ソルテッカマンの調整をしようと、あたしは格納庫兼ジャンク置き場にやってきた。
ナデシコを出た後までこうして力を制限して暮らす、というのは少し面倒臭い。
せっかく団体行動を終え普通の人に合わせる必要が無くなったんだから、この世界で好き勝手やってみたくはある。
だけどこの状況をお兄さんが望んでいる以上、サポートする役目のあたしがどうこうのは筋違い。
でも正直な話、ここでジャンク屋について行く必要はあったのかな、と思ってしまうのは仕方がないことだろうとも思う。
こういう無駄は人間らしさの証、という事でお姉さんにもある程度黙認するように言い含められているけど、あたしのテンションはそういった事情とは全く関係無いのだ。
「むぅ」
あたしとお兄さんの持ち込んだソルテッカマンとボウライダー、それにこのホームに元からあったキメラを置いてある場所とは少し離れた場所、お兄さんの色無しアストレイを見上げ、溜息を吐く。
多分今、お兄さんは無改造アストレイの機体構造を心行くまで楽しんでいることだろう。
それこそ全身を完全融合させて、『アストレイの中、あったかいなりぃ……』とか悦に入っている事だけは分かる。女の勘というやつだ。
あれだけパチモノパチモノ騒いでおいてあれなのだから現金な人だと思う。
あたしも楽しみが無い訳では無い。プロフェッサーに魅力的な女性の心構えを聞くのはためになるし、ちゃんとネット環境も整っているので、今現在のナデシコの状況を他者の目線で観察するのも面白い。
だけど、それでもお兄さんがアストレイやら積まれたジャンクの種類やらに夢中な間、あたしは殆ど構って貰えない訳で。
「エースキモーの○○○は冷凍○○○ー♪」
寂しさのあまり、こうして歌の一つでも歌いながらじゃないと人間っぽい工程を踏んでの整備なんてやってられない程度にはテンションが下がってしまっている。
こんなの、一回着こんで融合すれば整備なんて必要無いのに、それだと怪しまれる可能性もあるから余計に面倒臭い。
ていうか、後から火星に行く事も考えれば、小柄で肉弾戦も出来ずフェルミオン砲をディストーションフィールドで曲げられてしまいかねないソルテッカマンは使い続けるのはかなり無理があるような。
また気が滅入ってきた。どうせ火星に行ったら適当なサイズの機体に乗り換える羽目になりそうなのに、あと何度使うか分からないソルテッカマンの整備とか無駄過ぎる。
サイズS機体だから手間が少ないのが唯一の救いというか……。
もう考えるのはやめよう、無理にでもテンション上げて行かないとお兄さんに心配させちゃうし。
「おれによーしおまえによ……」
「女の子がそんな下品な歌、歌っちゃだめだよ」
ああ、せっかく歌でいい気分になろうとしていたのに、空気読めて無いなこいつ……。
整備用の工具箱を開け整備を始めようとしていたあたしに、背後から遠慮がちに声を掛けてきたのは、多分無印アストレイのヒロイン?だと思われるけどそれっぽい恋愛描写なんて碌に無い、空気要員の山吹樹里(やまぶききさと)。
空気要員の癖に空気読めないとか、これはちょっと有り得ない外道使用じゃね?
せめてエロい格好するなりエロい身体になるなり、腕にシルバー巻くとかさぁ。
訂正、腕にシルバーはねえな、だせぇ。王様もAIBOもセンスねぇ。貴様にはスーパーヨーヨーがお似合いだぜ。ストリングプレイスパイダーベイビー!
