雑多に様々な道具が積まれた薄暗い小屋の中を、刃物を研ぐ金属質な音が響く。一定のリズムをもって響くその音と俺の呼吸音、ここにはその音以外存在しない。
防音対策がされているわけではない。単純に、小屋の中に届くほどの音が外で生まれないからだ。車の音、人々の喧噪、どちらもこの村ではあまり縁が無い。
過疎化が進んだこの村では、バスは一日数本しか走っていない。さらに言うならここはそのバスが巡回するルートからも大きく離れている。
観光名所となるようなものも無く、村の役場の人たちも人を集めようとするほど活動的な連中ではない。自分を含めたごく少数の若者以外は職も娯楽も豊富な都会(ここが基準ならどこに行っても都会だろう)へ移住した。
この村には学校が無い。コンビニも書店も無い。ありとあらゆる現代的な施設が無い。
あるのは見渡す限りの畑と田圃、その合間にぽつりぽつりとたつ民家に、とってつけた様な看板を下げた民家同然の村役場と個人経営の商店、違和感たっぷりのコンクリ仕立ての郵便局と交番。そしてそれらを取り囲む、壮大すぎてキャンプすら困難な大自然あふれる山々。
刺激を求める若者にはあまりにも辛すぎる環境だろう。出て行った若者と入れ替わりに、定年を迎えた老人たちが都会に疲れて越してくることもあるが、出ていく人数を打ち消せる数ではない。
そんなわけで、この時期この場所ではせいぜい鳥や虫の鳴き声が聞こえる程度。単純作業に没頭するにはうってつけというわけだ。まあ、仮に集中できないほど騒がしくても、この作業を欠かすわけにはいかないのだが。
今、俺は大鎌の手入れをしている。といっても、別に厨二病を患っているわけではない。あまり使用する頻度は高くないが、これも立派な仕事で使う道具である。大事なことなので繰り返し言うが、重度の厨二病をこじらせているわけではない。
大鎌と聞いて即座に厨二と決めつけるのはいただけない思考法である。死神だのダーク系オサレヒーローだのの武器である前に農具の一種であることを忘れてはいけない。
そう、俺は農家をしている。山で猟師もするし、短期のアルバイトをすることもあるが、本業は農家だと自分では思っている。親が残した田畑で農業をしながら生活している見習い農家といったところか。
生まれ故郷とはいえ、なぜこんな辺鄙な土地で農家をしているのか、俺自身がのどかな故郷でゆったりと生活したかった、というのもあるが、特殊な事情により人が多く集まる都会では暮らしにくかったというのが大きな理由だろう。
まぁ、今現在の暮らしは充実している。辺鄙な土地とはいえ自宅にはネットを引いているから欲しいものも金に余裕がある時は通販でまあまあ手に入るし、なにより家に帰れば大切な家族が―――
「痛っ!」
益体も無いことを考えながら作業をしていたせいか、研いでいた大鎌で手をバッサリと切りつけてしまった。傷口がじくじくと痛むし、血がどくどくと溢れている。かなり深く斬ってしまったようだ。
大鎌についてしまった血を拭い、ペットボトルの水で傷口の血を洗い流す。しかし、血を洗い流したあとにはもはや傷一つ存在しない。
「…………」
昔はいちいち混乱していたが、慣れてしまった今では大したリアクションも取りようがない。しかし、不気味で異常なことであるのは間違いないのだろう。
生まれつきでは無い、子供の頃はこうでは無かった。ある日を境に、俺の身体は異常な速度で傷を回復するようになった。
むしろ、これは回復や治癒というより復元とか再生といった響きの方がふさわしい速度だ。体中どこでもこの速度で治ってしまう。
服の下ならともかく、肌が露出している部分の再生を見られたらかなり不気味がられるだろうし、下手をすれば怪しげな研究所に連行される可能性もあり得ない話ではない。
俺はサンデー派だが、流石に現実的に考えてARMSを移植されたというわけではないだろう。仮にあったとしても、腕が千切れたり脚がもげたといったARMSが移植されるような大怪我を負ったことは無い。
手術の経験も無いわけでは無いが、盲腸を切った時だけだ。まさか切除した盲腸の代わりにARMSを移植したなんてことはあるまい。流石にそれでは斬新すぎて読者は付いていけないだろうし。
ともあれ、再生シーンを見られて騒がれるような事件を起こさず、義務教育と高等教育をどうにかこうにか終えた俺は、今では人の少ないこの田舎でのんびり農作業をしつつ隠者きどりの生活を送っている。
結局、エグリゴリだのブルーメンだの、クラスメイトが秘密組織のエージェントで古代文明の遺産がどうたらこうたら、マシンに魂を吹き込んで難事件を解決したりといった波乱万丈も無かったが、別に不満は無い。
―――不満は無いが、家族を自分のこんな事情につきあわせて、こんな田舎に縛り付けてしまっていると考えると、少し申し訳なくなる。好きで一緒に居るのだから気にするな的なことは言われているが……。
