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No.14434の一覧
[0] 【ネタ・習作・処女作】原作知識持ちチート主人公で多重クロスなトリップを【とりあえず完結】[ここち](2016/12/07 00:03)
[1] 第一話「田舎暮らしと姉弟」[ここち](2009/12/02 07:07)
[2] 第二話「異世界と魔法使い」[ここち](2009/12/07 01:05)
[3] 第三話「未来独逸と悪魔憑き」[ここち](2009/12/18 10:52)
[4] 第四話「独逸の休日と姉もどき」[ここち](2009/12/18 12:36)
[5] 第五話「帰還までの日々と諸々」[ここち](2009/12/25 06:08)
[6] 第六話「故郷と姉弟」[ここち](2009/12/29 22:45)
[7] 第七話「トリップ再開と日記帳」[ここち](2010/01/15 17:49)
[8] 第八話「宇宙戦艦と雇われロボット軍団」[ここち](2010/01/29 06:07)
[9] 第九話「地上と悪魔の細胞」[ここち](2010/02/03 06:54)
[10] 第十話「悪魔の機械と格闘技」[ここち](2011/02/04 20:31)
[11] 第十一話「人質と電子レンジ」[ここち](2010/02/26 13:00)
[12] 第十二話「月の騎士と予知能力」[ここち](2010/03/12 06:51)
[13] 第十三話「アンチボディと黄色軍」[ここち](2010/03/22 12:28)
[14] 第十四話「時間移動と暗躍」[ここち](2010/04/02 08:01)
[15] 第十五話「C武器とマップ兵器」[ここち](2010/04/16 06:28)
[16] 第十六話「雪山と人情」[ここち](2010/04/23 17:06)
[17] 第十七話「凶兆と休養」[ここち](2010/04/23 17:05)
[18] 第十八話「月の軍勢とお別れ」[ここち](2010/05/01 04:41)
[19] 第十九話「フューリーと影」[ここち](2010/05/11 08:55)
[20] 第二十話「操り人形と準備期間」[ここち](2010/05/24 01:13)
[21] 第二十一話「月の悪魔と死者の軍団」[ここち](2011/02/04 20:38)
[22] 第二十二話「正義のロボット軍団と外道無双」[ここち](2010/06/25 00:53)
[23] 第二十三話「私達の平穏と何処かに居るあなた」[ここち](2011/02/04 20:43)
[24] 付録「第二部までのオリキャラとオリ機体設定まとめ」[ここち](2010/08/14 03:06)
[25] 付録「第二部で設定に変更のある原作キャラと機体設定まとめ」[ここち](2010/07/03 13:06)
[26] 第二十四話「正道では無い物と邪道の者」[ここち](2010/07/02 09:14)
[27] 第二十五話「鍛冶と剣の術」[ここち](2010/07/09 18:06)
[28] 第二十六話「火星と外道」[ここち](2010/07/09 18:08)
[29] 第二十七話「遺跡とパンツ」[ここち](2010/07/19 14:03)
[30] 第二十八話「補正とお土産」[ここち](2011/02/04 20:44)
[31] 第二十九話「京の都と大鬼神」[ここち](2013/09/21 14:28)
[32] 第三十話「新たなトリップと救済計画」[ここち](2010/08/27 11:36)
[33] 第三十一話「装甲教師と鉄仮面生徒」[ここち](2010/09/03 19:22)
[34] 第三十二話「現状確認と超善行」[ここち](2010/09/25 09:51)
[35] 第三十三話「早朝電波とがっかりレース」[ここち](2010/09/25 11:06)
[36] 第三十四話「蜘蛛の御尻と魔改造」[ここち](2011/02/04 21:28)
[37] 第三十五話「救済と善悪相殺」[ここち](2010/10/22 11:14)
[38] 第三十六話「古本屋の邪神と長旅の始まり」[ここち](2010/11/18 05:27)
[39] 第三十七話「大混沌時代と大学生」[ここち](2012/12/08 21:22)
[40] 第三十八話「鉄屑の人形と未到達の英雄」[ここち](2011/01/23 15:38)
[41] 第三十九話「ドーナツ屋と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:22)
[42] 第四十話「魔を断ちきれない剣と南極大決戦」[ここち](2012/12/08 21:25)
[43] 第四十一話「初逆行と既読スキップ」[ここち](2011/01/21 01:00)
[44] 第四十二話「研究と停滞」[ここち](2011/02/04 23:48)
[45] 第四十三話「息抜きと非生産的な日常」[ここち](2012/12/08 21:25)
[46] 第四十四話「機械の神と地球が燃え尽きる日」[ここち](2011/03/04 01:14)
[47] 第四十五話「続くループと増える回数」[ここち](2012/12/08 21:26)
[48] 第四十六話「拾い者と外来者」[ここち](2012/12/08 21:27)
[49] 第四十七話「居候と一週間」[ここち](2011/04/19 20:16)
[50] 第四十八話「暴君と新しい日常」[ここち](2013/09/21 14:30)
[51] 第四十九話「日ノ本と臍魔術師」[ここち](2011/05/18 22:20)
[52] 第五十話「大導師とはじめて物語」[ここち](2011/06/04 12:39)
[53] 第五十一話「入社と足踏みな時間」[ここち](2012/12/08 21:29)
[54] 第五十二話「策謀と姉弟ポーカー」[ここち](2012/12/08 21:31)
[55] 第五十三話「恋慕と凌辱」[ここち](2012/12/08 21:31)
[56] 第五十四話「進化と馴れ」[ここち](2011/07/31 02:35)
[57] 第五十五話「看病と休業」[ここち](2011/07/30 09:05)
[58] 第五十六話「ラーメンと風神少女」[ここち](2012/12/08 21:33)
[59] 第五十七話「空腹と後輩」[ここち](2012/12/08 21:35)
[60] 第五十八話「カバディと栄養」[ここち](2012/12/08 21:36)
[61] 第五十九話「女学生と魔導書」[ここち](2012/12/08 21:37)
[62] 第六十話「定期収入と修行」[ここち](2011/10/30 00:25)
[63] 第六十一話「蜘蛛男と作為的ご都合主義」[ここち](2012/12/08 21:39)
[64] 第六十二話「ゼリー祭りと蝙蝠野郎」[ここち](2011/11/18 01:17)
[65] 第六十三話「二刀流と恥女」[ここち](2012/12/08 21:41)
[66] 第六十四話「リゾートと酔っ払い」[ここち](2011/12/29 04:21)
[67] 第六十五話「デートと八百長」[ここち](2012/01/19 22:39)
[68] 第六十六話「メランコリックとステージエフェクト」[ここち](2012/03/25 10:11)
[69] 第六十七話「説得と迎撃」[ここち](2012/04/17 22:19)
[70] 第六十八話「さよならとおやすみ」[ここち](2013/09/21 14:32)
[71] 第六十九話「パーティーと急変」[ここち](2013/09/21 14:33)
[72] 第七十話「見えない混沌とそこにある混沌」[ここち](2012/05/26 23:24)
[73] 第七十一話「邪神と裏切り」[ここち](2012/06/23 05:36)
[74] 第七十二話「地球誕生と海産邪神上陸」[ここち](2012/08/15 02:52)
[75] 第七十三話「古代地球史と狩猟生活」[ここち](2012/09/06 23:07)
[76] 第七十四話「覇道鋼造と空打ちマッチポンプ」[ここち](2012/09/27 00:11)
[77] 第七十五話「内心の疑問と自己完結」[ここち](2012/10/29 19:42)
[78] 第七十六話「告白とわたしとあなたの関係性」[ここち](2012/10/29 19:51)
[79] 第七十七話「馴染みのあなたとわたしの故郷」[ここち](2012/11/05 03:02)
[80] 四方山話「転生と拳法と育てゲー」[ここち](2012/12/20 02:07)
[81] 第七十八話「模型と正しい科学技術」[ここち](2012/12/20 02:10)
[82] 第七十九話「基礎学習と仮想敵」[ここち](2013/02/17 09:37)
[83] 第八十話「目覚めの兆しと遭遇戦」[ここち](2013/02/17 11:09)
[84] 第八十一話「押し付けの好意と真の異能」[ここち](2013/05/06 03:59)
[85] 第八十二話「結婚式と恋愛の才能」[ここち](2013/06/20 02:26)
[86] 第八十三話「改竄強化と後悔の先の道」[ここち](2013/09/21 14:40)
[87] 第八十四話「真のスペシャルとおとめ座の流星」[ここち](2014/02/27 03:09)
[88] 第八十五話「先を行く者と未来の話」[ここち](2015/10/31 04:50)
[89] 第八十六話「新たな地平とそれでも続く小旅行」[ここち](2016/12/06 23:57)
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[14434] 第三十七話「大混沌時代と大学生」
Name: ここち◆92520f4f ID:190f86b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 21:22
がばりと上体を起こし、周囲の光景を確認する。
部屋が広い。姉さんと一緒に使用している寝室はそれなりの広さがあるが、この部屋はそれと比べても二回り以上広く作られている気がする。
部屋の内装も実家のものとは異なり、ホームドラマかホラー映画で見た事のある様な洋風のデザイン。
半開きのカーテンからは光が洩れ、夜が明けて朝日が昇った事を教えてくれている。
ベッドから降り、壁掛けのアナログ時計の針を確認。時刻は朝の五時、普段に比べて一時間ほど遅い起床時間だ。
だがそれも仕方が無い。何しろ今の俺には世話をする畑が無く、朝早起きをしてもこうして、

