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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第四十五話「続くループと増える回数」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 21:26
とある大都会の、とある大学、その中にある、一般の学生には解放されていない、とある図書館での一コマ。

「ふぅ……」

半分眠っているのではないかと思えるほど瞼を落とし、うっすらと開いた瞳で手元の本に視線を落とす青年。
平時であれば余りにも鋭い、いや、余りにもガラの悪い鋭さを持った、見る者に悪印象を与えるその目は閉じられる寸前の如く細められ、まるで老衰で安らかに死ぬ寸前の猫か、満腹の余り眠る寸前の犬の様な印象を与えている。
そんな彼を、訝しげに見つめる紳士然とした老人が一人。
彼の名はヘンリー・アーミティッジ。このとある大都会、アーカムシティのとある大学──ミスカトニック大学の、陰秘学科の学生の内でも一部の者しか入る事を許可されない秘密図書館の主だ。
ミスカトニック秘密図書館には世界中から様々な魔導書、アーティファクトなどの魔術的危険物が集められており、危険物の管理、及び、危険物の収集や管理が行える人材を育てるのが、アーカムシティに居を構えるミスカトニック大学の陰秘学科の役割の一つである。
彼の視線の先に居る青年は、その陰秘学科に一年前に推薦で入学した学生である。
青年の名を、鳴無卓也という。
陰秘学科の中では入学前から温めていたと思われる科学と魔導の融合技術を駆使し、各講座の講師からの覚えもいい。
だが、本来ならば二年に上がったばかりの彼がこの秘密図書館への入室を許可されるのは異例の事だ。
彼の一つ上の学年にもやはり一年で秘密図書館での魔導書閲覧許可を貰った学生も居るには居る。
だが、アーミティッジの目の前の彼はその一つ上の学生とは違い、飛び抜けて優秀という訳でも無い。
それでも一般の学生より実力は確かにあるのだが、それでも一年そこらで秘密図書館に入れる程に飛び抜けている訳では無い。
彼が秘密図書館に入室出来た理由、それは彼が今視線を落としている一冊の本が原因となっている。
『機神夢想論』
魔術における一つの極みとも言える超高難易度魔術に、機神招喚という物が存在する。
高位次元に存在する機械の神の影を現実に映し出し思うがままに使役するという、神降ろしに分類される魔術の中では最高峰に分類されると言っても過言では無い魔術。
『機神夢想論』は、魔術の世界に入門したばかりの碌に技術の無い者でも機神招喚を扱う事が出来る様になるという、破格の魔導書なのだ。
足りない技術を補う為のアーティファクトの作成方法から、機神招喚を行う上で最適な身体、魂への成長方法などが載せられている。
勿論、如何に補助アーティファクトを作れてもそれは未熟な魔術師でも作れる簡易な物でしか無く、当然、術者の技術不足分は『一度の招喚で確実に致死レベルまで魂が摩耗する』という代償によって補われる。
だが、本来機神招喚とは魔術の才に優れた者が幾年もの修行を重ねた上で初めて至れる境地なのだ。
通常であれば如何に才に優れようとも、機神招喚の記述が存在する魔導書を持っているだけの魔術の初心者が機神招喚を行える訳が無い。
だが、この魔導書は、その道理を覆してしまう。
たった一つの命を燃料として差し出す。たったそれだけの代償で最高位の魔術を成功させてしまえるのだ。
これが万が一邪悪な魔術結社──たとえばブラックロッジ──に渡ったとするならば、町中でブラックロッジの手下による、命を顧みない『鬼械神テロ』とでも言うべき事態が多発する可能性は十分にある。
鳴無卓也は、そんな危険物を二年に上がる直前の講義で、『妹と共に一年で研究したテーマを纏めたレポート』として、担当の教師に提出したのだ。
勿論、レポートは即座に禁書指定を受け、危険な魔導書として秘密図書館に移送、即刻その他の危険な魔導書と共に封印される事となった。
封印とは言っても魔導書自体には力は殆ど存在しないため、秘密図書館の中でもやや浅い所に収蔵されているそれを、陰秘学科の一部講師を除き、閲覧を許可されている唯一の学生。
それが、『機神夢想論』を執筆した学生、鳴無卓也とその妹、鳴無美鳥。
一年の時点で魔導書を執筆できるだけの知識量を持った彼等が、また唐突に危険な魔導書を書き始め無い様に、再教育を施すべきだとして秘密図書館に居る間はアーミティッジが面倒をみる事になったのだ。
……その他にも、優秀な魔術師の孵化寸前の卵である彼等を逃がさない為、ミスカトニックの蔵書の量を見せて大学に括りつけておきたい、という部分もあるらしいが、問題はそこでは無い。

「鳴無美鳥君、君の兄はどうしてこう、あそこまで無気力で居られるのかね?」

司書の座る受付から少し離れ、鳴無卓也の座る席からも少し離れた所で、クッキーを摘まみながら大学ノートにひたすら何かを書き連ねている少女──鳴無美鳥に向かい、アーミティッジは声を潜めて話しかけた。
美鳥はちらりと視線を逸らし、また溜息を吐きながら魔導書のページを捲る兄に視線を送りながら、クッキーを食べる手を止め、顎に手を当てて答えた。

「あたし達の故郷に、賢者モードって言葉があるんだけど、ジジイは聞いた事あるか?」

「……いや、初耳だな」

そもそも、英語と日本語が混じり合った言葉を一つの単語として扱う日本語は少なからず魔術的だ、などと思いはするが、それだけだ。
アーミティッジも多国語に精通し、日本語も不自由しない程度には理解しているので日本語の意味を翻訳して考えてみたが、言葉通りの意味しか浮かばない。
そんなアーミティッジに対し、美鳥はくるくると手に持ったペンの先を教鞭の様にくるくると廻しながら答えた。

「人間、年単位で時間とか労力やらを掛けた仕事とか、そういう大きな事を終えた後って、今まで力を注いできた対象が無くなって、それまでがつがつしてたのが変に悟りきった様になる事があるじゃん。お兄さんはそれだね。時々思い出したようにあんな感じになるんよ」

「なるほど」

アーミティッジは美鳥の答えに得心した様に頷いた。
年単位で時間を掛けた仕事、というよりも、年単位で研究をつづけた物の集大成を完成させてしまったからこそ、指導の必要が欠片も見受けられない程に落ち付いてしまっているのだろう。
冷静になって考えてみれば、あれだけの理論を一年やそこらで打ち立てる事は不可能。
入学前から研究を重ね、ミスカトニックに入ってからの研究でそれを完成させたと考えるのが自然だ。
恐らく、鳴無兄妹もまさか入学一年目で長年の研究を纏める事になるとは思いもしなかったのだろう。
四年かけて纏めるつもりだった理論を一年で纏めてしまったため、意欲を向ける先が無くなり、あの無気力状態に陥ってしまった。
大学側の想定していた『再教育』は、ああいった危険な理論をそこら辺の講義のレポートとしてぽんぽん出さないように、変に野心を持たない様に、という方向性だった。
だが、これでは逆にあの無気力状態から復帰させる事こそが第一の様な気さえしてくる。

「彼にやる気を出させるには、どうするべきだろうか」

「んー……ま、お兄さんもそんな長々と引っ張る性格じゃないし、次に力を注ぐテーマなり目標なりを見つけるのを気長に待てばいいと思うよ。学校以外じゃまともに動いてるしね」

そう気楽に言い放ち、また美鳥はノートにペンを走らせ始める。
ノートに描かれているのは、日本に存在する城の絵と設計図。
どうやら、卓也程では無いにしても、美鳥も現時点で魔術に対する興味が薄れているらしい。
アーミティッジはこの二人の学生の扱いを考え、こっそりと溜息を吐いた。

―――――――――――――――――――

○月○日(世はなべて事も無し)

『俺の大気圏外からの前回り踵落としにより、人類が根絶やしになった地球は、比喩表現ではない文字通りの意味で粉々になった』
『俺の鬼械神は送還した上で、人間サイズの戦闘形体に戻った上での事だ』
『もちろん、それ以前の段階で多少熔断して切れ目を入れてしまっていたし、質量も少なからず減っていたが、それでも単独での惑星破壊に成功した、というのは間違いでは無い』
『念願の機神招喚にも成功し、単独での惑星破壊も成し遂げ、かなり上機嫌だった事を覚えている』
『俺は、人々が逃げ惑う様を覚えているし、燃え尽きた人類文明の跡を、抵抗者達の必死の反撃を、俺に裏切られた先生の叫びを、俺に取り込まれる寸前の先生の驚愕を覚えている』
『大気圏外から見た、あらゆる生き物の命が途絶えた地球の姿も、身体が光を超える感覚も、脚先に触れた地球が砕ける感触も、地球のあった宙域覆った多量の塵の見苦しさも、間違いなく記憶している』
『だが、それらの事実を証明する物は、この世界には存在しない』
『姉さんも俺の行いを見ていたし、美鳥だって姉さんの隣で見物していた。俺自身、映像データに起こせと言われればフルハイビジョンで千ミリ秒も掛けずに用意できる』
『しかし、今現在確かに地球は健在だし、人類は今も地球のあちこちで減ったり増えたりを繰り返しつつも、滅亡なんてしていない』
『赤子と旦那を見捨てて逃げた女も、見捨てられて殺されて化け物に成ってしまった男と赤子も、喧嘩したり仲直りしたり破局したりしつつも生き続けている』
『死に際にあこがれの戦車に希望を見出した少年だって、今は何の変哲も無い学生生活や奉公人生活を送っているだろう』
『端末どもに引きちぎられ砕かれ焼かれたあらゆるものが、今はそんな事実は存在していない物として平和に暮らしている』
『シスターライカは、今も教会で孤児たちの面倒を見ながら、明るい表情の下で度々鬱々しているだろう』
『三人の孤児は前回ほどでは無いにしても仲好くに孤児院で生活している筈だ。NTRも触手も未経験の綺麗な心と身体で』
『特殊資料整理室の面々は遠めに見かけた位だが、裸白衣もインディーも館長も元気にしている』
『この間は、この六周目で初めてシュリュズベリィ先生と出会った』
『学術調査や何やらでそれなりに親交を深めた時の親しげな視線でも無く、裏切り者の敵対者としての厳しい視線でも無い』
『入学一年目にして危険な魔導書を執筆した学生を見極めようとしている、探る様な、しかし好奇心や期待の多く含まれた視線』
『あの地球が燃え尽きた日、互いを喰らい合う為の熾烈なやり取りなど無かったかのような、極々有り触れた感情』
『今の俺は、スペック的にはシュリュズベリィ先生の一割増程効率よく、一割増の威力で、一割だけ早く魔術を行使できる』
『シュリュズベリィ先生の持っている知識は残らず記憶しているし、セラエノ断章の複製も可能』
『そして、鬼械神を、俺だけの、俺が機神招喚を行使して初めて招喚できる鬼械神を所有している』
『これだけが、あの終末の光景を引き起こしたという、確かな証拠だ』
『得た物は大きい。俺がトリッパー達の機神招喚の真実に辿りつけたのも、ああいった行動を起こしたからこそだと確信している』
『爽快感はあった。はっきり言って罪悪感はかなり薄い。今さら悔い改めた訳でも無い』
『元の世界では間違っても出来ない行為だし、普段は何より先に能力の向上のみを求めている以上、あそこまで単純に破壊力だけを行使する機会もそうそう無いので、いい経験にはなった』
『だが、なんなんだろう。今のこの慌ただしくも平穏な何時も通りの世界は、俺の行為が、全て夢幻だったとでも言いたげに流れていく』
『変質した大十字九郎によって作られる、無限の平行世界とでも言うべき異なる結末』
『確かに、俺はその中の一つの未来を完膚なきまでに破壊した。続く筈だった人類の未来を消滅させた』
『無かった事になった訳では無い。だが、俺は二度とあの滅びた地球に辿り着く事は無い』
『似せた結末を用意する事は簡単だが、あの世界を垣間見る事は不可能』
『それがどうしたと言われればそれまでなのだが、俺の頭からは一年の時が流れてもこの考えが離れてくれない』
『いや、これは考えなのだろうか。あそこまでやっておいて、というか、あそこまでやったからこそ、俺の中にはもやもやとした何かが蟠っている』
『つまるところ、ループするというのはこういう事なのだろう』

