×月◇日(ひぎぃ! ぼごぉ)
『たった七文字の文章、しかし、この文字列には人類種の果てしない可能性が秘められている』
『通常、触手を使用して交尾する様な大型動物は存在しない。せいぜい微生物だの植物だのが関の山である』
『で、あるにも関わらず。今現在では多くの人間が触手=エロスという方程式を基本常識として頭に刻み込んでいる』
『サブカルに詳しくない人間ですら、エロゲに登場する様な、やや暗い、しかし様々な色合いと艶やかを通り越してドロドロの粘液に塗れた触手を見た瞬間、酷くいやらしいものであると認識してしまう』
『デビルマンにおける、人間の遺伝子に残された悪魔への恐怖と同じレベルで、触手に対する刷り込みが行われていると言われても、俺はそれに反論する根拠を持たない』
『日本においては、かの天才画家・葛飾北斎が描き、艶本『喜能会之故真通』に掲載された木版画、『蛸と海女』が始めとされる、人間と触手の性的な交合』
『裸体を晒す女性に絡みつき、本来は只の触腕でしかない脚を使用し容赦なく犯す蛸、自らの内で暴れる自由自在にして長大な触手にたまらず乱れる女性』
『人々はその余りにも超自然的な情景に憧れと僅かな畏怖、形だけの嫌悪を示し、しばらく興奮に朦朧とした脳でその存在が現実に有り得るか有り得ないかの判定を行い、現実とはやはり夢の対極に存在するのだと結論付ける』
『現代日本においてもそうだ。様々な法律を乗り越え現代に生き残る風俗店』
『様々なプレイバリューを兼ね備えたその手の店ですら、触手を使用したサービスを取り扱う店は存在しないらしい』
『では、夢と現が混在する魔都秋葉原ではどうか』
『東京に移り住んだ友人の言葉を信じるのであれば、少なくとも今現在、触手が服の下で蠢き、怪しい液体を股間から撒き散らす、眼からハイライトの消えたメイドが歓待してくれる、』
『いわゆる触手寄生調教洗脳メイド喫茶なる店も、また、その派生形すら存在していない』
『存在していたなら、中学からの付き合いである触手マイスターである五十嵐君が黙ってはいないだろう』
『触手は、触手に貫かれて乱れる女性は、現実には存在しない』
『人間の触手に対する飽くなき信仰とはすなわち、実在しない神への信仰に似ている』
『存在しないと理解し、しかし尚その存在を崇めずにはいられない、それこそが触手』
『だが、確かに触手は実在する』
『女を犯す触手は実在する』
『触手は、確かなリアリティを持ち、この世界にあり続けているのだ』
『なお、俺が姉さんとのプレイで用いる触手はその全てが純愛使用であり』
『犯す触手ではなく愛でる触手である事はもはや言葉にする必要も無い事だろう』
『今なら、飲んで安心コラーゲン配合でお肌ツヤツヤ、食物繊維を適度に含んでいる為お通じも良くなる健康淫乱粘液も付いてくる!』
『姉さんには栄養面でのプラス効果しか現れないが、何の耐性も持たない者が接種した日には、それはもう酷い事になる事うけあいである』
『とりあえず人間を模した存在であれば、一滴も垂らせば一瞬で自立駆動を始めてM字開脚始める程度の効果は保障しよう』
『万が一垂らした対象に音声出力機能があるのならば要注意、発禁必至な淫語P音抜きを連発し始めるので、ご使用の際には周囲に人が居ないことを確認した上でご利用願いたい』
『エロいボディのガイノイドとエロい事したいけど、なんかそういう機能付いてないみたいだぜくっそぉぉぉぉぉぉ!』
『みたいなリビドー持て余し気味の思春期の少年よ、今直ぐアクセス!』
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そんな感じで、どこに向けるでも無いメッセージを日記に書いたので、俺の体内で生成されるものである事を伏せて、ブラックロッジのトップ触手マイスターにお勧めしてみた。
「今すぐアクセス!」
「要らないわよぉそんな無粋な薬ィ」
が、芳しくない返事しか貰えない。
ティベリウスは腐った死体顔に被せた道化の仮面を器用に変形させ、原作の立ち絵では見た事も無いような微妙な表情を表している。
なんというか、関わり合いに成りたくない的な雰囲気がバリバリ伝わってくる表情のお面だ。
「アタシはねぇ、そんな薬に頼らなきゃなんない程自分のテクとモノに自信が無い訳じゃないの」
ヤダヤダと巨大な鉤爪が隠された袖で口元を隠すティベリウス。
「濡れて無いトコに無理やり突っ込んで泣き叫ばせたり、その泣き叫んでた娘(こ)が、白痴みたいなアヘ顔で腰振りだすまでしっぽり犯し抜く過程が楽しいんでしょぉ?」
痛がらせるのはテクがイマイチな証拠では無く、痛がらせるのもティベリウスのテクの一つなのだろう事は想像に難くない。
「気丈な財閥の娘さんが○○○狂いになったり?」
「アラ、何よアンタ、以外と分かってんじゃない」
「分かってないならこんな薬を作ったりもしないと思いますが」
俺の返答に、ティベリウスの仮面が見慣れた黄緑色の喜色を現す仮面へと変わる。
「おほほほほほほ! 言われてみればその通りだわ。アンタもなかなか言うじゃない」
だが機嫌よさそうに談笑しつつも、ティベリウスの視線は落ち付かず、俺の背後や通路の向こう側にちらちらと注がれている。
こんな気を散らされたままではまともに会話も出来ないので、俺はティベリウスさんの心配ごとを一つ取り除いてあげる事にした。
「今日はフーさんも誰も連れてきてませんよ」
……したのだが、俺の返答にティベリウスの仮面は不機嫌も露わな形の物へと変わってしまった。
「な、なによ。アンチクロスであるアタシが、あんなゲテモノ女に芋引いてるとか思っちゃってるワケ?」
芋引いて無いってんなら、忍と同じ声でどもらないでください。
が、ここで馬鹿正直にそんな事を言うつもりはない。
俺は少しだけ考えるそぶりを見せ、くるくると天を指差した人差し指を廻しながら返答を返す。
「いや、俺が思うに、ティベリウス様と装甲フーさんって、結構相性抜群だと思うんですよ。俺も長年フーさんの戦いとか見てますけど、戦闘中にあんな嬉しそうにセックルしてるフーさん初めて見ましたし」
「……アタシが言う台詞じゃないと思うけど、脳味噌に蛆でも湧いてんの?」
「失敬な」
実際、フーさんの劒冑には金神補正でオリジナル正宗と同一の陰義を持たせた訳だが、戦上手のフーさんの手にかかれば正宗七機巧が一つ、割腹・投擲腸管が繰り出す内蔵の種類は格段に増加する。
迫るティベリウスの触手ティンコを、装甲で覆われた下腹部をぶち破り跳び出したフーさんの意思で自在に動く女性性器が見事にキャッチ。
特殊金属でコーティングされたフーさんの輸卵管が、ティベリウスのグロカリ首をがっしりとホールド。
続く卵巣の一撃が見事にティベリウスのグロ陰茎を挟み込み、叩き潰す様に切断した。
これが俗に言う、千切れるほどの締め付け、というものである。
のた打ち回りながらも怒りの赤色面へと仮面を変化させたティベリウスにひるむ事も無く、隠剣・六本骨爪で互いの身体を密着させ、胃と融合した甲鉄が生成する超強酸性の液体を撒き散らす。
ティベリウスも負けじと巨大な鉤爪でもって装甲状態のフーさんの頭を叩き潰さんとした訳だが、ギリギリの所でフーさんのスウェーバックで半ば回避されてしまう。
が、当然上半身もフーさんの肋骨で固定されている訳で、ティベリウスの鉤爪はフーさんの頭部と顔面装甲、胸部装甲、ついでに顔面の半ば程と方胸をごっそりとこそげとってしまう。
……ここまでの状況は後日フーさんを取り込み直した時に知った事なのだが、フーさんはここで軽く二度ほど絶頂に達している。
文字通り、命をと身体を削りながらの死闘。
それこそが、フーさんが協力者として俺達に力を貸す理由。
だからこそ、互いが互いの命を掌の中に握りしめる様なティベリウスとの戦いは、彼女がこれまでの戦いで得る事の無かった『戦闘時の高揚による性的絶頂』へと導くに至ったのだ。
「だいったい、何よあの女、自分から臓全部ひっくり返して、顔が削れてるなんてもんじゃないのよ? 頭蓋骨まで削れて、脳味噌まで零れかけてるのに、あんな、嬉しそうに笑ってくれちゃって、どんな神経してんのよぅ!」
全身のサブイボ(肌は無いと思うが)を沈める為とでも言う様に、鉤爪を内蔵した袖で自らの身体を抱きしめるティベリウス。