「くふふ……」

幸せそうな寝顔の姉さんの頬をツンツンする事に時間を費やす事しかできないのだから。
いや、費やす事しか出来ない、というのは聞こえが悪いか。
むしろ俺としてはこの眠っている姉さんのほっぺたやら鼻先やらぷにぷにした唇やらを思う存分ツンツンつついて愛でる事に関しては一切不満は無い。
最高級のシルクの様にきめ細やかな肌の感触を指先で感じ、押す、戻すの感触だけで天国への階段を駆け上りかねない多好感を俺に与えてくれる頬の弾力。
高すぎず、かといって潰れている訳でも無い絶妙な形の鼻ときたら、この鼻を見た瞬間ハイアイアイ諸島の鼻足類全てが瞬時に求愛行動を始めかねないほどだ。
……時系列的にハイアイアイ諸島は教授ミサイルで消滅している筈だが海に逃れた残党が居るかもしれない。見つけ次第核ミサイルの嵐で消し飛ばしておくべきだろう。

「……まんほー……わっふ……ぅ……すぅ」

無論、アトミッククエイクの使用を心に誓う間中ですら俺の視線は姉さんから欠片も逸れていない。
今の俺の精密動作性はスタープラチナすら遥かにしのぎ、眼球は正確に唇の動きを追尾し、視覚情報を送られた脳は微細な唇の震えの周期から唇の端から垂れる涎の成分まで記録し続けている。
早起きは三文の得というのは安すぎるというのは既に数十回以上繰り返した思考ではあるが、この動画データや涎の成分表に繰り返し目を通す事により、俺の中で不思議な物の何もかもがふつふつと煮えたぎり強い粘性を持ち時折ごぽごぽと泡立つ虹色の溶解液が──

「お兄さん」

「うひゃ」

自らの思考に没入している最中に唐突に背後から伸ばされた手に肩を叩かれ、反射的に背中から刀の様に鋭い触手を無数に生やしてしまった。
しかもそれなり以上に勢いよく。背後で空気の壁を突破する破裂音が聞こえたから間違いない。

「ぐぇ」

潰される瞬間のカエルの断末魔の様な声と、わざとらしい、しかし真に迫った人体への刺突音。若干水っぽい音がするのが特徴である。
突き刺さった触手を伝って生暖かい血潮が背中に伝わる。
慌てて触手を引っ込めると、背中にぐったりと脱力した身体が倒れこんできた。
ひっこめられた触手に引っ張られる様に背中に衝突した小さな身体は、そのまま力無くずるずるとその場に倒れこむ。
これは不味い。何が不味いって、

「お気に入りのパジャマだったのに……」

「そっち!?」

何やら驚く声が聞こえてくるが無視。
元の世界の今年初め頃、スパロボ世界から戻ってきた後の俺の誕生日に姉さんが買ってくれたプレゼントだったのに……。
ポップな絵柄の螺子や歯車が散りばめられた藍色ベースの紳士用パジャマ。こんな珍奇なデザインの大人用パジャマなんてそこらじゃ間違いなく売って無い。
しかもこれは姉さんのプレゼントで、コピーは取ってあるけど、今着ていたのは一着しか無いオリジナル。

「ああ、一体俺はどうしたら」

「このリアクション、あたしはパジャマ未満か。やべぇ、なんか今リアルに死にたくなってきた」

背後から精神的に虫の息っぽい声が聞こえてくるがそんな事は知った事じゃないのである。

―――――――――――――――――――

結局、姉さんが起きる前に美鳥に手伝わせて血のしみ抜きと開いた穴の縫合を行って事なきを得た。
血やワインなどのしみ抜き技術は例によって例の如くグレイブヤードから収集した知識で補い、見事しみ一つ残さず血の跡を除去する事に成功。
幸い背中に空いた穴は物凄い鋭さの触手で貫いたものである為損傷が少なく、切断された布の両端の繊維を解し繋ぎ直すことで簡単に修復出来た。
これも日頃の行いの良さと、日々こっそりと磨き上げてきたナノテクのおかげ。

「ほらほら見たまえ美鳥、米粒の表面に電詞都市上下巻の内容をすべて書き写してみたんだ。並の人間だと電子顕微鏡が無ければ読むどころか文字だと気付く事すら不可能な神技だぞ。お詫びのしるしにプレゼントだ」

「いやいやお兄さん、いくらあたしが簡単な女だからってそんな小道具如きで──挿絵SUGEEEEE!」

このように、街中でタイトスカートを引きずり降ろされたヒロインの挿絵によって、穴だらけになった血みどろの美鳥の機嫌を直す事など造作もありません。
因みに書き写した時点でこの米粒の時間を静止させたので、素手で触っても文字が消えたりはしない優れもの。指から油脂が付いて読めなくなるけどな。
そんなこんなで機嫌を直した美鳥と共にジャージに着替え、姉さんを起こさない様に(先ほどの騒ぎを考えれば今さらではあるが)静かに部屋を出る。
正直もう三十分だけでも姉さんの寝顔を愛でておきたかったが、もうそんな感じではなくなってしまった。
部屋を出、廊下を歩き、玄関を開ける。
そこは普段の田舎町特有の光景──ではなく、ごくごくありふれたアパートメントの階段と、空家となっている隣室の玄関。
階段をしばらく登り続け、屋上へと続く扉を開ける。
空は白み始め、雑多に建てられたやけに古臭いデザインのレンガ式のビル群を照らしている。
古臭いなどと形容してはみたものの、実の所を言えばこれらの建物のデザインは少しばかり気に入っている。
現在の、元の世界の無駄の無いデザインも機能的で悪くはないのだが、ここの建物は外壁にそれなりの装飾が施されており、なんというか、古い映画に出て来そうな風景を作り出しているのだ。
もっともこれらの町の景観、建物の作りもそれなりに意味のある形状ではあるのだが、そこら辺は住んでいる人たちからしてみれば自覚のしようも無い事ではある。
まぁ、そんな無粋な効能を置いておくにしても、異国の街並みというのは滅多な事では県外にすら出ない俺にとってみれば新鮮さをもたらしてくれる。
ブラスレ世界の未来ドイツや、スパロボ世界で時たま下船した時に見かけた様々な国の街並みもいい思い出だ。

「んーっ、いい妖気。希望の朝だな」

朝日を身体に浴び、大きく伸びをして身体をほぐす。
新しい朝の到来、喜びに胸を開き青空にメガスマッシャーならぬサイボルテッカを放ちたくなるのも当然と言える。
ラジオの声は聞こえないが、何処からともなく奇怪な鳥の声が聞こえた。
きっと馬面の鶏でも鳴いているのだろう。この街ではよくある事だ。

