリンだと仮定しておくとして──が、片方の袖を手で抑えつつ、徳利を逞しい体つきの少年に差し出している。
……まぁ、無礼講というのもあるし、子供は子供でも全員十八歳以上なので成人してる可能性も捨てきれない。野暮なツッコミは飲み込んでおく。

「酒ダメなんで、オレンジジュースください」

それに、角刈り(角刈り?両サイドは刈り上げているように見える)にグラサンの少年はクールに返す。
成人しているかどうかはともかく、酒の席で飲酒を断るのは割と勇気のいる行動だと言われるし、見た目通り、B級の上位妖怪レベルで男らしいぜ、アリスン。

「野暮な事を言わないでくださいな。こういう場所でも無けりゃうちらは酒も飲めないんですから、ここは付き合いと思って、ささ」

だが、そんなアリスンの断りを更に断り、褐色肌に丸メガネに何故かメイド服の少女──こちらを一時的にジョージと仮定しておく──がグラスに冷えたビールを注いでいく。
シスターリューカに聞いた話だが、アイスクリーム作りが趣味で、お風呂は江戸っ子が裸足で逃げ出す熱い風呂に入っても『温うございます』と言うほどの熱風呂好きらしい。

三人の突出した個性が上手く噛み合わさった良いトリオだと思う。
なお、これだけは言っておくが、俺はこの三人にツッコミを入れるつもりは一切ない。
一切、無い。

とはいえ、子供枠の三人が積極的に飲酒ネタを扱うのは不健全に思われるだろう。
だが、こちらを見て欲しい。

「ライガ兄さん……」

窓枠に腰掛け、お猪口を口に運びながら月を見上げているシスターリューカである。
ちなみに、彼女が口にしているのは純粋なアルコールではなく、俺が以前取り込んだサンダルフォンの解毒機能を解析し作り上げた、一時的に解毒機能を無効化して酩酊状態に持っていくことが可能な特殊な飲料だ。
普段は模範的な空手シスターの仮面に隠しているが、どうせ腹の中にはこれでもかというほどストレスを抱えているかもしれないと思い、普通の酒とすり替えてみたのだが、どうにもダウン系の症状が出てしまったらしい。
半分は俺が原因とも言えるだろうが、酔っ払って保護対象の子供たち完全放置で酒と自分に酔う辺り、中中にダメな人だと言える。
これと比較すればほら、子供たちがちょっとはっちゃけるのなんて戯れのようなものではないかな。

「深…悲し……中……年は翼を~♪」


JASRACの気配が近づいてきた。これ以上いけない。
ハーモニカを作り出し無言で投げ渡すと、歌を止めて、静かにメロディーを奏で始めた。
あの物憂げな表情でエロゲOPをハーモニカで演奏とかそうは見れない光景だな……。
これはあれだろうか、激しい曲調がどこか物悲しい響きを伴って聞こえてくる的な感想を抱けば満足なんだろうか。
とはいえ、二人のそれぞれに対するスタンスを変えずに性転換したら、そんな事が起こる可能性も否定はできない。
TSしない場合、かなりのディープラブを持つ弟だからな、潜在的キモウトになっても仕方あるまい。

で、大十字とアルアジフは。

「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

「ちゅるちゅる、ちゅる……」

やだ……あの食べ方気持ち悪い……。
でも別にいいや。いつもどおりだし。
再び食事に戻る。

「そいや、飯食ったら露天風呂行くけど、お前どうする?」

「あー、あたしパス。公共の場所だと堂々とひっついてられんし。家帰ったら一緒に入ろうぜー」

「そか、家の風呂も拡張するべきかね」

「や、狭いほうが密着できるし。むしろ膝に乗せて貰えるし」

正直、今の美鳥だと膝に載せるには些か大きすぎるんだがな。
俺はその言葉をいかにオブラートに包むかを考えながら、皿の上の刺身に箸を伸ばした。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

バカ騒ぎになるでもなく静かに混沌に沈み始めていた宴会場を抜け出し、俺は一人露天風呂を堪能していた。
軽く体を洗い汚れを落としお湯で流した所で、広々とした湯船に浸かる。

「ふぅ」

いいお湯だ。
温泉の成分がもたらす効能は俺に影響を与えないが、それでも広い露天風呂を一人で貸切、というのはとても気分がいい。
立ち込める湯煙は天に登り、顔を上げて視線で煙を追うと視界には夜空が映る。
月明かりに照らされて黒よりも濃い藍色に近く、その藍の中には輝石の煌きを散りばめた満天の星空。
無限に広がる大宇宙、果てのない星の海。

「あー……」

なんだろう。少しホームシックかもしれん。
いや、元の世界が懐かしいとかそういう意味ではなくて、星の海が懐かしいというか。
この世界来てから結構経つけど、基本的に活動場所は地球上に限定されている。
だからだろうか、地球の空の果て、大気圏の向こう側の世界が酷く懐かしく感じてしまうのだ。

スパロボ世界に居たのはたったの二年程の短い時間だったというのに、我ながら思い入れが深かったのかもしれない。
ナデシコでの火星への道道に、ジャンク屋連中のホームでのグレイブヤードへの同行。
限られた時間ではあったが、星の海を渡るというのは元の世界ではそうそう出来ない体験であるためか、俺の中に深く刻み込まれているらしい。

いかん、イカンな。
こんな事なら美鳥も連れてくれば良かった。
同じ体験を経てる美鳥となら思い出話とか出来ただろうに。

「んー……」

こういう時は、一人風呂を覆う存分堪能するのがいい。
広い湯船で温かいお湯に浸かり、童心に帰り戯れる事で砂漠のごとく枯れた心に心の種を蒔くのである。
日の光、思いやりを浴びて育った笑顔は枯れないのである。
種を植える記述と種が大きくなる記述、色とりどりの蕾が膨らむ記述に花は枯れないという記述に根を張る記述。
ここまで揃っているのに、具体的に植えた種から芽が出る記述が一切存在していないのは叙述トリックなどという心の捻じ曲がったからくりでは決してない。
そもそも植えた種に肥料や水を与えた記述が存在しないのは、本当はグロテスクな童話集的な世にもおぞましい理由が存在しているからではないのは火を見るよりも明らかだ。
ある日幼い子供が鉢植えに種を植えた。
ところが子供は種に水を与えるという知識を持っていなかったので、種は目を出す前に死んでしまい、その後の蕾が膨らんだ苗は親御さんが子供には内緒で用意した替え玉であるとか、
そんな子供の精神面での成長を考えることの出来ないモンスターペアレンツの邪悪な所業とか、マジで無縁の世界である事をここに宣言させてもらおう。

「先ずは、金神の欠片を使ってミニサイズオルファン作って、と」

汗腺から滲み出した金神エキスを温泉内の様々な成分と混合させつつ形を形成。
ベースになる浮き物を作ったら、周りに配置する用の小物が必要だな。
あの日あの時奪ったプレート、そこから生まれたグランチャーをベースにDG細胞で作り上げた偽グランチャーが初めてまともに役に立つ時が!
ああでも、このオルファンのサイズに合わせるとマジでミジンコレベルのサイズになってしまうな……。
いいや。グランチャーのサイズは見栄え重視、コンビニ売りの三百円SDフィギュアぐらいにしておこう。
ちゃちゃっと簡単な作りのバイタルネットを張ってやると、グランチャー達がぴょんぴょんとバイタルネットに沿ってジャンプを繰り返す。
かわいい。
場面再現までするつもりにゃ成れんが、こいつらは浮かして遊ばせとくだけでも和む。

「このオーガニック的な感じ、イエスだな」

意味は未だ持って理解しかねるが。

「オーガニック的?」

湯煙の向こうから声がかかった。
慌ててミニオルファンをひっつかみ、海に向かって放り投げる。
ミニグランチャー達は放物線すら描かずに海に向けて直線で飛んでいくオルファンを追いかけて夜闇の中へと消えていった。
うむ、捨てといてなんだが、精々強く生きるがいいさ。

「さぁ? でも多分これからその意味を知っていくんじゃないかなって思います」

「なんだそりゃ」

湯煙の先から現れた声の主は、予想通り大十字だった。
大十字は申し訳程度に体の前を腕に引っ掛けたタオルで隠しているが、タオルのサイズがあまり大きくない為かほとんど隠しきれていない。
というか、本人のあっけらかんとした表情から察するに、あまり体を隠す意図は無いらしい。

スポーツマンらしく適度についた筋肉に、しかしそれでも決して女性らしさを損なわせない柔らかなシルエット。
服の上からだとアメリカ的な盛に見えていたが、遮るものがタオル一枚になるとやや日本人的な造形の豊満な胸。
筋肉のお蔭で細いとは言えないが、尻までのラインを含めるとたおやかと表現しても構わない胸騒ぎの腰付き。
スラッとしているが、決して華奢な訳ではなく、激しく動くのに適したしなやかな脚。
背も大きすぎない程度に高く、モデル体型、とは少し違うが、十人に見せれば十五人がごくりと唾を飲む(内五人は聞いてもないのに体つきの美しさを口頭で表現し始める)女性的な身体。
基本的に全て丸見えである。

「先輩、恥らいって知ってます? 今直ぐにでも先輩に補充されてしかるべきものなんですが」

俺の皮肉にも大十字は堪えた風もなく、鏡の前に座り、身体を桶で汲んだお湯で流しながら答えた。

「これまで何度も肌を晒してる相手に持っても意味がないモノだよな。それならさっき洗面所に置いてきちまった」

風呂上がったら回収するさ、と言いつつさっさと身体を洗い終え、形のいい爪の生えた足指を軽く丸めながら、足先からゆっくりと湯に身体を浸していく大十字。
湯船の中をざぶざぶとお湯をかき混ぜながら歩き、俺の隣りで腰を下ろす。
肩まで浸かり湯の中で体育座りの大十字の胸が、透明度の高いこの露天風呂の湯に浮かぶ。
因みに持ち込んだタオルは大十字の長い髪を纏めて置くのに使われており、身体は一切隠していない。
ここまで恥ずかしげもなく身体を晒されると、逆に色気が薄まって見えるから不思議だ。

