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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第四十六話「拾い者と外来者」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 21:27
立ち込める湯気で見通しの悪くなった浴室に、どこか呆れた様な少女の声が響く。

「汚物に溢れた街でも、塵の一つ一つを拾う行為は無駄では無いって言うけどさぁ。やっぱ程度によるわけよ」

一切抵抗する素振りも見せずに身体を石鹸の泡で覆われ洗われている癖のある赤毛の少女──暴君に対して、先端の跳ねた黒の長髪の少女──美鳥は自らの持論を展開し続ける。

「もち、倫理面での話じゃなくて、単純に収支面での話な。例えば小銭を拾うとするだろ? これが十円百円ならまだしも、一円だと実は拾う意味がねえんだ。なんでかわかっか?」

「…………」

面倒臭そうな表情で自らの頭を洗う美鳥の、しかし丁寧で優しい指の感触に身を任せながら、暴君は呆っとした表情で美鳥の言葉に頷くでも先を促すでもなくただ耳を傾ける。
目の前のイレギュラーの一人が、一体どういった人物であるかを見極めんとしているのだ。

「身体をかがめて落ちた一円玉を拾うのには、一円で摂取できる以上のカロリーが必要になる。だから、単純に考えて一円玉を拾うのはマイナスって訳な。まぁ、これは一部の国に限った、ていうか日本に限定した極端な話なんだけど」

逃げ出した先で拾って貰いはしたが、それでもこのイレギュラー達がまともな、悪意を持った神の側ではなく、人類側の存在であるかどうか、暴君の得た少なすぎる情報では判断できなかった。
一見して、身体の魔力の流れに不自然なところもあるが、それは魔術に関わるものであれば何処かで確実に自らに施すごく普通の肉体改造術によるものでしかない。
何より不思議な事に、このイレギュラー達からは、魔術師達が持つ独特の闇の臭いが感じられないのだ。
これを不思議な事だととるか、それとも不自然な事と取るか、鳴無宅に連れて来られて一時間もしていない暴君には、判断の材料が少な過ぎた。
雨の中、襤褸を纏った自分を拾い、気を使って同性である妹に身体を洗わせるという行為は善人の様でもあるが、同じ手口を使い信用を得ようとする人売りはこの街の裏路地に入れば幾らでもいる。
暴君の良く知る邪神にしても、人間の中に紛れた場合、ここぞという場面以外では人畜無害な性格を演じる事が多い。
対象への優しさは、それだけでは信用する為の物差しにはなり得ない。
そう、悪魔は優しいのだ。
そんな事を考えながら、暴君は自らの頭を洗い終え、シャワーで流し始めた美鳥を見上げようとして、頭を押さえつけられた。

「リアクションが在るのは嬉しいけどよ、流す時くらいは顔下げとけって」

勢いよく流れる熱めの湯の温度に驚き、僅かに身を震わせる暴君に構わず、美鳥は言葉を続けた。

「まぁ、何でもかんでもメリットデメリットのプラスマイナスで考えろとは、流石に言えないんだ。お兄さんはお兄さんである限り、何処まで行っても鳴無卓也という人間でしか居られないしね」

当たり前っちゃ当たり前だけどなー、と気楽そうに呟く美鳥。
暴君の頭の泡は全て流され、美鳥の手によって今度は身体に石鹸を塗付けられていく。

「メリットとデメリットだけで判断すりゃ、あの場でお兄さんが手前を拾ったのは、なんてーかな、本人の前で言うのは憚られるって建前は置いておくとして」

石鹸の塗りつけられた暴君の肌を、美鳥の細い指が揉むように、磨くように、石鹸を擦り込む。
暴君の喉元から当てられた手が、胸にまで下りずに肩に流れ、つぅ、と上腕から肘までを滑り、所々に刻まれた傷痕を、刺激しない程度になぞる。
指先は遂に手首の鎖の痕に到達、何事も無かったかのように通り過ぎ、指と指をからみ合わせる様にして手の先まで丹念に洗って行く。

「デメリットの方が大きいのは目に見えてんだよ。ま、時折こんな不合理な行動を起こすのも、やっぱりお兄さんの面白い所でもあるし、これはこれでありっちゃありなんだけど」

絡めた指先を解き、片手で手首を保持したまま、もう片方の手で胸全体を掌で柔らかく捏ねる様に洗い、そのまま掌を鳩尾、下腹部へと下にスライドさせ、デリケートな部分へと滑らせる。
腿を撫ぜ上げ、スリットに指を浅く差し込んで洗う美鳥の手の動きは優しく、しかしどこか有無を言わさぬ強さをも表していた。

「お兄さんが『人間』である以上、心の余裕(ヒマ)から不合理な判断をするのも間違いじゃない。でも──」

手首を捕まえていた手を放し、その手で顎から口までを洗いながら、美鳥は暴君の耳元に口を寄せ、底冷えする程の優しさすら感じる口調で、小さく呟く。

「手前の存在が、お兄さんに害になるってんなら、お兄さんの意に背いてでも、消えて貰う事になる」

その警告に、暴君は無表情のまま、内心でかすかに微笑む。
少なくとも目の前の美鳥という名の少女は、自分を騙す事よりも先に自らの兄の身を案じて見せた。
其処に込められた思いは、自らを洗う手に一瞬だけ籠った致死威力の魔術の気配から、嘘偽りの無い本音だと知る事ができた。
勿論、それがそのまま鳴無家がどちら側であるか、真実自分を終わらせる、呪われた運命から解き放ってくれる存在であるという証明には成り得ない。
だが、彼女は兄に嫌われる事を厭わず兄の身を案じるという、家族の絆を見せた。
ただただ優しさを見せ自分を信用させるだけでは無く、家族の身を案じ、嫌われ者役を買って忠告し、家族の危険を減らしに掛かってきた。
それは少なくとも、彼女に計算だけではない情が存在しているという事だ。
暴君は美鳥に身体を洗われながら、美鳥からは見えない角度で、口元に小さく笑みを浮かべた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

身体を洗い終え、美鳥と共に風呂から上がった暴君を待っていたのは、間に合わせの服の選択だった。
選択といっても、その幅は非常に少ない。パジャマか、ジャージの二択。
まだこのイレギュラー達にどのように反応するか決めかねている暴君はどちらを選ぶでもなく動かなかった為、付き添っていた美鳥が勝手にジャージを着せていく。
身体を拭き着替えを終えた暴君と美鳥は居間へ移動し、そこで完全に汚れを落とされた襤褸を手に首を捻っていた男に声を掛けられた。

