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No.14338の一覧
[0] 【ネタ】 降り頻る雨の中で (H×H 転生 オリ主 TS R-15 グロ)[ブラストマイア](2010/03/07 04:48)
[1] プロローグ[ブラストマイア](2009/11/28 22:16)
[2] 第一話[ブラストマイア](2009/12/02 00:15)
[3] 第二話[ブラストマイア](2009/11/29 20:25)
[4] 第三話[ブラストマイア](2009/11/30 20:43)
[5] 第四話[ブラストマイア](2009/12/01 20:46)
[6] 第五話[ブラストマイア](2009/12/04 03:25)
[7] 第六話  幕間[ブラストマイア](2009/12/06 22:51)
[8] 第七話[ブラストマイア](2009/12/06 22:52)
[9] 第八話[ブラストマイア](2010/03/07 04:43)
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[14338] 第六話  幕間
Name: ブラストマイア◆e1a266bd ID:fa6fbbea 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/12/06 22:51


 1985年3月14日、アイジエン大陸ギュド地方リュロトの丘にて。

 だだっ広い丘に無数のテントが立ち並んでいるのを見て、それなりに場数を踏んだ傭兵であるダゼンス・マルクンは茶化すような口笛を吹いた。
 迷彩柄の軍服を着込んだ痩身の男で、肩からは頑丈さと信頼性には定評のある突撃銃をかけている、無駄を削ぎ落としたナイフのような印象を与える男だ。自然体であっても隙を感じさせない戦闘のプロ。小指一本で敵を殺せる精密機械であった。
 軍服のベルトやその他の金具といった金属部分は残らずビニールテープで保護してあり、作戦中に敵兵へ与える情報は最低限になるように配慮がなされている。

 このギュド地方は彼が胎児の頃からずっと小競り合いを続けているような場所だ。ここにはチギ族とクルー族とギーギ族とツジ族とビズ族という5つの部族が暮らしており、彼らは同族に対しては一定の寛容を持つものの、他部族に関しては出会っただけでも眼を血走らせながら殺しあうという共通した特性を持つ。
 それはもう金と人材が尽きてグダグダの内に強制停戦になるか、金が溜まって人が増えたので戦争開始、という泥沼のような戦争を延々と続けている。彼のように戦争屋をやっていれば、一度ぐらいは耳にしたことがある戦場だろう。文明が始まる前から殴り合い、鉄器が生まれれば切りつけ合い、銃が生まれれば撃ち合い、戦争屋のダゼンスとて嫌になるほど昔からずっとこうなのだ。

 壁画にさえ残っていない大昔から変わっておらず、最初に戦い始めた理由など既に誰にも分からない。過去に強烈な伝染病が蔓延し全ての部族が壊滅の危機に瀕した際に、列強が介入した事によって一度だけは統一がなされた事があるようだが、その平和は再び人口が増えるまでの間しか持たなかった。
 なにせ一部族でも有利になったと見るや、残りの四つが突然足並みを揃えて出た杭を叩くのである。
 決して表だって強調する事はなく、むしろ同時に攻撃している最中さえいがみ合っているのだが、それでも誰かを勝たせない事については長い歴史を持っているし超一流だ。他国がいくら支援しようが全て銃と弾に変えて撃ちまくってしまうし、何十万人死のうが土地だけは十二分にあるので絶滅には至らない。

 ギュド地方全域には痩せた土地でもよく育ち繁殖力が強く栄養満点の、サツマイモとジャガイモを足して2で割ったようなギュド芋とよばれる植物が自生しているため、死体はそのまま養分になって分解され芋になってまた人間になる。味の方は酷く不味いので現地人以外は進んで口にしたくなる物ではないが、こんな文明の終末を思わせる国で味に文句を付けるのは贅沢が過ぎるというものだろう。
 一部の歴史学者には、悪魔が人を永遠に争わせるためにギュドを作った、なんて説を大真面目に信じられているほど末期の場所なのだから。


 そういう場所であったし、これからもそうだと思っていたから、ダゼンスたち傭兵団がその知らせに驚いたのも無理はなかっただろう。
 彼の周囲からも驚きの声が漏れ、同僚のキド・ノーロフの奴が、頬を抓りながら大声で 「これは夢なんじゃないか!?」 などと茶化すのを笑って受け止めた。