「ふぃー……」

目を閉じて脱力し、次いで身体を貫く温泉の熱にフルルッ、と身体を震わせる大十字。
しばし無言で顎まで温泉に浸かり、ふと顔を上げる。
真顔で俺の方を向き、告げる。

「なんか近くねぇか、私たち」

「たぶんそれこっちの台詞ですよね」

何の説明もなく近づいてきたのは大十字の方だというのに、今更ではないか。

「んー……」

だが俺のツッコミには返事もせず、大十字は星空を見上げて考え込む。
星空に青い流星が流れると同時、大十字が何かに気づいたのか、ハッとした表情に。

「そうか、つまり卓也は私の裸に興味があるのか」

「先輩もしかしなくても酔ってますか?」

酒飲む暇があれば食え! くらいの勢いでエビやらカニやらに食らいついていた気がするのだが。
しかしなるほど、自分で言っておいて合点が行った。
改めて見てみれば、確かに大十字の顔の赤らみ方が半端ではない。
風呂に入って血行が良くなったとかそういうレベルで済む赤さではないのだ。
赤らんだ顔の大十字は馴れ馴れしくこちらの肩に腕を回し、ぐいぐいと胸を押し付けてくる。

「お前さぁ、人のこと注意するときゃ図々しいのに、こーいうとこは意外と他人行儀だよなぁ? 言ってくれりゃ、多少なりとも私はたくやに感謝してんだ。はだかのひとつやふたつ減るもんじゃなし、ほら、なぁ!?」

肩に手を回しつつもう片方の手で拳を作りドスドスと俺の腹に半笑いで拳を叩きつける大十字。
こいつも面倒な酔い方するなぁ……。
体内アルコールを分解して酔い覚まししてやってもいいんだが、ここで唐突にシラフに戻られても困る。
その後の大十字のリアクションが容易に想像できるからだ。
面倒くささのベクトルが変わるだけで自体が一歩も前進しないのだから、完全な徒労に終わるだろう。

「とりあえずほら、先輩、一旦離れて」

「んふふー、恥ずかしがんなってーうりうりー」

力任せに振りほどくとダメージを与えてしまうので、体と体の間に腕を差し込む形で距離を取ろうとするのだが、大十字のこちらの肩を抱く腕の力が思ったよりも強いらしい。
肩を抱く力を強めると共に、繰り返しその胸の山脈を腕と背中に押し付けてくる大十字。実は溜まってるのだろうか。
更にこの距離だと、モロに大十字の顔が顔の近くに来る。
間近に迫る大十字の顔。
温泉の熱で上気し珠の汗を浮かべる肌、形のいい鼻に、濡れた桜色の唇が目の前にある。
端的に言おう。
酒臭ぇ。
更に、さっきまで食べていた海鮮系の食い物とか全般の匂いが混ざり合って、何とも表現しがたい嫌ぁな臭いが大十字の口から漂ってくる。

「怪我の治療と羞恥心は別換算なんでしょう? いいから離れてください」

「いや、酔ってねぇよ」

「時間差もやめてください」

信じられるか? これ、一応ミスカトニックの才女とか呼ばれたりしてる人間なんだぜ……?
と、そんな事を考えていると、胸を押し付けたまま身体を揺すっていた大十字の動きがピタリと静止した。
見れば、先程までは無駄に酒臭い息を吐き出していた口を真一文字に閉じ、赤らんでいた顔は徐々に蒼白になりつつある。

「………………」

大十字は口を開くことなく、無言を貫く。
肩をホールドする腕がゆっくり、静かに外れ、指を揃えた両手が口元に添えられる。
腹部が僅かにびくりと蠢き、喉が食道に食べ物を通す時とは逆の動きで盛り上がって、

「…………うぷっ」

頬が、膨らんだ。

「はい、どうぞ」

だがこの程度の逆境、俺には通用しない。
そもそもあれだけメシを食って、更に酒まで飲んで、挙句に風呂場で人に絡んで動きまくったのだ。吐かないと思う方がおかしい。予測の範囲内だ。
俺は手早く近場の木桶を手に取り、大十字が中身をリバースしても湯船に混ざらないよう、大十字の胸の辺にそっと差し出した。
因みに、俺はこの時点で既にド・マリニーの時計の魔術を発動準備状態で待機させている。
万が一桶からこぼれても、全ての吐瀉物は過たず大十字の口の中へと戻っていくことだろう。

「……!」

だが、大十字は口元を抑えたまま首を横に振った。
吐き出す場面を見られるのが嫌なのだろうか。

「…………ッ、ん、ぐ……んぅ」

頬袋一杯に混沌を宿したまま、咀嚼を数回、大十字の喉が鳴る。
ごくり、ごくりと、力強い嚥下の音。
口の端から僅かに嫌な色の液体が漏れているが、見る見る内に大十字の頬袋は小さくしぼんでいく。

「ん……、ふぅ……」

完全に口の中の何かを飲み干した大十字は、胃液の匂いのする安堵の吐息を吐き出した。
再び酒気に赤く染まった顔を不敵な笑みに変え、サムズアップ。

「へへ、私がこんな事で貴重なご馳走からのカロリーを吐き出す訳ないだろ?」

「もう良いから胃薬飲んで寝ろ」

思わずタメ口で返しながら、インスマウスの夜は更けていった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

翌朝、大人しく待っていた甲斐あってか、連中が動き出した。
いや、もしかしたら大人しく待っている必要すら無かったかもしれない。
町中の人という人が、残らずその姿を消して、一夜にして町がゴーストタウンと化したらしいのだ。
……調査依頼を受けておいて、この事実に最初に気がついたのがウィンフィールドさんに報告をした部下の人、というのも間抜けな話だとは思うが、それは別に問題ない。
町から一斉に住民が居なくなる、とまでは考えていなくても、必ず何かアクションを起こすことは予測出来ていたし、どちらかと言えば私たちは魔術関連の荒事担当である。
報告を受けた私たちは、この近辺で地元住民達が昔から祭っているという、離れ小島の神殿へと向けてクルーザーを走らせ始めた。
もちろんこの小島の情報を入手したのだってウィンフィールドさんの、というか覇道の部下の人。

「もう覇道財閥だけでいいんじゃないかな……」

電話で呼び出してくれれば駆けつけるから。

「何を自虐しておるか。ちゃんと気を引き締めろ」

「ああ、わかってるさ」

覇道財閥が優秀すぎる件は置いておくとして、今は間違いなく荒事が始まる時間だ。

「怪奇指数は……クソ、ダメだ。未開地使用の計器を持ってくるんだった。メーターが振り切っていやがる」

よく大学の実習で使っている怪奇指数の計測器に、美鳥が悪態をつきながら蹴りを入れる。
通常はメーターの五分の一も針が動けば危険なレベルなのだが、今現在、針は完全に振り切ったままピクリとぶれる事すらない。

「なに、そう気にするな。メーター振り切った時点で、あそこに何かあるって証明は済んだも同然だ。後は感覚で……」

美鳥の頭の上に手を置き、わしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜる様に撫でる卓也。
卓也は美鳥の頭を撫でているのとは反対の手に、文庫本程のサイズの手帳を取り出しそれに魔力を流し込んでいる。

あれが卓也の魔導書か……。
私は現在の状況も忘れてその魔導書に注目した。
卓也も美鳥も同じタイプの魔導書を使用しているが、実際にその魔導書を利用して魔術雨を行使している場面はあまり見たことがない。
普段はほぼ自力での魔術行使か、さもなければ魔導書を利用しない形式の魔術を利用する事が多い気がする。
何か、魔導書を積極的に使いたくない理由でもあるのだろうか。
魔導書から視線を外し、卓也の表情に目を向ける。
割と真剣な表情だ。
探査の魔術を使っているのか、小島の方を眺めていた卓也の表情が見る見るうちに険しくなっていく。

「……急いだ方がいいですね。神降ろし、いや、実体を伴う招喚の可能性すらありえますよ」

「で、あろうな。強い腐臭に、冥い冥い闇の気配。土地柄も考えれば、碌なモノではない」

ふん、と鼻を鳴らして答えるアル。
確かに、言われてみれば、あの小島からは私でも判るほどに異質な気配が噴出している。更に、卓也の言とアルの相槌を信じるならば、邪神を呼び出す儀式が行われているのだ。
どこまで隠密で近付けるかはわからないが、最終的には大規模な戦闘になるのは間違いない。
だから、可能な限り最初から全力で潰す形で行きたいのだが……。

「御曹司はどうすっかな……ウィンフィールドさんだけに任せて大丈夫なのか?」

「すまないな。だがページ集めの途中で依頼した責任もある。せめて結末まで見届けなければ」

そういうことらしい。
正直な話を言えば迷惑極まりない話なのだが、そこで責任感などを持ち出されると断りにくい。
それに、この間の覇道邸襲撃であれほどの目に合っていながら怖気付きもしないその根性と正義感の強さは尊敬に値する。
今回は執事さんも最初から付いてるし、余程のことが無い限り御曹司の身が危険に晒される事はないだろう。
ここは心配し過ぎずに、来たるべき脅威に集中しよう。

「雲行きが怪しいね、嵐が近づいてるのかな」

「いや、エラ呼吸系の連中の一部には天候を操作する力を持つ個体も居るから、そいつらじゃねえぇかな。儀式の内容次第だけど、自分たちの属性を強化する必要が出てきたか……」

空を見上げ、暗雲の動きに表情を曇らせるリューカさんと、それに推測混じりの答えを返す美鳥。
まて、なんか今自然すぎて見逃しそうになったけど、待て。
クルーザーに乗っている人数を数えなおす。
まず私とアル、卓也と美鳥、船を操作するウィンフィールドさんと御曹司、そしてリューカさん。