「なんだ、結局ジャージにしたのか」

男の言葉に、美鳥は肩をすくめて答える。

「こいつ、下手に見目麗しいから、中途半端に可愛いデザインだと服の方が負けちまうんだよ。ダサい小豆ジャージのがよっぽど相性がいいって」

「そうか、キャラプリパジャマじゃ駄目か……」

男は少し寂しげに呟くと、気を取り直して暴君に顔を向け直す。
愛想笑いの様な曖昧な笑みを浮かべた、やや申し訳なさそうな表情。

「まぁ、暫くはそれで我慢してくれ。そのサイズの服が存在したのが奇跡に近いんだ」

暴君は自分を連れてきた男の言葉に、心の中で頷いた。
何しろ間に合わせなので仕方が無い。唐突に自分を拾ったのであれば、衣服を用意している方がおかしいのだから。
暴君は、せっかくブラックロッジを抜け出して着る衣服がこれかという、オシャレへの僅かな不満を抱いている内心をおくびにも出さず、目の前の男を観察する。
目の前の目つきの悪い男──卓也は、机の上に広げられた型紙と、元は暴君が着ていた襤褸切れを洗った物を見比べながら、口元に手を当てて思案顔でぶつぶつと何事かを呟いている。
暴君程の年頃の少女の着ていた衣服を握りしめ、真面目な顔で考え込む姿は一見して変人であり、一度見返しても怪しげであり、つまり、暴君からすれば、何処にでも居る一般的な人間にしか見えなかった。
パッと見の印象では、とても魔術に関わる人間には見えない。
顔つき、というよりも目つきこそ厳しいが、魔導理論を捏ねまわすよりは畑で鍬を振るっている方が似合う風貌ですらある。
良く言って素朴な顔つき、悪く言えば、地味。
位階が上がれば上がるほど、人間的に見て好ましくない方向に個性が突出する魔術師という生き物に分類するのであれば、まだ入門したての初心者といった感じか。
だが、彼等が字祷子宇宙の外からの来訪者なのだとすれば、見た目から判断できる印象だけではどれほどの力を持ち合わせているか判断するのは難しい。

「お姉さんは?」

「台所。今日はカレーだから、カレー鍋ぐりぐりかき混ぜてる所だ」

今現在はそれ以外に見るべきところも無い。ここが戦いの場では無い以上、彼等の力を推し量るのは難しい。
今現在の彼等の振る舞いは恐らく(暴君自身はそれを体験した事が無いので確信は持てない)ごく一般的な家庭のそれで、不審な点や怪しげな点は殆ど見当たらない。

「卓也ちゃん、美鳥ちゃん、付け合わせは何がいい?」

台所から声が響き、エプロンを着た女性がタオルで手を拭きながら現れる。
彼女が彼等の言う姉なのだろうと暴君はあたりを付け、一見して不審過ぎる程に不審な点が無いことを確認、警戒を強めようとし、
【彼女は危険ではない】
暴君の頭に一瞬でその事項だけが書き加えられた。
暴君はその女性は害が無いと確信し、視線を向けた事を悟られない内に目を逸らす。

「あ、俺は福神漬け」

「ラッキョウ、は小型爆弾で、水は人食いの液状生物なんだっけ。レーズンでお願い」

「なんだっけそれ、美鳥ちゃんそのデータはどこから?」

「セガサターンかなんかのソフトかな。お姉さんの記憶の中でもかなり薄れ気味の記憶だよ」

「どっちかって言うと卓也ちゃんの方が好んでプレイしてた気がするけど、なんとなく覚えがあるような……」

「宇宙軍艦日暮里だっけか、何もかも皆懐かしい」

三人姉兄妹(きょうだい)による、和気藹々とした雑談が繰り広げられている。
極々一般的な人間の振る舞い、普通の生活の情景。
暴君にとって、憧れがあるかどうかはともかく、間違いなく縁遠い世界。
それはある種異常な事なのだ。
なにしろ、普段の彼等がどうあれ、今日は襤褸切れを纏い、全身に傷を負った少女を拾って来ている。
そんな事があれば、控えめに言っても、少なからず家の中の空気は変わる。
控えめに言わなければ、少女が虐待を受けているだろうという事に気が付けた時点で、家の中の空気は最高に重くなる。
だがその異常を兄妹のやり取りを、複雑な感情の入り混じった瞳で見つめる暴君は気付く事ができない。

「で、お嬢さんは何にする?」

会話の内容を耳で拾わず、その暖かい光景だけを見つめていた暴君に、卓也が声を掛ける。
逡巡する。なにしろ、暴君はカレーにかけるトッピングで何が美味しいかなど知らない。
いや、何より、現時点で彼等の出す食べ物を口にしていいものか、という不安がある。
イレギュラーを目指して脱走したはいいが、いざ出会ってみると、何をするにしても躊躇ってしまう。
何しろ、少なくとも記憶している限りでは初めてのイレギュラー。どれくらいの距離で、どれくらいの力で接すればいいか、暴君は測りかねているのだ。
暴君が卓也への答えに迷っている間に、姉と呼ばれていた女性が軽く噴き出した。
何事かとちらと暴君が姉──句刻に視線を向けると、彼女は腹に手を当て、膝を叩いて苦しそうに笑っていた。

「お、おじょ、お嬢さんって、お嬢さんって卓也ちゃん、それ何キャラ……? だめ、笑う……!」

何がツボに入ったのか、句刻は腹を抱えたままソファーに倒れ込み笑い転げる。
それに卓也が不満そうな視線を向け、そんな彼等を見て美鳥がやれやれと肩を竦め、暴君に向き直った。

「悪い、ちょっと色々不便だから、名前だけでも教えてくんねぇ?」

名前、そうだ、彼等の名前はここに連れてこられるまでに教えられたが、自分は彼等に名前を教えてすらいない。
名前を問われ、ブラックロッジでの立場をも現す暴君という渾名と、それを象徴するようなネロと言う忌まわしい名前が真っ先に暴君の頭に浮かび、急ぎそれをかき消す。
彼等がその名の意味を知っているかは知らないが万が一の事もある。
それに、もしかしたら自分に希望を齎してくれるかもしれない彼等に、そんな不吉な名前を背負って立つ訳にはいかない。
偽名でも駄目だ。それでは彼等が善き存在だった時に礼を欠く事になってしまう。
暴君の頭の中に、名乗るべき名の候補が幾つか浮かんでは消え、一つ、心にすとんと落ちる響きが残った。
由来を考えればこれも、自らがおぞましい実験の果てに生まれた怪物である事を示す名前かもしれない。
だが、この名前には、希望がある。
目の前のイレギュラー達とも違う、この世界を本当に終わらせる事の出来るかもしれない希望。
その一字と、遠い昔に、暴君の名を押し付けられた時に使わなくなったナンバリングを掛けた、洒落の利いた名前だ。
皮肉も利いていて、しかしそれだけでは終わらず、偽名とも言えない、ここで名乗るのに相応しい名前。
彼等の前に居る自分にだけ与えられる、理想と希望を模った仮面の名前。

