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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第六十話「定期収入と修行」
Name: ここち◆92520f4f ID:81c89851 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/30 00:25
アメリカはアーカムシティ、覇道邸執務室。
執務机の上に山と積み重ねられた書類の海の中、一人の少年が苦々しげな表情でひたすらに書類を片付けている。
山とある書類の上から一枚を手に取り、素早く眼を通し、印を押す。
書類は山の様にあるが、彼の手元に辿り着くまでに幾つものチェックを受けた書類が大半である為に、彼は軽く眼を通すだけでいい。
彼、アーカムを実質的に支配する覇道財閥の若き総帥、覇道瑠璃にしてみれば、この程度の量の書類は日常茶飯事であり、日々こなしている通常業務に過ぎない。

「ふぅ……」

書類を捲る手を止め、目元を指で揉み解す瑠璃。
目を休ませる事で多少目つきは良くなったものの、その表情は相変わらず苦いまま。
彼がその美しい顔を歪める理由は、書類とは全く別の所にあり、それは未だ持って解決していない。
彼は机の引き出しを開け、一冊の新聞を取り出した。
街売りの、低俗なゴシップと品の無い下ネタだけが売りの、何処の都市にでもある様な、どうという事の無いタブロイド紙。
その一面記事に、一枚の写真。
瓦礫の山と化したアーカムの街を背景に、仁王立ちして朝日に臨む巨大ロボット。
言わずと知れた覇道財閥の秘密兵器、デモンベインである。

「ふ」

新聞を片手に、優雅に笑う瑠璃。
もう一度、紙面の写真を見る。
デモンベインと破壊ロボの戦闘が行われていたのは、深夜。
デモンベインの動きも周囲への配慮などを除けば比較的戦い慣れた動きで、決着は驚くほど早く訪れた。

「ふふ、ふ」

笑い続ける覇道瑠璃。その笑みは引きつっている。
いや、それは本当に笑顔なのだろうか、顔面の筋肉と言う筋肉が吊りあがり、結果的に笑顔に似た表情となっているだけではないのか。

日が登る前にデモンベインは破壊ロボを粉砕し、勝利を収めた。
であるならば、デモンベインが朝日に照らされて仁王立ちしているこの状況は本来ならばありえない。
……因みに、この写真の状況からさして時間を置かず、デモンベインは覇道財閥の手によって回収されている。
カメラマンは正に、絶好のタイミングでシャッターを切る事に成功したと言える。
覇道財閥の関知しないタイミングで、デモンベインが『その場に乗り捨てられ』でもしない限り、ここまで良い画を撮影する事は出来なかった。
写真の腕だけでなく、シャッターチャンスをモノにする運も持ち合わせていたのだろう。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

喉から漏れる笑い声にも似た唸り。
いや、覇道瑠璃は新聞を見て、確かに笑っている。
そう、自然界における笑顔とは本来、攻撃的意思を表す表情に他ならない。
力を込め過ぎて、手に持った新聞がクシャリと歪む。
握り潰され、歪んだ新聞には謎の巨大ロボット──つまりデモンベインの活躍が華々しく書かれ、更には多くの憶測も記されている。

このロボットこそが覇道財閥が秘密裏に建造していた対ブラックロッジ用の秘密兵器ではないか、
いやさ破壊ロボ操るドクターウエストと嘗て頭脳を競った幻の天才博士の仕業ではないか、
いやいや、ブラックロッジに益を産まない無意味な破壊活動を、ブラックロッジの幹部達が自らの超兵器を用いて諫めてみせたのだ。

多くの推理とも言えない憶測が載せられているが、この新聞は煽りたてるだけ煽りたてて終わりだ。
だが、比較的まともな新聞、例えばアーカム・アドヴァタイザーなどでは、新たな巨大ロボットの出現による街の被害の拡大や、万が一新たな巨大ロボがアーカムに積極的に牙を剥いたならなど、デモンベインを危険視する意見も多く見られる。

ある意味当然の反応だろう。
何しろ、あの夜に破壊ロボと戦ったデモンベインの戦い方は、苦戦こそしていなかったものの、周りの建造物に対する配慮は一切見られなかった。
特殊魔導合金ヒヒイロカネの超重量を知り、街への被害を考えれば、『ビームやミサイルを避けながらのバック転』など、間違ってもしようとは思わない筈だ。

……そんな事を考えて、怒りとも喜びとも憤怒とも付かない感情から浮かんでいた瑠璃の笑みは消え、ぶすりとした仏頂面に移行する。
ヒヒイロカネの超重量を知り、デモンベインの装甲がそれで構成されている事を知る人間はつまり、覇道財閥の中でも極一部、デモンベインの運用に関わるスタッフだけだ。
専属のパイロットも存在しない。
そもそもの問題として、デモンベインはつい先日まで動かせなかったのだ。
高位の魔導書が必要という事は先代、祖父である覇道鋼造から知らされていたが、覇道の誇る魔導研究所に存在する魔導書は全て不適格。
動かない機体では操縦訓練をする事もできないし、そもそもどういった人物が必要かという事すら分からない。

コックピットらしき部分はある。
複座型で、片方はバイクの様なハンドルと極僅かな計器のみ。
もう片方は操縦に必要なインターフェイスは一切なし。
しかも、デモンベインはそれで完成していたのだ。
動かない、操り方も分からない様な機体のパイロットの選定など、できる訳も無い。

ブラックロッジの活動が活発化してきた今、一縷の望みをかけてミスカトニック大学に行き、高位の魔導書を持つと言われるシュリュズベリィ教授を訪ねてみるも、不発。
もしかしたら自分は、心のどこかで『どうせ動かせやしない』と考えていたのかもしれないとさえ思う。
そうでなければ、緊急時であろうともデモンベインの格納庫に監視や警備を置いておいた筈だ。

「……」

声にならない程薄く溜息を吐き、頭を振る。
今更何を考えても後悔にしかならない。
新聞を机の中に戻し再び手に承認印を持ち、街の修復に掛かる費用などを纏めた書類に目を通し判を押しながら、しかし瑠璃は思考を止めない。
あの日、確かにデモンベインは何処かの誰かに使用された。
もしも犯人がアーカムシティに対して悪意を抱くものであれば、街は破壊ロボの手によってではなく、デモンベインの手によって破壊されていただろう。
もしも犯人に軍隊やブラックロッジの様な巨大なバックが存在したのであれば、デモンベインはアーカムシティから持ち去られていただろう。

だが、そうはならなかった。
デモンベインは破壊ロボを粉砕した後に活動を停止し、街を不必要に破壊しなかった。
デモンベインは持ち去られる事なく、持ち去られる事なく……
乗り捨てられていた。破壊されたアーカムシティのど真ん中に。

はっきりと瑠璃の心情を現すとすれば、不快の一言。
お爺様の残した、対ブラックロッジ用の切り札を無断で使用した挙句に、よりにもよって街のど真ん中に放置して逃げていくなど、許せる筈も無い。
稼働していなかったとはいえ、デモンベインは対ブラックロッジ戦における切り札。レンタサイクルや盗難自転車の如く乗り捨てていい様なものでは決してないのだ。
なのだが、瑠璃自身デモンベインの扱いがぞんざいだったという自覚はある為、少なからぬ引け目がある。

デモンベインを動かす為の魔導書を探しもした。如何なる資質がデモンベインを動かす人間に必要か調査もした。
だが、それを何をおいても優先していたか、と言われれば、口を噤むしかない。
自分には、このアーカムを陰から治める責務がある。
その職務にかまけて、『この調査はここまでが限界だろう』と、魔導書の捜索の手を緩めた事が無かったとは決して言えない。
『私は十分にデモンベインを動かす為の努力をした』という、言い訳の材料だけを積み重ねはしなかったか。
『動かないのであれば、有事の際に役立てる事も出来ない』
そういった理由を付け、デモンベインを倉庫に置き去りにし、動かせ無いから盗難の恐れも無いだろうと警備も最低限のものにしなかったか?