「…………」

私は無言のまま全員を見回す。
アルは憮然と首を横に振った。
御曹司は違う違うと驚きの表情でぶんぶんと首を横に振っている。
ウィンフィールドさんは我関せずと総船室で舵取りに集中。
卓也と美鳥は……、

「連れてくるなら連れてくるで事前に言っておきますよ、俺は」

「あたしなら武器や防具の一つも持たせる」

「だよな」

改めて、最後の一人に顔を向ける。
真剣な表情のリューカさん。

「アリスンは置いてきたよ。二日酔いはしてないけど、彼は今回の戦いには付いて来れないからね」

「いや、今回以外の戦いにも連れてくるなよ」

恐ろしく堂々と、さも当たり前であるかのように、水着姿のリューカさんがそこに居た。
何故かはイマイチわからないが。

「ええ、え? なんで、何でリューカさんが?」

いや、言動からしてこれから戦いにいく事を理解した上での事なのだろうが、何故付いてきたのだろうか。
私の問いに、リューカさんはいたずらっぽい表情でウインクを決める。
そのまま閉じた瞼から星が飛びそうな綺麗なウインク。

「荒事なんだ。人手は多い方がいいだろう? それに……」

真剣な表情に戻り、視線を小島の方へと向けた。

「あの島から、邪悪な闘気を感じる……。私の知り合いかもしれない」

何気なく闘気とか言っちゃったよこの人。
握り締めた拳が輝く字祷素を纏い始めちゃってるよ。
もう嫌、なんで魔術師でもないのに超人染みた人ばっかりなんだ。
魔術師って何、みんな武術家になればいいじゃない。

いや、今の状況からすれば、リューカさんが超人染みた格闘能力を持っている、というのは都合がいいか。
今からリューカさんを帰らせるためだけにクルーザーを引き返らせていたら、その間にあの小島の神殿で儀式が完了してしまうかもしれない。
幸いにして〈深きものども〉は、その肉体構造上の弱点を突けば魔術無しでも打倒できるタイプの邪神崇拝種族。
優秀なKARATEマイスターであるリューカさんなら、自衛どころか戦力としてカウントしてしまえる。

少しホテルに残されたガキどもが心配では、心配で、心配、しんぱ……い?
……あのガキンチョ共がそこらの並の子供と同じく窮地に立たされるビジョンは浮かばない。
気にしないでおこう。

「じゃあ、あんまり無茶はしないで……」

リューカさんに自重をお願いしようとした、その時だった。

「うわわっ」

船が傾ぐ。
それこそ一歩間違えば沈没しかねない大きな揺れ。
みんなが一瞬体勢を崩し、しかし危うい所で踏みとどまる。
揺れる船体に煽られ、盛大に波飛沫が散った。
船は傾いだまま、私はバランスを崩さない様に手摺に腕を絡める。

「どうした、ウィンフィールド! 何が起こっている!」

「わ、わかりません! 何者かが船底に……なっ!」

船を取り囲むように、何本もの水柱が上がり、

「っしゃおらぁッ!」

水柱が上がるより一瞬早く海に身を投げた美鳥の鋭い蹴りによって、水柱を上げながら海中から飛び出した人影の一体が再び海に沈む。
派手な音を立てて再び海中に沈む人影と美鳥。

「って、それもマズイだろ!」

海から飛び出した人影の正体は、姿を消した港町の人間。
尽くカエルに似た、外の人間からは『インスマウス面』と呼ばれる容貌の彼らの正体は、海の邪神に仕える邪神眷属──〈深きものども〉である。
水の属性と深い関わりのあるこいつらは当然の如く海の中でこそその真価を発揮するので、対処するなら陸上で、というのが魔術師の間での常識だ。
そんな連中の後を追って水の中に入るなんて……!

「美鳥は海適正Sだから大丈夫です。俺たちは船の上を!」

美鳥を心配する素振りすら見せない卓也に急かされた。
卓也は既に魔導書を懐に収め、偃月刀を構え直している。

「ええい、アル!」

卓也がああ言っている以上、私が美鳥の心配をしたってしょうがない。
ここは船を沈められるのを阻止しなければ。

「応よ!」

瞬時にマギウススタイルに変身。
未だ人間の擬態をしたままの〈深きものども〉の一体を、ウィングを刃に作り変えて素早く切り刻む!
首、胴体、下半身とに分断され、ヘドロにも似た濁った血液を撒き散らしながら甲板に転がる〈深きものども〉の肉塊。
しかし目の前で同胞を殺されたというのに、残りの〈深きものども〉は慌てる様子すら見せず、人間への擬態を捨て去りその本性を露にしていた。

「陸ノ人間……邪魔……オマエラ邪魔……」

「男要ラナイ……コロス……女、犯ス……仔、孕マス……」

独特の類人猿じみた骨格から常に前傾姿勢を保つシルエットの、身の丈二メートル以上はある巨人達。
背にはびっしりと鱗が生え、肌は灰色がかった色に変わり、指の間には水かきが張られている。
エラの張っていたカエル面は、いつの間にか本当にエラの生えた半魚人顔へと変化を遂げていた。
これこそ、〈深きものども〉の真の姿である。

「オレタチ……ニンゲン食ウ……ニンゲン食ッテ……ニンゲンノチカラ……手二……入レル……」

「リントザリバ……バベダスヅビ……ギバギ……バベサドバベサゾガパゲセダラソババスヅビ……ランゲヅドバス……」

徐々にこちらに向けて近づいてくる〈深きものども〉はかなりの数になる。
美鳥が海の中でそれなりに数を減らしてくれているのだろうが、それでもクルーザーの上で私たちを包囲するには十分な数だろう。
だが────

「────鋭ッ!」

「ABRAHADABRA!」

リューカさんの正拳突きと卓也の放つ雷撃。
その軌道上に固まっていた〈深きものども〉が木の葉の様に吹き飛ばされる。
そう、この布陣なら、この程度の数の半魚人如きに押される事は有り得ない。
が、そこまで考えて異変に気付く。
船の傾きが、さっきよりも酷くなっている。

「は? 〈深きものども〉以外の敵? 速い、っておいおま、え、船底に?」

卓也が偃月刀を構えたまま片手を耳に当て、美鳥と交信を行なっているが、その内容は如何にも芳しくない物に聞こえる。
更に、操船室からはウィンフィールドさんの珍しく焦りを含んだ声が聞こえてきた。

「──船底に取り付かれました! このままでは、船底に穴が!」

「おいおいおいおいおい!」

「ちょっ!?」

「それは、まずいんじゃあ……」

美鳥は海の中でも戦えているようだが、私達はこの状況で海の中になんて、冗談キツイ!

「! いかん! 九郎上だ!」

言われ空を見上げる。
空に灰色の人影、装甲服を纏ったその身体は二メートル程か。〈深きものども〉ほどではないが、かなりの巨人。
足からロケットのように炎を噴出して滞空しているそれが、私達の船に光り輝く指先を向けた。
瞬間、エンジンルームから小さく煙が立ち上り────

「ちょ」

「急げ九郎!」

「あの野郎……!」

「うわぁぁあああああああ!」

「旦那様!」

爆発。
爆心地が近すぎた為か私の耳には爆音すら残らず、圧力と熱の感触だけが妙に鮮烈に感じられた。
私達は抵抗する間もなく、荒れ狂う海へと投げ出された。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

当然の話ではあるが。
船が沈没し、他の連中が沈んで流された直後、俺は即座に空に飛び上がり、光の狙撃手の事を徹底的に痛めつけた。
『これ』のスペックは良く知っていたし、スペック上でも然程脅威にならない事は知っていた。
モデルとなるキャラクター程に防御面で優れている訳でもないこれを叩き潰すのは、冬場に現れた季節外れの蚊を叩き潰すよりも簡単な仕事だった。
べこべこに凹み所々亀裂の入った、赤みがかった灰色の装甲服の胸を踏みつけ仮面を引き剥がすと、そこには金髪の青年の顔。
見知った顔だ。というか、夢幻心母では割と定期的に顔を合わせる。

「どういうつもりですか、ヒューマンフレア」

ムーンチャイルド計画試験体6号再利用魔導兵器『ヒューマンフレア』
それが、通常の下っ端魔術師には勝るが逆十字よりは弱い、というか、ブラックロッジに公表している分の俺の設定でも勝てる程度の能力しか持たないブラックロッジの『備品』の名前だ。
手足を、いや、全身の骨格を粉砕された挙句、更に胸を踏みつけられながらであるにも関わらず、ヒューマンフレアの返答は軽薄だ。

「わかるだろ? 俺たちはママの頼み事を断れる様にはできてない」

「そんな事は知ってるに決まっているでしょう」

今回の周のムーンチャイルド計画は、実のところを言えば通常の周とは些か趣の異なる計画だった。
通常のムーンチャイルド計画は資質を持つ子供を集めてCの巫女にする為に調整していた。
その為、通常の周では例外であるリューガ・クルセイドを除き、試験体に男は居ない。
が、このTS周での試験体にはそれなりに男が混じっている。
というか、同じタイプの能力者が男女セットで揃っている為、人数的にもそのまま二倍に増えている。

それは何故か。
このTS周では、ムーンチャイルドを作る際、Cの巫女の母体から種子に至るまで徹底的に管理され、完全に新しく生み出させようとしているのだ。
集められた試験体は男女ともにCの巫女となる調整を受けた上で、その能力を濃く次世代に残す為に同じ能力の者と番を作り、より血の濃い、つまり能力の強まった個体を生み出す為の捨石にされる。
これを幾世代か繰り返す事により、必要と思われる要素を全て引き継いだ真のCの巫女を作る。これが、この周のムーンチャイルド計画。

それに反発したリューカ・クルセイドの脱走により、残された試験体達には何らかの形で母親──アヌスの命令に逆らえなくなる仕掛けが組み込まれている。
ヒューマンフレアを始めとした多くの試験体に施されているのは、アヌスへの親近感と、ブラックロッジへの帰属意識だ。
どんな非道な振る舞いをされてもアヌスに対して憎しみを抱けないし、どれだけ粗末な立場に置かれてもブラックロッジを自分の帰るべき場所だと思ってしまう。