「…………エンネア」

反逆のアンチクロスではない。最凶のアンチクロスでもなく、もう一人のマスターテリオンでもない。
暴君とは違う。世界の外からの来客を迎える、ただの少女としてのエンネア。
その名前を、エンネアは僅かに笑みを浮かべながら答えた。

―――――――――――――――――――

儚げに微笑む暴君──エンネアに対し、換えの衣服をワイシャツで済ませ無かった理由はと言えば、まず原作の大十字と俺との経済状況の違い、次に来るのは慎重さの違いだろう。
経済状況に関しては特に言うまでも無い事ではあるが、二年と少し程度であれば、市場を気にせずに貴金属を売り払って金を作る事は容易く、万が一を見越して幾つか余裕を持たせて来客用に寝間着や布団を用意する程度の備えは当然している。
次に慎重さ。これは大十字に限った話では無いのだが、大体のラブコメものの王道として、主人公はヒロインから被った被害から学習しない。
部屋に入る時はノックしない。もしくはノックしても返事が返ってくる前にドアを開けてしまう。そして身体は勝手にシャワー室へ向かうのだ。
これらの部分的な学習能力の欠如とも取れる現象は、もちろん主人公とヒロインの間にイベントを起こす為の神の手によるもの。
何しろラブコメだ。着替え中の、もしくはシャワー中のヒロインをだして読者サービスの一つもしなければ人気はガタ落ち、終いには打ち切られて後書きで電波な捨て台詞を吐いて業界から抹殺されてしまう。
大概のラブコメ主人公は痛みを知らない子供も心を無くした大人も別に嫌いでは無い(遠回しなデレではない)と思うので、バイバイとか言って一年半以上姿を晦ます必要もその後結局行方不明になる必要も無いのだ。
まぁ、もはや人気取りや読者サービスよりも先に、様式美だからという理由でそれらのイベントを起こすところもあるが。
打ちきりの心配の無いジャンルでは、主にサービスシーンや様式美が主な理由となるだろう。
大十字とアルアジフが同時に存在する場面での様式美と言えば、アルアジフの所業で大十字が何か不幸な目に合うという処だろうか。
ここで思い出してほしいのが、大十字が常日頃からアルアジフに受けている仕打ちである。
例えば初めてシスターライカの孤児院兼教会に訪れた時、もしくは初めてミスカトニック秘密図書館に訪れた時だ。
アルアジフはこの二つのシチュエーションで、先に周りが誤解したという部分があるにせよ、まるで性犯罪者にでもしたいかの様に振舞っている。
これは頑なな主を柔らかくする為の彼女なりのコミュニケーションなのかもしれないが、ここで重要になってくるのはそんな彼女が、主が拾ってきた年端もいかない少女に着せる服を、どういった基準で選択するかという事だ。
アルアジフは服すらも身体の一部である為に予備の衣服という物を持っておらず、選択肢は主である大十字のクローゼットの中の僅かな衣服に限られる。
当然、露出の多く、万が一突然の来客に目撃された時でもとっさに主に濡れ衣を着せられ、しかしある程度の説明で誤解を解く事のできる絶妙なラインに存在する『男物の大きめのワイシャツ』を選ぶであろう事は想像に難くない。

「エンネアちゃんか」

名前に特に思う所は無いので軽くスルー。
思考を再開する。
アルアジフが、主へのサービスと嫌がらせと手抜きを兼ねてワイシャツを選ぶ事は、誰でも予想できる。
ならば、ならば、だ。やはり大十字も、『アルアジフがエンネアにワイシャツを着せる事を予測していた』可能性が非常に高い。
例えば着替えを用意するに当たって、普通の長袖のシャツに、裾を折りたたんだズボンとかでも構わなかった訳だ。
ワイシャツを着させるのと、普通のシャツを着させるのには労力の面においてさしたる違いは無い。
アルアジフも稀に主を貶めようとする場面こそあるが、基本的に常識に則った常識的なお願いであれば聞く程度の常識は持ち合わせている。
大十字は、アルアジフがエンネアにワイシャツをはおらせるだけだろう事を予測しながら、着せる衣服を指定しなかった。
しかし、大十字はアルアジフがエンネアにワイシャツだけを着せた事に驚きの感情を得ている。
つまり、大十字九郎は自分でも自覚できていない無意識のレベルで、エンネアの扇情的な裸ワイシャツを見たいと願っていたんだよ!!!!1!

『な、なんだってーΩΩΩ!!!』

《おっと、宇宙人に怪しげなインプラントをされたり軍産複合体製の怪しげなナノマシンを投与されたりした可哀想な被害者達を全員ほったらかしにするミステリー捜査班の悪口はそこまでよ》

俺の体内に知能部分のみを構築した美鳥の驚きの声と、暴君の魔術の腕でも察知できないスーパー☆テレパシーで脳に直接語りかけてくる姉さんの突っ込み。
ついでに言っておけば、大十字の様に先を見越した上でついうっかりアルアジフに衣服のチョイスを任せてしまうのと違い、あらかじめパジャマとジャージという比較的健全な衣服を渡す事で美鳥にボケの間を与えない辺りが俺の慎重さという訳だ。
大体、ワイシャツを着せている以上裸では無い。だからあのスタイルは『裸ワイシャツ』ではなく『素肌ワイシャツ』と呼ぶべきだろうに、わけがわからないよ。

『それはそれとしてさ、なんでわざわざ拾って来たん? 外に出てる方のあたしが風呂場でくまなく精密検査したけど、あのガキ、間違いなく暴君だぜ?』

同期している外の美鳥からの情報を分析し終え、エンネアの正体に確信を抱いた美鳥が不満そうな思考を発した。
全身隈なく、と言ったが、そうなるとやはり子宮の内部もスキャンして確認したのだろうか。

《そっちは美鳥ちゃんじゃ不安だからお姉ちゃんがやっておいたけど、……もう『居る』わね、次の大導師》

気付かれて無い?