それこそ、そういったデモンベインに碌に警備の者も付けずにいた自分の所業は、デモンベインを乗り捨てた輩のそれと同じなのではないか、と。
だからこそ、未だ手がかりすら見つけられない件のパイロットの処遇を決めかねている。
もしも信の置ける者であれば、デモンベインのパイロットとして囲い込みたい。
あの状況で乗り捨てるという事は、何か大それた野望を持ち合わせている訳では無く、何かしらの理由から、やむなくデモンベインを使わざるを得なかったとも取れる。
今回の調査でセキュリティの穴も多く見つかった。
以前から街に噂程度なら流れていたし、その噂を頼りに見つけ出してしまったのかもしれない。

祖父の残した遺産を無断で使用した素性の知れない相手に、些か好意的な判断をし過ぎているだろうか。
しかし、無理からぬことだろう。覇道瑠璃はその心の奥底で、自分よりもデモンベインを扱うにふさわしい人物に現れて欲しいのだ。
偉大な祖父の残した、誰も使いこなせぬ、しかしもしもの時はどうにかして使わなければならない、遺産。
覇道瑠璃は無意識の内に、その身を押し潰しそうな重荷を分け合える相手を求めている。
だからこそ、無断で利用した謎の人物に対してここまで大きな期待を寄せているのだ。
だからこそ、期待を寄せる相手が信用できぬ者、悪意有る者であったならば、それ相応の罰を。

「……ふぅ」

溜息。
託すか、罰か。
どちらにせよ、まずは先のデモンベイン無断使用の犯人の素性が知れなければ話にならない。
幸い、先日の事件を期に格納庫の警備状況を確認し、外部から侵入が可能な抜け道(本来ならあってはならないものだが、基地以外の部分の破損などが積み重なって産まれた道であるらしい)も塞ぐ事ができた。
これならば、どこの馬の骨とも分からぬ輩に再びデモンベインを無断で使われる心配はない。
あとは、犯人の調査が進んでくれれば言う事は無いのだが。

そこまで考えた所で、執務室の扉が控えめに、しかし良く耳に残る強さでノックされる。

「入れ」

「失礼します」

瑠璃の返事と共に、執務室の扉が音も無く開かれる。
扉を開けて入ってきたのは、すらりと背の高い、モダンなメイド服に身を包んだ婦人。
先代の頃より覇道財閥に仕える忠実な使用人、メイド長のウィンフィールドだ。

「旦那様、お茶のお時間です」

「御苦労」

手に持った銀の盆の上にはティーセットが載せられている。
覇道財閥の総帥である以上、どんなに忙しくとも高貴なるものの嗜みを忘れてはいけないのである。
書類の山の中、何故か抜群の安定性で乗せられたカップに注がれる紅茶。
職務の合間、束の間の休息。
瑠璃がリラックスしながら茶を飲んでいると、銀盆を抱え瑠璃の横に控えていたウィンフィールドが何かを思い出した様に口を開いた。

「そういえば、旦那様」

「なんだ、ウィンフィールド」

「先のデモンベインの件ですが」

ウィンフィールドの口にした言葉に、瑠璃は形の良い眉を僅かに顰めた。

「ウィンフィールド、こんな時にまでそんな話をするな」

覇道財閥の総帥にとって、休息の時間は貴重なものだ。
執務机の上の書類の山にしても、最初の頃に比べれば格段に減り、今日の内に全て処理できる量になったからこそ、素直にティータイムに入れたのだ。
昨日まではデモンベインの一件絡みの書類のせいで、優雅さを忘れて仕事に没頭せねばならなかった程である。
……覇道瑠璃は、完璧超人、鋼の巨人などと呼ばれていた覇道鋼造と比べれば、極めて平凡な支配者に過ぎない。
それを踏まえた上で、もう少しこのメイドには休息の大切さを知って貰うべきかもしれない。
そう思いながら、瑠璃は静かに紅茶を口に含み──

「申し訳ありません。件の犯人が名乗り出たとの報告を受けましたので、せめてご報告だけでも、と思っていたのですが」

──口から盛大に紅茶の霧を噴出した。
噴き出す過程で紅茶が気管支にも入り、盛大にむせ、手に持っていた紅茶の入ったカップを引っ繰り返し、書類が一山駄目になる。

「ああっ、旦那様のお召しものが。いけません、直ぐに此方にお着替え下さい」

机の上の書類を引っ繰り返しながら、涙目で盛大に咳き込み続けている瑠璃に、何処からともなく半ズボンのフォーマルなスーツを取り出し、長ズボンの服を脱がそうとするウィンフィールド。
一見して怪しげな性癖の持ち主が少年に襲いかかっているように見えるが、勘違いしてはいけない。
ウィンフィールドの目には自らの主を心配するメイドとしての輝きしか存在しない。
決して、半ズボンの少年に欲情する成人女性などというカテゴリには分類されない淑女なのだ。

「いや、いい! 半ズボンはやめろ!」

咳き込みつつもウィンフィールドを手で制する瑠璃。
どちらにせよ、公式の場や外に出る際には半ズボンにさせられているのだ。部屋の中だけでも膝小僧丸出しスタイルは回避したいのだろう。

「それで、犯人は結局何処の馬の骨だ」

呼吸を整え、持っていたハンカチで服に零れた紅茶を拭き取りながら、瑠璃は改めてウィンフィールドに問う。

「はい、報告によれば、ミスカトニック大学陰秘学科の学生だと」

「そうか、ミスカトニックの……」

ミスカトニック大学にはかの有名なラバン・シュリュズベリィに協力を仰ぐ為に訪れた事があったが。
しかしなるほど、これは盲点だった。
確かに、デモンベインを動かすのに優れた魔導書が必要であるとは言われていたが、具体的にどのような位階の魔導書が必要かどうかは判明していない。
陰秘学科の学生で、なおかつ優秀な成績を収めた者であれば、秘密図書館への入室や魔導書の貸し出しも許される。
その学生が秘密図書館から借りた魔導書が、偶然デモンベインを動かせる位階の物であったならば。
秘密図書館から魔導書を選び、在学中のみとはいえ携帯を許される程の実力の持ち主の魔導書ともなれば、決してあり得ない話ではないだろう。
ウィンフィールドは瑠璃の言葉にはいと頷き、どこからともなく数枚の紙束を取り出し、そこに記された個人情報を読み上げ始めた。

「名前は大十字九郎。陰秘学科では一回生の頃より三年連続主席のエリート。面倒見もよく、講義にも休まず出席し、頭の回転も早く弁も立つ。交友関係があまり広くない事を除けばまさしく優等生の鑑」

「ほう」

瑠璃は内心に喜色を浮かべる。
能力面ではデモンベインを動かした実績があるから当然として、人格面でも悪くなさそうではないか。

「ただ……」

「ただ?」

淡々と書類を読み上げていたウィンフィールドの顔が曇る。
ウィンフィールドの手元にある、ミスカトニック大学から直々に届けられた大十字九郎個人に関するレポート。
数々の賛辞や輝かしい成績が記されたそのレポートの備考欄には、非常にデカデカと、太いゴシック体で、ある欠点が記されていた。

『小児性愛の疑いあり』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

アーカムシティ、ミスカトニック大学。
秘密図書館内部、司書休憩室。
俺は椅子に座り、卓上ライトに照らされる大十字に向け、訥々と話しかける、

「俺はね、先輩が偶に奇行に走るくらいなら許容できるつもりです。レストランのゴミ箱に虚ろな瞳で吸い寄せられて上半身突っ込んで逆立ちしたり、
しなびたり融けたりして八百屋の後ろに廃棄された異臭を放つ野菜を前に『これ何かに使えないかな、具体的には食料的な意味で』とか言ってきても、まぁ許せます」

ゴミ箱逆立ちやった直後は他人のふりするけどな。

「最近はやってないだろ」

「以前はやっておったのか……」

頬をぷくぅと膨らませ唇を尖らせる大十字に、冷や汗を垂らしながら呆れ気味に呟くアルアジフ。

「まぁ、今のアルアジフさんのリアクションで分かるでしょうが、これまでの行いだって世間的に見れば異常の範疇に入る行為です。でも、陰秘学科なら許容されます。魔術は異形の法を操る術ですからね、異端には割と懐が広い」

「だから、何が言いたいんだよ」

苛立たしげに言う大十字。
まぁ、アルアジフと大十字の今後の身の振り方を考えなければと呼びだしておいて、こんな説教まがいの事をしては不機嫌になるのも仕方の無いことだろう。