「俺が言っているのは、何故碌に調整も受けさせて貰えなかった廃棄物が、まともな装備を支給されて任務についているか、という事ですよ」

「……相変わらず、DEAD(きっつい事)をはっきり言ってくれるよな」

苦笑混じりのヒューマンフレア。

「事実でしょう。そうでなければ、俺と貴方の間に接点は存在しない」

何故なら俺はこいつを、なんとなく漁っていたブラックロッジの廃棄物処理施設で発見し、回収したからだ。
調整も受ける事が出来ず死にかけていたので、片手間に医療用ナノマシンと回復魔法を併用して治療してもやった。
廃棄の理由は知らないが、書類上は確か標本として保管されている筈だったのだ。
恐らく、C計画発動直前でこれ以上利用価値もない上に置き場にも困るので、登録していた情報の変更を省いて破棄されたのだろう、というのが回収を手伝った事情通の下っ端の予想だった。
脱走するリューカに殺されなくてもこうなるとは、ムーンチャイルド計画に集められる子供は余程運命の女神に嫌われているらしい。

「恩は感じてるさ。……でも言えねぇ。やるなら一思いにやってくれ」

目を閉じ、聖書の祈りの言葉を口ずさみ始めるヒューマンフレア。

「そうですか」

胸を踏んでいた足に力を入れ、勢い良く踏み抜く。
胸が陥没し、音速を遥かに超えた速度で押し込まれた脚が発する衝撃波で、ヒューマンフレアは細かな肉片になって飛び散った。

「時間の無駄だったな」

死に際しても周囲から何のフォローも入らない。自爆装置すら搭載して貰っていない。
これは完全に捨て駒だったと見て間違いない。態々脳みそを取り込んで記憶を除く程でもないだろう。

《美鳥》

美鳥に通信を繋ぐ。

《あいあい、こっちはそっちから少し離れた岩場でメイドと坊ちゃんとアルアジフを回収したよ。あと何故かサンダルと合流した。シスターはサンダルが拾ってホテルに送ったとかどうとかそういう設定なんだって》

即座に返ってきた返答の内容はほぼ予測通り。
しかし、この島に宿敵が待っているシスターが消えて、新たにメンバーに加わったサンダルが宿敵であるメタトロンと相打つ、とか。
こういう正体を隠しているにしては迂闊なサンダルの挙動を考えるに、別に正体はバレてもいい感じなのだろうか。
もしかして俺達以外の街の住民は全員サンダルの正体を気付いてるけど、その生来の優しさからついつい気付いてない振りをしてくれてるとかそんな展開か。

《合流できるか?》

《びみょ。なんかサンダルにかなりの頻度でチラ見されてるし、たぶんアヌスも監視してると思うんだよね、視線感じね?》

《あぁ、オーガニック的な感じの知覚にビンビン来てる》

《しょ? 下手な真似はできんし、ついでに大十字拾ってきてねー》

通信が切断された。
まぁ、邪神の加護があるとはいえ、この周では大十字のサポートに回れって大導師に言われちゃったし、仕方がないか。
俺は服についた肉片を払い落とし、神殿に向けて移動中の大十字の反応へと向けて、足を進めた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

次に目を覚ました時、私は最初に目指していた神殿があるという小島の浜辺に流れ着いていた。
マギウススタイルは解け、周囲には誰も居ない。
〈深きものども〉に捕まっていなかっただけましだが、それでも良い状況とは言い難い。
私が一人で居るところを〈深きものども〉に見つかるのも危険だし、当然それははぐれた他のみんなにも言えることだ。
幸いにして、ダウジングに使う道具を水着の中(というか、胸の谷間。胸全体を覆うタイプの水着にしておくと意外とバレにくい隠し場所だと言われている)に仕舞っておいた私は、
他の連中と合流する為にダウジングを始めた。
厭な雰囲気の森を抜け、スコールに見舞われながらも進んだ先。

「ここか……」

とりあえず、自衛の手段を持たず、一人で孤立した場合一番危険な御曹司、そして戦力アップの為にも早く合流したいアルの反応を辿っていたのだが。
たどり着いた先は、苔むして蔦の張った、古ぼけた石造りの神殿だった。
ここが、ウィンフィールドさんの言っていた神殿だろうか。
この、明らかのそこいらの遺跡とは異なる威圧感、以前実習で見た遺跡に似ている……。
遺跡の前に立ち尽くし、しばし考える。
今の私はマギウススタイルに変身出来ない。
実習で多少なりとも怪威との魔術抜きの戦闘方法も学んではいるが、それはあくまでも集団戦闘を行う時の戦い方でしかなく、相手側が無数に居て、なおかつ孤立した状態で敵陣に突っ込む方法など教えられていよう筈もない。
だが、仮に御曹司やアル達がここに居るとすれば、決して避けては通れない道でもある。
…………虎穴にいらずんば、という諺もある、か。
そう決断した、その時である。

「!」

森の奥、私が歩いてきたのとは別の方角から、落ち葉や木の枝を踏む音が聞こえてきた。
いけない、万が一〈深きものども〉だったら、今の私には殆ど対処する手段が無い!
慌てて身を低く伏せ茂みに隠れる。
だが、足音はどんどん私の方へと近づいてくる。
迷いのない足取り、完全に私の存在に感づいている。
どうする、どうする? 緊張から心臓が痛いくらいに鼓動を刻む。
今の私の獲物は、このダウジングに使っていた紐と錘だけ。
〈深きものども〉を相手にするのであれば、決して十分とは言えない装備だ。
正面からやりあってどうこうできるものではない。
どうにか足を止めさせるか目を晦ますかして……

「前々から思っていたんですが」

「きゃっ!」

唐突に声をかけられ、私の喉がおかしな音を吐き出した。

「先輩のポニテ、戦闘とか潜入の時はもう少し低い位置で結った方がいいですよ。目立つから」

「お、お、お、脅かすな、馬鹿!」

近づいていた足音の発信源、声の主である卓也を、私は思い切り怒鳴りつけた。

―――――――――――――――――――

「あいや、待て、お前は他の連中と一緒じゃないのか?」

俺が他の連中と一緒に居ない事を不審に思ったのか、顔を赤く染めた怒りの表情を収め、キョロキョロと落ち着きなく周囲を見回す大十字。

「生憎と、船から落ちた後も空に居た奴に絡まれまして。他の人らを回収する暇はありませんでした。申し訳ない」

取り敢えず軽く頭を下げておく。
事態をややこしくしたくないなら、先に戦闘能力のない覇道瑠璃だけでも回収しておくべきだったのだが、ヒューマンフレアに気を取られすぎたらしい。
別に覇道瑠璃の護衛を任されていた訳ではないが、あの場面で対処するべき所に対処出来なかったのは落ち度だ。
他に手が回りそうなのは美鳥もだが、あっちはあっちで海中で試験体二号の全天候対応改修型にでも襲われていたのだろう。
スピードスターは、速度だけならブラックロッジに公開している俺たちの性能を凌駕している筈だし。

「謝られる筋合いは無いさ。あの状況じゃあ仕方がない。それより……」

俺の謝罪を軽く流した大十字が神殿の方に振り向く。

「卓也のダウジングも、こっちに反応したのか?」

大十字の言葉に、俺も神殿へと視線を向けた。

「ええ、美鳥の反応は間違いなくこっちです」

無言。
大十字としては、自分の魔導書が無い状態で敵の本拠地に乗り込むのは危険だと考えているのだろう。
そこに都合良く現れた俺が、今現在魔導書を無事に保有しているか、まだ戦えるかを聞きたいけど、それはまるで人任せの様で積極的に尋ねられない。
スコールの音だけが響いている。
葉を、樹皮を、大地を、泥を、神殿の石壁を打つ音。
俺は神殿に顔を向けたまま、大十字に問う。

「先輩、バルザイの偃月刀は使えましたよね」

「あ、ああ、杖本体があれば付与魔法も、少しだけなら」

「上出来です」

偃月刀を鍛造し、大十字に投げ渡す。
宙に放物線を描く偃月刀をひったくるように掴み取り、大十字は二三振り回し、取り回しを確認する。
振り回される偃月刀の軌道上に存在した茂み、背の低い木から張り出した枝が軽い音を立てて切り落とされていく

「いいな、これ。軽いのに詰まってるっていうか、振ると軽いのに、当てる瞬間に重量感がある」

いいな、と言いつつ、大十字の表情は真剣そのもの。

「素材を少し弄って、マギウススタイル無しでも振りやすくしてます。その代わり汎用性はありませんから、アルアジフさんと合流したら鍛造し直してください」

本当なら適当にバリア発生装置でも持たせて後ろを付いて来させる方がややこしくなくていいんだが、いざという時の自衛を考えればこっちの方がいいだろう。
これで自衛に足りなかったらニャルさんのゴッドフォローに期待ということで。

「じゃ、行くか」

「はい、行きましょう」

頷き合いながら、俺と大十字は神殿の中へ侵入を開始した。

―――――――――――――――――――

神殿の中には明かりの差し込み口すら殆どなく、粘性のある暗闇に包まれていた。
炎の精でも呼び出して灯りにするかとも思ったのだが、俺は暗闇でも視界は十分だし、幾度かの実習を経験済みの大十字も暗順応を早める方法は心得ている。

……それにしても、この神殿は見事なものだ。
俺がミスカトニックに入学する為に幾度となく襲撃している日本の遺跡とは比べものにならない。
本来的な、伝言ゲームや誤訳の無い純粋な海の邪神への信仰を形にした、正当な神殿。
アヌスの指導によるものか、所々に修復が施された跡があるが、あれは間違いなくダゴンを復活させる儀式に使う陣の一部だろう。
光による視覚ではない、独特な霊的視覚でもって捉えられた写実的な邪神とそれに纏わる儀式の作法を描いた壁画。
不変性ではない、邪神故の三次元視点から見た危うい揺らぎを躍動的に表現した彫像。
極めて精緻で、しかし人知で図れば冒涜的とも取れるこの魔術理論……美しい。

