<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.1420の一覧
[0] 受検戦争[居紙 智喜](2006/07/23 17:26)
[1] Re:受検戦争[居紙 智喜](2006/07/23 17:36)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1420] 受検戦争
Name: 居紙 智喜 次を表示する
Date: 2006/07/23 17:26
風が吹いていた。
おだやかに。
ゆるやかに。
汗をかいた肌をそっと撫でていく。
そんな優しい風。
夏。
八月。
あの日、僕はそんな中、一人で絵を描いていた。
部室にこもって。
せっせ、せっせと絵を描いていた。
今、思えば。
あの日あの場所にいなければ僕の人生は全くの別物になっていたと思う。
たぶん。
・・・うん。
たぶんね。
今みたいに笑って毎日を生きてなかったと思う。
だから・・・
今もあの時のことはとても鮮烈に覚えてるし。
今でもよく思い出す。
彼女と出会った。
あの夏の日のことを。
白い雲と。
セミの大合唱と。
高く青い空。
やわらかい風が吹く、そんな中で。
僕達は出会ったんだ。


受験戦争

第一回。
小早川 遊

ゆっくりと。
風が吹いていた。
クーラーなんかじゃ無い、自然の風。
白いカーテンを揺らし、狭い教室の中を通過して、また世界をめぐる。
前髪を揺らされながら、そんなやわらかな風に満ちた空気を大きく吸いこんだ。
風の中に混じる秋の気配。
夏の終わりが近づいている。
海にも行った。
お祭りにも行った。
セミの鳴き声も堪能したし。
高校野球の応援にも行った。僕らの学校は甲子園まで後一歩の所まで行ったんだ。
秋。
まだまだ空は高いし。
セミも鳴いているし。
気温だって暑いけど。
ちらほらと秋の気配が近づいてる。
夏が終わる。
不思議と寂しさを感じた。
寂しさ・・・だと思う。他になんて表現しらいいのか分からないから。だけど嫌な感情じゃなくて・・・
それを絵で表現したいと思った。
だから僕は一人部室でスケッチブックに向かっていた。
美術部に入って二年目。
一本、一本線を重ねていく。
ただ・・・やっぱりテーマが抽象的なこともあって。どこかしっくり来なくて・・・
また僕は描きかけの絵を却下した。
テーマは決まっていても具体的に何を描こうかが決まらない。
やれやれ。どうしようかな。
迷っていた。
かれこれ一週間も。
描いては止め。
描いては止めを繰り返している。
まったく、どうしたものやら。
と。
そんな時だった。
ふと、誰かの声を聞いたような気がして。
外を見た。
誰もいない。
ん。
気のせい、かな?
夕焼けのグラウンド。
誰もいないグラウンド。
世界を淡く染める赤茶色と。
長く長く伸びる黒い影。
セミの鳴き声と、草むらで鳴き出す夜の虫の声。
それ以外には何も聞こえてこない。
やっぱり気のせいかな?
それよりも・・・もうこんな時間になっていたらしい。
そろそろ帰ろうか。
思った。
どうやら僕は一度絵に集中しだすと時間を忘れてしまうようで。そのせいで授業をサボってしまったことも一度や二度じゃなかった。
帰ろう。
思ってカバンを持ち上げた所で、また何か物音がした。
気のせいじゃない。
やっぱり誰かがいる。
耳を澄ます。
音。
息を吸う音。
鼻をすする音。
聞こえてきた、それは・・・
ああ・・・
これは。
これは泣き声だ・・・
窓の外。
誰だかは分からない。
だけど誰かが・・・泣いている。
キュッ。
蛇口をひねる音。
水が流れる音が続く。
僕は足音を殺してそっと窓に近づいた。
部室の前にある、校庭の隅の水のみ場。
陸上部のユニフォームを着た女の子が、そこで流れる水に顔を突っ込んでいた。
だけど。
それでも。
嗚咽は止まらないようで。
徐々にそれは泣き声として形作られていく。
彼女は僕に気づいていなくて。
ずっと水流に顔をつっこんだまま。
体を震わせていた。
僕は。
そっと椅子を引き寄せて、窓枠に頬杖をつきながら、そんな彼女を見ていた。
声をかけるべきか、かけざるべきか。
迷っていた。
「先輩」
不意に声がした。
気がつけばまた別の子が近づいて来ている。
数秒。
間があった。
「ん?」
そして。
そう言って水の中から顔を上げた彼女は・・・微笑んでいた。
自然な笑顔。
今まで泣いていたとは決して思わせない。
見事な笑顔。
だけど目が赤いのは夕日のせいなんかじゃなくて・・・
ああ、うん・・・
なんと言うんだろう。
強い?
綺麗?
分からない。
どう表現すればいいのか。
だけど惹きつけられた。強く。
それだけは分かった。
「あの・・・お疲れ様でした・・・」
「はは、うん、ありがとう。負けちゃったけどね」
言って肩をすくめ笑う。
見事なもので・・・
先ほどまで泣いていたとはとても思えなかった。
「だけど・・・でも・・カッコよかったです」
なんと言えばいいのか分からない。
だけど。それでも。
何か言いたい。
後輩の子からはそんな姿勢が伝わってきていて。
慕われているんだ。きっと。
「来年さ・・・頑張って。私達の分まで」
彼女はそっと後輩の頭に手をのせ。そう告げた。
「はい・・・はい!」
「うん。じゃあ、もう帰りなさい。遅いし。お母さんが心配するでしょ?」
「はい・・・あの、先輩は?」
「ん、私?私は、まだちょっと片付けがあるから」
「はい・・・分かりました。あの、先輩・・・」
「ん?」
「お疲れ様でした!」
そう言うと後輩の子は勢い良く頭を下げて走り去っていった。
彼女はそれをじっと見送って。
後輩の子がいなくなってもしばらくそのままで。
だけどついには力尽きたように。
ずるずるとその場に座り込んだ。
何を思っているんだろう。
ぼーっと空を眺めている。
赤い空はそろそろ暗くなってきて、星がいくつか輝きだしていた。
僕は部屋の電気もつけず、そんな彼女を眺めていた。
不意に彼女の顔が歪む。
水。水滴。涙。
瞳には限界量があって。
そこを越えたら・・・もう、こぼれるしかなくて。
頬を伝ってユニフォームに落ちた。
一滴、二滴。
やがて、それは流れとなって止まらなくなった。
何に悲しんでいるのかは。
さっきの後輩の子との会話から、予想出来た。
試合に負けた。
三年。最後の試合に負けた。
そういうことだと思う。
・・・
・・・・・
ああ、これだ・・・
夏の終わり。
どこかに感じる寂しさ。
だけど、どこかに芯があって。
強く。
美しい。
彼女を描きたいと思った。
一度浮かんだその感情は止めることができなくて。
「よっと」
窓の枠に足を乗せてグラウンドへと飛び降りた。
「はじめまして」
 何を言おうか考えていなかった。
考える前に体が動いていた。
「小早川 遊っていいます。よろしく」
気がつけば僕はグラウンドに降り立ってそう言っていた。


次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.030519008636475