―――――――――――――――――――

大学の講義を終え、俺は美鳥と別行動を取っていた。
何の事は無いただの気まぐれ、少しばかり街を見て回って、何か面白そうなものがあったら姉さんや美鳥へのお土産にする。
今がループ初期であるという証なのか、実はこのアーカムシティは一周毎に極々僅かながら以前よりも成長を続けている。
これは何もおかしな事では無い。何しろ、今はまだ無限螺旋が始まってから一千周もしていない。
最初の大十字が金の鉱脈と、僅かながらの近代史の記憶を頼りに世界に誇る覇道財閥を築きあげ、更にその有名な覇道財閥の偉業を記憶した大十字が過去に遡り、記憶していた覇道の功績に沿って世界を成長させていき、カンニングでできた余裕で新たな事業を起こす。
覇道財閥が有名に、強大になればなるほど次の大十字の中の覇道財閥の知識は多くなり、覇道鋼造になった時にカンニングできる量が増え、生まれた余裕で前の周よりも更に覇道財閥は成長する。
そういった面で見れば、この世界、特にこのアーカムシティは、引き継ぎ無しでプレイヤーのリアルプレイングスキルだけが上がり続けるシムシティの様なもの。
そうして、この極僅ずつの成長こそが、アーカムシティの結界の綻びや淀みの整理に繋がり、街の成長から見てとれる前の周との分かり易い相違だ。
……などと偉そうに考えてみるが、俺自身このからくりに気が付けたのはここ一年でじっくり街を見て回る様になってからの事だったりする。
それもこれも、この世界にトリップしてからずっと追い求めてきた機神招喚を完成させられたからこそだろう。
現時点での努力目標が無いので、それ以外のどうでもいい部分に意識が向いて、見落としていた様々な物を見つける事が出来るようになっているのだと思う。

「平和だなぁ……」

いや、間違いなく世界は今も現在進行形で邪悪に狙われているのだけど、少なくとも俺の周りは平和だ。
基本的に下手に治安の悪い区域に出向かなければブラックロッジに関わる様な出来事には巻き込まれないし、表通りで発生するブラックロッジ絡みのイベントはビジュアルからなにからド派手な巨大戦ばかりなので、回避が容易い。
というより、破壊ロボ出現からメタトロン出現、破壊ロボ撃破までの流れが迅速過ぎて、余程の下手を打たなければ巻き込まれる事が無いのだ。
アル・アジフが現れるまではまだまだ掛かるし、大十字九郎との合流前であればさらにブラックロッジの表立った活動は少ない。

「この平和、前はちょっとヤンチャしちゃったけど、割かし大切だったんだな」

前の周は最初から、二年もかけて壊す為に大切に日々を過ごしたけど、そのまま平穏に暮らしていくというのも悪くない生活なのかもしれない。
まぁあれはあれで面白かったが、ループ後の虚無感が何とも言えな過ぎて頻繁にやろうとは思えない。
でも地球割りは爽快だったし、気が向いたらまたやろう。人類を滅ぼすという工程を抜けば一瞬で終わるし。
他の空いている惑星とかでもいいかな。火星は基本的に無人の筈だし丁度いい。
無人、だよな? 月みたいに変に高度な文明持った連中とか居ないよな?
まぁともかく、今はこの本気で何もする事の無い平穏こそを満喫しようと思っている。
今のこの平穏を侵すものがあれば、気まぐれに戦ってみてもいいくらいだ。

「俺、この平和を守ってみせるよ。だから…………早く乱れろよ、平和」

「──────」

人の多い市場を眺めながらそんな事を呟いていたら、突っ込みの言葉と共に後頭部を細長い棒状の何かでスコンと叩かれた。
叩かれた後頭部を擦りながら振り向くと、今回の周では一度も行っていない、大衆食堂『ニグラス亭』の店主であるシュブさんが、買い物袋とフランスパンを持って呆れた表情で立っていた。
現在の時刻、ニグラス亭は準備中の筈だけど、あと数時間もしない内に安くて美味くて量の多い夕飯を求めた労働者が大挙して押し寄せると思うのだが、一体こんな場所で何をしているのだろうか。

「──? ──────、────?」

「え? ええ、講義が終わったので、珍品か美味しいおやつでも無いかと探していたんです」

「────」

「ですね。新原さんの屋台、終わっちゃいましたから」

元新原さんの現QBさんは、今はドーナツとは全く関係無い営業マンになっている。
なんでも、今は怪しげな石だか種だか卵だかを黒く染めて、それを魔法少女という名の改造人間に回収させる事業に取り組んでいるとかいないとか。
魔法少女になる素質を秘めた女の子の願いを叶える代わりに、魂を物質化させて肉体面での強化を図るとか云々。
今は才能溢れる少女に契約を結ばせる為に西へ東へ奔走しているとかいないとか。
本当に、黒の王と白の王はどうしたんだと問い質したい。
まぁ、ドーナツ屋やっているよりは余程それらしい仕事なんじゃないだろうか。
そんな事を考えていると、シュブさんが手に提げていた買い物袋を押し付ける様に手渡してきた。

「────、──」

「はぁ、荷物持ちをしろとは、また唐突ですね」

一度シュブさんも交えてキャンプ、というか、バーベキューをした事はあるが、そこまで親しい中でも無かった筈だ。
それを言い出したら、召喚失敗でお風呂シュブさんとかスヤスヤシュブさんとかシュブさんの思ったより毛深くないシュブさん(比喩表現)とか、親しくないのに見たのかと言われそうだが。
いや、だからこそ、それらの失態を清算する為にも手を貸せ、という事なのかもしれない。
俺の疑問の声に、シュブさんは片手に持ったフランスパンを掌で叩きながらツンとした態度で答えた。

「────────。────、────?」

「あー……そりゃすいません。そこら辺の事は考えていませんでした」

どうやら、自分の店をアーカム毎真っ平らにされたのが割とご立腹らしい。
言われてみれば、アーカムを焼き払った時点でニグラス亭も消滅してしまったのだよなぁ。
前もって姉さんが知らせていたから家の中の私物は全部実家に移しておいたらしいが、それでも家と店を一度潰してしまったというのは事実な訳だし。
本当なら怒られて当然の所を、荷物持ち程度で許してくれるというのなら、喜んで付き合うべきだろう。

「で、何を買いに行くんです?」

「────」

「ラム肉ですか。……なんか一瞬、共食いという言葉が頭に」

「──、────」

「いやいや、そりゃラム肉が山羊じゃなくて羊肉だってのは知っていますけどね、でも正直どっちも食べ慣れてないから違いが今一分かり難いというか」

そんなこんなで、その日はシュブさんの買い物に付き合って放課後の時間を潰してしまった。
が、シュブさんの機嫌も直ったし、シュブさんの紹介で割と良い食材の揃っている店も知る事が出来たので良しとしておく。

―――――――――――――――――――

■月×日(量子論的な揺らぎが云々)

『ラプラスの魔は存在できないとかどうとか、そんな感じの結論を出してくれたありがたぁいお話だったと思う』
『サイトロンの予知もいまいち完全な未来予測ではない以上俺は否定する材料を持ち合わせていないのだけど、この世界で似た理論を立てようとしたら字祷子論的揺らぎがどうこうって言い変えなきゃならんわけか』
『今までのループ、と言ってもまだ六周目な訳だが、その中でも少なからぬ変化というか、誤差の様なものは存在していた』
『一番顕著に表れていたのは大十字が関わる事件の数々、というか、ぶっちゃけ対峙する事となるページモンスターだろう』
『ニトクリスの鏡イベントが起きずにジョージ、コリンのアリスンに対する感情が軟化しないまま終わった事もあれば、原作通りに鏡イベントを起こして仲良くなる場合もあった』
『だが、今回の変化は極めつけだろう』
『今は二年に上がって数か月、この時期にはシュリュズベリィ先生が帰ってきて、実戦民族学ではない座学を教えてくれるのが恒例だった』
『だが、未だ持ってシュリュズベリィ先生は帰ってきていない』
『なんでも、海外での単独活動中に八月党とかいう怪しげな魔術結社にいちゃもんをつけられて、今現在は身を隠しつつ党員の駆除活動を行っている最中らしい』
『八月党。今までのループの中ではついぞ名前も出てこなかった連中で、しかも原作世界で活躍し始めるのはED後、出典はシナリオの人のブログだかHPの日記が初出だった筈』
『この時期にはシュリュズベリィ先生と関わりはあまり無かったと思うのだが、一体どうなっているのか』
『というより、旧神が云々言う教義だから現時点ではそこまで熱心な信奉者は居ないと思ったのだけども』
『しかも、連中との魔術闘争のお陰で、後一年は帰れる見込みが無いらしい』
『一年。アルアジフが到着する直前までアーカムに滞在していた今までのループとは確実に違う流れだ』
『何かが変わろうとしているのか、それとも、これもまたイベントの僅かな揺らぎでしかないのか』
『機神招喚に成功して以来、ずっとまったりしていたが、俺もこれをきっかけに動き出してみるのもいいかもしれない』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