「……はぁ、なんだかケチがついたって気がする。今日はもう帰ろ」
今日は早いうちに作業が終わってしまったので余った時間で農具の手入れをしていたのだが、気分がのってしまいついつい時間を忘れて没頭してしまっていたようだ。夕日もだいぶ沈んでしまっている。俺は整備していた農具を片付け、荷物をまとめて家路についた。
―――――――――――――――――――
家に到着すると、玄関先によく見知った人影があった。背丈は150程度、長く艶やかな黒髪を簡素な紐でくくってポニーテールにしたエプロン姿の愛らしい女性だ。
「ただいま、姉さん」
「うん、おかえりなさい、卓也ちゃん」
この人は俺の姉である「鳴無 句刻(おとなし くぎり)」、女手ひとつで俺を育て上げ、惜しみない愛情をもって接してくれる大切な家族である。
職業は強いて言うならトレジャーハンターに分類されるらしい。まれに勇者だったり魔王だったりするが、グルグル的には勇者は職業ではなく、魔王も響きがよろしくないので便宜上トレジャーハンターを名乗っている。
どちらにしてもあまり一般的な職業ではないし、はっきりいってつまらない冗談の類に聞こえる。しかし唐突にフラッと居なくなったと思ったら数日後にはやたら豪華な金品を持ち帰ってくるので、それらしいことはやっているようだ。
「もう夕飯食べちゃった?」
「んーん、ちょうどおゆはんが出来上がったところ。早く手を洗って、冷めないうちにたべちゃいましょ?」
今日の献立。ご飯、白菜の浅漬け、ネギとわかめの味噌汁、焼き海苔、冷ややっこ、岩魚の塩焼き。
つばが出てきた……、美味しそうだ……。まさに古き日本の食卓、すごくいい……。ちなみにすべて姉さんの手料理。毎度のことながらありがたい。
ちなみに調味料以外ほぼ材料費はかかっていない、わかめや焼き海苔は遠く海沿いの地域に住んでいる親戚からの贈り物、米や野菜の類はうちの田畑で採れたものだ。しかし今朝まで冷蔵庫にも冷凍庫にも岩魚は入っていなかったはずだが……。
「あ、そのお魚ね、釣りたて新鮮なんだよ?」
「姉さんが釣ってきたの? ……ん、塩加減もいい感じだし、さすが姉さん」
「えへへぇ……、ありがとうね」
しかし、姉さんが釣り……、思わずまじまじと姉の顔を見つめてしまう。くりくりっとつぶらな瞳に柔らかそうな頬に唇、愛らしくていろいろ堪らなくなってくる―――っと、そうじゃない。
「ん? お姉ちゃんの顔、なにかついてる?」
「あ、ええと、姉さんのあれは釣りなのかなって」
「え?釣りの道具で魚を釣り上げているんだもの、間違いなく釣りでしょ?」
「いや、俺はあんまり詳しく無いけど、あんな奇抜な釣りは聞いたことが無いよ」
姉さんは釣りの時も身軽だ。服装もせいぜいスカートがスラックスに代わるだけで、持ち物に至ってはバケツと釣り糸と釣り針のみ。
おかしいのは格好と持ち物だけではない。ここまでなら餌は岩の下あたりの虫で、手釣りでもするのだろうと納得できる。
しかしそうではない。確かに無理やり分類するなら手釣りの一種なのだろうが、決して尋常の釣りでは無い。以下に三行で姉の釣りの工程を説明しよう。
①手にぐるぐると巻いた釣り糸に針をくくりつける。
②川に向かって糸を巻いた手を軽く振る。
③素早く糸を引き上げると針に魚が引っ掛かっている。
これはでは釣りというより狩りだ。事実、これは魚だけでなく空を飛ぶ鳥が相手でも可能らしい。闇狩人の短編でそんな地方出張闇狩人が居た気もする。いや、あっちは竿を使っていたしルアーも付いていたが。
「お姉ちゃんは何もおかしなことはしてないわよ? 川の中の魚の動きを予測して、魚の口の中に直接針を投げ込んでいるの。ね、簡単でしょう?」
「そんな釣りが許されるのはコロコロコミックあたりの世界の中だけだよ……」
それも最低でも伝説のルアーで世界征服とか滅亡的な展開にならない限り無理だ。闇の釣り師養成所とかでも可。
その後も会話は続いた、知りあいの爺さんの牛が脱走してしまい、爺さんが牛と追いかけっこしていたとか、山でまた遭難してる人が見つかったと駐在さんがぼやいていたとか、
ニコ動で気に入っていた動画が消されていたとか、最近改編期なせいか二時間のスペシャル番組しかやらないねとか、まあどうということもない話だが、ここでは毎日こんなものだ。
―――――――――――――――――――
夕食後、俺は居間の炬燵にもぐりお茶を飲みながら、た○してガッテンの健康特集を話半分に聞き流していた。
「卓也ちゃーん!お風呂わいたー?」
部屋でごろごろしていた姉さんが居間に出てきた。最近この時間帯は無駄に長いバラエティしかやってないせいでマンネリ気味らしい。俺はNHKもしくは教育テレビ派なのでそこらの事情はあまり関係ない。