 ここ2年ほど大躍進を続けているクルー族を脅威に思っての事か、数千年前から戦い続けているギーギ族とビズ族が手を組んだのだ。初めて聞いた時は通信兵の伝達ミスか、ノイズによる聞き違いか、混乱させるための陽動か何かだと疑ったのだが、どうやら本当だったらしい。

 向かって北側にギーギ族のキャンプがあり、南側にビズ族のキャンプがある。両者の間には100メートルの不干渉地帯が設定されていて、正式な手順なしに相手側に入り込めば即射殺されるような危うい協調だが、ともかく手を組んだのは事実だ。歴史的には極めて重要な出来事かもしれない。


「うっはー! マジで手を組んでやがる。信じられねえ……」


 ムードメーカーでもあり“お調子者キッド”の愛称があるキドの奴は相変わらず囃し立てており、部隊の皆も苦笑いをしながら同調する。
 今回、彼らを雇ったのは両方の部族だ。20人の隊員は全て念能力者によって構成されている腕利きなため、契約料金も実力に比例してお高いのだが、一度飲み込んだ金は絶対に吐き出さないし、金を返さない限り契約は違えない。訓練などを殆ど受けていない双方の兵士を鍛えるために雇われたという建前はあるが、もしどちらか一方が隙を見て裏切ろうとした場合、そっちを攻撃するのがメインの依頼であった。
 そのお陰で双方からいい顔をされていない。キャンプの位置も彼らだけ離れた場所に造らざるを得なかった。
 ギーギ族にとってもビズ族にとっても、増長したクルー族という共通の敵が居たから仕方なく歩み寄っているだけで、その実まったく信用していないのだ。
 ここにはビズ族の兵士が3万8千人、ギーギ族の兵士が3万9千人いる。下手な位置に陣取って挟撃されてはたまったものではない。金はもう受け取ってしまったので後には引けないから、無事に仲違せず戦いが始まるのを祈る限りだった。


「おいおい、気弱な事を言うなよ。俺はこの戦争に出没するっていう“カーミラ”の奴を倒して、一躍名を上げるつもりなんだぜ?」


 これは災厄の前触れである、などとジョークを飛ばした隊員に向け、自信満々に言い放ったのは“チリー(チェリー)ボーイ”のチリーだ。
 彼はまだ二十歳を超えたばかりの若者であるが、その年にしてプロハンターライセンスを持つ将来有望な人材である。ゆくゆくは戦争(ウォー)ハンターとして独り立ちするのを狙っているようで、その第一歩として、噂として囁かれている女吸血鬼を倒す心算のようだ。白い歯を見せつけながら自信満々に笑っていた。
 彼の念の実力の方はまだまだだが、念に対しても銃器の扱いに対しても筋がよく、厳しい訓練に耐えるだけのガッツもある。ただ若くしてライセンスカードを持っているというのが過度な自信につながっており、たびたび己の実力を過信する性質なのが玉に瑕だった。
 今回も十中八九実在はしていないだろう、カーミラなんていう戦場の噂を本気で倒そうとしている辺り、どうにも治らないらしい。


「ハッハッハ! チリーボーイは何時もそうだな! そんなもん居ないに決まっているだろ? たった一人で戦況が動くなんざ、お話の中だけさ」


 隊員に背中を度付かれたチリーは唇を尖らせ、いつものように第272期のハンター試験を合格した際の武勇伝を語り始める。
 第一試験のプレート争奪戦は大変だったとか、第二試験の超長距離マラソンでは半日かけて120キロも走らされたとか、第三試験は厭らしい試験管にあたって酷い目にあっただとか。そしていつものように自分のライセンスナンバーを最初の5ケタだけ読み上げ、右端の三桁が第何期で合格しているのかを示し、これは270期だから272なのだと説法をくれた。
 そこへキッドがお決まりの茶々を入れて笑いをとり、全くいつも通りにじゃれ合いのような喧嘩が始まり、それを隊長が叱って終了。これはある種の儀式のようなものとなっており、隊全員の緊張をほぐす為のパフォーマンスに近かった。それが分かっているから誰も止めないし、自慢を笑って受け流すのである。