作品世界にトリップしている最中の時間の中、最も多い割合を占めるのは、物語の進行とは欠片も関係無い日常生活である。
多くの事件やトラブルが存在する物語の中ですら、人々はごく普通の人生を続けなければならない。
当然の話だ。SFであれファンタジーであれ、そこに暮らす人無くして世界は成り立たず、トラブルに巻き込まれていない間は、例えその世界のモデルとなった作品の中心人物ですらごくありふれた生活を送っている。
人はパンのみにて生きるに非ず。そして、キャラもイベントの中においてのみ生きている訳では無い。
例え物語上の登場人物であったとしても、極めて緻密に形成された世界の中においては、飯も食えば風呂にも入り糞もする。

「……昔の話ですが」

糞をする、とまで考え、俺はふとある事を思い出し、目の前で日替わり定食を貪っている大十字に、パンケーキタワーをフォークでつんつんと突いて揺らしながら語りかける。

「あん?」

「信奉するアイドルを指して『○○ちゃんはうんこなんてしない!』なんて言う連中が居たじゃないですか」

それこそ、巷のアイドルに親衛隊だのファンクラブだのが当たり前の様に存在し、そのファン同士で敵対アイドルのつぶし合いまで行われていた時代の話だ。

「あぁー……、居たな。今も居るんじゃないか? 絶滅危惧種だとは思うけど。ていうか飯食ってる最中にうんことか言うなよ」

大十字は心なしか嫌そうな顔をしながら、それでも食欲は衰えないのか、小鉢の中の納豆に醤油を掛けてかき混ぜ始める。
かき混ぜられまくった納豆は、ビジュアル的にカレーよりもうんこの話と相性が悪いと思うのだが、そこは気にならないのだろうか。

「まぁ最後まで聞けよ先輩。……んで、そのアイドルを文字通りの偶像(アイドル)にしていた連中ってのは滅んで、今は割と人間として見始めているでしょう」

元の世界での話だが、部分部分ニャル様の差し金で時代を先取りした文化が存在するこの世界でも似た様なものだ。
これはどちらかと言えば事務所やメディア側の『アイドルの売り方』の変遷によるものだから先取りした所で意味は無い筈なのだが、それを言ったらアイスクリームを先取りした意味も分からなくなるので深く考える必要はない。
邪神の、それも世界を文字通り回している様な規模の邪神の考えなど、完全に理解するのは難しい。

「まぁ、色々とニュースで取り上げられることも多いからな。完全な偶像にするのは無理があるんだろ」

「そうですね、昔ならファンが激減する様なスキャンダラスな内容だった筈のアイドルのリアル私生活だって、今じゃ祭りの如く騒ぐ為のネタの様に扱われるようになりました」

其処を考えると元の世界で女性声優に熱を上げるタイプの人々は、二十年か三十年程昔の文化をなぞっている様なものだろう。
処女じゃないとか男とデートしたとかで大炎上する様は、昔のアイドルの親衛隊の姿とダブって見えると姉さんが言っていた。
だが、重要なのはそこでは無い。
問題なのは、アイドルのそういった人間であるという側面を受け入れつつ、尚熱狂し続ける人々の方だ。

「悪い事じゃないだろ、それは。結局何が言いたいんだ?」

納豆ごはんを口の中に掻き込み、味噌汁に手を伸ばす気楽そうな大十字。
俺はそれに、パンケーキタワーをフォークに流し込んだ斬鉄の意味を込めた気の力で縦に切り裂きながら答える。

「つまりですね。旧来の熱狂的アイドルファンの『○○ちゃんはうんこしない!』という主張と、現在の熱狂的アイドルファンの『○○ちゃんのうんこなら是非食べてみたい』という主張。俗世に受け入れられにくいのはどちらの方なのだろうかと、疑問に思ってしまう訳ですよ。俺は」

切り裂かれたパンケーキタワーは綺麗な断面を見せ、その素晴らしい積層構造を披露してくれた。
そう、積層構造なのだ。ここのパンケーキタワーは交互に少しだけ食感の違うパンケーキを重ねる事により揺れに対する柔軟性を持たせ、より高い塔を建設する事に成功している。
それでいて、交互に積み重なったパンケーキはその食感の違いが見事にマッチし、味じたいにも不自然さは無い。
このタワーを考案したシェフ(学食のおばさん。バタ臭い顔のアメ公だが腕は確か)、まさに天才……。

「……お前さ、本当に、人が飯食ってるって事を考えて発言しろよな」

大十字が納豆ごはんを掻き込む端を止め、ジト目を向けてくる。
ああ、消化不良だと豆系が混じったりはするからな。イメージしてしまったのだろう。
別に俺はイメージを押し付けられるつもりはないので気にしないが。

「俺だって食っていますよ。デザートですが」

パンケーキ、美味しいです。
メープルシロップとアイス、美味しいです。
お茶、美味しいです。

「そりゃパンケーキなら連想する事もないだろ。大体、お前ら兄妹は先輩に対する礼儀が──」

礼儀とか言い出したよこの大十字。今回はやや硬めに変質したようだ。
すっかり思考が逸れてしまったので、大十字の説教を脳内でフィルタリング。
かないみかボイスに変換された説教をBGMに、俺はうんこの方に逸れていた思考を修正する。
作中人物達がストーリーとは関係無い日常の諸々とこなしている以上、何かしらの変化があったとして、それが実際に表に現れるにはそれなり以上の時間を必要とする、という事だ。
日記には先生の行動の変化が何かのきっかけになるのではないか、と思っていたが、やはりその変化が現れる大分前にその変化を促す何かしらのイレギュラーがあり、そのイレギュラーにも原因がある。
蝶の羽ばたきが遠い街で嵐を起こすには、そこに至るまでのいくつもの要素が存在しなければならない。
業子力学によらずとも幾度も提唱されてきた事だ。
世界への影響力の違いにより、投げられた小石の齎す結末は変わる。
放物線を描き何事も無く地面に落着するか、近所の雷親父の家のガラス窓を突き破るか、空を飛ぶ鳥を貫き撃墜するか。
転がりに転がり、最終的には大国を滅ぼす事の出来る小石だって存在する。物語を軸に存在する作品世界であればなおさらだ。
だが、そういった大規模な、遠大な結果を生み出す事が出来たとしても、それにはやはり、結果を出すまでの時間と言う物が必要不可欠なのだ。
更に言えば、その結果が俺に関わりのあるものだとは限らない。
基本的に、トリッパーは回避しようとしない限り原作のイベント、もしくはオリジナルのイベントなどに関わり易くなる修正が掛けられているが、それもあくまで基本的な話。
事に捻くれ者の千歳さんの作った世界ならなおさらだ。あの人なら平気で主人公の知らない場所でサイドストーリーが始まって終わるなんて事は当然のごとくやりかねない。
最も、穴埋め要員であるトリッパーである俺達が入り込んだ事で、どれほど千歳さんの生み出した世界に変化を与えているか分からない以上、全てをあの人の作品傾向から推察する事は難しいのだが。
ともかく、新たな変化が訪れるか否かが確認できない以上、俺は独自に時間を潰す為の何かを考えなければならない。
真っ先に思い浮かぶのは、機神招喚によって呼び出した機械巨神の制御訓練か。
やはり、大導師さまから隠れながら活動し、なおかつあの力を必要な時に使おうと思ったなら、あのサイズは大きすぎる。
訓練でどうにか出来ればいいのだが……。

「おい、ちゃんと聞いてるか?」

額を押され、目線を大十字に向けさせられた。
俺の額を手で押した大十字が、いぶかしげな表情で俺の顔を覗き込み問いかけてきた。
かないみかボイスで。

「ぶっ」

思わずパンケーキを噴き出す所だった。このイケメン顔でこの声は危険すぎる。
俺は脳内のフィルタリングを取り去り、改めて大十字の説教に耳を傾け直した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「なぁんて、事を話した事もありましたねぇ」

「だから、なんで最後の最後で思い出す話がそれなんだお前は!」

何時ものように異界へと続く門を浮かべている南極の空を見上げながらの俺のふつくしきおもひで語りに、大十字が突っ込みを入れる。
当然、頭に振り下ろされそうだった平手は直撃する前に受け止めた。
如何に優れた魔術師とはいえ、生身の人間のツッコミをうっかり受けてしまう程、俺の性能は低くない。

「いいじゃないですか、俺、湿っぽいお別れって少し苦手なんですよ」

また数ヵ月後には初めましてをするというのに、真面目にお別れなんてしていられない。
それに俺の前科から考えて、なんかうっかり敵対フラグとかも立てちゃいそうだし。
『何故、お前がそんなところに居る!』
『フフフ……、メタルジェノサイダー……、フフフ……』
みたいな感じで。違うか。
正直、圧倒的にスペックで上回っているのに勝利条件をもぎ取られたこととかを考えると、最終的に此方を圧倒的なスペックで上回る上に補正も十分付いていそうな大十字とは敵対したくない。
というか、現時点では大十字は死ぬ度に巻き戻されてコイン一個入れられるから、理論上完全勝利は不可能なのだ。マジで連コインとか後ろの客に迷惑だろニャルさん。
ああ、違うぞニャルさん! それはギャラリーじゃなくて順番待ちの次のお客さんだから! 手を振っても挑発にしかならないから! はやくクリアーしてあげて!
そんな事を脳内で考えていた事には欠片も気付いていない大十字が、呆れたような表情で自らの額に手を当て、溜息を吐く。

「まったく、お前は最後までそんな感じか」

「別に、死にに行く訳じゃないんでしょう?」

負けに行くだけだし、その後は何だかんだで三十か四十年くらい生き存える事が出来る筈だ。
まぁ、邪神との戦いに身を投じた挙句、最終的には若かりし頃の機神招喚の後遺症で衰弱死という微妙な人生になるけど、死ぬよりはナンボかましだろう。
というか、もうこれで大十字を見送るのは六度目なのだ。
正直な話、一々気の利いた見送りをするつもりにはあまりなれない。
むしろここまで南極での決戦イベントで皆勤賞を取っている事を評価してもらっても良いくらいだ。
一応、気の利いた見送りは出来なくても別れの言葉は毎度毎度告げているしな。
そんな俺の態度に、大十字が少し考えこむような表情をし、口を開く。