「……チッ」

だが、残念な事に大十字の感性ではこの熱狂的な信仰心を肯定的には捉えられなかったらしい。
いや、むしろ俺がはしゃぎ過ぎているのか。
クールダウンが俺にも大十字にも必要だ。軽い会話で気分転換と行こう。

「先輩、イラついてますね」

「当たり前だろ、こんな胸糞悪い場所じゃ……」

ふむ、まぁ、確かにそれは仕方がないかもしれない。
周囲の壁画や彫像に正気度を削られない程度の技量があったとしても、この場所は無念のうちに死んでいった人間や〈深きものども〉の怨念が塗り込められている。
生贄などを必要とする邪悪な儀式、攫ってきた女を無理やり孕ませて、子供が埋めなくなったら殺したりの残虐行為。
更に、覇道財閥のリゾート計画で住み難い環境での生活を強いられて死んでいった〈深きものども〉
これらの怨念は確かにこの神殿に囚われており、並の神経の人間だったら恐怖で体が竦んでもおかしくない空気を作り出している。
大十字は周囲の壁画や彫像などのオブジェに不快感を感じているのだから、相乗効果で何らかの精神的な不調を抱えても仕方がないだろう。

「余計なものは見ずに進んでしまいましょう。奥に行けば八ツ当たる相手は腐るほど居るわけですし」

「ああ、わかってる」

そんな訳で、時折大十字に話しかけながら奥に進む。
無言で進むと嫌な考えを頭の中で転がしがちだが、会話を挟むことで大十字の精神状態はだいぶ安定した。
だが、神殿は奥に進めば進むほど不快な空気を濃くしていく。
空気は生温かく、強い湿気と共に生臭さを感じさせる。
更に、腐臭にも似た潮の臭いが充満し、それに混じって甘い匂いが混じり出した。
毎度お馴染みの淫乱ガスである。日本各地のうどん工場でほぼ同じ成分の粉を手に入れる事が可能なのは有名な話だ。
個人的には液体として運用するのがお気に入りなのだが、広範囲に効果を出したいのであれば、この様に気化させて使うのも意外と悪くはないだろう。

だが、このガスはトラップとして考えたら出来損ないだ。
ここまで甘い匂いを持ち、なおかつ桃色などという激烈に目立つ色を出してしまったら、普通は警戒されて何らかの対処をされてしまう。
俺なら無色無臭で、なおかつもう少し効きを弱めにするかな。
今のガスだと効果が急激に現れすぎるし、もう少しゆっくりと効果が出るようにしないと、急激な体調の変化から何らかの薬が散布されていると勘づかれてしまう。
まぁこれはトラップではなく〈深きものども〉と人間の女の交配を助けるための薬なのだろうから、気づかれる気づかれないは考慮していないのだろうが。

「それで男は勇気を出して聞いてみたんですよ、『なんで赤い洗面器を頭の上に乗せてるんですか』ってね。そしたらおじいさんは……」

「…………」

先程まではこちらの話にツッコミや相の手を入れてくれていた大十字の返事がない。
不審に思って大十字の姿を見ると、明らかに様子がおかしい。
顔は熱っぽく、瞳も僅かに潤んでいる。
歩き方も次第にぎこちなく、太腿を時折モジモジとこすりあわせながらの歩行である為にふらふらと安定しない。
時折苦しそうに息を途切れさせ、しかしこちらに悟らせない為だろうか、無理矢理に呼吸を止めて喘ぐのを堪えている。

完全に発情しています。本当にありがとうございました。

だが覚えておいて欲しいのだが、これはあくまでも特殊な例に過ぎない。
大十字は少しばかり座学と実技がトップクラスで物覚えも良くてタッパもそれなりでスタイルの良い美人だから、自分に対して無意識の内に自信過剰なのだ。
あとはあれじゃないかな、ニャルさんがTS大十字の野外でのナニを見たがってるとか。

「先輩?」

「ウェヒッ!?」

名前で呼びかけると、大十字は偃月刀を持ったまま飛び跳ねるほどに驚いた。
しかし酷い叫び声を聞いた。借りにも美人が出していい声じゃないだろ、今の。

「……どこか体調でも悪いんなら、治療しますか?」

「え、いや、たの、じゃない、違う、大丈夫、大丈夫だから」

ぶんぶんとこちらに突き出した両手を振って否定する大十字。
さぁ、ここからが正念場だ。
先に言っておくが、俺は別に解毒をするつもりは毛頭ない。
例えばここで大十字の隣りに居るのが俺ではなく美鳥だとしても同じ選択肢を選んだであろう。
だって、その方がシチュエーション的に面白いから……!

まず大前提として、俺は大十字は解毒しない。
次にこれを踏まえた上で、どういう状況に持っていくか。
最中にうっかり乱入して目撃してしまう、というのが下策中の下策である。
これは鉄板のようだが、一歩間違えるとただの陳腐なラブコメコースにしかならない。

「あの、ですね……お花を摘みに行くのでしたら、敵の居ない今のうちがいいと思いま」

ゴン、と音を立てて、偃月刀の腹が俺の顔面に叩きつけられた。

「遠慮なくそうさせて貰うよ!」

顔をイースの主人公の服装の如く赤く染め、肩を怒らせながらずんずんと離れていく大十字。
これでいい、これで。
全てはシナリオ通りだ。

この場面で俺が選んだ選択肢は、あえて『大十字がひとしきりナニを終えるまでゆっくりと待ち、なおかつ戻ってきた大十字に対して何も気づいていない振りをする』というもの。
紳士的、に、見えるだろうか。
だが、この選択肢はそう単純なものではない。
大十字は間違いなく遠くの物陰で声を殺してナニをする。サイトロンが俺に見せた未来だから間違いはない。
そして、この場所には手を洗えるような清潔な水は存在しない。
するとどうなるか。
……大十字はナニをした後の清潔とは言えない手を洗わずに戦闘に向かうド変態という称号を俺の中でつけられてしまうのだ……!

うむ、実にくだらない。
そんな冗談はともかく、最近の大十字は男にょ子(言い間違いにあらず)と同居生活で碌に処理も出来てないだろうし、これを機会に派手に発散しておくのも悪くはないんではないだろうか。
別部屋だからできるかもしれないけど、あそこ壁は薄いし、多分処理するにしても声は大きくできない筈。
実際、アルアジフに記載された魔術に禁欲が必要なものも存在しないしな。
年頃なら仕方があるまい。手も洗えるように水程度なら魔術で用意してやろう。
そう考えながら、俺は敵が来るかどうかを俯瞰マップで確認しつつ、大十字が声を抑える必要が無いように、こっそりと消音の魔法を掛けた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ここまでくれば、大丈夫だろう。
卓也の居る場所から過剰とも思える程に距離を取った事を確認した所で、九郎は腰を抜かすようにその場で崩れ落ちた。
ゴッ、と重い音を立てて、偃月刀が手から取り落とされる。

「は、は、は……」

過呼吸を起こす程に呼吸は荒く、短い間隔で痙攣を繰り返す自らの躰を両腕で抱きしめる。
抱きしめた自分の体が異常な量の汗で濡れている。
顔が、頭が熱く、全身も熱病にかかったように熱い。

──まいったな、くそ──

朦朧とし始めている意識の中で思う。
薬か毒にやられている。催淫系の作用を齎すものだ。
しかも、自力で行使できる魔術で解毒できるような単純なものではない。
どうしてさっきの卓也の申し出を断ってしまったのか。
いや、理由は知れている。
僅かながらに残った女としての羞恥心。
卓也に肌を晒した事はあっても、女としての痴態を晒した事は一度もない。
もしもあの時治療の為に身体に触れられていたら、みっともない嬌声を上げてしまったかもしれない。
たったそれだけの理由で、治療を断ってしまい、今でも尻込みしている。

だが、九郎にも少しだけ解毒方法の『あて』があった。
さっきから悪臭に紛れて漂っていた甘い香りの桃色の気体、秘密図書館に置いてある魔導書に似た薬の製造法が載っていた。
あの記述と同じか似たものであれば、一定の効果を示した後に消える種類である可能性が高い。
ならば、積極的にそういう効果を促進してしまえば、早いうちに薬だか毒だかの効果は抜ける。

故に、その計画を実行するために、躰を抱きしめていた腕を外し、股間に伸ばされる手。
股間に触れるか触れないかの距離に置いた手には、その僅かな先に湿り気を感じている。

「ん……く……」

慎重に触れると、水着の股間はぬるりとした感触を返す。
水着の厚い生地越しの鈍い感触に、僅かに声が漏れた。
声と共に僅かに身が跳ね、より強く股間に当てた手が動く。
生地を押し込むようにして、指の頭が僅かに飲み込まれる。
強い刺激ではない。
身を跳ねさせる程の強さでもない。
だというのに……、

「……う、うぅぅ……」

どろり、と、脳を性的興奮から生まれたもやが包み込む。
粘性の快楽。
重く澱んだヘドロの如く、拭いがたい快楽が九郎の脳を支配する。
ぐち、ぐち、と、水音を立てながら九郎の指が動き続けている。

「……そう、だよ……、早く、済ませないと……いけないから……」

これは治療の為の行為だから、疚しいところは何もない。
だから、もっと強い刺激を。
それがどれほど見苦しい言い訳だったとしても、今の九郎には大義名分に聞こえるだろう。
自らへの言い訳に成功した九郎は、加速度的に指の動きを早めていく。

「うあ、あ、ひ」

喉から漏れた引き攣るような声を、だらしなく開きっぱなしにした口から吐き出す。
前戯も何もなく、ただ自らの性感に訴える部位を浅ましく掻き回す。
粘性のある水気を吸い、白い水着が重い音を立てている。
──これ、じゃまだな。
緩くなった理性が止めるまもなく、九郎の指はあっさりと水着をずらす。
剥き出しになった秘部が外気に晒されるだけで、九郎は背筋に突き抜ける感覚を得る。