「ですが、知っていますか。……小児性愛っていうのは、呪いと同じなんです。呪いを解くには、まともな性癖になるしかない。まともな性癖に目覚められない者は、一生呪われたまま……らしい」

何しろ折笠声の喘ぎ声とかでペットにしてあげる的に迫られて、『ロリコンなのでババアに興味ありません!くたばれ!』とか言える訳だし。
ロリコンだから云々じゃなくて既にアルアジフと通じ合っていたから誘惑に屈しなかったってのもあるんだろうけど。

「その日の宿も無い行きずりの女装少年を力づくで家に連れ込み、無防備な入浴タイムに全裸で乱入した。……あなたの、罪は、重い」

主に刑法的な意味で。

「いや、待て」

だが、大十字もさるもの、俺の揺さぶりに動揺の一つも見せる事は無い。
唇の端をひくつかせながらも此方の言葉を遮った。
……まぁ、流石に二年連続でそれなりに付き合いがあった訳だし、仕方が無いのかもしれない。
今までの大十字と比べても、何故か接点が多かった気がするしなぁ。
からかいに対してはこれ以上無い程に耐性が付いている筈だ。
俺の言葉に待ったをかけた大十字は胸元で腕を組み、椅子を後ろに傾ける。

「ちょくちょく人の事陥れようとするのは、もうそれがお前のライフワークなんだろうと思う事にするけどな」

「それは聞き捨てなりませんね。俺がアーカムシティでこんなにおちょくるのは大十字先輩だけです。他の方には誠意を持って接してますよ」

「うん、スルーしていいか?」

「どうぞ」

ありがとう、と一言告げ、大十字は椅子を元に戻し机の上に片肘を突き、手首を手の甲が下になる様に曲げ、人差し指を立て俺を指差す。

「ぶっちゃけた話、今回の件で私等は一蓮托生だろ?」

「それは何故?」

「あのロボット──デモンベインを動かしたのは私だけど、格納庫への道筋やら、動かす条件やらを教えたのは卓也だ」

どや顔の大十字に対し、肩を竦めてみせる。

「道筋は、単純にデモンベインの扱いが粗雑だっただけでしょう。浮浪者でも運次第で見つけられます。起動条件は、タイムマシンを動かすのに1.21ジゴワット必要だと言ったら、雷が時計塔を直撃する日を予知された様な気分です」

大十字がデモンベインで戦っている時には思いつかなかったが、別にデモンベインの格納庫への道筋を知っているだけならば幾らでも言い訳は作れてしまうのだ。
陰秘学科である事を利用して、街の散策と怪異探しの途中に見つけたとも言える。
肩にデカデカと覇道財閥のマークが刻まれている気もするが、ぶっちゃけ刻まれている場所が場所だけに、仮にデモンベインの装甲材や機能をじっくり確認したとしても素で気付かれない可能性が高い。
そもそも全体を構成するパーツの一つ一つが強烈に個性を主張しているので、大した機能も無い両肩にちょこんと描かれた覇道のマークは実に地味で目立たない。
ユーザの皆さんでも、ビジュアルファンブック買ってじっくり見て初めて気付いたという人がたくさん居た筈だ。

起動方法は言わずもがな。
この世界で魔術を齧った事のある人間であれば、たかだか学生の見習魔術師が鬼械神を招喚できる程の格の魔導書と契約できるなど想像もしないだろう。
もっとも、魔導書との出会いは総じて運命的な部分が多くを占める為、決してあり得ないとも言い切れないのだが……。
原作の覇道瑠璃からして魔術を齧った事がある割にそこら辺の事情に詳しく無さそうな所もあるので、誤魔化そうと思えば幾らでも誤魔化しが効く。

「一人だけ惚けるってか」

まさか。
大導師から貰ったオーダーは『大十字の味方として動くこと』
律儀に守る理由も無いが、ブラックロッジに入社するようになってから大導師に貰った初めてのまともな仕事だ。やってみる価値はあるだろう。
そして、大十字の味方であるという選択肢を取り続けるのであれば、ここで大十字を見捨てて良いわけが無い。

「実際の所、惚けようと思えば俺も先輩も何時までも惚けて居られるんですよ。コックピットに残ってた先輩の痕跡も使い魔に処理させておきましたからね」

ゴキブリ素体のデモニアックマジ便利。
オリジナルのゴキブリよりも薄い、なんと0.01ミリの隙間からでも身を滑り込ませられるから楽々コックピットに入り込めたし、ミラコロ搭載したお陰でデモンベインを回収しにきた連中にも発見されなかった。
で、覇道財閥のスタッフよりも先にコックピットに侵入させて、大十字の髪の毛とか汗とか皮脂とかアルアジフの残留魔力とか全部食わせて下水道の中で自壊させたから証拠など欠片も残りようが無い。
大十字自身にも顔は隠させていたし、俺も人目につかない様に周囲の光を捻じ曲げて大十字の姿ははっきり見えない様にしてもいた。

ブラックロッジから姿を隠すのは、ニャルさんの運命改竄があるから難しいだろうけど、それでも大十字が納得できるレベルの身を隠す場所を用意するのは難しい話ではない。
たとえば単純に顔を整形で作り替えてしまうのもありだし、ミスカトニックで講義を受け続けるという括りを無くしてしまえば、シュリュズベリィ先生に預けるという手も残っている。
最終的にはどう足掻いてもブラックロッジと相対して『門』をくぐって過去に飛ぶ事になる運命ではあるが、それでも大十字が十分逃げきれていたと錯覚できる状況であれば造りようはあるのだ。

大十字が返答に窮していると、アルアジフが抗議の声を上げた。

「待て、あれは既に妾の鬼械神。それを動かせもせん連中に預けたまま、諦めよと言うのか?」

その理屈で言うと、ガンダムはアムロの物でストライクはキラの物、という事になるんだろうか。ベルゼルートは統夜のものでいいと思うけど、現代社会では中々そうはいかない。
流石はアラミレニアムの長生き、現代におけるモラルという物をとんと理解していないらしい。
せめてアズラッドとかエドガーと行動していた頃と同じレベルで常識とかを考えていてくれれば話が早いのだが。
この周の過去ではアズラッドやエドガーとは接触していない可能性も十分あり得るので、仕方無いと言えば仕方ないか。

「それは先輩次第じゃないですかね。俺は正直どっちでもいいんで」

「ならば問題あるまい。コヤツは仮にも妾の主、悪と戦う気概の一つも持ち合わせていよう」

ふふん、と鼻を鳴らしてふんぞり返るアルアジフ。
……ほんと、外伝の頃のダークな雰囲気は何処に行ったんだろう。
魔導に関わるものは云々と戒めの心を持ち合わせていたと思うのだが、一体何が彼女、もとい彼をここまで心変わりさせてしまったのか。

「勝手に決めんな! 私はブラックロッジと戦える様な力は……」

大十字がアルアジフに喰ってかかる。
が、その言葉は尻すぼみに消えて行った。
口に出して見て、自分がどういう考えかを知ってしまったのだろう。
TS大十字は女性なだけあって、そこら辺の感情の機微には敏感なのだ。

「ほう、力があれば戦うのか?」

そう、大十字は『戦いたくない』ではなく『戦えない』と言った。
戦おう、戦わなければ、という考えは既に十分持ち合わせているのだ。
だが、今現在の大十字には今一歩を踏み出す決意が足りない。

「……わからねぇ。なあ、卓也」

アルアジフの問いに力無く首を振った大十字は、再び俺に迷いに揺れる視線を向ける。

「お前、結構強いのに、特にブラックロッジとは戦って無いよな」

「そりゃ、ミスカトニック大学はブラックロッジに対して積極的敵対姿勢は見せていませんからね」

因みに以前疑問に思ってから調べてみたのだが、ミスカトニック大学陰秘学科が積極的にブラックロッジと敵対しないのにも、邪神の運命操作以外に一応の理由が存在する。
調べてみれば理由は簡単。
ミスカトニック大学は陰秘学科を擁しているが、圧倒的にそれ以外の学科に所属する人間の方が多い。
仮にミスカトニック大学陰秘学科が組織だってブラックロッジと敵対した場合、ブラックロッジが陰秘学科をけん制する為、まず攻撃する対象は何処だろうか、という話になってしまう。
古くから覇道財閥に協力してこそいるものの、ミスカトニック大学はあくまでも教育機関。
無闇に魔術と関係無い学生を危険に巻き込む訳にはいかない。
……という理由の元、大学上層に潜む無自覚型のナイアルラトホテップの端末により、ミスカトニック大学は今日もブラックロッジを見逃しているという訳だ。
もちろんこの不介入の理由も事あるごとに変わるので、全てのループで『これだ!』と断言できる様な結論は存在しないのだが。