初期の、靴の中に毒サソリを入れて、とか、ガシャポンから出たミニチュア使うボードゲームとか、結構色々やってた頃のも好きなんだけどなぁ。
「かてーこと言うなよ。遠くに聞こえねー程度の音量で歌ってんだし、別に本当にエスキモーの○○○に興味があるわけじゃねんだからよ。大体あたしは後にも先にも前も後ろも上も両手もお兄さんの○○○一筋で──」
「わー! わー!! ほんと、ホントにそういうのは危ないからだめだって!」
慌てて両手でこちらの口を塞ぎに掛かる空気ヒロインをひらりと避ける。
言動の自由くらいは確保しないとやってけないし、むしろなんでジャンク屋なんてエロイベント多そうな仕事してる奴にこんな注意を受けなければいかんのかさっぱりだ。
「なんだよーもー、てめーだってロウの○○○を自分の▽▽▽に■■■して◇◇◇してほしいとかそういう妄想の一つや二つや三つや四つや五つや六つや七つや八つや──」
「多いよ! そんなにしてないってば!」
「そんなにって事はぁ、それなりには妄想してるんだぁ。わーやだー、このねーちゃん超エロイー!」
「え、うああ、違うってば美鳥ちゃん。これは言葉のあやってやつで」
からかいながらフワフワと格納庫の中を飛び回るあたしと、真っ赤になって追いかける樹里。もう整備は後でいいや、暫くはこいつで遊んでよう。
しかし、このやりとりは昨日もした気がするなぁ。そろそろ飽きそうだし、早く到着しないもんかねぇ……。
―――――――――――――――――――
「何やってんだあいつ」
アストレイのコックピットの中で改めて機体のチェックをしていた俺は、メインカメラを付けると同時に格納庫の中を跳ね回る美鳥と山吹を見て首をかしげた。
構図的には美鳥が山吹にいたずらしたかからかったかして、それを怒った山吹が追いかけようとしたとか、そんな所か。
「まぁいいや」
別にからかわれた所で山吹が死ぬわけでもないし、美鳥も引き際ぐらいは弁えているだろう。例え弁えて無くても俺は困らん。
気にせず機体のチェックを続ける事にした。
メインカメラも特に異常無し、で、レッドフレームとブルーフレームから引っ張ってきたデータと比べても特に違いは無し。
ここ数日、能力を殆ど使わずに地道に調査した結果俺のアストレイについてわかった事がある。
俺のアストレイには火器管制システムこそ搭載されているが、肝心の装備する武装自体が、最初から用意されていなかったということ。
おかしな話だ。機体の予備パーツは作ってあるのに武器は予備が存在しない。
あの日の戦闘の後、俺と美鳥、更に色々あって暫く行動を共にする事になったホームのジャンク屋連中で、あの工場は隅々まで探索した。
しかし、それこそ連合のGの予備武装でも落ちていて問題無いだろうに、ご丁寧に武装に分類されそうなものは予備のカートリッジすら一切落ちて居なかったのである。
そのくせ、あのグランドスラムは都合良く完全な状態であの工場に安置されていたとか。
「…………剣戟戦、格闘戦特化MSとか?」
いやいくらなんでもそれは、どうなんだ?
態々飛び道具サイキョー思考なSEED系技術者がそんな趣味的な物を作るとは思え無い。
大体、そんな物を作るくらいならフレームだけ技術盗用するとかみみっちい事せずに、そのままMFを開発した方が分かり易いだろう。
確かにこのアストレイはMFのフレームのコピーを使用している関係上、他のアストレイよりも更に人間に近い動きが出来るし、柔軟性、剛性共に優れている。
しかし、それはあくまでも他のアストレイと比べて、他のMSと比べての話であり、フレーム以外の部分がMSの技術で作られている以上、どうしたってMFそのものに比べて動きは硬い。
「ふむ」
しいて優れている部分を上げるなら、格闘偏重型のMFに比べて、火器の扱いが楽な作りになっているくらいか?
武装こそ無いが、全身のハードポイントに後付けで武装を取り付ける事は容易だし、その為のギミックも多い。
この間は趣味の関係でグランドスラムだけで出たが、遣ろうと思えばブルーフレームのフルウェポンの真似事も出来る。
いや、そうか。確かMFはパイロットにかかる負荷さえどうにかすれば、2000倍の重力の中で戦闘の続行が可能。
これだけフレームが頑強でしかも柔軟性に富んでいるなら、かなり無茶な、それこそ並みのMSなら積載量オーバーになるような量の武装も施せる可能性が。
いや、フレーム以外はどうにもならんか、結局融合炉じゃなくてバッテリな訳だし、重ければ動きも鈍くなるし、電力の消費も……。
