○月×日(ぶらろじっ!)
『入社してから、早い物で数カ月の月日が流れようとしていた』
『仮にも結社で碌を食む以上、俺も美鳥もここで何かしらの仕事をするべきなのだろう』
『が、それはあくまでも碌を食む、つまり、お給料が出るのなら、という話になる』
『勘違いする者は少ないだろうが、あくまでもブラックロッジは怪しげかつ非合法な魔術の実践を行う為の魔術結社である』
『多くの人間が集まり結束する事により、魔術実戦の上で必要になる機材や素材などを集める為の犯罪行為を成功させやすくしているに過ぎない』
『逆に言えば、それらの実践に必要な物を全て自力で集める事が出来る、あるいは集める必要が無ければ、特に活動する必要も無い訳だ』
『何が言いたいのか』
『答えは簡単。──ブラックロッジは、給料が出ないのだ』
『金が必要であれば、同じく資金を必要としている社員を見つけ集い、結社内に保管された武装などを用いて銀行強盗などをするしかない』
『だが、金が必要になった時に一々仲間を集めるのは面倒臭い』
『そこで、ブラックロッジの中で小さな部署が幾つも発生する。資金源となる麻薬を製造する部門、人身売買用の部門、強盗などをする為の部門』
『これら社員達の自主的な経済活動こそが、今日のアーカムにおける『街の犯罪の殆どがブラックロッジと繋がっている』という現実につながる』
『まぁ、これにしたってブラックロッジをアーカムに引き留めておくための覇道鋼造の計画的な都市改造計画と噛み合っている訳だが、今は関係無いので割愛する』
『つまり、金を稼ぐ必要が無ければ、ブラックロッジの社員になったからと言って無闇に犯罪行為に走る必要はないのである』
『まぁ、社員として籍を置き続ける以上、何かしらの成果を上げなければ白い目で見られるのだが、そこはそれ、俺にはこれまでのループでの積み重ねがある』
『定期的にそれらの技術などを放出していけば、極々自然に結社内で好き勝手出来る程度の地位には登れてしまうのだ』
『結果、俺と美鳥が大学とバイトとプライベートな時間の合間を縫ってブラックロッジに来ても、特にする事が無いという結果が生まれる』
『これなら態々ブラックロッジに立ち寄る必要も無いと思うのだが、そうもいかない訳がある』
『呼び出されるのだ、大導師に。しかも定期的に』
『しかも、呼び出されても何か命令されたり任務を依頼される訳でも無く、一通り見つめられて終わりだ』
『時たま質問を受ける時もあるのだが、基本的に大導師は頷くだけ』
『『貴公はどの様な技術を得意としている』や『犯罪行為に対して抵抗は無いのか』とかならまだ分かる。何かしらの任務を振る為の前振りにも思える』
『だが、『昨日の夕飯は何を食べた』に始まり『成人した女性と未成熟な幼児のどちらに魅かれるか』、挙句の果てに『髪を切ったか』という質問』
『はっきり言って、意図を測りかねる』
『因みに髪は定期的に切っている。髪が伸びないようにする事も可能と言えば可能だが、そうすると姉さんに髪の毛を切って貰えない』
『散髪中に姉さんの手が首筋に触れたり、散髪が完了した後に笑顔で『ん、男前になったね!』と言われる為には、常日頃から人間並みの速度で髪の毛を伸ばし続ける、というか、人間の生理現象を見ため上は完全に再現する必要が出てくるのだ』
『つまり、髪を切らないとか訳分からない。そこのところだけは大導師に問いただす必要があるだろう』
『余談だが、美鳥も髪を度々切るが、その時の散髪は姉さんでは無く俺が担当する事になっている』
『理由を問うと、『おにーさんがおねーさんに髪を切って貰うのと同じー』と答えるのだがら、可愛いものだ。まだ甘えたい盛りなのだろう』
『────が、俺が姉さんに対して感じている甘えたいという欲求に比べればまだまだである』
『夢幻心母の内部を散策している最中、ネロを除く全ての逆十字に絡まれたり嫌味を言われたりしていたのを、如何様にして姉さんに膝枕をねだるかという脳内シミュレーションに夢中になり過ぎて全てガン無視してしまう程だ』
『彼らは怒り心頭で大導師に抗議にいったらしいのだが、全員顔を真っ青にして戻ってきたらしい』
『む、つまり、大導師は俺が姉さんに対して抱いている感情、その感情から来る一切の行動に弁護をしてくれる、という事だろうか』
『なんだ、いいやつじゃないか大導師』
『そうなると、ますます俺が髪を切るか切らないかという、知恵の足りない質問をした意図が見えてこないが、まぁ許す』
『なんだかとりとめも無くなって来たので、今日の日記はここまでにしておこう』
『安らかにお休み、ハム太郎。明日はもっといい日になるよね』
『いや、いい日にしてみせるさ。あの青空に浮かぶ、君の笑顔に誓って……』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「なるほど、つまり貴公は、姉君に散髪して貰っている、と」
「は」
ブラックロッジの本拠地であり、この歴史の中では未だ本格稼働した事の無い移動要塞でもある夢幻心母の中心部。
玉座の間にて、二組の男女が向かい合っていた。
片方の男女は、男は玉座に座し肘を付き、傍らに黒い少女を侍らせている。
ブラックロッジの大首領、大導師マスターテリオンと、その魔導書『ナコト写本』の精霊であるエセルドレーダ。
名実ともにブラックロッジのトップに君臨するこの二人に相対するのは、一見何処にでも居そうな青年と少女。
片膝を付き、心の籠らぬ形だけの臣下の礼を取る男と、その後ろで真剣な表情を崩さない様に顔を強張らせている少女。
この二人は大導師マスターテリオン自ら直接スカウトに向かったにも関わらず、魔術結社としての活動には積極的に参加せず、魔術理論や装置などを提供するだけに留めている。
実戦派ではなく研究タイプの魔術師であるとも目される彼等は、自らの立場を『ブラックロッジのスーパーバイザー』として定め、週に一度程の割合で夢幻心母を訪れてはこうして大導師との謁見を行っていた。
「この後に予定はあるか」