が、俺の返答に大十字は机をコツコツと指で叩きながら首を振る。

「そうじゃなくて、……正直、卓也とかシュリュズベリィ先生なら態々徒党を組まなくても、陰秘学科じゃない個人として戦えるだろ?」

「なるほど、俺もシュリュズベリィ先生も薄情な人だな、と」

でもシュリュズベリィ先生と並べて同じ列で扱われるってのは少し嬉しかったり。
そっかぁ、俺も先生と並べて勘定されるレベルになってたんだなぁ。
魔術師としても、生命体としても先生の居る位階はとっくに追い越しているんだけど、改めて人にそう評価されると少し照れてしまう。顔には出さないが。

「あ、いや、ちが」

わたわたと弁解を始めようとして、しかし慌て過ぎてしどろもどろになり上手く言葉が出ない大十字。

「シュリュズベリィ先生がいっつもアーカム以外で頑張ってるのは知ってるし、お前らが普段の言動から想像できないくらい親切なのは身にしみてるっていうか、色々感謝してもしきれないところも、ああ違うそうじゃなくて!」

がしがしと頭を掻きながらこちらに掌を向けシンキングタイムを取ろうとする大十字。
これで少し放置しておけば面白い言葉が聞けそうではあるが、それでは話が進まない。

「ジョークです。勿論、俺にしろシュリュズベリィ先生にしろ、ブラックロッジと積極的に敵対できない理由はあります」

「なんだ、それは」

俺にからかわれたと気付きむくれて押し黙る大十字を他所に、頭に疑問符を浮かべるアルアジフ。

「俺や先生が出撃して破壊ロボを破壊したとしましょう。ぶっちゃけ武装に偏りのあるデモンベインよりは、俺も先生もよっぽど早く破壊ロボを粉砕できます」

単純に破壊ロボの装甲を貫けるだけの威力の武装なんて腐るほどあるしね。

「ならば、なぜやらない? 貴様も先生とやらも、人類側の魔術師であろうに」

「そうですね、ブラックロッジの戦力が破壊ロボだけだっていうなら、そうしてもいいんですが。仮に破壊ロボを容易く粉砕し続けた場合──逆十字が出張ってきます」

「……ふん、なるほどな。確かにその点を考慮すれば、下手に手を出すわけにもいかんか」

頷きながらそう告げ、アルアジフは引き下がった。

そう、ブラックロッジも変態かキチガイしか居ないが、決して馬鹿では無い。
敵が見習いインスタント魔術師と鬼械神モドキでしかないからこそ、いつまでも破壊ロボで敵対していた。
が、ここで出張ってくるのが掛け値無しに逆十字と並ぶほどの位階の魔術師に、本物の鬼械神であったならば。
当然、ブラックロッジも鬼械神で持って対抗してくるに決まっているのである。
破壊ロボも街を破壊しているが、鬼械神同士の本気戦闘で生まれる周囲への被害と比べれば雀の涙程度の被害でしかない。

それに、ブラックロッジとくれば俺のバイト先でもある。
大十字の味方として振舞う様に指示を貰っているが、それでも何か思い付いた時にブラックロッジに寄りつく事があるかもしれないという可能性を考えれば、俺が表立って積極的にブラックロッジと敵対するのも問題だろう。
というか、ブラックロッジは大十字を成長させる為の餌なのだから、俺や他の魔術師が無闇に倒していいものでも無い。
俺が大十字の味方としてできる事と言えば、顔を隠してこっそりサポートする程度のものでしかないのだ。

「でも、先輩が戦うとなれば話は違う。相手は天下の犯罪者集団、悪の魔術結社ブラックロッジ。挙句に先輩は敵の構成員にばっちり顔を見られています。先輩が未熟な魔術師見習いという情報は直ぐに割れるでしょう」

見られてなくてもニャルさんが教えるから個人情報は筒抜けなのだが。
俺の言葉に、大十字はしばし神妙な顔で考え込み、顔を上げた。

「つまり、魔術師として未熟な私が、鬼械神としては不完全な紛い物であるデモンベインに乗って戦うなら、いきなり逆十字が出張ってくることも無い、って事か?」

「ですね。もっとも、それでも破壊ロボを撃退し続ける限り、必ず何処かの時点で逆十字は現れるでしょうが……まぁ、その時は多少なりとも助力はします」

「そっか」

納得と、どこか安心を含んだ表情の大十字。
因みに、シュリュズベリィ先生は仮にニャルさんの運命改変が無くとも手を貸す事は出来なかっただろう。
何しろ、シュリュズベリィ先生は目を向ける物の規模が違う。
確かにブラックロッジの計画は恐ろしく、C計画も人類を滅ぼしかねない計画ではある。
が、残念な事に、地球人類が滅ぶ可能性を秘めた邪神降臨計画を練っている組織はブラックロッジだけでは無い。
というか、人類だけでなく邪神を崇める邪神眷属群なども含めれば、それこそ人類存亡の危機に陥れる力を持つ勢力は数えきれない程存在する。
ぶっちゃけ、シュリュズベリィ先生がアーカムに留まってブラックロッジと戦いを続けていたら、他所の魔術結社が原因で地球が滅びかねないのだ。

上の説明で分かりにくければ、地元のブラックロッジと戦う大十字が一文字隼人、海外の悪の魔術結社などと戦うシュリュズベリィ先生は本郷猛。
シュリュズベリィ先生が一緒に戦えるようになった機神飛翔は制作と役者側の都合が付いた39話から、と考えればわりと覚えやすいかもしれない。

「ともかく、決断は早めにした方がいいですよ。ブラックロッジと敵対するってんなら、デモンベインの持ち主──覇道財閥との連携は避けられないんですから」

黙っていた時間が長ければ長いほど、こちらに何か後ろめたい所があったのだと疑われる可能性は高くなる。

「ふん、まぁ、それもやむなしであろうな。あれは完全な鬼械神では無い故、どうしても整備は必要になる筈だ」

「物分かりが良くて助かります。ですが」

アルアジフから視線を外し、大十字に視線を向ける。

「先輩。先輩は賢いから分かると思いますが、顔を見られたからといって、絶対に戦わなければならない、という訳でもありません。逃げ道はそれなりに存在します」

「ああ」

大十字が相槌を打つ。

「先輩はブラックロッジに恨みはそれほど持っていない。つまり戦う大きな動機が無い」

「だな」

うんうんと頷く。

「はっきり言えば、ここで戦うのはお勧めしません。しらを切って元の学生生活に戻るのがお勧めの道です」

「そうか?」

首を傾げる。

「そうです」

俺はそんな大十字に頷く。

「なんで戦わない方がいいと思う?」

「はっきり言えば先輩がゲロ弱いからです。先輩は優秀ですが学生レベルとしての優秀さに過ぎません。しかしブラックロッジの幹部は世界有数レベルで優秀です。
先輩がリトルリーグのエースで四番だとしたら、敵は超人系野球漫画とかで最終巻近くに登場して、主人公を一度叩きのめすメジャーリーグのトップクラスプレイヤー。それ位の実力差があります」

※ここでのリトルリーガーはMAJORの主人公を軽く凌駕する才能に、数十巻分の成長を数巻でこなす成長速度を持つものとする。
俺の例えに、流石の大十字も頭を掻いて途方に暮れた表情を浮かべる。

「そりゃ参った。ジムで鍛えてどうにかなるか?」

ほらまたアメリカンジョークが飛び出て来た。
こいつは米とか割と好きな癖に、コーヒーにトーストなんて生まれも育ちもアメリカン的な食事も好きだったりするからな。
ブラックコーヒーに砂糖を入れないのは日本人だけだけど、こいつは調味料ケチってるだけだし。