「しかし、カーミラか。何か嫌な予感がするな……。マジで噂ならいいんだが」


 チリーを見送ってきたキドが、何時になく真剣な顔をしてダゼンスに囁く。
 極限の状態が続く戦場では荒唐無稽にも思える噂が蔓延する事が度々ある。今回もどこかの戦場でミイラ化した遺体が発見されたのを切っ掛けに、面白がった誰かが吸血鬼の仕業であると噂を流し、それが“カーミラ”となって独り歩きしているのだと思いたかったが、ここ数年ほど戦場で似たような噂が多く流れていた。
 テーッム戦争、マイロー内紛、ウーペクアの動乱。そのどれもが死傷者の多かったとびきり熱い戦場である。今回のクルー族の大躍進の裏には極めて優れた念能力者の影があるという噂と相成って、歴戦の隊員らにも僅かながら影を落とす原因にもなっている。


「全くだ。もう金を貰っちまったから、逃げられんからな」


 いくら強い人間が居ても、数万人が戦う戦線を傾ける事など通常なら不可能である。少なくともそれは隊員に共通する考えだった。
 しかしギーギ族もビズ族も弓と剣で戦っていた頃そのままに、武器だけを銃とナイフに取り替えたような連中だ。まともな教育や訓練を受けている人間はかなり少なく、隠蔽に優れた能力者にその隙を突かれれば可能性はゼロではない、とダゼンスは冷静に分析した。

 強力な念能力者に陣中深くへ侵入され、通信機や司令官など指令系統を破壊されれば、こんな寄せ集めの軍隊など瞬時に烏合の衆と化すだろう。素人の集団は場の雰囲気に極めて左右されやすい。自分らが勝っている時こそイケイケで力を発揮できるものの、負けているとなればどうしようもない臆病者に化けるからだ。
 それを覆せるのは何百時間という反復訓練だけだが、消耗率が高すぎるのが常識なここの連中には無理な話である。古今東西、最も死者が増えるのは敗走しているところを背後から追撃される時だ。それが最低限の規則さえなく暴走すれば、人数差など関係なく大敗を喫する可能性があった。


「まあ、なるようになるさ……」


 戦場を生きる者にとって、自分の頭の横5センチを銃弾が通り過ぎていく事はままある。結局のところ弾丸の軌道と自分の頭の位置の関係は運であり、念能力によって常識離れした頑丈さを得られているとはいえ、目や鼻、耳などに銃弾が直撃すれば無事では済まないのだ。ある程度は達観していなければ心が持たない。
 キドに進められたタバコを共に燻らし、数日後に迫っているクルー族との激突を思って、煙と共に心中の不安を吐き出した。



 眠っていたダゼンスの耳に爆音が鳴り響いたのは、2日後の夜明け前である。
 切り開かれた丘から赤銅色の太陽が顔を出す数時間前に、彼の耳は尋常ではない物を聞いたのだ。
 彼は見張りについていたリュイウがテントの中に飛び込んでくる前に、即座に寝袋の中から飛び出して、熟練した動きで準備を全て整えた。報告ではクールー軍が来るまでにはあと3日ほどの猶予があり、それまでにここの素人どもに最低限の訓練を施す予定であったのだが、もはやそれも叶わないだろうと彼は思った。
 同じ布張りの寝床で寝ていた隊員たちと共に、飛来する弾丸を防いではくれないそのテントを飛び出す。間近に積み上げられていた土嚢の山の影に隠れ、周囲の状況に目をやる。


「落ち着け! リュイウ、何が起きたんだ? 報告せよ!」


 自らの頬を張って眠気を吹き飛ばしたダゼンスは、近くから聞こえてくる隊長の声を知覚して心が落ち着くのを感じた。彼は銃弾を真っ向から受け止められるだけの実力がある強化系の念能力者であり、荒事では最も頼りになる人物だ。
 この国は貧乏なので、装甲車や戦車、ヘリや爆撃機といったお高い品は戦場に出張ってこない。そういう物は体に爆弾を巻いた特攻兵に弱いからコストパフォーマンスが悪いのである。銃を持った兵士の数が重要なファクターであり、複雑な戦略を実行できる錬度もないので、大昔の合戦のように銃を持った兵士が突撃しあう事も多い。ともかく多数の敵影さえなければ、ある程度の安全は確保されていると思ってよかった。
 何かきな臭い物を嗅ぎ取ったダゼンス自身も、トランシーバーのスイッチを入れて情報の収集に励む。あらかじめ設定してあった連絡用の周波数に合わせると、黒く無骨な機械からは見方の絶叫が鳴り響いた。何人もの声とノイズが入り混じってよく聞き取れない。ダゼンスは舌打ちを漏らし、再び周囲を見回す。