「契約済みの平社員達から魔導書に関する相談を受けましたので、連中の身の丈に合うレベルにまで添削と加筆修正を行い、そのまま帰宅させていただきます」
この二人のやりとりも、もはや幾度となく繰り返された馴染の会話でしかない。
予定を聞き、答える。唯それだけの何も可笑しな所の無いやりとり。
二人の傍らにいる二人の少女から見ても、どこか芝居じみている事を除けば、特に見るべきところも無い光景。
ふと、玉座に肘を掛け頬杖を突いていたマスターテリオンが、何かを思い出す様に顔を上げた。
「次に来る時は、鰤大根を用意しておけ」
何気なく、気だるげに言い放たれた言葉に、卓也は下げた頭を微動だにせず、答えた。
「恐れながら大導師殿。────鰤大根は先程も食べられたばかりかと」
ブラックロッジの動かないスーパーバイザー、鳴無卓也。
大導師との謁見の際、彼が必ず鰤大根を用意している事を知る者は、ブラックロッジの中でも殆ど存在しない。
「そうか」
「はい」
マスターテリオンと卓也の言葉を最後に、玉座の間に、耳に残るほど大音量の静寂が鳴り響く。
使用済みの割りばしを大事そうに両手に握りしめたままマスターテリオンを心配そうに見つめるエセルドレーダと、対面する二人から顔を逸らして表情を隠し肩を震わせる鳴無美鳥。
彼女達が何か声を発するよりも早く、マスターテリオンと卓也の姿勢が変わる。
マスターテリオンは再び頬杖を突き、卓也は頭を上げて立ち上がった。
「では、俺はこれで」
「うむ」
背を向け退出する卓也と、それに無言で付き従う美鳥。
玉座の間から消える彼等の背を見送り、
「──……」
マスターテリオンは、ゆっくりと両手で顔を覆い、ガックリとうなだれた。
―――――――――――――――――――
玉座に座り項垂れたマスターテリオンは、今日も今日とて後悔の念に縛られていた。
(今日も聞けなかった)
自らのこれまでの行いが全て邪神の掌の上だった時にも似た様な気分だったが、今回はそれよりも幾分軽い。
だが、繰り返し繰り返し自らを襲う持続性、取ろうと思えば簡単に取れる解決策を取る事が出来ない歯痒さは、その軽さでもってマスターテリオンの心を暗澹たる様相に変えていく。
──トリッパー。
彼等はこの邪神のからくりの中に閉じ込められた世界を破壊する鍵となる、世界の外から来たとされる存在。
あらゆるものが字祷子によって構成されたこの世界において、彼等は唯一その存在を完全に字祷子宇宙から解き放つ事の可能なのだ。
あらゆる世界の法則を捻じ曲げる魔術師、そんな魔術師ですら曲げる事の出来ない宇宙法則すら超越する彼等を仲間に引き入れ、見事邪神の姦計から抜け出す。
それこそが、マスターテリオンが彼等をブラックロッジに招き入れた理由だった。
だが、そんな彼等を仲間に引き入れた後、大導師ははたと気が付いた。
────では、どの様に彼等を使う事で邪神の計略から逃れればいいのだろうか。
(さっぱり分からない……)
彼等の魔術の腕は相当のモノだ。今すぐアンチクロスとして組み込んでも、問題なく活躍してくれるだろう。
だが、トリッパーなる特殊性の高い存在である彼等を何の捻りも無く魔術師として使う事が邪神の計略から逃れる役に立つとは思えない。
生贄、実験材料、大十字九郎の味方として送り込む。
色々と考えたが、彼等の利用法は幾つも思い付くのに、邪神に対抗する一手は何一つ思い浮かばない。
謁見の時もそうだ。いざ彼等と対面する段階になっても毎回何も思い付いていないから、引き留める為に全く関係無い話題まで口にしてしまう。
そこまで考え、マスターテリオンは上体を前に倒し、顔を覆っていた両手で頭を抱えた。
(鰤大根は無いだろう……!)
折角、組織に入れた後も動かし易いように、もう使いたくないカリスマ口調を意識してまで使っているというのに、あれでは食欲旺盛なボケ老人ではないか。
しかもこの要求、以前の邂逅でもした覚えがある。
しかし、彼等がどのような事が出来るか、程度の事は知る事が出来ている訳だし、あながち無意味というわけでもあるまい。
そうとも、特に前回から今回にかけて及んだかのトリッパーの散髪に関する話題は、互いを知る事により信頼感を得るのには最適だった。
そうに違いない。いや、そうとでも思わなければ情けな過ぎて表に出られない。
「マスター」
自分を鼓舞するマスターテリオンの頭を、少女の細い腕が柔らかく抱きしめた。
エセルドレーダが、マスターテリオンの頭を抱きしめているのだ。
「大丈夫です、きっと、マスターなら大丈夫です」
自らの頭を抱きしめる少女の温もりに目を閉じ、思う。
そう、大丈夫。
邪神を破る為の鍵は手に入れた。自分を信じて付き従う信徒達も、何があっても傍らにあり続ける魔導書もある。
もう、寒い事なんて、無いんだ──。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
ガタっと派手に音を鳴らし、トランプを持ったままの美鳥が椅子を倒しながら立ち上がった。
「どうしたんすか?」
俺が問うまでも無く、ブラックロッジの覆面を付けた下っ端が手の中のトランプから顔を上げて美鳥に問う。
下っ端の問いに、美鳥は天井を見上げながらの難しい顔。
「……今、ツッコミを入れなきゃいけない場面があった気がする」
「いや、多分場面じゃなくて、思考とか発言とか感情とかじゃないか?」
なんとなく大導師がボケた気がするのだが、気にするだけ時間の無駄だろう。
なんかこの時期の大導師は質問の意図も考えている事も微妙にブレブレで読みようがないし。
なんとなく『それはせめて無限螺旋が終わってからにしろよ』というツッコミが頭に浮かんだ。
が、それに対応するボケが何なのか断定できず、今更ツッコミの為だけに玉座の間に戻るのも億劫過ぎる。
さて、大導師との謁見を終えた俺と美鳥が何処に居るかといえば、逆十字の連中が立ち寄らない位置に存在する、ブラックロッジの下級社員どもが屯する談話室の様な場所だ。
談話室と言っても、そこらの健全な会社の様に和やかな空気が流れている訳でも無い。