《それはもちろん。この作業だって何度も何度もやった覚えがあるしね。今さら失敗なんてするわけ無いじゃない》

『それ実は失敗フラグじゃね?』

確かに。
まぁ、いかな大導師殿とはいえ、未だこのループの大導師殿が生存している以上、そう強烈な自我や外界への知覚能力は芽生えていないだろう。
……正直、これも実は全てお見通しフラグに変えられそうだから怖いんだよなぁ。
大体、作中の活躍シーンだけでは大導師殿が出来ることと出来ない事の境界が見えてこないのがいけない。
宇宙を破壊したりできるのに、ニャルさんの時計には一切抵抗できずに巻き戻されたりするし。
そもそもニャルさんだって本来ただの使いっぱしりの筈なのに、妙に格の高い神様みたいな扱いになっているし。
いや、神様の中の使いっぱしりって事は、それだけ色々と便利な能力を持っている証拠なんだろうけども。

『おにいさーん、あたしの質問に答えてよーうシカトとかマジでいじけるぞーあたしはー』

《はいはい、美鳥ちゃんには後でおやつ多めにあげるからいじけないで、ね?》

『わぁい! で、今日のおやつは?』

《ワリチョップ》

『…………自分で買うからいいっす』

なめんなよワリチョップ。最近のチロルの製品の中ではかなりのヒットだろ。
ていうかデモベ世界に売って無いぞワリチョップ。
いくらデモベ世界で半世紀ちょい過ごしたからってそこんとこ忘れるとか、美鳥最近だらしねぇな。

『いや、あたし、複製作れるし……』

あぁ、そう。仕方ないね……。

『ていうか、そろそろ内緒話はやめた方がいいんじゃね? あんまり黙り込んでると怪しまれるし』

並では無い速さで思考を伝え合っているので、実際は俺が『エンネアちゃんか』と言ってから二秒も経っていないのだが、ここで暴君──エンネアを拾ってきた理由を説明しようと思ったら通常時間で三十秒は掛かる。
ここは一旦家族間の会話を中断し、エンネアを食卓に移動させるのを優先させた方がいいだろう。

《長くなるって事は、深い理由があったりするの?》

いや、拾ってきた理由を考えながら説明するとしたらそれぐらい必要って話。
まともな理由とか正当性を考えようと思ったら倍かかるよ。

『つまり、何の考えも無いのかよ!』

落ち付け、飯を食い終えてみんなが寝静まるまでには良い理由を考えておくから。
姉さんもそれでいいよね?

《こういう突発的なイベントにも冷静に対処できるようになってこそのトリッパーだしね。大丈夫、この状況も、転がし方次第で確実にプラスに繋がるから》

姉さんマジでべリィクール……流石ベテランと言わざるを得ない。
意識を内から外に向けしゃがみ込み、改めてエンネア(小豆色ジャージ装備)に視線の高さを合わせて話しかける。

「エンネアちゃん、ご飯食べられるかい?」

俺の対外的年下向けのお兄さん口調に、やはり姉さんが身体を震わせて笑いをこらえているが、俺は割と大真面目なので軽くスルー。
いや、俺も正直最後の『~かい?』は要らないんじゃないかって思うけども、これがあると無いとでは大分印象が違う。と思う。
エンネアは俺の言葉に、濁った瞳に一瞬だけ知性の輝きを垣間見せながら逡巡する。
ともすれば見逃してしまいかねない僅かな表情の変化だが、完全に見た映像を解析に掛かっている俺からすれば分かりやす過ぎる変化。
これは、決してそこらのストリートチルドレンや変態金持ち爺のペットが出せる輝きではない。
相対する未知なる存在の本質を見抜こうとする、魔術師の瞳だ。
恐らくエンネアが俺達の、というより、俺の目の前に現れたのも偶然ではあるまい。
エンネアは、俺達がトリッパーという世界にとって最大級のイレギュラーであるという事実の一端を理解している。
その上で、俺達に害意があるかないかを見極めんとしているのだ。
そう、これはシュリュズベリィ先生の学術調査に付いて行った時、俺と美鳥が『中に何が入っているか分からないびっくりたこ焼き』を学生諸君に振舞った時に見た覚えがある。
まぁ、結局あのたこ焼きの中身は全て〈深きものども〉の死骸から採取した食べられそうな部位だった訳だが。
あの時はシュリュズベリィ先生が『観察眼を養ういい訓練になる』とか言って見逃してくれたんだよな。
で、シュリュズベリィ先生が俺と美鳥の悪戯に気が付けたのは、俺と美鳥の雰囲気から僅かな悪意を感じ取っていたからなのだとか。

「……うん」

エンネアは小さく返事をしながら、しかし確かに頷いて見せた。
これは、一応は信用された、と考えて良いのだろう。
今の俺はエンネアをどうこうするどころか、どうしてエンネアを拾ってきたかという理由すら存在しない。
子宮ごと胎児を抉られた死体と、持ち主の居なくなった魔導書を失敬しようと思ってはいるが、それは別に今生きているエンネアをどうこうしようという訳では無いから、悪意とはみなされないのだろう。
俺が何をしなくとも、目の前の少女は勝手に死に、極々稀に優秀な魔術師の死体と魔導書を提供してくれる。
持ち主の無くなった『落し物』を二つ、後は腐るだけの肉の塊と使い手が居なければ何もできない紙束を拾う事は悪だろうか。
勿論、悪では無い。リサイクルと考えれば、一般的には善性の行動だとすら言える。
地球に優しく、街を美しく保つトリッパー。我ながら善人だと思う。
そんな俺から悪意を汲み取る事は、いかな最強のアンチクロスといえど不可能と言ってもいい。
……などという、ちょっとしたジョークは置いておくにしても、だ。
俺の生理機能は、あくまでも俺の身体を構成するナノマシン風の物体が人間の俺に擬態する上での一つの機能に過ぎない。
つまり、俺の外見から汲み取れる情報は幾らでも偽装し放題な訳で、そこから俺の本心を見抜こうとするのは、文字通り不可能なのだ。

「よっしゃ飯飯。お姉さん、カレーに乗っける揚げ物とか無いの?」

美鳥がエンネアの手を引き、食卓に向けて歩きながら姉さんに問いかける姿を見ながら思う。
確かにエンネアを拾った事に理由は無い。
何しろ、俺はエンネアを最初見た時、唯の頭の可哀想なストリートチルドレンが死にかけているか、金持ちの変態爺辺りの玩具が逃げ出して世の中に絶望しながら死にかけているのだと思ったのだ。
暴君を拾ったのだと自覚していなければ、そもそも暴君を拾う理由など持ちようが無い。
俺はあくまでも、ここ最近珍しいイベントが見当たらなくなってきたから、ここらで不確定要素を取り入れる為に子供を拾っただけの事。
仮に、あの場に居たのが段ボールに入れられた子猫や子犬であっても拾っただろう。
子供一人かペット一匹を入れた新たな生活が、厄ネタ持ちのにんっしんっ魔術師(子宮内に次の大導師殿在中)を入れた新たな生活に変わっただけ。
最近妙に爛れた生活になり気味なったが、ここらで一つ新しい風が入ってくるのであれば、暴君やエンネアの一人や二人どうってことは無い。