と、考えごとに没頭していて気付かなかったが、さっきから誰かがコックピットを叩いて呼んでいる。
俺がコックピットを開けるとそこに居たのはやや面長の長髪の男。
このホームで様々な頭脳労働を行う苦労人、リーアム・ガーフィールドだ。
「鳴無さん、もうそろそろ目的地に到着しますよ」
「おおぅ、もう到着とは」
ここに来るまでにかれこれ数日。
最新式の戦艦であるナデシコで生活していたせいか分からなかったが、民間に出回っている船だと地球圏内のコロニー間を移動するだけでもそれなりに時間がかかるのだ。
しかも位置的にヘリオポリスと、今向かっている目的地はそれなりに離れた位置に存在しているのだ。移動に数日でなく数週間とか言い出さないだけまだましだろう。
「良かったじゃない、愛しのグランドスラムをようやく直せるわよ?」
開かれたコックピットのモニタに、ほんの少しだけウェーブのかかった黒髪の女性が映る。このジャンク回収船ホームの頭脳、謎の美女プロフェッサーだ。
シャワーを浴びたばかりだろう艶姿、水も滴るいい女、と言った所だろうか。
隣にいるリーアムが顔を手で押さえて呆れている。
まぁ、少なくとも付き合いの短い人間の前に出るのにふさわしい恰好ではないだろうから、このリアクションも当然か。
「愛しのってほどでは無いですけどね」
「あら、MSの武器を壊されてあんな大げさに悲しむヤツなんて見たことが無いけど」
「確かに、お気に入りのメカを壊されたロウでもあそこまではいきませんね」
からかうような口調を崩さず笑みを深めるプロフェッサーと、苦笑いのリーアム。
こういう風な形で引っ張られるとは思わなかった。こうなると分かっていたならもう少し感情を抑えてひっそりめそめそした、いや、男がやったら間違いなくキモいか。
思えばナデシコやアークエンジェルにはこういうタイプの人達は殆ど居なかった。元の世界でもこういった人とかかわり合いになった事は記憶にある限りでは無いと思う。
元の世界ではそれほど交友範囲が広い訳ではないから仕方がないにしても、あれだけ人の居るナデシコで、しかもキャラが濃い連中しか居ないナデシコで見かけないというのは、こいつらが最初にスカウトの段階でネルガルが諦めていた『人格もまともで能力的にも優秀な人材』だからなんだろうなぁ。プロフェッサーは人格微妙だけども。
いや違うか、プロフェッサーはどっちかって言うと、人を食ったようなタイプだから基本善人揃いのナデシコじゃ見なかったんだな。
俺は色々と二人への反論を考えながら、あの戦闘後、折れたグランドスラムを回収した後の成り行きを思い出していた──。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
目の前には、真っ二つになったグランドスラムの残骸。
折れている訳じゃない。むしろ折れているとかそんな表現が生易しいと感じる程の壊れ方。
調整も済んでいないお陰で過剰出力だったビームサーベルで切断されたせいか、切断面は見事に熔け、ぐずぐずの塊の状態で冷え固まってしまっている。
これじゃあ、溶接して繋ぐ事(繋げる事が出来ても強度的に意味はないが)も出来そうにない。
鉄の塊と言って良いほど単純な作りの大剣だったが、これで本当に、正真正銘の鉄の塊になってしまった。
「俺の、俺のグランドスラムがぁ……」
回収され、ホームの格納庫、俺の色無しアストレイの足もとに安置されたそれを目の前に、俺は思わず膝からくず折れてしまう。
折角の、折角のレアアイテムが、それこそプレミア付いてもおかしくないレベルのレア武装だったのに、あんなカッコいい武装、そうそう無いってくらいいい感じの武装だったのに……。
「まぁまぁ、どうせあのまま使い続けるには微妙な性能だった訳だしさ」
嘆き悲しむ俺の肩を手でぽんぽんと叩く美鳥。
慰めているんだかどうだか微妙な言葉だが、言っている事は正論だ。グランドスラムはその使用する場面を限られる兵装だったし、その場面にしても俺はグランドスラムよりも使い勝手のいい武装を山ほど作れる。
グランドスラムが平凡な作りな訳ではない。素材も多量にレアメタルを使用した形跡があるし、加工方法もそれなりに凝ってはいた。
特殊なギミックがグリップの折りたたみ部分だけだったのも、複雑な機構を廃することで耐久性を上げるためだったというのも理解できる。
その構造上グリップが折れても両手持ちで使用する事ができる為、おそらく継戦能力はすこぶる高い。