「もう沸いてる。今がちょうどいい湯加減だから先に入っちゃっていいよ」
「卓也ちゃんも一緒に入ろ?お姉ちゃんが背中流してあげる♪」
「なん……だと……?」
姉さんはまれにこういう突拍子も無いことを言い出す。お互いにもういい歳なのだからこういうところは節度をもつべきだと思う。
稀に押し切られて一緒に入るはめになるが、大体においてこういうパターンで風呂に入ると、確実に「背中流してあげる♪」が「洗いっこしよう♪」に進化してしまう。
確かに俺は自他共に認めるシスコンではあるが、多少の常識は持ち合わせている。どの程度の常識か、某er○でたとえれば[貞操観念]と[一線越えない]を持っている程度の常識だと思ってもらえれば間違いはない。
まぁつまり、常識が邪魔をしているのでいくら誘惑されたところで手を出せない生殺し状態なのだ。
「い、今、ため○てガッテン見てるからいいよ。俺は後から入るから」
「一緒に入ろ♪」
「いや、だからガッテン見てるから……」
「入ろ♪」
「あー……、うん。わかった」
押し切られた……。いつもこうだよ!と嘆かざるをえない。このままでは俺のステータス欄に屈伏刻印レベル3と[恋慕]がつく日も遠くは無いだろう。
―――――――――――――――――――
エホバやアッラーやその他もろもろの神に誓ってやましいことはなかった。だから風呂場の出来事は割愛させてほしい。ひとつ言えることがあるなら、熾烈な交渉の末、前面の洗いっこは回避できた。
風呂から無事に上がり、歯を磨いた後は居間で炬燵に入りながら漫画を読んだり一緒にDVDを見たりしながらごろごろとしていたが、しばらくすると姉さんがふらふらと船を漕ぎ出す。気づけばそろそろ日付が変わる時間帯だ。
「姉さん、眠いの?もう寝る?」
猫耳フード付きのかわいらしいパジャマ(可愛いし似合ってはいるが、狙い過ぎて少しあざとく感じてしまう)を着た姉さんは、眠そうに目もとをこすりながら、今にもそのまま炬燵に突っ伏して寝てしまいそうだ。
「ぅー……、そろそろ限界かも……。おやす、ふぇぁ……zzz」
案の定、腕を枕に座ったまま寝ようとする。が、この時期にそれでは体を冷やしてしまうだろう。
「ほら、炬燵で寝たら風邪ひいちゃうって。布団行こ?」
「んぅ……、卓也ちゃん、だっこ」
「いいから立ってってば、お願いだから……」
このやりとりもいつものこと。俺は姉さんを背負い寝室まで運び布団に寝かせ、肩までしっかり掛け布団をかぶせてあげた。こうなればもう一分としないうちに夢の世界へ旅立つだろう。
それから家中の戸締りと火元と明かりの消し忘れなどをチェック、そして眠りにつく。泥棒も来ないような僻地、戸締りはどちらかといえば野生の獣対策だ。
鍵が開いていればドアから窓から問わず開けて入ってくる。以前に野生のクマーが侵入してきて冷蔵庫の中の食料を無残に漁られた時以来厳重にチェックするようにしている。
ちなみにそのクマーは窓ガラスを破りスタイリッシュに駆け付けた駐在さんの無敵BGM付きガンカタにより瞬く間に殲滅された。食われた食糧より窓ガラスの修理費のが高くついたのは誤算だったが。閑話休題。
一日の終わりは大体こんなもの。俺が先に眠くなった時は姉さんにそこら辺を頼んでから寝ることにしている。当然、俺は自分の足で布団に向かうが。
―――――――――――――――――――
すべてのチェックを終え寝室に戻ると、姉が珍しくまだ起きていた。布団に入ったまま上体を起こし、普段は見せない真剣な顔でこちらを見つめてくる。
「どうしたの姉さん。寒くて眠れない? あ、毛布出したほうが良かった?」
返事は無い。俺の目を見つめながら、姉さんが口を開く。
「…………ねえ、卓也ちゃん。いま、幸せ?」
唐突な質問。どういう意図があるのかわからない。こちらを見つめる瞳は、どこか不安がっている、叱られるのを身を竦めて待つ子供のような、そんな風にも見える。
「当然、幸せだよ。どっちかって言えば、幸せすぎて逆に怖くなってくる。」
これは間違いない本音。都会のど真ん中で自分の体の異常性を知られないようにビクビクしながら暮らすことを考えたら、ここでの生活は夢のようだ。
親から受け継いだ家と田畑、親の遺産だって働かなくてもしばらくはつつましやかに暮らせる程度にはあるし、その遺産にしても俺も姉さんもきちんと働いているから手を付けてはいない。ゆっくり農作をしながらの充実した、最愛の姉との穏やかな暮らし。
この生活に文句をつけられるほど俺は罰あたりな性格はしていない。しいて上げるなら、姉さんが田舎暮らしに不満が無いかということだけだが、最近は自分よりよっぽど適応しているのではないかと思える満喫ぶりを見せてくれている。
「――――――そう、そっか。よかった……。」