「最近、ずっと揚げ物ばっかりだったから、乗せ物は焼き野菜とかのヘルシー系だけだよ。卓也ちゃんもそれでいい?」

「カレーライスにカレーコロッケは男の浪漫だと思ってるよ、俺は。カツは甘え」

「ん、知ってる。でも今日の所は焼きナスで我慢してね?」

とはいえ、それで大導師に目を付けられる可能性が高くなるのも事実。
正直、トラペゾ無しの舐めプ大導師殿相手であればどうにかまともに対抗可能なレベルまで来ているから、さして気にする必要はあまりないと思う。
美鳥の念には念を入れるという考えも理解できてしまうが、一度拾ったのを放り出すのも気が引ける。
とりあえず今は夕飯を食べながら、大導師殿との接触を避けつつ、エンネアの最後を看取る方法と、美鳥を納得させられるエンネアを拾った理由を考える事にしよう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「……」

一夜明け、暴君──エンネアは、今まで感じた事の無い不可思議な感覚の中で目を覚ました。
人類の中では最高とも言っていい魔術への順応性により、アカシックレコードへのアクセスすら可能なエンネアは、世界の一部を書き換える力を持つ代わりに、この世界のどうしようもない部分を誰よりも理解している。
この世界は全て邪神の掌の中。足掻いて足掻いて足掻きぬいても、耳に聞こえるのは宇宙的悪意を秘めた嘲笑ばかり。
目に映る、耳に聞こえる、五感に触れる何もかもが自分を、世界を陥れ弄ぶ邪神の作為に充ち溢れているようにすら思えた。
暴君に、最凶のアンチクロスに、心の安らぐ時間は無い。
エンネアの世界は絶望と諦観に満たされていた。
だというのに、

「おはよう、良く眠れたみたいね」

思考を寸断される。
布団から上体だけを起こしていたエンネアが声のする方に顔を向けながら身体を身構え、何時でも魔術を発動できる態勢に移行。
脳内にどういった態度で対処するべきかという考えと、致死性の攻撃力を持つ攻撃術式と鬼械神の一撃も防げる防御術式を思い浮かべながら、声の主の顔を確認する。
イレギュラーの内の一人、鳴無句刻。
エンネアは、声の主が彼女である事を確認し、【彼女は危険では無いので警戒する必要はない】と頭の中の術式を霧散させた。
だが、それでもエンネアは視線を句刻から離さない。
【危険ではないし、警戒する必要もない】が、それでも目の前の女性との距離の測り方を決めかねていたのだ。
弟が唐突に拾ってきた浮浪者の少女を快く引き入れ、衣服も食事も与える。
通常ならば、とんでも無い善人か、超分厚い猫を被った奴隷商人のどちらか迷う事ができるのだが、いかんせん目の前の女性はイレギュラーの一人なのだ。
どういった考えで彼等が動いているか分からない以上、【彼女は危険ではない】が、彼等の善悪は未だ定められない。
目の前の句刻ではなく、イレギュラーの一人として、信用を置く事は出来ない。
そんなエンネアに、パジャマを着たままベッドから抜け出した句刻はクスリと微笑む。

「涎、垂れてるわよ?」

「……あわっ」

句刻からの思わぬ指摘に、顔を赤くしながら口元を拭うエンネア。
そんなエンネアを横目に句刻は窓の前まで移動し、両手で一気にカーテンを開け放つ。

「今日は快晴ね。お洗濯ものが良く乾きそう」

目を細め嬉しそうに呟く句刻の肩越しに窓から差し込む光は白く、既に日がかなり高くまで登っている事をエンネアに自覚させた。
そして、エンネアはその事に奇妙な感動を覚える。
時間が経つのも忘れて熟睡していた。
つまり、悪夢に魘されるでもなく、邪神の嘲笑に耳を塞ぐでも無く、絶望も諦観も、何もかもが幻であったかの様に、普通の少女の様に、無防備に眠れてしまったのだ。
安らぎ、ではあるが、正確には違う。
ここには世界を脅かす悪意が届いていない。
安心できる何かが存在しているのではなく、精神を脅かす何もかもが存在しない。
仮に邪神などの一切が存在しない宇宙があったとしたなら、こういった平凡な空間なのだろう。
ここはまるで異世界の様だ。

「エンネアちゃん」

「あ、うん。じゃ、なかった違うくてええと」

ぼうっと呆け居てたところに声をかけられ、思わず素で返しそうになるエンネア。
そんなエンネアを見て、句刻は眉をハの字にし困ったような顔で、頬に掌を当てて溜息を吐く。

「別に隠さなくても、普段通りの口調でいいのに」

ここで、本来ならエンネアは句刻に対して『何故自分の何時もの口調を知っているのか』問い詰めなければならない。
だが、【彼女が危険ではない】と考えるエンネアは、その思考を句刻への警戒から切り離した部分に到達させて、問い返す。
真剣なエンネアの眼差しは、まっすぐに句刻の瞳を捉える。

「……なんで、エンネアの事、何も聞かないの?」

到達した新たな問いは、純粋な疑問だ。
自分を拾ってきた卓也ならば分かる。
彼が最初に自分を連れてきた以上、それがどのような物であれ何かしらの理由は存在するだろうし、後々何らかの形で自分の知る所になるのだろう。
美鳥の行動方針も、風呂で身体を洗われている時に確信した。
あれは基本的に卓也の安全確保を最優先で動き、次いで卓也の補佐を行おうとしているから、基本的には卓也の行動に従っているだけなのだろう。
兄と妹という二人の間柄を考えれば奇妙な繋がりだが、そういった兄妹も居るには居るのだろう。
だが、目の前の女性、二人の姉である句刻は違う。
卓也と美鳥のどちらの行動にも口を挟むでなく、かといって只管に二人の行動に追従する訳でも無い。
行動方針が見えない句刻の、自分に対する余りにも自然体過ぎる態度は、エンネアの目には酷く奇妙な物に映っていた。
だが、そんなエンネアの疑問を笑い飛ばす様に、句刻は即答した。

「だって、卓也ちゃんが自分で思い付いて拾って来たんだもん、無碍にする筈が無いじゃない」

「危ないかもしれないよ? いきなり飛びかかって、殴りかかるかも」

何かしたか認識する間もなく、魔術によりこの世から消滅する可能性もある。
だが、そんなエンネアの内心を見透かすかのような、自身に満ちた笑みを浮かべ、ち、ち、ち、と舌を鳴らしながら人差し指を振る。

