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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/04 01:14
────かつての大十字九郎にして、現在の覇道鋼造はその日、時折書類の整理などの為に籠らなければならず、不本意ながら見慣れてしまった執務室の中、座りなれた椅子の上で、机の上に置かれた一冊の古びた本と睨み合っていた。
古い本、いや、ノートか。
大凡二十年程の時の経過を経験したであろうそのノートだが、実のところ、そのノートを作っている会社はまだこの世に存在していない。
これから暫く後に創設者が生まれる様な、元の大十字九郎にとっては馴染み深い文具会社。
今の世には存在していない筈のものである。
九郎──鋼造は、そのノートを手に取り、開く。
最初のページを捲り、眼を見開き、更にページを捲り続ける。まだ歳でも無いのに震える指先で、捲り捲り捲り続ける。
記されている内容は──デモンベインの設計図、いや、ここまで来ると改修案と言ってもいい。
魔術理論を必要としない部分は徹底的に機械化された、デモンベインをほぼ完全に機械化する為の改修案。
断鎖術式を組み込んだ儀式機械の設計図は、ドクターウエストの手が入った後の物を書きだした物だろうか。
現代の技術レベルで再現出来ない部分も、時折書き込まれた注釈を元にすれば、十年もせずに実用化レベルまで持って行ける可能性が高い。
この設計図通りに回収したデモンベインを修復──いや、改造できれば、機神招喚が出来ずとも、鬼械神を操る技量があれば、単独で戦闘機動が可能になる。
前回初めて乗った時の様な継ぎ接ぎで、アイオーンの残骸による補填が必要な出来損ないではない、不足の無い、完全なデモンベイン。
完成すればアルアジフを失った自分でもまだ正面切って戦えるかもしれない。
その可能性に、鋼造のページを捲る手は早くなる。

「む、これは……」

興奮気味にノートを捲っていた鋼造は、最後のページが設計図や術式ではなく、何の変哲もない手紙の様な文面である事に気が付いた。
手紙の様な文面ではあるが、誰が書いたか、というような事は記されていない。
しかし、鋼造にはその文字の筆跡に見覚えがあった。
かつて大十字九郎としてミスカトニックで学生をしていた頃に、後輩とのディスカッションの時、幾度となく見た、几帳面そうな程整った形の文字。

―――――――――――――――――――

『いやいや、必要最低限の内容を纏めただけなのに、最後の一ページしか自由になるスペースが確保できないとは思いませんでしたよ』
『お久しぶり、になるのでしょうか。もしかしたら意外にも、落着直後にそれを読んでいるのかもしれませんね』
『万が一、これをヨグ=ソトースの門に突入する前に読んでいるなら、少し後まで読むのは控えた方がいいでしょう』
『いいですか、いいですね? ここからは先輩がマスターテリオンに負け、アリゾナに墜落した後にこのノートを発見した事を前提に書きますよ? 次の行からですからね?』
『──さて、このノートには俺の知る限りのデモンベインのデータ、更に完全機械化の為の改修案に加え、ドクターウエストの手が加わり完成度の高くなった断鎖術式と魔術儀式代行装置の設計図を先輩の理系向きとはとてもでは無いけど言い切れない頭脳でも理解出来る様に分かり易く書いています』
『先輩は数十年の時を重ね世界を急速に発展させていくことでしょうから、必要な技術も機材も苦労こそすれどうにか工面できる筈です』
『何故俺が、先輩が今そこに居る事を知っているかなどの疑問もあるかもしれません。黙って送り出した事も謝ります』
『ですが、先輩は何よりも先に、この無限に続く円環を断ち切らねばなりません』
『……『無限に続く円環』とか『断ち切らねばなりません』とか書くと、ものすっごい十四歳病っぽいですよね』
『まぁ、言い廻しの聞こえ方なんてどうでもいい事ですね。聞き流して、もとい、読み流してください』
『ともかく、今は何よりもデモンベインの完成に力を注いでください』
『アイオーンでは勝てません。アイオーンとのハイブリッドのデモンベインでも勝てません』
『いいですか、これだけは覚えておいてください』
『リベルレギスを打倒し得るのはデモンベインのみで、マスターテリオンを打倒しうるのもまた大十字九郎のみ』
『これは絶対の法則ではありません。デモンベインにも大十字九郎にも、リベルレギスとマスターテリオンを打倒し得る極々僅かな可能性があるだけに過ぎません』
『絶対では無い、微かな可能性でしかありません。ですが、人類が未来を取り戻すにはそれしか道は残されていないのです』
『先輩が去った後の世界の事、思い出して不安に思う事もあるでしょうが、俺に任せておいてください』
『だから、覇道鋼造として頑張ってください。走り続けてください』
『何時か大十字九郎が宇宙の中心に辿り着く事を、貴方の後輩は遠い未来で祈っています』

―――――――――――――――――――

手紙の内容に目を通し終えた鋼造は、暫くぶりに思い出したかつての後輩の割と失礼な言動に苦笑し、次いで内容に渋面を浮かべた。
有り得ない事ではない。この円環のからくりを、自分とマスターテリオン以外が知り得ているなどという事は、理論的に有り得ない。
だが、知っている人物から教えて貰う事は出来るだろう。そうでなければありえない。
恐らく、自分の前の覇道鋼造が、何らかの理由であの後輩に自分の知り得る限りの情報を伝えていたのだ。
思い返してみれば、あの時後輩が乗ってきたロボットには、デモンベインの操る魔銃と似た様な理論が用いられていた。
そもそも、教授からの評判を聞いた限りでは、入学時点で大学で学ぶことが無い程に魔術師としても技術者としても成熟していたという。
異様に高い戦闘力も、有事の際にと覇道鋼造から鍛える様に指示を受けていたと考えれば頷けない事も無い。
彼等の不可解なまでに優れた能力は、全て前の自分が彼等を幼少の時から鍛える様に仕向けていたからだと考えれば解決してしまうのだ。
そう、つまり、自分以外の誰かにこの世界の過酷な運命を背負わせてしまっていたのだ。
そして、これから自分もそうしてしまう可能性がある。
彼等は自分と接する時は、何時もこの事を考えていたのだろうか。
で、あるならば、彼等の朗らかな姿も、全て仮面に過ぎなかったのだろうか。
『元』大十字九郎は、覇道鋼造は考える。
仮面に隠されていない彼等の本当の姿は、一体どの様なものだったのか、と。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「あははははははっははあっはははははははははっはははははははははははっっっ!!」

機械天使化したテッカマン・ブラスレイターからの視覚情報と聴覚情報を受信し、地上の光景を目の当たりにしながら、卓也は身を仰け反らせて笑っていた。
街が、人が、燃えて、砕け続けている。
逃げ惑う人々の群れに向け、数体の端末が武器を向け、拳を握りこみ、胸部に搭載されたレーザー砲を展開し、無意味なまでに高められた威力を開放する。
次の瞬間、人型は跡形もなく消滅した。
だが神経速度が人間に比して遥かに早い卓也からすれば、その人々が死ぬまでの瞬間は数秒にも数十秒にも数分にも引き伸ばされて見える。
雑兵どもが卓也の意思を組んで、威力を放つ寸前に、数秒だけ勿体ぶっているからだろうか、本来なら人間には決して反応する事の出来ない、テッカマンやブラスレイターや機械天使、その他諸々の技術や生体が盛り込まれた怪物の攻撃の瞬間、逃げ惑う人々の内の数人が振り返り、その顔を恐怖に歪めている。
その顔面に、振り返りもせずに逃げ続ける背に、人間に向けるには過剰な程の破壊力が叩きこまれる。
光弾が頭蓋を砕き脳漿を宙空にぶちまけ、拳圧が柔らかい人体を破裂させ肉も臓も無い程に磨り潰し、熱線砲がそれら全てを綺麗に蒸発させる。
いや、綺麗に蒸発させた、というのは語弊がある。
高効率魔導ダイナモにより威力を高められ、逃げる群衆を突き抜け、向こうビルを数本倒壊させた正拳突きの威力は、肉片や血液を余りにも広範囲に飛び散らせてしまっていたのだ。
ばら撒かれた人間の破片が、男に手を引かれ、少し離れた所を手に赤子を抱えて必死で逃げていた女性の顔に、べしゃりと音を立てて付着する。
自らの顔に降りかかった物の正体に数秒掛けて気が付いた女性は、咽喉よ裂けよとばかりに絶叫を上げ、男の手を振り切り、先刻まで大事そうに腕に抱えていた赤子を放り捨て、明後日の方角に向けて走り出す。
女性を呼びとめようと叫ぶ男性の頭が、機械的な装甲に包まれた手に鷲掴みにされ、握り潰されて、その場にどさりと崩れ落ちた。
投げ捨てられ地面に強く身体を打ちつけ、泣き声を上げる事すら出来ずにいた赤子が金属の脚に踏みつぶされ、半ば分断された身体でカエルの様な潰れた断末魔の悲鳴を上げ、絶命した。
女性は、自らが連れ添ったであろう存在の死にも構わず、只管に前に向けて逃げ続けている。
だから気付けない。頭を握り潰された男が、重要な内臓をあらかた踏みにじられた赤子が、身体を鉄の被膜に覆われながら再び立ち上がるのを。
見れば、街中では殺されながらも原形を留めていた死体が、次々と異形へと姿を変えながら立ち上がっている。
デモナイズだ。通常であれば最低限人間として活動し得る器官が残っていなければ発生しないデモナイズが、人間としての重要器官を幾つも失った状態で起こっている。
卓也がペイルホースとDG細胞を掛け合せて改悪したナノマシンの機能の一つ、人体不完全蘇生機能。
それは正常に作動し、脳髄を失った男にはナノマシンが集合し疑似脳を生成し、心肺を潰された赤子にはナノマシンが作り出した代替装置で補った。
だが、それはその二人を元の姿で生き返らせた訳では無い。
頭を潰された男は、潰された頭蓋の中に納められた疑似脳をぬらぬらと光らせ、踏みつぶされた赤子は潰された腹の上に、剥き出しの臓物の様な代替装置をぶらぶらと吊り下げている。
その姿は、やもすれば街を襲った機械天使よりも余程おぞましい異形。
この場にそれを観察するモノが居れば、この男と赤子のなれの果てに似た存在が、廃墟を通り越して更地になりつつある街のいたる所に現れている事に気が付くだろう。
機械天使達に殺され、しかし僅かでも人の原形を残していた者達は、機械天使達が常にばら撒き続けているナノマシンにより、その身を出来の悪い前衛芸術の様な姿へと変えられてしまう。
身体の蘇生、いや、再構成を終えた男と赤子の背を突き破り、体内から機械の羽根が押し出された。
確かめる様に光の粒子を放出しながら翼を打ち鳴らし、前へ、自分たちを置いて逃げ続けている女に向けて低く飛翔する。
男は僅かに残った脳漿の中からナノマシンが組み上げた男の生前の記憶から、赤子はナノマシンに統制されながらも未だ働き続けている本能から、逃げ惑う女の事を求めている。
つがいとしての女を、母としての女を、その身を異形に変えても求めているのだ。
数百メートル先を走っていた女を、羽根を生やした親子は半秒も掛からずに追い抜き、取りつく。

「ジぃ、るうゥぅぅぅぅ」

鼻から上の無い異形が、かつての愛しい人への行為の残滓か、服を丁寧に脱がそうと女の服に手を掛ける。
しかし、鉄に覆われ、獣の様な鋭い爪のある手は、女の肌を傷つけながらその服を切り裂いて行く。

「まんま、マぁんマ、まぁまぁぁぁ……」

背に身の丈の倍以上の長大な羽根を生やした赤子の異形が、母の愛を求める様に、剥き出しにされた胸にすがり、乳を食もうと口を寄せる。
だが、既に赤子のそれを遥かに超える力と生え揃った牙を持つその口は、母の乳に牙を付きたて、貪る様に柔らかな肉を引きちぎっている。