「アメリカンジョークにマジレスするのは気が引けますが、大学で手頃な魔術師でも捕まえて鍛えて貰った方が早いでしょうね」

両手を広げ肩の高さまで上げ、大きく肩を竦めながら言う。
上げた手を大十字の両手で掴まれた。がっしりと。
俺の手を力強く握りしめた大十字がにやりと笑う。

「私は運がいい。捕まえたいと思った時に、捕まえられる距離に手頃な魔術師が居るなんて。日頃の行いかな?」

すっげぇどや顔。少し殴りたい。

「……別に魔術師でなくても、長生きの魔導書とかでも全然構わないんですよ? 教えを乞うなら。いえ、むしろ長生きの魔導書の方がいいと思いませんか?」

ちらっ、ちらっ、チラチラッとアルアジフに視線を向けながら言うと、アルアジフは厭らしい笑みを浮かべて首を横に振る。

「勿論我が主の修業は主に妾が付けるが、お主の実力と知識の程は我が主よりよぉく聞かされておる。助手として手を貸すのであれば拒む理由は無いな」

「くあっ」

握られていない方の手で額をぺちんと叩く。
そりゃ、大十字の味方をするようには言われたけど、まさかプライドの高いアルアジフが主の修業に他の助言者を入れる事を許すとは。
あれか、俺がデモンベインの安置場所とか武装とか諸々教えてたから、良いように動かされたみたいで気に食わなくて、それの意趣返し的な部分があるのか?

……まぁ、いいや。
どうせ修行の手伝いったって、ナイトゴーントとの組手で疲労した大十字を絶え間なく修行させる為に回復させる役とかそんなんだろうし、さして手間じゃない。

「わかりました。では、先輩は死霊秘法の主として、ブラックロッジと敵対するということで構いませんね?」

「ああ」

「後悔しませんか? 死ぬかもしれないし、死ぬよりも酷い目に会うかもしれません。先輩一人戦った所で、何一つ結果は変わらないかもしれない。それでも?」

大十字は再び頷く。
その目には、真っ直ぐ一本芯の通った意思が感じられた。
先ほどまでの迷いは無い。揺らぎ無い信念が見える。

「これから覇道財閥に送付する大十字先輩のプロフィール、教授達のチェックが入った後に美鳥が色々付け足していましたけど、それでも後悔しませんね?」

「まて何だその捏造フラグは!」

一瞬で超揺らいだ。
椅子をガタっと音を鳴らして立ち上がる大十字をどうどうと窘め座らせる。

「大丈夫、美鳥もどの程度までのボケが許されるか位は把握していますって。あれで要領は良いんですから」

「そ、そうか? それなら安心──」

「せいぜい趣味の欄に『休日は小学校の体育の授業を遠くから望遠鏡で観察』とか『半裸の少年が大量に写っているいかがわしい雑誌を大事にコレクションしている』とかが書き加えられる程度」

「──できるかぁ!」

俺の台詞が終わるよりも早く、大十字は司書室の扉を体当たり気味にぶち開け駆けだす。
と思ったら即座に戻ってきた。

「美鳥は何処!?」

「今先輩が『ああ』とか凛々しい顔で頷いた時点で大学は出発したんじゃないですかね。ポストは大学正面出て左ですよ」

返事をする間も惜しむかのように、大十字は再び司書室から出て行く。
因みに、大十字が椅子から立ち上がって声を荒げた時点で美鳥は郵便局に直接書類を渡し終えている。
数分後に肩を落として『マモレナカッタ……』とか呟きながら戻ってくる大十字を想像するとゾクゾクするのは当然のことだろう。

「……本当に大丈夫なのであろうな?」

まぁ、新しい鬼械神が必要なアルアジフからすれば、レポートに馬鹿なこと書いた程度の事でデモンベインを満足に運用できませんでした、なんて間抜けな展開は嫌なのだろう。
疑わしそうなアルアジフの視線と疑問を、ひらひらと手を振り受け流す。

「問題ありませんよ。どうせ、現状ではデモンベインを動かせるのは先輩一人だけ。多少性癖に問題があると思われても、他を見つけられないなら相手は妥協します」

基本的にミスカトニックからの紹介なら相手も安心できるし、紹介される大十字も成績優秀な優等生、性癖の一つ二つで覇道財閥の方がノーと言う事は無い。
仮に本当に大十字に幼児性愛の気があったとしても、覇道財閥のスタッフやアーカムの市民に被害が出なければ問題は無いという事なのだろう。
万が一大十字が何かしらの事件を起こしたとしても、それで被害をこうむるのは大十字が籍を置くミスカトニック大学なので、覇道財閥は痛くも痒くも無い。
そう、大十字が原作の様にドロップアウトしない限り、覇道財閥とは極めて友好的な関係を築く事が可能なのだ。

俺は大十字が出て行ったドアからアルアジフに視線を向け、深くなり過ぎない程度に頭を下げた。

「デモンベインの置き場所を教えた責任もありますから、俺も美鳥も可能な限りサポートはします。だから、先輩の事、よろしく頼みます」

―――――――――――――――――――

「うむ。任せておくが良い」

大仰に頷くアル。
が、その表面上の態度とは裏腹に、アルは卓也に対してあまり気を許してはいなかった。
魔導書『死霊秘法(ネクロノミコン)』の原典、アル・アジフの精霊から見て、鳴無卓也という魔術師は実に得体のしれない人間だ。
先日のデモンベインでの戦闘の時もそうだ。
まるで此方の会話を聞いていたかのような都合の良いタイミングで、最強の魔導書の精霊たる自分ですら手間取っていた通信を入れ、あの場面で実に的確な武装を教えた。
主たる大十字九郎が言うには『卓也はデモンベインの事に関しては調べ尽くしてるらしいから、コックピットの中の事を知れても、武装の事を知っていてもおかしくないと思うぞ?』との事らしい。
が、実はその時点で大いに不自然なのだ。

デモンベインの操作系統の索引は、常から鬼械神に触れていたアルアジフからしても雑然としている。
戦闘中だから兵装の検索に戸惑っていたというのを含めて考えても、とてもまともに動かす事を考えて造られたとは思えない程の乱雑さ。
まるでアルアジフの様な高度な演算能力を持つ魔導書に検索を任せるか、馴れで操作できる者だけが使う事を考えて造られたかのような雰囲気すらある、
魔術と科学の相の子、というだけでは説明が付かない、難解なものだ。
はっきり言って余程高度な、それこそ機神招喚の術式が載せられている様な高位の魔導書でも持っていない限り、まともに動かし方を知ることも、どの様な兵装が存在するか検索するのも難しい。

それを、たかだか大学の一学生が、それも、この街に来て二年程しか経っていない様な人間が『調べ尽くしている』という。
これだけで、アルアジフが卓也と美鳥を疑うには十分な材料だろう。
だが、主である大十字九郎はそんな彼等の事を信用し、信頼している。
そんな彼等をまだ出会って間も無い、場の流れで無理矢理契約したアルに『怪しいから注意しろ』などと言われて、どう思うだろうか。
不評を買って『じゃあ戦わない』なんてごねられでもしたら困るのはアルアジフだ。表立って彼等を警戒する訳にもいかない。

だからこそ、二人に修行を手伝って貰うという主の言葉を快く受け入れた。
実際に二人が主に対してどのような接し方をしているのか、どの様な修行をするかで人柄を知り、眼に見える近い所に置く事で暗躍を防ぐ。

警戒のし過ぎだというのなら、唯の笑い話で済む。
これまで主に聞いた彼等の人柄が真実のものであるとすれば、疑っていた事がばれてもさして気にしないだろう。
多少の不評を買うかもしれないが、貴重な主との契約を続ける為ならば、警戒し過ぎるという事も無い。

こうして、アルアジフは主を鍛える算段を立てながら、怪しげな主の後輩をどのように見極めるかという事に関しても頭を悩める事になるのであった。

―――――――――――――――――――

■月●日(予定調和)

『案の定というかなんというか、特に何のトラブルも無く覇道財閥と大十字の契約は完了した』
『とりあえず真っ先にデモンベインの無断使用に関して謝罪を行ったのが功を奏したとは大十字の言だが、これが一概にそうとも言えない』
『大十字と覇道の話し合いは当然のぞき見させて貰ったのだが、最初の時点では大十字と覇道瑠璃とを結ぶライン上に、幾つもの防衛ラインが敷かれていた』
『恐らく、美鳥が大十字のレポートに付け足した性癖云々を真面目に捉えたのだろう』
『正直、そこまで警戒するならショタっぽさを強調する様な半ズボンを着てくるのをやめた方が良いと思うのだが、ここの覇道瑠璃にもファッションへの拘りという物が存在するのかもしれない』