「そういう全てに対処する度量が無いと、弟の姉なんてできやしないわ。姉って、そういうモノよ」

句刻の言葉に、エンネアは目を丸くして驚く。
基本的に夢幻心母に監禁されているエンネアではあるが、それでもその優れた知覚能力は夢幻心母内部の声であればある程度拾う事が可能なのだ。
エンネアとて、普通の世界の何もかもを知らない訳では無い。
姉と弟、妹。家族という間柄は互いに助け合う暖かい関係だと言われているのは知っている。
が、夢幻心母の内部で耳に入る姉という立場にいる者、自分の先輩に当たるムーンチャイルド計画の四号は、弟を刺殺した後に、錯乱してその場から逃げだしたのだという。
夢幻心母の中で耳にした姉という立場の者の行動と、句刻の言う姉の在り方は、余りにも異なっていた。
言葉だけで、実際に何か起きたら即座に見捨てるかもしれない。
だが、本当にそうだろうか。
口先だけと言い切るには、句刻の表情は確かな自信に充ち溢れている。
イレギュラーの一人なだけあって、この恐ろ【無害そうな】────何の力も持って無さそうな女性も何かしらの能力を持っているのだろうか。

「ほらほら、アーカムの朝は忙しいものと相場が決まってるの。ぼっとしないで急ぐ急ぐ。」

考えこんでいたエンネアは、何時の間にか近付いていた句刻に肩を捕まえられ、部屋のドアの方へと振り向かされる。

「わ、わ、ちょっ、ちょっと待ってって!」

後ろから掌で柔らかく肩をホールドされ、後ろから押されるように前に足を進めてしまい、慌てふためくエンネア。
エンネアの静止の声も聞かず、句刻は片手を肩から放しドアを開け放つ。
そのまま洗面所まで連れて行かれ、抵抗する間も与えられず顔を濡れタオルで拭われ、二枚のタオルを手渡される。
一連の行動の余りの速度に目を白黒させて混乱していたエンネアに、顔を拭き終りパジャマから普段着に着替えた句刻がエプロンをかけながら、人差し指で天井を指差し早口で指示を出す。

「卓也ちゃんと美鳥ちゃんが屋上に居ると思うから、エンネアちゃん、呼んできておいて。そろそろ朝ごはんだから戻って来なさいって」

「な、なんでエンネアが!?」

反逆者として捕えられていたとはいえ、ブラックロッジでの序列で言えば二番目、またその力から誰かに指図をされる事も殆ど無いエンネアは抗議の声を上げる。

「あぁ、蒼褪めたんまとぉ~♪」

が、当の句刻はそのまま歌を口ずさみながら朝食の準備を始めている。
エンネアの声はまるで聞こえていない様だ。

「ああ、もうっ」

エンネアは台所から視線を外し、玄関に向けて歩み始める。
どちらにしろ、彼等が信用に値すると思ったなら家事の手伝い程度の事はするつもりだったのだ。
だが、エンネアの見たところ、この家の家事全般は句刻の手一つで賄えており、手を入れるところが見当たらない。
そもそも、イレギュラーの存在を感知して衝動的に脱走してみたものの、肝心のイレギュラーに出会えたらどうするか、などと言う事は欠片も考えていなかった。
いつの間にか用意されていた靴をはき、玄関を開ける。
階段を登りながら、エンネアは今思いついたこの事実について思考を巡らせる。
彼等はイレギュラーだ。
少なくとも、自分の知る範囲(アカシックレコードに記されている範囲という事)では彼等の素性を知る事は出来なかったし、エンネアに取っても、もう一人の自分にとってもイレギュラーである事は間違いない。
だが、だから、彼等に何を期待しているのだろうか。
何もかもを掌で転がす邪神ですら把握しきれない何者かを見て満足したかったのか。
未だ持って自分の本心すら捉えきれないが、それが一番もっともらしい答えだろう。
まかり間違っても、彼等にこの無限の螺旋を終わらせてほしい、などと期待している訳では無い。
それを成そうと思ったのなら、まず彼等に邪神以上の力が備わっていなければならない。
そして、そんな力を持っているのだとすれば、彼等は神という事になってしまう。
少なくとも、エンネアの目から見た彼等は、それ程の存在には見えなかった。
それに、エンネアは善い神様の存在に憧れこそすれ、その存在を信じようという気は微塵も持ち合わせていない。
彼等が神なのだとすれば、この世界の邪神に招かれた、異なる世界の邪神だという方が余程自然な発想になってしまう。
昨日拾われてから今朝までの短い時間で見た光景、彼等の団らん風景はこの世界でも極々有り触れているものだった。
彼等が邪神や悪神の類であるなどと、思いたくはない。
階段を登り切り、屋上へと続く扉を前に立ち止まり、エンネアは自嘲する。
彼等が信用できるか、善き存在であるか悪しき存在であるかは分からない。
だが、彼等の団らんの温かさに触れたエンネアは、既に心のどこかで『信用したい』と考え始めているのだ。
たったの一日、いや半日、いやいや、実時間に換算すれば数時間の交流で、そう思ってしまっている自分の警戒心の無さに、エンネアは笑うしかない。

「……大丈夫、まだ、まだ時間はあるもんね」

完全に記憶している訳では無い。
が、覚えている限りでは、自分が再び捕えられるまで、あと一週間はある。
一週間。
それだけあれば、彼等をしっかりと見極める事は難しくは無い。
扉の向こうからは金属のぶつかり合う音、風を斬る音が絶え間なく聞こえてくる。
おそらく、卓也と美鳥が組手をしているのだろう。彼等が魔術と同時に武術を嗜むのは昨夜の夕食の時の会話を聞き理解している。
一度自分の両頬を掌でぱしんと叩き気持ちをリセット、できる限りの明るい笑顔を作り、屋上へと続く扉を開け放った。

―――――――――――――――――――

「卓也ー! 美鳥ー! そろそろ朝ごはんだから降りてきてー!」

「む」

「お」

鋸と大鎌での押し合いになり、懐から魔銃を取り出そうとしたところで、屋上の入口から脳天を突き抜ける様な馬鹿に明るい声が掛けられ、俺は思わず手を止めて振り向いた。
隙を見せたかとも思ったが、美鳥も俺から目を放し、入口の声の主に視線を向けている。
その片手は俺と同じく懐に差し込まれ、優美ささえ感じられる銀色の銃身を持つ回転拳銃を握り締めているが、その理由が俺と同じく先程の拮抗を破る為かは分からない。
美鳥は表面上は平静を保っているが、いや、平静を保っているというのが最早普通では無い。
内心を隠すために、先ほどまでの模擬戦で見せた喜色や興奮は失せ、平時と同じ様な表情をしているのだ。
俺も美鳥も表情を読み取られると不味い時を除き、戦闘時は沸き立つ感情に相応しい表情をするのだが、今の美鳥は表情と内心の齟齬が酷い。
もし今エンネアが何かしらの敵対行動の予備動作でも取ろうものなら、美鳥は懐から魔銃を抜く動作すら省略し、服越しに放たれる魔弾でもってエンネアの頭部を吹き飛ばすだろう。
……幾らなんでも警戒し過ぎではないだろうか。
昨日の夕暮れ時に拾ってから夜に姉さんの部屋で眠るまでの間は、様子見なのか借りてきた猫の様だったが、今のエンネアは今にも人受けの良さそうな明るい人格を演じている。
いや、演じているのかあれが素なのかは知らないが、少なくとも多少なりともああいう態度で臨んでもいいと踏んだのだろうから、即座に敵に回る事は無いだろう。
大体にして、俺、姉さん、美鳥には、エンネア──暴君の最大の攻撃であるアカシックレコード書き換えによる意味消滅は通用しない。
通常の、正面からのぶつかり合いになるなら、特に警戒するべき敵とも言えないと言うのが正直な所だ。
まぁ、俺のこういう隙を守る役目も持っている以上、俺が警戒し過ぎと思う程に美鳥が警戒するのは当前のことと言えば当前なのだが、過剰に心配されているようでこそばゆい。