そう呟くと、安心したのか後ろに倒れこみ、大きく息を吐く。
「……どうかしたの?本当に変だよ?」
「んーん、なんでもないから心配しないで。―――そだ、心配ならさ、今夜はお姉ちゃんと一緒に寝よ?」
真剣な顔から一転、苦笑しながら首を横に振る姉さん。それから何時もの楽しそうな無邪気な表情に戻り、掛け布団をめくり嬉しそうに手まねきする。
いかに姉弟とはいえ、いくらなんでも無防備すぎるのではなかろうか。それとも、よその家庭の姉弟事情には詳しくないが、仲の好い姉弟ならよくあることなのか。
「……いいけど、そういうことばっかり言ってるとしまいには襲うよ?」
「えへへぇ、卓也ちゃんたら積極的! お姉ちゃん興奮しちゃう♪」
「居間で寝る。おやすみ」
「わ、待って待って、冗談だから~!」
騒がしく夜が更ける。我が家に近所の住人などという人種が存在していたら間違いなくクレームが来たことだろう。結局、俺と姉さんは久しぶりに同じ布団に枕を並べて眠ったのだった―――。
―――――――――――――――――――
ざあざあ ざあざあ ざあざあ ざあざあ
水音が聞こえる。見渡す限りの鉛色は雨雲か。
視界がおかしい、空と雨しか見えていないから、理由は今一つはっきりしない。
どういったわけか、体も動かない。手足は、動かないのか、ないのか。
体のあちこちがだいぶ足りなくなっているのはわかるのに、痛みもなにも感じない。
耳、音がとてもとおくに聞こえ、視界は、どんどんと狭く暗く。そのくせ、匂いだけは嫌味なくらいよくわかる。
雨に打たれ、湿った土と緑の匂い。むせかえるほどの、鉄錆のような匂い。
――――これは夢。多分、とてもむかしに見た夢。ありえない、現実とは違ったお話。
「…………ゃ…!」
「………ち……!…………し…ぇ!」
「た…や………!死…じ…だめ!………ちゃ…!」
「…事…てよぉ!…く…ちゃぁん!」
声が聞こえる。誰の声だったか。頭にもやがかかっていて、うまく思い出せない。
思い出せないのに、これだけはよくわかる。
俺はこの声の人が大好きだ。感情豊かで、やさしくて、あったかくて、俺のために泣いたり笑ったりしてくれる。今も俺のために涙や鼻水で顔をグシャグシャにしてまで泣いている。
でも、そんなに泣かないでほしい。そんなに叫んだら、■さんのきれいな声がしゃがれてしまう。
「だめだめだめ!■■■ちゃんまで死んじゃやだぁ! わ、わたし、どうすれば、―――!」
いや、理由はわからないが、俺が泣かせてしまっているのだろう。どうしたものか……。
「――――ごめんなさい。わたし、今から■■■ちゃんに、すごくひどいことをする。それも、わたしの我儘で」
あやまりたいのは俺の方だ。きっと俺は、俺も知らない理由で、ひどく長い間、■さんの心を傷つけ続けている。重荷を背負わせてしまっている。
「なんでこんな身体にしたって、恨んでくれていい、憎んでくれても。こんなひどいことするんだから、■■■ちゃんになら、なにされたってかまわない。だから、どんな形でもいい―――、」
「わたしと、お姉ちゃんと一緒に生きて。たくやちゃん」
何かを撃ち込まれた鈍い衝撃。体の中を、細胞と細胞の隙間をこじ開け、何かがずるずると這いずりまわり根を張ろうとしている。数秒と待たず、全身に根が張られた。
瞬間、気が狂うのではないかという苦痛と快楽。脳天からつま先までの体の全細胞が、完膚なきまでに死滅し、死滅したはずの細胞がうごめき、そこからまったく新しい何かに生まれ変わる。
体中に張り巡らされた根が細胞を侵し犯し喰らい、侵され犯されながら喰らわれている細胞もまた、張り巡らされた根を侵し犯し喰らう。さながら自らの尾を飲み込む蛇。
終わる。ここで何もかもが終わる。なにもかもが元のままに、しかし何もかもが新しく。始まる。何もかもがここから始まる。
俺という個は死に、無限の俺が生まれる。
新生の歓喜に包まれ、俺の意識は唐突に途切れた。
―――――――――――――――――――
朝、夜明け。
新たな一日の始まり、カーテンの隙間から差し込む光はさわやかに今日の天気を知らせてくれている。しかも隣には姉さんの愛らしい寝顔。朝一で姉さんの顔が見れて、天気も快晴。素晴らしく清々しい朝であるはずだ、本来ならば。
「……………………………………………ひっどい夢、厨二か」
なんという妄想。願望丸出し厨二むき出しの記憶改ざん。しかもそれを夢にまで見るのだから筋金入りだ。うわあああああああもうだめだぁ!
蒲団から転がり出て頭を抱えてごろごろところがり脚をじたばたさせながら悶絶する。
顔面にオイルを塗って生肉を載せればそのまま焼肉ができるんじゃないかというほどに顔が熱い。間違いなく完熟トマトもかくやという赤い顔になっているだろう。恥ずかし過ぎて悶死してしまう!