「いや、嫌よ、来ないで、いや、いたい、いたいの、おねがいだからやめて、食べちゃわないで、いひ、ぎぃ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

女は恐怖に顔を歪ませ、首を激しく振りながら叫び声を上げる。
だが、それはこの状況ではとても危険な行為だ。
女の叫び声を聞きつけて、周囲で思い思いに共食いを繰り返していた『元』街の住人達が、どこかしら欠損した身体を揺らしながら近づいてくる。
母体であるボウライダーから生み出され完全に制御された機械天使とは異なり、ナノマシン感染で生み出された異形は力こそ機械天使に遠く及ばないものの、人間の、いや、生き物としての本能や欲望を色濃く残している。
そんな彼等にとって、ナノマシンに未だ感染せず人の形を保ったままのこの女は、恰好の獲物なのだ。
女の叫び声が、群がる異形の群れの立てる様々な、重く濡れた布を引き裂くような、肉を噛み千切り咀嚼する様な音に掻き消されていく。
その光景から、崩れたビルの下敷きになった少年が身を震わせながら目を背ける。
空にも、地にも、まともに生きている人間がいない。
居るのは何もかもを壊すだけの、悪魔染みた機械天使、怪物達のみ。
現実の何もかもから逃れたくて、しかし瓦礫の下敷きになって潰れた脚から伝わる痛みで、現実へと強制的に引き戻される。
身体から血液が流れ出し、音も目の前の光景も遠くになり始めた時、生き残りの女に群がっていた怪物達が、轟音と共に吹き飛ばされた。
きゅらきゅらと響く無限軌道の音。生き残りの軍人たちが応戦を始めたのだ。
薄れ行く意識の中、少年は思った。軍人さんがきてくれた、あの化け物たちをやっつけてくれるんだ。
そう、無邪気に信じながら、少年は静かにその命を途絶えさせた。
少年の亡骸が、鋼の被膜に覆われていく、ナノマシンに感染し、デモナイズしていく。
少年の身体に居付いたナノマシンは、生前の少年の意を確かに汲み取る。
少年の変じた異形は、目の前の救いと力の象徴である戦車へと、獣そのものの動きで駆け戦車の外壁に取り付き、浸み込むように融合を開始。
先の砲撃で吹き飛んだ筈の怪物達は、何事も無かったかの如く立ち上がり、街の破壊を再開している。
少年の記憶の残滓が、確かに目の前の怪物達へと殺意を向ける。
少年の身と意思の残骸が融け込んだ戦車が、怪物達に向け狂ったように砲撃を繰り返し、轢き潰そうと前進を初め、しかし、呆気なく巨大な金属の脚に踏みつぶされた。
脚、そう、脚だ。まるでドラム缶の様な円筒形の脚が、直径六十メートルはありそうな金属の柱が、怪物も異形も何もかもを踏みつぶしている。
あまりにも巨大なそれは、元を正せばブラックロッジが世界中に解き放った量産型破壊ロボ。
各地でどうにか殲滅されたそれらの残骸に、無数の怪物や異形が融合し、積み重なり、円筒形を組み合わせた雑な造形の人型へと姿を変えたのだ。
全高六百メートルを超える鉄の巨人が、崩れかけた廃墟の街を踏み砕いて行く。
鉄の巨人の体中から、怪物と異形が湧きだす。
踏みつぶされたと思われたそれらは、足裏から融合し、巨人の身体を伝って再び空へと放たれる。
炎に包まれ、建物は砕け折れ、破壊を撒き散らす天使と人のなれの果てである異形が空を覆い尽くし、巨人が大地を踏み躙る。
文字通りの地獄絵図、即物的な終末の戯画。
そして、この光景は、世界中の到る所で繰り広げられている。
人知を超えた邪神の脅威を乗り越えた世界は、誰もが思い描ける有り触れた破壊の力で、滅びの結末へと加速していく。
人類の歴史が終わる。生き物の歴史が途絶える。何もかもが踏み躙られ、誰もが大切な物を失い、奪われ、呆気なく死んでいく。

「あ、は、は、は! どうです、先輩! 貴方の守った世界が! 跡形も無く壊され! 貴方が堪らなく愛おしく感じていた世界が! 如何し様も無い程に汚されていますよ! は、はは、あ、ははははははははははははははははははは!」

異邦人は終末の光景の中、笑う。
狂ったように、子供のように、無邪気に笑い声を上げる。
一片の悪意も交らぬ、純粋な喜の感情を基点に生まれる笑い声は、眼下の光景と相まって悪夢めいた響きすら感じられる。
世界を滅ぼさんとする者の姿とは、大十字九郎の知らない鳴無卓也の一側面とは、おおむねこのようなものであった。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

南極から螺旋を描きながら、リンゴの皮を剥く様に人類とその他生物を建築物ごと皆殺しにし初めてから五時間程が経過。
解き放った端末の群れを、時折核兵器と大型フェルミオンミサイルの絨毯爆撃を楽しみながら追いかけ続けた。
一撃毎に地形が変わる様な超破壊力をむやみやたらと吐き出し、時には端末の群れを一部薙ぎ払い続け、思う存分に破壊の限りを尽くす。

「ちょっと休憩かな」

一時的に落ち着いた、いわゆる賢者モードに突入した俺は一息吐き、デモベ世界仕様の黒いボウライダーとの融合を解き、コックピットから這い出てそのまま肩の上に座り込む。
絶妙な重力制御能力により、不安定な姿勢の人型兵器の肩の上であるにも関わらず、俺は自宅の居間で座布団に座るのと同じようにリラックスする事が出来た。
ヤクルトを作り出し、細いストローを刺し、中身を啜りながら考える。
『世界に破壊と混乱を!』
みたいなノリで行こうと思ったのだが、破壊力が強すぎると思った程に混乱が起きないらしい。
もっとこう、東京タワーに迫るゴジラの如く現場のアナウンサーが決死の放送をしてくれるものと思って核やフェルミオンミサイルばら撒きながらラジオまでチェックしていたのだが。
しかし残念なことに、ラジオ放送どころか避難警報が出るよりも早く、端末どもが下りた街の住人は尽く殺されてしまった様だ。
ま、あの端末を破壊するには最低でも魔力ガン決めの偃月刀クラスの威力が必要になるし、魔術を応用しない攻撃では核の直撃でもダメージを与える事すら不可能だから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
意外と抵抗勢力の少ないデモベ世界、白と黒の王二人やブラックロッジの逆十字が居ない今、人類の力は所詮この程度のものだろう。
でもまぁ、別に世界中の戦力が結集して俺の所に来る、なんて事を期待した訳でも無い。
そもそも南極でのクトゥルフとの決戦にしても、世界中の邪神狩人が一人も参戦していなかったのだ。
『あの』人の良いシュリュズベリィ先生ですら、あの決戦をスルーした。
十年この世界に居て気が付いた事なのだが、人類が総力を結集しても勝利するのは難しい様な敵、邪神が居るというのに、ここの人類は力を合わせる事が出来ずにいる。
集まりが悪いというか、チームワークがなっていないのだ。
だがそれでいい。俺が今の人類に、地球の生命に求めているのはドラマ性ではない。
俺が振るう破壊力、暴力の矛先になってくれれば何も文句は無い。
二年前、俺が不貞腐れて『五周目はひたすら姉さんと美鳥とで爛れた生活を送ろうかなぁ』とか考えていた時、姉さんは言った。

『卓也ちゃん、暴力はいいわよー暴力は』

あの日、姉さんの告げた言葉は、俺にとっては革新的な一言だった。
思い返してみれば、俺は今までひたすら強くなる事を主題に据えて行動してきた。
ブラスレイター世界でもそうだ。元の生活を忘れない為にバイトこそしていたが、それ以外は下級デモニアック狩りで戦闘訓練に明け暮れた。
スパロボ世界でもそうだ。部隊での信用を勝ち取る為に最前線で戦い続けたが、それにしても味方からの警戒心を薄れさせるための行為でしかなく、最後の主人公達との決戦も、主人公補正に勝てるのかという疑問を解消する為の実験であり、挑戦だった。
ネギま世界ではどちらかと言えばデートがメインだったが、スクナとの戦いも如何に違和感なく取り込めるかを考えて、一撃で粉砕する事はしなかった。
村正世界も言わずもがなだろう。暗躍メインだった上、俺が出張ったまともな戦闘は一度きり、しかもラスボスの劒冑の構造を知る為の戦いであり、これも強くなる為に必要だったからに過ぎない。
そう、俺は力を振るう時、相手側にとって迷惑千万な理由だろうがなんだろうが、とにかく何かしらの理由があった。
純粋に暴力を暴力として楽しむ為に力を振るった事が殆どないのだ。
初めて聞いた時は少しばかり非文化的な行為だと思ったが──

「いい、いいなぁ、これ」

呟き、自分でも顔が緩んでいるのが分かる。
楽しい。この極々単純な破壊という行いが楽しくて仕方が無い。
腕を振り、出力を中程に絞ったプラズマジェットで目の前の地球上の光景とは思えない荒野をなぎ払う。
単純な熱エネルギーの奔流によって、融けてガラス状に成りかけていた眼下の地表が蒸発し、有毒なガスを発生させる。
割れた大地からはマグマが噴き出し、既に取り返しのつかない程荒れていた大地が、噴出した溶岩に覆われていく。
面白いほど簡単だ。少し時間をかければ、これだけで地球を両断できそうな気さえする。
いや、人間大の俺の身体から発するだけでこれなら、ある程度のサイズまで巨大化させたプラズマ発生装置なら数分と掛からずに地球を両断出来るだろう。
そう、取り込む相手が消滅しない様に気を使って、精神コマンドにも無いてかげんをしなければいけない、なんて事も無い。
メイオウ攻撃、相転移砲、ジェネシス、マイクロブラックホールなどの即死級攻撃を躊躇う必要もない。
魔術の要素を取り込んだ新武装、神獣弾などの単純に威力の高いだけの武装も気兼ねなく使える。
そして、それらを全て駆使したところで届かないかもしれない相手が居る。

「先生、はやく、はやく来て下さいよ。はやくはやくはやくはやく、早く来ないと──」

待ち遠しい。いくつ街を潰しても、大陸を消し飛ばしても。
海の水を全て最高濃度の金神の水に浸食させても。
大陸プレートを念入りに砕いてもこの期待感に届かない。

「地球、ほんとうに滅んじゃいますよ?」

滅ぼすのが目的だけど、今それをするのはもったいない。せめて先生と全力で戦ってからにしないと。
クトゥルフが現れても帰って来ない先生でも、地球上に俺以外の人類の敵が居なくなればきっと来てくれる。邪神を狩る者として、邪悪に立ち向かう者として。
大導師も大十字も逆十字も存在しない今、多分、地球上の何もかもを破壊する上で一番の脅威になるのは先生だ。
それに、何もかもを意味も無く破壊するのであれば、先生との信頼関係もぶち壊しにしなければ。
積み木の遊びは積み木で城を作って終わりじゃあ無い。積み上げた積み木を、完膚なきまでに崩し切る処までが積み木遊びなのだ。
積み上げるのも打ち崩すのも真剣に取り組まなければ。