「美鳥、今それは必要無い」

美鳥の大鎌と押し合っていた鋸を引き、懐に入れていた手を抜いて空の手を見せる。

「ん……お兄さんが、そういうなら」

表情はそのまま、口も動かさずに不承不承と言った口調のまま、懐から空の手を抜き、大鎌を引く美鳥。
そのまま大鎌を二、三度振るって消し、表情を改める。
これでいい。とりあえず、今の所は暴君と事を構えるのではなく、エンネアを混ぜて生活を送るのが目的なのだ。
鋸を二度ほど振るい、そのまま美鳥と同じように消す。
消すと言っても、俺も美鳥も何も本当に大鎌や鋸を消した訳では無く、オサレアクションに紛れて屋上の柵の外に高速で投げ捨てているだけ。
魔術的な方法で消す事も可能ではあるし、もちろん普段通り科学(むしろ次元連結システムのちょっとした応用)で異空間に格納する事も可能だ。
だがこういった破損の少ない刃物を捨てると、肉屋のパリーさん、浮浪者のジャックさん、紳士のポチョムキンさんが後々お礼と称してお歳暮をくれたりするので、最近は特別な理由が無い場合は使い終わった刃物は全て投げ捨てる事にしている。
偶に下の方から水っぽい音と悲鳴が聞こえる事もあるが、事件に発展した事は無いので問題は無い。閑話休題。
やる気無さげに背を曲げて歩く美鳥を引き連れ、屋上の入口に居るエンネアの前に立ち、その姿を見据える。
相変わらずの小豆ジャージだが、眼に生気が宿り表情も溌剌としているお陰でまるで別人に見える。
とはいえ、それで即座に彼女が暴君ネロ=エンネアである事に気が付ける者は居ないだろう。
何せアーカムの住人はかなり雑多であり、赤毛で癖毛の少女など、探すまでもなく街中を歩いていればかなり見かける事がある。
一言で言えば、この世界では割と見かける白人種の美少女、なのだが……

「? なになに、エンネアの顔に何かついてる?」

俺の視線に、エンネアが可愛らしく小首を傾げる。
俺はその姿を目に入れ、一度瞼を閉じ、明後日の方向を向いて再び目を開ける。
朝日というには登り過ぎた太陽の光に目を細めながら、慎重に言葉を選ぶ。
ごく短い期間ながら、彼女とはこれから家族ぐるみで共同生活を送るのだ。悪い印象は抱かれないに越したことは無い。
さりげなく、さりげなく、小さな声でぼそりと呟いて、この思考を終える事にしよう。

「白人系美少女にダッサイ小豆ジャージって、ちょっとニッチ過ぎるだろう……」

何処の層を狙っているか理解しかねる組み合わせだ。
いったい誰がパジャマとジャージの二択なんていう組み合わせ失敗フラグを立てたのやら。

「お前が言うな」「お前が言うな」

俺の呟きに、目の前のエンネアと後ろの美鳥が肘から先を横に振り抜きながら、全く同時に突っ込みを入れる。
こいつら、以外と仲良くなるかもしれない。
そんな事を考えながら、俺はこれから目の前の少女が死ぬまでの生活へ、期待に胸を膨らませた。
―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「今日は午後からだっけ、大学」

「四限目と五限目しか無いから、家でるのは午後からやね」

「ちょっと家の手伝いが出来ると思うけど、何かやる事ある?」

この時期はシュリュズベリィ先生がいないから、碌な講義が無いんだよな。
まぁ、そのシュリュズベリィ先生の講義にしても、もう何十回も同じ内容を聞いているのだけど。
受けるなら出す意見によって違うリアクションが返ってくるディスカッションが多い講義の方がまだバリエーションに富んでいて楽しい気がする。
逆に只管に講師の話を聞き続ける講義はもう受ける気力も湧かないのだが。

「んー、お掃除は終わっちゃってるし、洗濯物と買い物くらいかな。あ、トイレットペーパーの特売があるから、それ手伝ってくれる?」

姉さんは台所、居間、それぞれの部屋に通じる廊下を見て首をかしげた後、トイレを見て両の掌をぱんと打ち合わせた。

「んー」

「わかった」

返事はしたものの、まだスーパー、というより、ショッピングモールが開店するまで二時間ほども時間がある。
折角の空き時間なので、姉さんにくっ付いて居たいとも思うのだが、流石に人目がある所でべたべたするのは俺も恥ずかしい。
というより、ここ十数年で気付いたのだが、姉さんは基本的に作中キャラに恥ずかしいシーンを見られた場合、解決方法が余りにも物騒なのだ。
そんな訳で、なるべく殺したくない相手の前では姉さんといちゃいちゃし辛いのである。
頬を赤らめながら『何を見ているの、笑うな!』とか激昂しながら一見ファンシーな魔法の杖を振りかざす姿は非常に国粋主義的(マホウショウジョバンザイと読む)ではある。
が、しかし。
今、所在無さげに立ち尽くしているエンネアは、その癒しを少しの間だけ我慢してでも保持するにふさわしい価値を持つレア存在である。
何しろ、最終ルートの魔道探偵の所に向かうエンネアを除き、他のルートでは大概暴君の姿のまま大十字の所に直行し、一乙するか、さもなければ再び囚われ大十字と大したイベントを起こすまでも無く出産して死ぬ。
こうして暴君がエンネアとして存在する、という状況は、実はマスターオブネクロロリコンが金髪巨乳派になる確率よりも断然低い確率でしか起こらないのだ。
しかも、俺達の存在を感知してあちらから接触を図ろうとしたと考えればレア度は更に上がる。
ただ……

