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No.14098の一覧
[0] 【習作】マリア様がよそみしてる(マリみて 祐麒逆行・TS)[元素記号Co](2011/03/15 17:55)
[1] その一・たぶんお釈迦様もよそみしてる[元素記号Co](2010/07/28 20:55)
[2] その二・昔取った杵柄[元素記号Co](2010/07/27 00:47)
[3] その三・いつかきっと[元素記号Co](2010/07/27 00:47)
[4] その四・後悔しない選択[元素記号Co](2010/07/27 00:47)
[5] その五・過大評価[元素記号Co](2010/07/27 00:48)
[6] その六・契りを結んだ人[元素記号Co](2010/07/27 00:49)
[7] その七・性格の悪い友人たち[元素記号Co](2010/07/27 00:49)
[8] その八・薔薇と会った日[元素記号Co](2010/07/27 00:52)
[9] その九・悪事でなくとも千里を走る[元素記号Co](2010/07/27 00:50)
[10] その十・薔薇はつぼみより芳し[元素記号Co](2010/07/27 00:40)
[11] その十一・知らぬは本人ばかりなり[元素記号Co](2010/07/28 21:24)
[12] その十ニ・遠回りする好意[元素記号Co](2010/09/14 18:21)
[13] 後書き(随時更新)[元素記号Co](2010/09/14 21:09)
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[14098] その八・薔薇と会った日
Name: 元素記号Co◆44e71aad ID:0e0eab5a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/27 00:52
 祐麒たちはまず二年松組を訪ねてみたが、祥子さまは既に教室を出た後だった。薔薇の館へ向かうために校舎を出たところで、返し忘れていた写真を蔦子さんに渡す。
「そういえば、その写真いつの間に現像したの? 今朝あったばかりのことなのに」
 返すついでに尋ねると、蔦子さんは胸を張って答えた。
「そりゃあ、お昼休みに特急で焼いたに決まっているじゃない。撮った瞬間に分かることがあるのよ。これは良い写真、ってね。だから一刻も早く現像したかったの」
 少しばかり格好をつけて笑った蔦子さんだったけれど、お腹がぐうと鳴ったのであまり決まってはいない。特急現像の代償は、蔦子さんのお昼ご飯を食べる時間だったわけだ。
 それにしても、なんで薔薇の館は外にあるのだろう。祐麒はふとした疑問を覚える。
 祐巳は「誰にでも親しまれる山百合会」というのを目標に掲げていたはずだけれど、そもそも立地が悪すぎる。薔薇の館が完全に校舎から切り離されているおかげで、山百合会に用事のある人でなければ、薔薇の館に近づく必要がないのだ。これでは、薔薇の館の敷居が高くなるばかりである。怖いもの知らずの蔦子さんでさえ、一人で訪ねるのを躊躇するくらいなのだ。
 実際、ようやく中庭の隅にある薔薇の館の前に到着した二人だったが、中に入る踏ん切りがつかずに入り口で立ち止まってしまった。
 祐麒は一応、学園祭の準備などで何度か入ったことがあるけれど、それでもアウェーということにかわりは無い。それに、祐希としては初めて訪ねる場所である。先に立って踏み込むようなことはできず、今回の訪問の主役である蔦子さんの半歩後ろで待機するだけだ。
 蔦子さんは大きく深呼吸して、覚悟を決めたようだった。その右手が入り口の扉にかけられようとしたその時、狙いすましたようなタイミングで声がした。