『実際に面談が始まってから暫くして、覇道瑠璃を守る執事とメイドの防衛戦は徐々に緩くなり、最終的には普通のVIPの警護態勢程度に落ち付いた』
『会話の中で大十字の人となりを感じ取って、レポートに乗っていた情報は誤りであったと認識したのだろう』
『ここの大十字がショタコンか否かは置いておくとして、元の大十字だって元を正せば正常な性癖の持ち主』
『しかもアルアジフと出会って間も無い頃となれば、警戒する部分を探す方が難しい筈』
『この大十字がアルアジフルートに突入するのか覇道瑠璃ルートに突入するのか、はたまた誰ともくっ付かずに俺達ずっと友達だよなENDを迎えるのかはしらないが、せいぜい良好な関係を維持できればいいなと思う』

『さて、大十字の契約内容は、大きく分けて二つ』
『一つはデモンベインでのブラックロッジとの戦闘、もう一つはアルアジフの断章集め』
『やる事はこれまでのループとさして変わっていないが、俺が直接的に手を貸すのは初めて』
『今後のループでも、こうやって大十字に直接手を貸す場面が無いとも言い切れない』
『ここらで一発大十字サポーターとしてのテンプレを作る為、試行錯誤してみよう』

―――――――――――――――――――

大十字と覇道財閥の契約がミスカトニック大学越しに無事に結ばれ、三日。
大学の方で、大十字の仕事中の講義は公休扱いにする旨が決まったり、大学から正式に大十字のサポートをするように言いつけられたりで、手続きに時間を取られて修行も調査もする暇が無かった。
一応、手続きの合間に、今の大十字がプロの魔術師と戦う為に不足している部分が何処かを話し合ったり、修行の内容を検討したりもした。
家に帰る途中にさりげなくダウジングで抜け落ちたページを探そうともしたのだが、これは俺がやると大十字の強化に繋がらないので中止。
ようやく全員の時間が空いて、さぁ、今日こそ修行を開始しよう。

「……みたいな事を考えて、修行用の道具とかも用意したんだけど」

呟き、空の風呂桶の中、靴を履いたまま寝そべってきゃいきゃい言っている大十字に視線を向けた。
大十字は俺の視線に気が付いていないのか、頑丈そうな風呂桶を掌でぺしぺし叩きながら心底嬉しそうに風呂桶の広さをアピールしてきた。

「見ろ見ろ卓也! この風呂桶すげぇ広いし深いし脚伸ばしてまだ余る!」

「先輩んとこの風呂桶も結構広かった気がしますがね」

なんで、俺は空き物件を大十字と見て回ってるんだ?
いや、見て回るっていうか、大十字は明らかにこの物件を狙っている風だ。
ここ一週間、偶に俺と美鳥と別行動を取っていると思ったら、不動産屋を巡って部屋を探していたのか?

「そりゃそうだけどさ、なんつうかもう、広さの質が違うっていうか、湯船に取られて浴室自体が狭くなってたりしないし、便所とも別だし──うん、よしよし、この角度なら覗かれる心配も無いな」

風呂桶の中で立ち上がり、換気の為の窓から顔を出し、周囲の建物との位置関係を確認している。
大十字程のグラマラスな美人ともなればそういう観点でも風呂場の事を考えなければならないらしい。美人というのも大変そうだ。
いや、そうでなくて。

「先輩、なんで空き部屋見学なんてしてんですか?」

「引っ越し先の下見だよ、下見。覇道からなんか給金出るらしくてさ。ほら、少なくとも暫くはアルと同じ家に住まなきゃいかん訳だし、仮にも女と男が1LDKで一緒に寝泊まりするのも、アレだろ?」

「あぁ……」

一応理屈は通っているな。
TSしたから、女の所に男が転がり込んできた形になる訳で、アルアジフが気にしなくても大十字の方が色々と気にしてしまうのだろう。

アルアジフ、日本語に訳すと『魔物の咆哮』という意味なのだが、ここで言う魔物の咆哮とは、夜中に響く虫の鳴き声の事を指す。
日本では風流の一種として考えられている虫の音も、古代アラブ人の間では魔物の咆哮だと考えられていた訳だが、この虫の鳴き声というのが曲者だ。
蝉でも鈴虫でも、虫の鳴き声とは基本的にたった一つの意味しか持っていない。
それは繁殖、パートナーを求める声なのだ。
しかも、基本的に自然界は雌優位である為、鳴き声を上げるのは雌の気を惹きたい雄の物と相場が決まっている。

纏めよう。
一つ、アルアジフという名前は獣の咆哮、虫の鳴き声を指す。
二つ、虫の鳴き声は基本的に繁殖の時にのみ用いられる。
三つ、虫の音は雄が雌を求める口説き文句か情熱的な叫び声である。
以上の三つを踏まえて、魔導書ネクロノミコン、魔導書『アル・アジフ』のタイトルを日本語に訳す。

案1、柔らかく訳す。
魔導書『子作りしましょ』
案2、直情的に訳す。
魔導書『股を開け』
案3、出来得る限り気持悪く訳す。
魔導書『なぁ、スケベしようや……』

どぎつい。これはどぎつい。
どの選択肢を選んでもバッドエンドルート確定である。
仮に俺が女性だとしたら、こんなタイトルの魔導書の精霊と同居とかマジで無理だ。
ていうか、契約とか間違いなくしたくない、しても破棄する。
マスターオブネクロノミコンとかならいい。
だが、仮に同じ場所にネクロノミコンの写本の主が居た場合、【魔導書『なぁ、スケベしようや……』の主】とか、そんな呼称で呼ばれる可能性が出てくるのだ。
無名祭祀書とか放置してこっちを焚書で根絶やしにするレベルである。
翻訳に悪意がある? いや、これで不正は無いのだ。
何しろ、この名に意味が生まれるのはアルアジフが男性体の時だけ、ここで触れておかなければ、間違いなくどうでもよくなってループ終了まで触れもしないだろう。

流石の大十字といえど、そんな魔導書と同じ部屋で眠る事に関しては慎重にならざるを得ないのだろう。
例え本人が主にそういった感情を抱かないとしても、心のどこかでそういった警戒を保っておくのは悪い事では無い。
しかし、それでもアルアジフを台所に寝かせるとか、トイレに寝かせるとかの選択肢を出さずに、2LDKの部屋に引っ越してまでみせるとは。
男の大十字九郎は漢気が滲む時が多々あったが、女の大十字は母性が滲み出しそうではないか。

「先輩」

「むむむ、壁と床の間に隙間が無いとは……、と、なんだ?」

キッチンの隅っこで地面にへばり付いて部屋の堅牢な作りに感心していた大十字が振り返る。

「何か困った事があったら、何時でも言ってください。俺がどれだけ役に立てるかは分かりませんが、気兼ね無く頼って頂ければ幸いです」

大十字の、いやさ、今この時だけは、心の中でも大十字先輩と呼ぼう。
大十字先輩の懐の広さには存分にほっこりさせて貰った。
俺であれば、見ず知らずの幼児にそこまでの便宜を図ろうとは思えない。正に母性のなせる技なのだろう。

「お、おう」

俺の尊敬の眼差しと突然の発言に、戸惑いながらも頷く大十字先輩。
色々大変なこともあるだろうが、とりあえず門の向こうに消えるまでは、精一杯フォローしていこう。

―――――――――――――――――――

「何か困った事があったら、何時でも言ってください。俺がどれだけ役に立てるかは分かりませんが、気兼ね無く頼って頂ければ幸いです」

「お、おう」

突如として向けられたその言葉に、私は幾許かの安堵と、大きな驚きを覚えていた。
コイツが手伝ってくれるというのならこれほど心強いことも無いんだけど、こいつ、人に親切をする時にこんなにストレートな物言いをしたかな。
いや、言葉だけじゃ無い。
卓也がこちらに向ける視線は、常には無い、なんというか、尊敬の念を含んだ感情がうかがえるのだ。
こんな顔は滅多に無い。少なくとも私は見たことが無い。
うん、成績優秀な先輩なのに尊敬されて無いとかちょっと悲しくなるね。

(素行に問題があったのではないか?)