「な、何?」

俺の視線に、少しだけたじろぐエンネア。

「いや、今朝やたら明るかった割に、今は借りてきた猫のように大人しいな、と」

そう、この場に居るエンネア、やたら大人しいというか、行動がやや消極的なのだ。
別に原作の大十字の様に好かれている訳では無いから飛び付かれたりする訳は無いにしても。
例えばそう、服装の面にも文句を付けていい気がする。
確かにジャージは部屋着にするにも家事をするにも運動するにも便利な代物ではある。
しかし、御洒落の面で言えば、少なくとも今エンネアの来ている小豆ジャージは落第点だろう。
正直、あの小豆ジャージを違和感無く着こなせるのは熱血隼人先生以外では、某レインボウリバースな板の目隠れ巨乳ジャージの先輩程度しか思い当たらない。
それ以外で小豆ジャージを着用する人々と言えば、デモンパラサイトリプレイなどで変身後に服が使えなくなる連中くらいか。
それにしたって一番安い衣服だからという理由で用意されているに過ぎず、着用者達にも決して好意的に迎えられていた訳では無い。
それほどまでに小豆ジャージとは、難易度が高い衣服であり、ジャージ初心者には向かない装備なのだ。
そんな俺の疑問にエンネアの代わりに答えるかの様に、窓際で寝転びながらラノベを読んでいる(シリーズ全編読み終える度にストーリーに関する記憶を封印する事で、何度でも新鮮な感覚で読む事ができる)美鳥が、ごろんと身体を横に倒しながら。

「余りにもやる事が無さ過ぎて、何か要求するのも気が引けるんじゃねーのー?」

「あぁー……、納得」

確かに、原作での大十字家とは違い、家はやる事が無い。
家事の類は俺も姉さんも美鳥も一通り精通しているし、各自で分担したり、週毎に(周毎ではない)役割を入れ替えている為、掃除がされていないとか、ご飯がまともに作られていないとか、洗濯物を溜めこむとかが余りない。
時折美鳥が洗濯当番の時に俺のパンツが消えたりするが、それにしたって美鳥に直接返す様に言えばかぴかぴの状態になってはいるものの返ってくるので問題ない。
人のパンツをなんだと思っているのかは知らないが、俺も洗濯当番の時に姉さんの下着を手に思わず想像の翼をはためかせてしまう時があるので、仕方が無いものなのだろう。
これで姉さんが美鳥の下着に何事かしていれば見事な循環が完成するのだが、別にそれは必要な循環では無いので無い方がいい。
ともかく、はっきり言ってしまえば、この家ではエンネアのする事は何もないのである。
更に言えば、原作の大十字がやられた、誘拐拉致監禁されて云々言いふらす、というのは、俺達のご近所との良好な関係によって実行不可能。
つまり、エンネアは今、八方手詰まりの状態なのだ。
もう少し、傍若無人な所を露わにして好き勝手するかもと思ったのだが、姉さんの持つ力を本能的に感じ取り、無茶な行動が出来ないでいるのだろうか。

「じゃ、エンネアちゃんにはゴミ捨てお願いしようかな」

そうすれば、代わりに何か主張出来るでしょう、と言外に告げる姉さん。
因みに家のアパートは、階段を降りてすぐ隣にゴミ捨て場があるので、移動距離は数十メートルにも満たない。
出るゴミも極端に少ないため、ゴミ捨てに掛かる労力は無いに等しい。
対価として何かを得ようとするには、余りにも軽すぎる労働。
だが、

「わかった! そういう事ならエンネアに任せておいてよ!」

ここに来て初めて『何か』する事が出来るとあって、エンネアの表情は割と輝いて見える。
そんな表情をした少女に無粋な指摘など出来る訳も無く、俺は手元のアーカム・アドヴァタイザーへと視線を落とす。
トップニュースを飾るのはもちろん『治安警察及びブラックロッジ構成員78名死亡』というスキャンダラスなニュースだ。

「昨日未明、18番区画にて『ブラックロッジ』構成員78名が殺されているのが発見された。治安警察では裏社会の構想に巻き込まれたものとして……」

見飽きたニュースなので、途中で新聞を閉じて放り投げる。
何しろ通算で三十回ほど見た記事であり、この記事程内容の代わり難い記事も存在しないからだ。
この構成員の78という数字は恐らくブラックロッジがエンネアの追撃に即座に出せる限界の数だったのだろう。
この数字が変わった事は無い。殺害状況も同じなら、事件が起きた区画も同じ。
正直、ドクターウエストを見習ってほしい。
彼はこれまでのループの中、一度たりとも破壊ロボに同じ名前を付けた事が無く、そのバリエーションには目を見張るものがある。
まぁ、何かしらの目的や衝動に任せて逃走する暴君にエンターテイメント性を求めるのは酷なのだろうが。
ともあれ、このタイミングで起きる事件も何時も通り。
今回のイレギュラーな出来事は、エンネアが俺達と接触したことくらい。
背筋を伸ばし思いっきり仰け反り、窓の外に視線を送る。
昨晩の雨が嘘のように雲一つない空に、サンサンと太陽の光が降り注いでいる。

「今日はいい天気だ。こんな日はなんだかいい事しちゃいそう」

小規模な悪の組織でも一方的に蹂躙したら、善行って事になるのかな?
そんな事を考えられる程度には、今日もアーカムは平和です。






続く
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御覧の通り生きています。心配していた方が居るかは自信がありませんが。
福島県在住ですが、海から遠い中通り(そういう分け方があるんです。ニコニコ大百科あたり見てくれれば理解しやすいと思います)なので比較的被害は少なかった訳ですね。
あとは水道が復旧して更に原発が落ち着いてくれれば本当に一息吐けるのですが、どっちも難しそうです。
こんな時期にこんなアレなSS上げるのは不謹慎かとも思いましたが、このSSが僅かなりとも娯楽として心を慰める事が出来ればと思い、投稿する事にします。
作中の主人公の外道な思考については、フィクションという事でなんとか流して頂ければ幸いです。

前置きが長くなりましたが、久しぶりに時間の流れが超遅い第四十六話をお届けしました。
なんとこの話、半日程度しか時間が経過していないという、遠大な無限螺旋物としては酷く冒涜的な構造。
とはいえ、偶には作中時間をまともに戻さないと感覚がずれてしまいますから、仕方無いですね。
エンネアがジャージだったり、明るい猫の様な性格が垣間見え無かったりして違和感たっぷりかもしれませんが、そこは以下自問自答コーナー。

Q,こんなの俺のエンネアじゃないやい!
A,エンネアって、基本的に尽くすタイプな訳ですが、つまるところ好意の対象となる相手が居ない、もしくは自分が手を出せる場所が無い場合、途端に何もできなくなる所があると思うんですよ。基本的に諦念を抱いている訳で。
あれです、ダメな男に惹かれるタイプ? しっかり者とは相性がよろしくないという事で。
主人公達を見極めていないので、距離を測っている最中とも言えます。


なんか書き忘れた事があったら追記するかもしれませんが、今回はこんなところで。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、そして、長くても短くてもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。


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