このまま小さくなって消えてしまいたい。なんでこんな夢に限って起きた後にまで鮮明に覚えているのか。難儀すぎる構造の我が脳みそが恨めしい。
「はあ、はあ、はあ……。――――はぁ」
ひとしきり転がり、一息ついて布団を見る。かなりどたばたと騒がしくしたはずだが、姉さんは今だにすぴすぴと寝息を立てている。
さんざん騒がしくしておいてなんだが起こしたらまずいだろう。俺はそっと寝室から出て、顔を洗うために洗面所へと向かった。
―――――――――――――――――――
――俺と姉さんには両親がいない。俺が小さいころ、まだ小学生になってすぐの頃に事故で死んだ。それからずっと二人暮らし。
当時のことはよく覚えていない。なんでもハイキングの最中に土砂崩れが起き、それに巻き込まれたのが原因だそうだ。
父さんも母さんも大きな岩の下敷きになり、車に轢かれたカエルのようにぺしゃんこになっていたらしい。当然即死。
俺と姉さんは服こそ土に塗れてぼろぼろだったが、奇跡的に無傷。ただ、救助隊に発見された時、両親の死体の脇で気絶している俺にすがりつき、姉さんは泣きながら眠っていたらしい。
遺産がどうの親権がどうの保護者がどうのといった話もあったが、姉が全てどうにかしてしまった。姉さんは当時まだ高校生、普段は少しぽやぽやっとしているが、決めるべきところはしっかり決める辺りは当時から変わらない。
そういえば親戚の人たちから聞いた話だが、姉さんには小さい頃から失踪癖とでもいうようなものがあったそうだ。時折ふらりと居なくなり、数週間から数日で何事も無く帰ってくる。そんなことが頻繁にあったらしい。
それが、事故の後からは帰ってくる度に宝石や芸術品や金塊を持ち帰るようになった。持ち帰ったものは、親戚の中でもその筋に詳しい人に仲介料として何割か渡して現金に換えてもらう。生活費や学費はそこから出ていたのだ。
初めはしつこく追及されていたが、真剣な顔で、「やましいことをしているわけでは無い」と言われ、親戚の人も仲介するだけで結構な金を得られていたためか、何時しかそのことを追及しなくなっていった。
俺も負担を少なくするため中学を卒業したら働こうと言ったが、高校くらいは卒業しておいても損は無いという姉さんの勧めに負け、学費の安く、家から一番近い県立高校に入学。
農業高校でも何でもない普通の高校だったが、少なからず人生経験は積めたと思う。空いた時間でアルバイトもした。高校時代のバイト先には田圃の休耕期などの時に、今でもお世話になっている。閑話休題。
横道にそれすぎて何が言いたいのかいまいちわからなくなってしまったが、本題は冒頭の事故の話。端的に言って、あの事故で俺は怪我ひとつ負わなかった。つまり今朝見た夢のシチュエーションはありえないということだ。
似たような見た夢は昔から何度も繰り返し見ていた。最近はあまり見なくなったが、小学校の頃はそれこそ週に何度も見ていた。
といっても、夢を見ながら考えていることは毎回違ったし、全体的にもっとおぼろげで、前半が無く後半の何かを撃ち込まれてからの感覚だけだったり、姉さんの声がはっきりと聞こえてきたあたりで夢から覚めるというパターンがほとんど、鮮明な完全版は事故の直後の最初と今回を含め片手で数えるほどしか見ていない。
完全版の夢の中で起こったことや夢の中の姉さんの発言から考えるに、事故で死にかけていた俺に姉さんが何かしら施して改造人間的なものになったとかそんな展開なんだろう。
それなら事故からしばらくして謎の怪人に襲われてピンチになって秘められた能力覚醒とかそんな展開になれば完璧だ。まさしく『ぼくがかんがえたちょうかっこいいへんしんひーろー』だ。
大怪我の治療のための改造手術は伝統だろう。『姉貴にもらったダイナモがある!(キリッ)』とかやるのも間違いなし。敵基地から盗み出した改造人間の設計図流用でも可。
両親の死という痛ましい事故からすらこんなヒーロー願望丸出しな妄想を夢に見る自分は人としてどうかと思うが、見たくなくても見てしまうのだから仕方ない。
―――――――――――――――――――
顔を洗うだけのつもりがついついシャワーまで浴びてしまった。歯も磨いたが、ご飯の前に歯を磨くと歯磨き粉の味が口に残っている気がしていけない。しかし食後に磨くと食後の幸せな余韻が消されてしまう。
難しい問題だ。寝る前に歯を磨いているのだから食後に歯を磨くのが一番なのだろうが、寝起きに歯を磨かず朝ごはんというのもなにか口に違和感を感じる。
「それにしても、ヒーロー願望ねぇ……」
しかもヒロインは姉、俺にはご褒美だが、近親とかヒーローものとしてはちょっと奇抜かもしれない。Sneg(それなんてエロゲ)?とか思ったが、「妹とセッ」な天の道を行くカブトムシヒーローが居たか。
でも個人的にはガタックの方が好きだ。初変身のエピソード、『君にどうしても見せたかった……』で泣いた人も多いだろう。『甘いな、相変わらず』というが、その甘さこそがかがみんがかがみんたる証である。
証であって明石ではない。かがみんは『アタック!(ペチンッ!)』とかしない!しかし坊ちゃまとバラ風呂には入る。意外と総合的なハザードレベルは似たり寄ったりかもしれない。
……朝っぱらからペチンだの薔薇だの、不健全にも程がある。新聞を取りに行くついでに外の空気でも吸ってリフレッシュしてこよう。
―――――――――――――――――――
「ぅー……、おはよう、卓也ちゃん。卓也ちゃんは毎朝早いわねぇ……」
洗面所から出ると姉さんが眠そうに声をかけてきた。どうやら俺がシャワーをあびているうちに起きてきたようだ。まだ目をしょぼしょぼさせている。
「おはよう姉さん。……もしかして、起こしちゃった?」