ビームサーベルでぶった切られたのも、超高速の連続斬撃によってグランドスラム自体がダメージを負っていたというのもあるが、何よりもあのグランドスラム自体が試作品だったか、それとも製作途中のモノだったせいだ。
あの刀身の金属が剥き出しのグランドスラムに、耐ビームコーティングを施して、そこで初めて完成品と言えるのだろう。
不幸中の幸いか、グランドスラムのデータは取ってある。新しく複製を作り出すにしても、M1のシールドの耐ビームコーティングを発展させた技術を使えるから、今度こそ完全体のグランドスラムを作り出すことができる。
作り出せるのだが、
「グランドスラム……」
これは、あの場所で手に入れた、美鳥が探し出して持ってきてくれた、おそらくこの世界オリジナルのグランドスラムなのだ。
『この世界のオリジナルの』『美鳥が俺の為に持ってきてくれた』グランドスラムはこれ一本きりしか存在しない。
過去に戻ってきてまでオリジナルのプロトアストレイを取り込みに来るのをかなり渋っていた美鳥が、わざわざ工場の中から見つけて用意してくれた武装。
俺をサポートする為に生れて来た存在だから極自然な行動なのかもしれないが、その心遣いはやはりも貴いものだし、素晴らしく、有り難いものだ。
それがこんな形で壊れてしまった。それだけは、揺るがしようも無い厳然たる事実なのだ。
コピーが作れるから良いじゃない、などと言って割り切れるものでは無い。
もっとも、こんな理由は恥ずかしくてとても美鳥本人には言えたものでは無い訳だが……。
「悪い!」
冷え固まった元グランドスラムの前でそんな事を考えながら途方に暮れていると、格納庫に四人の男女が入ってきて、その内の一人、よく分からない機械の付いたバンダナを頭に巻いた男、多分ロウ・ギュールが手を合わせて頭を下げてきた。
今さっきまでサーペントテールの劾とブルーフレームの扱いについて話していたのだろう。
こっちもホームの護衛やら何やらで値段交渉をしなければならないが、あっちはそれこそ一回の船の護衛では買えないようなMSに関する話だ。後廻しになるのも仕方がない。
しかし無印アストレイの主役か、常の俺ならばそれはもう表面上は平静を装いつつも心の中でびったんびったんしながら大はしゃぎする自信があるが、今はそんな気分じゃ無い。
適当に何か言って追い返して、後でこれをネタに暫く同道させて貰うように話をもっていければいい。
そう考え、適当に追い払うために何か言おうとする前に、ロウが続けて口を開いた。
「その剣、俺が責任もって直すから、それで勘弁してくれ!」
「まぁ、今回は互いに間が悪かったというのもありますが、それでもあの大剣を壊してしまったのがロウである事に違いはありませんからね」
長髪の優男、リーアムがロウに続き補足する。
「修理するっても、あれ、直せるんですか? ちょっとここで直すには設備やら何やらが圧倒的に足りないのですけども」
ロウ達がジャンク屋である以上、自分達が壊してしまったならこのように修理を申し出るのは予測済みだ。
しかし、このグランドスラム、普通の重斬刀のように単純な作りでは無い。
折れていない刀身を良く見ると分かるのだが、複数の特殊金属がいくつもの層になっており、日本刀の刃紋やダマスカス鋼などに見られるらしい(俺は写真でしか見たことが無い)特殊な模様が浮き出ている。
いや、仮にこのグランドスラムが普通の重斬刀のような刀剣であったとしても、ここにはそれ専用の鍛造設備が無い。
更に言えば、ここに居るのはジャンク屋、メカの修理をする事も多いだろうが、こういった刃物を修復する技能を持っている者は居ない筈だ。
「確かに、その剣を修理する技術はここには無いわ」
す、と前に出てくる長髪の女性、プロフェッサー。
「ここにその剣を修復する為の技術を探しに行く。で、ロウがそれを学んで、貴方の剣を打ち直し、元のそれよりも優れた剣にする」
彼女が持った携帯端末の画面、そこには一枚の画像が映っている。
そこは、失われた知識の辿り着く場所。必要とされなくなった英知の墓場。
MS用日本刀、ガーベラストレートの眠る場所だ。
「それに加えて暫く分の食費と宿代が、今回の護衛の報酬でどうかしら。無いんでしょう?船」
―――――――――――――――――――
こんな感じだ。
大体、あの場面でこちらの船が無い事を持ち出してそれで報酬の交渉も済ませようという辺り、かなりいやらしい商売人根性ではないか。
正直、俺はそういった商業系の交渉スキルを持ち合わせていない。
ナデシコに乗っていた間はずっと戦っているだけで契約分の報酬が支払われていたし、大企業だけあってこちらの仕事に難癖付けて報酬を出し渋りするような事も無かった。