「……そういえば、アーカムはどうなっているかな」

そこまで考えて、俺は割と交流がある知り合いの多いアーカムの事を思い出した。
復興作業自体は南極決戦の前から行われていたと思ったが、今どれくらい生き残りがいるのだろう。
少し遠回りでゆっくり移動させているとはいえ、解き放った端末どもはそろそろアーカムに到着する時間だ。
実際問題、機神招喚が出来る実力を持ちながら隠れ潜む隠者系魔術師でも他所の街に居なければ、アーカムは世界で最大規模の魔術的な防衛能力を持っていると言っても過言では無い。
街の構造、結界こそ破壊されているし、覇道にも殆ど力が残されていないとはいえ、真っ当に学べる場所としては魔術の最高学府と言っていいミスカトニック大学。
しかもその中でも腕利きの集まる特殊整理室には、金神スペシャルチューンの数打も納入している。
彼等もシュリュズベリィ先生には劣るものの、攻撃的な魔術を行使する事は不可能では無い。
劒冑の力と併せて戦えば、半日程度なら端末を退けながら逃げ続ける事も出来ないでも無い、かもしれない。
そして、あの街には一足先に帰ったシスターが、メタトロンが居る。
正直な話、メタトロンの性能では複数の端末を相手にするのは難しい。
あの端末には数倍に増幅されたサンダルフォンの魔導ダイナモと魔術的倍力機構が搭載され、ベースになっているのはブラスレイター化したテッカマン。
解毒機能のお陰で改悪ペイルホースに感染する恐れこそ無いけど、まともに戦える程スペックは拮抗していない。
だが、戦闘機能を設定する際に様々な戦闘動作、行動選択パターンを作り上げる為の試行錯誤の末、端末の内の何割かはサンダルフォンの頭脳を材料に使用している。
使用した脳細胞の量や記憶の断片数から考えて、激情が溢れ出す程に人間性を発揮できる訳ではないが、シスター、あるいはメタトロンを見た瞬間、何らかの誤作動を起こす可能性は否定できない。
シスターがサンダルフォンの記憶の残骸に『どのような形で求められるか』までは正確に予測できないが、かなりの数が足止めを喰らい破壊活動を中断してしまうのは間違いない。
軍警察は……お察し下さいってやつか。
ともかく、アーカムはもう数時間は無事である可能性が高い。
滅ぼす前にお世話になった人達やそれなりに仲の良かった人達と別れの挨拶をするのも一興だろう。
端末に任せっきりってのも悪くないが、せめて知り合い程度は俺が直接挨拶に行くのがすじ公国ってものだろう。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

かつて世界の中心とまで言われていたアーカムシティは、今や見る影もない程にその姿を崩されていた。
幾重にも聳え立っていた高層ビルは折られ砕かれ潰され、道は捲れ上がり枯れた土を剥き出しにされ、その土ですら圧縮された字祷子の不浄さに耐えきれず毒を吐きだす。
街に生きる人々は空から舞い降りた機械の天使達に殺され、その死体は異形へと姿を変え、かつての隣人たちを嬲り、かつての友人の肉を食み、かつての恋人の血を啜る。
空は金属にも似た不気味な輝きを帯びた分厚い雲に覆われ、そこから降り注ぐ光の雨を浴びた生物は残らず水晶質の金属の彫像へと姿を変え、生き残りの人間は刻一刻と数を減らしていく。
僅かに存在していた力ある者達がそれらの災害を食い止めようと奔走するも、一人としてそれを成し得る者は居らず、極々限られた範囲を守る事にのみ辛うじて成功していた。

ミスカトニック大学、時計塔付近。
ただ与えられたコマンドに従い建築物を破壊せんとする機械天使達が、街で一番の高さを誇る建築物に群がっていた。
それらの時計塔への接近を拒むように、無骨な鎧武者達が空を舞い、力を振るっている。
劒冑だ。異世界における日本──大和の六派羅幕府制式採用数打劒冑、九〇式竜騎兵。
五体の武者は、手に刀では無く思い思いの武装を持ち、数で圧倒する機械天使達を抑え込んでいた。
手に持つ武装は長銃や機関銃、機殻剣に杭打ち機などの現代兵器が殆ど。
だが、それらは通常の兵器では無い。実用段階にまで到達した魔導兵器だ。
引き金が引かれる度、敵に刃が、杭の先端が触れる度、眩い魔力光を迸らせ、主力戦車の砲撃すら通さない機械天使達の身体を貫いて行く。

「まったく、これでは切りがありませんね」

白くペイントされた九〇式が、古めかしいデザインの長銃に新たな弾薬を詰め込みながらぼやく。
ミスカトニック図書館特殊資料整理室のメンバーの一人、フランシス・モーガンだ。
迫りくる拳圧やレーザーを避けながら手に提げた試作魔導ライフルで近付いてくる機械天使の頭をまた一つ撃ち抜き、舌打ちをする。
本当に切りが無い。これがただの畜生の様な化け物であれば、モーガンもその他の資料整理室のメンバーも防衛戦などしていないだろう。
だが、この機械天使達は図書館の魔術的な守りをこじ開ける力を、魔術を極めて高度なレベルで行使する技量を備えていた。
如何に表向き存在している時計塔を壊されようと、時間と空間の異なる場所に存在する真の図書館には何の影響も無い。
だが、アーカムの空を埋め尽くすこの機械天使達は、ずれた時空に存在する図書館こそを破壊しようとしているのだ。
今、秘密図書館はその蔵書をまた別の場所に移し、中に避難民を匿っている。
時計塔に仕込まれたド・マリニーの時計による時間操作で秒刻みにずれた空間を作り出す事により、生き残り数百名が逃げ込めるスペースを作ったのだ。
たったの数百名だが、この世界の終りの様な光景を作り出した怪異から人々を守らなければならない。
モーガンはそう考え、必死で致死性の弾幕を避けながら、一匹ずつ確実に機械天使を撃ち落としていく。
後輩である兄妹の手により山のように造られていた弾薬も底を突き始めた時、機械天使達の動きに変化が起きた。

「引いて行く……?」

それまで愚直に秘密図書館目掛けて進んでいた群が、ゆっくりと後退を始めたのだ。

「やったか?」

ミスカトニック大学の敷地内から次々と消えていく機械天使達に機関銃を向けながら、ウォーラン・ライスが呟く。
その前で機殻剣を下げた劒冑が自分達の勝利を確信しガッツポーズを取っていた。
正義感と空中戦の腕を見込まれて特殊資料整理室にスカウトされた、空軍への従軍経験もある新人だ。

「はは、これだけ墜としてやれば、天使ばかりの部隊ってのも流石に──うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

その新人が、巨大な掌に叩き潰された。

「柿崎ぃ!」

ライスの呼びかけにも答えない。
新人を叩き落とした巨大な鋼の掌には、潰れた金属と、スパゲッティの上に掛かっていそうなミートソースがへばりついている。
即死だ。あれほどの質量に勢いよく叩きつけられたのだ、如何に劒冑の守りがあるとはいえ、ここまで原形を留めていない有様ではどうしようもない。

「あ、あれは……」

だが、手に巨大な鈍器──モーニングスターを構えた九〇式の仕手、ヘンリー・アーミティッジが驚愕したのはそこでは無い。
その巨大な掌は只の鉄の塊ではない。只の巨大ロボットではない。
情報だ。巨大で、人間の感覚では捉えきる事の出来ない、超高密度情報体。

「デウス……マキナ……」

そう、それは紛れもなく鬼械神だった。
武装もなく、翼も無く、しかし頑強な四肢を備えた人型。
この世ならざる次元から映し出された情報の影。
その鬼械神が、解けるように消滅する。
中からは、生命エネルギーを絞り尽くされた抜け殻の様な在り様の機械天使が零れ落ち、地面に落ちて砕け散る。
それを見届けた、ミスカトニック大学の敷地内から引いた──いや、ミスカトニックを包囲する機械天使の群れの一部が、一歩前に前進する。
四方八方から、三匹ずつのグループを作った機械天使達は、どれも手に二冊の本を構えている。
一冊のタイトルは『機神夢想論』、本というよりもレポート用紙の束に見える。
そして、もう一冊の装丁とタイトルを見た、その場にいる全ての人間が目を見張る。

「あ、『死霊秘法(アル・アジフ)』だと!?」

かつて陰秘学科の主席の学生が偶然に手に入れ主となったそれが、機械天使達の手の中に、福数冊存在している。
有り得ない。有り得ない筈なのに、それを見た瞬間に感じてしまった。あの全てが、真実本物の死霊秘法なのだと。
そんな特殊資料整理室の面々の驚きを他所に、機械天使達は次々とページを開き、機械的な音声で詠唱を開始する。

《永劫》
《時の歯車、裁きの刃》
《久遠の果てより来る虚無》
《永劫》
《汝より逃れ得るものはなく》
《汝が触れしものは死すらも死せん》

機械的な詠唱に応じる様に、機械天使達の持つ死霊秘法のページが宙を舞い、球天を模る様に整然と整列し、立体型魔法陣を形成する。
魔法の杖代わりとなる偃月刀は必要無い。彼等機械天使達の極僅かに残された生身の肉体。
そこに刻まれた遺伝子情報こそが、詠唱補助の術式に書き換えられている。
機械天使達は、術者であると同時に招喚補助のアーティファクトでもあるのだ。
それぞれ三冊の死霊秘法から展開したページが、ちかちかと機械的に明滅しながら魔術文字に力を流し、魔法陣内部の空間の性質を作り替え──
衝撃波。実在と非実在の揺らぎの中間に存在する巨大な影が顕現する。
確かな厚みを、質量を、存在感を伴って現れる、闇色の機神。
最強と謳われた死霊秘法本来の鬼械神『アイオーン』
死霊秘法に記された術式の中で最大最強を誇る奥義は、魂すら存在があやふやな人型の機械の塊の行使によって成立し得る、極々有り触れたプログラムへと堕されたのだ。

「う、うあ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「いかん、早まるな!」

時計塔を、自分達を取り囲む巨大な質量を伴う超情報体の齎す神氣に当てられ、もう一人の新人が杭打ち機を構えて特攻を仕掛ける。
試作型魔導杭打ち機。高層ビルを一撃で粉微塵にする程の威力を持つそれを、未だ操縦者を機神の魂へと招き入れていないアイオーンが展開する防禦結界へと突き立て、躊躇うことなく引き金を引く。引き続ける。
攻撃的魔術文字の刻まれた薬莢に包まれた、イブン・カズイの粉薬を混ぜ込まれた火薬が炸裂し、結界へと貫通力を叩きつける。
だが、術者の搭乗までを保護する結界は小揺るぎもしない。

《アイオーン》

アイオーンの胸元に、光輝く魔法陣が浮かび上がり、機械天使達を取り込んでいく。
そう、取り込んでいる。術者を自らの魂に導くのでは無く、自らのパーツとして組み込む為に。
三匹の招喚者が、魔法陣に取り込まれながら融合し、人の形を失って行く。
鬼械神を制御する為だけの形態、『頭脳形態』へとその姿を変じさせている。
複雑な、限りなく四次元構造に近い三次元構造体へと変形を完了した機械天使達が、光に包まれながら、機神の魂──コックピットへと完全に組み込まれた。
操縦者を、頭脳を取り込んだアイオーンが小さく拳を突き出す。
ただそれだけの動作で、杭打ち機を持った竜騎兵は血飛沫すら残さず大気の一部に還元された。

「これは、流石にまずいかもしれませんね」

モーガンは劒冑の甲鉄の下で冷や汗を垂らす。
唯でさえ、数に押されて押し切られるのが時間の問題だったというのに、ここにきて鬼械神、しかも死霊秘法から呼び出されるアイオーンが、計四機。
守りきれる自信が無いどころの話では無い。

「だが、どうにかせねばなるまい」

しかし、この逆境にあってなお、アーミティッジは諦めない。
手に提げていたモーニングスターを構えなおす。

「当然ですな。それが、この街で怪奇事件に関わった者としての務めというものでしょう」

機関銃を構えたライスが、震える事も無く、四方を囲むアイオーンの内一機に向き直る。
具体的な方策は無い。だが、ここで諦める事は出来ない。諦める事に意味は無い。ここで諦めたら全てが終わってしまう。
モーガンはともすれば全速力で逃げだしそうになる程の恐怖を押さえつけ、ライフルの残弾を確認する。
……やはり絶望的だ。鬼械神どころか、鬼械神の後ろに控える機械天使の包囲すら破れそうにない。
しかし、逃げるという選択肢は残されていないのだ。いや、逃げる先すらこの地球に残っているか怪しい。
死にに行く訳では無い。生きる為に、立ち向かわなければならない。

