ロボとエヴァ達が出会った夏休みから丸一年が経過し、エヴァと茶々丸、それにロボは麻帆良と隣町の境まで来ていた。今日はエヴァの所属している囲碁部の対外試合が行われる日であり、エヴァはその選手に選ばれたのだった。
「…」
そして、エヴァはかなり緊張した面持ちでそっと隣町に足を踏み入れた。本来なら登校地獄の呪いのために激痛に見舞われるはずなのだが、いつまで経っても痛みが来る気配はない。
「…、ふ、ふははははは! 大丈夫だぞ! 呪いが発動せん! 私はいま麻帆良から出たのだ!」
そういって腰に手を当て高笑いするエヴァ、その顔にはとても良い笑顔が張り付いていた。そして、一頻り笑うと後ろを振り返り…。
「好きだー! 大好きだー!! 愛してるー!!! タックルは腰から下!!!!」
そう言いながら、妙に腰の入ったタックルを、後ろで茶々丸と一緒にエヴァのことを見ていたロボにかます。
いきなり飛びついてきたエヴァをその胸に埋めながら、ロボは自分の御主人が楽しそうにしているのが嬉しかった。この地から出られなくなって十四年、例え条件付きだとしても自分の御主人の思いを叶えることが出来たのだから。
『御主人良かったですね』
「ああ、ふわふわ…」
「私も失礼して…」
それから少しの間、エヴァと茶々丸はロボの毛の中に埋もれた後、所属する囲碁部の対外試合が行われる学校目指して移動を開始した。ロボは二人の姿が見えなくなるまで見送った後、いつもより遅い散歩に出かけるのであった。
『かくして私は眷属になる』 第三話 ある麻帆良の一日。
エヴァと茶々丸を見送ったあと、ロボがのんびりと麻帆良の街を散歩していると少し離れたところに知っている人の気配を感じたので、なんとなくそちらに行ってみることにした。
「ロボじゃないか、今日はエヴァンジェリンさんと一緒じゃないのかい?」
ロボが、ある店の前までいくと、そこでは一人の女性が餡蜜を食べておりロボの姿を見つけると餡蜜を食べる手を止め、ロボに話しかけてきた。
『御主人は今日茶々丸さんと外にお出かけで、私留守番なんです。龍宮さんは朝から餡蜜ですか?』
「ああ、餡蜜は好きだからね。そうだ、一緒に餡蜜でも食べるかい?」
『いいんですか?』
「…自分の分は自分で出すんだよ?」
そんな遣り取りの後、ロボは女性の食べているものと同じ餡蜜を頼みその美味しさに舌鼓をうちながら、餡蜜を平らげたのだが、その横ではロボの食べる以上の速さで龍宮が餡蜜を食べていた。
『…あんまり食べると太るんじゃないですか?』
「ふ、デザートは別腹だよ」
そうニヒルに言いながら、次々と餡蜜を平らげていく龍宮をロボは尊敬の眼差しで見つめ、龍宮がある程度満足する頃には山のようにからになったお皿が積まれていた。
『お兄さん、支払いはカードでお願いします』
餡蜜を食べ終わったロボは、支払いをするために器用に自分の家の中から一枚のカードを取り出して、店のお兄さんに渡して支払いをお願いする。
『龍宮さんの分も一緒にお願いします』
「? どうしてロボが私の分も払ってくれるんだい?」
『何も言わずに女性の分も支払うのがいい男の条件だって、御主人が言ってました』
そう答えながらもロボは器用に暗証番号を押して支払いを済ませ、それを見ていた龍宮は最初目を丸くしていたが、すぐに口元に小さく笑みを浮かべ…。
「君は十分いい男だよ。これはささやかながら感謝の印だ」
龍宮はそう言ってから、ロボの首に抱きつきその頬に軽く口づけをしてその場から去っていった。その後ろ姿を見ながらロボは小さく呟いている。
『かっこいいです…』
餡蜜を堪能したロボは、そのまま近くの猫のたまり場に行ってのんびりと午後を過ごし、麻帆良の街にエヴァの臭いが戻ってくると、一直線にそちらに向かって走り出した。
『御主人お帰りなさい!』
ロボはエヴァの臭いが近くになるほどに速度を速め、視界の中にエヴァが入ると一気に飛びついてしまった。