恐怖を現す紫色面で震えあがるその姿からは、装甲戦鬼フーさんへの紛れも無い恐怖がありありと見てとれる。
だが、あえて言おう。
お前が言うな。
ともかく、ティベリウスはフーさんの中に存在する、自らの抱く欲望とは異なるベクトルの狂気に触れ、逃げる様に距離を取りながらの戦闘を始めた。
が、そもそもフーさんの得意な戦闘距離は中距離から遠距離。
更に、アップデートが繰り返されたフーさんはシュリュズベリィ先生の無視覚状態での超感覚すら備えている。
当然、ティベリウスが遠距離から魔術による攻撃を繰り返しても、魔術式オルゴンライフルによって悉く迎撃され、結局は只逃げまわる事しか出来なかったらしい。
「とは言っても、ティベリウス様だって本気出してたわけでは無いのでしょう?」
「あったり前じゃない」
機嫌を直し、喜色を現す黄緑色面へと仮面を変化させるティベリウス。
その手の中には、アルアジフやナコト写本には劣るものの、かなりの魔力を内包する魔導書『妖蛆の秘密』が握られている。
「なるほど、無敵の鬼械神が相手なら、フーさんもどうにかなるかもしれませんしね」
「そ。アンタもね、大導師様のお気に入りだからって好き勝手やってると、磨り潰しちゃうわよ?」
冗談めかしたような口調だが、このティベリウス、ヤルと言ったらヤル男だ。
今回は俺も美鳥もそれなりに力を見せているから気易い上司と部下程度の位置で話せている。
しかし、普段はこのおちゃらけたオカマ口調のまま、気に入らない部下なら磨り潰して死姦している所だろう。
因みに、俺が大導師の居る玉座の間に到達した事で消滅する寸前、ティベリウスは紫色面から赤色面へと仮面を変え、確かに機神招喚の術式を発動させ掛けていた。
しかし、もし万が一あそこでティベリウスが機神招喚でベルゼビュートを招喚していたなら、『生身での死闘も出来つつ、本来の畑である巨大戦もこなせる素敵な殿方(殺し合うに最適的な意味で)』として、完全にロックオンされていた事だろう。
戦闘も収まり、数か月の間を置いたから大丈夫だとは思うが、そうでなければ世にも珍しいフー=ルー×ティベリウスという世にも奇妙なカップリングが出来上がっていたかもしれない。
もちろん、×の前と後ろの順番は何一つ間違っていない。
受けティベリウス(激レア・トラペゾの中か飛翔の宣伝ドラマCDでしか目撃された事が無い)ファンには堪らない展開が待ち受けていたかと思うと、あのタイミングで玉座の間に到着した自分を心底褒め倒してやりたくなる。
「以後気を付けさせて頂きます。ああでも、この薬の事は覚えておいてくださいね。少し成分をいじれば、色々と効能にもバリエーションが出せますから」
「そうね、何か面白い遊びでも思い付いたら、考えてあげないでも無いわん」
おーっほっほっほっほ、と、オカマ独特の笑い声を上げながら離れていくティベリウス。
日記の内容からふと触手粘液の販売を思いついて、夢幻心母中探し回っての唐突なセールスだったのだが、以外とまともに対応してくれてビックリ。
女性や可愛らしいショタを触手で精神崩壊するまで凌辱したり死体になった後も延々犯したりする趣味を持っているが、案外気のいい人なのかもしれない。
ご機嫌伺いも兼ねて、今度蝦夷の褐色ロリでも献上してみよう。
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●月▽日(大十字が不幸になるフラグが立ち続けているのも)
『乾巧の仕業でいいんじゃないかな。ほら、俺って基本的に悪事を働いてない時は善良な一トリッパーな訳だし』
『大体、ヒーロータイプの男に大したイベントも無く最初にくっ付くサブヒロインって、とりあえず不幸になって主人公に戦う決意を固めさせる為に居る様なものだろう』
『そういう意味で言えば、最初に大十字を攻略したのが覇道財閥の中でもそれなりに目立つ三人のメイドだった、というのは都合がいい』
『あの三人からしてそれなりに仲は良い訳だし、大十字とくっ付いた一人が不幸な目に会った時、落ち込んだり怒りに震えたりする大十字を立ち直らせるのには丁度いい』
『ていうか、大十字にブラックロッジへの怒りを蓄積させて、終盤の大十字と次の周で覇道財閥を強化させるのが目的な訳だし、メインヒロインとくっ付く必要すら無い』
『だが、できれば最終的には覇道瑠璃辺りとくっ付いて欲しいなぁ』
『メイド三人は、次の覇道鋼造が雇わずにいれば戦いに巻き込まれないで済むだろうとか考えそうだし』
『そういう意味で言えば、ブラックロッジに対抗する為に覇道財閥を立ち上げるのであれば、確実に闘争の運命から逃れられなくなる覇道の系譜を決意の中核にした方が確実ではある』
『覇道瑠璃がこれまで全周存在していた以上、何だかんだでどの覇道鋼造も、真覇道鋼造の息子を孤児院に入れっぱなしには出来ないという事になる訳だし』
『もうくっ付いている凡人眼鏡さんは確実に生贄にするとして、どうにかして上手い事覇道瑠璃とくっ付けて、その上できっちり失って貰わなければ』
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●月◆日(途中経過)
『さてさて、大十字がアルアジフと衝撃的な出会いを果たし、断章を探しながらのブラックロッジとの戦いを初めて、もうそれなりの時間が経過した』
『この周で大導師殿が初めてアイオーンを完全破壊した訳だが、それに伴い原作程では無いにしろ、アルアジフからはページが抜け落ちてくれたのだ』
『今のところ、大十字が回収した魔導書の断片は『アトラック=ナチャ』に『バルザイの偃月刀』、更に『ニトクリスの鏡』といったところだったか』
『原作との相違点を挙げるとするならば、やはりイタクァがアルアジフの手元に残っている事だろう』
『まぁ、この違いにしてもさしたる問題ではない。大十字は大学生としてみれば優秀な魔術師見習いではあるが、それでも専用の魔導兵装を使用せずにあのレベルの記述を制御できる訳では無い』
『何だかんだ言って、アルアジフの長年連れ添ってきた鬼械神はアイオーン』
『デモンベインの構造はアイオーンに似てはいる物の、魔導兵装を改竄して使うのにも苦労するし、アイオーンで扱う時よりも難易度は少し上昇する』
『結局のところ、アルアジフの元に記述が揃っていた所で、何のブーストも無い大十字が扱える魔術は変わらない、という事だ』
『苦難こそが人を強く育てるのである』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
そんな訳で、俺はアーカムの外れ、リゾート地でも無ければ邪神崇拝者達の巣窟でもない、程良くさびれた採石場にやってきている、
人を強くするのは困難苦難ではあるが、人は自らの手で成長の為に逆境を作る事もまた可能な生き物なのだ。
今回のミッションは大十字の戦力強化の為の修業。
俺と美鳥が制御したクトゥグアで大十字を追い詰め、大十字にはイタクァを持ってクトゥグアの炎を打ち消して防いで貰おうという、極々単純な修行である。
大十字がイタクァを制御できるようになるまではひたすら逃げるだけの修業になるが、ぶっちゃけ殺す気でやるので覚醒は早い筈だ。
神格的に考えればクトゥグアと対になるのはイタクァじゃなくてハスターなんじゃね? などと言う、いかにも資料だけ見て思いました的意見はこの場には無用なのだ。
少なくとも、アルアジフの記述の中ではクトゥグアとイタクァはタメ。それでいいではないか。
元からこの世界のアルアジフの記述とか、追記に追記と検閲と改竄を重ねて信頼性という言葉からはかけ離れているんだから。
閑話休題。
だが、はっきり言って大十字を痛めつけて強くする為だけに、アーカムシティの一般人に迷惑をかけるのは不本意なのだ。
迷惑をかける時は自分の意思で迷惑をかけたいので、大十字を追い詰めるのに最適な、人気の少ない場所を探さなければならない。
そこで、やはり採石場である。
「見ろ先輩、この採石場ならいくら爆発炎上しても暴走凍結しても迷惑がかからないぞ!」
特にあの切り立った崖! 523が今にもゴングチェンジャーで変身して無双を始めてくれそうではないか!