「……なぁ、これから俺はあの門をくぐって、異世界に行く事になる。多分、いや、確実にこの時代の地球には戻れない」

「戻ってくることが絶対にあり得ない訳では無いですけどね」

過去、未来、異星、異次元を経由する事になるが、最終的にはどうあがいても数十年前の地球に落ちる事になる。
いわゆる読者視点、神の視点から言えば、大十字九郎は二度と戻って来れないどころか、確実に地球の近い年代には戻って来れるのだが。
しかし、それはあくまでも神視点であり、この世界の住人の視点では無い。
やはりというかなんというか、大十字は俺の希望的観測(あるいはニャル様による絶望的筋書き)に、寂しそうな顔で頭を振る。

「それでも、多分戻って来れないと思う。だから、ここからの地球の事は──」

ううむ。
ここまでの六周、全ての大十字はやや優等生気味であり赤貧でない事を除けば、ほぼ原作の大十字と変わらない性格だった。
だが、今回の大十字はやや思慮深い性格なのだろう。これからの、デモンベインを失った後の世界の事にも気を掛けている。
……正直、この世界がまかり間違って魔導探偵になる前にループを終わらせるシナリオだったとしても、ループを終わらせる大十字は間違いなくこの大十字では無いと確信してしまった。
下手に思慮深いが故に、何も考えずに前に進む力においてはこれまでの大十字に一歩も二歩も劣っているのだ。
ここで地球に、親しい何もかもと別れる事を恐れるのではなく、よりにもよって世界の平和について頭を悩ませるとか、負けフラグにも程がある。
とはいえ、それを本人に対して告げるのも違うだろう。
何しろ、これから大十字は散々世の中のあれやこれやに打ちのめされながら覇道を行き、しかし戦いの中では無く、衰弱と戦いながら静かにこの世を去らなければならない。
大十字九郎としての最後の戦いぐらい、安心して戦場に出向かせてやるのが情けというものだ。
俺は僅か一ミリ秒で思考を終え、大十字を安心させられる内容をでっち上げ、大十字の言葉を遮る様に口を開いた。

「確かに、ブラックロッジが潰えたとはいえ、世界にはまだ悪い魔術結社も人類に敵対的な邪神も溢れています。────ですが」

うん、今のですがの前の間は、確実に『────』が表示される絶妙の間だった。
そんなどうでもいい事を考えながら、俺は次に用意していた言葉を口にする。

「人類はそれほど軟ではありません。シュリュズベリィ先生だっています。シュリュズベリィ先生以外にも、人類側で鬼械神を召喚できる程の魔術師はそれなりに居ます。破壊ロボの残骸を回収して、魔術理論を応用してデモンベインもどきを作って人類側の防衛力にする国も出てくるでしょう」

確か公式でもそんな事が言われていた筈だ。
これ以降の時代、世は魔術と科学が入り乱れ、戦場には機械と魔術の巨人が溢れ返る。
スーパーロボット大戦をもっと絶望的にした様な世界が訪れるのだ。少なくとも、人類が簡単に滅ぼされる、という事は無くなるだろう。
ま、それでも強めの邪神が本気出したりしたら一瞬なのは変わらないが。
それに、今回は試しに世界を滅ぼすつもりも無い。
少なくとも俺が滅ぼすという可能性が低い分、間違いなくこの世界の今後は暗くない筈だ。

「だから先輩。後ろの事は心配せず、思う存分戦ってください」

「……そっか、そうだな」

先輩の憂鬱そうな表情が、僅かに明るさを取り戻す。
まだ憂いが抜けきっていないけど、これ以上はアルアジフの仕事だろう。
精々少女の綺麗な身体で心を癒すがいいさ。

―――――――――――――――――――
○月○日(繰り返し、繰り返し)

『もしかしたら次こそは何か面白い劇的な変化が現れるかもしれないと、ループを繰り返す毎に考えていた』
『もちろん、街を見渡せば少なからぬ変化が見て取れる』
『それは前回の大十字の持つ歴史系の知識の引き継ぎによって起こる発展でもあれば、変質した新たな大十字の行動であったり、世界そのものの揺らぎが引き起こす誤差であったりと様々だ』
『だが、やはり六周目以降、この十二周目に至るまでに、只管にそういった誤差を慰めにするというのは些か不健康な気もする訳だ』
『もちろん、姉さんや美鳥が居るお陰で私生活に不満は全くないが、能力的な伸びを考えると自己強化という面では不満が残るのも確かな事実になる』
『取り込んだシュリュズベリィ先生の記憶に依らない魔術の研鑽にも余念は無いが、それでも伸び率が地味でパッとしないのもまた事実』
『まともに成長が確認できている部分もあるにはあるが、それは余りにも巨大過ぎて使い辛い機械巨神の制御法にのみ現れていると行っても過言では無い』
『サイズ、能力共に夢幻心母と融合したクトゥルーと余裕で殴り合いが出来るレベルに達してはいるが、そこまで派手に動くと、母体の中の大導師殿に気取られる可能性も出てくる』
『悩ましい話だ。力を使う場が欲しい訳ではないが、力の伸びを確認する場に恵まれないのは少しイライラする』

追記
『機神招喚に関する追加の修業、研究の必要が出てきた』
『やはり世界は広い、というか、トリッパー業界は余りにも広大だ』
『たかだか鬼械神の原形程度では、並みのロボット相手に遅れをとる可能性だってある』
『その事を教えてくれた姉さんには感謝してもしきれない』
―――――――――――――――――――

初招喚から十四年程の時を経て、度重なる修行の果て、遂に俺は機械巨神の完全制御に成功した。
これでもう何も怖くない。シュリュズベリィ先生を踊り食いした事に関しても、後悔なんてある訳無い。
世界法則を捻じ曲げる術のあるこの世界では奇跡も魔法もあり放題。
思えば、機械巨神ともなんとなく夢の中であったような気さえしてくる。正にこの出会いは運命だったと言っても過言では無いだろう。
つまり、思いっきり調子に乗っていたのだろう。
今の俺なら、ラスボス補正も超えて大導師さま辺りも殺せるんじゃないかって。
だから、姉さんが俺との模擬選で『お姉ちゃんもロボットを召喚して戦ってみるね』と言ったとき、それはとても嬉しいなと思った。
姉さんが魔法の杖ではない、あまり得意科目では無いロボット限定とはいえ、俺との模擬選で武器を装備してくれるなんて、俺も成長してきたんだなぁ、と。

「俺って、ほんとバカ……」

目の前の、俺の操る機械巨神からすれば小人の様なサイズのカラフルなロボットに、姉さんは乗っている。
だが、その動きは余りにも鈍い。
というか、動かない。移動する際も手足を動かしたりせず、直立不動のままでスライドするかの様に動く。
いや、動く必要が無いのか。
その巨大な山の如き安定感、仏教における不動明王をイメージさせるその姿は、見る者の心理的影響すら考慮して設計されているのかもしれない。
俺の機械巨神は、そのマシンの放つ余りにも圧倒的な威圧感に、まるで戦闘シーンへ作画枚数を裂くつもりがないのではないかと思ってしまう程に動けなくなっていた。
いや、既にダメージの面でもまともに動く事は出来なくなってしまっている。
今でも思い出す。胸部の『G』のマークから放たれる、安い絵具色のコマ数の少ない怪光線が直撃した瞬間のあの理不尽なダメージに、次の攻撃を回避不能にされてしまう俺の機械巨神なのだ。
そんなダメージ、絶対おかしいよ……。

「卓也ちゃん、これで止めよ!」

通信越しに、姉さんが珍しく声を張り上げている。武器を使うのは久しぶりだから気合いが入っているのかもしれない。
そろそろけりをつけてしまおう。
いつの間にか、姉さんの駆るマシンが、途中の動画をケチったかの様に剣を振り上げている。
振り上げているというより、胴を横から狙う様なポージングだ。そのまま身体を動かさないと機械巨神を切り裂く事はできない。
いや、そんな、あの一枚絵をスライドさせる様な動きはなんだ! 横に! 横に!

「ファイナルゴッドマーズ!(効果:相手は死ぬ)」

姉さんの操る剣を構えたロボット──カラフルな配色のゴッドマーズが、繰り返し横にスライドする。
理不尽なまでの必勝バンクに組み込まれながら、俺は思った。
いつか、無敵のレオパルドン流剣術に、本当に向き合えますか、と……。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「分かっているとは思うけど、というか、さっき思いっきり理解して貰えたと思うけど、如何に鬼械神の原形とかいう凄い痛い機体でも、勝てない相手には勝てないの」

「うん、すっごい良くわかった」

「見てる方がぞっとするような理解のさせ方だったねー」

字祷子宇宙とはずれた次元に作られた訓練用亜空間の中、反省会用に設えられた教室の様な場所で、椅子に座って姉さんの指導を受けている。
元の世界で学生をしていた頃に座っていた様な木と金属パイプで作られた机と椅子に座り、色々なロボットがデフォルメされて描かれたホワイトボードに目を向ける。
姉さんや美鳥が描いたであろうそれらのロボットは、例え機械巨神の力をフルに用いたとしても勝てないタイプのロボットだ。
例えばゲッペラー様、ドリルで天を衝く赤いやつ、アマテラスが乗ってたりする黄金のMH、レオパルドン、そして姉さんがさっき使っていたゴッドマーズだ。

「火と火で炎になるロボットとか、その母艦の子孫の地球より大きな集合体の統御ユニットとかは?」

「単純物理系とか、簡単な構造の物理法則改変系なら問題じゃないでしょ?」

「なるほど」

ある程度の位階に達した魔術師の鬼械神戦において超光速戦闘は必須科目であり、宇宙、時空などが戦闘の余波で壊れない程度の規模の戦いであればどうとでも対処できてしまう。
物理法則を書き換えるのは魔術で既に可能なので特に問題にはならない。
もっとも、どちらも純粋科学の結晶であるので、取り込む事に成功すればオリジナルの十数倍程度の能力は軽く望める。
デモンベイン世界に来てからはやたらと魔術に傾倒し続けているし、その内真っ当な科学技術の塊を取り込みに行きたいものだ。

「一話収録後に着ぐるみが盗まれたせいで恐ろしい程に掛かってる補正で勝つとかそもそもパイロットが全能とか、その辺のイカれた相手はともかくとして、やっぱり能力に幅を持たせる事も勝利の鍵だと思うの。そんな訳で、卓也ちゃんには更に今の力を使いこなして貰うわね。美鳥ちゃん」