『茶々丸さんお帰りなさい! なんで御主人の臭いがするのに姿が見えないんでしょうか!? 茶々丸さん御主人はどこですか?』
「ロボ、ただいま帰りました。因みにマスターならそこにいます」
茶々丸が指し示したのはロボの真下で、ロボは取り敢えず一歩後ろに下がってみると、そこにはエヴァが倒れており、ロボが上からいなくなるとゆっくりと立ち上がるのだが、その表情は髪に隠れてよく見ることが出来ない。
「ロ~ボ~…」
『御主人お帰りなさい! 外の世界は楽しかったですか?』
だが、そんなエヴァの様子はどこ吹く風か、ロボはエヴァから久しぶりに見た外の世界はどうだったか感想が聞きたくて、休む間もなく話しかけている。
「まったく…」
そんなロボの様子に怒る気もなくなったのか、エヴァはロボの背中に飛び乗って帰る道すがら今日あったことを話して聞かせ、そんな二人の様子を茶々丸が嬉しそうに見ているのであった。
三人が家に戻り夕食を食べた後のんびりしていると、登校地獄の精霊がロボに話しかけてきた。
『ねぇねぇロボ君! 聞いてよきいてよ!! 僕、昇進が決まったんだよ!! 君の御主人ってかなりの有名人だろ!? そんな人を長年呪縛してきた功績を認められたんだって! これであの嫌な上司にでかい顔できるってもんだよ! 嬉しいたらありゃしないよー!』
登校地獄の精霊は嬉しそうにそうロボに話しかけ、ロボはそれに対して相槌を打ちながら話を聞いていた。だが、なぜかその顔にはかなりの疲労が見て取れる。
『あの精霊さん、その話はもう十回ぐらい来てますよ?』
『あれ、そうだっけ? でねでね!』
ロボは登校地獄の精霊にはとても感謝している。自分の御主人が限定とは言え外の世界にでられるようになったのは、彼のお陰なのだから。
だが、一点だけどうしても困ったことがあり、それがこの話し好きと言うことだ。
この精霊、一度話し出すといつまででも話し続け、それこそ止めなければ一日中でも話している状態だ。最初、そのことを知らなかったロボは、一昼夜話し続けられたことがあるのだった。
『…』
そしてこの日も精霊は話し続け、ロボの言葉に耳を貸すことなく、話が終る頃には夜が明けておりロボもいつの間にか寝ていたという。
それから数日が経ったある日、ロボはいつものように早朝の散歩を終え家に戻り、入り口でエヴァにブラッシングをしてもらってから朝食を取り、背中にエヴァと茶々丸を乗せていつものように学校に送っていく。
麻帆良名物の登校風景を見ながら、その中をのんびりと歩いていくロボはまだ時間に余裕があると言うことなので、ロボはいつもとは少しだけコースを変えて、良く知っている臭いのする方に向かっていった。
「ロボ君や~」
「エヴァちゃんこんな事で何してるの?」
「それはこっちのセリフだな。私たちにはロボがいるからいいが、貴様らはこの時間から学校に向かえば遅刻するぞ?」
エヴァはロボの背中を優しく撫でながら、何かをまっているような二人、木乃香と明日菜にそう話しかける。ロボの考えていることは同じなのか撫でられて気持ちよさそうにしながらも頷いている。
「うちらおじいちゃんに頼まれて人を待ってるんや」
「そうなのよね。もうすぐ来ると思うんだけど…」
二人の言葉を聞いて、エヴァは何かを思い出したように眼を細めた後、口元に小さく笑いを浮べながら、ロボに自分たちもこの場で待つように指示を出した。
ロボとしてはエヴァにそう言われれば、否と言うことはないのでその場で腹ばいになってのんびりとまつことにした。
「あ~、ふかふかや~」
「あ~、ふかふかだわ~」
「貴様ら少しは遠慮しろ! それにしてもふかふかだな」
「いつもより十五%増しでふかふかです」
そして一同は待っている間、ロボの毛に埋もれながらそのふかふか感を楽しんだり、時には肉球を触ったりして時間を潰していた。そんなことをしていると、ロボは駅の方に自分の知らない人物の大きな魔力を感じ取り、そちらに顔を向ける。
「こっちに来るまで待っていればいい」