格闘家だから、女性であるメレ相手でも容赦なく顎ぶち抜くからな523、マジで俺流を貫いてる辺りには尊敬の念を抱かざるを得ない。
あ、でもあそこは採石場じゃないか。剥き出しの岩が同じ削れ方をしていたからうっかり見間違えてしまった。
海を出そうにも、海産物系の魔導書は碌なのが無いしな。
ラムダドライバとか使えば、無条件で崖は召喚できるのだが。
「ちょっとまて、既に暴走する事前提か」
相変わらずの臍出しルックの大十字が裏拳気味に突っ込みを入れてくる。
神聖な特訓場でもある採石場にまで臍出しオサレ服で登場とは、その801根性にはまいったぜ……。
「先輩、今日は暴走させない為にここに来てるんだろ? 完全に制御できるようになるまで暴走するのは当たり前じゃないか」
「道理じゃな」
「うぐ……」
俺の言葉に頷く、採石場なのにロリドレスファッションを崩さないアルアジフ。
九朗は本来味方である筈の魔導書が俺に同意した事で、反論の言葉を紡ぐ事も出来ずに口をつぐむ。
そんな大十字の様子に満足したのか、アルアジフはふふんと鼻をならし、改めて岩だらけの周囲を見回す。
「まぁ、妾としては、実際の戦場になる市街地での修行が望ましいと思うのだが」
アルアジフは、実際に戦場になる事は極めて稀な採石場での修行に、些か不満を感じているらしい。
それに美鳥は大げさに驚く素振りを見せる。
「おいおい、市街地であのレベルの記述を暴走させるつもりかよ」
「わかっておる。言ってみただけだ」
美鳥の言葉にも頷くアルアジフ。
今回の修業は言うなれば特別編、俺と美鳥と言う大十字側(大十字達からすればそういう立場に見えるらしい、否定も肯定もしないでおいた)の魔術師が居るが故に可能な修行。
常の大十字とアルアジフが行っている実践的な魔術戦闘の修業とは方向性が異なる為、障害物や群衆の存在は計算に入れる必要も無い。
頷くアルアジフの表情からしても、本気で文句を言っている風ではなく、できればそういうシチュエーションの方が身が入るだろうな、という程度のものだったのだろう。
さて、大十字を、ひいては大十字の親しい人物達を不幸な目にあわせて、大十字のブラックロッジへの怒りを増強するという作戦をこの周では行っている訳だが、だからといって大十字の方に一切手を加えなくていいのかと言えば、そうではない。
大導師殿にアイオーンを破壊させたのはあくまでも今後の流れを整える為であり、大十字を精神的に追い詰める役にはたたない。
精神的に追い詰める最初の一手には、大十字の恋人を使うのは決まっている。
そこで、触手凌辱のエキスパートであるティベリウスを利用する訳ではあるが、ここで一つある問題が浮かび上がる。
大十字がブラックロッジへの怒りを募らせ、なおかつ自分自身と覇道財閥の力不足を嘆くには、ティベリウスが自発的に大十字の親しい人に手を出さなければならないのだ。
もちろん、大導師殿と相談して覇道邸の襲撃ミッションは計画済みだ。
が、まともに覇道邸を襲撃した場合、非戦闘員である大十字の現在の恋人、凡人眼鏡さん(デモンベインで数少ないお漏らし枠)がティベリウスに襲われる可能性は余りにも低い。
大導師殿から命令して襲わせる事も可能ではあるが、それでは意味が無い。
一番理想的なのは『大十字がティベリウスを激怒させ、ティベリウスが報復として大十字の女を誘拐、力及ばず倒れた大十字の目の前で徹底的に凌辱』というプランだ。
が、現在の大十字では間違いなくティベリウスを怒らせる程の戦果はあげられない。
そこで、大十字には調子に乗ったティベリウスに一太刀浴びせ撃退できる程度の力をまず与えなければならない。
大十字に撃退されたティベリウスは『まだ見習いのアマチュア魔術師如きが』と激怒、報復の為に、大十字の最も大切にするものを破壊しにくる筈、という訳だ。
勿論、その為に凡人眼鏡さんの個人的なプロフィールは調査済みであり、何時でもティベリウスに知らせる事が出来る。
ティベリウスの手にかかれば凡人眼鏡さんも回想シーンが出来る程の白痴顔でアヘアヘ喘ぐだけのスクラップになってしまうだろう。
が、それでは大十字の心が折れる可能性もあるので、凡人眼鏡さんの脳味噌にも一手間加えさせて貰う。
「ところで先輩」
「うん?」
「そちらの、いかにも『普段は作業着ばかりだけど、恋人とのピクニックの為に少しおめかし。少し地味過ぎたかもしれないけどカレの視線は釘付けだから、うん、オッケー!』みたいな眼鏡の女性は?」
そう言いながら、大気中を飛ぶ塵に擬態させた俺の肉体の一部を、
「なんやのその人の内心見透かしたみたいな表現」
バスケットを手に此方にジト目を向ける凡人眼鏡さんの口の中に。
一粒でも次元連結システム、重力制御、『ナノマシン生成』などの機能を備えた万能な俺の一部は自律稼働で極々自然に凡人眼鏡さんの口の内部の粘膜に融合。
全身を乗っ取る事無く血管内部に侵入、血液に擬態し、そのまま血流に乗り、脳へ。
「ま、なんの自己紹介もしとらんかったしな。ウチは九郎ちゃんのバイト先で先輩やっとるチアキっちゅうもんや」
ジト目をやめ笑顔を取り繕う凡人眼鏡改めチアキさん。
本来ならもう少し手間がかかる所だったのだが、あっさりしたものだ。
ナノポマシンの効能もほぼ狙い通りのバランスだし、その後の脳改造もスムーズに進んだお陰で、ほぼ体外に排出されている。
今投与したのは、大十字への好感とはあまり関係無い精神の作用を弄る機能を備えたもの。
このナノマシンのお陰で、凡人眼鏡さんはやや貞節で、大十字以外からの誘惑に強い頑強な精神力を得る事になる。
「俺はミスカトニック大学で大十字先輩の後輩やっている鳴無卓也です」
「あたしは、そうだな、謎の食通とでも呼んでもらおうか。鳴無美鳥だよ」
「アンタらの話は九郎ちゃんから聞いとるよ」
美鳥が一瞬心の病を発症し掛けたが、それを華麗にスルーしてくれた。
大人だ。地味だが。
いや、別に魅力的では無いというつもりはないのだがパンチにかける人だと思ってしまうのは仕方が無いのではないだろうか。
なんか、うん、絶妙に外されてボールコースに逸れた外角低めというか。
ストライクゾーンに入るかなーというバッターの甘い期待からの空振り狙いと言うか。
原作的に考えると、ヒロインとしてデザインされた訳では無いから地味という事情があるのかもしれないが。
まぁ姉さんや美鳥と比較すると誰も彼も敬遠球なのは仕方が無いのだが。
「なるほど、ですが、俺も大十字から話は聞いています」
「実はあたしも風の噂に聞いた事があるぜ」
「なるほどなぁ、流石、話に聞いた通りやわ」
頷き合う俺達を見ていた大十字が訝しげな表情を浮かべる。
「……いやまて、チアキにもお前らにもそんなに詳しく話して無いよな」
勿論、大十字からはそれほど情報は仕入れていない。
が、おそらく関西人系列であろうこの眼鏡なら、適当な事を言っても合わせてくれるだろう。
「いやいや、先輩は結構情報洩らしていたぞ? ていうか惚気てただろう」
「え、ほんまに?」
キラキラした瞳で大十字に向き直る眼鏡。