「あぁーい」

姉さんの指示により、美鳥が様々なメカの書かれたホワイトボードをひっくり返す。
裏面に描かれていたのは──、ヒステリーなエドロポリスできっと待ってる必殺ヒーロー、尻尾の生えたメタル忍者(宅配ピザ屋)だった。
ピザと一緒に正義もお届けしてくれるらしいが、困った。
正直な話、俺はこの作品の事を殆ど知らない。
猫で忍者でピザ屋で、しかも当時の流行の最先端であるデフォルメ系メカという美味しいとこ取りをしていた記憶はあるのだが、いかんせん放送当時の俺が幼すぎた。
というより、これ放送してた時俺は物心付いていたのだろうか。実はテレビ放送ではなくVHSに偶然録画されていた映像を見て覚えた節がある。
何気にタツノコだったと思うのだが、間違いなくタツノコファイトに出られない様な印象しか無い
そもそも俺は、猿、犬、雉がメタリックなアーマーになって桃太郎と合体するアレとか、心の刃を大空に振りかざしたり眉間が煌めくメカ武芸伝の方を好んでいた気がする。
もしかしなくても、父さん母さんが生きていて俺がこの不思議ボディに改造される前の話だ。ログを辿る事すら不可能な時代の話。
正直、リアクションに困る。
これでまだ某レイバーとかならテレビ版OVA版劇場版漫画版サントラと揃っているからそれなりに語る事も出来るのだが……。

「お姉さん、落書きしたらちゃんと消しておこうよ……」

「ご、ごめんごめん。あ、これは関係無いからちょっと待っててね?」

呆れた風の美鳥が姉さんに突っ込みを入れて、姉さんが慌ててホワイトボードに描かれた絵を消している。
何時もとは立場が逆だが、美鳥も変にボケると即死するという事を覚えたからだろうか、すっかり突っ込みも板に付いてきた気がする。
数秒でホワイトボードを綺麗にした姉さんは、改めて文字や図を書き連ね、ホワイトボードが八割方埋まった所で振り向き、こほんと咳をして仕切り直した。

「結局のところ、卓也ちゃんはあのでっかいのを十四年位掛けて完全に制御した訳だけど、機神招喚の術式はただ単に鬼械神を呼び出す以外にも様々な可能性があるの」

学帽にモノクル、スーツに白衣の姉さんが教鞭でホワイトボードの一角を指し示す。
其処には数本の横線で仕切られ、上には上位次元を現しているだろうデフォルメされた機械巨神、下には現在の次元を現しているだろう様々な鬼械神。

「上位次元に存在する鬼械神の元となる何か。これが原作や他の二次創作でどう扱われているかは分からないけど、少なくとも、この世界では極僅かな例外を除く殆どの鬼械神はたった一つのオリジナルから三次元に落とされた影という扱いになっているわよね?」

「はい質問。極僅かな例外って、どの鬼械神の事?」

なんとなく予想は付いているが、曖昧な予測を正解として自分の中に置いておくのは危険なので、聞ける時に聞いてしまうのが吉だろう。
姉さんはその質問を予測していたのか、更にホワイトボードの一角を教鞭で叩きながら答えた。

「いい質問ね。なんとなく予測は付いていると思うけど、例外となる鬼械神は二つ。デモンベインとリベルレギスよ」

教鞭の先端で指し示されたそこには、二頭身と三頭身の中間位にデフォルメされたスパロボドット絵風のデモンベインとリベルレギス。
だが、双方ともに完全には描かれておらず、人間で言う心臓部分は内部構造が嫌に精密に描かれている。分解でもした事があるのだろうか。
そして、その内部構造の中心には機械装置に包まれた怪しげなオブジェが搭載されている。
デモンベインの獅子の心臓と、リベルレギスの無限の心臓だ。

「なるほど、体内に別の神の一形態を内蔵しているから、単純にオリジナルの影、というう訳でも無いって事か」

「そゆこと。体内にヨグ・ソトースの影の一形態を備えたリベルレギスとデモンベインは、エネルギー供給源も思考も心臓に多く依存していて、オリジナルの影であるボディから独立しているお陰で、アンブロシウスの時みたいに手なずける事は出来ないんだってさ」

俺の言葉に頷きながら、今度は美鳥が補足を入れてきた。
そう、デモンベインもリベルレギスも、力の差こそあれ、その力の源はヨグ・ソトースの影を通して異界から無限に供給される力を利用している。
それこそが紛い物の鬼械神であるデモンベインが本物の鬼械神に対抗できる理由であり、リベルレギスが心臓無しでも稼働できる理由なのだ。
小説版の軍神強襲において、大導師さまの駆るリベルレギスはその心臓をデモンベインに貸与し、ツインドライブモードのデモンベインと動力源無しで渡り合った。
これは大導師の異端さを表してもいるが、本来のリベルレギスが心臓無しでも稼働可能である事を示している。
仮にも一々鬼械神として招喚されているリベルレギスに、鬼械神とは関係無い物が混じっているなどという事があり得るのか、などと思われるかもしれない。
しかし、現実として原作の外伝小説である機神胎動にて、リベルレギスに搭載されていない状態の無限の心臓──リベルレギスの動力源が、ブラックロッジとはあまり関係無い魔術結社(ほぼ個人の様なものだが)の手中に収められていた。
つまり、リベルレギスの超常の強さの秘訣は、大導師殿の種属値、三位一体、ナコト写本の魔導書としての優秀さの他に、リベルレギス本来の動力の他に追加で動力を積んでいる所にあるのだろう。
こう考えれば、軍神強襲でツインドライブデモンベインとハートレスリベルレギスの能力が拮抗していたのも説明が付く。
神とのハーフという基礎からして優秀な魔術師の大導師殿と、その優秀な魔導書によって呼び出されるリベルレギスは、追加の動力が無くとも鬼械神の中で頂点に立てる程のスペックを持っているのだろう。
そう考えれば、できそこないの鬼械神であるデモンベインに強力な動力を二つ積んで強化してようやく互角というのも頷ける話だ。
何しろ、搭乗しているのは覇道鋼造──既に負けの確定した大十字九郎。
ループするまでの間にトラペゾヘドロンに目覚める必要がある為、大十字の魔術師としてのピークは大学三から四年程に調節されており、敗北してループした後は、如何に研鑽を積んで知識量を増やし修行を重ねたとしても、全盛期の魔術への適正には遠く及ばない。

「卓也ちゃんも一応獅子の心臓を持っているけど、それだけじゃリベルレギスには勝てないし、そもそもデモンベインとは敵対する旨味が無いわ。変な思いつきで戦ったりしちゃダメよ?」

「まぁ、巨大化は負けフラグとも言うしね。つうか、そもそもあの二人に喧嘩を売るつもりは無いし」

正直、大導師殿と大十字、この二人と敵対するつもりはさらさらないのでここは素直に頷いておく。

「うん、美鳥ちゃんからのこれまでの世界での行動の報告とか聞くと、ちょっと調子に乗ってやりかねないかなーなんて思ってたけど、やるつもりが無いならいいの」

「お兄さんちょっとその辺前科多すぎだもんね」

「失敬な」

ラスボスと敵対したのは銀星号の時一度だけだし、それ以外の時はラスボスなんてかすりもしなかったぞ。
スパロボ世界のラスボス機体は俺の中に息衝いてるから敵対した訳じゃないし。
スクナも踏み台専用の中ボスだからカウントされないし。
ブラスレ世界じゃ裸足の王子様どころかその部下のマグロさんと俺の下僕が戦った程度だ。

「話を戻すわね。──つまり何が言いたいかって言えば、出自や構造からして特殊なリベルレギスとか、そもそも正確には鬼械神ですらないデモンベインはともかくとして、それ以外の鬼械神はすべて、あの機械巨神から派生させる事が可能な筈なの」

「んー……、なる、ほど?」

理屈は分かる。何となく実感もしている。
招喚した機械巨神は、本来三次元に存在出来ない上位次元の存在である為か、見る角度一つとっても不自然な程に全く別の姿に見えるのだ。
動く度に全身を構成する螺子に歯車やその他様々な機械部品が複雑怪奇に噛み合って動くせいで、大まかなフォルムは変わっていない様でその姿は常に変化を続けているせいもあるのだろう。
だが、この見え方というのが機神招喚を行う術者の見る鬼械神へのイメージであるのならば納得もいく。
術者の位階、主に用いる術式の種類、属性、そして契約した魔導書の違いにより、現世に映し出される姿を決定付けている。
そう考えれば、オリジナル、原形である機械巨神をそのまま呼び出すというのは如何にも効率が悪い。
いや、別に招喚するのに何らかのリスクが必要と言う訳でも無いし、制限時間がある訳でも無い。機械の神と俺の身体の相性はやはり抜群だ。
効率が悪いというのは、相手の強さに応じた力加減の問題だ。
例えば敵がシュリュズベリィ先生程の実力の持ち主であれば、デモンベインをトリプルドライブにしたりブラスレイターの能力で融合強化したりしても、最終的には基礎スペックで圧倒されてしまう。ボウライダーは言わずもがな。
そこで、俺が一定以上の位階にある魔術師の招喚する鬼械神に対してどのような対処をすればいいかと言えば、機械巨神しか手は無い。
相手が逆十字一人辺りなら、
無限の心臓トリプルドライブで蛇口三つ分のパワー!
とか、
四連断鎖術式からのアトランティスクラッシャー!
とか、
自爆覚悟の諸手螺旋もとい諸手レムリアインパクト!
とか、
周囲に無数の魔銃を錬金してのトリガァァ、ハッピィィィィ!
とかやって楽に押し切れると思うが、仮に相手がタッグやトリオを組んできたら、もうそこで全高一キロを超える機械巨人の出番が始まる。
丁度いい、目立たないノーマルサイズの鬼械神を招喚出来れば一番いい。
いいのだが……

「俺、招喚すると勝手に機械巨神が出てくるんだけど」

そう、俺の初招喚の相手があらゆる鬼械神のアーキタイプとでも言うべき存在であった為か、俺の中の鬼械神のイメージはそれで固まり切っている。
アル・アジフのコピーを使って召喚してみても、精々ほんのりアイオーンっぽいシルエットになるだけで、呼び出されるのは相変わらず超巨大サイズの機械巨神。
『機械の』神である為か俺との相性が抜群で、俺が手を抜いて召喚しても召喚される側が常に全力全開になってしまうのだ。

「大丈夫! こんな事もあろうかと、手加減招喚の練習に必要な道具はすべて揃えてあるの。美鳥ちゃん、例のモノを」

姉さんがパチンと指を鳴らし、何時の間にか教室の外に移動していた美鳥が、ドアをガラガラと開けて何か荷車の様なものを引きながら入室してくる。

「あいあいあい持ってきたよー」

美鳥が引く荷車の上に四角い檻の様なものが乗せられ、それには分厚い布が被せられている。
バラエティー番組であれば、あの中に入っているのは某ドM属性をもつ芸人か、リアクション芸人を動かす為の猛獣が入れられているところだろう。
ただ、ここ二十年少しで鍛えに鍛えられた俺の霊視能力はあの中にある物が何であるかを薄々勘付かせていた。