「怪奇指数は1700手前くらいかな?」

俺と同じく、いやむしろより本格的に柔軟体操を始めている美鳥が答える。
ここしばらくの怪奇指数の平均をやや下回る数値、異常な字祷子振動も確認できない。
外部からの怪異の侵入を抑える構造の為に、内から湧き出るモノの濃度が高くなるこの街にしてはすこぶる健康的な数字。
総合的に見て穏やかな1日だと断言できる。怪異の発生率も低くなるだろう。

「獲物とルールは?」

「飛び道具無しで槍か剣か刀、ボディは中程度のガンダムファイターレベルに抑えて、派手な音をまき散らさない様に注意しておけばいいと思うよ」

「時間が時間だしな」

人間大のグランドスラムレプリカを構え、槍を構えた美鳥と対峙する。
ゆっくりと音速を超えない程度の速度で身体を動かし、槍と刀で打ち合い、一つ一つの動作をしっかりと確認。
達人の脳を取り込む事により、劣化しない剣術拳術槍術を扱う事が出来る俺達だが、繰り返し実戦を積み、または組手で敵の思考を読む練習をする事により、それらの技術をより高いレベルに押し上げる事が出来る。
この訓練もその一環だ。暫くは取り込んだり身体から無闇に何かを生やしたりも迂闊に出来ない為、こうやって人間の身体を維持したまま行使できる戦闘術の研鑽を行っている。
実際、流派東方不敗や蘊奥爺さんの剣術は、大学の課外授業でとても役に立っているのだ。
他にも神鳴流は派手で魔術にも見える為に使用する機会は極端に少ないのだが、例えば原作のアリスンの行使した原始的な魔術の一種と偽れば、念動力共々割と目零しが利くのでそれなりに使う機会が増えてきている。

「今日は何コマ目からだっけ」

美鳥が槍を捻り、穂先が無数に分裂したかの様に見えるほどの回転を生み出す。
実際に分裂している訳では無いし、常人ならばともかく神経系だけはテッカマンやブラスレイター並みに加速している俺達からすれば、対処できない速度ではない。
身を捻り、当たる穂先のみ刀で受け流し回避。
受けた刀がそのまま絡め取られ天に弾き飛ばされた。

「午前中は、2コマ目からだからまだまだ時間の余裕がある」

刀を無くした手に袖口から取り出した小刀を構え、美鳥の首に斬りかかりながら答える。
午前中の講義は考古学の講義だが、よくよく内容を考えてみるとこれもCCDに対抗するうえでは必要な知識であると知れて面白い。

「午後の講義は、あぁ、そういえば戻ってきてたんだっけ」

槍の柄で小刀を防ぐ美鳥。小刀を受けた柄は削れもしない。
割と強度がある。螻蛄首はやたらしなる癖に、石突き側の柄はやたらと頑丈だ。
そのまま尖った石突きを顔面目掛けて滑らせてきた。

「戻ってくるのは半年ぶりらしいぞ。こんだけ長期の学術調査は久しぶりらしいけど」

「忙しい人だよねぇ。なんか、一年の九割くらいは学術調査とかに出てる気がする」

空いた片腕を硬化させて払いのける。
見た目も内部構造もあまり変化していないので、初歩的な魔術の一種と誤魔化せるのでこの手もあり。
槍の強度がテックランサー並みであったとしても、尖った石突きではなくその少しだけ後ろの柄を払えばダメージにはならない。

「世界有数のホラーハンターだし時間が無いのは仕方が無い。偶に講義が聴けるだけでも十分実になるだろ」

「ま、学生引き連れての長期の学術調査なんてそうそうやるもんでもなし、これから暫くは先生の講義が聴けるかな?」

「しばらくって、一か月くらいか?」

「一週間居ればましな方だと思うよ」

が、石突きの一撃を横から受けた腕が千切れ跳んだ。
何故、と疑問に思うよりも早く、槍の両端30センチ程の空間が歪んで見える事に気付く。
ディストーションフィールドを一瞬だけ爆発的な出力で展開させ、空間諸共螺子切ったのだ。

「ずりぃ」

「へへへ、ばれなきゃイカサマとは言わんのよ」

確かに、飛び道具でも無ければ派手な音を立てる訳でも無いディストーションフィールドはルールに違反している訳では無い。
実地での研修がある講義を取っている連中にも担当教授にも、俺達は少しだけ魔術を齧っただけの機械兵器大好きな武術エスパーという胡散臭い役処で通しているのでこういった攻撃もありと言えばありになる。
とはいえ、理屈で幾ら正しくとも納得できないのが人間である。

「どうする? 降参する?」

「いや、こうする」

螺子切られ、美鳥の背後に落ちた片腕に命令を送る。
最後の命令を受け取った腕が風船を割る様な音とともに破裂し、白濁したゲル状物質になり美鳥を背中から包み込む。
背後から掛かり全面まで覆ったゲル状物質は瞬時に硬化、美鳥の動きを一瞬だけ停止させた。

「そっちのがずるい!」

「いや、これは実は隠し設定で、斬り落とされた方の腕は自爆装置付きの多機能義腕だったのだ。いやーすっかりわすれていたまいったまいった」

という設定にしておけば問題無かろう。
再び残った方の腕に小刀を形成し、唯一露出している顔面目掛け突き込む。
美鳥が怪力で硬化したゲルを砕いて脱出を図るも、こちらの方が早い。
が、脳髄を抉り出す為に目を狙い付き込んだ小刀は、美鳥の目から照射された高出力のレーザーによって蒸発させられてしまった。
構わず柄を握りこんだまま顔面を殴り抜ける。
吹っ飛んだ美鳥は空中で姿勢を正し綺麗に着地。ばきばきと拘束を砕きながら眼を光らせ不敵に笑う。

「ふふふふふ、実はあたしの眼はレーザーとか出る高性能義眼だったのさ。驚いた?」

「うわぁびっくり。……ところで、実は俺は全身義体のバトルサイボーグだったって知ってたか?」

言いながら既に身体は神属性抜きの完全戦闘形体に移行している。
人間っぽいのは見た目だけ、蜂蜜酒服用者には一発で見抜かれてしまうだろう。
が、実は身体の中に刻まれた魔術文字によって生身の身体と機械の身体を入れ替えているのですとか言い訳すればどうにか通せるかもしれない。天使王的な意味で。
もっとも、その言い訳をする以上は魔術なり科学なりで構造を説明するべきなのだろうが……。

「わー、そりゃ知らなかったよー。……じゃあ、あたしのボディは怪我をする度に機械に置き換えられて、今じゃ下手な巨大ロボットよりも戦闘能力があるとかは?」

「驚きの新事実だな」

美鳥の内部構造が組みかえられた。
一人でどんなスーパーロボット軍団を相手取るつもりなのかと聞きたくなるような詰め込み具合。
当然、人間っぽいのは見た目だけとなっている。見る人が見れば一発だろう。
が、これも俺と同じ理由で無理やり押しとおす事が可能かもしれない。

「ふふふ」

「へへへ」

笑い合う。美鳥の目はマジだ。俺の視線はどうだろうか。
いや、もはや視線がどうとか意味の無い事か。
ここからは力こそが全て、破壊力こそ正義。
訴える事があるなら拳に乗せて伝えるべし。
アパートメントの屋上で、二つの超破壊力が音も無く激突した。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

その後三時間程激闘が続き、互いに遠い昔のご先祖様に外なる神々の血筋が紛れ込んでおり、ピンチになると先祖がえりを起こして金神パワーが炸裂するという設定を二人同時に出す寸前に、起きてきた姉さんの手によって強制的に中断された。
俺と美鳥は部屋に連れ戻された後、正座させられた上で姉さんに説教されている。