「隊長! 敵、敵です! 1人だが、ありゃあ軍隊だ! ワン・マン・アーミーですよ!」


 インカムからはリュイウの興奮した声が響く。ダゼンスはそんな馬鹿なと思いながらも双眼鏡を手に取り、そこに写った人影らしい物を見て、常識を取り落とした。
 敵は南側、つまりビズ族側から侵入したらしい。なぜそれが分かったかといえば、ビズ族の特徴である巨大なイアリングを付けた首が吹っ飛んでいくのが見えたからだ。それは数十メートルも離れた場所に落下し、直撃した誰かを昏倒させた。
 敵は本当にたった1人、単独での突入という自殺行為。しかし10以上の戦場を経験しているダゼンスでも血の気が引く奴だった。

 慌てて双眼鏡を持ち直し、M114 155mm榴弾砲から発射された悪魔の子がまとめて20発ほど炸裂したような大惨事になっている地点を見やる。
 何か人型の影が巨大なテントを突き破って入っていくのが見え、数瞬後に飛び出してきた兵士の一人が恐怖の咆哮を上げながら逃げ出そうとし……瞬時にミイラになって砕け散った。他の場所から飛び出てきた兵士たちがそれを見て反射的に銃を向けるが、敵は銃弾の雨の中を傘も差さずに走りまわっている。

 そいつが纏っているオーラは尋常で無いほど力強く、ダゼンスが今までに見た中でも最も嫌な予感を振りまいていた。見ているだけでも吐き気を催しそうだ。
 まるで両足にジェットエンジンでも搭載しているような素早さ。跳ね回るピンボールのように陣地を飛び回り、死神の鎌のごとく命を摘み取っていく。
 おそらく他者のオーラを奪う特質系の能力者だろう。オーラが集中している両手が動かされるたび、それに触れてしまった兵士が全身のエネルギーを奪い尽くされて塩の柱へと変わっている。纏っているオーラ量は尋常でないほど大きい。隊の全員を合わせても届くかどうか、という量である。

 あの馬鹿でかい燃料タンクが尽きるまで逃げ回れれば勝てそうであったが、8万人分の余剰燃料が居るこの場で、全てを食い尽くすようなアレと戦えだなんて、間違っても冗談じゃあなかった。それならクールー族との最前線に全裸で突撃する方がよほどマシに思える。


「Crazy……」


 誰かの唇から漏れたその声に、ダゼンスは反射的に同意を返した。
 人は神にはなれないが、どうやら悪魔にはなれるようだ。イカレているのは単独で突っ込んできたあいつではない。それを身をもって証明しているあの“カーミラ”に戦いを挑むだなんて、そんな馬鹿げた事をやる奴がおかしいのだ。
 双眼鏡越しに一瞬だが彼女と視線が合い、ケツの穴に氷柱を突っ込まれたような悪寒がダゼンスの背を走り抜けた。

 アレと対面している兵士の混乱は凄まじく、厳つい髭をした将校がいくら命令を叫ぼうが、とても引き返せない所まで来ているらしい。
 味方諸共吹き飛ばさん、とカーミラに向けてありとあらゆる武器が向けられるが、念能力者でもない人間が使う武器などそもそも当たらないし、当たったところで何か効果を与えられているようには見えない。虐殺の途中で何故か足を止めたので、勇敢で優秀だが無謀な兵士のが人の背ほどもある非常に強力なライフルをカーミラに向けたが、見事に頭部に炸裂したはずのそれは、彼女に対して一筋の血液だけを流させる事にしか成功しなかった。

 兵士の顔が驚愕と絶望で埋まり、その直後に再び走り出した化け物の手に命を吸い取られて終わる。
 もはやあれは子供の悪夢から這い出してきた怪物だ。現実世界の人間にとっては完全に常識の外である。