「薔薇の館に、何かご用?」
 同時にびくりと肩を震わせて、二人は振り向いた。そこにはいつの間にやってきたのか、穏やかに微笑む志摩子さんが立っていた。
「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったのだけれど」
 祐麒たちの過敏な反応に、志摩子さんは申し訳なさそうな顔をする。祐麒たちも別に悪いことをしていたわけではないが、慣れない場所に顔を出すときは、やはり緊張してしまう。
 蔦子さんはすぐに気を取り直したのか、志摩子さんに向かって笑顔を見せる。
「私たち、紅薔薇のつぼみに用事があってきたのだけれど、取り次いでもらっても良いかしら」
「あら、祥子さまに? だったら中にいらっしゃるはずよ。今日は学園祭についての会議をする予定だから」
 そう言うと、祐麒たちの横を抜けた志摩子さんはあっさりと入り口のドアを開けて、中に踏み込む。白薔薇のつぼみとなった志摩子さんは、名実共に薔薇の館の住人なのだった。
 そして、祐麒たちに向かって手招きをする。
「どうぞ、お上がりになって」
 祐麒と蔦子さんは、一度顔を見合わせてから、扉の内側へ歩を進めた。

 木造の急な階段は、一段登る度にぎっぎっと軋る。祐麒は少し足を速めて志摩子さんに近づき声をかけた。
「勝手に私たちを中に入れて大丈夫?」
 祐麒たちは部外者だ。白薔薇のつぼみとはいえ、一年生である志摩子さんの一存で自分たちを招き入れてしまって良かったのだろうか。咎められたときに責任を取ることになるのは、志摩子さんなのだ。
「あら祐希さん、自分で言ったことを忘れたの? リリアンの生徒はみんな、山百合会の一員なのよ。いつでも遊びにいらして」
 志摩子さんは一度言葉を切ると、小さく笑った。
「本当に忙しいときに来たら、この前までの私みたいにお手伝いすることになるかもしれないけれど」
 冗談を言う志摩子さんとは、珍しいものを見てしまった。祐麒からすると、志摩子さんにはどうしても生真面目なイメージがあったのだ。
「お手伝いかー。うん、手が足りないときは、声をかけてね。体力はある方だし」
 むん、と力こぶを作ってみせる祐麒。男だったころとは比べるべくも無いが、引退したとは言え祐希も元運動部だ。それなりに筋肉もついている。
 いつだったか、姉の肩を揉んだときは、がちがちに凝り固まっていた。女の子しかいないからこそ、力仕事を出来る人間が多くて困ることはないはずだ。
 志摩子さんと祐麒の後ろを歩く形になっていた蔦子さんが、ははあと声を上げた。
「祐希さん、志摩子さんと仲が良かったのねえ」
 蔦子さんはふむふむとうなずいている。祐麒の意外な交友関係に思いをめぐらせているのかもしれない。
「横暴ですわ。お姉さまのいじわる!」
 階段を登り切ったとき、正面にあるビスケットっぽい形の扉の向こうから声がした。部屋の外まで聞こえてくるとは、結構な大声だ。
「あ、良かった。祥子さま、いらっしゃるみたい」
 志摩子さんが呟く。
 聞き覚えがあると思ったけれど、どうやら声の主は祥子さまだったらしい。冗談を言う志摩子さんもそうだが、いじわる、と声を荒げる祥子さまというのも、祐麒のイメージの外である。
 男嫌いで、高いところと乗り物が苦手で、ちょっと偏食気味でと、いろいろ弱い部分を持っているのは知っていたけれど、こういう子どもっぽい発言をする人とは思っていなかった。誰にでも、身内にだけ見せる表情というのがあるものだ。
「わかりました。今すぐここに連れてくれば良いのでしょう」
 部屋の中の口論は続いているようだが、聞こえてくるのは祥子さまの声ばかりだ。随分と感情的になっているらしい。
 志摩子さんはそんな祥子さまの様子に慣れているのか、涼しい顔のままビスケット扉を開いた。