(自覚はあるけど、巨大なお世話過ぎるわ)

懐に、卓也に魔導書との契約のお祝いにと渡されたブックホルダー(アルの魔導書形態に測ったようにサイズが合致した)越しにアルの表紙を軽く叩いて黙らせる。
それはともかく、つまり今の私は尊敬されるような何かをしたのだろうか。
いや、尊敬されてるっぽい視線だからといって、そのまま尊敬されていると考えていいのだろうか。

(大体ほれ、むしろこれは尊敬というより子の成長を親が喜ぶというか、立派になったなーと感慨に耽る感じの)

(いや、そんな筈は、無い、とも、言いきれないか)

普段のやり取りでは見慣れない表情だから、そう言われてしまうとそんな気がしてきてしまう。
本人に『なんでそんな顔してんだ?』なんて直接聞ける訳も無いから、考えるだけ意味の無い事なのかもしれないが。
……なんていうか、私、先輩だよね? いや、そりゃ魔術師としては卓也達の方が先輩ってのは分かるんだけど、自覚もしてるんだけど。
そりゃ、先輩なんだぞー、偉いんだぞー、とか、やりたい訳じゃないけど。

「さぁ先輩! さっさと不動産屋の人と話を済ませて、ささっと引っ越しをすませてしまいましょう!」

「え、ああ、うん、そうね……」

いや、本当、なんでこんなテンションになっているのやら……。

―――――――――――――――――――

その後、私は卓也に引っ張られる様にして不動産屋との契約を交わし、それから数日の間を置いて引越しに取り掛かった。

「大十字先輩、パンツとブラは分けて置いてください。はしたないですよ」

「あ、わり、デリカシー無かったよな──って、これ普通逆じゃないか?」

「お兄さんはほら、姉と妹が居るから、下着とか裸程度じゃ取り乱さんのよこれが」

──引越しの速度を上げる為に荷造りまで手伝って貰い、

「いい機会ですから、ちゃんとした箪笥なりクローゼットなりを買いましょう」

「えー、見た目的にもこれで十分だろ。ほらこの黄色いのとか可愛いだろ」

「ほら古本、お前も説得しないと、衣装も本も全部カラーボックスに詰め込んで整頓したつもりの女の魔導書呼ばわりされるぞ」

「古本言うな!」

──なし崩し的に、これまで代用品で済ませていた家具を買い揃え、

「風水的に優れた家具の配置は……こう!」

言葉の気合とは裏腹に、壊れないようにゆっくりと置かれていく家具や小物。
アルは部屋の中の配置を見て、興味深げに頷く。

「これで、特に魔力を流さずとも、大気中の魔力の流れが自然と術式を廻してくれます。完璧ですね」

「ほう、お主ら兄妹はそんな物にまで通じておるのか」

「どっちかっていうと、最初はそっち系のが詳しかったんだけどなー」

「へぇ……。で、どんな術を仕込んだんだ?」

「およそ地形には六つの害あり、玄関から入った侵入者はまず天羅に捕らわれます」

「もう嫌な予感しかしないけど、どうなる?」

「社会的な揉め事に巻き込まれて身動きが取れなくなります。あ、家に入る時は排気口を使ってくださいね。家主を識別するような機能は無いので」

「 元 に 戻 せ !」

「これぞ東方不敗八卦の陣。この術中から逃れる術はあんまりないらしいよ」

「味方に使わなければ有効なのだろうな」

──新しい部屋に家具を置いたり、動かしたり。
何だかんだで、引っ越しが終わるまで三日も掛からなかった。
引越しが終わって、お祝いに卓也のお姉さんが御馳走を持ってきてくれたのは予想外の出来事だったが、まぁ、美味しかったので良しとする。
そう、これからブラックロッジと戦う事になるけど、このメンツでなら、上手い事やれるんじゃないかなって。
そう、この頃は思っていたんだ。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

東の空、遠くまで続くアーカムの街並みの隙間から太陽が顔を覗かせ、一日の始まりを告げている。
ミスカトニック大学の時計塔は街のシンボルになる程の高層建築物。
その屋上から見える日の出の景色は実に美しい。
空気も何処か澄んでいて、お腹いっぱいに吸い込むだけで心が洗われるような気分になれる。
良い一日が始まる予か──

「おはようございます! 今日も死ぬには実にいい日なので素晴らしく修行日和ですね!」

……良い日が始ま──

「うむ、死ぬには良い日とは言い得て妙だが、ならば今日は死ぬか死なないか程度の修業を付けてみるのもよかろう」

…………良い日が──

「ぐっもーにん大十字、こんな日は口から糞垂れる前と後に『修行大好き』とか付けると幸せになれるぜ」

無闇に気合いの入った後輩とそれに追従する私の魔導書と気だるげながら逃がす気が欠片も無さそうな後輩に取り囲まれ、私はガックリと肩を落とす。

「……うん、そうね、いい修行日和だよね」

いや、分かってるんだよ、時間の余裕が無いって事くらい。
デモンベインで戦ってから既に十日以上経過して、ブラックロッジに何のアクションも無い。
アルの断片が街にばら撒かれてから十日以上経過して、一切それらしき怪事件に出くわさない。
そろそろ、どちらも何時動き出してもおかしくない頃合いだ。
ブラックロッジは私から魔導書を取り上げる為の、もしくはアルの断片を探す準備を済ませ、断片は自力での活動に必要な魔力を蓄え終え、街の人々の想念を得て実体化し活動を始めるだろう。
前に出て戦う私は、一刻も早く強くならなければならない。

「さて今日のテーマですが、対ページモンスター戦の訓練を行います」

アルの背丈程もある巨大な立方体の箱を横に置いた卓也の言葉に、既にマギウススタイルとなった私の肩のあたりに浮かぶちびアルが頷く。

「うむ、ページ単体でも十分に街の者達に被害が及ぶであろうし、ブラックロッジもこれを狙って動く筈だからな。しかも退治できればこちらの手数も増える」

「今日はとか言ってるけど、大十字はダンスやってるから体力はあるし、知識もそれなりに備わってるだろ? つうわけで、基本的に只管実戦形式だけをやっていくから」

美鳥の言葉に頷く。
正直、知識の面でも本業の魔術師には及ばないんだけど、そこら辺はマギウススタイルでカバーできるし、理に適った修行方法だと思う。

「……で、今日は何と戦えばいいんだ?」

そう、それが問題なのだ。
基本的に、普通の戦闘訓練の時には、アルの作ったナイトゴーントのページモンスターか、卓也の呼び出した木偶を相手に戦う。
が、アルから抜け落ちた断片を相手にする事を想定した訓練の場合、これは卓也が全てダミーとして似た能力を持つ対戦相手を用意する事になる。
これまでの相手は、アトラック=ナチャを想定して造られた赤い鋼の大蜘蛛に、ロイガーとツァールを想定して造られた赤と青のロボット、クトゥグアとイタクァはロイガーとツァールの時のロボットを流用。

どれも生きた心地のしない修行だった。
鋼の大蜘蛛には金属の糸で絞殺されかけ、赤と青のロボットに連携でフルボッコにされ、火で焙られ、水で流され凍らされ。
極限の状態を修行で生み出す事で魔術の成功率とか集中力とかを高める意味もあると言っていたし、事実として効果はあったんだけど。

今日も嫌な予感しかしない。
特に、卓也の脇の箱とか。中からすっげぇモーター音がするし、ガリガリ言ってるし。
だが、そんな私の心境などお構いなしに、卓也は待ってましたとばかりに箱を前面に押し出し嬉々として説明を始める。

「今回のは先輩も初めての相手ですよ。これは、ページモンスターの中でも比較的実体化しやすく、捕獲も容易なバルザイの偃月刀を模した──」

卓也が箱の蓋を開く。
蓋が開けられると同時、勢いよく飛び出す円盤。
ギャギャギャギャと音を立てて空を飛び私の顔面目掛けて飛んでくるその円盤の縁では、よくよく眼を凝らさなければ分からなくなってしまう程の速度で、チェーンソーの歯の様な刃物が回転し続けている。