「いい? ここでは、というより、少なくとも今の二人はきっちりと決まった設定があるの。多分先生方の内の何人かは既に二人の内部構造も把握しているから、そんな隠し設定は追加しちゃだめ。少なくとも人目がある時は人間らしい身体を維持したままで居るのよ?」

つまり、あくまでも構造と素材は人間の範疇を大きく超える事ができないということになる。
これまで手に入れた不思議生物の中で最も人間に構造が近く、見破られても問題無い生き物と言えば、やはり最初に頭に浮かぶのはガンダムファイターだろう。
遠い未来、人間という種族単位での遺伝子組み換えや、医療や軍事を中心に広く普及したナノマシンによる突然変異、あるいは宇宙へ進出したことによるニュータイプにも似た自然発生的な進化の果て、種族的に強くなったとかそんな隠し設定があると噂のガンダムファイター。
公式設定かどうかは知らないが、ぱっと見の特徴は人間から外れておらず、遺伝子的にも人と猿ほど離れていないし、しかも生身でそこら辺のパワードスーツ装着済みのヒーロー張りに強い。
強いのだが、この世界でどこまで通用するかは不明である。

「それだとせいぜいキックで高層ビル切断とかしかできないんだけど」

「水の上の木の葉に立つとか、布で20メートル級のMSを破壊するのがやっとだよねぇ」

実際、DG細胞による強化を行わない通常物理攻撃でも〈深きものども(ディープワンズ)〉程度なら楽に撃ち抜けるが、時たま現れる魔導書持ち相手では苦戦こそしないものの少しだけつっかえてしまう。
そういった連中には通常の物理攻撃が通り難く、何かしらの技を併用しなければ一撃で仕留める事が難しいのだ。
魔術的に肉体を強化、あるいは改造している連中の強さはかなりのものであり、魔術的な結界も精神コマンド抜きで貫くのは難易度が高い。
此方も魔術的な攻撃で対抗するのが一番手っ取り早いのだろうが、そこら辺の技術は絶賛勉強中なので下手に運用する事ができない。
これまでの自主的な現地調査、あるいは野外での実践講義などでは運良く、あるいは運悪く遭遇しなかったが、それら人間以外の魔術師がもし、もしも鬼械神などを呼び出せるだけの位階に上り詰めた魔術師であったなら致命的である。
それこそ監督役で教授が一緒に居てくれる実践講義であればどうにかなるが、もしも俺と美鳥だけで行く、講義以外の時はどうすればいいのか。
生憎と、俺の魂の籠らない形だけの石破天驚拳で鬼械神の装甲を抜けると思うほど自惚れても居ないのだ。なんちゃって剣術の神鳴流に至っては言わずもがな。
日緋色金やオリハルコンを実際に殴りつけた事がある訳ではないが、そこまで容易い硬さでもあるまい。
いや、そもそも高密度の魔術情報の実体化した存在である鬼械神を破壊しようと思うのなら、物理攻撃よりも魔術的なクラッキングの方が現実的ではある。
破壊ロボのドリルでデモンべイン赤が破壊される場合も極々稀にあるが、あれは神智をも超える予測不能の基地外力を保持している者だけが成せる技。
更に言えば、デモンべイン赤も鬼械神の出来損ないであるデモンべインをモデルにしている為、純粋強度に関しては怪しい部分があるのも確かな話だ。
結論から言って、俺は未だ広大な情報体としての力をも合わせ持つ紛い物でない神の力以外を持って鬼械神と戦う術を持たないのである。
いや、直撃辺りを使えば物理攻撃で高密度情報自体に損傷を与えられるかもしれないが、何の保険も無しに試してみたいとは思えないのだ。
が、そんな俺達の不満そうな顔を見て、姉さんは溜息を吐きながら首を横に振る。

「二人とも、お姉ちゃんの話ちゃんと聞いてた? 人間の体裁を取るのはあくまでも人目がある所での話。今の身分が危うくなるのを避けるのが目的なんだから」

「あ、じゃあ目撃者が一人もいない状況なら、テックセットもデモナイズも機体の召喚も超許される訳だ」

「えと、目撃者を確実に消せる状況なら装甲も変神も15身合体も6段変形もして大丈夫、であってるよね?」

「そういう事。それじゃあ注意はこれまでにして、朝ごはん食べちゃおっか」

―――――――――――――――――――

朝食はいつも通りの和食だった。
実在するアメリカでも日本人向けの米や納豆、味噌醤油などを扱う店が存在するが、この街ではそういった専門店を探すまでも無く普通のスーパーで米が売られている。
続編で一度だけ使われた元ヒロイン候補の一人の立ち絵にご飯の入った茶碗とお箸を持った物が存在している事から予想はしていたが、中々に侮れない品揃えである。
流石は世界の中心とまで呼ばれる大都市、大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代との煽りは伊達では無い。

「相変わらず、ここのニュースは大味なネタばっかりねぇ……」

ソファに座った姉さんが新聞に軽く目を通し、畳んでテーブルの上に放り投げ、もう一欠片も関心が無いといったそぶりでソファに倒れこむ。
姉さんはデモベ世界も数回来た事があるので、この手の記事には辟易しているのだろう。
それでも一応毎日目を通すのは記事内容の多少のぶれに期待して、という訳でも無く、内容から原作開始時期を割り出す為であるらしい。
放り投げられた新聞──アーカムアドヴァタイザーを拾い上げ広げ、一応全ページの端から端まで数秒で目を通し、折りたたんでそのまま後ろに放り投げる。

「端から端まで全部特ダネ記事しか載って無いてのも難儀な話ではあるよね」

ブラックロッジの起こす事件、数年前から騒ぎになり始めた破壊ロボによる街への被害に、それを食い止める白い機械天使、魔術的な淀みから生まれた怪異についての細々とした注意事項。
面白いと言えば面白いのだが、もう少し落ち着いた記事を読みたいと思うのは極々当たり前の感情ではないだろうか。元の世界で取っていた地元の地方紙のほのぼのとした内容が堪らなく懐かしい。
怪奇指数の予報程度しか心を落ち着かせる記事が無いのは如何なものだろうか。

「もっとこう、地元出身の少しだけ有名なヨボヨボの作家さんのインタビューとかあればいいのになー」

放り投げた新聞を空中でキャッチし、内容を確認した美鳥がそのままクシャクシャに丸めてごみ箱に放り投げながらぼやく。
コイツはさりげなく新聞の隅っこにある読者投稿の俳句コーナーとかイラストコーナーなども愛読しているので、こういう大味なだけの新聞はお気に召さないらしい。

「あふ……。卓也ちゃん、美鳥ちゃん、今日は何時頃に帰ってこれるんだっけ?」

ソファにごろんと寝そべってしまった姉さんが、半分瞼が閉じた寝ぼけ眼でこちらを見つめながら問うてくる。
この世界に来てからは普段に増してやる事が無くなってしまった姉さんは、俺と美鳥の起床時間に合わせようと何時もよりも二時間以上早い朝八時頃には起きる様にしているらしい。
因みに昨夜の就寝時間は十一時半。一日十一時間眠って初めて全力が出せるとまで豪語する姉さんにこの時間の活動は厳しいのだろう。
これから再び寝なおし、昼を少し過ぎた辺りで漸く本格的に活動を始める筈だ。
まぁ、活動といっても特にこれといってやる事は無いので、市街地を散策して夕飯のおかずの材料を買い付けてくるとかその程度らしいが。