「では、行きましょう!」

アーミティッジ、モーガン、ライスの動きに合わせる様に、漆黒の鬼械神が空手の様な構えを取る。
取り囲む数千の機械天使達が、その多彩な武装を展開する。
人類と蹂躙者達の、威力と威力がぶつかり合い────現実に即した、極々有り触れた結末が訪れた。
それは戦い敗れた戦士達だけに限った話では無い。
時計塔に匿われていた民間人は引きずり出され、一人一人、様々な手法によって、その命の輝きを吹き消された。
今、この地球上で、人の命と祈り程軽いモノは存在しない。
あらゆる痕跡を巨神と天使に踏み荒らされ、遂にミスカトニックは完全に陥落した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「あちゃ、一足遅かったか」

額にぺし、と掌を当て、俺は瓦礫の山と化したミスカトニック大学を見下ろしていた。
機械天使から受信していたログで資料整理室の彼等がどんな決意をし、どんな最後を迎えたかまでしっかりと確認したが、できる事ならもう少し手間を掛けてあげたかった。
匿われていた民間人も一人残らず死んでいるし、もうここでやれる事は無いな。
ボウライダー頭を軽く蹴り、もう一つの心当たりへと向かわせる。
ゆったりと滑空している様な速度で空を旋回すると、空から地上を蹂躙していた端末が道を空ける。
いや、道を開けさせなければ通れない。目的地に向かうにつれて、空を覆う端末の密度が上がっているのだ。
密度が濃くなっている辺りに向かって移動すればいい話と思われるかもしれないが、こうも密集していてはどこが濃いも薄いも無い。
ここ二年で幾度となく通っていなければ道に迷っていた所だ。

「ふむ」

一分もかからずに目的地に到着し、俺はボウライダーを着陸させ、肩から飛び降りた。
邪魔な端末に少し脇に退くように思考を飛ばし、周囲を観察する。
そこは、元は教会だったのだろうか、殆ど枠だけになっている窓には色の着いたガラス片が僅かにはめ込まれ、一番高いところには十字架であったと思しき物体が掲げられている。
だが、それだけだ。ここがどこであるか、どの様な用途を持った建築物であったかを示すものはそれだけしか残されていない。
座標データとの一致が無ければ、ここが元はシスター──ライカ・クルセイドの孤児院兼教会であったなどとは信じられないだろう。
敷地内には無数の端末が犇めき合い、与えられた命令をこなすでもなく、何か、白い何かに向かって、我先にと群がっている。
何処となく、学生時代に学校の帰りに見た、ハトの死体を啄ばむカラスの群れを思い起こさせる光景だ。
白い何かに近付くに従って、俺の『其処を除け』というコマンドは利きが鈍くなってきている。
お情けで脳髄を少しだけパーツとして組み込んだのだが、思ったよりも人格の欠片が残っていたのだろう。
客観的に見て、素晴らしい姉弟愛だと思う。尊敬に値する。
そう考えれば、この元教会の中に溢れる濃厚過ぎる栗の花の匂いもさして気にならない。

「りゅ、が、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、りゅうが、りゅうがあぁ……」

うわ言の様に弟の名と謝罪の言葉を吐き出し続ける銀髪のシスター、ライカ・クルセイド。
メタトロンとしての装甲は半ば以上砕け、手足も所々曲がってはいけない方向に折れ曲がっている。
彼女の弟だったモノの残骸達が腰を打ちつける度、がくがくと身体を人形のように揺らして、弟だったモノ達が白濁を吐き出す度に、身体をびくびくと痙攣させる。
謝罪を繰り返す口に捻じ込まれた。頬の肉越しに、舌がうねっているのが分かる。少しして、ごくりごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
どういった経緯か、彼女には抵抗する気概は芥子粒程も残されていないらしい。
彼女に群がる端末達は、その顔面を覆う装甲を部分的に除装し、素体を構成する人間の一人、リューガ・クルセイドの顔で、朗らかに笑っている。
狂気に浸された笑顔ではない、どこまで純真で、無垢で、とても死んでいるなどとは思えない笑顔だ。
そんな顔のまま、何を言うでもなく、シスターの身体を貪っている。
別段おかしな事では無い。完全機械化されたサンダルフォンの身体であるならばともかく、テッカマンもブラスレイターも金神の子供も、すべからく性欲を持ち合わせている。
その欲に、リューガの欠片に含まれていた『自分の知らない姉が怖い』という部分が重なり合い、知らない部分を無くそうとしているに過ぎない。
今でこそこの様な形でその思いが発現しているが、この教会に群がっている端末(リューガの部分を多く残された個体達だ)がこれと同じ事を終えたなら、次に来るのは食欲当たりだろう。
変則的な形ではあるが、これも一種の求め愛。やや姉側が受動的過ぎるきらいもあるが、そこは弟を刺殺して逃げ出した分の清算とでも考えれば何も問題は無い。

「残り少ない時間だけど、お幸せに」

ここがこうなっているのは大方予測済みだからいいとして、ここにはもう三人程居てくれていると思うのだが。
運悪く難民キャンプの方に出てたなら即死だろうが、その可能性は探してから考えよう。
シスターに夢中で破壊活動を行っていないせいか、いかにも人が隠れられそうな場所が幾つも残っている。
恐らく殺されてはいない筈だし、殺されているのであればレーダーには引っ掛からない。
レーダーは使わずに居住区を一部屋一部屋探して回る。
居ない。クローゼットの中、ベッドの下、大時計の中、風呂桶の中……。
一通り室内を探し終え、外に回る。順番待ちの端末の列を押しのけ、井戸の近くの地面の土を引っぺがす。
見つけた、地下室だ。ここは物置代わりに使っていたが、子供が三人隠れるには十分なスペースが確保されていた記憶がある。
端末どもを地下室内から見えない位置まで下がらせ、扉を開く。

「おっと」

扉を開いた瞬間、顔目掛けて尖った木の棒が付き出された。
折れて物置に仕舞われていたスコップの柄だろうそれを手に襲いかかって来たのは、金髪に褐色の肌の活発そうな少年、ジョージだった。
スローどころか止まって見える凶器の一撃を掴み取り、後ろ手に地下室への扉を閉めながら侵入する。

「落ち着けジョージ、俺だ」

言い聞かせるも、数秒返事が無い。
いや、返事が出来ないのだろう。外の端末が出す足音に紛れて、しかしガチガチと歯を打ち鳴らす音がしっかりと俺の耳には聞こえている。

「よし、よし、よく頑張った」

十秒、二十秒と掛けて背を撫でて落ち付かせてやると、ジョージが涙を目に浮かべながらも歯を打ち鳴らすのを止め、袖で涙を拭い出した。

「たっ、タクヤ? 助けに来てくれたの!?」

奥からアリスンを背に庇いながら近づいてきたコリンが、恐怖に青ざめた顔に、僅かに希望の色を表した。
恐らく、空が端末に覆われた時点でシスターに地下室に隠れている様に言われたのだろう。
ここは造りこそ頑丈だが、防音ではない。街の破壊される音、逃げ惑う人達の悲鳴、果てはシスターの上げたであろう嬌声まで聞こえてきた筈。
そんな絶望的な状況の中で地下室にどれだけ閉じこもっていたのか。そこに助けが来たのであれば、どれだけ安堵するか、想像に難くない。

「いや、積み木を崩しに来た」

「え? びゃっ」

撫でていたジョージの背から、死なないまでも筋肉と神経を焼かれて身体が動かせ無くなる程度の電流を流し、瞼を開いたままで固定し、そっと、アリスンとコリンの姿が見える位置に横たえる。

「な、何してるんだよ、卓也、ジョージに何を……」

喜色に染まりかけていたコリンの顔から一瞬で血の気が引き、蒼白になった。
アリスンは……なるほど、ナノポが良く効いているらしい。何が起こったか理解しながら、それ自体にはあまり反応していないようだ。
ぽう、っと蕩けた表情でこちらの事を見つめている。白目を剥いて倒れているジョージの姿は認識していないかのようなリアクション。
感情制御用ナノマシンの過剰投与患者の末期症状だ。
何をされても好感に、強烈な快感へと変換され、終いには対象者へのまともなコミュニケーションすら不可能な状態に陥る。
常日頃からぼうっとしているアリスンだからこそ不審に思われなかったのだろうが、そうでなければまともに生活する事すら危うい状態だ。

「おいで、アリスン」

「ひゃい……」

ろれつが回っていない。熱に浮かされたように焦点の合っていない瞳は、端から涙を零れさせながらも此方に釘付けだ。
ふらふらと覚束ない足取りで近付いてくるアリスン。
歩く度、太ももを伝い流れてきた透明な液体が、ぱたぱたと足元に垂れていく。

「まって、いかないで、行っちゃだめだ、アリスン!」

コリンは必死でアリスンを呼びとめるが、その声がコリンのものだと認識出来ているかは怪しいものだ。
呼び声に振り返る事も無く歩き続け、遂に俺の元に辿り着くアリスン。
倒れこむように抱きついてきたアリスンの僅かに着崩れた服の上から、無遠慮に身体を弄る。
弄りながら、コリンとジョージがどうするかを見定める。

「あぅ、ぅぅぅ、ふ、ぐぅぅぅぁぁ♪」

獣の唸り声の様な声を上げながら、身体を二度、三度と痙攣させるアリスン。
そんなアリスンを見ても、身体の自由を奪われていない筈のコリンは何もしない。
アリスンを奪い返すでも無く、返せと叫ぶでも無く、唯アリスンの猥らな姿から目を逸らさない。
ジョージは、動けない筈の身体をずりずりと蠢かせ、それだけで人一人くらいならば殺せそうな殺意を込めた視線を向けている。
うん、これだ、この視線が心地いい。何もできずにただ本能に流される情欲の視線と、裏切り者を見る視線。
純真無垢なこの子供たちにこの視線をさせる為だけに、この二年間こいつらと遊んでいたんだ。
ずっと続くものと思っていた友人と少しだけ親しい女の子との生活。それを壊された時の少年たちの心の歪曲!
いや、これだけでも二年間非生産的な行いを続けてきた甲斐があった。
これ以外の、特殊資料整理室とかシスターとかもいろいろと積み上げてきたけど無駄になってしまったし、一つだけでも回収できてよかった。
二年間の活動が完全に水の泡になったら悲しいものな。

「さて、せっかく二年もかけてアリスンを意識するように思考誘導してやったんだし、じっくり見学するように」

アリスンの身体に身体に触手を這わせる。
服の上から身体を緩く締め付け、身体のラインを強調させ、服の中に入れた触手で見えないからこそ感じるエロスを再現。
少し立ち方を調節して、ジョージからもコリンからもアリスンの晴れ姿が見える位置に移動する。
思えば触手で姉さんと美鳥以外の人間にエロい事をするのは火星の難民の女の子以来か。
とはいえ、あくまでもこれは前菜、メインディッシュまでの時間潰しでしか無い。
適当なところで切り上げて、先生の出迎えの準備をしなければ。
俺は先生をどのような形で出迎えるかという事と、このデモンべイン世界では、原作に登場するキャラは全て十八歳以上であるという事実を頭にしっかりと思い浮かべながら、アリスンの下半身を包む薄布の中に触手を滑り込ませた。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