「んー……、気にしないでいいわよ。普段が遅すぎるくらいなんだし」
どうやら起こしてしまったのは間違いないらしい。謝ろうかとも思ったが、確かに普段通り眠っていたら寝過ぎでもあるので口をつぐむ。
姉さんは基本的に一日10~12時間は眠る。しかもやることが無い日はさらに昼間に3~4時間昼寝する。多少は反省を促すべきか……。
「眠りたくて眠っているんじゃないんだけどなぁ……。く、ぁ~……」
言いながらも豪快に伸びをしながら大きくあくびをする。
病気の類ではなく、身体的な特徴というか、自分でもどうしようもない設定上の弱点、らしい。なんのことやらわからない。設定上の弱点などというが、姉さんには障害も無い。
しいて分類すると、「最低系主人公にありがちな、酷過ぎる最強設定のプラス要素をごまかすために設定された、欠点にもならないようなくだらなく曖昧な条件の欠点」だそうだ。
おかしな例えだが的を得ている。確かに姉さんは寝付きも良く、邪魔されなければ寝続けるが、起きていようとすれば二日程度なら徹夜できないでも無い。
寝不足で日常生活でのボケが増えたりもするが、それにしたって一般的な寝不足時の作業効率の低下とほとんど差は無い。はんぺんとナプキンを間違えるとかその程度のボケしかやらないし。
「じゃあ早起きすればいいじゃないか、目覚まし時計とか買うのがいいと思う」
「それなら携帯のアラームでも足りるわよ……。どうせなら卓也ちゃんにやさしく起こしてもらうのがいいなぁ……なーんて♪」
「ごめん無理」
幸せそうな顔で眠る姉さんを無理やり覚醒させられるほど、俺は鬼になれない。軽口を叩きながら俺と入れ替わりに洗面所に入っていった姉さんに苦笑し、玄関の外に向かった。
―――――――――――――――――――
家の前のポストの中から新聞を取り出す。郵便物は無いが、なにやら詰め過ぎてでこぼこに張ったビニール袋がむりやり押し込められている。袋にはマジックでデカデカと『おすそわけ』の文字。
新聞配達の人がおまけでジャガイモを置いて行ってくれたようだ。おそらく配達員さんの家の畑で採れたものだろう。
新聞配達の千歳・アルベルトさん。たしか母親がドイツ人で父親が日本人のハーフ。姉さんが昔あそこのおばさんからジャガイモ料理のレシピを教わっていた気がする。
彼女はジャガイモ料理が好きではなく、家の倉庫に積まれたジャガイモの山を見てはげんなりし、度々こうしてしばらく家で使われる予定だったのであろうジャガイモをよそに押し付けていく。
しかし理由はどうあれ、市街のスーパーで買えば新聞よりも高くつきそうな量のこのジャガイモはありがたい。今日の夕飯はコロッケにでもして貰おう。パン粉は余っていたかな?無ければジャガイモと大根の味噌汁というのもありか。
外の空気を吸い、新聞とジャガイモ片手に家に戻る。朝食まで時間もあるし、着替えて畑にでも行くかと考えながら玄関を開け、姉さんがテレビをみているだろう居間に向かう。
「姉さーん!チトセさんがまたジャガイモおいてってくれたんだけど、これ、どこ、に……?」
ジャガイモと新聞が手からこぼれ落ちる。理解の範疇を超えた光景に、思考が一瞬フリーズした。
居間へのふすまを開けると、姉さんが、どう表現すべきか、形容しがたい、そう、なんというか、魔女っ子っぽい服で、可愛らしい杖のようなものを振りおろし、こちらを見てウインクと決めポーズを保持したまま固まっていた――――。
―――――――――――――――――――
「え、うそ、なんで、あれぇ?」
姉は振り下ろしていた杖を胸もとに抱えこみながら、目を白黒させて慌てている。確かにその歳でそんな恰好で魔女っ子ごっこをしていることを知られた側の反応としては間違いではない。その場で自害してもおかしくないレベルの暴露だろう。
「ちょ、ちょっとまって卓也ちゃん、卓也ちゃんはなにか誤解してると思うの。話あいましょ?ね、ね?」
どういう誤解があるのか、どのような理由があればあの服が恥ずかしくなくなるのか、疑問は絶えないが、話し合う前にまともな服に着替えるべきだと思う。
姉さんの衣装をもう一度見る。じっくり見ると魔女っ子というよりは魔女見習い服といった風情か。となるとこの現状にいたるまでに、あのリズミカルかつ成人してかなり経過した女性がやるのは少しハードな羞恥プレイになりかねない変身シーンもやってみたのか。
そういえば最近有名なアニメのその後を描いたマンガで25歳のリリカルな魔法少女が誕生したらしいが、リスペクトしているんだろうか。杖は全体的には可愛らしいデザインでありながら所々に機械的な意匠が見える。
しかも、よくよく見れば杖の中には朝八時半の魔女見習いに必須の魔法玉が無いのでポロンでは無いのだろう。衣装にもタップがついていない。全体的に衣装の雰囲気も異なる。さらには服の要所要所に魔法陣のような模様、これはまさか――
「自分で設定考えたオリジナルの魔女っ子衣装とか、姉さんも大概ディープだよね……。でも似合ってる!うん、似合ってるから大丈夫!大丈夫だから早まった真似はしないでくれよ?落ち着いてこっちに投降するんだ」
「違うわよ!どーゆう方向に誤解してるの!?卓也ちゃんの中でお姉ちゃんはいったいどーゆうキャラになってるのよぉ~!?」
杖を畳にたたきつける姉さん。AAにしたら頭から蒸気を吹き出しポッポー!とかなっているだろう。だいぶお怒りのようだ。そのまま頭を抱えてうずくまってしまった。しゃがみガードだろうか。見えた、白。
「――って、そうじゃなくて、卓也ちゃん!逃げて!」
姉さんが酷く焦った声でこちらに叫んだ。
瞬間、居間が、いや、空間が歪む。次第に大きくなる歪みとともに軋むような音。家鳴りではない、そんな程度の規模の音では断じてない。