合わせてくれるだろうと思っていたのだが、この眼鏡、少し本気にしている節がある。
まぁ、少なからず惚気られたのは事実ではあるのだが、それにしても自分から口にする事は無かった筈だ。
「そ、そりゃ少しはそういう話もしたけどよ……」
照れ顔でそっぽを向く大十字。
野郎が照れ顔とかあれなので、その内違う周で女装を定着させようと思う。
だが、恋人? が恥ずかしがる姿を見て、眼鏡さんはご満悦の様だ。
更に俺の発言に合わせる様に、美鳥が言葉を割り込ませる。
「確かにこいつ、『チアキはベッドの上で良く漏らす』とか洩らしてたなー」
空気が固まり、笑顔を張り付けた眼鏡さんが大十字の肩に手を置く。
「──九郎ちゃん、後でお話しよか」
「ちょ、誤解、誤解だっ、おい美鳥テメェ!」
「え、あ、ごめん、聞いて無かった。──そして聞くつもりも無い」
別にこの状況は可笑しな事では無い。
ラブコメ的には主人公がするとは思えない様な暴露話、しかし、直前にヒロインが嬉しがる様な話があると、その直後の話の内容には思考力が鈍るものなのだ。
幸せは人を馬鹿にするとはまさにこの事を指していると言っても過言では無い。
そして、話の流れ的に『少し調子に乗るか酒入れるかすれば言いそうだな』程度の疑惑が持てる発言ならばどうなるか。
「ええか九郎ちゃん、いくらここがアメリカ言うてもな、日本人なら少しは慎みを持たな……」
「はい……はい……」
この様に、訥々と大十字に説教する眼鏡さんと、採石場の石だらけの地面に正坐して頷き続ける大十字の出来上がりという訳だ。
時折大十字が『なんでフォローを入れなかったんだよ!』みたいな視線をちらちら送ってくるが、その度に眼鏡に注意されている。
暴力的なヒロインであれば報復として暴力が振るわれてそれで終わりなのだが、少なくともこの眼鏡は恋人に対して無駄に暴力的な人格では無かったらしい。
まあ、逆に延々説教が続くので、理性的なヒロインというのも面倒臭いのかもしれない。
「やれやれ」
アルアジフは、冤罪で説教を受けている主に対し呆れた表情で首を振っている。
どうやら、この周では今現在アルアジフと大十字の間にフラグは立っていないようだ。
やはり最初から覇道財閥に関わる様になれば、自然と覇道瑠璃と親しくなる流れに乗るのかもしれない。
まだ眼鏡さんルートだけど、ハッピーエンドは存在しないしな!
ともあれ、大十字と眼鏡が既にベッドインしていて、それでいて日常でも付き合いがある程度には親しくなっている事は確認できた。
後は予定通り適当にクトゥグアで大十字を追い詰めて、イタクァの制御法の訓練をして今日のイベントは終了という事にしよう。
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メディ倫月ザル日(通らない方が珍しい)
『見た目と年齢が釣り合わないなんて、現実でもよくある事だし、仕方がないのかもしれない』
『それゆえに、大十字と大導師は容赦なく小学生かそこらにしか見えない魔導書の精霊にトラペゾ挿入するし、クトゥルフはルルイエ異本とエンネアをぬぷぬぷする』
『その行い、正に邪悪!』
『俺だって幼女には手を出した事は無い(ていうか幼女には食指も触手も動かない)というのに、なんという奴らなのか』
『だが、我らが一級触手マイスターであらせられるティベリウスさんは一味も二味も違う』
『彼は画面外や文字の上では名も無き一般人をその触手の餌食にしているが、本編中では触手による本番行為を映像つきで行った事は一切無いのだ!』
『ここで彼の触手レイパーとしての輝かしい戦歴を見てみよう』
『対覇道瑠璃・腸で四肢を拘束しおっぱい剥き出しにして触手見せつける処までは行く→即座に大十字に触手ティンコを切断される』
『対ライカ・クルセイド・触手を絡み付かせおっぱいを剥き出しにさせるところまでは行く→実際に突っ込まれたのはクトゥルフの触手』
『対アリスン・触れる事すら出来ずメタトロンさんに撃退される』
『この錚々たる戦歴、まさに触手の救世主(メシア)と言っても過言では無い』
『彼ならばデモンベインが仮に少年誌で連載されたとしても、その見事なまでの寸止めで規制を喰らう事無く場を盛り上げてくれるだろう』
『そんな全年齢向け触手マイスターであるティベリウスさんは今日も大活躍!』
『……ぶっちゃけ、覇道邸にティトゥスと凸かまして、見事に大十字にぼこられた』
『原作では大導師の命令で呼び戻されるのだが、今回はクトゥグアの炎をイタクァで相殺され、挙句の果てにクトゥグアの記述まで奪還されておめおめと帰って来た』
『当然、未熟な魔術師見習いに反撃を受けて逃げ帰るしか無かったティベリウスは怒り心頭』
『帰って来てから憂さ晴らしに女を浚いに行き、翌日のアーカムに大量に娼婦や女学生の、暴行を受けた痕のある腐乱死体が散乱させていた』
『それでも未だ怒りは収まっていないらしく、今でも時折夢幻心母内部で腐乱した女社員の死体が見つかる程だ』
『ここまでお膳立てが整えば、脳味噌がリアルに腐れているティベリウスを誘導する事など容易い』
『何も知らぬ風を装い、大十字が大切にしている、戦闘能力を持たない恋人の情報を教えてやろう』
『俺はティベリウスに恋人を浚われ触手凌辱されてなすすべなく鬱展開に陥った大十字の負の感情を、全てブラックロッジへの敵愾心へと誘導してやるだけでいい』
『そうする事で、俺は労することなくループ終焉への時間を短縮する事が可能、という訳だ』
『両陣営に居ながらにして、この見事な采配』
『俺ってば、まさに天才ね……※ジャージ忍者漫画基準』
―――――――――――――――――――
と、そんな事が数週間前の日記に書いてあった。
そう、数週間前だ。
日記を書いてから今日までの数週間、色々な事があった。
数日間を置いてティベリウスと接触を図ったにも関わらずまだイライラしていて、いきなり鉤爪で切られそうになったり反撃したりもしたが、どうにかこうにか無事に用件を伝えられたり。
渡した大十字の恋人に関する情報にティベリウスが不敵に笑ったり。
ティベリウスとばかり接触するのは臭いが移りそうだから、下級社員達の集まりで大規模人体改造を行ってサイバーマンを大量生産したり。
ドクターは文句言ってたけど、人間の脳味噌をそのままAIの代わりにする、ってのは結構効率がいいと思うんだけどなぁ。
実際問題、複製能力を使わずに人工知能作ろうと思ったら結構時間掛かるし。
そうそう、常に稼働状態にあるエルザは中々取り込めないから、せめて内部構造を見ようとした事もあったか。
メカポがある事を忘れたせいで『い、いけないロボ、エルザには大十字九郎という心に決めた相手が……。…………少し後ろ向いてて欲しいロボ』みたいな感じになってしまったんだよなぁ。
動力はやっぱりオルゴンエネルギーだったが、ドクターの作品なだけあった見るべきところも多かった。
ていうか、人間に出来る事は大概出来る辺り、ドクターの人造人間へのこだわりがうかがえるっていうか、……高級ダッチワイフ?