何しろ、社は社でも(有)でも無ければ(株)でもなく、天下御免の【秘密結社】。
トランプでの賭け事一つとっても餓死者や魔術儀式の生贄が生まれてしまう程の危険領域である。
しかも、そんな危険行為を行っているにも関わらず、一部の下っ端達は極々自然体で気さくな連中ばかりなのだ。
まぁ、その一部は大半がドクターの元で働いている連中だったりするのだが。
キチの元にはキチ度の大小はともあれ似たようなのが集まる、という事だろう。
そんな堂々としたキチ連中が相手だから、俺もミスカトニックでは出来ない様なお遊びが出来る訳だし、文句を言うつもりは全くない。
「いいから続きしましょうって。もう少しでポイント貯まるんすから俺」
このポイント制度もその内の一つだ。
お使い(違法な品の調達)や勉強などの課題を済ませる度、もしくは俺との何かしらの勝負に勝つ、もしくは惜しい処まで食い下がるなどする度に加算される。
一定以上のポイントを貯めると、ブラックロッジでは考えられない程に安全性が高く、ミスカトニックでは到底許されないレベルのバランスの取れた人体改造を受けられるのだ。
今までそのレベルにまで達した者は居ないが、肉体の改造度が一定を上回った相手には、小型でやや脆い鬼械神を招喚できる魔導書をプレゼントする予定も立ててある。
こういった細かな遊び心を出していく事で先輩だけど下の位置に居る社員の方々との交友関係が広がるだろう。
そう考えて始めた事なのだが、入社から数か月がたった現在、このポイントを貯めて肉体改造を行おうという者は殆ど居ない。
最初の頃はそれこそひっきりなしだったのだが、ある改造例を目にした途端、ぱったりと人の数が減ってしまったのだ。
あれは、そう、数人のグループが全員のポイントをまとめて使用し、合体魔術的な物を使えるようになりたいと言い出したので、
魔術を使用する上で非合理的な人体の構造を片端から取り除いて、最終的に『メカニカルアームの生えたドラム缶に詰め込まれた数人分の液体人間』に改造してやった時だったか。
彼等はあと少しで安全に鬼械神を召喚できる位階に達し、招喚用の魔導書をプレゼントされる筈だったのだ。
だが、彼等は消えてしまった。
改造直後、人の枠から外れたお陰で少し情緒不安定になっていた彼等は、相撲取り十人が全身にローションを塗っておしくらまんじゅうする様な不快極まりない笑い声を上げながら、アーカムの路地裏へと姿を消したのだ。
ブラックロッジに彼の行方を知る者はいない。
仮に逆十字クラスの、アヌスさん辺りなら探し出せそうだが、肉体改造の話は今のところ下っ端にしか伝わっておらず、位階の高い魔術師が探索に出る事はそうそう無いだろう。
彼等の末路を知る下っ端達にしても、液体人間と化した彼等と深い交流を持つ者はいなかったのだろう。
今では、アーカムの路地裏に消えた彼等に言及する者は殆ど居ない。
一時期はニグラス亭でウェイターの面接を受けていたという噂も流れたが、その余りに奇怪過ぎる声では注文を復唱することすら出来ず、敢え無く一時面接でさようならとなった。
覇道財閥に捕えられて標本になったとも、ミスカトニックで保護されて標本になったとも、名も無きドラム缶として何処かの荒野でひたすら押されているとも言われているが、彼等の正確な行方はようとして知れない。
そんな事件の後から、下っ端達は俺達を大きく避ける者と、逆に積極的に近付いてポイントを集め続ける者、近付いて話こそするけれどポイント関連の話は断固拒否する者に分かれて行った。
因みに、今机を囲んでトランプに興じている下っ端は、もはや片手で数えるほどしか居ないポイントを貯めて人体改造を続ける物好きの一人だ。
彼の身体はすでに七十パーセントが科学技術と魔導技術が織り交ぜられた全身義体であり、内蔵武装の多彩さから全方位義体師に分類してもおかしくない程の全距離対応型と化している。
戦闘時はAJかウォーマシンといったロボ好きならたまらずエレクチオンする程のメカメカしい姿に変形するのだが、平常時はその身体を無理矢理ストライプのスーツに包んで正体を隠している。
とりあえず好き勝手暴れたい、欲望を解放したい系の連中には見られない向上心は中々なのだが、いかんせん彼の元々の義体との適合率の低さから、ここから先の改造手術は難航するだろう事が目に見えている。
更に、全身に走らせた魔術回路(マジックサーキット)に、魔導ダイナモから溢れる高濃度の字祷子を走らせるには、彼の身体制御能力は未熟過ぎるのだ。
もしも完全に肉体のスペックを引き出そうと思うのであれば、彼はその肉体を『完全に』捨て去り、脳細胞の一片まで機械に置き換えなければいけないだろう。
だが、そこまでする位なら別に人間を素材にする必要も無い。
これはお遊びではあるが、あくまでも人間をベースにどれほど改造可能か、という実験も兼ねているのだ。
金神水でも使って脳味噌を水晶質金属に作り替えれば多少はましになるかもしれないが、それなら最初から全身を金属生命体に作り替え、そこから手を加えて行った方がよほど面白い仕上がりになる筈だ。
液体人間を作りもしたが、あれはあくまでも人間ベースの液体人間。
仮に金神の眷属として造り直してから液体人間にするのだとしたら、それはそれで面白い素材(劒冑の材料に最適的な意味で)だとは思うのだが。
「さぁ、今日こそはポイント溜めて、死角の少ない複眼に改造するっすよ!」
鼻息も荒くゲームの続きを急かす下っ端に思わず苦笑を向ける。
「君は本当にサイボーグが好きなんだなぁ」
とりあえず、今日の所は軽く捻って、敢闘賞という事で改造に必要なポイントだけくれてやろう。
魔導書と回路の融合は、この下っ端自身の位階が上がってからにするのが上策か。
そう考えながら、俺と美鳥は自分の手札を全てジョーカーへと摩り替えたのだった。
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×月▲日(吐き気をもよおす邪悪とは!)