世界そのものが軋んでいるのだ。空間のみに及ばない、あらゆる常識を打ち破りねじ伏せ踏みにじる超常の力、世界が侵食される。捻じ曲げられた世界の法則が歪みに耐えきれずへし折れ崩れ去る。
思わずそんな想像をしてしまうほどの異常事態。いや、なにが起きているかなんてどうでもいい、今は――――
「姉さん!」
とっさに姉さんに対して手を伸ばす、しかし、あと少しで届くか、というところで、俺の意識は唐突に断絶した。
―――――――――――――――――――
……
…………
……………………
目を開ける、鬱蒼とした木々の中。少なくとも居間では無いだろう。どんなSFかファンタジーか、居間からここに飛ばされてしまったようだ。時間もだいぶ経過したのか、辺りは真っ暗だ。
「――ここは、御山か?」
口にするが、多分違う。それはそうだろう、あそこまで派手な異常事態が起こったにも関わらず飛んだ先が近所の山だった、なんて間抜けがすぎる。
もちろん理由はそれだけではない、森の緑が少ない。適当にうろついていれば五分に一回はシシガミ様に出会ってしまいそうな故郷の御山の森に比べればあまりにも、そう、失礼な言い方だが、普通だ。
あまりにもあらゆる要素が平均的な『絵に描いたような森』。いや、森というより林か?意味も無く白馬の王子様でも通りがかりそうなイメージである。
とはいえそれに対する不満は無い。姉さんが近くに居ないのだから、さっさとこの森をぬけ出して近くの人里にでて捜索隊を出して貰わなければならないし、近くに人里が無ければ森に戻って自力で姉さんを探さなければならないのだから、攻略が簡単な地形であるに越したことはない。
と、ここまで考えたところで、やや木が薄くなっている方向が明るいことに気づいた。早々に民家を発見できるかもしれない。急ぎ足で明かりの方に向かい、森を出ることにしよう。
―――――――――――――――――――
「か、火事?くそ、タイミング最悪じゃないか……」
迷うこともなくあっさり森を出る。位置的にはそれなりの大きさの山の中腹、しかし明かりは民家の明かりではなく、数キロ先で起こっている火事のものだったようだ。
天を照らすほどの大火災、これでは電話を借りるどころの騒ぎでは無いだろう。
麓にぽつぽつと建っているいくつかの洋風の民家、炎に焼かれていなければ世界名作劇場のようだと思えたかもしれないが、今では焼け落ち砕け、遠目にでもわかる無残な姿。
無視して姉さんを探しに行くか? いや、姉さんが俺と同じくあの火災を見たのなら、火を消しに集落に向かったかもしれない。
まだ森にいるにしても、森が炎で焼かれたらただでは済まない。集落の火消しの手伝いをするしかないか? もう一度麓を見る。遠い……。
遠すぎて豆粒のようにしか見えないが、消火活動をしているような人影は見当たらない。いや、人影はあるが、なぜかどの人影も動かず、石のようにじっと固まっている。
「?……な、なんだぁ、ありゃあ……」
いやそれだけじゃない、人とも獣ともつかない異形の群れ。建物との対比から推測するに、小さなものでも人間並み、大きなものでは四階建てのビルほどもある奇怪な影が、何かを探すように集落を練り歩いている。どこのロープレのオープニングシーンだ……。
「ヨウ、ヘンナカッコウノニーチャン。ナンカ、サガシモンカイ?」
麓の集落の惨状を眺めながら呆然としていると、後ろから不意の声。異国語のようでいながら、なぜか意味ははっきりと理解できる。耳障りな声、奇怪な言語での問いかけ。
「この村の人間ではあるまい。余所者だろう」
そのあとを引き継ぐ渋い声の流暢な日本語。聞きなれた言語だが、この状況では嫌な予感しかしない。しかし振り返らないのはもっと不味いだろう。恐る恐る、振り返る。
「リョコウシャカナンカシランガ、ズイブントマガワルイヤツダァ」
「その衣服に顔立ち、同郷か。しかし、このような異国の地にまで喚ばれたかと思えば、最初の獲物が同郷の者とはな。」
背後に立つ、予想通りの存在。あの集落に居る連中と同じ、異形。
「ワリィナァニーチャン、モクゲキシャハケサナキャナンネェ。ツッテモホントナラ、アノムラノレンチュウミテェニ、イシニスルンデモカマイヤシネェンダガヨゥ」
大人の胴周りほどもありそうな太い指で頬を掻く、身の丈四メートルはある筋骨隆々の肉体、ねじれた角の生えた頭を持つ悪魔に、
「生憎だが、我らは共に、石化の術を使えぬ。――せめて苦しまぬよう、一瞬で済ませてやろう」
腰の刀を抜き、こちらに歩み寄ってくる、修験者の服装をした、烏頭の男。
「な、え、あ、ちょ、待った。え?」
展開が急すぎる。頭も舌もうまく回らない。ここはどこ? この状況は何? こいつらは何者?
「アーア、コイツ、ワケワカンネェッテツラシテルゼ」
「ふむ、我らを前にして氣も魔力も纏わぬところを見るに、こちらの知識の無い『表』の者だろう。運の無いことよ」
こいつらは、いったい何を――――
「では、動くなよ? 長く苦しんでも良いことはあるまい」
――――咄嗟に、腕を盾にし後ろに跳ぶ。
「――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!」
目の前には刀を振りぬいた烏頭の男、左腕は骨の半ばまで切断されたが、辛うじてつながっている。右腕は、
「……ほぅ、首を落とすつもりが、落ちたのは腕のみ、か。運が良いのか勘が良いのか」
右腕は、肘から先、半ばで消失している。肉塊が土の地面に落ちる鈍い音が響く。それに一瞬遅れ、切断面からどっと赤い血が溢れ出す。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い、痛い!左腕の傷が、右腕の切断面が焼けるように熱い!