ああいう機能搭載しているなら、エルザルートとまでは言わないまでも、エルザのそういうシーンがあってもよかったのにな。
「ほぉら見てみなさいよタクヤちゃん、アタシの触手○○○で大十字の女が腰振ってるワよぉン!」
「ぐっ、ごっ、なん、なんでアンタ、こんな場所に……!」
うん、現実逃避という程では無かったけど、少し意図的に気を逸らしていたかったのは確かかも。
──遡る事数時間前、ミスカトニックでの講義を終え、自宅で姉さんと美鳥と共に夕食を食べ終えた俺は、数日ぶりに夢幻心母に足を運んでいた。
研究室に籠り、液体人間、全身義体のバトルサイボーグ、サイバーマンに次ぐ、新たなるブラックロッジ下っ端改造プランを練ろうとしていたのだ。
今回はそれなりにオープンに高めの地位を大導師に与えられている為、夢幻心母の中に専用の(美鳥と共用ではあるが)の研究室を与えられている。
なお、美鳥はレイトショーで上映されている、心臓の代わりにチクタクチクタクと鼓動を刻む懐中時計を搭載した少年の心温まる異能バトル恋愛アドベンチャー映画を見に行っているので、今日は一人だけでの出社である。
先日シュブさんから頂いた秘蔵の笹団子を賞味しながら、古今東西の文献(元の世界から持ち込んだラノベ他書籍、ゲームにアニメ、ついでにこの世界で手に入れた魔導書類)を斜め読み。
BGMに、爽やかな朝の光景が脳裡に思い浮かぶ様な曲をと思い、装甲悪鬼村正サウンドトラック『邪悪宣言』のDisk2より誼を選択。
ふと脳裡に、肩のあたりで茶色い髪を切りそろえた半金属生命体なブラスレイター・テッカマンの事が思い浮かび、過去のトリップを懐かしむ。
簡易な、というか適当な洗脳のお陰で文字通り神への崇拝レベルまで上がった好感度から来る、無垢過ぎて気持ち悪い程の好意の視線。
そして、そんな少女に生暖かい(赤ん坊のミルク程度だと思う)視線を送る少女の親友達。
結局、湊斗光は父親と添い遂げる事ができたのだろうかとか、そんな事を考えつつ、手は銃夢の旧シリーズのページを捲り、脳裏にはちらちらと玉座の間いっぱいに溢れ返るデッキマンという素敵な光景が浮かび出して、今。
爽やかでインテリ気取りな夜の一時を味わっていたというのに、浚ってきたと思われる眼鏡さんを犯しながらティベリウスが研究室のドアを蹴破り入ってきたのだ。
俺がどんな酷い気分になったのかなんて、今更語るべきことでも無いだろう。
嬉しげに眼鏡さんの中に捻じ込んだ触手を蠕動させているティベリウスに溜息を吐く。
「大十字のイチモツはその触手とサイズ的に見て遜色ありませんからね。あのサイズで慣らしてなきゃ、今頃裂けて泣き喚いてる所でしょう」
「じゃあナニ? 嫌だ何だと言いながらこの女、しっかり感じちゃってるってワケ?」
「だから腰振ってんでしょう。精神って、意外と肉体に勝てないものですよ」
まぁ、今も気丈な態度でいられたり正気を保ち、なおかつ今ここに居るのが俺であるという事を認識できる程度に意識がはっきりしているのは、また別の事が要因なのだが。
採石場でこっそり脳改造用のナノマシンを投与して無ければ、大十字の心に楔を打ち込む前に眼鏡さんが壊れる所だった。
流石俺、先見の明があるな。
「……なぁんかテンション低いわねぇ。何? 今さら罪悪感でも湧いて来た?」
訝しげなティベリウスの声と共に触手が蠢き、それを咥え込んだ眼鏡さんの素肌が剥き出しの下腹部が盛り上がる。
ごぶ、ぶじゅる、と下品な音を立てて眼鏡さんに絡みつく触手が腐臭を発し、身体の芯を貫く肉槍は黄色く濁った白濁の粘液、いや、ゼリー状の腐れた体液を撒き散らす。
胸を含む様々な隠すべき場所の服の生地を引きちぎられた眼鏡さんの身体に、胎内に噴出した濃厚過ぎる体液が、
腕を拘束し、腿を這いずりながら脚をガニ股で開いた状態で固定し、千切れんばかりに胸を縛り挙げ、顔面に擦りつけられた触手によって、肌に刷り込ませるように塗りたくられる。
眼鏡さんの表情は嫌悪感に満ちているが、その表情の奥にはしっかりと情欲が湧き出しているのが見てとれる。
ティベリウスの肉槍が眼鏡さんの胎内に体液を吐き出した瞬間、拘束されていた手足の先端が引きつけを起こした様に痙攣していたのも見間違いではないだろう。
「ここ、俺の研究室ですからね。変に汚されると面倒なんです」
「下っ端の連中にやらせればいいじゃないの」
「こんな量の精液と愛液を? どんな噂が立つかわかったもんじゃないですよ」
「そりゃ悪かったわネェ、おほほほほほほほほ!」
絶対悪いと思って無いなこいつ……。
そんな悪びれた様子も無いティベリウスと俺の会話に、苦悶と屈辱に表情を歪ませたままで眼鏡さんがこちらを睨みつける。
「ウチはぁ……、愛、液なんて、こんな、あ、あ♪」
声も我慢できないなら強がらないで欲しいなぁ。
そもそも、先ほど部屋に入ってきた時点から眼鏡さんの脳内に常駐させている新しい方のナノマシンが、ティベリウスの些細な触手の動きにも反応し、延々と脳内麻薬を分泌しているという情報を送ってきているのだ。
強がりにもなっていないというか、あらかじめ脳改造をしていなかったら、この時点で触手の拘束など必要無い様な精神状態になっていたところだろう。
「随分可愛らしい声でおねだりするんですね」
これがあれだ、挑発してより酷い事をして貰おうという、いわゆる誘い受けなのだろう。
問題があるとすれば、そもそも声を我慢しきれていないので、無理して強がろうとして失敗してしまっているのが丸分かりという事だろうか。
「アラ、この女が気にいったなら、後で使わせてあげてもいいわよ? タクヤちゃんには結構世話になったし、後ろの穴にでも突っ込んでみる?」
げらげらと笑いながらのそのティベリウスの言葉に、顔面に擦りつけられていた触手の放つ強烈な臭いに、頬を上気させながら鼻をひくつかせていた眼鏡さんが俺を睨みつけてきた。
凄むのは別に構わないのだが、せめて半開きの口から触手に向けて伸ばされた舌を戻してからにして貰いたい。無意識だから仕方が無いのだろうけど。
ホント、脳改造様々だな、これは。
「いりませんよ、そんな女。あ、でも大導師様からの命令で色々投薬しとかないといけないんですよ。壊してもいいから殺さないでおいてくださいね」
「しょうがないわねぇ。ま、まだまだ緩くもなって無いから、ガバガバになるまでは生きたまま楽しませてもらいましょ☆」
―――――――――――――――――――
チアキは朦朧とする頭で、九郎の友人であった筈の男と、自らを犯し続ける生きた死体の会話を耳にする。
耳にするだけで、意味を理解できないというのが正直なところだろう。
九郎とのデートの最中、アルが居ない隙を襲撃された。
自らを庇う九郎は逆十字の道化の男にズタズタにされ、自らも道化の男に捉えられ、九郎の前で幾度となく貫かれ、──達してしまった。
愛おしい人の前で無理矢理に貫かれ、挙句、涙を流しながら獣の様に乱れ狂い、愛おしい人が自分にどんな視線を向けているか、想像し、恐怖に思考を震わせ、
大十字の絶叫が夜の街に響き渡り、その声すらどこか遠い物に聞こえ始めた頃、チアキは気を失ってしまった。
再び意識を取り戻した時には既に目の前に九郎の姿は無く、暗い暗い廊下を、腐ったゾンビの肉の槍に貫かれながら運ばれている。
最早抵抗する気力すら湧かず、揺すられるまま、貫かれるまま、脳を白く焼く感覚に身を任せる。
薄れ、馬鹿になり始めた頭でぼんやりと考える。
何がいけなかったのだろうか。夜のデートにアルちゃんを動向させなかった事?
調子にのって、ことある度に九郎ちゃんと身体を重ねた事?