 同時に、部屋の中から人が飛び出してきた。ちょうど取っ手に手をかけようとしたところで扉が開いたために、バランスを崩してしまったらしい。
 志摩子さんは扉の陰に立っている。蔦子さんは祐麒の後ろにいた。あ、と思ったときにはもうその人は祐麒の目の前にいた。
「きゃっ」
「うわっ」
 予想できていれば踏ん張りも効いただろうけれど、不意を打たれてはどうすることもできない。祐麒はバランスを崩して後ろに倒れこんだ。



【マリア様がよそみしてる ~その八・薔薇と会った日~】



「ちょっと、大丈夫」
「あらら、祥子の五十キロに潰されちゃったの。悲惨……」
 部屋の中からいくつかの声が飛んでくる。自失していたのは一瞬だけで、祐麒はすぐに気を取り直した。お尻を打ったのか、少し痛い。こんなことなら、花寺で受けた武道の授業中に、もう少し真面目に受身を練習しておけば良かった。
「ごめんなさい。あなた、大丈夫? 潰れていない?」
 間近で祥子さまの声がした。というか、祐麒の上にのしかかるような感じで倒れこんだのだから、当たり前だ。
「うああっ!」
 目の前数センチにあった祥子さまの顔に驚いて、祐麒は尻餅をついた体勢のままで素早く後ずさった。
「だ、大丈夫です。はい、何も問題ありません」
 安心できるところまで距離をとってから、祐麒は飛び起きた。壊れた人形のようにがくがくと頭を振ってうなずく。倒れこんだときに重さと一緒に感じた柔らかいものはやっぱり……いや、何も感じていない。祐麒は精神の平穏のために無かったことにした。
 挙動不審ではあるが元気そうな祐麒の様子を見て安心したのか、祥子さまは優雅に微笑んだ。
「そう、良かった。本当にごめんなさいね」
 祥子さまはいたって自然に歩み寄ってきて、祐麒のスカートの埃を払うようにぽんぽんと叩いた。いきなりの再接近に、祐麒の体が固まる。ほとんど、正面から抱きつかれたような体勢なのである。
 そして、祥子さまは祐麒にだけ聞こえるような小さな声で問いかけた。
「ときにあなた、一年生ね。お姉さまはいて?」
 何故ここで姉が出てくるのかは分からないけれど、この内緒話を終えない限り祥子さまが離れてくれないことだけは分かった。
「は、い、いませんけれど」
 同じく、祥子さまにだけ聞こえるような声で答える。ここで言う姉とは、もちろん祐巳のことではなく、グラン・スールのことだろう。そもそも、こちらの世界の祐巳は姉ではなく兄である。
「結構。一緒に来て」
 何が結構なのかは分からないが、祥子さまは一つうなずくと、祐麒の手を掴んで部屋の入り口へ誘導した。
 部屋の中から五人分の視線が飛んでくる。何が始まるのかという目を向けられても、それは祐麒にも分からない。たぶん、今この場にいるメンバーの中で、最も状況を把握できていないのは他ならぬ祐麒だろう。次点は同率で蔦子さん、と言いたいところだが、彼女なら少ない情報からいろいろなことを読み取っていそうな気もする。
「お姉さま、先ほどの約束を果たさせてもらいますわ」
 毅然とした表情で、祥子さまが口を開いた。
「あなた、自己紹介なさい」
 促され、訳が分からないながらも祐麒は名乗る。
「一年桃組の福沢祐希、です」
「フクザワユウキさん。漢字でどう書くの?」
 正面に座る紅薔薇さまの問いにも素直に答える。とりあえずの区切りをつけて、蔦子さんに場を譲らなければならない。
「福沢諭吉の福沢。しめすへんに右で祐。それから希望の希、です」
 テストなどで何度も名前を書いているからか、桃組での自己紹介のように麒麟の麒と言いかけることもなかった。
 祐希であることに随分慣れてしまったのだなと、少し複雑な気分の祐麒に構うことなく、室内と祥子さまのやりとりは続いている。それを横目で見ながら、祐麒はこの話がどこに落ち着くのかとぼんやり考えてみる。まさか、という思いはある。けれど同時に、そんな馬鹿なという意識がその考えを否定する。