だが、背中の上のエヴァにそう言われ、小さく鳴いてからまた伏せの状態に戻る。そんなエヴァとロボの遣り取りを木乃香達は不思議そうに見ている。
「あのー…」
二人がなんの事かとエヴァに聞く前に、不意に後ろから男性に声をかけられ、明日菜と木乃香が声のした方に視線を向けると、そこにはメガネをかけた一人の男の子が立っており、その男の子は…。
「あなた失恋の相が出ていますよ? それもかなりどぎついのが」
開口一番明日菜に向かってそう言い放つのであった。当の明日菜は余りの一言に最初呆然としていたが、すぐに言葉の内容を理解して、男の子に詰め寄っていく。
「ちょっと! いきなりなんてこというのよ!」
「す、すいません。でも、本当のことですよ?」
明日菜に詰め寄られながらも、男の子はそう言いいさらに明日菜の怒りが激しくなっていく。ロボは目の前いる大きな魔力の持主を見ながらも、主人であるエヴァが動こうとしないのでじっとして動かないままでいる。
「やぁネギ君久しぶりだね!」
「タカミチ!」
どうやらネギと呼ばれた男の子とタカミチは知合いのようで、なにやら話が弾んでいる。そんな光景をエヴァは黙って見ており、失恋の相が出ていると言われた明日菜は未だに怒りが収まらないようだった。
『?』
その時、ロボはネギから感じられる魔力が急に強くなったのに気がつき、ゆっくり起きあがると明日菜とネギの間に立つ。そんなネギの行動を明日菜は頭にハテナマークを浮かべながら見ていたのだが、その次の瞬間に…。
「ハクション!」
ネギがクシャミをし、それに併せてかなり強い魔力が放出されロボの体を突風が襲う。明日菜はいきなりの突風に驚いて目を白黒させていた。
「ロボ、そろそろ学校に行くぞ」
『わかりました御主人』
ロボは木乃香と明日菜に軽く頬ずりをしてから軽やかな足取りでこの場を去っていく。
「うわっ! おっきな犬ですね!」
「ロボ君は犬やあらへんで、狼や」
ロボがいなくなってからそのような会話がされていた。
ロボはエヴァを学校に送った後、家に戻りチャチャゼロとのんびり過ごしていた。のんびりと昼寝をしているロボの背中では、チャチャゼロが毛の中を泳いでいた。
『姉さん、あの五人組のあの人はカツラですかね?』
「ケケ、カツラジャネーカ?」
そんなことをエヴァ達が帰ってくるまで話し合っている二人であった。その後、学校が終わりエヴァ達が戻ってきたのだが、今日はクラスの新しい担任の歓迎会が催されているのを抜け出してきたそうだ。
「ふん、あんな物よりロボと一緒にいる方がいいからな」
エヴァがそう言いながら、ロボの背中でうつ伏せになって寝ころんで優しく背中を撫でまわすと、ロボはくすぐったそうに体を捩ってしまう。
「なんだ? くすぐったいのか? ほれ、ここか? ここがええんか?」
そういいながら、くすぐってくるエヴァにロボが身悶えながらもやめての視線を向けると、エヴァはロボをくすぐるのをやめて、正面からロボと見つめ合う。
「…」
二人は少しの間見つめ合った後…。
「好きだー! 大好きだー!! 愛してるー!!! めざせ阿部貞!!!!」
『御主人がついに!?』
エヴァはそう叫びながらいつの間にか正面に回り込んでロボに抱きつき、ロボはエヴァの発言に驚きながらも、力強く頬をすり寄せている。
「御主人トウトウ極メチマッタノカ…」
「さすがマスターです」
何を極めたのか、なにが流石なのかは解らないが、この主従にはそれだけで十分意味が解るようだった。そして、茶々丸とチャチャゼロもエヴァと同じようにロボに抱きつきながら、今日も日が暮れていくのだった。
※後書き
桜満開の花見日和、皆様いかがお過ごしでしょうか? 作者です。
三ヶ月と少しぶりの更新と相成りました。ホントにゆっくりとですが、改訂していきたいと思っておりますので、のんびりとお待ちいただければ幸いです。
それでは、お互いに花見の席での飲み過ぎに注意しながら、次回までしばしのお別れで御座います。
ではまた。