アルちゃんを連れていれば、少なくともこんなにあっさりと捕まる事は無かっただろうか。
九郎ちゃんと身体を重ね続けて慣らしていなければ、こんな死体に犯されて、みっともなく達する事も無かっただろうか。
取りとめも無い考えが頭に浮かんでは、臓を掻きまわされる度に弾ける頭の中の火花がリセットを掛ける。
自分の喉から、狂人の様な笑い声が途切れ途切れに響いているのを自覚した頃、自分は相も変わらず貫かれたまま、不思議な部屋の中に居る事に気が付いた。
一見して何の変哲も無い書斎の様でもあるが、所々に置かれた機材は全くのちぐはぐだ。
大小様々な本の入れられた本棚、卓上ライトの乗せられた机、小型のレコードプレイヤーの様な機械。
チアキの職場でもある覇道財閥でしか見かけない様な鮮明な映像を映す、酷く薄いディスプレイ。
部屋の真ん中には唐突に置かれた手術台、その上には何らかの生物の体液がこべりついたメカニカルアーム。
冷蔵庫が二台、培養液の詰まった巨大なカプセル、薬品棚。
構成するインテリアがおかしければ、部屋の細部すらおかしい。
部屋の隅、角のあるべき場所が全て削られるか埋められたかしたのか、滑らかな曲線を描いている。病的なまでの角度の排斥。
先ほどまでまったくはっきりしなかった思考が、部屋の内装に興味を持ち違和感を感じられる程に鮮明になっている事に気が付いたチアキは、無意味と知りながらも触手と肉槍から逃れようと身を捩じらせる。
だが、当然そんな事で拘束が緩む事も無く、逆にその動きが身体の中の巨大な腐りかけの凶器を強く感じさせてしまう。
「──字のおん──腰振って──」
ゾンビの笑い声、耳鳴りがする、頭が痛む。
貫かれる事で傷ついた身体をこれ以上傷つけない為に脳が麻薬物質を生成し、嫌が応にも遠ざけられていた苦痛が蘇る。
だが、そのお陰でチアキは部屋の中に自分と生きた死体の他に、もう一人人間が居る事に気が付き──目を見開く。
見間違いだろうかと一瞬自らの目を疑う。
だが、間違いない。その部屋の主は、数度会った事のある、九郎の大学の後輩にして友人。
「なん、で」
息も絶え絶えに、絞り出すように吐き出した問いをあっさりと無視し、ブラックロッジの幹部であるゾンビと親しげに話を交わす男。
こんな状態の自分を見ても、部屋が汚される事にだけ眉をひそめ助けようともしない。
まさか、彼は九郎を裏切っていたのか? 騙されていたのか? 虎視眈々と自分達を陥れる瞬間を待ち望んでいたのか?
まさか、まさか、まさか。
チアキは九郎の事を信頼していた。
それは腕利きの魔術師としてだけではなく、男として、人間としての大十字九郎を信頼していたのだ。
そんな彼が、騙されていた? 二年近く付き合いのある大学の後輩に?
九郎はそれなりに気が付くし、鈍くも無い。人を見る目もある。
そんな九郎を、彼は騙せるというのだろうか。
仮に何処かのタイミングでブラックロッジに入り、そこで染まってしまったのだとして、九郎はそれに気が付かないほど鈍感では無い筈だ。
チアキのそんな思考を読んだかの様に、九郎の後輩は笑顔で──初めて顔を合わせた特訓の時と同じ、意地が悪く、しかしそれなりに社交的な笑顔で、言葉を紡ぐ。
「そりゃ、俺が元々ブラックロッジの一員だからでしょうね」
「え……」
「俺は、大十字先輩に出会う前から、ブラックロッジのアドバイザーなんですよ。変わる変わらないの問題じゃなくて、元々の俺を大十字先輩が見誤ってただけなんです。ほら、何もおかしな処は無いでしょう?」
初め、から。
初めから、全て、この男が手を引いていた。
九郎ちゃんが、勘違いをしていただけで。
いけない。知らせないと。
恐らく、この男は自分がどこに務めているかも知っていた。
さも仲間に向ける様な笑顔で、至極簡単に九郎ちゃんを罠にはめる事が出来る位置に、この男は居る。
九郎ちゃん、あかん、この男は、
「そんなぺらぺら教えちゃっていいのぉ?」
「いいんですよ、これで新しい薬を打つ言い訳も立ちますし」
チクリ、と、首筋に鋭い痛みが走り、チアキの覚醒していた意識が急速に闇に落ち始める。
「要は、大十字先輩が見てる前でだけ正気でいればいい訳ですしね。今ここでの記憶もはっきり言って必要ありません」
「うふふ、アンタ、やっぱりこの仕事向いてるわよ」
「褒めても何も……、あ、男性向けの人身販売カタログの新刊なら出ますね。読みます?」
──この男は、危険や──!
―――――――――――――――――――
──チアキと九郎の仲は、お世辞にもドラマティックな出来事から始まった訳では無い。
九郎が覇道財閥でデモンベインのパイロットとして働き始めて、整備の度に話をするようになり、次第に仲良くなっていった。
彼との会話から垣間見える、ミスカトニックのエリートとは思えない雑な食生活。
何だかんだで独り身の時間も長く、人並み以上に自炊も出来るチアキは、ふとした思いつきから九郎に食事を作ってあげる事になった。
そこで初めて九郎が奨学金で学費と生活費をまかなう苦学生である事を知り、二人で食事を取るようになり、彼の両親が共に既に居ない事も知った。
初めは職場の後輩として、次に手のかかる弟の様な存在として。
九郎の事を知る度に、彼の弱さと強さ、優しさを知る度に、チアキは女としての自分が九郎を強く求めている事に気が付かされた。
誘われた訳でも無い。自分から誘って、寝た。抱かれた。
なし崩し的に男女の仲になり、それでも上手くやって行けた。
なんとなくでくっ付いた割には、今まで付き合った(それほど男性経験が豊富という訳でも無いが)男たちに比べても、なんというか、相性が良かった。
本気、だったと思う。
恋人を作った事はあったけど、ここまで誰かを心底好きになったのは、初めて。
(だから、九郎ちゃん。自分を責めんといてな)
自分の身体が、自分の意志とは関係無く、与えられる刺激で獣の様に乱れているのを、チアキは何処か遠い場所でも出来事であるかの様に感じていた。
まるで人ごと、だけど、九郎が見たならどう思うか、なんて事も分かる。
九郎はきっと後悔する。自分とそんな仲にならなければ逆十字に狙われる事も無かったのに、と。
でもそれは違う。
──ウチは、どんな事になっても──
思考を終えるよりも早くチアキの意識が遠のく。
身体に与えられる信号を処理しきれず、脳が自らの機能を守る為に休眠状態に入ろうとしているのだ。
意識を失う寸前チアキの脳裏に浮かんだのは、浚われる自分に手を伸ばす、傷だらけの九郎の姿だった。
―――――――――――――――――――
「アラ、死んじゃった?」
「まだ生きてますって。一応それの脳味噌は手を入れてるのですから、そうそう壊れる事はありません」
少しばかり脳細胞が多めに破壊されてしまったけど、それにしたって最低限大十字が迎えにきた時に、ある程度の発言が出来る程度の知能を残しておくための保護機能に過ぎない。
ティベリウスに犯し続けられるから肉体面での破損はどうしようもないし、この眼鏡さんは後は大十字に楔になる様な言葉を残すという仕事しか残っていない。
ぶっちゃけ、がばがばになっていようが手足が無かろうが、最低限大十字の言葉を聞くか顔が見れて言葉を発する機能が残っていればいい。
……ふむ、ティベリウスのブツがもう少し細ければ眼姦で片目が潰れる可能性もあったのだろうけど、中々難しい。
頭部は少し深めに刺すだけで脳味噌にダメージが届くからなぁ。
顔面が見るからに『汚されただけ』というのはインパクトに欠けるが、仕方が無いか。
「では、俺は大十字の方を少しばかり見に行って来ますので、くれぐれも殺さない様にお願いしますね」
「どうしようかしらねぇ、うっかり殺しちゃうかもよぉン?」
ブッ刺してるだけで死ぬって、どんだけ激しいプレイをするつもりなのか。
ともあれ、ティベリウスが言うとかなりシャレでは済まされない真実味がある。
しかし、それなりに高い地位に居るとはいえ、逆十字程一目で分かる優れた部分が無い俺が幾らいった処で、ティベリウスはそのうっかりに気を付ける事をしないだろう。
大導師殿の命令だぞと脅しつけても良いのだが、虎の威を駆るなんとやらみたいであまりそういうのはやりたくない。
──ここで話は変わるのだが、魔導書『妖蛆の秘密』に記載された魔術で不死を手に入れた魔術師が、いったいどんな理屈で再生するか知っているだろうか。
基本的に、『妖蛆の秘密』の魔術から生まれた不死の魔術師は、例えレムリアインパクトを喰らったとしても死ぬ事は無い。
完全に消滅しても、大気からわき出した怨念や邪気などを起点に通常空間に現れた『妖蛆の秘密』が、瞬く間に肉体を再生させてしまうのだ。
そう、『妖蛆の秘密』が、完全消滅した術者を再生している。
『妖蛆の秘密』と契約した魔術師はその肉体は端末に過ぎず、むしろ魔導書の方が本体と言ってもいい。
普通の魔術師も魔導書を奪われると殆ど無力な存在になり下がってしまうが、それでもここまで致命的なレベルでの弱点ではない。
原作でもこの点は明確な弱点として表現され、肉体再生途中のティベリウスは、魔導書を草履電話に燃やされて驚くほど呆気ない最後を遂げる。
魔導書を燃やされ、破壊されると、術者は消滅する。
ここで確かめたいのだが、実のところ『妖蛆の秘密』には魔術師に不死の肉体を与える様な術式は存在しない。
ビヤーキ―や山羊の子や星の精などを召喚したり、薬の作成法や幾つかの神との接触方法が主な記述である。
ではどの様にして魔術師は不死を得ているのか。
そう、【精神転移】に【ゾンビの作成】である。
術者は自らの精神を魔導書に転位させ、改めて自らの肉体をゾンビへと改造し、共感魔術などを用いて使役する。
これこそが、『妖蛆の秘密』の持ち主の不死性の正体。
魔術師から魔力を供給されなければ、如何に魔導書が優れていても単独での魔術行使は難しい。
故に、魔術行使が可能な程のゾンビを作成し、それを魔導書本体に精神を転位させた魔術師が操る事で、いかにも普通の魔術師と魔導書の関係であると見せかけているのだ。
常に本体は亜空間に潜んでいる為、ゾンビの肉体が完全消滅しても痛くも痒くも(共感魔術を使用しているから、実害はないが感覚だけはあるが)ない。
では、仮に無防備な魔導書本体に手を加える事ができたならどうだろう。
仮に、数週間前にブチギレティベリウスと交戦した時、うっかり生身でレムリアインパクトを放ってしまい、ゾンビの肉体を消滅させてしまっていたなら。
ゾンビ作成を行う為に元の空間に姿を現した『妖蛆の秘密』を取り込んでいたとしたら?