 しかし、そのまさかは現実になった。
 祥子さまが、宣言する。
「私、小笠原祥子は、この福沢祐希を妹にしますわ」
 薔薇の館から音が消えたように感じた。その静寂が無かったら、祐麒は「はあ?」と大声を上げるところだったろう。口を開いたら何かが壊れると確信してしまうような沈黙。それを破ったのは、祥子さまの姉である紅薔薇さまだった。
「立ち話で済ませられる話では無いわ。中にお入りなさい。志摩子と、後ろのお客さまも」
 紅薔薇さまが小さくため息をついたように見えたのは、祐麒の気のせいだろうか。

「どうぞ」
 薔薇さまファミリーに蔦子さんと祐麒をプラスして、合計九人の大所帯となった薔薇の館。テーブルについた祐麒たちに紅茶を出してくれたのは、長い髪を二本の三つ編みにした島津由乃さんだった。
「ミルクとお砂糖は?」
 そう問いかけて笑う顔はとてもかわいらしいけれど、祐麒はそれが特大の猫だと知っている。遊園地で味わったコーヒーカップの恐怖は忘れていない。
「いえ、結構です。ありがとうございます」
 甘いほうが好みではあるけれど、何も入れなくても飲める。こういう細かいところであっても、数が積もれば大量の糖分になるのだ。間食制限は未だ続行中である。
 テーブルの向かい側に座るのは紅薔薇さま。その両隣には白薔薇さまと黄薔薇さま。この二人は成り行きを見守るというよりもむしろ、楽しむような面持ちでこちらを見ている。さらに、テーブルの右手側には志摩子さんが座っている。黄薔薇のつぼみである令さまは、流しの前に椅子を出して座っている。この件については静観する構えのようだ。隣の空席には祐麒たちに紅茶を配っている由乃さんが座るのだろう。
 そして、祐麒の両隣には祥子さまと蔦子さんが居る。この配置だと、まるで自分がこれからのお話のメイン人物のようだ。いや実際、先ほどの祥子さまの宣言が本気だとしたらメイン中のメインではあるのだけれど。
 由乃さんがお茶を配り終わって令さまの隣に座る。仕切りなおすように、紅薔薇さまがこほんと咳払いをした。
「さて、どういうことか説明してもらいましょうか」
「どうもこうもありませんわ。祐希を私の妹にします」
 先ほどと同じことを祥子さまが繰り返す。そこに口を挟んだのは、白薔薇さまだ。
「祥子の言い分はさっき聞いた。でも私としては、祐希ちゃんの考えを聞きたいね。私には状況がつかめてなくて困っているように見えるのだけれど」
 ご名答。見事な観察眼、と言いたいところだが、祐巳ほどでは無くともすぐ顔に出る性質だということは理解している。顔にでかでかと「何この状況」と書いてあったのだろう。
「問い質すようなことをしてごめんなさいね、祐希ちゃん。もちろん誰かの妹となることに何の資格も必要ないけれど、それが祥子の妹ということになると、姉としても薔薇の館の仲間としても、私たちは気にせずにいられないの」
 わかってくれるわね、と紅薔薇さまが祐麒の目を見る。
 それは理解できる。祐麒がわからないのは、自分が突然祥子さまの妹にされかけている理由の方だ。
 無理やり理由を考えてみろと言われれば、今朝の一件で祐麒に一目ぼれした祥子さまが、どこの馬の骨とも分からない女生徒を妹にすると薔薇の館で宣言し、たしなめられているところに当の本人である祐麒が登場、なんていうリアリティの無い想像しか出てこない。
 いや、例えば元の世界の姉と祥子さまなら、相性が良すぎてそういうこともあったのかもしれないが、祐巳ならざるこの身としては、その可能性はありえないと断言できる。
「あの……」
「あなたは黙っていらっしゃい。私に任せておけば良いの」
 質問しようと口を開けば、祥子さまに止められた。任せてと言われても、何を任せているのかわからないのだから、困ってしまう。