「午後に音速先生の講義が三コマ連続だから、六時くらいかな」

基本的に実地での学術調査にばかり目が行きがちだが、あの教授だって調査に出向けない学生の為に、または調査に連れて行けない未熟な学生の為に大人しく大学の構内で教鞭を振るう時もある。
あの人の場合ディスカッションは調査対象を目の前にした段階で行わせる為、部屋の中で大人しく講義をする時は、基礎的な魔術理論や基本的な怪異の生体についての知識をみっちりと詰め込ませる。
あくまでも学内で行われる講義は予習的なものであり、実践的な知識を手に入れようと思うなら力を付けて学術調査に付いて行くしかない。
そうする事によって、上を目指そう、怪異に対抗する術を得ようとする学生は自然と努力を重ねる事になる、という訳だ。
因みにこの人、黒板の前で魔術理論を教える時でもグラサンに上半身裸コートだ。
しかし、あの人はそもそも入学式の挨拶でもあの格好で壇上に立っているし、もう入学式から数か月ほど経過している為、服装について突っ込みを入れる人は少ない。
極々稀に痴女みたいな服装の幼女を侍らせて構内を歩いている姿を目撃されていたりもするのだが、その事に関して突っ込みを入れる事の出来る度胸の持ち主が殆ど存在しない事もあり、あまり広まってはいない。
とまれ、彼の先生に関する悪い風聞というものは、大体においてその魔術師としての優秀さ、そして奇抜なファッションセンスによりかき消される運命にあるらしい。

「音速丸先生……?」

「黄色いのは襤褸布だけだよ。コートの裾は羽根っぽいけど」

「丸くも無いねー。空飛ぶし筋肉ムキムキではあるけど」

瞼が落ちかけた眠たげな表情で小首を傾げる姉さんに俺と美鳥の突っ込みが入る。その人は多分ブラックロッジに居ると思う、頭領でなく地球皇帝としてだが。
こことは別の螺旋で敵としても味方としても飽きるほど相対したと言っていた気がするのだが、これは本格的に眠たくなっているのか、それとも本気で忘れかけているか。
いや、そもそも定着させるつもりも無いあだ名で呼んだのが悪かったのかもしれないが。
ソファの上でウトウトと船を漕ぎ出した姉さんに、ベッドから持ってきた毛布を掛け、ノートや参考書、筆記用具の入った鞄を手に取る。

「じゃ姉さん、そろそろ俺達は大学行くから、出掛ける時は戸締りを忘れないでね」

返事の代わりに、瞼が閉じ掛かった姉さんが毛布から腕を出し俺を手招きした。
招かれるままにしゃがみ込み、姉さんの声を聞き取ろうと顔を近づける。

「ん」

片腕で首を絡め取られ、唇が触れあう。
ちぅ、と、吸う様な啄ばむ様な一瞬の口づけ。

「いってらっしゃい。勉強頑張ってね♪」

「ん、いってきます」

そのまま眠ってしまった姉さんに毛布を掛け直し、美鳥を伴い部屋を出て鍵を閉める。
階段を降り、アパートから出る直前、黙々と着いてきている美鳥に言葉を掛ける。

「今の俺なら鬼械神の模造品を生身アッパーで吹き飛ばせる気がする」

イベント戦闘扱いになるのだろうけども。
全身に活力が満ち溢れている。今なら巨大化やロボを使用せずにリョウメンスクナとか一撃で粉砕できるわ……。
安い男と言う無かれ。トリップ先であるにも関わらず、毎朝の様に姉さんから行ってらっしゃいのキスを貰えるという事実が俺にもたらす幸福を正確に測れるものは存在しないのだから。

「キスでパワーアップとか安易だよね。プラーナの量に変化はないよ」

「そうか」

素気無く返されてしまった。俺達の様な身体でプラーナは存在し得るのだろうかという疑問はあるが、美鳥はこの話題に触れたくないらしいので会話を切る。
気を取り直し、人通りの多い街を歩き、街の中心にある巨大な時計塔へと足を進める。
あの時計塔は街のどこからでも見えて、しかも大学のど真ん中に建っている為に目印にするには丁度いい。
歩きながら街を見る。昼前の中途半端な時間だというのに、多くの人で賑わい活気に満ち溢れている。
が、それは今歩いている表通りに関してだけ。一度街の裏側に入り込んでしまえば、活動時間も弁えない悪党共がこの瞬間にも悪事を働いているのだ。
それなりの大きさのビルが一夜にして瓦礫の山と化していた、なんてのは日常茶飯事、人死にだってそう少なくはない。避難誘導だって完璧とは言えないのだ。
ビルが砕け、人が死ぬ。この街──アーカムシティではよくある事だ。
そう、ここはアーカムシティ。
大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代の、世界有数の大都市であり、邪神の企みの中心であり、無限螺旋のメインステージであり、今回のトリップにおける俺達の活動拠点である。

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

午前の講義を終え、あたしとお兄さんは一旦大学の敷地から離れ、他の学生の少ない食堂へと足を運んでいた。
普段ならお姉さんがお兄さんとあたしの分の弁当を作ってくれるのだけれど、今日はあたしとお兄さんの取っ組み合いを止めて説教するのに時間を掛けてしまったせいで、お姉さんは弁当を作るのを忘れてしまったのだ。
まぁ、毎朝毎朝お姉さんにお弁当を作ってもらう、というのは気が引けるし、金の流れを考えなくても良い以上は外食もし放題な訳で、こういう日が合ってもいいんじゃないかなとあたしは思っている。

「ラム肉うめぇ」

何より、真昼間からジンギスカン定食を頼み熱々の肉を頬張る。この幸せはお姉さんの手作りをお兄さんと一緒に食べるのとはまた違った贅沢じゃあないか。

「こらこら美鳥、羊肉ばかり食べてないで鳥肉も食べなさい。そしてその羊肉を少しよこしなさい、鳥肉つまり唐揚げを少しあげるから」

などと言いながら瞬く間に焼けた肉を数枚掻っ攫い、やたら巨大な唐揚げをごろりとこちらの受け皿に乗せていくお兄さん。
野菜を食えなんて無粋な事は言わない。野菜は普段飽きるほど食っているし、自慢ではあるけれど家の畑の野菜は栄養価も味もそこらの野菜とは比べ物にならない程優秀なので、他所の野菜は研究用に少し食べる程度に収めているのだ。
それにこの定食屋の売りは野菜などでは無く新鮮な肉と米。
いや、肉と米で言えば明らかに肉優勢であり、肉の中でも更にラム肉は群を抜いた美味さだ。
なんでもこの定食屋、ニグラス亭の店主が直々に育てている特殊な種類の食用羊であるらしいのだ。
店主が言うには『我が子……の様に育ててきた羊達を潰して店に出すのは気が引けたが、お客さんにより満足満足ぅして貰う為に決心した』らしい。
素晴らしい心がけだと思う。尊敬に値する人だ。正に神と言って差支えないと思う。
これは羊肉では無く山羊肉だ。なんて言い出す両サイドの髪の毛が白い老美食家風の男が現れたりもするが、度々現れるところからしてツンデレなんだろう。
因みに、あの美食家風の人は意図的に山羊肉を注文しており、ジンギスカン定食を注文した時に出てくる肉はちゃんとしたラム肉なので安心して欲しい。
そんなとりとめも無い事を考えつつ、お兄さんから貰った唐揚げに箸を突き刺す。
ここの唐揚げは、とにかくやたらと量が多い事でも有名なんだとか。
あたしの皿にはソフトボールサイズの唐揚げが乗せられたわけだけども、お兄さんの皿にはこのサイズの唐揚げがトーテムポールの如くうず高く積み重ねられていた。
材料の鳥(南極だか北極だかの巨大な白ペンギン)がかなりの大きさらしく、原価が馬鹿みたいに安いため、値段相応の量を盛ろうとするとこんな馬鹿げた盛り方にならざるを得ないらしい。
最も、お兄さんは出てきた唐揚げの八割をステイシス状態にした上で、物置代わりの異空間に放り込んでいる為、この場で完食する訳じゃあ無い。
極々稀に、夜中まで魔導書の内容を復習する時などに夜食として摘まむ為に保存してるのだ。
夜中に食べる、揚げたてカリカリジューシーな唐揚げ。これがまたジャンキーで堪らないのだとお兄さんは言う。パンに挟んでかぶりつくのも素敵だとも言っていた。
まったくもって同感である。健康面を考慮しなければ、これに異論を唱えられる人間はそうそう居ない。
箸に常には無い異常な重さを与える肉の塊に、がぶりと齧りつく。