魔導書に転位された術者の精神という記述を、俺がある程度都合良く書き直していたとしたらどうする?
生身でレムリアインパクトなんていう反則も、逆十字を瞬殺する力も、都合の悪い全てをティベリウスの記憶から抹消した上で、更に何もしないと思うだろうか。
「《大導師殿の命令》ですから、ホントのホントに殺さないで下さいね? あ、眼と耳は最低でも残しておいてくださいね。片方だけでいいんで」
「分かってるワよぉ、ぶっちゃけ大十字九郎の女だって事を除けばそれほどいい女って訳でも無いのよねぇこの女。壊すより先に飽きちゃいソ」
「飽きたら、適当な触手の中にでも突っ込んでおいてください。殺さず、捨てるなっていう《大導師殿の命令》がありますから」
当然、エーデル准将張りに細工済みなのは言うまでも無い。
まぁ、いきなり人が変わったように俺の言う事を聞き出したら怪しまれるから、不自然の無いように《大導師殿の命令》という言葉をバインド・スペルに設定してはいる。
それでも少し不自然な感じがするから、あんまり使いたくはないのだが。
「あ、そうだ。もし今後大十字とか覇道財閥とかと出くわしても、俺がブラックロッジの社員だって言わないでくださいね。《大導師殿の命令》で、スパイごっこをさせられてるので」
「アンタも大変ねぇ。少しは息抜きしたら? ほら、こっち貸してあげるから、ネ?」
だから、眼鏡さんをひっくり返して尻をこっちに向けさせないでくださいって。
眼鏡さんも、理性飛んでるからって『あなうー、あなうー』とか寝言で言わない!
バインド・スペルを使うまでも無く割と気を使ってくれるティベリウスと、大十字関連以外ではもはやただの痴女にまで堕ちた眼鏡さんに背を向け、俺はそそくさと研究室を後にした。
研究室を後にし、廊下を進みながら考える。
いくらデートとはいえ、街で逆十字が暴れればアルアジフが気が付かない筈が無い。
しかし、アルアジフの誇るマギウススタイルも完全では無い、大十字の怪我が深ければ、延命や治療に専念せざるを得ない。
治療に専念したとすればティベリウスを追いかける事は不可能。
眼鏡さんを浚った直後のティベリウスを追いかける事が出来なければ、この夢幻心母の場所を知る事すら出来ない。
先ずは、敵の場所も知らずに恋人を迎えに行こうとする大十字を諌める作業から始めなければならないかな。
―――――――――――――――――――
魔界天使月4日(へぶんりぃえんじぇりっくらぶ)
『へろう大十字先輩、君がこの日記を読む事は無いだろうから、ここできっちり色々言っておこう』
『誰に見せる日記でも無いのに誰かに向けている様な文体になるのも、恥ずかしい日記を書く上では乗り越えなければいけない壁だからね』
『こう見えてもう日記を書き始めて軽く一世紀以上経過しているんだ。届かない手紙でも書くつもりで書かせて貰うよ』
『俺の用意した眼鏡──チアキさんとのミラクルな日々は存分に楽しんで貰えたかな?』
『仮に俺がネタばらしをしたとしても、先輩からは心からのありがとうは貰えないだろうね』
『なにしろ先輩は神を殺す側だ。ありがとうを言うならその楽しい日々自体に言うんだろう?』
『タイミングが良かったお陰で夏の海にも行けただろうし、駅前での待ち合わせで遅れて仲良くけんかもして貰えた事だろう』
『君は天使みたいな彼女(あくまでも先輩視点での話な)との天国の様な日々を無くさない様に心に誓っていただろう』
『先輩は普段の行動は意地汚いところもあるけど、心と心のやり取りには誠実な人だ。これでも百年近く先輩を見続けてきたんだからよくわかるよ』
『先輩もチアキさんも互いに初めての人って訳では無いけれど、二人にとっては互いは最初で最後の恋の相手みたいなものだろう』
『彼女の笑顔を守ろうと、笑顔に指きりとかしたかな?』
『照れくさく思っても、やろうと思ったら確実にやる男だからね、先輩は』
『どこかで満たされないとか云々常日頃から、それこそムカつくエリートになってもヒッピーになってもミュージシャンになってもTSしても言う様な先輩だけど、チアキさんといちゃついている時は間違いなく満たされていたんだろう?』
『幾つもの未来を、可能性を持つ先輩だけど、心を誘導されての繋がりだけど』
『少なくとも今周の先輩にとって、そんな気持ちになれる誰かは彼女が最初で最後』
『先輩の知らない所で、刻一刻と残り時間は減っているけど、先輩と彼女の間にはたくさんの『たからもの』が増えて行ったよね』
『それは人が生きていく上で、掛け替えのない、光輝く素晴らしいものだ』
『大切な時間、大切な日々、大切な女性、大切な人』
『美しい思い出、思い描いた幸せな未来』
『互いが互いを思い合う心、人の心の光!』
『もう、だいぶ溜めこんだろう?』
『そろそろ還元しても良い頃合いだと思うんだ』
『本当は今周だけでも最低二人、とか思っていたんだけど、やっぱり先輩は義理堅いから』
『何の変哲も無い出会いだったけど、先輩にとっては掛け替えのない大切な人だったみたいだし』
『砕け散った、砕け散る彼女との間に生まれた何もかもを糧に、先輩はまた一歩無限螺旋の果てに近付く事ができる』
『これは最初から決められていた事なんだ』
『俺が幸福を貸し付けて、それを倍にして返して貰う』
『最終的に先輩は損してるからウィンウィンとは言えないけど、妥当な取引じゃないかな』
『でも大丈夫! 本当に何もかもが無くなる訳じゃない』
『先輩の心を守る為に、チアキさんには心のよりどころを残して貰う』
『きっと、積み上げてきた幸福に比べたら微々たるものかもしれないけど、先輩は強い人だから、それで死ぬまでやっていけるよね』
『今回はサービスとして、早めに手を貸し始めて、夢幻心母への突入も少しだけ深いところまで手伝ってあげよう』
『口が軽そうな似非紳士も先に片付けておきたいし、気に病む事は無いよ!』
『そうそう、次の周では先輩が誰とくっ付くか、姉さん達と賭けもしてるんだけど、どうなるんだろうね』
『今の方式だと眼鏡さん固定みたいなものだから、少しバランスを弄るかも』
『できれば、今回よりもより深い仲になれる相手とくっ付いて欲しいかな』
『なに、俺が裏方に回らなくてもきっちり幸福と不幸が訪れる様になるまでは、先輩のフォローも続けるつもりだから安心していい』
『心おきなく、恋人との最後の逢瀬を楽しむといいよ』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
『ウチ、九郎ちゃんに逢えて、幸せやったで。だから……、そんな顔、せんといて』
『でも、俺、俺がしっかりしてれば、俺がチアキと、恋人じゃなかったら、こんな事には……!』