「た、隊長! 逃げましょうよ! あんあの人間じゃないっすよ! 契約範囲外です! 俺らの任務は化け物退治じゃない!」


 恐怖のあまり泣きべそをかいているチリーの声が全員のインカムを通じて聞こえ、それに反論する者は誰一人として居ない。
 歴戦の隊員らは自分の荷物から契約金を取り出すと一纏めにしてぶちまけ、その代りに持てるだけの銃と弾薬を詰め込むと、沈む船から逃げ出そうとするネズミのごとく駆け出した。
 今回の仕事では踏み潰されるに足りる金は貰っていないし、ネズミでは1000匹集まろうがティラノサウルスには勝てないと悟っていた。命を安売りしたい者はとっくの昔にくたばっていたので、隊員らは生きる事に前向きだったのだ。






 纏わりついてきたビズ族の男を無造作に振り払ったルーは、吹き飛んだ彼の頭が地に落ちる前に動き出していた。
 眼前に存在するすべての人間を喰らう。全身を包むオーラは13年前よりも遥かに強く、堅の状態で誰かに触れたが最後、常人では0,1秒とかからずに水分を失った薪へと変える力があった。炎に突っ込めばよく燃えるだろう。事実ルーはそれで暖を取る事がままあった。

 兵舎らしいテントに飛び込んで中にいた20人ほどの人間を数秒で殺しつくす。最後の1人はテントから出ようとしたところで仕留め、もう人間のいないこの場には用がない。分厚い布を軽く切り裂いて外へと飛び出し、銃を振り回す30人ほどの軍服を見て笑う。皮膚を滑っていく弾丸が心地よい。
 そのような玩具では自分を殺す事などできやしないのに、皆誰もがそれに縋って殺されていくのだ。今回も飛び交う銃弾を完全に無視しながら突き進み、流れ弾で弾けた敵兵の血と肉片を浴びながら壊滅させた。

 燃え上がる戦火を見て、ふと足を止めて思う。
 たった今自分が殺した、水分を残らず失った干乾びた死体が、あの時の村のそれと重なって映ったのだ。

 耳を澄ませば聞こえてくる。苦痛の叫びが、絶望の呻きが、失意の囁きが。たった独り生き残ってしまった自分に対する憎悪の声が。
 もう帰る場所が消えてから13年もの時が流れていた。小さかった体は大人の女性として成長し、無数の命を吸ったオーラは何倍にも跳ね上がっている。

 だというのにこの声は、片時も休まずルーを攻め立てるのだ!

 耳を塞いでも頭の中に響いて消える事がない。眠っている時も休んでいる時も、人を殺していない時はずっと。目を閉じれば今も鮮明に浮かんでくる。変わり果てた村人を一人残らず食い殺し、それを高笑う自分の姿が。弱くて何も出来なかった、情けない自分が。
 だから強くならなければならない。誰よりも何よりも絶対に絶対に絶対に負けないぐらいに。強く強く強く強く。

 既に復讐できる相手は残っていない。あの3人はすでに故人となり、取り返した同胞の肉片の代わりにホルマリンの中に浮かんでいる。
 全員の男性気を切り落として口に突っ込み、傷口を真っ赤に焼けた鉄で止血し、尿道に鋭く尖った鉄の棒を突っ込んで火であぶり、全身の皮を少しずつ剥いて濃硫酸を垂らし、全ての指の爪の間にピンを突っ込んで、全身に電気を流し、両手両足の腱を切って針山に放り込み、必死に這い上がろうとしているところを棒で突き落とし、彼らと親しくしていた者を浚って来て、そいつらの手に鞭を握らせて叩かせ、目の前で活造りにして無理やり食わせ、ともかく酷い事をやった。
 彼らの奴隷として使われていた少女にも手伝わせた。名前はアナと言ったか? 動けない3人を前にして歓喜の声を上げ、熟練の拷問管さえ実行するのを躊躇するような酸鼻の数々を笑いながら楽しんでいた。最後は肉体が限界だったのか死んでしまったが、その顔はやり遂げた笑顔だったように思う。


「死ねえっ! 化け物があぁぁっ!」


 深く考え込んでいたルーの頬骨に、大口径のライフル弾らしい強い衝撃が当る。バランスを崩してたたらを踏み、白昼夢から覚めた。
 皮膚が知覚すると同時、無意識のうちに実行された流がルーの命を救っていた。実際の雨よりも銃弾の雨のほうが多く当たっているルーにとって、もはやオーラによる防御は呼吸をするのと同じぐらい慣れ親しんだものになっているのだ。目にでも直撃しない限り大きな怪我にはならない。