「味が濃すぎね?」

これでは唐揚げというよりも竜田揚げの様な気がする。
常人がこれを全部食べたら塩分過多で血管破裂して死ぬんじゃないだろうか。

「労働者向けだから塩分多めなんだよ。大体、脂身ばっかりのペンギンをここまで見事な唐揚げに仕立てる事が出来ている時点で──」

お兄さんの言葉を遮り、ゴト、という音が響く。あたしとお兄さんの使用しているテーブルに、新たに食事の乗った盆が載せられている。
盆を持つ手はゴツイ初老の男の手、その隣には人間の少女に擬態しつつもそれなりに目が良ければ見分けがつく精霊が一人立っている。

「午後の講義は君達も取っていたと思うのだが、こんな所で食事をしていて間に合うのかね?」

「昼の時間に焼き肉なんて、少し時間に余裕を持ち過ぎているよね、ダディ」

顔を上げるとそこには、黒い肌にサングラス、上半身は素肌コートのオシャレダンディと、痴女の様な姿の大学ノートが、馴れ馴れしく合い席しようと椅子を引いている所だった。
向かいの席に座るお兄さんはさりげなく座席をずらしオシャレが座り易いようにしている。
お兄さんは基本的に、自分に物を教えてくれる相手にはそれなりに礼儀を払うのだそうな。
その割りには口調は軽いし、礼儀を払うというのも自己申告だから甚だ怪しいものだけれど。

「俺らは近道通れるから充分間に合いますよ、シュリュズベリィ先生」

そう、断りも無しに相席する事になったこの二人こそ、盲目の賢人、ラバン・シュリュズベリィ教授と、彼の著書であるセラエノ断章の精霊ハヅキその人である。

―――――――――――――――――――

シュリュズベリィの目の前で、大学での教え子でもある東洋人の二人組、鳴無兄妹の片割れである妹の美鳥がパタパタと手を横に振る。

「もうそろそろ食べ終わるし、時間的にはよゆーよゆー」

様々な意味を含むジェスチャーではあるが、今回は心配される程の事でも無い、という意味合いだったのだろう。
兄である鳴無卓也の皿に乗っかっていた唐揚げはもうあと一つを残すところであり、妹である鳴無美鳥の皿の上にはあと数切れのラム肉が残るのみ。
確かに二人とも食事自体は終わりかけている。

「でもミドリもタクヤもこの後デザートでしょ?」

魔導書の精霊であるハヅキがクスリと笑いながら指摘した。
この二人の兄妹の甘味好きはミスカトニックの一部では語り草である。
講義と講義の合間など、時間に余裕が出来ると緑茶を啜りながら饅頭を齧っていたり、昼食の時間の食堂で、片手で文庫本を開き流し読みしながらもう片方の手がフォークでミルクレープを突いていたなんてのはよくよく目撃されている。
……しかも、クレープを突きながら開いている文庫本が、少なからず力のある魔導書だというのだから、色々な意味で陰秘学科の学生から目を付けられるのは仕方の無い事だろう。
魔術に対して態勢の無い人間の前で魔導書を開くなどと憤慨する者もいるにはいるが、多少霊視能力の強い学生なら彼等が魔導書を読む際にさりげなく視線避けの魔術を行使している事に気が付く。

「ああ、最近公園に店を出しているドーナツ屋が絶品でなぁ。この街でフレンチクルーラーが食えるのはあそこだけなのだよ」

「午後の講義、二人は遅刻だってさ、ダディ」

「おいおいおい、もう講義室にはもしもの時の為の代返用の影武者と講義内容の録画機材を送り込んでんだからそういう事を言うなよモロパン」

が、咀嚼した米飯を呑みこみながら嬉しそうに露店の話をしたり、講師の前で堂々と不正を宣言する姿からは、その様な抜け目の無さは見て取る事は出来ない。
不真面目の様でいて勤勉、しかし長期の学術調査という名の特別講義には顔を出さず、カリキュラムの途中でありながら自前の魔導書を所持し、既に魔導書が無くとも初歩的な魔術行使も可能。
シュリュズベリィは、そんな不可思議な二人との初めて対面した事件へと思いを馳せた。
そう、あれは二年と少し前、ミスカトニック大学の講師としての学術調査では無く、一人の邪神狩人として世界中を飛び回っていた頃の事。
東洋のとある島国の一角で密かに活動を続けている〈深きものども〉の活動拠点に、現在行方不明とされているルルイエ異本が存在するという情報を受けた。
数日の調査の後にその拠点の所在地を発見し、準備を整え即座に襲撃を仕掛けた彼は、自分とは別の『先客』を発見する事になる。
〈深きものども〉の無残な死体が溢れ返る神殿の中、奪取したと思われるルルイエ異本らしき魔導書を祭壇の上で読み耽っていた東洋人の二人組。
それが、目の前でドーナツ談義と講義の出席欠席についての議論を同時進行している鳴無兄妹だった。

(あの時は、何処ぞの魔術結社のエージェントかと思ったモノだが)

苦笑する。
あの時点でのこの兄弟の魔術に関する知識は素人に産毛が生えかけ、程度の極々僅かな代物であり、魔術結社に所属するどころか、未だ粗悪な写本で勉強を始めたばかりだったのだ。
それをよりにもよって魔導書を奪取しにきた魔術結社のエージェントと間違える辺り、人を見る目が(眼球は無いが)狂っていたのかもしれない。
もっとも、事前に環状列石を爆破処理していた事からしてそれなりに知識がある物と思ってしまった事や、原形を留めぬ物も多い〈深きものども〉の死体の山からして、何らかの攻撃的な魔術を行使できると勘違いしてしまったのも原因である為、一概にこの勘違いを笑う事は出来ないのだが。

「シュリュズベリィ先生?」

いつの間にか食事を終えていたらしい鳴無卓也が不審そうに声を掛けてきた。どうやら少し思考に没頭していたらしい。
声の距離からして近すぎない距離から顔を覗き込んでいるのだろう。
食事の席に着いて食事もせずに黙りこみ、唐突に苦笑いを始めたなら不審がられるのも仕方が無い。

「いやすまん。少し考え事をしていたものでね」

「ふぅん。まぁ、それならそれでいいのですが」

そう言い、再び椅子に座り込む鳴無卓也。
手提げ鞄の中から紙製の小箱を取り出し、更にその中から何かを取り出すと、むしゃりむしゃりと齧りつき始めた。
……臭いから知れるそれの正体はドーナツだった。買いに行くまでも無く少量確保していたらしい。

「ともかく、今日の講義には出席した方が君達の為だ」

「それはまたどうして。出席日数は余裕で足りていると思うんですけど」

「そういう問題ではないさ。いや、そういう問題も含んでいるが、勿体ぶる必要も無いか……」

勿体ぶるではないが、口調を濁すシュリュズベリィ。

「ダディ、その喋り方はもう勿体ぶってるようなもんだと思うよ?」

いつの間にか鳴無美鳥との会話を終えたハヅキに指摘されるシュリュズベリィ。

「うむ、しかしだなレディ、これは本人に伝えて置くべきだとは思うのだが、果たしてこの二人にこれを伝えて良いものか迷う気持ちも確かにあるのだよ」

直接シュリュズベリィが、この二人の生活態度というべきか、人格面の問題というのはそれなりに目につくものがある。
二人とも普段はそれなりに目上の人間に対して礼儀も出来ているのだが、ふとした事で奇行に走りたがる節があるのだ。
バイクに魔術理論に基づいた回路を組み込むことで空を『走らせて』そのまま時計塔に激突させたり、というような程度の問題行動はこの二年の間で数えるほどしか行ってはいないが、それでも小さな事を指摘しだしたら切りが無いほどだ。
いや、そういったミスカトニック大学では研究する者の少ない魔術応用科学に手を出し、しかも入学してからたった二年でそれなり以上の成果を上げている二人だからこそ許可が出てしまったと考えるべきか。