『概ね、俺の様な能力取り込み型トリッパーの事を言うのだという』
『というか、トリッパーがオリ主の代行である、という時点でそういった誹りを受けるのは仕方がない事なのだろう』
『基本、本格的二次創作界隈においてオリ主という存在は煙たがられる』
『他人、つまり原作者が作り出した世界(原作)で原作知識にチート能力を使い好き勝手暴れる』
『本来の原作主人公が手に入れる筈だったヒロイン、お宝、技能をかすめ取る。あるいは価値の無い物に引き下げる』
『原作知識という未来を一つも知らない者達を、己の利益、欲望の為にだけ利用する』
『なるほど、それは煙たがられても仕方のない事だ』
『原作知識を持たない、もしくは現実とは欠片も関係無い、その世界生まれという設定のオリ主や、逆チートで不条理なレベルで不幸な目にあって鬱展開鬱人生を送るオリ主というのも存在するが、そういった主人公に関してはスルーされるのが大体の流れだろう』
『原則には必ず例外がある。当然その例外があるという原則にも例外があるが、それはまた置いておく』
『さて、ここで話はがらりと変わるのだが、牛というのは非常に頭の良い動物である』
『知り合いの酪農家の育てている牛達は、育てられている内に人間の言葉の幾つかを覚え、簡単なお願いなら聞いてくれる様になっていた』
『そんな彼等は、ドナドナの如く出荷される段になり、この後に自分がどうなるかを理解している節すらあるのだ』
『同じ厩舎から運び出され、戻ってこなくなった牛の事を覚えているのか、それとも人間の表情から少なからず感情を察しているのか』
『住んでいた場所から運び出され、殺される、もしくは戻ってこれなくなるという事を理解し、悲しむまでの情動すら見せる。なんとも頭の良い動物ではないか』
『だが、そんな彼等が人間の言葉の一部、自分達の利用方法を知るのは、当然ある程度育ってからだ』
『その厩舎で生まれた子牛がそういった知恵を付けるにはどうしても時間が必要になり、当然、生まれた直後は何も知らない無垢な動物でしかない』
『そうすると、酪農家は何も知らない無知なるものを自分達の生活の為という都合で持って利用している、という訳になるのか』
『当然、そんな訳はない。酪農家は牛達が心身ともに健康に生活できるように常に住み家を清潔に保ち、放牧をして適度な運動をさせ、安全で栄養満点な餌を用意し、外敵から守っている』
『清掃する労働力、餌代、厩舎の維持費、などなどなど』
『酪農家のそういった努力が無く、牛が自然に放たれた場合、飼育されていた時に比べてどれだけの苦労を強いられるだろうか』
『彼等は最終的に彼等を自分の糧にする為に、最大限の投資をしている』
『知る、知らないは関係無い。無知は罪ではないが、無知だから許される訳でも無い』
『牛は、生まれた瞬間からその生涯を酪農家に『金で買われて』いるのである』
『ここで、いくつかの商品と某有名通販サイトでの価格を記す』
『ブラスレイターDVD・一枚約五千円。全十二巻セット約六万円』
『スーパーロボット大戦J・中古約二千円』
『装甲悪鬼村正限定生産版・中古約九千円』
『どれも色々な意味で思い入れのある作品であり、全て間違いなく名作だと胸を張って友人に勧める事の出来る素晴らしい作品達』
『さぁ、最後の仕上げだ』
『この作品を構成するのに必要な登場人物、名も無きモブ、建築物、土地、空間、技術、能力』
『その数で、この値段を割ってみよう』
『彼等とそれらは、一体如何程のお値段になっただろうか』
『それらの値段を、『元の世界の人間と何も変わらない』と計算できるのであれば』
『どこか空気の良い高原のサナトリウムで療養するか、定期的に精神病院に通う事をお勧めする』
『どちらも嫌なら、普段の生活で人と接する機会を多く取るべきだろう』
『因みに、俺は上記の作品はすべて発売日に定価で購入している』
『購入しても家に負担をかけないため、睡眠時間を削って副業に明け暮れたのはいい思い出だ』
『この、二十五万六千八百三十一円の世界は、最終的に俺にどれだけの利益をもたらしてくれるのだろうか』
『それが俺には(姉さんの奢りなだけに余計に)気になって仕方がないのだ』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
そんなこんなで、初のブラックロッジ社員としての南極決戦を迎えた訳だが。
「永劫(アイオーン)! 時の歯車、裁きの刃。久遠の果てより来る虚無──」
何で俺は、デモンベイン輸送用のデッキの上で、魔導書とバルザイの偃月刀を構えているのか。
「我は勝利を誓う刃金、我は禍風に挑む翼」
そして美鳥も、サングラスはともかく、何故裸コートまで再現したのか。
絶妙な角度のお陰でどんな状況でも大事なところが見えない鉄壁に本当に魔術を使用していないのか。
そんな事を、無数の量産型破壊ロボと量産型ダゴンを見ながら思う。
それもこれも、クトゥルフ招喚まで一切俺にまともな指示を出さなかった大導師が悪い。
お陰でドラム缶の液体人間がドクターウエストの研究所に住み着くわ、全身サイボーグの下っ端が最新式のモータースーツを着た覇道瑠璃と低レベルな戦いを繰り広げるわ。
もう散々である。大体あの下っ端は何故あそこまで全身に火器を搭載した無敵ボディにされておきながらパワードスーツ覇道瑠璃と互角レベルなのか。
液体人間はダンセイニと意気投合して粘性が僅かに増すし、調子に乗ってドラム缶から出ようとして排水溝に流れかけるし。
どうにもこうにも、改造してやったボディを操るのに精神性とかが足りて無さ過ぎるのではないだろうか。
むしろ肉体に精神が引っ張られまくりで、元の人格があるかどうかも怪しい。
他にも他にも、
ドクターウエストが何時も通りのキチなのに、ボスボロット理論を利用した機械工学の話になるとまともな表情になるのも、
大十字九郎がこのループでも何時も通りロリコンでなおかつシスターにもデレデレなのも、
糞餓鬼さんの魔術師としての腕前がどうしても先生に比べると稚拙すぎるのも、
ティベリウスの視線を不快に感じた美鳥がうっかり夢幻心母内部でクトゥグア神獣弾を乱射してしまったのも、
シュブさんが最近バイト後に引き留めて世間話の時間を長めにとる様になったのも、
「永劫! 汝より逃れ得るものはなく、汝が触れしものは死すらも死せん!!」
「無窮の空を超え、霊子(アエテュル)の海を渡り、翔けよ、刃金の翼! 舞い降りよ! アンブロシウス!」
せっかくブラックロッジに在籍してるのを匂わせてやったのに大十字もアルアジフも喰らい付かなかったのも、
美鳥が大事に取っておいたコンビーフを三つ目のネズミに齧られたのも、
一昨日姉さんが好物のタケノコの煮物を寝ぼけて箸を滑らせて落として落ち込んだのも!
あれもこれも、全て!
何もかも、大導師が悪い!