白銀の雲に覆われた空を、全長五十メートルはあろうかという巨大な機械の鳥が、大気を引き裂きながら飛翔する。
音よりも早く、現行のあらゆる航空機に勝る速度で駆ける機械の鳥、いや、魔導書『セラエノ断章』によって呼び出される鬼械神、アンブロシウス。
アンブロシウスはその身をエーテルの波に乗せ、現世の物理法則を振り切り、しかしその速度を上げる事が出来ていない。
それはこの白銀の雲、土妖の気を帯びた金属粒子を含む霧を防ぐ事に注力せざるを得ないからだ。
この白銀の霧に触れた生物はたちどころに有機的属性を奪われ、水晶質の金属で身体を構成された新生物へとその身を作り変えられてしまう。
そして、この霧は恐るべきことに金属質と融合し、内部に浸透する。
その為、アンブロシウスの操者である老魔術師、ラバン・シュリュズベリィもまた、自らの身を守る為に、アンブロシウスを結界で包み込んだままでいなければならない。
そうでもしなければ、地球上の空を覆い尽くしているこの銀色の雲は忽ちの内にシュリュズベリィの身体を侵し、人間という規格から逸脱させてしまうからだ。

『ダディ、まだ来るよ』

セラエノ断章の精霊、ハヅキが平坦な口調で追跡者の存在をシュリュズベリィに知らせる。

「やれやれ、街中の国道でもあるまいに、速度制限などするからこうなる」

アンブロシウスのコックピットの中でシュリュズベリィは肩を竦めながら、アンブロシウスと同調した視覚を用いて背後に迫る追手の姿を確認する。
迫るのはその身を黒金に覆った鬼械神、いや、果たしてそれを鬼械神と断言していいものだろうか。
剥き出しのフレームに、最低限の格闘戦を想定しているであろう最低限度の外装と、継ぎ接ぎだらけの飛行ユニット。
気配から察するに、恐らくはネクロノミコンの系譜から召喚される鬼械神なのだろう。
鬼械神を招喚できる程に正確な記述の魔導書が、彼の教え子たる大十字の持つオリジナルと、ミスカトニックの図書館に収蔵されているラテン語版以外に存在している事は確かに驚きだ。
だが、呼び出され使役されている鬼械神の状態から予測できる術者の技量は恐ろしく低い。
魔術師としての位階は小達人に一歩も二歩も及ばないだろう。
だが、未熟者が招喚したにしては、余りにも現界時間が長すぎる。
余りにもアンバランスな鬼械神。しかし、シュリュズベリィはそのカラクリを少なからず理解していた。
突如として世界中に現れた、アーカムのメタトロンとサンダルフォンにも似た機械天使の群れ。
滞在先で相対したそれらが十数体集まり結合し、機神招喚の術式を発動したのを、シュリュズベリィはその光を写さない目でしかと確認していたのだ。
複数のAI、もしくは、機械天使の『材料』とされた人間の脳を繋げて処理能力を高め、複数の魂を燃料電池代わりにする事により、むりやり継戦時間を延長しているのだろうと、シュリュズベリィは推理していた。

「学ぶ意欲の無い生徒への講義は気が進まないが、やむを得ないな」

飛行形体(エーテルライダー)から人型に変形し、両手に握った大鎌を横薙ぎに振るい、風の神性であるハスターの魔力を帯びたカマイタチを放つ。
空を断つ魔刃、それを不完全な形のアイオーンは身を傾け逸らし、両腕に籠手の様に施された装甲で防ぐ。
オリハルコン製の装甲が、刃筋を立てられずに打ち込まれたカマイタチによって僅かながら削られたが、それでもなお機械天使達の駆るアイオーンは怯まずアンブロシウスに追いすがる様に加速を続ける。
決死の特攻にしか見えないそれを、シュリュズベリィの駆るアンブロシウスは冷徹に迎撃する。
時折飛行形体に変形し距離を取り、迫るアイオーンへとカマイタチを、気象攻撃を重ね、着実にダメージを与えていく。
数度の迎撃の末、アイオーンは呆気なくその身を崩壊させ、しかし、間を置かず新たなアイオーンが現れ、シュリュズベリィを追いたてる。

『ダディ、こいつらおかしい。ぜんぜん攻撃してこない』

アンブロシウスを追いたてるアイオーンには、遠距離用の武装は搭載されていない。
しかしある程度の距離まで接近されると肉弾戦に持ち込まれる為に迎撃していたのだが、余りにも呆気なさすぎるのである。
銀色の雲に対して障壁を張り続けている為に速度を落とさざるを得ないアンブロシウス相手であれば、少し無理をすれば懐に潜り込めないでも無い。
が、今まで墜とされたアイオーンは全て只管に追いかけてくるだけで、積極的に懐に潜り込もうとしてこないのだ。

「……どうやら誘い込まれていたらしい。くるぞ、レディ」

追いかけて来ていたアイオーンはいつの間にか消え失せ、機械天使の追撃も無い。
霧はいつの間にか晴れ渡り、空の雲は一部分だけぽっかりと口を開けて、場違いなまでに明るい真昼の太陽の姿を垣間見せている。
眼下には機械天使に破壊されるまでも無く、以前より既に焦土と化していた土地、『十三番閉鎖区画』。多くの人々の間では『焼野』という名が広がっている重度魔力汚染地帯。
その空と大地の間に、ポツンと一つの人影が佇んでいる。
アンブロシウスに比べれば小さな、しかし人間と比べれば巨大な人影。
どこかアンブロシウスにも似た、人間には似つかず、しかし歪ながら人間を模したと思しき黒い人型。

『アレが黒幕?』

「少なくとも、事態の何割かはあれが原因だろう。見たまえ、土妖の気に満ちている」

一見して殆ど魔術を使用していない機械人形のように見えるが、その両腕の砲には鬼械神にも通じる魔術理論が見て取れ、その身の端々からは下級の邪神を凌ぐほどの土妖の気、いや、土の神氣が溢れ出している。
純粋物質によって構成されているそれの全身に神経の様に神氣の通り道が張り巡らされており、しかし機械的な雰囲気を持つ霊質により黒い人型は限りなく鬼械神に近い位置へと到達している。
そして、その黒い人型の放つ土の神氣は白銀の霧が持つ土妖の気と同質の気配を有している。
少なくとも、白銀の霧とこの人型の間には何らかの因果関係があると見て間違いないだろうとシュリュズベリィは予測していた。
そして、機械天使達はその白銀の霧の中を侵される事も無く自由に飛び交う事が出来ている。
人型とこの二つとの関係性を否定する事は難しいだろう。

『来るよ!』

黒い人型が生き物の様な滑らかさを持って動き出す。
その手に提げた二門の砲に魔力光が宿り、しかしその砲口から吹き消されたかのように消え、次の瞬間にはアンブロシウスが衝撃に揺らぐ。

「ぐっ……!」

魔術構造内部の仮想コックピットの中で、シュリュズベリィが呻く。
感染魔術的連携状態にあるシュリュズベリィは、後頭部に頭蓋を割りかねない強い衝撃を感じていた。
幻痛である為に一瞬目がくらむ程度で済んだが、この場で生まれる一瞬の隙は大きい。
眼前に迫ったアンブロシウスの半分にも満たないサイズの黒い人型が、その身を前転させる様に廻しアンブロシウスの頭部、バイアクヘーへと踵を振り下ろす。
だが、それを大人しく食らうアンブロシウスではない。迫る踵を後ろに向かって全速力で離脱する事で回避し体勢を立て直す。

『ちょっと狭いね』

黒い人型を中心に旋回しながらぼやくハヅキ。
おびき出されたフィールドは白銀の雲も機械天使も無く整えられてはいる物の、アンブロシウスの本来の戦法である一撃離脱を行うには少しばかり範囲が限られ過ぎている。
空に上るのも手の内だが、それは余りにもあからさまな誘いだ。

「そう言うなレディ、ぼやいた処でどうなるものでも──」

シュリュズベリィが全ての言葉を吐き出し切るよりも早く、戦場を囲っていた白銀の霧が一斉に晴れた。
まるでハヅキのぼやきを聴き、アンブロシウスを戦い易くする為とでも言う様なタイミングだ。

『もしかして、舐められてる?』

ハヅキの疑問に答える様に、黒い人型が動く。
霧が晴れた事により広がったフィールドの中心で、黒い人型は砲と一体化した腕を組み、手首だけを曲げ、アンブロシウスに対して手招き。

「『かかって来い』か。これはまたあからさまな挑発だな」

だが、迂闊に手を出せる相手ではない。
先ほどの一撃、恐らくは超次元的に空間と空間を連結させ、砲口から放たれる筈の攻撃を直接着弾地点へと転送したのだろう。
それはつまり、発射から着弾までのタイムラグをほぼゼロにできるという事。こちらは常に動き回り狙いを定めさせてはいけないという条件が追加されている事になる。
更に言えば、周囲の白銀の霧もあの人影が操っている以上、この広いフィールドも常に広さを保たれているとは考えられない。
迂闊にフィールドの広さを利用した体当たりを使用するのも命取りである。

『でも、ダディは行くんでしょ?』

「そうだレディ、ここで行かねば進めない」

完全な高機動形態ではいざという時の対処が不可能である為、アンブロシウスは人型を保ち、手の大鎌を握り直す。
多発型飛翔魔術機関群にシュリュズベリィの魔力が流れ込み、その出力を倍増させ、環状の雲を噴き散らしながら人型に接近。

「吹け、ヒアデスの風!」

すれ違いながら、大鎌より魔風の刃が放たれる。
人型はそれを防御結界と腕でガードしようとし、結界ごと腕を叩き切られた。

『ダディ、こいつ凄く脆い』

「鬼械神にダメージを与えられるだけで破格なのだ、防御にまで手が回られてはかなわんよ」

人型の分かり易い欠点に、ハヅキとシュリュズベリィは軽口を言い合う。
結界越しでもこれほどに容易くダメージを入れる事が出来るのであれば、遣る事は簡単だ。
只管攻撃を回避しながら、只管攻撃を当てていくだけでいい。
人型は切断された腕を掲げ、困ったように、あるいは困惑した様に首を傾げている。
余りにも簡単に防御を抜かれたせいで戸惑っているのだろうか。だが、それはシュリュズベリィにからしてみれば致命的な隙になる。

「さぁ、講義の時間だ」

今までの木偶とは違い、この人型からは確かな意思を感じ取る事が出来る。早く片付けて搭乗者を引きずり出し、この事態を収拾させなければならない。
シュリュズベリィは、現状もっとも早く目の前の人型を倒し得る攻撃法を考え、それを実行する。

『いつでも行けるよ、ダディ!』

「御淑やかに頼むぞ、レディ」

アンブロシウスの霊燃機関にありったけのスペースミードが注がれ、多発型飛翔魔術機関群の出力が臨界を超える。
大鎌は霊質に覆われあらゆるものを切り裂く魔刃と化し、凶殺の魔爪に囚われた眼前の敵は只細切れにされるしかない。

「戯曲『黄衣の王』!」

シュリュズベリィの雄々しい宣言と共に、アンブロシウスが突撃を開始し──
その動きが、ほんの一瞬だけ完全に停止する。
アンブロシウスだけではない。周囲の大気も、汚染された大地も、汚染された土地に適応した元小動物である醜悪なミュータントも、フィールドの中に居る何もかもが、まるで時間を止められたかのようにその場で動きを止めた。
多発型飛翔魔術機関群から吹き出る字祷子も、噴出された瞬間のまま、字祷子の一粒に至るまで、完全にその場で動きを止めている。
例外はただ一つ、滑る様にアンブロシウスの突進する軌道から外れた黒い人型ただ一機。
半秒にも満たない停止を終え、止められた時が動き出し、あらゆるものの動きが再開される。
目標を見失ったアンブロシウスの初撃は空しく空を切り、フィールドの端まで突進し、ようやくその身を反転させ人型を視界に入れ直した。

『ダディ、今のって『ド・マリニーの時計』?』

ハヅキは以前シュリュズベリィの教え子である鳴無美鳥が発動していた魔術の事を思い出し、先の不可思議な停止現象の原因に当たりを付けた。
源書であるアル・アジフを除けば極々一部のネクロノミコンにしか正確な記述が存在して無いと言われている希少な魔術だが、あの人型が機械天使達の大ボスだとすればおかしな話では無い。
だが、シュリュズベリィは自らの魔導書の推理に首を横に振った。