「しょり、処理、してるだけ、だし……」

ぶつぶつと譫言地味た言い訳を繰り返しながら、指は剥き出しの秘部へと伸びていく。
秘部に触れた指が、躊躇いなく突き込まれた。

「……っ! ……! ……~~ッ!」

突き込んだその瞬間、意識が飛び、目の奥で火花が弾けた。
下半身を突き抜ける衝撃に、九郎は身を丸め、その場で横向きに倒れ込む。

「はぁ……はぁ……あ、……ぁ……ぁ」

息を荒げ、目を見開き、断続的に躰を痙攣させながら、しかし秘部の内側を触る指は動きを止めない。
異常なまでに分泌された愛液は手首まで滴り、掻き毟るような指の動きで飛沫を上げる。
石畳の上で身を捩りながら、自らの秘部を壊さんばかりに指を蠢かせ、中から粘液を掻き出し、指を引っ掛け広げる用に刺激する。
秘部を傷つけかねない程の激しい指の動き。

「あーっ! あああっ! ぅ、うあぁ……! たりない、たりないぃ……もっと、もっとはげしくぅ……」

白目を剥きかけていた目を細め、ぽろぽろと涙を零しながら、指は快楽を求めて動き続ける。
幾度となく達し、身を跳ねさせ、犬の如く垂らした舌から涎を滴らせ、もはやしつこいほどに自らに言い訳をしていた九郎の姿は何処にも無い。
ただ、強い快楽を求める雌になり果てている。

「うぅ……だめ、だめだ……!」

むずがる子供のように首を振りながら、おもむろに九郎は身体を転がしうつ伏せになり、膝を立てて臀部を突き出した。
虚空に突き出された水着のずれた臀部。
まるで突き出された先に誰かが居て、その相手に見せつけるように秘部を弄る指の動きは激しさを増していく。

「だめだ、やめろ、やだ、そんなにかき混ぜるなぁ……!」

恥らい、誰かの拘束から逃れるために足掻いているかのような動き。
いや、九郎にとって、臀部を突き出した先には、自らの秘部を容赦なく指で掻き回す誰かが居るのだろう。
良く知る誰かに押し倒され、ねじ伏せられて乱暴される。
そんなシチュエーションを頭に浮かべ没頭する。

「ちが……! 気持ちよくな……ひぎぃっ!」

太腿の間を通して秘部を弄り続ける両手に、あふれる過剰な量の愛液。
無理矢理にされて、感じてしまっているという妄想の中の状況に酔い、ますますエスカレートしていく。
秘部を弄っていた指を口元に持っていき、それを口で銜える。

「ひゃめ、ひゃめらろ、ひゃふや……」

自らの愛液を舐めさせられながら、執拗に嬲られる。
そんなシチュエーションを頭に描きながら、空想の中の相手に懇願し続ける。
だが、決して自らの秘部を嬲る手を休める事はない。
口の中に入れていた指を引き抜き、唾液にまみれた指を水着のトップスにひっかけ、力任せに引きずり上げてずらす。

「うぁ、見るな、見るなってぇぇ……」

弱々しい懇願。
スタイル相応に大きい乳房が勢い良く飛び出し、痛いほどに勃起した桜色が剥き出しになる。

「いたい、いたいよ……」

乱暴で相手(自分)のことを考えない、指の形が痕になって残るほどの力で強く揉みしだかれ、その度に乳房が激しく形を変える。
玩具のように乳房を捏ね回し続け、指の間から飛び出た桜色を、指と指の間で押しつぶした。

「ん、んーっ! んっ! んんんんんんんんっ!!」

食いしばった歯の隙間から絶叫が漏れる。
かき混ぜられ続けていた秘部の奥から透明な液体が噴出し、ぱたぱたと濡れた石畳に落ちて吸い込まれていく。
ひく、ひく、と躰を痙攣させながら、九郎は秘部を弄る指を止め、ゆっくりと引き抜いた。

「あっ、まだ、まだ……」

言葉を尻すぼみに途切れさせ、引き抜かれた指を求めるように腰を左右に振る九郎。
そして、引き抜かれ、粘液に濡れそぼった指を三本纏めて太い一本を作り、その先端を秘部に触れるか触れないかの位置に伸ばす。
ごくりと、唾を飲む。

「どうしても、どうしてもって言うなら、いい、ぞ」

九郎の妄想は山場に差し掛かり、ついにその時を迎えようとしていた。

「卓也が、どうしてもしたいなら……優しく、しろよ」

九郎は纏めた指を、ゆっくりと秘部の中へと──

―――――――――――――――――――

《おにいさんのは成人男性の腕くらいあるわ!》

《うおっ、いきなりどうした美鳥》

大十字の一人上手が終わるまでの時間潰しとして、川上作品がハーレム最強系オリ主人公に蹂躙されるとしたらどこらへんがテンプレとして使用されるかを議論していたら、唐突に美鳥が通信で叫び声を上げた。
基本的に通信の内容は表情に出ないモノなのだが、俺は驚きから思わずビクリと身を震わせてしまう。

《あと、腕はさすがにドン引きだわ。そのサイズにも出来ないではないが姉さんには適さないし、普通そのサイズは牛とか馬専用で人間に使うものではないと思う》

《お兄さんは今、ニトロ作品主人公のエロシーンの大半を存在否定したね……》

《ニトロ女を人間枠で考えるのが間違いだと思えばいいんじゃないか?》

まぁ、ドライに拳銃突っ込まれて処女喪失なお嬢様とかはかわいそうなので除外しておくが。

《それにしても遅いな》

余程溜まっているのか、エレクトし過ぎて気絶してしまっているのか。
俯瞰マップで見れる機体情報とパイロット情報だと、気絶してるかどうかは判別出来ないんだよな……。
俺の位置から8マス程離れた場所に居る青ユニットの大十字のステータスをチェック。
……遺跡に入る前まで八割残ってたENと精神ポイントが、五割くらいに下がってる……。
時計を確認すると、既に1時間30分程が経過していた。
こんなにも時間がかかるものだろうか。
だが、ここで美鳥に平均的な必要時間を通信で聞くのもおかしな話だ。

《あー、だいぶ派手にやってたけど、そろそろ戻ってくるんじゃね?》

《あと何分くらいで?》

《体力と薬の兼ね合いを考えたら、あと30分》

忍たまが三本見れる時間だな……。
仕方ない、昔地方ゆえに深夜に放送してたのを録画した、テレビ版ヤマモト・ヨーコのCMカットしてない話でも見て時間を潰すか。

《あの作品程巨大な戦艦をスタイリッシュに描いた作品はそうそう存在しないよな》

《スポーティーっつうか、戦闘機的なデザインだよね。戦艦にしてはセクシーなボディラインで》

奥井雅美の歌う主題歌に聞き惚れながら、思う。
ああ、やはりこの時代の作品は、いい……。

―――――――――――――――――――

本編を視聴し終えて、30分単位での録画であるために偶然録れていた通販番組の頭が一瞬だけ映り、再生が終わった所で、狙いすましたように大十字が戻ってきた。
だがその表情は複雑だ。
スッキリしているのに憔悴している。
なんというか、後ろめたいところがある人間の顔とでも表現すればいいのか。

「先輩、魔術で濾過した水を貯めておいたので、これで手を洗ってください」

「ああ……」

言われるがまま蛇口の付いたタンクの下に手を置き、蛇口を捻り黙々と手を洗う大十字。
かなり入念な洗い方で、手首までどころか腕や胸元、足元まで一通り水をかけ、ゴシゴシと手で強く擦っている。
手洗い用に浄化した水は冷たい。
そのままでは体調を崩してしまう可能性もあるので、乾いたタオルを手渡しながら、俺は少しからかってみることにした。

「しかしあれですね、先輩もいい大人なんですから、どこかに出かける時は事前にトイレを済ませておいた方がいいですよ」

「そう、だな……うん、ごめん。ほんとごめんな、今回は本気で謝るわ。すまん、許してくれ、ごめんなさい……」

タオルを受け取った大十字は、何故か俺の軽口同然の説教に本気で謝罪をはじめ、謝りながらもどんよりとした重い空気を纏い始めた。

「大げさ過ぎます。でも、分かってくれたなら嬉しいです。さ、奥に進んでしまいましょう」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

さて、非実在インスマウス観光案内人気スポットランキングにて見事ナンバーワンに君臨した神殿の祭壇を破壊し、ついでに〈深きものども〉のライフエナジーを吸い取りながら復活したダゴン。
その相手をする為にアルアジフと合体してマギウススタイルへと変身した大十字は、何時ものごとくデモンベインを招喚し、戦闘を開始した。
……いや、アヌスも確かに居たけど、アヌスは見た目と性格以外特に変更無いし、言及する必要もないんだよ。
乱交パーティもこういう施設だと稀にある光景だし、大十字もそういう場面でのセルフコントロールは余裕だ。
サンダルはメタトロンと途中でかち合って祭壇には来れなかったらしいが、もともとアヌス以外はそう何人も人手が必要な相手ではなかった。
唯一の気がかりはルルイエ異本だけど、それはもうここを去ったアヌスの手中にあり、C招喚からY招喚の儀式で消滅するので手遅れ。
回収するなら別の周で改めて取りに行った方がいいし、今は目の前の巨大戦に注目しよう。

覇道瑠璃達の護衛を美鳥に任せ、俺は巨大戦を見届ける為に空に浮かぶ。
天空から見下ろす先で、向き合う巨大な邪神と機神。

本日の対戦カードは、偉大なる海神の眷属ダゴンVS魔を断つ剣、人造鬼械神デモンベイン。
ウェイトでは大きくデモンベインが差を開けられている。
しかし、純粋な打撃力で劣るとしても、デモンベインにはそれなりに多彩な魔術兵装が存在している。
アトラック=ナチャにニトクリスの鏡、偃月刀に断鎖術式、使いどころのわからないロイガーとツァールに、この時代の主力戦車の主砲よりも高威力のバルカン。
対してダゴンは神と言っても長らくの飢餓により理性を失った獣同然の存在であり、積極的に特殊能力を行使する事は不可能。
しかし、荒ぶる感情に任せた『超』能力を発揮して津波などの海に関わる自然災害を引き起こす事も可能であり、特殊戦も決して侮ることは出来ない。
更にはダゴンはタッグ戦メインの邪神であり、いざとなれば番の邪神であるヒュドラを呼び出して合体や連携攻撃が可能になっている。