「美鳥、俺は今からMAPWを撃つ。乱れ打つ。避けるか耐えるかしろ。先輩、俺と美鳥で露払いをします。せめてまっすぐ飛んでけば当たらないように撃ちますから、さっさと招喚お願いします」
―――――――――――――――――――
《ファイルロード、クトゥグア・イタクァ、ファイナルアタック!》
融合の過程を無視し召喚されたアイオーンの全高の二倍はある長大な融合砲から、イタクァの追尾性能を持ったクトゥグアが途切れることなく放たれ、南極の海に溢れ返る邪神も空を覆い尽くす破壊ロボも瞬く間に蒸発いや、消滅させていく。
放たれた神氣の炎、その余りの熱と字祷子の密度にダゴンの肉体や破壊ロボのボディを構成する字祷子が耐えきれず、熱に焼かれるという過程を経ず押し潰される様にして最小単位に分解され、招喚されたクトゥグアの炎に取り込まれているのだ。
当然、下級の邪神──ダゴンも破壊ロボも黙ってやられ続けている訳では無い。
遠距離での戦いは分が悪いと思うや否や、即座にアイオーンに対して特攻を開始する。
アイオーンを軽く丸呑みしてしまえるほどの巨体を持つダゴンのダイブアタック。
未だその両手に融合砲を構えるアイオーンは、しかしそのダゴンの突撃にも慌てることなく、ゆったりとした動作でもって融合砲の実体化を解除。
両手は空いたが、次の武装は間に合わない。
《ハスターのおぉ……!》
だが、今まさにアイオーンを呑みこまんとしたダゴンが、突如横合いから飛び込んできた巨大な航空機の体当たりによって、その外殻を粉砕されながら吹き飛ばされた。
航空機、いや、鋼の怪鳥とも言えるそれは、魔導書『セラエノ断章』によって召喚された鬼械神。
《虹色の! 脚! スペシャ、ルゥゥッ!!》
ロードビヤーキーよりもアンブロシウスに似た美鳥の操る鬼械神が吹き飛ばしたダゴン目掛けて亜光速の連続蹴りを放つ。
蹴り足の軌道に合わせる様に生まれた無数のハスターの魔風が死にかけていたダゴン諸共、周囲のダゴンと破壊ロボを粉微塵に切り刻む。
するとどうだろう。字祷子へと分解されたダゴンと破壊ロボの残骸が虹色の輝きを帯びた美しい火花を散らし、まるで祭りの夜の花火の様な光景を作り出したでは無いか。
《へっへーん、どうよ。これが鬼械神ファイターという全く新しいジャンルの象徴的な》
《ファイルロード、ドールドリル──》
七色の花火を背景にポーズを決めるセラエノ断章の鬼械神を掠める様に、鬼械神の指程もある円柱が伸び、花火の後ろから迫っていた破壊ロボとダゴンを貫いた。
《──フルドリライズ!》
アイオーンの手首から伸びていた一本の細い円柱。
螺旋の溝が二本刻まれた、一般的にはツイストドリルと呼ばれる工具の形状をした魔導兵器。
星を貪り喰らう蟲の記述を元に生み出されたそれが、アイオーンの操者である卓也の呪句(コマンド)の詠唱を持ち、その真の力を発現する。
アイオーンの全身の間接の隙間から、数十、数百、数千の粘性の液体にも似た魔力を纏うドリルが現れ、先の魔砲に匹敵する速度で、周囲のダゴンと破壊ロボ、更には上空のクトゥルフの触手にすら突き立てられた。
流石にクトゥルフの触手は完全には削りきれていないが、それでも表面をガリガリと削りながら増殖したドリルは、次々とクトゥルフの触手を捻じり上げていく。
クトゥルフ以外の獲物体内深く潜り込んだドリルは、削り取った破壊ロボのパーツをダゴンの臓を喰らい尽くし、スカスカのスポンジ状になるまで被害者達を喰らい、喰らった養分を元に更にドリルは伸長、次なる獲物を求めて掘削を続ける。
《フェイントかよ、って、うぉっ、ちょっ、お兄、まっ、まっまっ!》
そして、大いに慌てながら奇声を発し、超次元的な軌道の飛行でそれらドリルの追撃をかわし続ける美鳥の鬼械神。
アイオーンの、卓也の味方であることなどお構いなしに追撃してくるドリルに四苦八苦している。
《美鳥、それは仕様上しばらく自動で追尾が続くから、気合い入れて避けろよ》
《理不尽だぁぁぁぁぁ!》
叫びつつ、周囲に展開する死に損ないのダゴンや破壊ロボをハスターの風や蹴り、鎌などで切り裂き続ける光景は、声とは異なり意外と美鳥に余裕がある事を見物人に感じさせていた。
見物人もまた鬼械神、何時の間にか虚数展開カタパルトより招喚された、人造の鬼械神、デモンベイン。
そのデモンベインを操る一人と一冊は、その光景を見ながら困惑していた。
「なんかあいつ、妙に気合い入ってるな」
「気合いが入っているというよりも、行き場の無い怒りをぶつけている様にも見えるが」
呑気な事を言っている彼等も、出撃前はそれなりに気合いが入っていたのだ。
だが、ドクターウエストの監視役として着いてきた筈の二人の後輩が、突如かつての自分達の相棒でもあった鬼械神と大学での恩師や逆十字と同系列の鬼械神を招喚し、今まで見たことも無いような気迫を漲らせながら殲滅戦を始めてしまい、呆気に取られ、気を削がれてしまったのだ。
《先輩》
「お、おう、どうした?」
自動で周囲の獲物の追尾を続けるドリルの隙間をどの様に抜けるか考えていた九郎は、唐突に掛けられた後輩からの呼びかけにうろたえながらも応える。
《あと一分でデモンベインが安全に突入できるだけの余裕が生まれます。そしたら改めて突入を》
「ああ、悪い。じゃねえ、サンキュー」
「そこまでお守をされる云われは無いと思うがな。それほど妾達の力が信用できぬのか?」
不貞腐れ気味のアルアジフに、卓也は努めて平静な口調で答える。
《お二方の力は知っていますけどね。その鬼械神もどきにそれほど慣れてないだろうって事も分からないじゃないのですよ》
「む……」
「こりゃ一本取られたな、アル」
「喧しいわ!」
アイオーンからデモンベインへと乗り換え、体験した実戦の数は片手で数えるほどしか無い。
万全な状態で夢幻心母の中で戦おうと思ったなら、それ以外の戦闘は極力避けるのが適切ではあった。
戦闘中でありながら流れる和やかな雰囲気。
《それと、一つだけ言っておく事があります》
だが、その空気を引き締める様に卓也の言葉に真剣な色が混じる。
《大導師に気を付けて下さい》
「何を言っておる。奴は逆十字に裏切られて──」
《ええ、死にました。ですが、気を付けて下さい》
「??」
頭に無数の疑問符を浮かべるアルアジフ。
対して九郎は、卓也の言葉に表情を引き締める。
「生きているのか? あいつが」
《死んでいます。でも、気を付けて下さい。彼は、貴方の宿敵です》
意味が分からない卓也の言葉。死者が生き返りでもするのだろうか。
だがその卓也の言葉に、九郎は何処かで納得している自分が居るのを自覚していた。
たかだか死んだ程度で、大導師マスターテリオンがどうにかなるのだろうかという不安にも似た疑問。
九郎には卓也の言葉が、その疑問への答えへ続くヒントの様に聞こえた。
《本当はもう少し言っておきたい事もあるんですが、そろそろ突入の準備が整いますね》