「ああ、確かにそれなら上手く招喚できないかもしれない。俺、嫌われてるし」

何しろ、俺はあの布の中のモノの主を生きたまま喰らってしまっているのだ。
しかも、もうこの世界でその事実を確認する事は不可能に近いが、俺が一度世界を滅ぼしている事も知っているのだ。
印象は最悪、まともに協力する気にもならない筈。

「なぁんだ、やっぱりわかっちゃうのね」

「だから言ったじゃん。こんな檻まで用意してサプライズする意味は無いって。鎖でいいよ鎖で」

がっくりと肩を落とす姉さんと、やれやれと首を振りながら無造作に布を取り払う美鳥。
中に居たのは予想通り、俺が五周目に取り込んだ魔導書、セラエノ断章の精霊であるハヅキちゃん。
こうして五周目の彼女と会うのは、かれこれ十三年程ぶりだろうか。
当時は地球を滅ぼした事やらダディ──シュリュズベリィ先生を殺した事やらを非難され、挙句攻撃魔術まで使われて会話にならなかったので敢え無く消滅して貰った。
その時以来、記述は既に他の魔導書に写した後である為複製する機会も無かったのだが……。

「なんか、妙に大人しくない?」

檻越しに目の前で掌を振ってみるが、欠片も反応を示さない。
ウンともスンとも言わないという表現がこれほど似合う人型の存在も初めて見る。
記憶を弄ったのかもと思ったが、仮に元の状態で接したとしてもここまで反応は薄く無い筈だ。
俺の疑問に、姉さんが難しい顔でうんうん唸りながら答える。

「んと、美鳥ちゃんに複製して貰って魔力を流して擬人化して貰ったは良いんだけど、少しきゃんきゃん煩くて、ちょっと大人しくなって貰おうかなー、なんて思って、いろいろやってみたのよ」

「いろいろって?」

俺の更なる問いに、何故か美鳥が胸を張って自慢げに答えた。

「お姉さんが直々に魔導書を使って、大規模精神改造をしてくれたんだ。すごかったよー。後であたしを取り込む時に見れるだろうけど。お姉さんって機械類もそれなりに扱えるんだね」

「まぁ、魔法で呼び出したアーティファクトで似たようなのがいっぱいあるし、それ位はね」

姉さんがそれを自慢するでもなく流し、檻の鍵を開け、ハヅキちゃんの両脇に手を差し入れ持ち上げる。
だらんと身体を弛緩させ成すがままのハヅキちゃん。
姉さんは、そのままハヅキちゃんを俺に手渡してきた。

「とりあえず、人格はほとんど残って無いけど最低限卓也ちゃんへの恨みつらみは残ってるから。その状態でシュリュズベリィ先生の能力でアンブロシウスの招喚を成功させるのが最初のノルマね」

「わかった。……ていうかコレ、まともに動くの?」

俺に抱えられたハヅキちゃんは反応が無いとかそんなレベルでは無く、周囲の物を認識出来ているかどうかも怪しいレベルなのだが。
記述があれば精霊など居ても居なくても同じとはいえ、これでは精霊化させない状態で練習した方がいいのではないか。

「別に動かなくてもいいと思うけど、どうしても動かしたければこれの電源を入れて音を聞かせてあげて」

そういいながら、姉さんが細長い何かを手渡してくる。

「……マブチモーター?」

船やら潜水艦の耐水プラモなどに搭載して遊べるタイプの物。
モーター音がそれなりに響くが、逆にそれが『電動である』という事を強調していて楽しいという意見があるこれで、どうやってハヅキちゃんを動かせばいいのだろうか。

「ダメならもっと直接的に、あのマッサージチェアに座らせればいいと思うよ!」

美鳥の指し示す方向、反省会教室の隅っこに設置された、他称マッサージチェア。
頑丈そうな椅子の下に、モーターではなくやたらゴツイエンジンが搭載されている。
そして、どういった用途であろうか、座る場所の少し前に、なんというか、巨大な張り型が超雄々しく突き出している。
コメントに困る。
しかし、ここで黙り込んでは話が進まない。意を決して美鳥に問いかける。

「なあ、あれってどう見てもバイ──」

「マッサージチェアだよ」

「いやでも」

「あたしお手製のマッサージチェアだもんね。お兄さんとお姉さんが二人っきりでプロレスごっこしてる時、あたし一人であのマッサージチェアで癒されてるし。製作者が言うからには絶対にマッサージチェアだし」

「とりあえずハンカチ貸すから涙拭けよ」

うっかり衝撃の事実を聞き出してしまったが、その事は後回しだ。
貸したハンカチで鼻を噛んでいる美鳥をひと先ず置いておき、俺は手の中にハヅキちゃんを抱えたまま、姉さんの方に振り返る。

「姉さん、どんな魔導書を使って精神改造したの?」

「なことしゃほん」

「いや、もうちょい漢字が分かり易い発音で」

「だから、なことしゃほん。全六巻の」

デジタル言語版を入れれば七巻になる筈だが。
とりあえず、意地でも漢字に変換するつもりはないらしい。
姉さんはこう見えてたまに頑固なところもあるから、こうなったらもうお手上げだろう。
ふと、手渡されたマブチモーターの電源を入れ、ハヅキちゃんの耳元に近づけてみる。
スイッチを入れた途端びくりと身体を震わせたかと思えば、かちかちと歯を小刻みに打ち鳴らしながらぶつぶつと何事か口走り始めた。
『電源いれちゃやだ』だの『もう気持ち良くなりたくない』だの『ダディのじゃないのに』だの『ダディのより凄い』だの、ていうか、シュリュズベリィ先生ェ……。
白い肌を紅潮させうっすらと汗すら流し始めたハヅキちゃんから姉さんたちに視線を戻す。

「これ、適当に攻撃して精霊化出来なくしちゃだめかな」

アルアジフルートの精霊死亡版アルアジフとか、ライカルートのスリープモードナコト写本みたいに。

「それを すてるなんて とんでもない!」

美鳥うるせぇ黙れ。

「卓也ちゃんの術式を妨害してくる魔導書じゃないと意味が無いじゃない。因みに実体化の魔力はお姉ちゃんから電源取ってるから、生半可な攻撃じゃ本形態には戻らないと思うの」

姉さんからの供給を上回る攻撃力となると、維持できなくなるより先に魔導書本体が消滅する。
俺は反省会教室の窓から見える偽物の空を仰ぎ、五周目までのシュリュズベリィ先生を思う。
なんか俺、ロリに興味無いのに、寝盗ったみたいでごめんなさい。
大空に笑顔でサムズアップする先生の姿を幻視しながら、俺は機神招喚の修業スケジュールを頭の中で組み立て始めた。

―――――――――――――――――――

▲月◎日(トリップ中の時間の流れ)

『基本的に、トリッパーはトリップ中の時間は年齢に加算しなくてもいいというのが通例らしい』
『なにしろ、トリップ先の世界で寿命を迎えて死ぬどころか、老化を体験した者すら居ないというのだから、これは当然の流れなのだろう』
『さらに言えば、これは精神面での成長にも似た事が言えるらしい』
『偶に見る原作数百年前に転生、あるいはトリップする作品において主人公が年相応の人格を獲得し得ないのと似た様なものだというのが主流の考えなのだとか』
『力を振るうのに必要な、あるいは相手の精神攻撃、脳神経や魂への直接干渉を防ぐための精神力は時間経過によって手に入れられても、トリッパーの本来の性格が消え去る程に老成する事は無い』
『齢数百の人間がどんなメンタリティを獲得するか、現実においてそれを試す事は人間の寿命の関係でまず不可能だが、やはりリアル文献における仙人の様になるのが最も近いのだろうか』
『生まれる事の出来なかった、あるいは物語に適応する事の出来なかった元オリ主候補の隙間埋めとして呼ばれるのがトリッパーであれば、これは当然の事なのかもしれない』
『この世の全てに飽いていて、自発的には何も行動を起こさず、『原作きゃら? へぇ、美味しいの?』みたいな活力の無い性格では、物語の穴を埋めるも何もない』
『思えば、俺も姉さんも本来求められるそれとは異なるにせよ、最終的には物語の重要部分を掻き回しているという面では、物語への積極性を持っているという事になる』
『姉さんであれば迅速な元の世界への帰還のため、俺であれば優れた力を取り込むため、どちらにせよ、物語の中心部に向かわざるを得ない様になっている』
『うまく出来ているものだと思うが、それならば、この世界に来てから何度かなった、行動の指針が無く、どう動いていいか分からない状況というのは一体なんなのだろうか』
『トリッパーは成長しても反省はしない。学習しても改心はしない』
『この特性が今の状況と噛みあう時、今度こそ何かが始まればいいなというのが、ここ最近の俺の希望だ』

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

雨は、夕方から突如として振り始めた。
家を出て大学に向かった朝方、空は雲一つなく晴れ渡り眩しい日差しが射していたので、殆どの人にとっては完全な不意打ちだっただろう。
ラジオの朝の天気予報でも一日晴れで降水確率はゼロパーセントだったし、新聞の周冠天気図でも雨の気配は無かった。
その辺りの事を考えれば、常日頃から鞄に折りたたみ傘を忍ばせている人か、会社や学校に置き傘をしている人でも無ければ、今日のこの雨には対応できなかっただろう。

「そこら辺踏まえて感謝の言葉をどうぞ」

「改めて言われると少し恩着せがましい気もするけど、ま、素直に助かったよ。サンキュー」

苦笑しながらも感謝の言葉を素直に口に出す大十字と、俺を挟んで大十字の反対側に陣取って歩いている美鳥。
全員陰秘学科でもそれなりに上位をキープし続け、出身も同じ日本なだけあって、ミスカトニックに入学して積極的に講義を受けていれば俺も美鳥も直ぐに大十字とはそれなりにつるむ関係にはなれてしまう。
この適度な距離感を大十字と構築するのも、ここ三十二周までの間で二十三回目だろうか。
思えば七周前とかは大変だった。まさか大十字含むメインキャラが全員TSするとは思わなかったから、親しくなる為の距離造りが大変だった。
あそこで下手な美男だったりすると大十字とフラグでも立っていたのかもしれないが、そういうイベントは一切なく、幾つかの殴り合いイベントを経て親友になったりしたのもいい思い出だ。
しかし、やっぱり転生で元の性別に戻った大導師殿やナコト写本に負けた後エロい事されたりしたのだろうか。
なにせニトロ砲のサイズがそのまま胸のサイズに変換された様な身体だったし、顔つきも元々女っぽかったからなぁ。
直後のループでは覇道鋼造女性説がまことしやかに囁かれてたけど、胸とかどうやってかくしてたのやら。