 ちらりと視線を送ると、蔦子さんが小さくうなずいた。その目が「貸し一よ」と言っているように見えたけれど、きっと気のせいだ。
「よろしいでしょうか」
 蔦子さんがすっと手を上げて発言した。
 祐麒を挟んだ向こうからの伏兵には、さすがの祥子さまも反応できなかったようだ。
「あなたは……武嶋蔦子さんね。何かしら」
「見知り置いてくださっていたようで光栄です」
 蔦子さんがぺこりと頭を下げた。
「祐希ちゃんならともかく、あなたのことを知らない人はそういないのではないかしら。写真部のエースさん」
 黄薔薇さまの台詞に、そりゃそうだと内心でうなずく祐麒。そんな祐麒を、由乃さんが意味ありげな目で見てきた。祐希のことを知っているのだろうか。もしかしたら中等部のころに同じクラスになったことがあるのかもしれない。家に帰ったらアルバムで確認しておこう。
 こほん、と一つ咳払いをして照れを払った蔦子さんが、改めて口を開く。
「同席を許されたということで贅沢を言わせて貰いたいのですが、私には話が全然見えません。よろしければ、ことの経緯を説明していただけないでしょうか」
「そうね、もっともだわ」
 うなずいた紅薔薇さまが、顛末を語る。
 すぐ近くに迫った学園祭での山百合会の出し物、シンデレラのこと。シンデレラ役をするはずの祥子さまが、今日になってからやりたくないと言い出したこと。王子役としてはミスターリリアンの令さまではなく、隣の花寺学院から生徒会長を客演として呼んでいるということ。途中、祥子さまが何度か口を挟んでいたが、大枠としてはそういうことらしかった。
「男の人が苦手だから、なんていう理由で今さら役を降りられては困るのよ」
「男嫌い……ですか」
 口に出して呟いてはみたが、もちろん祐麒はそのこと知っていた。だが、疑問も残る。花寺の生徒会長と言えば、当然のことながら柏木先輩だ。祥子さまの従兄弟で、元の世界では結局解消となったらしいが、今のところは許婚でもある。
 祐麒からしてみると、この二人は決して仲が悪いようには見えなかった。お互いの良いところも悪いところもそれなりに理解していて、男女の仲では無かったにしても「男嫌い」の範疇には入っていなかったと思うのだ。
 難しい顔で考え込んでしまった祐麒だったが、もう一つ大きな疑問点が残っていることに気づいた。いや、志摩子さんが気づかせてくれた。
「お話は分かりましたけれど、それと祐希さんが祥子さまの妹になることと、どういった関わりがあるのでしょうか?」
「さて、どうしてだろうね」
 韜晦するように言ったのは、志摩子さんの姉である白薔薇さまだ。その言葉に反応した祥子さまが、紅薔薇さまを鋭い目で見て口を開く。
「お姉さまが私の言うことに全く取り合わず、妹も作れない人の話を聞く気は無い、なんて言うからですわ」
「だからって、部屋を出てそこにいたからという理由で妹にするのはおかしいんじゃない? わらしべ長者じゃあるまいし」
 絶句した祐麒をしり目に、白薔薇さまがやれやれという表情で首を振った。
 祐麒も同じ思いである。そんな馬鹿な話ってあるだろうか。……いや、祐麒は柏木先輩に似たようなことをされていた。初めて話をしたそのときに、生徒手帳に花押を書かれていたのだ。祥子さまの場合は今朝の出来事というワンクッションがあるだけ、ましなのかもしれない。
「祐希さんと祥子さまが先ほど初めて会った、とは限らないと思うのですけれど」
 喧々囂々とやり合っていた薔薇さまたちと祥子さまの間に待ったをかけたのは、またも志摩子さんだった。蔦子さんや祐麒ではなかなか口を挟めないところにすっと切り込む様は、とても頼りになる。
「どういうことかしら?」
 一歩引いた視点にいるのか、比較的落ち着いていた黄薔薇さまが志摩子さんに問いかける。
「祐希さんたちは、祥子さまを訪ねて薔薇の館にいらっしゃったんです。以前から知り合いだったのではないかしら」