卓也の言葉の通り、南極の海と空を覆い尽くしていた破壊ロボとダゴンは一時的にとはいえほぼ殲滅され、増援が届くにはしばしの時間が必要になるだろう。
クトゥルフから伸びる触手もその一部を伸長したドリルに絡め取られ、鬼械神が一体夢幻心母に突入出来る程度に隙間が生まれている。
シャンタクで近付き、アトランティスストライクで外壁を蹴り破れば容易く夢幻心母の内部へと突入する事が可能になる筈だ。
「帰ってから聞くさ」
言いつつ、一対の断鎖術式と背部のシャンタクの調整をし、一瞬で空へと駆け上がる。
前方にはクトゥルフと一体化した夢幻心母。
少し下には、全身からドリルを生やし、更に備えつけのモノとは異なる魔銃を両手に構え、魔力弾でクトゥルフの触手をつるべ打ちにしている鳴無卓也のアイオーン。
夢幻心母を挟んで向かい側の空では、手足の生えた戦闘機の様なフォルムの鳴無美鳥の鬼械神が慣性の法則を無視した軌道で飛び回り、背後から追いすがるクトゥルフの触手とドッグファイトを繰り広げている。
これだけの仲間がいれば、安心して決戦に挑む事が出来る。
「行くぜ、アル!」
「うむ!」
雲を突き破り天高く飛翔したデモンベインは、全身を切り揉み状に回転させ回転の力を加え、アトランティスストライクで外壁を蹴り砕き、夢幻心母の攻略を開始した。
そんなデモンベインを見送るアイオーン。
《悪いね先輩》
その言葉と共に、アイオーンの姿が僅かに歪む。
黒い装甲がぎり、ぎり、がちん、がちん、と音を立てて裏返り、無骨ながらも剣の様に鍛えられた武器としての美しさを失い、内部の機械が剥き出しになったカラクリ細工にも似た姿へ。
内蔵されていたアルハザードのランプはそのパーツ一つ一つを仕掛け箱の様に組み替え、魔導書ネクロノミコンとその著者の意図から、思想から著しく外れた存在へと変貌を遂げる。
《このループでの俺とあんたに》
常の、人類の操り得るアイオーンとは異なるアイオーン。
■■■■■■■・アイオーンが軽く手首を捻る動きに連動して、全身から生えたドリルが字祷子を撒き散らしながら高速で回転を始め、クトゥルフの触手を纏めて切断する。
先ほどまでの拮抗が嘘の様に、豆腐でも切るかの如き気安さでクトゥルフの触手を次々に切断し続け、海上の艦隊に手を出せなくなるまで触手の数を減らす。
《『後で』なんて時間はもう存在しないのさ》
ドリルが引き戻され、触手に掛かり切りになっている間に増えていた破壊ロボとダゴンへ向け、つい、と人差し指を向ける。
指先の酷く軽い魔力が流れ、簡素な術式を発動。
ジジ、ジジというノイズと共に、追加で現れた破壊ロボとダゴンが、まるで最初から存在しなかったかのように消滅していく。
字祷子に分解された訳では無い。
文字通りの意味で『最初からこの世に存在しなかった事にされた』のだ。
その異常な光景に、この場に存在する人間は一人として気付けない。
いや、目の前の光景を見てはいる。しかし、それが何を意味するのか認識する事が出来ずにいる。
常の常識的な判断力を、別に敵が唐突に消えるのは不思議では無く、騒ぐまでの事でも無いという非常識な認識に密かにすり替えられているのだ。
故に、卓也の■■■■■■■・アイオーンと、何時の間にかその背に翼の様にドッキングしていた美鳥の鬼械神が、その場から音も無くレーダーにも掛からず静かに消えようとしている事に気付く事も出来ない。
何の説明も無く協力者がこの場を離れる事も、今の彼等にとっては不思議な事では無いと思えてしまう。
《これからどうするの?》
翼と化した鬼械神の中の美鳥が、兄であり主である卓也に問う。
それに卓也は、攻撃目標が一瞬で激減した事だけを認識でき、ここぞとばかりに攻勢にでる艦隊を見下ろし鼻を鳴らしながら答える。
《今回のループ一回使ってやっとわかった。次はもう少し積極的に大導師に意見を言って行こう。あのザマじゃ、話がいっこうに進まん》
無限に存在するかとも思われた破壊ロボとダゴンは、しかしその残量を調整されたかのように増援の数を減らし、今や完全に人類の艦隊有利。
鬼械神がなくとも拮抗し得るよう作り替えられた戦場。
そのうそ寒い光景を振り返る事も無く、卓也と美鳥の鬼械神はゆっくりと南極を後にした。
―――――――――――――――――――
★月◇日(一人は皆の為に)
『オールフォーワン・ワンフォーオールの精神とはつまるところ、全員がその志に沿った行動を取らない事には成立しない』
『誰か困っている人がいたら手を貸す。それを全員が行う』
『全員がこまめにこういう行動をとり続ければ、みんなが一人の為に行動しているように見える、という訳だ』
『情けは人のためならず、という言葉をより分かり易く行動指針としたのがこの言葉だとも言える』
『手は手で無ければ洗えない。得ようと思ったら、まず与えよ』
『何かを得る為には、自らも相手に対して何かを差し出さなければならない』
『メイトやヨドバシやビレバンやヨーカドーに行ったとしても、財布のひもを緩くしなければ何も買えないのだ』
『思えば前の周、ブラックロッジでの社員生活一周目』
『俺は大導師に何か利益を齎したのだろうか』
『少なくとも俺の視点では、俺は大導師に何も益を齎していない。せいぜい組織を少しひっかきまわした程度で、大導師と大十字の対決構造には欠片も手を入れなかった』
『というか、逆十字にすら碌に接触していない』
『ティベリウスが美鳥にちょっかいを出そうとしていたが、ティベリウスが近付こうとした瞬間に美鳥がクトゥグアを召喚して汚物を消毒しようとする為、ティベリウスは迂闊に美鳥に手を出す事は出来なかったのだ』
『マッチョと糞餓鬼はそもそも面識すら殆どないし、強力若本さんはニャルさんがちょちょいと手を加えて俺に興味を抱かない様に調整されていた』
『アヌスさん辺りは俺の改造手術の噂を少しだけ聞きつけていたが、そもそも彼の改造人間作製技術は巫女を作る過程で生まれた余技であったため、それほど興味を引かなかったらしい。液体人間の噂は耳に入らなかったのだろうか』
『禿げてない天さん(四妖拳的な意味で)はそもそも強い相手を斬れればいいタイプの人なので、あからさまに外様の技術者として振舞っていた俺と美鳥には欠片も興味を示さなかった』
『なんか逆十字はもう一人居た様な気もするが、何時の間にか脱走して死んでいたのでこれはどうでもいい。魔導書も本人も既に所持してるし』
『つまるところ、俺は前回少しばかり消極的過ぎたのだ』
『きっと大導師の事だから何か考えあっての事だろう、と思っていたのだが、それは大きな勘違いだった』
『よくよく考えてみれば、今の大導師は邪神の企みに気付いてからそれほどループを体験していない』
『で、二年ほど前に見せて貰ったブラックロッジはじめて物語を思い出して、大導師の素のキャラを類推してみれば──』
『(>ω・)ゞ☆意思(テレマ)なり!』
『(・ω⊂)余は……地球皇帝マスターテリオン!』
『この二つに尽きるだろう。……駄目だ、何も考えていない様にしか思えない。こんな事の為に日記に一行とはいえ手描きでAAを書く破目になるとは思わなかった』