ブラスレイター世界ではアルバイトだったし、元の世界ではせいぜい野菜を卸す時の値段交渉だが、そこら辺も厳正な価格規定があるのでつっかえる事も無い。
直売所で野菜を売る時も、元から捨て値同然の商品を値切るような客が居る筈も無く。
結局、護衛の代金はグランドスラムが治るまでの食費光熱費無料、どこかのコロニーへ送り届けるタクシー代わり、グランドスラムの修理と強化でおさめられてしまった。
まぁ、金は必要ならどうとでも用立てられるし、そもそもこれ以降この世界で金が必要になる場面も無いから別にかまわないと言えば構わないのだが。
とにもかくにも、こういったタイプの人と長く話を続けると碌な事にならない。さっさと話を進めよう。
「で、肝心のロウは?」
「MSサイズの刀剣を作り直すのに必要になりそうな道具一式、運び込む準備をしていますよ」
もう少しで到着って言っても、一、二時間で到着する訳でもないのに気合入ってんな。
「一目見て気に入ってしまったようですからね」
「……? ああ、ガーベラですか」
経緯は違っても、レッドフレームとロウ、そしてガーベラストレートは互いに惹かれあう運命なのだろう。
そういえば、アストレイ原作だとレッドフレーム手に入れてからガーベラ手に入れるまでに幾つか事件があるはずなんだが、そこら辺はどうなるのだろうか。
まぁ、ガーベラ手に入れるまでは特にこれと言って面白いエピソードも無かったと思うし、どうでもいいか。
俺が色々考えていると、プロフェッサーが顎で俺のアストレイを指し聞いてもいない説明を始める。
「そう。これは高性能だけど、ロウの機体は武装がビームライフルにビームサーベルだから燃費が悪いし、威力が過剰になってしまうのよ。だから使い方次第で加減の効く実体剣、しかも貴方が使っていたグランドスラムの様な、鋭さで斬る武装が欲しいんじゃないかしら」
大活躍だったものね。と笑うプロフェッサーに愛想笑いを返しつつ、思う。
つまり、グレイブヤードに向かう理由も、実体剣を手に入れたがる理由も、ここでは俺が原因と。
まぁ、ガーベラの美しさに惚れ込んでという理由も大きいだろうが、何と言うべきか、なんともはや、これぞまさしくトリッパーだな。
―――――――――――――――――――
△月×日(日々是平穏)
『久しぶりの日記な上に日付も巻き戻っているけど、そこら辺はボソンジャンプの一言で色々と察して貰えるだろうと思う』
『実際ここまで大幅な過去への時間移動だとタイムパラドックスやらなにやら気をつけなければいけない部分は山ほどあるのだけど、この時間に居る過去の俺と接触する可能性はとても低いので気にしないものとする』
『さて、ナデシコを離れた俺と美鳥はヘリオポリス跡地で憧れのアストレイルートに突入、少しはしゃぎ過ぎた揚句にレッドフレームのガーベラストレート入手を早めてしまった』
『原作では掠奪者だのなんだの言われ、剣術の達人である『蘊・奥』老人に襲われる筈なのだが、そこら辺は最初に懇切丁寧に説明してからグレイブヤードに入ったお陰でどうにか回避する事に成功した』
『──などと言えればよかったのだが、俺が何か言うよりも早くロウが『剣が欲しくてやってきた』などと言い出してしまったのでさあ大変』
『世界観自体がクロスしているせいかこのお爺さん、動きがガンダムファイター染みている。危うく俺のアストレイの腕をちょん切られてしまうところだった』
『そこからはほぼ原作通りだが、どうしても違う所を挙げるとするなら、俺と美鳥も目を付けられ剣術の稽古を受けているところか』
『俺の持ち込んだグランドスラムの残骸から、重さで叩きつけて斬る刀剣ではなく、刀の、太刀の類似品のようなものであると見極めた蘊・奥さんがハッスルし始めてしまったのだ』
『俺も美鳥も剣術の基礎の基礎は流派東方不敗の技術から会得しているのだが、この老人が言うには剣に魂が籠っていないのだとか』
『当り前だのクラッカー、というジョークはこの世界では古典文学に分類されるのだろうか、しかしまぁ、これが俺の正直な感想』
『乾坤一擲、というフレーズは俺の辞書には無い言葉だ。能力的に物量戦が主体だし、魂が籠らなくても威力さえ籠っていればどうでもいい』
『このお爺さんの剣術観というか、そういったものはどうなっているのか、話の種に聞いてみるのも悪くはないだろう』
―――――――――――――――――――
ここは剣道場ではなく、あらかたジャンクの類が退かされて作られた広めのグラウンドのようなスペース。