「前々から思ってたけど、サンキューとか少しアメリカかぶれし過ぎじゃね?」

「そうかぁ? 三年以上もアメリカに住んでればこれ位は普通だろ」

「まぁ先輩は朝食にサラダとトースト、熱々のブラックコーヒーとか並べてそれが絵になるタイプだから、仕方無いね……」

落ちぶれていない時の大十字は、イケメンは何やっても様になるという言葉の見本の様な奴だから、少しくらいアメリカかぶれを起こした処で非難のしようもない。
そんな俺達の言葉に、大十字は憮然とした表情で首を振り抗議の声を上げる。

「いやでも、米って結構するだろ。炊くのに時間も掛かるし」

確かに、毎食毎食日本食を食べようとしたら、如何にアーカムといえどもそれなりに金が掛かる。
パンなら切ってトーストして数分で用意できるが、米は研いで水量って入れて、電気炊飯器が無ければ更に火の加減まで見なければならない。
俺達の家には元の世界で使っていたモノと同じ家電がそのまま持ち込まれているのでそういった苦労は存在しないが、一般的な時間の無い学生が米をメインにするのはアメリカでは難しいのかもしれない。
原作の様に落ちぶれていないにしても、大十字だって贅沢ができるほど生活費の援助を受けている訳でも無い。
やはりどこででも作られている小麦でできたパンの方が安価で入手も楽、忙しい学生の朝には打って付けなのだろう。
思えばこいつ、学食で飯を食べる時は結構な比率で和食を選んでいる。
前に大十字の家に遊びに行った時、冷蔵庫の中に味噌と醤油が存在したので、休日には時間を掛けて白米を炊いて和食を楽しんだりもするのかもしれない。
遠く故郷を離れても、やはり日本人は醤油や味噌の香りを忘れる事が出来ないのだ。
今度家で漬けているたくあんでも差し入れてやるべきなのかもしれない。

「だからって、毎度毎度シスターのとこに飯食いに行くってのもどうかと思うけどなー」

「うっ……。そりゃ、迷惑かけてるかもしれないけど……」

美鳥のケケケ笑いと共に発せられた指摘に、大十字がそっぽを向きながら思わず言葉を詰まらせる。
どういった訳か、シスターライカの教会では洋食と並んで和食が多く食卓に並ぶ事が多い。
米も決して安い訳では無い筈なのだが、どこからともなく振り込まれる援助金のお陰で選択の幅が増え、子供達の身体の為に栄養学的にも優れている米飯が出される比率が増えたのだとか。
その援助金の出所を知っている俺は、大十字に対して弧を描き細めた眼を向ける。

「アレ長、もとい、あしながおじさん兼食にも困る貧乏学生も良いけど、それだけじゃ女性は落とせないと思いますよ」

「うぅっ!」

「バイトしてまで資金援助も良いけど、学業をおろそかにはすんなよなー」

「ぐはっ……」

俺と美鳥の連携攻撃に、遂に大十字が胸元を抑えて後ろによろめく。
そう、アメリカかぶれといえば、今周の大十字はその中でも特に強くアメリカかぶれだろう。
何しろこの大十字、シスターライカを狙ってアプローチを繰り返しているのだ。
金髪巨乳眼鏡好きとか、余りにも大艦巨砲主義過ぎるというか、趣味嗜好が過剰にアメリカナイズドされ過ぎているのではないだろうか。

『ふん、あのような小娘の何処が良いのやら、妾には到底理解できそうも無い』

ここで大十字の鞄の中から空気では無くエーテルを震わせる特殊な声が響く。
雨に濡れたくないからと書の形に戻って鞄の中に潜り込んでいた大十字の魔導書、アルアジフだ。
因みに、今周の大十字はアメリカ的火力主義なので、アルアジフのつつましやかでなだらかな起伏に乏しい偏平なスマートかつフラットなスーパーライトボディには全然欲情できないらしい。
今周の大十字のメンタリティが最終決戦時に現れれば、ニャルさんのわがままボディの誘惑に耐えきれずバッドエンドルートに直行すること請け合いだろう。

「分かり易い場所にあると思うけどな、いいところ。例えば胸とか、あと胸とか」

更に言えば胸とか、眼鏡とかな。金髪は知らん。地毛は銀髪の筈だし。

「案外と、具合がいいとかそんな話じゃねーの? ひひっ」

それは少し発想がチンピラ過ぎるだろうと突っ込みたかったが、これは薄くなりがちなキャラを濃くしての事故アピール(んにあらず、デッキ事故とかと似たニュアンスだと思う)なので憐れみと諦めを込めてスルー。
だが、俺と美鳥の下品な発言に対し、少しばかり力を取り戻した風の大十字がよろめきながらも反論する。

「だから、そういう外見的な魅力だけじゃなくてだなぁ。こう、偶に見せる憂いを帯びた表情とか、優しさとか、そっちを挙げるだろ普通」

いい賛辞だ、感動的だな。だが無意味だ。
この惚気はかなりの真実度ですよぉ? ここまで照れる事もなく相手の良い所を上げられるなんて大した惚れっぷりだ。
自罰的思考でのネガティブスパイラルのふとした表出に、素顔を隠すための誰にでも向ける基本表情の如き笑顔は確かにS心を刺激されて魅力的ですよねとか言ったら間違いなく激昂しそうではあるな。
まぁ、どれもこれも大十字が無事にライカルートに入れれば知る事の出来る事だろうし、俺が言う必要も無いか。

「だったら、好感度稼ぎの為に人形劇の術式でも覚えてみます?」

「ああ、あれ子供たちに大受けだったよな。どうなってんだあれ」

前の前の休みの日、近所の他の孤児院の子供達も集めて俺と美鳥と姉さんで人形劇を行ってみせたのだが、これが思いの外受けた事を思い出したのか、大十字が興味津津と言った表情で訪ねてきた。

『やめておけ、お主の力量では寿命を縮めるだけだ』

「大げさだなアルは。なにもそこまで難易度が高い訳でも無いだろ。人形を動かすだけだし、念動の応用か何かじゃないのか?」

だが、ここでアルアジフの静止が掛かる。やはり止めたか。
パッと見は魔術師でも分からない様に隠ぺいしてあるのだが、魔導書の精霊から見れば一目瞭然なのだろう。

『うつけ。よいか九朗、あの人形劇は『機神招喚』の変形、規模こそ小さいが、あの劇に登場した人形はすべて鬼械神だ』

「…………マジで?」

アルアジフの言葉を聞き、数秒天を仰ぎ考え、顔を下ろして俺と美鳥を見ながら尋ねる大十字。その瞳には猜疑の色が浮かんでいる。
俺と美鳥を疑っている訳では無く、アルアジフの言葉の真偽を疑っているのだろう。

「マジす」

「マージ・マジ・マジーロだね」

変身するなという突っ込みを投げ捨てながら頷く。
二十周前の十二周目で姉さんに言われたとおり、俺は通常の魔術の修業にくわえ、更に並行して機神招喚の応用術式の訓練を行い続けている。
最初はシュリュズベリィ先生の能力を応用してアンブロシウスを招喚する所から始め、アルアジフコピーを利用したアイオーンの召喚とだんだん幅を広げ、今では二十センチの人形サイズまで小型化した鬼械神を召喚可能になった。
小型化に成功した辺りから武装の暗器化に加え、表面を陶器に近い材質で覆い人の顔を、ベルゼビュートの如く布を纏わせ衣服とする事で、見た目は只のお人形にしか見えないレベルまで辿り着く事が出来た。
これを発展させてヴァルシオーネR張りの巨大メカ娘ロボを作ったり、知能を搭載して本当に神様属性を持った武装神姫とか呼び出せるようになるのが、今後の目標だったりする。
……本当はアイオーンとかアンブロシウスとか以外の鬼械神も呼び出して訓練できればいいのだが、形状や性能を変化させる事はできても、全く思想、系統の違う鬼械神を呼び出すには、キーアイテムとしてそれ専用の魔導書が必要となってくるらしい。
だが、現状でも最初の頃に比べれば十分過ぎる程に鬼械神の運用の柔軟性は上がっているので、しばらくは小技を鍛える事で我慢しよう。
そんな事を考えていたら、大十字の鞄から傘が雨を弾く範囲に収まる控えめさで頁が舞い、大十字に寄り添うようにして人の形を形成する。

「鳴無、貴様等兄妹がどの様な形で修業をしても構わんが、妾の主に無茶な修行を勧めてくれるな」

人の形を取ったアルアジフが、じろりと俺の事を睨みつけてきた。

「貴様等と違って、我が主は『まともな人間』だ。一緒に修行して壊されては困る」

敵意という程でも無いが、その視線には明らかな警戒が浮かんでいる。
此方が悪意を持っている訳では無い事は理解している様だが、それでも主(敬って居なくても主は主だということだろう)を戦闘以外で無闇に危険に晒すのは本意ではないのだろう。
唯でさえ機神招喚は只の人間の魔術師が用いるのは代償の大きな術式だ。
大十字はその余りの相性の良さに気付いていないかもしれないが、やはりアイオーンを招喚する度に極々僅かながら魂は削れ、回数を重ねれば当然死に至る可能性だってある。
破壊ロボや偽アイオーン、逆十字などと戦う時以外で無闇に機神招喚を発動させたくないからこそのこの態度だと思えば、可愛いとすら思える。小さすぎて守備範囲外だが。
いや、むしろボール球どころか投げる前からメディ倫や児ポ法辺りの影響でボークか無効試合か。

「おいアル、言い過ぎだ」

「あいた!」

腕を組み、こちらを睨み続けているアルアジフの頭を大十字がぱこんと叩き、アルアジフが叩かれた箇所を両手で撫で擦りながら警戒むんむんの表情を涙目に変えた。
そんなアルアジフを尻目に、大十字が苦笑いしながら片手を手刀の形にして頭を軽く下げる。

「わりぃな。アルも悪気があって言ってる訳じゃないから、あんま気にしないでくれ」

「いいですよー。それに、わざわざそんな小ネタで好感度を上げなくとも、今度の休日にデートに誘えたんでしょう?」

「おう! 念願叶って初デートだ!」

──だが、そうなる様に誘導したのも、何を隠そうこの私だ。
人形劇で一般的な演目に混ぜて仲睦まじい姉弟が仲違して最終的に戦場で相討ちになる悲劇物とか混ぜてメンタルを弱らせ、大十字がそれをさりげなく慰める事が出来るように子供達の視線を人形劇に釘付けにもしていた。
ふふふ、思いのほか貴様等の誘導は容易かったぞ。何しろ娯楽の少ない孤児院の事、ジョージもコリンもアリスンも、他の孤児院の子供達もかなり夢中になってくれたからな。