「御禿様のオーダーで造られたという曰くのある、人を毒ガスよりも痛々しく殺す為の兵器、その名も『ビルギットだけを殺す機械』君です。さぁ先輩、これと戦って、思う存分バルザイの偃月刀の攻略法を見出してください!」

「殺すって言った! 今殺すって言ったろおまえ!」

咄嗟に後ろに仰け反り『ビルギットだけを殺す機械』を回避しながら卓也に突っ込みを入れる。
修行用の機械の筈なのに殺す気満々か! ていうか枕詞が物騒過ぎるわ!
だけど、実際にページモンスターが襲い掛かってくるならこんな物では済まないだろう。
起きあがり、『ビルギットだけを殺す機械』の飛んで行った方向に向き直る。
通り過ぎた円盤はアーカムの空を楕円を描く様に切り裂きながら、緩やかな軌道でこっちに戻って来ている。

基本的に、卓也の用意する木偶はオリジナルのページモンスターと同じ戦い方をするらしい。
となれば、本物のバルザイの偃月刀のページモンスターも、物理法則を無視した曲がり方はしないという事か。
本物は刃物が回転して円盤状に見えるから難易度は高いけど、つまりこれは上手いこと横っ面を殴ってしまえばいい話だ。

「大十字、胸元、胸元ー」

頭の中で高速で対処法を模索していると、美鳥が自分の胸元と私の胸元を交互にを指差しながら何事か教えようとしている姿が目に入った。
胸元? あれは顔面じゃなくて、こっちの胸から上を両断しようと動くって事か?
私が何かを問うより早く、肩の上のアルが真剣な顔で呟いた。

「あ奴め、刃引きをしておらん木偶を使うとはまったく……気合いが入っておるではないか」

刃引き? いや、これまでの木偶もどこら辺が訓練用なのか分からなかったから、刃引きしてないくらいじゃ驚かないけどお前は感心するな。
何処がどう斬れているかダメージを確認する為に胸元に視線を降ろす。

「わ、ひゃっ!」

マギウススタイルの、丁度胸の谷間辺りが斬られ、胸が半分以上零れかけている。
幸いに天辺こそ零れていないけど、この状態で下手に激しく動いたりしたら……!

「ちょ、ちょっとタンマ! 待った待った! 見えちゃうから!」

胸元を手で覆い隠し、円盤を持ってきた卓也に向けて一時中断を申し込もうとしたが、卓也は両手で目を覆い隠したまま首を横に振った。

「駄目です、戦っている時、敵は待ってくれませんよ! 戦いながらマギウススタイルの修復もこなしてください!」

「マジか!?」

正直、マギウススタイルの維持は完全にアル任せなのだ。
私が自力でどうにか出来るほど単純な術式ではないし、アルのサポートをスーツの修復に回したら、戦闘面でのサポートがおろそかになる。
フリスビーの横っ面を叩くだけの簡単な修行だったのに、いきなり難易度が跳ねあがってしまった。
いや、胸が剥き出しでも戦い続けられるから、今難易度を上げてんのは私か。

「お兄さんが目をつむってる間は私が監督なー。……そのクソエロみっともない脂肪の塊、思う存分街中の晒し物にしてやんよ」

「ちょ、本音、本音っぽいの漏れてる!」

美鳥が監督になった途端、円盤の刃の回転速度も方向転換の速度も上昇、明らかに胸元の布を狙った動きに変化する。
なんだ、何をそんなに美鳥は怒ってるんだ?
そりゃセックスアピールには有利になるけど、正直ブラとかサイズの関係であんまり可愛いのが見つからないし、何もしなくても勝手に肩が凝るし、うっかりブラ無しで激しく動くと千切るかと思うくらい痛いしでいい事なんか全然──
──咄嗟に横っ跳びにその場を離れると、一瞬前まで私が居た空間を無数の銃弾が貫いた。

「……おっと、手が滑った」

美鳥がどこまで平坦な声で、両手に持った二丁拳銃の銃口を渡しに向け直す。
困惑する私を射抜くのは、何一つ感情を感じさせない美鳥の視線。
銃口の奥の暗さと重なる様な美鳥の視線に背筋が震える。

「待て、待って。何が悪かったかわかんないけど、謝る、謝るから」

焼きDOGEZAでもなんでもするから、そう続けようとしたところで、片手で眼を覆ったままの卓也が空いてるもう片方の手で指を鳴らす。

「いい事思いついた。アルさん、ページモンスターはブラックロッジも狙ってるんだから、当然捕獲中にブラックロッジと戦闘になる事もあり得ますよね」

その言葉に、アルは一瞬だけ考え込み、何故か納得した様な表情に切り替わる。

「なるほど、一理あるな」

「ねぇよ! いやたぶんあるんだろうけど、せめてもうちょっと心構えが出来てから──」

殺気を感じ、咄嗟にマギウス・ウイングで壁を作る。
数十の機関銃が一斉に発射された様な激しい銃撃音と共に、防御術式の織り込まれたウイングに雨霰と弾丸が突き刺さった。
ウイングを少し透過させて美鳥の方を見てみると、美鳥の後ろの空間に、無数のオートマチックのハンドガン──美鳥が何時も実戦講義で使っていた物と同じモデルだ──が浮かび、絶え間なく銃弾を吐き出し続けている。

「敵はこっちの心構えなんて知ったこっちゃねぇんだ。さっさと切り替えて戦えや淫乳女」

欠片程にも感情を窺わせない美鳥の平坦な声に身を震わせる。
いきなりの豹変に驚きを隠せない、という程でも無いが、やっぱり美鳥の言葉にも一理ある訳で。
競争相手がブラックロッジだという事を考えれば、このくらいが修行としては一番実戦に近い形なのかもしれない。
というか、美鳥を落ちつける為には、曲がりなりにもこの状況から抜け出して円盤を叩き落とさなければならないだろうし。

「先輩、死ななければ後で幾らでも直してあげますから、がばっと行っちゃって大丈夫です。ファイト!」

……それに、後輩にここまで手伝わせて、先輩の私が芋を引くってのも恰好が付かないよな。
なんだか治すのニュアンスがおかしかった気がするけど、こいつが治すと言うからには治してくれるんだろう。
こいつが言いだしたからには、なんだかんだで、今の私がぎりぎりどうにか出来る課題だろうし。

「じゃ、やるっきゃないか。──とっちめるぜ!」

私はウイングの防御術式を展開しながら、再び接近してくる円盤目掛けて、自らの脚で跳びかかった。





続く
―――――――――――――――――――

話が、一向に進まない!そんな第六十話をお届けしました。

うん、まさか自分もここまで話を進められないとは思いもしなかったです。
でも大丈夫、今後のスケジュールは決まっています。
次回にアトラックナチャのエピソードやって、
次にバルザイの偃月刀のエピソードやって、
覇道邸襲撃事件やって、
海のエピソードやって、
ラブコメして、
そしてここが境界線、ディスイズジエンド。
蜘蛛の糸と偃月刀のエピソードは一話に纏められる可能性があるから、TS編の全体図はできたも同然ですね。

自問自答コーナーってまともに読む人居るんでしょうか。
そもそもこのSSで細かい部分に言及したい人とかどれくらい居るのかって話で。
そんな事考えてたらぽんぽん痛くなったので自問自答コーナーは中止です。淫魔の乱舞は回収です。アマゾンで買えるけど。
なんか不明瞭な部分とかあったら感想の方でお願いします。

やっぱり三週間くらいかかっちゃいましたね。
でも次回のアトラックナチャのエピソードはやりたいこと決まってるので早めに出せると思います。
む、よくよく考えるとこれ前回も言って三週間でしたね。
じゃあ、遅れます。四週間くらいで。
こう言っておけば、三週間で出来た時に早く出来た気分になるし、二週間で纏められたら上手くやれたと思えるだろうし。
ほら、映画見に行く時も期待せずに見に行った時の方が面白く感じるでしょう?
そんな緩い気分でお楽しみ頂ければ。

そんな訳で、今回もここまで。
誤字脱字の指摘、文章の改善案、設定の矛盾、文法の誤りなどへの突っ込みや指摘、そして何より、長短を問わず読んでみての感想、心からお待ちしております。


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