『何しろ、まだ大導師は絶望してない。最大のイレギュラーと言われるトリッパーを求めていた事からしてもよく分かる。彼もまた試行錯誤を繰り返している最中なのだ』
『ていうか、地球皇帝マスターテリオンの延長線上、しかもすぐ近くに存在しているのだから、そこまでの思慮深さを求めるのが酷なのかもしれない』
『基本的にブラックロッジでの活動、大導師はカリスマと魔術以外は発揮してないからな……』
『これが強すぎる力故の弊害というやつなのだろうか』
『ともかく、思いこみだけで行動すると時間を無駄にするのだとよく理解できた』
『次のループが始まったら、ミスカトニックに行く前にブラックロッジにカチコミ入れて、大導師を問いただす作業から始めなければ』
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
その日、大都市アーカムの外れ、『第十三番区角』通称『焼野』の地下にそびえるブラックロッジの本拠地にして移動要塞である夢幻心母は、未だかつて受けた事の無い程の大規模な襲撃を受けていた。
いや、大規模と言っていいものか。
襲撃者の数は、元は二名。
碌な武装も部隊も引き連れずに夢幻心母に侵入してきた無謀な侵入者に対し、当初は下部構成員達の警備部隊が当てられていた。
だが、通常の警察や軍隊では手も足も出ない程には力のある魔術装置で身を固めた構成員達は瞬く間に無力化され、賊の足止めをする事すら出来なかった。
次に、侵入者の強さに興味を持った異形の剣士、逆十字のティトゥスが迎撃に出る事になる。
この時点で、侵入者が三人に増えた。
元の侵入者は二人、二十代かそこらの青年と十代中盤程の少女。
この時点で増えた三人目の侵入者は、三十台程の東洋系の厳しい顔立ちをした剣士。
魔術的に肉体を改造したティトゥスの二刀流に対し、一本きりの刀で持って互角以上に立ち会いを続け、最初の二人の侵入を手助けした。
ティトゥスの次には、侵入者の容姿を聴き、若く可愛らしい少女という事に興味を──もっと突っ込んで言えば性欲を──持った不死の魔術師、逆十字のティベリウスが侵入者を見物に行った。
この時点で、侵入者が四人に増えた。
新たに現れたのは、銃剣に魔導書を携え、背後には群青色のカミキリムシを従えた、緑色の髪をした妙齢の女性。
美しい女性、もしくは可愛らしい少女や少年であれば性欲を抱き、とりあえず犯しにかかるティベリウスが思わずドン引きして逃げまわる程、好戦的な喜悦に歪んだ顔でカミキリムシの変形した鎧を纏い、一方的に追い回した。
追う者と追われる者が逆転している隙に、最初の侵入者二人は夢幻心母の奥へと進む。
最後に、夢幻心母に残っていた逆十字の残り、カリグラとクラウディウスがどんな馬鹿が現れたのかと見物をしに行った。
新たに現れた五人目の侵入者は、彼等の良く知る、マスターテリオンにすら匹敵する、自分たちの遥か上の位階に居る魔術師だった。
赤い拘束具ではなく、シックな黒色の少女服に身を包んだ魔術師は、二丁の魔銃と多彩な魔術により、二人の逆十字を軽々と手玉に取り、猫がネズミを弄って遊ぶ様に暴虐の限りを尽くした。
戦いながらも後ろ手に笑顔で手を振る魔術師に対し軽く手を振り返しながら、二人の侵入者は、夢幻心母の中を進む。
ティトゥスVSまっすぐな振りの剣士。
ティベリウスVS群青色の鎧を纏う戦狂い。
クラウディウス&カリグラVSマスター・オブ・ネームレスカルツ。
恐ろしく長い廊下VSやる事の無い侵入者二人。
夢幻心母の中で繰り広げられる、かつてない規模の大闘争劇。
一番早く決着が付いたのは、長い廊下を相手取っていた二人の侵入者だった。
そして、二人が夢幻心母の中心である玉座の間に到着すると同時、三人目以降の侵入者は、まるで何もかもが幻だったかのようにその姿を消した。
―――――――――――――――――――
ドアを蹴破り、玉座の間に侵入する。
玉座を囲み、大導師を守る様に陣形を組んだ構成員達をテレポートで夢幻心母の外に纏めて放り捨て、ずかずかと玉座に向かって足を進める。
「hey大導師殿、再会祝いに鰤大根一丁お待ちしました」
大十字に感化され、少しだけ挨拶をフランクかつアメリカナイズド。
「…………余が思うに、それは鰤大根ではなく、ブリガンダイン(※1)ではないか?」
※1、十二世紀から十七世紀にかけて製造された、人間の胸部や胴を覆う鎧の一種。地方によって様々な製造バリエーションが存在している。
そこに気が付くとは、やはり天才か……。
前の周では、謁見が始まるととりあえず鰤大根食べ始めてたから、今回も確認せずに齧り付いて、そこからノリツッコミ的にブリガンダインである事に気が付くかと思ったのだが、少なからぬ成長を遂げているようだ。
それが少なからず喜ばしくもある。
前の周ではボケてもこういう突っ込みは中々来なかったのだ。これは大導師も変化を求めていると考えてもいいだろう。
深皿の上に無理やり乗せていたブリガンダインを美鳥に投げ渡し、玉座の間を魔術と科学の両方面から捜査。
盗聴や盗撮、使い魔の類が無い事を確認した上で、話を切り出す。
「大導師殿。もしやあなた、俺達を仲間にした後の事を、何も考えていませんでしたね?」
俺の問いに、大導師の後ろに控えていたエセルドレーダが険しい表情を作り前に出る。
が、大導師に無言で制され、渋々といった表情で後ろに下がり直した。
大導師はしばし目をつむり、天を仰ぐ。
そして顔を下ろし、眼を開ける。
「当然であろう。邪神ですら測り知る事の出来ないイレギュラー。どう扱うかなど、そう直ぐに思いつくことでも無い」
カリスマ顔で言い切りやがったこいつ……!
今すぐここではじめて物語を流したくなる衝動を堪え、溜息を吐く。
俺の溜め息に一々反応してエセルドレーダが睨みつけてくるが、知った事では無い。
もういい。畏まるのも一歩引くのも無しだ。
「そうですね、それは当たり前のことです。貴方は邪神とのハーフで、俺達はトリッパー。どちらも通常の人間からは外れていますが、だからといって邪神の思惑まで理解できる訳では無い」
なので、一旦大導師の言葉に頷いておく。
この事実を互いに認めた上で、その上で互いの考えを知らなければならない。
「話し合いましょう。互いに知る事、知らない事。貴方は邪神の企みから逃れたい。俺は自身の性能を向上させたい。互いの目的を果たす為に、益になる事を」
何をするでもなく飼殺しにされるのはまっぴらごめんだ。
社員として一年近く侵入し、夢幻心母も他の社員の能力の程も大体理解した。
どちらにしろ大導師が大十字と共に成長し、輝くトラペゾヘドロンを召喚しない事には幾ら成長してもこの世界から抜けて元の世界に帰る事も出来ないのだ。
余程のへまをしなければ、今後もブラックロッジで安全に活動を続ける事は難しくも無いだろう。
べ、別に早くDSのスパロボ新作をプレイしたいからこんなこと考えている訳じゃないんだからね!