夢幻心母に突入するよりも早いタイミングで、ティベリウスはあっさりと大十字に殺害された。
今回はメインヒロイン三人ではなく眼鏡の人とくっ付いていた為か、アルアジフもほぼ無事、デモンベインも中破程で済む戦闘面でのイージーモードだったのだ。
大導師殿が裏切られ、その直後の駄目押しのカリグラの襲撃。
カリグラとクラーケンは大十字とデモンベインによってあっという間に破壊され乙。
激昂したクラウディウスは俺の事を口走りそうだったので、より早い魔風で切り刻み、ひるんだ所でネームレス・ワンの力で乙。
ティトゥスは変わらず執事さんをぼっこして帰還。
で、肝心のティベリウスは、なんと眼鏡さん持参で登場したのだ。
当然ながら下半身は繋がりっぱなし、眼鏡さんも既に触手で拘束されるどころか、自分からティベリウスの身体に足を絡ませていた。
其処に現れた大十字は、そんな二人を見て一瞬で激昂。
並みの逆十字がヤムチャ状態になる程の速度で持って肉槍やら腸やらを切り裂き見事眼鏡さんを救出。
身体を貫く異物を取り除かれ、更に大十字を確認した事で、眼鏡さんの脳内のナノマシンが活動を再開。一時的に正気に戻した。
涙ながらに大十字に謝る眼鏡さんと、そんな眼鏡さんに謝り返す大十字。
自分の存在を無視して二人の世界を始めた大十字と眼鏡さんが気に食わなかったのか、ティベリウスは機神招喚。
コックピットに眼鏡さんを同伴させたデモンベインと戦いながら、眼鏡さんが自分に犯されみっともなくアヘ顔を晒していたのかを嬉々として説明。
が、逆にそれが大十字の怒りの心を研ぎ澄ませ、あらゆる兵装を先読みされて迎撃され、レムリアインパクトで決め。
今は、ティベリウスに犯され続けた事で身体がゾンビ化を始めている事にアルアジフが気付き、最後の別れという事で、大十字と眼鏡さんを二人きりにさせてあげている。
周囲に敵が居ないかを美鳥に確認させているし、アルアジフ自身も何かあったら即座に大十字の元に駆けつける事が出来る距離に控えている。
今回の失策に付いて、アルアジフもアルアジフなりに反省してるのだろう。
そうして俺は、大十字と眼鏡さんが二人きりで最後の時を過ごしている部屋の内部を盗聴してるのだ。
『それは……ちゃうよ。ウチは、九郎ちゃんとあえて、ホンマにうれしかった。……一緒に居れて、たのしかった』
『チアキ……!』
子供をあやす様に酷く優しげなチアキの声と、今にも泣き出しそうな大十字の声だけが、あの部屋の中に響いている。
鼓動の音も二つ。いや、片方は今にも止まりそうな程に弱々しく、その弱々しい鼓動すら薄くなっていく。
その代わりとでも言う様に、片方の身体からうっすらと瘴気が立ち上り始めているではないか。
『……なぁ』
『……うん』
ゾンビ化の兆候が表れ始めている。
あと数分もしない内に、眼鏡さんは完全に意識を失い、文字通りの生きた屍と化してしまうだろう。
後に残るのは、ただ腐り続けるだけの、眼鏡さんの形をした肉の塊だ。
もちろん、そんな事も含めて大十字と眼鏡さんには伝えてある。
どうするべきかは伝えていないが。
『一緒に居てくれて、ありがとな』
『ああ……』
カチ、と、金属音。
撃鉄が上げられたのだろう。
声として認識出来るか出来ないか、小さな笑い声。
『九郎ちゃん、大好き』
破裂音。
空気の詰まった紙袋を叩き潰した様な音が響き、
部屋の中の鼓動の片方が、完全に音を失った。
増え始めた瘴気が霧散していく。
沈黙。
鼓動だけが響いている。
十秒、一分、更に数分、沈黙が続く。
『…………俺も、俺も……チアキ……!』
言葉にならない、相手も居ない告白。
その言葉を境に、部屋の中の沈黙は、大十字の抑え込む様な嗚咽の音に塗りつぶされた。
次のループへ続く。
―――――――――――――――――――
ティベリウスとの心温まる交流を書こうとして失敗。
後に大十字と凡人眼鏡さんカップルとの交流を書こうとして失敗。
更に予告した触手ポーカーシーンを書こうとして失敗。
日記を邪悪に書こうとして失敗。
非劇エンドを描こうとして失敗。
そんな第五十三話をお送りいたしました。
言い訳しますけど、ティベリウスのカマ口調が激烈に難しい事に気が付いてしまったんですねぇ。
テンション高いから普通に会話させるのも難しいし、テンションが落ち付いてるのってキレる前だったりするし。
触手ポーカーシーンは何やっても表現の面でアウトにならざるを得ないし。
あ、でも精液愛液肉槍はセーフですよね。どれも普通にエロ以外でも使われる言葉ですし。
そもそもシリアスな話を書こうとすると途端に説明部分が長くなって、ネタもコメディも挟めなくなって手も足も出ません。
今回のネタの量の少なさは異常ですよ奥さん。
このネタの少なさでは、感想を書くのは難しいでしょう。
何度も言いますけど、シリアス回ってコメし難いですもんね……。
自問自答で今回の触手ポーカーシーンが全年齢である理由を書こうかとも思ったけど、別に直接的な単語は精液愛液だけですし、犯すとかはいまどき普通にラノベでつかわれてますものね。
肉槍? 主人公だって触手を槍の様に敵に突き刺したりしますよ?
エロい単語に聞こえたなら、それは貴方の心がエロいだけです。
★自問自答の代わりに、アンケート☆
最近シリアスばっかりなので、全体的に力抜ける感じの話を書いてゆるっとしたいのですが、少しばかり問題があります。
Q、大十字虐待中だけど、前にこそっと通り過ぎた全原作キャラTS周、改めてやっていいですか?
あ、もちろん大十字の虐待強化は続けます。
通り過ぎたTS周を話にするんじゃなくて、この後の展開で新たにTS周が訪れる的な感じです。
昨日仕事中に、『TSさせたからこそ出来る追い詰め方もあるよなぁ』とか、領収書とか整理してる最中に思い浮かんだので。
ていうか、『TSさせないと出来ない』と言った方が正しいというかなんというか。
★ショタアルとショタエセルのポークビッツとか、書いてもいいのよ?
☆半ズボン若旦那覇道瑠璃とか誰得だよ……。
みたいな感じで、肯定なら★、否定なら☆でご協力願いたいです。
いや、アンケの集計しながら次の話書き始めるので、アンケ結果が完全に反映されるとは限らないのですが、参考までに聞いておきたいというか。
第一話か第二話のあとがきで『TSやらない』とか言っちゃってますから、TS嫌いって人も居ると思いますし。
そんなこんなで、今回はさして盛り上がる事も無くここまでで終了です。
当SSでは誤字脱字の指摘、文章の簡単な改善方法、矛盾している設定への突っ込み、その他諸々のアドバイス、そしてなにより、このSSを読んでみての感想など、心よりお待ちしております。
※木端メイドにエンディング名とか不要だと思ったので消しました。