 そうなの? という感じの視線が三薔薇さまから集中する。
「はい、証拠もここに」
 場が静まったところで、待ってましたとばかりに蔦子さんが今朝の写真を机の上に置いた。いつの間にポケットから取り出していたのか。というか、以前からも何もそれが初の邂逅なわけで、この場では余計に話をややこしくするだけだと思うのだけど、そこのところどうなんだろうか、蔦子さん。あとで問い詰めなければならない。
「へえ、これは」
 蔦子さんの正面に座っていた白薔薇さまが写真を取り上げて、しげしげと眺める。そのまま写真は回覧されて、あらあらだの良く撮れているじゃないだのと好き勝手な感想を言われる。部屋の隅で静観していた令さまと由乃さんまで、どれどれと覗きに来る始末だった。
 しかし祥子さまは、一度写真を見たあと、眉の間に少しだけ皺を寄せていた。この顔はまさか、と思う祐麒。そして祥子さまは口の中だけで小さく呟いた。けれど、隣に座っている祐麒は聞き逃さなかった。祥子さまは「いつ会ったかしら」と、確かにそう言った。
 さらに祥子さまは表情を改めると、その舌の根も乾かないうちに、その写真を根拠として祐麒との姉妹関係を認めるよう説得を始めた。
 頭にかっと血が上ったのを、祐麒は自覚した。
 それは、無しだ。
 柏木先輩もほとんど初対面で、同意すら確認されなかったけれど、それでもおそらくは、恐れることなく生徒会長に噛み付いてきた変わり者、あるいは面白い奴として認識した上で、祐麒を烏帽子子に選んだのだ。
 けれど祥子さまが今やろうとしていることは、そうじゃない。誰でも良いのだ、とにかくシンデレラから降りることができるのならば。
 祥子さまがこんなことをする人だとは、思わなかった。もしかしたらこれと似たような状況で妹にされてしまったのかも知れない祐巳を思うと、その後の楽しそうな姉を知っているだけに腹が立った。そして祐麒と入れ替わらなければ、祐希もまたこの立場にいたのだろうと思うと、やり切れなかった。
「分かったわ。百歩譲って、祥子と祐希ちゃんを姉妹だとしましょう」
 紅薔薇さまが静かに言う。
「それでは……」
「でも、シンデレラ役を降りることは許しません」
 勢い込んで言葉を続けようとした祥子さまの言葉がさえぎられる。
「そんな、話が違いますわ!」
「いいえ、私は祥子の言い分を聞くと言っただけ。そして言い分を聞いた上で、男嫌いであるということは、シンデレラ役を降りるに足る理由とは言えない。祥子には学園祭でシンデレラをやってもらうわ」
「くっ」
 完全に言い負かされて席を立った祥子さまを、紅薔薇さまが呼び止めた。
「お待ちなさい」
「……なんでしょうか」
「もう一度聞くわ。祐希ちゃんはあなたの何?」
 祥子さまはすっと背筋を伸ばして、答えた。
「祐希は私の妹です。まだロザリオは渡していませんけれど、お望みなら今この場で授受しても構いません」
 それはたぶん祥子さまなりのけじめ、なのだろう。要求を蹴られたからといって、一度宣言したことを反故にしたりはしない。だが、そういう問題ではないのだ。福沢祐希という個人を認識していないのだったら、そんな潔さはいっそうこちらをみじめにさせるだけだ。
「そう、良かったわ。もしも前言を撤回するようだったら、あなたと姉妹の縁を切らなければいけないところだった。でもどちらにしろ、今の祥子には妹を持つ資格はないわね」
 ついさっき、祐麒に向かって妹になるために資格は要らないと言った紅薔薇さまは、祥子さまに姉の資格がないと言う。
 紅薔薇さまが祐麒を見る。その目が申し訳なさそうな色をしているのを見て、頭が冷えた。
「祐希ちゃん。祥子の申し込み、受けてくれるかしら」
 その声は、確認ですらなかった。だから祐麒も、すでに紅薔薇さまに予想されているだろう答えを迷い無く返すことができた。
「お断りします」
 紅薔薇さまはでしょうね、とうなずく。