「いや、それなら私達が止められた時点で、『止められた』と自覚する事は難しい筈だ」

正確に言えば、今の時間停止にしてもシュリュズベリィとハヅキは正確に知覚出来た訳では無い。
魔術とは異なる何らかの技法を持って行われたその疑似時間停止とでもいうべき状態で止めきれなかった霊子の揺らぎを、黄金の蜂蜜酒で拡大された知覚能力がかすかに感じ取っていたのだ。
更に言えば、アンブロシウスの本体はこの次元では無く、ここよりも十数は上の次元に存在している。
その為、アンブロシウスを構成する物質の内、外界に干渉する為に三次元まで落とされた部位は動きを止めても、外からも中からも知覚できず、なおかつシュリュズベリィの意思が届かない人間で言う不随意筋に当たる内部機関の幾つかがその状態を記憶していた。
原因不明の、しかし対抗するのは難しくない術理に思考を巡らせる間もなく、黒い人型が反撃を開始し、攻撃の後の隙を見せたアンブロシウスは回避の体勢に入る。

《流石はシュリュズベリィ先生、何の対策も無しにラースエイレムを一瞬でレジストするなんて流石です!》

白銀で囲まれたフィールドに、機械的に増幅された声が響く。驚きに、更にその喜びを上回る歓喜に震える声、叫び。
シュリュズベリィの声でもハヅキの声でも無い。
その声はアンブロシウスと相対する黒い人型の動きと連動している。
何ら攻撃的意図を垣間見る事すら出来ない動き。
最早焼野全体を覆い尽くしている広大なフィールドを縦横無尽に飛び回りながら、驚きに仰け反り、喜びに両手を広げ天を仰ぐ黒い人型。
だが、それらの動きに合わせて絶え間なく破壊力が行使され続けている。
炎弾が氷線が消滅波が断続的にアンブロシウス目掛け、未来位置目掛け、駄目押しの様に狙いを定めず吐き出され続け、アンブロシウスはそれを避け続ける。
微かな光を放つ糸がアンブロシウスの行く手を阻み、靄の様な糸の塊が追いかけ、それらの全てをシュリュズベリィのアンブロシウスは大鎌を風を雷を爆弾を駆使し打ち払う。

「これは……!」

シュリュズベリィは驚愕する。
黒い人型の圧倒的な攻撃密度に、ではない。
この程度の攻撃であれば、並みの鬼械神であれば如何様にも捌く事が出来るので驚愕には値しない。
アンブロシウスが、黒い人型の攻撃の隙間に生まれた僅かな活路に向け稲妻を放つ。
途端、何も存在していなかった筈の空間が燃え盛った。
更に、あらぬ方向からその炎が燃える隙間に禍々しい光が照射された。
不可視の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、攻めの間隙を縫い接近しようとする敵を捕え、致命の一撃を意識の向いていない方向からの一撃で仕留める。
これまでの動くアンブロシウスを追う攻撃ではなく、アンブロシウスを誘導し固定してからの攻撃。
先ほどの術と、この戦法。シュリュズベリィの疑惑は膨れ上がる。

「まさか、君か、君なのか!」

『ダディ?』

眼を持たず、しかし霊視においては魔導書の精霊に勝り、長年の経験により人並み外れた観察力、洞察力を備えたシュリュズベリィだからこそ気が付く事ができた。
それが、自らの良く知る人物が『学術調査の折に多用していた』戦法だという事を。

《そうです、そうですよ! 俺です、俺なんですよ先生!》

アンブロシウスから距離を取り只管に動き回り飛び道具を乱射するだけだった黒い人型が、突如としてその動きを変える。
両腕の方からの次元連結攻撃すら止め、何の小細工も無しに、アンブロシウスの懐目掛けて弾丸の如く飛び込んでくる。
その速度はアンブロシウスからすれば余りにも緩慢だ。
だというのに、シュリュズベリィはそれを避ける事すらせず、正面から迎え撃つ。

《貴方を恩師と仰ぐ者です。貴方の薫陶を受けた者です。紛れもない、貴方に憧れる教え子の一人!》

アンブロシウスが大鎌で何かを受け止める。
それは、黒い人型の手から手品のように現れた一刀、東洋の刀にも似たシルエットを併せ持つ、アレンジの施されたバルザイの偃月刀。
その全長は二十メートル強、それはアンブロシウスの半分も無い黒い人型が持つには余りにも長大。
そして、アンブロシウスと打ち合うには、黒い人型は余りにも非力だ。

「君の言っていた悪事とはこれか、この有様か!」

二十メートル弱と五十メートル弱の巨人による、大鎌と大太刀の鍔迫り合いは決して拮抗しえない。
アンブロシウスの大鎌に押され、黒い人型は後ろに押し込まれる形になり、偃月刀の刃には大鎌の刃が減り込み、両断せんと更に押し付けられる。
鬼械神の、いや、魔術師の攻防において押し合いの状態での拮抗はありえない。
両手が武器で塞がれても魔術が使えなくなる訳では無いからだ。
アンブロシウスも気象魔術による攻撃を続けてはいるが、黒い人型も負けじと天候を操作し妨害する。
だが、これも拮抗しえない。黒い人型の天候制御はアンブロシウスの気象魔術を僅かに減衰させるのが限界。
黒い人型の装甲が削られ、フレームが、内燃機関が、コックピットの中、パイロットの姿が剥き出しにされる。

「この有様! この有様というのは──」

黒い人型が偃月刀を放棄し、全身を引き裂かれているとは思えない軽やかな動きで後退する。
同時、フィールドの外の光景を遮っていた白銀の霧が晴れ渡り、空と焼野だけではない、アーカムシティ全体の光景をシュリュズベリィの眼前に叩きつける。
いや、それはかつてアーカムシティがあった光景と言うのがより正しい表現か。
機械天使に、鋼を纏った動く死体に、鉄の大巨人に、鬼械神に喰らい尽くされ、蹂躙され尽した荒野が広がっている。
覇道財閥の屋敷も、時計塔も、駅も、大学も、ビルも民家も店も人も木々も生き物も無機物も何もかも奪われ果てたかつての世界の中心の成れの果て。
その光景を背に、切り刻まれなお動き続ける黒い人型のコックピットの中、

「こぉんな、有り様の事ですか?」

鳴無卓也は、歯を剥き出しに、さも愉快そうに笑っていた。

―――――――――――――――――――

アンブロシウス・エーテルライダー形態の突撃を受け、鳴無卓也の乗る黒い人型、ボウライダーが木の葉のように宙を舞う。
いや、エーテルライダー自体の突撃は辛うじて回避に成功している。
卓也の身体に組み込まれた異世界のルール、精神コマンドの恩恵によるものだ。
アンブロシウスの攻撃が何処に来るか、どう身を動かせば避ける事が可能かを『ひらめき』続け、しかしダメージを完全に無くす事に失敗し続けている。
物理法則を超え光の速度に近づいたエーテルライダーの撒き散らす高密度の魔力を伴った衝撃波が、空間毎ボウライダーを砕かんとしているからだ。

「アーカムを破壊したのは君か」

《その通り》

エーテルライダーの仮想コックピットでシュリュズベリィが叫び、剥き出しのコックピットで卓也が答える。
エーテルライダーの先端、嘴ならぬ剣の鋭さを備える鋭角が、再生中のボウライダーの片腕を両断。
ボウライダーは腕を引き裂かれた衝撃で更に明後日の方向に吹き飛ばされる。

「世界中に銀の霧を散布したのも君か、機械の兵隊を操っているのも君なのか!」

《それも私だ。そう、紛れもなく、この俺の仕業ですとも!》

だが、次の瞬間にはボウライダーの腕は再生を始めている。
鬼械神に搭載されたメリクリウスシステム(自己修復機能)ではない、純科学の結晶であるナノマシンによる再生能力。
再生した腕には、赤と銀の混ざったようなカラーリングの長大な砲身が備えられていた。撃発。龍の雄叫びの様な音と共に、砲口から太陽の如き輝きが無数に吐き出され、様々な軌道を描きながらアンブロシウスへと迫る。

「何故この様な真似をする。何が君をそこまで駆り立てる。世界を滅ぼす程の思いとは何だ。君の願いは何だ! 私に見抜けなかった君の欲望は!」

叫び、アンブロシウスが天に大鎌を掲げる。
それにより生み出された高密度の魔力の竜巻が追尾炎弾を尽く巻き込み、爆発させた。
爆発の衝撃により、ボウライダーとアンブロシウスの間の距離が更に開く。
アンブロシウスと対峙するボウライダーは、既にその全身の修復を終えている。
だが、アンブロシウスは追撃を行わない。
向かい合った状態からの打合いであれば、機動力に劣る小兵のボウライダーといえどもアンブロシウスの攻撃に容易く対処でき、逆にボウライダーの攻撃もアンブロシウスに通用しない。
睨み合い。しかし、そこには問いを放つ者と答えを返さんとする者が居る。
これは問答だ。この世界、この時代、この惑星で最後に残った一組の教師と教え子の、世界最後の個人面談。
ボウライダーのコックピットの中、卓也は静かに答える。

《ロマン、ですね》

ざぁ、と、風が荒地と化したアーカムの土を巻き上げる。
砂に巻かれ、その輪郭を暈したボウライダーは、砲の無い片手を軽く曲げる。

《気に入らない相手を打ん殴り、いい女(姉さん)を独り占めして、でかいマシンをかっ飛ばす》

ボウライダーは拳を握り、天に掲げる。

《男のロマンとは、すなわち環境破壊! ……という事らしいんです。姉さんから聞いた話なんですけどね》

掲げた拳がへろへろと力を失い、両腕を広げて肩を竦める。
卓也のその言葉を聞き、アンブロシウスの中でシュリュズベリィは怒りに身を震わせる。
アンブロシウスの手がシュリュズベリィの感情に合わせて力強く大鎌の柄を握り締める。

「其れだけの為に、たったそれだけの為に、ここまでの惨事を引き起こしたのか!」

《正直、俺もこれは流石に暴論だと思いますよ。でも──》

肩の高さまで掲げられていた両手を握り、拳を作るボウライダー。
拳が完全に形作られると同時、カチン、とスイッチを入れる様な音が連続して鳴り響き、眼下のアーカムシティ跡地が綺麗に整地された。
いや、荒れ果てていた表面が、人間の形作った文明の痕が一瞬で削り取られ、この世界から消滅したのだ。

《窮極の漢の夢(ロマン)、独力での惑星破壊には、正直な話、興味が尽きません》

ボウライダーを中心に、文明の跡が、大地が、地球がその身を削られて質量を失って行く。
空間が歪む。ボウライダーの周囲に、ブラックホールにも似た重力の渦が幾つも現れては消えていく。
その異常事態にアンブロシウスが魔刃を、魔風を、魔雷をボウライダーに向けて放っても、ボウライダーに届く前に超重力の坩堝に巻き込まれ押しつぶされ消えていく。
いや、その防護も完全では無い。幾つかの出力の高い魔術は疑似ブラックホールに巻き込まれるよりも早くボウライダーに到達し、その身を削り始めている。
手足を、胴を削られながら、それと拮抗する速度で再生するボウライダーの中で、卓也は憧憬と僅かな嫉妬の入り混じった視線をアンブロシウスに向けていた。

《……やはり貴方は凄い。いや、この世界の魔術師なら誰しもがここまで上り詰める可能性を秘めているという事でしょうか》

ボウライダーを中心に、巨大な、アンブロシウスにも匹敵する巨大な影が映し出される。
その輪郭は、アンブロシウスよりもボウライダーよりも、より完全な人型に近い姿をしている。