俺は手には木刀を構え、目前には同じく木刀を構える老人。
全身から粘り強い濃厚な闘気を漲らせたその様は、煮え滾るマグマを今まさに噴出さんとする活火山の様で、同時に鏡の如く澄み切った湖面のようでもある。
静と動。それらが一体に合わさったような、同時にそのどちらでも無いような達人のオーラ。
距離は40メートル強。GF級の身体能力の持ち主であれば一歩、いや半歩必要とするかしないか。
クロックアップは無し、必要以上の身体能力も無し、仕留めるつもりで掛かれば途中で行動を変更はできない。そんな余裕のある速度ではあっさり迎撃される。
GF級の身体能力で戦う以上、おそらく交差するまで1アクション分の時間しかない。
互いが同時に踏み込むめば時間は更に半分。
どちらから先に踏み込むか、待ち構えるか、打って出るか。
「……」
じり、と、足の下で鉄粉が音を鳴らす。
同時、踏み込む。
足下の鉄粉が踏み出す脚部が生み出すエネルギーにより圧搾、赤熱する薄い一枚の鉄板へと生まれ変わり、次の瞬間には弾け飛び消える。
踏み込みは完璧、瞬間的に空気の壁を突き破り、木刀の切っ先が老人の喉目掛け突き出される。
貰った。そう確信し老人の顔を見ると、ニヤリと薄く意地の悪い笑みを浮かべている。
「甘いわ」
踏み出すよう誘導された。
焦れた訳では無い。隙を見つけた訳でもない。そうだ、あそこで踏み出す理由は一切無かった。
如何なる面妖な技巧か、俺は自らの意図せぬ所で先制を取らされたのだ。
つまり俺のこの突撃、この斬撃は眼前の老人が意図して引き出したもの。
当り前の結果として俺の木刀は半ばから断ち切られ、俺の首には老人の木刀が押しつけられる。
トッ、という軽い衝撃。
だが、常人であればこの一撃で首を刎ねられて絶命していた事は間違いない。
「負けた」
「そう、お前の負けじゃ」
―――――――――――――――――――
そんな訳で、俺は負けた。文章に起こせば『甘味(笑)』だけで済んでしまいそうな短く呆気ない決着。
というか、ここで剣術の稽古を始めてから結構経つが、これまで俺がこの老人に剣術で勝てた事はない。
当然と言えば当然だろう。流派東方不敗のデータやドモンとの組手などで剣術の基礎の基礎、というかぶっちゃけ、刀の振り方程度の事は知っているが、それはあくまでもモーションと運用方法だけなのだ。
ドモンの様な未熟者ならともかく、老獪さを兼ね備えた目の前の老人のような、しいて分類するなら知略を使っていた頃のマスターアジアタイプの剣術の達人に基礎技術だけで勝てる筈がない。
だが、これはどこら辺に魂とやらが籠っていたのだろうか。
積み重ねた技術以外に何かの違いが存在したのか。それがもしや、この老人にとっての剣術というものなのだろうか。
俺はスポーツドリンクで喉を潤しながら、手拭いで汗を拭う蘊・奥老人に訊ねてみた。
「剣術とはなにか、じゃと?」
重り入りの木刀で素振り百万回を律儀にこなすロウも、素振りを続けたまま目線をちらと老人へ向け、興味深そうに此方の会話を盗み聞いている。
意識を逸らすな、とばかりにロウの方にギロリと視線をやった後、老人は何を馬鹿な事を、とでも言いたげな表情で口を開く。
「刀を振るい、敵を切る技術じゃ。ここをどこだと思うておる。わしを何だと思うておる」
老人が振り返る。
そこには、ジャンクの荒野にそびえ立つ無数の塔、塔、塔。
墓場の卒塔婆の様なそれは、かつてここに辿り着いた技術者の知識を記録した記録装置。
ここグレイブヤードに、嘗て住んでいた技術者たちの遺体は無い。
遺体は須く地球へ向けて射出され、大気圏で燃え尽きるようにして葬られる。宇宙火葬か、さもなければ再突入葬とでもいうべきか。
ここで死した技術者たちは、自らが誰の記憶にも残らず、塵のように消えるのは仕方がない事だと納得していた。
だが、どうしても、どうしても自らがその生涯をかけて磨き上げた技術が消えうせる事だけは我慢ならなかったのだ。
肉体は死してしまえば唯の肉の塊。だが、技術者達がその生涯を掛けて磨いた技術は、理論は、その技術者の死などという不純物に侵されることなく、この世で生き続ける事が出来る。
魂は不滅、などという言葉にしてしまえば陳腐だが、ここにある記憶装置はまさにそれ。
それが技術者という者達の生き方で、死に方で、在り方。
「わし『等』は、他の何者でもない。紛れも無い『技術者』なのだ」
俺にはまだ『魂』という存在を目視できるような能力は備わっていない。