「オォー!ホンキジャネェトハイエ、コイツガシトメソコナウターナ、イッパンジンニシチャ、ヤルジャネエカ、ニーチャン!」
「やれやれ、抵抗は無意味だと言うに。もっとも、その傷ではどちらにせよ長くは持つま――、んん?」
焼けつくように痛い。しかし、これだけ血が出ているのに、それ以外には何一つ問題ない。見せかけだけの、擬態としての出血。
のたうち回るほどではなく、しかし呆け続けることはできない程度の激痛。恐らく、混乱していた意識を元に戻す為に最適まで調節された痛み。
この痛みおかげで、冷静になってきた。俺なら、この体なら、こんな傷は致命傷にならない。左腕の傷はもう『直った』し、切断面からの血も『止めた』そして――
「これで、仕切り直し」
切り落とされた右腕と、本体側の切断面の双方から生える灰色の『触手』が絡まりあい、見る間に元通りの姿に復元されていく。
言い訳が聞かないほどの化け物ぶり。この状況になってまで人間の機能を模倣する必要も無いということか。
いや、元からいまいち模倣しきれていなかったが、自重が無くなったのだろう。擬態する上で必要だった機能の制限が、かなりの割合で解除されている。
疲れを知らぬ無限の持久力、岩をも砕く怪力、弾丸を避ける超感覚、いかなる傷をもものともしない再生能力。超人か怪物か、それが今の俺。
――そして、それらの事実を知っても、冷静に対処できる。そういった感情まで、脳の機能まで制御されているのか。
だが今はありがたい。何はともあれ現状を切り抜けなければならないのだから混乱している暇は無い。
「ナンダァ、コイツ……。ニーチャン、アンタ、ニンゲンカトオモッテタガ、オレラノオナカマカ?」
「魔力も氣も使わずにその回復、浅ましい外道妖怪でもそこまではできまい。――お主、何者だ?」
「日本生まれの日本育ちの一農民。人間かどうかは、あんまり自信無いけどね……」
軽口を叩く余裕すらある。ここにきて、自分がどんな身体をしているかってのもなんとなくだが理解できた。人間かどうか、間違いなく肉体的には人間では無い。
「でもね、そんな細かいことはどうでもいいんですよ。……そこをどいてくれ。あんたらに構ってる暇は無いんだ」
そう、俺が人間かどうかなんて後で悩めばいい、そんなことより姉さんだ。ここら一帯が化け物で溢れ返っているなら、姉さんも危ない。急いで探しにいかなければ。
「ソーユゥワケニモイカネエヨ、バケモンノニーチャン」
「左様、人であれ妖物であれ、目撃者は残らず始末するという契約だ。通す訳にはいかん」
言いながら、拳を、刀を構える異形二人。
「そうか、なら――」
こちらも構える。武道の経験は無い。だが、この身体ならやれる、性能を引き出せれば勝ちにも行ける。そんな確信がある。いや、勝たねばならない。
背を向けて逃げる訳にはいかない、擬態を解除し、一切疲労せずに一日中でも全力疾走できる今の俺でも、あの天狗っぽい烏頭は振り切れないだろう。
姉さんが無事でいても、こんな連中を連れて行っては意味が無い。後顧の憂いはここで断ち切る。
まだ完全に身体について理解した訳では無いが、再生も追い付かないような致命傷を貰わなければ負けは無い。あとは、こいつらを殺し切れる火力の武装が都合よく搭載されていればいいのだが……。
「――力ずくで、押し通る!」
次回に続く
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あとがき
原作知識持ちオリ主多重クロス、詳しく一息で言えば「デビガンとかアプトムとかバーサーカーボディとかARMSの設定を混ぜ合わせたインチキ臭いゲテモノボディに改造されたシスコンチートインチキオリ主が大暴れしたりコソコソしながら複数の作品世界で淡々とメカやら怪人やら取り込んで自らを強化しつつ観光したりお土産買って元の世界に帰ってブラコンスーパーチート盗賊姉とまったりしたりする話」始まります。
ヤマ場も落ちも意味も無い感じの作品となりますのでご注意を。
あと、処女作です。つまりこの作品で処女喪失で膜ぶち抜きーの血がでまくりーの。
こんな見返して恥ずかしくなるようなゲテモノで処女喪失とか好きモンだなてめえグへへとか言われそうですが、
膜破られたらイタいのは当たり前なのと同じレベルで処女作読み返してイタタとなるのは当然らしいですから思い切って書きたいものはすべて詰め込んでみます。
詰め込みすぎてヒギィぼごぉとかなっても一応完結はさせます。続き書きたくなったら日常パート挿んで事件起こしてそれを主人公がどうこうする的に張り合わせていきます。
流れとして、基本一つの世界は1~3話で終わらせる→いったん元の世界に帰還して終了→次の世界に向かう理由とか説明する日常パート→異世界に、みたいな。
作品を読んでみての感想、諸々の誤字脱字の指摘、この文分かりづらいからこうしたらいいよ、一行は何文字くらいで改行したほうがいいよ、みたいなアドバイス待ってます。