「そんなに勿体ぶられると気になって夜も眠れないので割と鼾や寝言が煩いらしいあたしは講義に枕を持参します」

「気になって気になってモーガン君に譲る予定だった試作型魔導ライフルの暴発の危険性が上がるのは俺の心証を受けての事だと推測されます」

「そういう事を言うからこそ伝えたくなくなるのだと理解して欲しいのだがね」

額に片手を当て頭を振るシュリュズベリィ。
この二人のもっとも問題がある部分は、実際に今言った事をやるほど愚かでも無い辺りなのかもしれない。
奇行に走りながらも適度に常識も抑えているからこそ、何だかんだと問題を起こしながらもミスカトニック大学に二年も在籍し続けて居られるのだろう。
してはいけない事と、してもどうにか許される事のラインの見極めが絶妙なのだ、この二人は。
今回の事も、その見極めに期待するしかないのだろう。ここで伝え無くとも誰かが伝える事になる、どうせ偶にしか大学に顔を見せない自分がやっておくのが適当だ。
シュリュズベリィはそう自分を納得させた。

「二年前に君達が回収した『ルルイエ異本』の写本の閲覧許可が下りた。──下手に講義をサボって許可が撤回されても詰まらないだろう?」

―――――――――――――――――――

……………………

…………

……

「今更閲覧許可出されてもねぇ」

退屈そうに頬杖を突く美鳥を対面に置き、ミスカトニック秘密図書館にて、机の上に乗せた古い和装の書物を開く。一ページ目から開き、次々とページを捲り内容を確認する。
内容は、クトゥルフを初めとした海関連の邪神、あるいはその眷属に関する記述に、それらを召喚する手順に呪文が主な内容。
ムーやルルイエに関する記述も見られるが、これはそのまま読むよりも教授が既に執筆しているだろう『ルルイエ異本を基にした後期原始人の神話の型の研究』を見せて貰う方が理解しやすいだろう。

「暇ならアーミティッジ博士の所でお茶でも飲んでくればいいものを」

俺は写本から目を離す事無く美鳥に言う。
美鳥はその造形から、実際に想定している外見年齢よりも五、六歳若く見られる為、口さえ開かなければご老人受けが非常に良い。
頼み込むまでも無く、唐突に押しかけてもお茶と安いお茶菓子程度なら出してもてなしてくれるだろう。

「爺さんうたた寝してたから無理」

「ああ、もう夕方になると眠くなるくらいお爺ちゃんになっちゃってるんだなぁ」

入室する時はしゃきっとしていた気がするのだが、名うての魔術師とはいえ、やはり寄る年波には勝てない、という事か。
……そういえば、シュリュズベリィ先生もそれなりに歳いってた気がするのだが、肉体改造でも施しているのだろうか。
まぁ、学術調査の度に鬼械神召喚してるのに死ぬ気配が一切無い辺り、既に肉体的に人間止めてる可能性も無いでは無いのだろうけども。

「それ、読み返す意味あるの?」

「ある訳が無いだろう」

暇そうに脚をぶらぶらさせ始めた美鳥に即答する。
魚人どもを鏖にし、魔導書を確保した時点で既に取り込んでしまっている。内容は一字一句間違いなく記憶しているし、全く同じものを複製するのも容易い。
しかし肝心の内容に付いては重要な部分に抜けや誤植が多く、斬魔や機神で出てきた原本の様にダゴンを呼び出したり、飛翔のように鬼械神を呼び出す事も出来ない。
まともに機能する記述はノーデンスの護符やヒュプノの指輪の作成法程度、安らがぬ死者の記述からアフリートやジーンなどを再現出来るかとも思えたが、アルアジフのナイトゴーントの断片の様に容易に再現する事は難しいだろう。
重要で、よりSAN値を削る内容になるにつれて記述の正確さが失われているのだ。

「もしこれを自由に使って良い、とか言われても困るだけだな」

精々、ガルムを元にして再現しようとして失敗したハンティングホラーの劣化コピー、あれに組み込んで水上バイクならぬ水中バイクを作れるくらいか。
それにしたって水中活動ならアンチボディの要素を加えれば魔術を加えるまでも無く水中での活動は可能だし、実用性は皆無と言ってもいい。
……そも、ルルイエ異本の『日本語版』という時点で胡散臭さ爆発の代物な癖に、ここまで利用価値が無いというのはどういう事だろうか。
姉さんの見立てでは、買い取られる前の中国語版の写しの写しか何かじゃないか、という話。
無論、多少なりとも力のある魔導書である以上、有ると無いとでは段違いだというのは理解しているのだが、一度取り込んでいる以上俺と美鳥の中には魔導書の能力も含まれており、わざわざこの魔導書を持ち戦うメリットが存在しないのだ。

「ま、これのお陰でミスカトニックに入り易かった、と言ってやっても良い訳だし、実用品としての価値まで求めるのは贅沢なのかもね」

「そういう事だ。あと五分ほどで終わるからそれまで大人しくしてろよ」

「あいー」

美鳥の返事を聞きながら、意識を目の前の写本──ではなく、脚元から伸ばした蜘蛛の糸よりも細い触手に集中。
触手が周囲の本棚の全ての魔導書の前に到達、魔導書に接触すると同時、無数に分岐を開始する。
目には見えない程細い無数の触手が魔導書の中に潜り込む。
如何に細くとも完全に本を覆い尽くしてしまえば、密度の高すぎる蜘蛛の巣の様に目に見えてしまうからだ。
故に、触手が潜り込むのは魔導書の中、表紙の下からになる。
様々な材質の表紙を除き、触手は一つ一つ確実に魔導書の中身だけを取り込んでいく。
内容を取り込んだ触手は、今度は内側から魔導書の表紙を取り込み始める。
魔導書はその記述だけでなく、表紙の素材、記号、あるいは皺ひとつに至るまでに意味が隠されている偏執的な造りの物も存在するらしい。
じっくりと内容を吟味する。取り込んだ魔導書のデータと実物を比較、取り込まれる時点で内容が変質する、などという事も起きないらしい。
本棚に収納できない書物、巻物や竹簡、粘土板に宝石板、植物の葉を束ねた物も存在しているが、これは今回は諦めた方がいいだろう。アーミティッジ博士の寝室もとい、研究室に近い場所に保管されているから、触手を向けたら気取られる可能性も無いでは無い。
取りこんだ魔導書の中に鬼械神を呼べるほどの書は無いが、まだ魔導に関する知識が浅い俺には役に立つ程度には集まった。
これらの魔導書の複製をどうにかこうにか組み合わせれば、鬼械神の出来損ないまではいかないまでも、鬼械神にダメージを与える事が可能な武装程度なら造れてしまうかもしれない。
内容も実に興味深い物で満たされている。姉さんが先に眠ってしまったら徹夜で読みふけるのも悪くないか。
魔導書を覆っていた触手の材質を、全て酸素に作り替える。
唯の空気の一部と化した触手達は俺の制御を離れ、一瞬だけ図書館内部に微風を産み出して消滅した。
仮に腕利きのサイコメトラーがこの場に調査に現れたとしても、俺が何かやったとは理解する事はできないだろう。
こうして、俺はまんまと秘密図書館の一角から大量の魔導書の記述の写しを持ち出す事に成功し、証拠は何一つ残らない。

「ここの警備って、入ってからはほとんどザルを通り越して枠みたいなもんだよな」

「いやぁ、入るまでも大分ザルだと思うよ? 怪しげな邪神ハーフとか正面から入れちゃうし」

ウェイトリーのことかー! いやでも、あれって不法侵入じゃなかったっけ?
そのお陰でこうして入学二年目程度であっさりと入れてしまったのだから、礼を言うならともかく文句を言うのは筋違いなのだが。