だが老人が、いや、『剣技、剣術を操る技術者としての蘊・奥』が見つめるその先にある記憶装置には確かな、生きた人間よりもよほど存在感のある、エネルギーの塊のようなものを感じている。
恋のようであり、憎悪のようであり、愛のようであり、恨みのようであり、祝いのようであり、呪いのような。
錯覚かもしれない。しかし、それら感情に共通するモノ、如何し様も無い、死も生も遮る事の出来ない一途さのようなモノを俺は確かに感じたのだ。
この、目の前の老剣士からも。
「お前もお前の妹も確かな技術がある。その技術で人を斬った事があるだろう。殺した事もあるだろう。斬撃には確かに、これまでお前達が殺してきたモノ達の死の気配がこべり付いておる」
だが、と前置きし、蘊・奥はこちらを向き、瞳を合わせ言う。
「それらを相手にした時、必殺の意思を込めた一撃を放った事はあるまい。殺す技術を、殺す方法で用い、結果として相手は死ぬ。お前のしてきた事はつまりそれだ。だがそれでは、一つの技術に抜きんでたモノ、一つの業に自らの全てを捧げた者の先に行く事はできん」
そこまで本気を出す必要のある敵にこれまで出会えなかったというのも、不運なのかもしれんがな。
そんな少し寂しげな蘊・奥の呟きが、何故か強く耳に残った。
―――――――――――――――――――
……………………
…………
……
「つまり、剣を振るなら確実にぶち殺すつもりで全力を出して気合を入れて振れってこと?」
「色々大無しだけど、端的に言えばそんな感じだろうな」
数日後、ガーベラストレートを打ち直すアストレイとキメラを見物しながら、ふと思い出した蘊・奥の言葉を美鳥に話してみたが、結果はこんな感じ。
まぁ、俺自身それが一番答えに近いような気がするし、それで問題無いとは思う。
魂、つまり『必殺の意思』を込める事が出来ないと剣士になれないというのなら、俺も美鳥も剣を使う事は出来ても剣士にはなり得ない。
何故なら、俺も美鳥も剣術は敵を倒し殺し踏み倒す為の道具でしかなく、これが通用しなければ他の技を使うまでの話だからだ。
勿論、敵を殺すつもりで戦っている時は少なからずそういった心構えを持って戦っている。
しかし、俺達が込めているそれと、蘊・奥の言うそれではその次元が違うのだろう。
「もうチョイ簡単な言い方は出来ないもんかねぇ。おじーちゃんおばーちゃんの言う事は回りくどくて困るぜぇー」
「まったくだ」
頭の後ろで腕を組み壁に寄り掛かる美鳥に同意する。
仮にこれが間違いだとしても俺は知らん。そもそも技術は後代に伝えるものなのに、態々伝えにくい言葉にして誤解させる方が悪いのだ。
もっとも、俺と美鳥が剣術の指南を受けているのはオマケの様なものだろう。
蘊・奥老人が本当に技術を継がせたいのは間違いなくロウ・ギュールだ。
それ以外には伝わっても伝わらなくてもいいと考えているだろうし、俺達も好きに解釈させて貰う。
「まだまだじゃな、もとのヤツはこんな切れ味じゃなかったぞ」
「チェッ、いい線いってたと思ったのによ……!」
俺たちよりもレッドフレームに寄り、打ち直されたガーベラストレートにダメ出しをする蘊・奥と悔しがるロウ。
蘊・奥はああ言っているが、もはや完全なガーベラとの切れ味の誤差は数パーセントにも満たないだろう。
それでもああやって厳しくダメ出しを繰り返すのは、どうせ技術を覚えさせるなら徹底的に仕込んでやりたいという、後代を育成する先達の気持ちである事は確定的に明らか。
口では厳しい事を言いながら、本心ではとても大きな期待をロウに向けているのだ。
「詰まるところ、あれはツンデレ……!」
「爺婆のツンデレってなんか多いよねぇ」
誰得だろう。
しかし、ガーベラがあそこまで修復できるなら、新生グランドスラムもさぞ素晴らしい出来栄えになるだろう。
日本刀ではないからオリジナルとは別モノになってしまう可能性も大きいが、それでもあのオリジナルのグランドスラム直して使える、というのが重要なのだ。
これで美鳥の気遣いを無駄にしなくて済む。
そして、更にマニア目線で言うならば、だ。
「グランドスラムがベースの、ロウ・ギュールがガーベラを打ち直す為に習得した技術を用いて作られた、世界で一本だけの太刀……」
うへへ。
「おにーさん、よだれよだれ」
口元をハンカチで拭われた。
みっともないかもしれないが、これぞ文字通りマニア垂涎の代物、という訳である。
これで興奮しない奴の方がおかしい。むしろよだれくらいはどぅばどぅば垂れて当たり前。
「でもさ、ここでの収穫はそれだけじゃないんだよね?」
「そりゃな」