総合的に見て、ダゴンの圧倒的な優勢。
それをデモンベインがどのようにひっくり返さなければならないか……、というのが今回の対戦の鍵だろう。

だが、いかんせん自力の差が激しい。
インファイトではウェイトの差がハッキリ出る上に、ダゴンは攻撃が広く重いだけでなく、その動きも水揚げされた海産物とは思えない程にフットワークが軽い。
デモンベインはダゴンの強大な一撃を紙一重の所で回避しつつバルカンを甲殻の隙間めがけて掃射するも、それはダゴンの気を荒立たせる為にしか役立たない。
ダゴンの呼び出した津波に飲み込まれてデモンベインが海に流されていく。

海の中で幾度かの交戦を終え、全身の装甲をひしゃげさせたデモンベインが海から打ち上げられた。
ダゴンとヒュドラの合体怪獣……もとい、合体海神ゴンドラの体当たりで吹き飛ばされたのだろう。
さもあらん、古今東西のRPGで最初期のモンスターなどが好んで使うこの攻撃は、複雑な動きの出来ない身体構造でも、ウェイト次第では容易に相手を殺傷可能なレベルの威力を発揮する。
ましてや、相手はそこらのスライムや角の付いた兎とは訳が違う超ヘビー級であり、更に生身の生物ならその場で腐食、沸騰して消滅しかねない程の神威を持つのだ。
通常兵器とは比べ物にならない強度を誇る魔導合金ヒヒイロカネだが、低級といえど神と崇められた存在を相手にすれば気休め程度の強度でしかない。

だが、デモンベインも贋作とはいえ機械の神の模造品の一体。装甲を犠牲にしたおかげか、その動きにおかしなところはない。
錐揉み状に回転しながらも断鎖術式を発動させ、落下速度を中和、機体に負荷を与えないよう、静かに陸地へと着地した。
陸地に降り立ち、吹き飛ばされても手放さなかったバルザイの偃月刀を構え、海に居るゴンドラの突撃を待ち構える。
デモンベインから供給される魔力が偃月刀内部を循環し、その強度と切れ味を増幅する。

偃月刀を構えるデモンベインの眼前、真正面の海面が爆ぜ、デモンベインの数倍は有ろうかという巨大な海魔が現れ、その巨体をもって押しつぶさんと飛びかかった。
そしてそれを、正眼に構えた偃月刀で一刀の下に両断するデモンベイン。

仮に、ここで大十字が偃月刀の多重鍛造と同時操作に適性があれば、一刀で頭から両断したのでなければ、これで決まっていただろう。
だが、そうはならなかった。
合体していたゴンドラは両断される寸前に身体を解き、ダゴンとヒュドラに分離、左右に分かれて回避していたのだ。
だが、これは仕方のないことだろう。
いかに大十字のスペックが上がっていたとしても、元から持っている才能から大きく逸脱した成長を遂げている訳ではない。
あの場面で取れる選択肢としては、バルザイの偃月刀での迎撃は最善とまではいかないまでも悪くない選択だった。

だが、悪くない選択だった、などという言い訳は実際の戦闘では何の慰めにもならない。
分離したダゴンとヒュドラから蝕碗で貫かれ、絶体絶命のデモンベイン。
再び融合して巨大化した海魔を前に、もはや現状では成すすべ無し。

……さて、ここで通常の周ならばクトゥグアの記述を使用して勝利を収める訳だが、今回クトゥグアの出番は先延ばしにさせてもらおう。
俺は古ぼけたデザインの鍵──ナアカル・コードの解除キーを手に、デモンベインへの回線を繋いだ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

《レムリアインパクトだ……レムリアインパクトを出すんだ……》

ゆっくりと振り上げられた触腕を目の前に、万事休すかと覚悟を決めかけたその時、通信機から卓也の声が響いた。

《デモンベインとアルアジフ、大十字先輩、三つの心を一つにしろ……》

近接昇華呪法レムリア・インパクト。
そのデモンベインに搭載された最強の武装の説明は事前に受けている。
そのあまりにも危険な威力から二重に封印され、御曹司の言霊も用いた二重のプロテクトを解除しないと発動しない、とも。
それをこの状況で出せだって?

《デモンベインを……デモンベインを信じろ……それは、人間の為の鬼械神だ……!》

「おい待て卓也! 私に、私にわかるように説明しろぉ!」

卓也の要領を得ない言葉に思わず叫ぶ。

「いや、待て九郎……プロテクトの解除コードだ!」

アルが驚きの声を上げる。
何故? あの状況で御曹司が言霊での認証とかを行えるのか?
いや、考えている暇は、無い!

《思いを込めて……パワーを上げるんだ……!》

「わかったぜ! アル!」

「応!」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「はは……こいつは……凄い物を見たなぁ」

うっすらと冷や汗すら浮かべて、ウェスパシアヌスは呟いた。
インスマウス上空。
四本の脚を持つ巨大な円盤が浮かんでいた。
下方に垂れ下がった、人間の顔を象った甲鉄の首。
その奇怪な形の鬼械神の頭部の上で、胸元を大きく開いたスーツ、その上に羽織った白衣の裾を靡かせ、妙齢の美女が立っている。
その女性の眼下では、海神と神殿周辺の海を取り込んだ無限熱量を内包する結界が、急激に圧縮され始めていた。

「成程……、あれは化け物だ。化け物だとも。神すら殺す、とんでもない化け物だ。成程成程。大導師が気に留めるのも解る。解るよなあ。だが、まあ良い──」

ウェスパシアヌスは、一冊の古ぼけた本を白衣越しに握り締める。
ダゴンの神像と共に祀られていた力ある魔導書、『ルルイエ異本』
今は度重なる実験と神の招喚で精霊化できるだけの力を失っているが、それも夢幻心母に持っていくことで解決する。
これで『C計画』に必要な鍵の一つは揃った。発動の日も近い。
有益な実験データも揃い、不出来な試験体の始末も『予定通りの形で』済ませる事ができた。
確かにあの鬼械神は脅威だが、それでも計画に支障をきたす程のものではない。
計画さえ発動すれば。

「大事な、そう、大事な大事な計画だ。────事前に虫下し位はしておくべきだと思わないかね?」

眼下のインスマウス。
その、自らの駆る鬼械神よりも低い位置で戦闘を見下ろしている男、鳴無卓也。
彼を見つめるウェスパシアヌスの塞ぎ気味の目にメガネを掛けた顔には、母性すら感じられる優しげな笑みが浮かんでいた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

インスマウスの住人は滅び、邪神を祀った神殿は倒壊し、奴らが招喚したダゴンもなんとか撃破した。
かくして、インスマウスを騒がせていた事件は解決した──とりあえずは、だが。

事件こそ解決したが、この事件は多くの謎を残した。
アルと同じ、精霊の姿を持つ、水神についての記述を持つ魔導書『ルルイエ異本』
『ルルイエ異本』は、あの神殿に居たウェスパシアヌスとかいうアンチクロスの一人に持ち去られてしまった。
ブラックロッジはあの魔導書を使い、一体何を始めるつもりなのか。
……あいつは、ダゴンの招喚を『実験』と言っていた。
あれほどの神の招喚を『実験』呼ばわりする連中の『本番』
想像するだに恐ろしい。
何をどうするかはわからないが、なんとしても阻止しなけりゃならない。

それに、今回解き放たれたデモンベインの真の力。
結界の内部で解き放たれた無限熱量はあのおぞましい海神を一撃で焼滅させ、更にその範囲内に存在したインスマウスの地形を大きく改造してしまった。
今、インスマウスの海岸は綺麗なクレーターが刻まれている。
結界により切り離され、無限熱量の余波を浴びた断面はガラスのようにツルツルだ。

これをあの場で使えたのは、覇道財閥から『より実践的で即応性の高い承認の為に』という理由で卓也に渡されていた解除キーが原因だった。
卓也は鬼械神での戦闘に参加しないが、いざとなれば即座にサポートできる距離で戦闘をモニターしている。
だからこそ、いざ基地を襲撃された時、通信を遮断された時の事を考えて、中継点兼非常用として、ミスカトニックからの協力者である私のサポーターである卓也に託されたらしい。
……これは、覇道財閥が私達の事を信頼して託してくれた力だ。
だが、これほどまでの力を、殆ど何の制約もなしに使えてしまうというのは恐ろしく感じてしまう。
そして、それでもなお対抗できるか怪しい、ブラックロッジの強大さも。

それに、あんな広範囲を吹き飛ばす様な技は、正直アーカムシティでは使いにくくてかなわない。
代わりになりそうな魔術といったら、以前にアンチクロスから奪還したクトゥグアの記述しかないが、こっちはまだ制御訓練すら行なった事がない。
アーカムシティに帰ったら、早急にクトゥグアを制御するための修行を始めなければならないだろう。

本当に、問題は山積みだ。
でも、一応この波乱含みの調査兼バカンスも片が付いた。
アーカムに着いたらやることは腐るほどあるが、それはこれから、帰ってからじっくりと考えることにしよう。

「…………」

私は、さりげなく視線だけを、通路を挟んで反対側の席に向ける。
沈む夕日に照らされた海を、頬杖をついて眺める卓也。
その表情に気まずげな物は無いし、張り詰めた雰囲気も無い。
当然だ。
卓也は特に、この調査の最中に気まずくなる様な事はしていない。