トリッパー的には原作知識で原作キャラを少し導くのも運命だと思っているだけなんだからね!
ついでにミスカトニックでは手に入らなかった能力も取り込んで、自身の強化に充てたいっていう理由もあるんだから、勘違いしないでよね!
「話し合う、か」
俺の言葉に目を瞑り考えこむ大導師。
数十秒の間を置き、大導師はその瞼を開ける。
開かれた大導師の瞳には、これまでの邂逅では見た事の無い、不安や期待といった人間臭い感情の光が見てとれた。
大導師マスターテリオンになる前の『彼』の瞳に少しだけ似ている。
「余は、貴公らが何を知るかを知らぬ」
「知らないなら聞いて下さい。聞かれなければ教え様もありません」
「貴様──っ!」
とうとうエセルドレーダが俺の無礼に堪え切れず、手に黒い魔力を迸らせながら一歩前に出る。
が、激昂するエセルドレーダを、俺の背後に控えていた美鳥が前に出て無言で牽制。
アルアジフ、無名祭祀書、セラエノ断章、その他有象無象の大量の魔導書、極冠遺跡の中枢を含む大量のコンピュータを内包し、『裏技』で更に演算能力を増強した美鳥は、無言の内にエセルドレーダの手の中に収束した魔力を霧散させる。
魔術をディスペルされ、驚愕に顔を歪ませるエセルドレーダ。にやりと笑う美鳥。
「ほう」
エセルドレーダの術をディスペルした美鳥の鮮やか過ぎる手並みに、大導師は軽く眼を見開く。
これで、ある程度は此方が『できる』と踏んだのだろうか、大導師は頬杖を突いていた顔を上げ、こちらに向き直った。
「問おう」
「は」
「かの邪神を制する一手はあるか?」
決定的な、この時点で最も大導師が知りたいだろうと思っていた問い。
それに、はぐらかすではなく遠回りに、必要な行動から知識を与える。
「大十字九郎。かの者への対処に情け容赦をしないことです。常にその時点で出せるだけの力を持ち、しかしギリギリの所で殺さぬように、徹底的に追い詰めるのです。」
「何故だ」
「あれは、叩けば叩くほどより強くなり立ち上がります。そして、貴方はそれに呼応するように力を付ける事が可能なのです」
「これ以上の力を得て何とする」
「邪神を制する、目論見を台無しにする為に、呼び出さなければなりません」
「それは?」
「『輝くトラペゾヘドロン』」
問いに簡潔に答える。
「輝くトラペゾヘドロン(シャイニング・トラペゾヘドロン)……」
大導師は、その言葉を口の中で転がす様に改めて呟く。
思案顔の大導師に、重ねて言葉をぶつける。
「強くなられませ、大導師殿。より高くより強く、遥かな高みを目指すのです。空の果て、星の海を超え、銀河を飛び出し、宇宙の中心に辿り着くその時まで」
跳び付かずにいられない魅力的な餌を吊り、迷える大導師に指針を示す。
そんな俺の事を何処からか見ているネズミが、ちゅう、と愉快気に嗤い声を上げた気がした。
続く
―――――――――――――――――――
>「恐れながら大導師殿。────鰤大根は先程も食べられたばかりかと」
★ここが今回のオチでした。OP前のアバンでオチた感じ★
★大導師が顔を両手で覆って自己嫌悪に陥る辺りでOPが流れ出すとベスト★
以上、予想に反してブラックロッジの名前あり構成員の台詞が一つも無いブラックロッジ編第一周目、全然絶望して無いけど十四歳病から十七歳病に華麗なる成長を遂げた大導師の憂鬱的第五十一話をお届けしました。
ブラックロッジ一周目は冒頭の悩める大導師のグダグダが延々続き、只管ブラックロッジ平社員を改造したりしている内に終わった感じ。
要望あれば二周目以降で似た様な事やって描写する感じで。
無いとは思うけどね要望!
Q&Aを挙げ出したらきりがないので、今回のさらっと流されて以後使われないオリキャラ&オリアイテム紹介。
・ドラム缶に詰め込まれた液体人間
元ブラックロッジの信徒であり、主人公が魔導書を斜め読みしている時に思いついた改造方法の被検体。
人間は自らの肉体と言う檻に閉じ込められた囚人であるという尊敬する人物の言葉を元に、某SFCゲームの設定を元に製造された。
ベースとなる人間が複数人数である事と、全員が魔術師であった事から元ネタよりも性能が高い。
人間らしい情動は失われているが、この状態で修業を重ねれば、鬼械神『御出居』を招喚する事が可能になる程のポテンシャルを秘めている。
奉仕種族として如何にショゴスが優れているか図らずも証明した貴重な失敗作。
最終決戦後も残っているが、人間であった頃の記憶が混濁している為、自分を改造したのが主人公である事は誰にも告げていない。
・身体の七十パーセントを改造された下っ端
最終的に生身のパーツは脳味噌と脊椎だけになったが、そのボディの戦闘能力は極めて高い。
顔面以外は平時はロボット刑事、戦闘時はウォーマシンといった風貌のサイボーグだが、元になった下っ端自体の脳の性能がよろしくないので、今一力を扱いきれていない。
最終決戦前に、逆十字の攻撃から覇道瑠璃を庇って大破する。
顔面は情けない絶火とでも表現するのが一番近い。
ヘタレだが、スペックが異常に高いので死ぬ気で頑張ればメタトロンやサンダルフォンに勝てないでも無い。
・覇道瑠璃の着たモータースーツ
デモンベインを建造できる技術でもって製造された、ダーレスの着ていたモータースーツの正当な後継機。
頑丈で、大きく、力が強く、空を飛ぶ。ただそれだけの機体。
映画版のアイアンモンガーで想像すれば大体合ってる。
可愛らしく華奢な少女がゴツイ機体に乗っていると嫌に興奮する、それだけの理由でこの機体は存在している。
・■■■■■■■・アイオーン
多分後々、大分後に再登場出来る。
無限螺旋の中で、デモンベインに繋がるまでのアイオーンという鬼械神はいかなる役割を持たされていたのかという疑問への、千歳・アルベルトなりの回答。
台詞が殆ど無い彼女の作品作りへの捻くれた情熱を如実に表す存在。
主人公が誰かと戦う羽目にならない限りは使われる予定は無い。
シリアス担当。
こんなところでしょうか。
大導師を情けないキャラにしてしまいましたが、外面は原作っぽい振る舞いをさせ続けるつもりなので、そこら辺はご安心ください。
誤字脱字に文章の改善案、設定の矛盾への突っ込みにその他諸々のアドバイス、そしてなにより作品を読んでみての感想、短くとも長くとも、短くも長くも無くとも、心よりお待ちしております。