「なぜ、と聞く権利が私にはあるはずよね」
 隣から抑えた声がした。立ち上がった祥子さまが、祐麒を見下ろしている。
「ないわよ」
 ぴしゃりと言い切ったのは、紅薔薇さまだった。
「祥子。あなた、さっきから祐希ちゃんがすごく怒っていたのに気づいていて?」
 そう口にした紅薔薇さまの方こそ、怒っているように見えた。声を荒げているわけでもないのに、祐麒にはそう思えた。
 隣に立っている祥子さまが、ぐっと気圧された。
「姉妹というのが一体何なのか、もう一度良く考えてみなさい」
 紅薔薇さまが言葉を切ると、室内に再び沈黙が落ちる。
「……頭を、冷やしてきます」
 ぽつりと呟いた祥子さまは、失礼しますと言い置いて、部屋から出て行ってしまった。
 さすがに、こんな展開は予想もしていなかった。祐麒はただ、蔦子さんの付き添いでやってきただけだったのに。
 今さらになって、祐麒の心を後悔の念が襲う。断るにしても、もっと穏便なやり方があったはずだ。学園祭を前にしたこの時期に、なぜ山百合会の結束に亀裂をいれるような馬鹿な真似をしてしまったのだろうか。
「祐希ちゃん」
 声をかけられて、いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げる。
「あなたが気に病むことは何もないわ。おかしなことに巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
 そう言って、紅薔薇さまは頭を下げた。
「そんな、そんなことありません。お顔を上げてください、紅薔薇さま。私の方こそ、こんな事態になってしまって……」
 気まずい空気を打ち払うように、明るい声を上げたのは白薔薇さまだった。
「ま、過ぎたことは仕方ない。それをどうにかするのが山百合会よ。それより、祥子に何か用事があったんじゃないの? 私たちでも対応できることかな」
 本来は蔦子さんが話を進めるのが筋なのだろうが、祐麒も当事者の一人ではある。祐麒はその気遣いにありがたくすがらせてもらった。
「実は、先ほどの写真を、学園祭で写真部の展示に使う許可をいただきに来たんです」
 続きは任せた、という視線を蔦子さんに送る。
「ええ。ですから私たちの用事は祥子さまでないと駄目なんです。機会を……改めてももう無理かもしれませんが、今日のところは失礼します」
 蔦子さんがぺこりと頭を下げたので、祐麒もそれに倣う。
 そうだ。祐麒のせいで、蔦子さんの写真が展示される目もなくなってしまったのだ。祐巳の代わりをするどころか、逆のことばかりしてしまっている気がする。
 祐麒たちが席から立つと、紅薔薇さまが声をかけてきた。
「今の時期なら誰かしらいるはずだから、いつでも訪ねて来て大丈夫よ。それから、祐希ちゃん。こんなことを言うのは図々しいと分かっているのだけど……」
 紅薔薇さまはそこで一度言葉を切った。
「できれば、祥子を嫌いにならないであげてちょうだい」
 祥子さまを嫌いになる。
 その言葉に、祐麒はゆっくりと目を閉じた。
 祐巳と共に過ごした祥子さまを知っている。
 花寺の学園祭、パンダの着ぐるみで誰だか分からないはずの祐巳を、遠目から見分けたことを知っている。苦手なはずの高いところから、ためらわずに駆け下りて、祐巳のもとへ走ったことを知っている。
 たとえ出会いが今のようにひどいものだったのだとしても、その後の二人の関係を、祐麒は知っているのだ。
 祐麒は閉じたときと同じように、ゆっくりと目を開いた。
「嫌いになんて、なれるはずがありませんよ」
「……そう、ありがとう」
 祐麒の返答に、紅薔薇さまは優しく微笑んだ。

   <薔薇と会った日・了>




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