 驚愕の表情でこちらを見つめている兵士を薙ぎ払い、忘れかけていた任務の続きを実行する。
 24時間後にランデブーする予定のクルー族の兵士2万人がやってくる前に、このキャンプの指令系統を破壊して8万の兵士を敗残兵と変える必要があった。
 とはいえ、やる事は今までとなんら変わらない。ただただ目の前の敵を食べて食べて食べ尽せばよいのである。今までもずっとやってきた事だ。

 遠くから感じた視線を辿ると、念能力者らしい男が双眼鏡を覗いたまま固まっている。さして熟練した様子はないが、纏っているオーラはそれなりに美味しそうだ。後で齧らせてほしいという意味を込めて微笑みを返すと、悪夢を見た子供のような顔をされてしまった。
 即座に踵を返したところを見ると、彼我の実力差を察したのか逃げ出すらしい。顔立ちはビズ族ともギーギ族とも違って見えたので、おそらくどちらかに雇われた傭兵だろう。勿体無いが今は兵士を殺すのに忙しいので、今回は見逃す事にする。


 数時間ほど暴れまわっていると、8千9百2十3人目の敵を屠ったところで、胃から何かが込み上げてきた。
 土嚢の裏に隠れていた敵を皆殺しにし、嘔吐感に逆らわずに吐き出すと、胃液の混じった血の塊である。どうやらこの脆い肉体は増え続ける自分のオーラに耐え切れなくなっているようで、内側からどんどん壊れているらしいのだ。
 まったく不甲斐ないボディだと口中の血反吐を吐き捨てながら思い、この戦争が終わったら古い体を脱ぎ捨てる必要があると考えた。ルーは己の強さに全く満足していなかったし、常人が抱くよりもずっと強烈な願いがあったので、そのためには死さえ厭わなかった。

 一足跳びで手近にいた敵兵を殺し、狙撃の危険がない事を確かめてから硬を行って、彼の上半身の半分ほどを一口で食べ切る。飲み下されたそれは養分としてルーの全身を巡り、崩壊を始めている体細胞を強引に繋ぎ合わせた。日で焼け爛れていた皮膚も回復し、これでまた数時間は持つだろう。再び闘争を開始する。
 まだクルー族は国内を統一しておらず、契約の途中なのだから、そう簡単に壊れては困るのだ。
 ルーという風船は吹き込まれた限界以上のオーラで破裂しそうになっているが、まだあの声は止まない。ならば自分も止まる訳には行かなかった。

 そしてきっかり1日後にやってきた2万3千人のクルー族の兵士は、8万の軍隊蟻が1匹の大アリクイによって壊滅的な被害を受けた事を知る。




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ルーの能力 『餓鬼憑きの食人鬼<カンニバル>』 操作よりの特質

 両手または口から他者のオーラを吸収する。纏っているオーラの7割以上を集めないと発動できない。
 特質であるルーは強化とは遠いため、特質の癖に強化系のように敵に突撃する事が求められるリスキーな能力。
 堅でも纏でも7割以上でなければ発動しない。両手で同時に吸引するなら9割以上が必要になる。口からが最も吸収速度が早い。
 一般人相手ならば、纏の状態程度の能力発動でも2秒以下でミイラ化する。肉を食べる際は口に硬をして相手に噛み付く事で発動し、即座に栄養として吸収する事で自分の傷を癒したりできるが、自分自身のオーラでは怪我を治せない。
 吸収したオーラを全て成長に回せるほど効率的ではないが、回復率はそれなり高いので、敵の多い戦争などでは半永久的に動き続ける恐怖の殺人マシンと化す。
 

制約と誓約

・オーラ吸収の際には纏っているオーラの7割以上を集める必要がある。両手で同時に吸収するならば、9割以上を集める必要がある
・オーラ以外の物を吸収する際には、口に硬を行って対象に触れる必要がある
・強い執着がある相手、または血縁の近い相手からは記憶などの一部を取り込むことがある。ただし任意では発動できない
・魔獣の血を引いた者にしか使えない
・村人全員の怨念入り。使用者は一度死ぬまで永久に終わらない悪夢と幻覚、幻聴に苛まれる
・自らの成長の限界以上のオーラを取り込むと、自己崩壊を起こす


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