必要とされなくなりいつしか誰からも忘れられた、外には存在しない技術が眠っているここは、俺にとっては文字通り宝の山だ。
剣術指南の時間やガーベラの修復の見学以外の時間は、当然のようにそれらのデータのコピーと確認に当てている。
「とりあえず使う用グランドスラムの整備の為に、今ロウが覚えようとしてる技術は完璧だ。後でパラディンとソルテッカマン用に何本か打ってみるのも面白そうだな」
「……たぶんこれは、『じゃあお兄さんが自分でグランドスラム直した方が早いんじゃね?』って言ったら駄目なんだよね」
「その指摘は無粋なのでお断りします。で、あとは傘貼りとか染物とか陶芸とか楽器作りとか、そんな感じか」
武装に転用できそうな技術は殆ど無かった。
楽器の構造とかは、その内五行風水が飛び交う世界辺りに行った時、デバイス作りに役に立ちそうだけども。
無論ここで言うデバイスは神形具の方だ。最近はデバイスと言えばリリカルと思う輩が多いから困る。
あの挿絵の尻ドアップで性の目覚めを起こした同世代の連中も多いことだろう。
「本気で趣味的なのに逆に実用的だね。お土産にこの世界の土でお椀とか作って持ち帰ったらお姉さん喜ぶんじゃない?」
「お前マジで頭いいな。そのアイディア頂き」
テラフォーミングされた火星の土で出来た湯呑とか、結構面白そうではないか。
いや、むしろここの技術をフルに活用して陶器の大杯とかすごい御洒落かもしれない。
酒造りの技術もあったけど、あれは設備の段階で結構手間が掛かるからなぁ。元の世界で作ったら日本酒の密造で捕まってしまうし、作るならこの世界でだろう。
巨大ハンマーでガーベラを打ち直すレッドフレームを尻目に、土産物をどうするかを冗談なども時折交えながら話し合う俺と美鳥。
その合間、ふと思った。
蘊・奥の言う『必殺の意思』は、大分前にドモンと手合わせをした時に思った『技』と『業』の違いに似ている。
意識して使う技術、悪く言えば小手先の技術が『技』で、俺は今のところそれしか理解し行使する事ができない。
そして、ここぞという時に出る咄嗟の一撃、それこそが小手先の技術でない、その使い手の根幹に根差す『業』であり、蘊・奥ならば彼独自の剣技であり、ドモンならば流派東方不敗なのだろう。
そういう、咄嗟に出る『俺の業』とは、一体どのようなものなのだろうか。
「触手、とかだったら」
嫌だなぁ。
もしそんなのだったら、まるで俺がエロ生物みたいじゃないか。
少なくともこれまでの戦いで触手が決め手になった事は無いってのに、咄嗟にそんなもんが突然出てこられても、なんだ、困る。
「あたしは大歓迎だけどね。大歓迎だけどね。ね!」
「こういう時に限ってきっちり思考がトレース出来てるって、運命的なレベルの変態だよなぁ」
目をキラキラさせながら両手で俺の手を取る美鳥をやんわりと押し返しながら、俺は少しだけ溜息を吐いた。
続く
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以上、何事も無く終わるグレイブヤード編でした。八割方シリアスなので多分シリアス回。
色々サポAIが酷い下ネタを使いますが、実際に主人公と致せた回数は片手で数えるほどしか無いので無害です。ここ最近はクライマックスフェイズだったお陰で下手に下ネタ出せなかったからなぁ。
あとはロウの口調、意外にまともに会話してるところが無いのでセリフがやたら書き辛い。デルタアストレイから引っ張ってきてもまだ足りない。
そもそもロウが謝るシーンとか無いっぽいしなぁ。
そんな訳で全国に潜伏しているアストレイファンのみなさんごめんなさい。ロウの出番超少ないです。
セリフの数だけならリーアムの方が多いかもしれないってのはどういうことなの……?
しかし第二部がずっと平均二万字くらいだったから、一万前後だと短く感じてしまう。二部だとここまで書いてさぁ折り返しだって感じなんですが。
二百メートルの走者が百メートルに転向した時の違和感と言いますか。
まぁこれはこれでサクサク話が進むから別にかまわないっちゃ構わないんですがね。
書きたいエピソードをサクサク書いて行くのが外伝のコンセプトなのでそこら辺は軽く行きますよ。
セルフ突っ込みまたまた省略。突っ込み来そうなグランドスラムのあれやこれは非公式武器ということで勘弁してねって事で。
ではでは、誤字脱字の指摘、分かり難い文章の改善案、設定の矛盾、一行の文字数などのアドバイス全般、そして、短くても長くても一言でもいいので作品を読んでみての感想、心よりお待ちしております。