「せめて入口の警備はもう少し厳重にすべきだろう。次元をずらして異界にするとか、どっちかって言えば侵入者達の方が得意なジャンルなんだし」

「物理的、科学的な強度はひたすら普通の木製扉のまんまだしねぇ」

現代の図書館の如くチップを張り付ける、とまでは言わないが。せめて図書館の入口の扉とかもどうにかした方が良いと思う。普通のドアだったし。
異界に隔離、とか言いつつ、ずらす先の異界は何時も同じ座標にあるから、もしかすれば次元連結システムのちょっとした応用で侵入してしまう事も可能なのかもしれない。
せめて、俺が一人前の魔術師として成長しきり、秘密図書館の魔導書を全て取り込み終えるまでは陥落してもらっては困るのだ。

「それ以外の警備方法も、やはり連中にとってはザルも同然になってしまうのだよ」

口を覆い隠す程の立派な白髭を蓄え、しかし頭部には両サイドと後方を残し毛髪の存在しない、それでもなお力強さを感じさせるスーツ姿の老人が会話に割り込んできた。
ミスカトニック秘密図書館の館長、ヘンリー・アーミティッジ博士その人であった。

―――――――――――――――――――

アーミティッジの中でのこの東洋人の学生二人は、将来有望な魔術師の卵であり、同時に要注意学生リストで常に上位に君臨する程の問題児でもあった。
二人の成績は上位に食い込む程であり、魔導書を読み解いても正気が削れる気配すら感じられない程の人間離れした精神力。それでいて、その外道の知識に対して嫌悪感を感じる事の出来るモラルを持ち合わせている。
外道の知識に溺れることない、極めて健全で、しかも実力のある魔術師になれる資質があるという事になる。
が、同時に得た知識を利用しようという点においてはそこらの犯罪組織も顔負けな程の積極性を持ち合わせてもおり、その成果は度々校舎の一部に少なくない被害をもたらしていた。
ガテン系の作業着で自分達が破壊した校舎を修復する姿も度々目撃されており、その風景に学生たちが馴染み始める程度には懲りずに実験を繰り返している。
壊れた校舎も破壊した本人たちの手によって一時間もしない内に修復されてしまうので、問題にする暇も無いのだとか。

「すいません、でもあの扉、多分少し力入れて蹴ったら粉砕できる気がして……」

「あたしも、なんだか一ラウンドじゃなく一秒で粉々に出来るような扉は不安で……」

二人の言葉を聞き、アーミティッジは溜息を吐く。

「扉には防御魔術が付与されておるし、分かり難いだけで、それ以外の警備方法も用意してある」

その程度の魔術、感知できない程この二人の霊感は悪くない筈。
いや、シュリュズベリィ博士から聞いた話では、この二人の膂力はそこらの邪神眷属を遥かにしのぐとの事だ。
鋼鉄を遥かにしのぐ強度の扉も、自分達の前ではそこらの木製扉と変わらない、とでも言いたいのだろうかこの二人は。

「そういうもんですかねぇ」

「それに、その侵入者をどうにかするのも私の仕事だ」

アーミティッジとて、そこらの木端魔術師では届かない程の位階に到達している魔術師。
しかもいざとなれば他の教授や陰秘学科の学生達も力を貸してくれる。ダンウィッチの怪もそのお陰でどうにかなったのだから。

「じーさんが守ってんなら、ここの守りも安泰だぁねぇ」

けらけらと笑いながら椅子を傾けていた鳴無妹が、そのまま椅子を引き立ち上がる。
見れば鳴無兄の方も既に魔導書を閉じ立ち上がっていた。

「もういいのかね?」

彼等兄妹が秘密図書館に入ってからまだ三十分も経っていない。
彼等が回収した写本の閲覧許可、などと言ってはいるが、その他の魔導書の閲覧を禁じられている訳でも無いのだ。

「姉さんに、六時頃に帰るって言ってしまいましたので」

「ああ、それなら仕方が無い。早く帰って安心させてあげるといい」

因みに、鳴無兄妹には更に上に一人姉がおり、鳴無兄は姉にべったりである事も一部では有名な話だ。
弁当を届けにきた鳴無姉と鳴無卓也が構内のベンチで弁当をあーんして貰っていたとか、その隣で鳴無美鳥が一人で煤けていたとか。
毎夜鳴無家から鳴無姉と鳴無卓也の苦しげなうめき声とギシギシ軋むベッドのスプリング音が聞こえるの……だとか、それが終わると鳴無美鳥の啜り泣く声が聞こえるだとか。
何処までが真実かはアーミティッジには分からなかったが、少なくともこの兄妹が姉をとても大事にしている事は理解できていた。
時刻は午後六時十分。あと二十分もここに留まっていたなら妹の方はともかく兄の方は時計塔を破壊してでも姉の元に向かうに違いない。
引き留めるのは得策では無いし、わざわざ引き留める理由も無い。

「あ、そうだ」

写本を本棚に戻し、入口から出て行かんとした鳴無兄が脚を止め、妹もそれに習う。

「俺達以外にも日本人の学生が居るって聞いたことがあるんですけど」

彼等以外の学生というと……、そうか、彼の事か。
アーミティッジは得心した。如何に同郷の出とは言え、学年も違えば当然顔を合わせる機会も少なくなってくる。
目の前の二人とは違った意味で優秀な学生だった彼は、単位をとりこぼす事も無いので下の学年の講義は受けない。
目の前の兄妹にしても、学ぶ時は基礎からしっかり学んで行く為、上の学年の講義など聴きに行く事も無い。
今度タイミングがあったら二人に彼を紹介してみるのもいいかとアーミティッジは考えた。
彼はこの二人に比べればまだ素行もまともな方だ、良い方に感化してくれるかもしれない。

「大十字九郎の事か。彼も優秀でな、今は三回生だから実習が多いが、魔術で分からないところがあればアドバイスをして貰うといい」

「え?」

「え?」

アーミティッジの言葉を聞いた二人の表情は、およそ一切の二人の知り合いが見た事も無いような、奇怪な呆け顔だった。

「え?」

兄妹どちらが発したかも分からない疑問符に、答える声は未だ無く。
ただ冒涜的なフルートの音だけが、何処かの宇宙に響いていた。





続く
―――――――――――――――――――

プロローグと一話の間で何の説明も無く二年以上時間を経過させるなんて暴挙が許されるのは、ケータイ小説かチラ裏だけ!
な感じで、何時の間にか主人公とサポAIがミスカトニック大学に入学して夢のキャンパスライフを送っている間にも姉は自宅警備に励む何時もより短めな第三十七話をお届けしました。

いや、最初は二年も飛ばすつもりは無かったんですよ、でもこれぐらい時間経過させないと話の進行速度がナメクジレベルになってしまうから……。
まぁ、後書きでうだうだ言い訳するのも見苦しいですよね。
ぶっちゃけ、この第四部は平気でン十年ン百年時間が飛ぶ可能性が多々あります。
分かり辛い所とか、ハヅキの尻描写が無い事に関する不満だとか、そこら辺はぜひ感想にでも送って頂けたなら有り難いです。

以下、自問自答ですらない謎の提示的な手記。
・アーカムにフレンチクルーラーを持ちこめる存在とは如何に。
・学術調査ではない邪神狩り活動とは如何に。
・ミスカトニック入学とは如何に。
・原作主人公の存在を二年間気にも留めなかった主人公達。
・「え?」

こんなところですかね。
いろいろ言いたい事はあるけれど、それは次のお話の中で、という事にしておきます。

それでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても記述の一部が削除されても誤訳でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。







何故か無事に進級している原作主人公に疑問を抱く主人公。
『姉さん、俺達は何か、とんでも無い勘違いをしているのかもしれない』
『きっと軍産複合体かレジデントオブサンかリトルグレイの仕業ね。あ、卓也ちゃんならナノマシンのネタは解決出来ちゃうのか』
のらりくらりとしらばっくれる姉に留守番を頼み、彼はサポAIと共に都市の地下に潜る。
大都市の地下に眠るのは失われたメモリーか、できそこないのザ・ビッグか。
いや違う。
それは、未だ生まれえぬ人類の守護者にして、打たれ始めたばかりの魔を断つ剣。

次回

「神の作為に挑む者たち──魔を断つ剣は未だ有らず」

お楽しみに。


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