そう、卓也は別に何も悪くないのだ。
勝手に気まずくなっているのは、私だけ。
理由は言わずもがな……想像で補う所で、卓也を使ってしまった事。

「~~~っ!!」

妄想の内容を思い出すと急に気恥しくなり、視線を反対側、海も何もない、延々続く荒地と寂れた村の方へと向ける。
薬のせいと言えるが、気まずくなるなという方が難しい。
普段は意識もしないような相手を想像して、達した。
それも、本人がすぐ近くに居るというのに、そんな真似をしてしまったのだ。

「凝~~~~~ッ」

私の様子がおかしいのがわかるのか(わからない訳がないが)、アルはあからさまに私の表情を観察しているし、ウィンフィールドさんはこちらを窺いつつも笑顔を絶やさない。
酷く居心地の悪い空気になってしまった。
アルの視線から逃れる為に、再び卓也に視線を向ける。
当然といえば当然なのだが、肩にうたた寝する美鳥の頭を乗せた卓也はなにごとも無い様な顔で外の景色を楽しんでいた。

「はぁ……」

天を仰ぎ、ため息を吐く。
この気まずさは、私の方から一方的に感じているものであり、バレなければ卓也も気まずくならないものだ。
時間の経過で、私の中で整理がつくのを待つしかない。

遠くに摩天楼が見えてきた。
もうじきバスはアーカムシティに到着するだろう。
そうすれば、また忙しない日常が始まる。
不安や恥じらいを感じる暇もない、怒涛のような毎日が。

でも、

(鳴無卓也、か)

何で、こいつの顔が真っ先に浮かんだのだろうか。
単純に、長いこと一緒に居たからか。
それとも、この胸の中のもやもやとした、漠然としていて、どんな形かもわからない様な感情からなのか。
まだはっきりとはわからないけど……どんな形であれ、私の心の中を占めるこいつの割合が大きくなっている。

私の中で、何かが変わろうとしていた。
それはなんだか変にむず痒く、少しだけ熱を持っていて……

でも、それも日常に紛れれば意識しなくなる。
要するに、いつもどおり。
何も変わりゃしない。
私とこいつの関係はいつもどおり、そう簡単には変わりはしないだろう。

──今は、まだ。

変化なんてのは大概、散々遅れてやって来た挙句に、最初からそうだったみたいに居座って、それからしばらく後でようやく気がつくようなものだ。
そんなよくわからないもので、いつまでもうだうだしてはいられない。
気持ちを切り替えて、明日からはいつもどおりに過ごせるように頑張ろう。

「凝~~~~~~~~~~~っ」

突き刺さるアルの視線から目をそらしながら、私はそう胸に決意するのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

夢幻心母中枢、玉座の間。
仄暗い照明に照らされたドーム状の巨大な空間の中心。
玉座に座り、膝に頭をもたれかけさせたエセルドレーダの髪を指で弄りながら、大導師マスターテリオンは、自らの信徒である逆十字の言葉に耳を傾けていた。

「それで、ですねぇ」

マスターテリオンを前にして、しどろもどろに言葉を紡いでいるのは、ウェスパシアヌス。
常の、他の逆十字や部下、実験体や敵と相対する時とはうってかわって、相手の顔色を窺いながらのおどおどとした態度だ。
最古参の逆十字であるこのウェスパシアヌス。
魔術、それも人体改造を始めとした物に対して非常に高い才能を持つが、組織への、大導師への忠誠は決して高いとは言えない。
いや、逆十字は一人たりともブラックロッジや大導師に心からの忠誠を誓っている者はいないが、ウェスパシアヌスのそれは筋金入り。
大導師を恐れながら、自らの作品を完成させる事で、その恐怖を乗り越えようと日夜研究を重ねている。
最終的な目標が何処にあるのか。
それは本人すらも理解していないところではあるが、それでも彼女にとって、大導師はその役目を終えた時点で確実に退場して貰いたい相手だ。

「あのぉ、大導師様が連れてきた、鳴無兄妹なんですけど、私の実験体が、いっぱい殺されちゃってぇ」

だからこそ、いざとなれば大導師の側に付きそうな相手は、早めに排除しておきたいと考えていた。
その中でも、逆十字の罠から大導師を守ることのできそうな、腕利きの魔術師には。

「大導師様が、その、彼らを特別視しているのはわかるんですけどぉ」

それ故の実験体の、それも失敗作の実戦投入だった。
それも量産型の、海神への感応性を強化したタイプではない、ムーンチャイルド計画の初期から登録してある、傍目には重要な予備戦力と見えるスピードスターとヒューマンフレアを使った。
ネロを手に入れてからの度重なる強化改造とデータ収集によって、半ば標本と化していたそれ。
書類上は備品(標本)扱いで、しかし使い道も無くなったので廃棄物処理施設に置いてきたものだったが、どこかのお節介な誰かが調整を施していたので上手く再利用する事ができた。
書類上は貴重な実験体を、敵側にスパイとして潜り込ませていた下っ端が融通を利かせることもなく殺害してしまった。
逆十字でない十把一絡げの構成員であれば、そのまま処分してしまっても構わないであろう罪状だ。

「何らかの処分をさせていただかないと、あの、示しが、つかないので」

だが、ウェスパシアヌスは萎縮していた。
説明を続ける毎に、大導師からのプレッシャーが強くなっている。
ウェスパシアヌスを見下ろす超然とした表情からは、何を考えているかを読み取る事はできない。

「ご、ごめんなさい。あの、実験体も補充が効きますし、いっぱいさらってくるので、やっぱりこの話はなかったことに」

「よい」

「へ……?」

あまりの恐怖から発言を撤回し、次の機会を伺おうかと考え始めていたウェスパシアヌスに、思いもよらない言葉がかけられた。

「ウェスパシアヌス。貴公のブラックロッジを思うが故のその直言、確かに受け取った」

見れば、マスターテリオンは玉座から立ち上がり、真っ直ぐにウェスパシアヌスを見下ろしていた。
全てを見透かすような、心の奥底を読まれている様な透明な視線に射抜かれ、ウェスパシアヌスは身を竦ませて、その場に跪く。
頭を垂れるウェスパシアヌスに構わず、マスターテリオンはその良く通る美しい声で、告げる。

「鳴無卓也、鳴無美鳥両名への罰は────余、自ら下すこととしよう」

その顔には、深い深い、亀裂の笑みが刻まれていた。







続く
―――――――――――――――――――

ふと思い出すのはスパロボJ編の水着話。
上の一言だけで、勘のいい人だとTS編の話の構成が読めてくるだろう第六十四話をお届けしました。

いやぁ、突発的に今何話だっけ、とか思いつつタイトル見て、そうそう六十四話六十四話、とか思って、え、六十四話!? とかなっちゃいましたよ。
地味に長く続いてますよねこのSS。
今までの自分の人生を振り返って、この趣味に繋がりそうなのが数年前に入り浸ってたPINKでの日々しか無いってのがまた。
いえーい、ラノベスレと交流場の人見てるー? 名無しさんだよー。
見てたら見てみぬふりしてね。
だって、黒歴史の数々を踏み越えて、人は成長していくものだから……。
小学、中学時代は吹奏楽部って中途半端に爽やかな部活やってた辺りも痛さを増してくれる材料ですよね……。


最初期のあとがきの短さに新鮮さを感じたので短めにする筈が書いてるうちに何時も通りになった自問自答のコーナー。

Q,なんでドクターと愉快な仲間達が山に誘導されてるの?
A,ぶっちゃけ、ドクターが主人公等の正体バレを起こしかねないからと、そういう不確定要素を排除したらしたで原作通りのやり取りしか起こらないと思ったので。
あとドクターのテンションは極めて書きにくいので。

Q,ヒューマンフレア? スピードスター?
A,こいつらはTS後が男なので、原作だと死んでる試験体連中。
ネロ登場後に戯れに戦闘用に改造されたけど、性能的にメタトロンにもサンダルフォンにも遠く及ばない失敗作にしかなれなかった。
元ネタと同じデザインの装甲服装備。前から見ると野暮ったいデザインだが、背部のデザインはバックパックが格好いい。
主人公とサポAIの残虐ファイトにて碌な描写も無く死亡。

Q,教会のガキンチョどもが……。
A,出番はもう一回あると思います。特にアリスンは原作と同じ場面で活躍予定。予定は未定。

Q,最近エロシーン多くね?
A,ティべさんと話の展開のせいかも。次回からTS編終了までエロスは無し。
でも今回のシーンは書いてて興奮できなかったな……、そんな出来なので当然セーフなんですけど。

Q,なんでルルイエ異本が精霊化できてないの?
A,ほら、ここのアヌスさんは実験ができれば誰にでも付くし命令も無視する人だから……。
彼女の元ネタが無残に死ぬシーンは、ファミ通文庫から出てる塵骸ノベル版で!

Q,フラグ?
A,今まで色々言い訳してたけど、今回ばかりは言います。
こ れ は フ ラ グ で す !
何フラグかは断言しないいやらしさ。一応理由とかもあるんですが、そこはTS編ではなくデモベ編のエピローグにいかないと書けません。
ま、主人公からすれば短い時間ですけど、原作主人公からすれば二十ウン年の内二年も友人距離で連れ添ってる訳ですし、そういう錯覚をする事もあるんじゃないですかね。
当然大導師テリーにだって色々考えがあります。そのへんは次回以降。


いやぁ、なんとか年内に海水浴の話を終える事ができました。
本当はクリスマスに投稿して、『雪が降りしきるクリスマスの夜に海水浴……!』とかやりたかったんですが、書いても書いても話が進まないっていうね。
反動で間違いなくマスターテリオン決着編は短くなると思いますが、話の本筋的にはその後の話とオチが重要なのでご勘弁を。

TS編も残すところあと三回か四回!
次回投稿も年越しそばとかおせちとかカレーとか食べながらゆっくりお待ちください。

それでは、今回もここまで。
誤字脱字の指摘に即座にできる文章の改善案や矛盾している設定への突っ込み、諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心からお待ちしております。


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