《この力を使うのは何時になるか、こんな偽物ではない、本当の神の力を振るえるように成るのは何時になるか、そんな事をずっと考えていました》

だが完全な人型ではない。
城壁の様な、いや、馬上槍の様な鋭角が両足と両腕に突き出している。
頭部には鶏冠の様な突起と、風に靡く鬣の様な細いビームの束。

《でも、未完の紛い物でも、この力があって良かったと、今はそう思えます》

白い城塞の様なその姿がボウライダーを取り込むように、上書きする様に現世に顕現する。
空間を破裂させながら実体化を完了した、50メートル程の巨人。
その装甲が、上書きされたボウライダーに浸食されたかの如く、白濁の如き灰色を経て、光沢の無い黒色に染め上げられる。
黒い巨人の背に、鱗を噛みあわせた様な質感の、棘の様に鋭角な翼が広がる。
ぎちぎち、ぎちぎちと音を立て、巨人の身体が、デモンベインの複製が変形を繰り返し、その在り方を捻じ曲げる。

《これが、今の俺の全力全開。さぁ先生、これがこの地球最後の決戦です》

超重力の渦が蒸発し、変形を完了したデモンベインの姿を現す。
それは人類の白亜の守護神で無く、最も新しい神でも無い。
禍々しい瘴気の色に染め上げられた、人の世に終りを告げる悪魔そのもの。

《────いい戦いにしましょう》

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

更地と化したアーカムの上空で、先生の大鎌と俺の偃月刀が轟音を立てて激突する。
がちがちと音を立てて大鎌と偃月刀が拮抗する。拮抗している。
当然の事だ。何しろ先ほどとは前提条件が違う。先ほどの打ち合いは、文字通り子供と大人の喧嘩の様なものだった。
外見のサイズが倍以上違い、その存在密度は五つ六つ程桁が違っていたのだ。
魔術の最大の奥義と言っても過言では無い機神招喚によって呼び出された鬼械神たる先生のアンブロシウスと、これまでの世界で手に入れてきた技術を全てとこの世界で蓄えた魔導兵装と魔術の知識を注ぎ込んだ『だけ』のボウライダーでは、比べる事すらおこがましい。
アンブロシウスを最新の戦車や戦闘機だとすれば、俺はカツ専用オマルに乗って銀玉鉄砲の代わりに密造トカレフを構えている様なものだった。
だが今は違う。曲がりなりにも、人造の紛い物とはいえ鬼械神に乗っているお陰か、それとも内燃機関として組み込まれている獅子の心臓のお陰か、先の打合いでは数合持たずに叩き切られそうになった偃月刀もちゃんと凶器としての役割を果たしている。
昂揚感がある、様な気もするが、少しばかり複雑だ。

「今回の先生には言っていませんでしたね」

《何の事だ!?》

偃月刀を握る手に更に力を込めさせ大鎌を弾き飛ばす。
格闘戦が出来ないでは無いが、アンブロシウスの本領では無いのだろう、デモンベインをベースに改造して鬼械神もどき──ペイルライダーを構成する機械部分が強化されているせいもあるが、力比べでは勝っているらしい。

「俺ね、こういう鬼械神『もどき』を作れる程度の技術は持っているし、鬼械神サイズの魔導兵装を無手で錬金する事も出来るんです。こんな風に、ね!」

ペイルライダーの偃月刀を構えていない手に白銀の魔銃を錬金し、更に俺の周りに十数丁同じ魔銃を錬金、手の中でトリガーを、周囲の魔銃は遠隔で引き金を引き、込められた魔弾を一斉に解き放つ。
自動追尾の魔術の込められた魔弾は、直線的に曲線的に正面から視界の隅から死角から、弾速を調整し時間差も付けてありとあらゆる角度からアンブロシウスを貫かんと疾走する。

《なるほど、整理室の武装を作るだけの事はあるという訳か。だが!》

アンブロシウスは魔弾の尽くを大鎌で魔術の構成毎切り落とし、結界で威力の減衰した弾丸はハスターの風で吹き散らし無力化する。

《どうやら君は、『鬼械神同士の戦い』には慣れていないらしい》

「ええ、『鬼械神との戦い』は、正真正銘経験がありません。何しろ──」

切り落とされた魔弾の材質を変換させ、瞬時に小型のテッカマンへと変じさせる。
子供程の大きさのテッカマンはアンブロシウスの周囲へと浮かび上がり、互いにボルテッカを打ち合い対消滅を起こす。
強烈な衝撃波がアンブロシウスを襲うも、その飛行速度を落とすどころか体勢を崩す事すら叶わない。
だが目くらましにはなった。俺はシャンタクと両足の断鎖術式を起動させ、アンブロシウスに追いすがる。

《なるほど、君は鬼械神を招喚する事が出来ないのか》

背を向け距離を取りながら、アンブロシウスは突進するこちらを迎撃しようと気象魔術を放ってくる。
俺はそれを防御魔術を張り、更にペイルライダーを分身させ、防御魔術を張らせた上で盾にして前進を続ける。
数百の距離を縮めるまでに分身の九割が微塵に砕かれ、更にその分身の欠片から分身を作り出し盾にして残りの数百を削り、偃月刀、偃月刀がギリギリで届かない距離にまで到達。

「その通り、俺は魂さえ削れば機神招喚が出来る理論まで打ちたて立証し──しかし、どうしても機神招喚を成功させる事が出来ずにいるのです」

未完成のデモンベインに、魔銃を解析してでっち上げた魔術的回路を増設し、魔術の要素が不必要な部分は徹底的に機械化した。
だが、それでもこれは鬼械神足り得ない。鬼械神に似せた、魔術理論を搭載したロボットに過ぎないのだ。
鬼械神がレプリカで、デモンベインがガラクタであるなら、俺のペイルライダーは魂の宿らない木偶にしかなれない。

「十年、十年の時を掛けて魔術の腕を磨きました。短いと思われるかもしれませんが、俺の持つアドバンテージを考えればこの半分の時間で機神招喚に辿り着けなければおかしいのです。分かりますか?」

偃月刀に『伸長』の魔術を施し、残りの距離を無理矢理に詰めアンブロシウスに切りかかる。
振り下ろした刃に、アンブロシウスの多発型飛翔魔術機関群にめり込んだと思った瞬間、アンブロシウスの姿が霞の様に掻き消えた。
デコイ? 今までの学術調査でも見た事の無い機能だ。

《それは自惚れではないのか? 魔術の深淵とは十年やそこらで覗き切る事の出来る底の浅いものではない。特に、君のように安易に邪神に尻を振る負け犬には!》

「あぐぅっ!」

コックピットが揺れ、半ば融合同化しているペイルライダーから危険信号を苦痛という形で受信。
背後のシャンタクが片方切り落とされ、背骨に当たるフレームを切り裂かれた。
切り裂かれた翼と背のダメージの入り方から、あらゆるセンサーの反応を元に未来位置を予測し、原子消滅エネルギー波を、疑似マイクロブラックホールを目暗撃ち。
だが、そのどれもが一撃足りともアンブロシウスを捉えきる事が出来ない。
特殊なステルスでも、レーダーが撹乱されている訳でも無い。
純粋に、アンブロシウスの速度に俺が追いつけていないのだ。
既にアンブロシウスが目の前に現れた時点で俺はクロックアップをしているというのに、それでもアンブロシウスは、シュリュズベリィ先生はただただ『速い』。
魔術師にとって物理法則、ユークリッド幾何学、既存のあらゆる法則は破る為に存在しているというが、何の説明も無くあっさりと光の速度を超えられるのは恐ろしい物がある。
断鎖術式で複雑に空中を跳ねまわりながらシャンタクの再構成をしていると、何時の間にか偃月刀を握っていた腕が切り落とされていた。

《それが、それが君がこの世を滅ぼそうとする、本当の理由か?》

もはや残像を追う事すら出来ない超光速にまで加速したシュリュズベリィ先生のアンブロシウスが、沈み始めた太陽を背に、大鎌を俺とペイルライダーに向けている。
目の前で止まっている筈なのに、必中を掛けても当てられる気がしない。
静止状態でありながら、あのアンブロシウスは超光速を維持している。
魔術機関内部に流れる字祷子が、常に超光速で循環する事により、トップギアを保ったまま外見上は静止していられるのだ。
此方の必殺の攻撃は、科学、魔術に限らず、全て無効化されてしまう。
膂力にのみ勝るが、大胆でありながらも慎重な先生はもう正面からの接近戦を仕掛けてきたりはしない。
此方から仕掛けるなんてもっての他。先ず、正面に速度を落としたアンブロシウスを入れることすら出来ない。

「…………八つ当たり、いや、気晴らしのつもりだったんですけどね。どうせ滅びる運命にある訳だし、一度や二度なら俺が滅ぼしても構わないだろう、と」

大導師に当たらなければ、ナイアルラトホテップに玩具にされなければ。
そんな甘い考えで動いて、暴れまわって、こんな場所で、先生に討たれそうになっている。

《そんな理由で、人が滅ぼされていい訳が無い。鳴無君、君が奪っていい命は、この世界には一つとてありはしなかった》

「だけど、何もかも奪ってやりました。人類も滅んでいますよ。俺が保証します」

少なくとも目の前には人類の男と魔導書の精霊が居るか。
だが仮に繁殖が成功しても半人半書が溢れ返る世界には成り得ないだろう。
俺が滅ぼしたのは目につく場所だけ。海底や地底には手を出していない以上、新たな人類が生まれるよりも早く、他の支配種族が現れる公算の方が高い。

《……かもしれん。だが、だからこそ、これだけは、教師としての務めは果たそう》

先生の静かな宣言と共に、アンブロシウスが大鎌を、死鎌(デスサイズ)を振りかぶる。
最初の様子見を兼ねた『遅い』突進ではない。

《──風は虚ろな空を行く!》

正真正銘、最速の一撃が、俺の命を刈り取らんと振るわれる。
ペイルライダーの半身が切り刻まれた。

《声は絶えよ、歌は消えよ!》

目にも止まらぬ、ではない。目にも映らない一撃。いや、一撃であったかすら分からない。
回避行動が間に合わない。防御が間に合わない。再生が間に合わない。
ペイルライダーはその身を余さず字祷子に還元され、残るはコックピットと融合した俺だけ。
どうする、ボソンジャンプ? 転位? 発動が間に合わない、あの一撃を堪え切れる自信が無い、次の瞬間、俺という存在は光を超えた速度という究極の一端にある暴力により消滅する。

《涙は──》

消える? つまり、俺はこの場で死ぬという事か。
なんで? 悪事を働いて、その裁きを受けるからだ。
どうなる? 鳴無卓也は二度と現れない。
姉さんは? たぶん、悲しむ。

(ちがう……)

姉さんとの約束を違えてはいけない。
【鳴無卓也は、どの様な事があっても、鳴無句刻と共に生きなければならない】
どんな悪事を働いたとしても、姉さんを泣かせる事だけはしてはいけない。
【物語を食い潰す事をしても、物語に食い潰されてはならない】
悪事の報いは、ルールよりも弱い者こそが受ける。
故に、
【あらゆる因果を蹂躙し】

《流れぬまま涸れ果てよ!》

鳴無卓也は継続する。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

アンブロシウスの大鎌が、鬼械神もどきのコックピットごと、鳴無卓也を切り刻み、塵すら残さずにこの世から消滅する。
一度の交差の度に繰り出される大鎌の斬撃回数は13桁にも及び、一度触れたモノはその原型どころか、存在したという事実すらこの世に残す事は出来ない。

「カルコサの夢を抱いて眠れ……」

仮想コックピットの中で、シュリュズベリィは眼球の無い虚ろな眼を瞼で覆い隠す。
終った。教え子の期待通りに、魔道により成された悪事の報いは、その師が刈り取り収める事に成功した。
鳴無卓也の悩みは、浅はかなものであった。シュリュズベリィはそう考える。
なまじ優秀であるが故に自らを特別な存在と思いこみ、小さな躓きに心を乱し、時にこの様な凶行に走らせる。
その果てには、常に何も残らない。今回は極めつけだ。
何しろ本人だけでなく、人類の文明そのものが消えかけている。