「いいか大十字、女性をデートに誘えたからってあせったらダメだぜ? ホテルは最低でも三回目のデートの時に、さりげなく休憩をとる形で入らないと警戒されるからな。ほら、餞別にこのマップをやろう」

「ありがてぇ、って、これラブホにしかマーク付いてねぇじゃねえか!」

「男は獣だからな。どうしても我慢できなくなったらそこに書いてあるラブホにかけ込むのがお勧め。そして全身のポケットを探ってみな」

「いつの間にかいやらしいゴム風船が大量に……!」

「ふふふ、これで多い日も安心だなぁ大十字。シスターは孤児院の子供たちだけでも大変なんだから、今焦ってにんっしんさせたらいかんぜ?」

美鳥と大十字のアホなやり取りを眺めつつ、考える。
これで今週の大十字の嗜好も合わせれば、確実にライカルートに突入するだろう。
暴君が瀕死の重傷を負い、胎児を引き抜かれた上で死体を放置されるのはライカルートだけ。
無名祭祀書の行方が分からなくなるのもこのルートだけ。
つまり、この二つを安全に確保しようと思ったなら、何千何万のループの中で三十二度位しか訪れないライカルートに狙いをつけるしかない。
大十字の嗜好がオールマイティからボイン派になる機会はそれだけ少ない。
逆を言えば、俺の目論見通りライカルートに突入してくれれば、一気にシュリュズベリィ先生をも上回る位階にいそうな魔術師の死体と、優秀な魔導書を一気に取り込むことが出来る。

「先輩先輩、とりあえずこの流行りの甘味店が網羅されたマップを上げますから、美鳥のそれも大人しく受け取ってくださいな。ほらほら和スイーツの店もありますよ」

「いくらライカさんの気が引ける店を教えて貰っても、全身にコンドームを忍ばせたままデートなんてできるかこの日暮里出身!」

俺は期待に胸を膨らませながら、一度も日暮里に行った事が無いのに日暮里出身扱いされたことへのツッコミを行う為、ハリセン型バルザイの偃月刀の錬金を行うのであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

ざあざあ、ざあざあ、と、空から絶え間なく落ちる雨が街を濡らす。
降りしきる雨の中を、襤褸を纏った少女が、とぼとぼとあてどなく歩く。
傘をさし、もしくは傘をささずに街の人波が、少女には嫌に遠くに感じられた。
当然の話だ。何しろ、彼女にはそれらの近くに居た記憶が無い。
もしかしたら、ここではない何処か、今では無い何時かにそんな場所で生きていた事もあったのかもしれない。
だが、ここの、今の自分にはそんな記憶、どこを探しても存在しないことを、少女は嫌という程に理解していた。
侵されている。犯されている。冒されている。
世界はどうしようもない程に、邪悪で強大な神の掌の中。
足掻いて足掻いて足掻きぬいて、でも、どこまで行っても、どこにだって辿り着けない。
また、この汚された世界で、一人、歩き続けている。
逃れようの無い、飽きる程に繰り返されている終わりに向けて、止める事の出来ない前進を続けている。
袋小路に当たるのでは無く、出口の無い迷路で彷徨い続けている。
少女の瞳に浮かぶのは、諦観と絶望。
これまで自らの身に起きた禍を忘れることなく、これから自らの身に降り注ぐ禍の大凡を知り得るからこその感情。
だが、ならばなぜ少女は意味も無く、あてどなく彷徨うのか。
それは、世界の真実の一端を知る少女にすら知り得ない、有り得ない存在を感じた為。
災厄の詰まった箱に最後に残されたこの世で最も恐ろしい概念を彼女が有していないからこそ、未知という可能性に縋ってしまう。
これから産み落とす忌まわしき黒の王でもない。
未だ邪悪に力及ばない白の王でもない。
自らの知り得ない、全くの事前情報の無い、イレギュラー。
そんな者が『居るかもしれない』と感じた。唯それだけの理由で、彼女は持てる力の全てを用い、逃げだしてきた。
いや、逃げだすのは何時もの事か。
そんな事を考え、少女は毎度自らが行っているであろう行動を嘲笑う。
これまでの自分も、もしかしたら幾度か似た様な理由で逃げだした事があるのかもしれない。
在るかどうかも分からない、希望に縋って。

「あっ」

ぬかるみに足を取られ、その場にベシャリと倒れ伏す。
雨に濡れ、更には襤褸諸共泥まみれになりながら、少女は起きあがる気配を見せない。
倒れたまま、顔を伏せたまま、その小さな身体を小刻みに震わせる。
起き上がるでなく、身体を転がして仰向けになる少女。

「……は、ははは、はは」

笑っている。疲れた老人の様な、夢破れた芸術家の様な、疲労感と自らへの呆れに満ちた笑い声。
顔に付いた泥が雨で流され、泥水を口の中に運ぶ。
土の味を舌に感じながら、尚少女は笑い続ける。ビルに区切られ、直線に囲われた曇天を仰ぎながら、降り注ぐ雨を受け入れながら。
如何し様も無い循環に組み込まれながら、在りもしない希望に縋って、何もかもどうにもならないと分かっていながら、それでも足掻くのを止められない。
自らの余りにも滑稽な振る舞いに、少女はただただ笑い続ける。
笑い続ける少女の目の端から次々と雨が流れて落ち続けている。
頬を伝う雨よりも温度のある液体の感触に、これまで知らず繰り返してきたかもしれない自分の行動に、少女の心はかき乱される。

「もし、そこの人」

ふと、少女に声が掛けられる。
人混みの喧騒もかき消す程の雨音も、自らの喉から発せられる笑い声も、何処からか響く邪神の嘲笑ですら遮る事の出来ない、不思議と良く通る男性の声。
少女の目が見開かれ、声の元へと視線を走らせる。
声の主は、傘をさした男だった。
背後にしかめつらをした少女を従え、近付いてくる。
雨に打たれていた自分の上に傘がかかるまで近付いてきた男。
全体的に朴訥な造形の顔に、全体の調和を崩す鋭い眼の、大十字九郎と同じ東洋人種。
そして何より、少女が知らない、少女に知る事の出来ない、見たことも無い、消す事も出来ない、居ない筈の魔術師。

「こんな所で寝ていると、風邪をひいてしまいますよ」

居るかもしれず、しかし居ないだろうと自ら結論付け嗤っていたイレギュラー。
完全な外来人(イレギュラー)である鳴無卓也と、最凶にして最悪の称号を冠する反逆の逆十字(アンチクロス)、暴君の初めての邂逅は、こうして果たされる事となった。




続く
―――――――――――――――――――

※ネロ=暴君はその死亡タイミングと、完全にループしている訳では無い(ライカルートでのニャル様の発言とそれに対するリアクション参照)という欠陥により、主人公の第四十三話ラストから第四十四話ラストまでの行いを知りません。
※他にも、なんでエンネア、というか暴君が主人公に興味を持ったか、という理由はあるんですが、そういう重要な設定は本編中に語らないと意味が無いじゃないですか、やだー!

これを最初に書いておかないと怒られそうな気がしたので。
正直批判除けとか邪道だと思うんですけど、この辺は書いておかないと次回までにその辺かなり突っ込まれそうな気がしたので念のため。
救う救わないはネタばれになるから書けませんけどもねー。

気を取り直して、日常シーンと修行シーンと処刑シーンしかない大人しめで、しかしちゃっかり二十七周進んだ第四十五話をお届けしました。

このSSはほのぼの無惨を目指している為、前回の様な派手な戦闘話とかは実はメインでは無いのですよ。
こっそり技術を盗み出したり、捕食したりするのがメインの目的である為、当然のごとく原作イベントからは積極的に離れて行きます。
安全そうな期間を見計らって力を手に入れに行くのが基本コンセプトですので。
本来ならブラスレ編並みのすれ違いっぷりになる予定だった事を考えれば、今でも十分原作イベントに関わっているんですよね。
なので、暴君との戦闘シーンとか期待されると、正直、その、困るます。
戦闘とか止めて、みんなでロボットでも食べようぜ! あと能力者とか。
捕食相手の都合は基本的に見て見ぬふりですが、そんな主人公で良ければ今後ともよろしくお願いします。

さて、次回はアンケ結果を取り入れるという、当SSでは異例とも言える斬新な決定により、別に挟まなくても困らなかったロリルート──エンネア編です。
ギャランドゥ編を希望してくれた僅かな人、ご安心ください。あっちは強制ルートなので後から必ず通ります。
アカシックレコードにアクセスする事すら可能な暴君ですら知らない、完全な未知の存在であるトリッパー、鳴無家。
そんな鳴無家の長男に、ひょんな事から拾われた暴君は、彼等の家で一体何を体験するのか──
とか書くと予告編みたいですよね。ハートフルに行ければいいなと思います。


そんな訳で、珍しく感想板で疑問質問が出ていたのでここぞとばかりに疑問解決コーナー。

Q,機械巨神のサイズって?
A,ややガタイの良い知り合いのあんちゃんに協力して貰って、ペットショップで小鳥を優しく握って貰った結果、大体1300メートルくらいでいいんじゃないかって思えました。
所詮距離も時間も心の迷いが生み出す幻に過ぎませんので、大体そんな感じのサイズだと思ってもらえれば。
Q,アリスンは取り込んだの?
A,あくまでも積み木崩しが目的だったので、アリスンは寝取り後にジョージやコリン共々機械天使達の群れに放り込まれました。
幼女だから手加減される、優遇される時代など存在しません。
Q,教授とハヅキは下僕になるの?
A,なりません。優れた魔術師にはナノポするよりも早く異変に気付かれてしまう為洗脳も出来ないし、ハヅキはそもそも精霊なのでその手の洗脳術は効かず、双方から世界の敵と認識されているので複製しても敵意むんむんです。
フーさんが協力的なのはあくまでも戦場とファンシーを提供してくれる主人公サイドに旨味があるからにすぎません。帰る場所も目的も無いですしね。
そもそも生きたまま取り込んでるからそのまま複製を作り出せません。
作れるのはシュリュズベリィ先生と同じ位階の知識と技を持たされたデモニアック程度でしょうか。
雑兵が一斉にアンブロシウスを招喚してガガみたいに超光速で体当たりとか、衝撃波で地球が大ピンチですね。助けてピンチクラッシャー!


そんなこんなで、今回もお別れのお時間です。
誤字脱字に関する指摘、文章の改善案、設定の矛盾、一文ごとの文字数に関するアドバイスなどを初めとするアドバイス全般、Gジェネワールドでのマンダラガンダム最短作成法、
そして、長くても短くてもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。



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