『ダディ……、これからどうしようか』

ハヅキが静かに、僅かに気落ちしている様な、迷いを帯びた声でシュリュズベリィに語りかける。
そう、これからどうするべきか。
白銀の霧も、機械天使も、まるで全て幻であったかのように姿を消してしまった。
だが、卓也の言葉が真実であったとするならばそれもまるで救いにならない。
殺される対象である人類や、破壊すべき対象である文明が既に存在しないのであれば、それらを害するモノが居ても居なくても変わりは無いからだ。

「まだだ。まだ、生き残りが何処かに居るかもしれない」

だが、ほんの僅かな可能性であっても無視する事はできない。
人類が滅んだというのは卓也の勘違いであり、どこかにまだ生き残りの人間が居るかもしれない。
もし居るのであれば、これからは協力して生きていくべきだろう。
いや、生き残りが居ると仮定していなければ、シュリュズベリィの心が耐えられないのかもしれない。
如何に優れた邪神狩人だとしても、地球上に生き残った人類が自分ただ一人という事実は膝を折らせるには十分な重みとなる。

「行くぞ、レディ。先ずは北半球から当たってみよう」

『オッケー、ダディ。どこまででも付いて行くよ!』

ハヅキが出来得る限りの明るい声で応え、シュリュズベリィが僅かにその顔に力を取り戻し、無理矢理に不敵な笑みを浮かべる。
日の沈む地平線目掛け飛び立とうとアンブロシウスがその身をひるがえし──
突如、世界が鳴動する。
大地が、ではなく、空間が、世界そのものが唸りを、悲鳴を上げる。
茜色に染め上げられていたアンブロシウスが、暗い影に覆われる。

『ダディ!』

「こ、これは……!」

アンブロシウスの眼前に、機械が寄り集まって造られた巨大な壁が聳え立っていた。
いや、壁に見えたそれは、大地に拳を突き立てた巨大な腕。
拳だけでアンブロシウスを上回る、天を衝く巨大な機械人形。
いや、機械人形ではない。
その巨人は、あらゆる機械を統べる王。
あらゆる機械に崇められる、レプリカでは無い真の神。
正真正銘の『機械神』が、あらゆる命の静止した地球に轟臨したのだ──

―――――――――――――――――――

地球の空を、大地を覆い尽くす機械巨神の姿を遥か彼方の次元より見つめる者達が居る。

「あれが、お兄さんの鬼械神……」

その一人の名は鳴無美鳥。
異世界よりやってきた三人の小旅行者(トリッパー)の内の一人であり、鳴無卓也の身体のサポートAIである。
本来、主である卓也と同質の能力を持っている筈の彼女は、彼女の主が呼び出した存在を目の当たりにして、得体の知れない感情に言葉を失っている。
その感情の名は畏怖と言い、自らの死すら恐れない彼女が本来必要としないもの。
だが今、彼女は無性にあの機械巨神に対して跪き頭を垂れたい衝動に駆られていた。
そんな彼女に見向きもせず、機械巨神に柔らかな笑みを向ける一人の女性が居る。

「ようやく、ようやく一皮剥けたわね、卓也ちゃん」

機械巨神に対し、生まれたばかりの赤子を祝福する母親の如く、慈愛に満ち溢れた笑みを浮かべる女性の名は鳴無句刻。
鳴無卓也の身体を改造した張本人であり、三人がトリップする主原因でもある彼女は、自らの弟がついに一つの段階を踏み越えた事に、無上の喜びを感じていた。
──鳴無句刻は、鳴無卓也が機神招喚を成功させられない理由を理解していた。
卓也の編み出した理論は、確かにこの世界の魔術理論からして抜けの無い完璧なものであった。
自らの位置する次元より高位の次元にアクセスし、鬼械神の元となる超存在の影を映し出す最大呪法。
それは確かに本来機神招喚を発動すらさせられない未熟な魔術師に機神招喚を扱わせる事が可能だった。
だが、それはあくまでもこの世界の魔術師、あるいはこの世界の住人と同列の存在から見た場合の完璧なのだ。
鬼械神は、人間の存在する次元よりも高位の次元に存在する神の影を映し出す魔術。
だがトリッパーの本来存在する次元は、物語の設定上の上位次元よりも遥か上に存在している。
当たり前の話だ。物語の上で如何に全知全能であったとしても、物語の外、現実に存在するどのようなものにも干渉する事はできない。
トリッパーの上位次元に、神は存在し得ないのだ。
もしもトリッパーが、物語上の上位次元にアクセスしようと思ったなら、必要なのは上を見上げる事では無く──

「その世界のあらゆるものを、『自分より下にあって当然』と思える、相手を見下す認識こそが、トリッパーの力の基礎」

死の間際に置かれ、因果応報、倫理などのあらゆるものを捨て置き、踏みにじってでも生き延びたいというその感情。
相手を同列に認識し踏みにじり、その上で自分たちこそが上だと決めつけ相手を貶め確信し踏み抜く心こそが、機神招喚を成功させる鍵だったのだ。
これは人に教えられるだけでは身に付かない。自らが実感し、心の奥底から求めなければ手に入れる事の出来ない境地。

「こうなれば、結果はもう決まったようなものね」

句刻は、アンブロシウスに覆いかぶさる様に掌を向ける機械巨神に、卓也が降ろした『あらゆる鬼械神の本体』に熱いまなざしを向ける。
我が弟ながら、そんな俺設定ロボットを呼び出すなんて、成長が楽しみで仕方が無い。
句刻はそんな事を考えながら、膝をがくがくと震わせている美鳥の膝の裏に、軽く膝蹴りを放った。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

今まで感じた事の無い様な、比喩を抜きにそう信じられる全能感に酔いしれながら、俺は初めて招喚した鬼械神の手を動かす。
目の前には掌に収まる程のサイズの機械の小鳥、シュリュズベリィ先生の駆るアンブロシウスが、呆然と中に浮かんでいる。
ああ、そうだ。
今、俺がこうして機神招喚に成功したのは、何もかもこの人のお陰なのだ。
基礎しか知らなかった魔術、その知識を深めてくれたのはこの人だ。
まともに使えるようになった魔術、その実戦での研鑽の場を与えてくれたのはこの人だ。
悩んでいるとき、真摯に相談に乗ってくれたのはこの人だ。
打ちたてた機神召喚の理論をしっかりと理解した上で、禁書指定する程に評価してくれたのもこの人だ。

「ああ、先生、シュリュズベリィ先生。俺は貴方に何とお礼を言えばいいのか」

そして、鬼械神を呼び出す為のきっかけをくれたのも、間違いなくこの人なのだ。
手を動かし、距離を取ろうとするアンブロシウスを捕まえる。
速度は先程の全速のまま。しかしこの鬼械神と重なった俺には、アンブロシウスのこれからとる動きが手に取る様にわかり、その速度も緩慢にすら見える。
いや、それだけじゃない。
シュリュズベリィ先生の操縦で距離を取ろうとしたアンブロシウスが、操者の意思に反して鬼械神(おれ)の掌に近寄ってきているのだ。
面白い。この身体になってから制御するまで動物からは尽く逃げられていたのに、この機械の鳥は面白い程に鬼械神(おれ)に懐いている。
アンブロシウスを潰さないように慎重に握りしめながら、俺は声に出さずにアンブロシウスに礼を言う。
ありがとう、アンブロシウス。
これで、ゆっくりと先生にお礼を言う事が出来るよ。

「先生、貴方のお陰なんです。こうして、初めて機神招喚の真実に辿りつけたのは、貴方が居なければ成しえなかった事なんです」

昂る感情に、力を抑えきれない。
アンブロシウスを握る手に力が籠り、小さな機械の小鳥が金属の擦れる様な悲鳴を上げる。
アンブロシウス越しに、コックピットの中の先生の姿が垣間見えた。
その顔は驚愕の色に染め上げられている。

《君はまさか、いや、お前は──!》

どうして驚いておられるのです、先生。
俺の顔(ひたい)に、なにか面白いものでも付いているのですか?
残念ですけど、彼女は今回は性別不明の獣ですよ。

「ありがとう、我が恩師! ありがとう、ありがとう、ありがとう!!」

掌の中で、アンブロシウスがその身を細分化させ、俺の操る鬼械神(おれ)へと身を捧げる様に同化していく。
アンブロシウスに組み込まれていたハヅキちゃんが悲鳴をあげている。
アンブロシウスに閉じ込められたシュリュズベリィ先生が絶叫している。
やがてその二つの声は小さくなり、俺の身体に綺麗に組み込まれた。
これからあの二人は文字通り、永遠に俺の中で生き続けるのだ。

「──さて」

感慨に耽る暇は無い。
あと半刻もしない内に、俺と、どこかで見守っている姉さんと美鳥は次のループに入らなければならない。
その前に、宣言通りにこの星を蹴り砕いてしまう事にしよう。
俺は鬼械神を空に飛ばしながら、次のループから何をしようかと頭を巡らせ始めた。






ミスカトニック大学編、終わり。
自由探索編へと続く
―――――――――――――――――――

このありがとうを、貴方に届けたい。
そんな主人公の恩師への感謝の念が溢れ出して破裂した第四十四話をお届けしました。

ネタは少ないはシリアス続きだわで片っ苦しい回に思われるかもしれませんが、自分は書いてて凄い楽しかったです。
もうそれだけで大分満足。
そして主人公のマイ鬼械神ちゃん、ハッピバースデイッ!!とか手作りメカケーキ持って社長風に言ってみたりなんだり。
もう欲望だだもれですからね、社長ともQBとも仲良くなれる主人公が理想です。
なんかもう書いてて訳分からんな感じですが、いつかまどか世界に行ってQBとコンビを組ませて魔法少女を量産したくなる位大好きですよQB。
これ以上書くと本気で訳が分からないよ(笑)とかいわれそうなので、無理矢理何時もの流れに戻そうと思います。

すごく久しぶりに感じる、イカ自問自答コーナー。
Q,鬼械神が招喚できなかった理由って?
A,つまり本編の姉の説明を参照の事。トリッパーが作品世界のキャラを同列に見る必要はなく、シャーレの中の微生物を見るかの如き精神が寛容なのだそうです。ブーイングが歓声の代わりですよ。
Q, 第四十二話「研究と停滞」でシュリュズベリィ先生の言っていた違和感、結局何の説明も無くね?
A,まず一つ目は、無意識に上位次元を見下し気味に書かれていたという事と、呼び出す対象がアイオーンでもアンブロシウスでもなく『鬼械神そのもの』だったという二つの点が違和感。
機械系との相性の良さが『鬼械神』という概念を直接招喚するという考えに至ってしまったとかそんなん。
全ての鬼械神が一つの原型からとか云々は完全に独自設定だから間違っても信じない様にすべし。
Q,アリスンが!貴重なアリスンが!
A,作者の中では常に触手が大ブーム。後寝盗りとか少し静かなブーム。

そんなこんなで、デモンべイン編第一章『大学生鳴無卓也の学習』はここまで。
上のタイトル今即興で考えたんで、別に次の章の名前とかも決まっておりません。
少しおまけ的な蟲師っぽい日本編とか、しれっと再びミスカトニックに潜り込んで学生やってにやにやするシーンとか挟んだら新章開始します。

ではでは今回もここまでです。
誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想など、心よりお待ちしております。





アンケです。よかったらお答えください。
今後の話の順番に影響が出るかもしれません。

Q,ロリとギャランドゥ、どっちが好き?
△やっぱ俺、ロリコンだったみたいでさ。 あいつの綺麗な体知っちまったら、中学生以上なんか薄汚くて抱く気にもなれねぇんだよ、ババァ!!
▲お早う、お兄ちゃん。

なお、アンケ結果は展開の順番に影響を及ぼすかもしれませんが、書ける方から先に書いて行くので必ずしも反映はされませんのでご了承ください。



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