地上に到着したニーナが見た光景とは、ある意味飛びっ切りの異常事態だった。
端的に言ってしまうと、ナルキの膝枕でフェリが昼寝をしていたのだ。
い、いや。何を言っているのか分からないと自分でも思うので、瞳を閉じて大きく深呼吸をして、もう一度現実と向き合った。
「・・・・・・・」
やはり、フェリがナルキの膝枕で昼寝をしている。
だがしかし、何時までも混乱しているわけにはいかないのも事実なので、現状を詳しく観察してみることとした。
まず第一に、眠っているフェリの表情だが、やや血色が悪く眉間に皺が寄っていることが分かる。
次に、ナルキの表情も非常に険しく、戦闘直前の武芸者のそれである。
更に、非常用に用意された水筒の蓋が開けられて、五本全てが空になって転がっている。
そして、何か嘔吐した物と思える跡が近くに有り、それに土をかけているレイフォンを確認出来る。
「ああ。何が有ったのか聞いて良いか?」
「はい。ただ、第五小隊の皆さんがこちらに来ているようですので、到着後でもよろしいですか?」
やっとの事で平静を取り戻したシャーニッドの要求に対して、ナルキが厳しい視線をフェリに送ったまま答えた。
突然、フェリとの連絡が取れなくなったことは第五小隊の念威繰者にも分かったはずだ。
ならば、当然こちらに異常事態が起こったことも予測できるので、辺りを警戒しつつ接近してくることは当然である。
そして、同じ説明を何度も繰り返すという無駄な努力をするのは、誰だって嫌な物だ。
「分かった。第五小隊が来るまで待とう」
シャーニッドとレイフォンとアイコンタクトを取り了承の意思を確認した後、ニーナが代表して答えた。
とは言え、どんな事態になっているのか早く知りたいという欲求は収まるところを知らない。
なので視線を他に放ってみて、何か事態を予測できる物がないかを探してみる。
フェリが後生大事に持ち歩いていた、お菓子の大量に入った鞄が目に止まった。
何故か蓋が開け放たれ、幾つか地面に零れているが、これが原因であるとは考えられない。
だがしかし、他に何か異常を訴えかけるような物は存在していないので、最初から手詰まりだ。
だが、やはり第五小隊は違った。
その驚くべき統率力と機動力を駆使して、僅かな時間でニーナ達と合流してきたのだ。
これで事の顛末を聞くことが出来る。
やや不思議なことと言えば、全員が若干息を荒くしているところが上げられるが、それはフェリが突然倒れたことに比べたらどうと言う事はない、些細な出来事だ。
「早かったですね」
「ああ。墓荒らしまがいのことをやってしまってな。罪悪感というか居心地の悪さというかを感じていたのだ。そして埋め終わった直後にロスからの念威が途絶えた」
「ああ。それで全力だったんですね」
やや驚き気味だったレイフォンとゴルネオとの会話を聞く内に、死者の眠りを妨げるような行為をしていたことに、若干の怒りを覚えたが、それでもツェルニの安全を確保するためには仕方が無いことなのかも知れないと、かなり無理矢理に自分を納得させた。
ゴルネオを筆頭に、全員の顔色が悪いことも、声を出さなかったことの一因だろうが。
「それで、何が起こったのだ?」
レイフォンとの会話を終えて、息を整えたゴルネオの視線がナルキを捉える。
ナルキ以外にここに居なかった以上、聞くべき人間は彼女しかいない。
「全く不明なのですが、お菓子を食べながら機関部を調査していたフェリ先輩が、いきなり泡を吹いて倒れまして」
「他のことをしながら食べると危険なのに。喉に詰まらせたのかな?」
レイフォンが微妙に間の抜けた言葉で続きを促す。
だがしかし、突然のフェリの昏倒を考えれば、無いと言い切ることは出来ないのもまた事実だ。
「ああ。私もそう思って呼気で吐き出させようとしたのだが、呼吸は浅くて早かったがそれ以外の異常はなかった」
「? じゃあ、なんで倒れたんだろう?」
喉に詰まらせたのでなければ、原因は更に不明となってしまう。
その後ナルキがどう言う行動を取ったのかも、非常に疑問である。
「ああ。さっぱり分からなかったんだが、何かの理由で毒物でも混入していたのかも知れないと思って」
「いやいや。メイシェンのお菓子にそんな物は入ってないよ」
「私もそう思うんだが、取り合えず胃洗浄をやってみたんだ」
ナルキの視線が嘔吐物を埋めた辺りに向けられる。
これで一つ謎が解けたと言って良いのかも知れない。
「胃洗浄をしたら、何故か呼吸が落ち着いて血色が良くなった。やはりお菓子に何か原因があったと思う」
「うぅぅぅん? メイシェンのお菓子だよ? それだったら僕が作った朝食の方がよっぽど疑わしくない?」
「いや。朝食が原因だったら、突然意識不明になったりしないだろう」
「それもそうだけれど」
「それ以前に、他の人に症状が全く出ていないじゃないか」
何しろメイシェンの作ったお菓子が疑われているので、レイフォンとしても全力で疑いを晴らしたいようだが、残念なことに状況証拠は全てお菓子を指し示している。
いや。それ以前に頭を使って事件を解決するのは専門外だと言いながら、立派に状況から推論を立てているナルキに少々感心してしまってもいた。
この調子で、この都市で何が有ったかも解き明かしてくれればいいのにと、ほんの少しだけ思ってしまったが、これは全く話が別である。
「でも、痛んでいたとか汚染物質に汚染されていたとかじゃないなら、身体に悪い物が入っているわけが・・・・・・・・・・。あれ?」
更に弁護しようとしたレイフォンが、散らばっているお菓子の一つを注視して、そして疑問の声を上げた。
そして何故か、復元状態だった鋼糸を使い、一つを慎重に持ち上げる。
「これって?」
「なんだ?」
疑問に思っているのは、この場にいる全員であり、そして全ての視線がレイフォンが持ち上げたお菓子に集中する。
それは、なにやら焼け跡が痛々しい茶色の物体だった。
何故焼け跡が痛々しいなどという表現が出てきたか非常に疑問ではあるのだが、これ以上的確に表現する言葉をニーナは知らない。
「メイのじゃないよな、それ」
「違うと思うというか、絶対に違う」
本格的に疑問に思っている全員が見詰める前で、その茶色の物体がゆっくりと回転する。
形が非常にいびつだった。
痛々しく焼けた場所と、殆ど生ではないかと思える場所が混在していた。
既に売れるだけのお菓子を作れるメイシェンが、こんな失敗作を創り出すはずはない。
では、一体これは何処から出てきたのだろうかと、疑問に思った矢先。
「ああそれ、私のおやつボックスに何時の間にか入っていた怖いお菓子だ」
「な、なんだ? 怖いお菓子だと?」
いきなり叫んだシャンテの台詞に対して、オウム返しの反応しかできないゴルネオの気持ちは十分に理解できる。
ニーナだって全く意味不明だし、他の隊員も全く理解できていないようだ。
「おう! 昨日ロスが私のおやつボックスを弄っていたから、取られていないか確かめたんだ」
「数えているのかお前は?」
「? 当然だ。お菓子が無くなったら生きていけないじゃないか」
「そ、そうか。それで、その怖いお菓子を見つけたのか?」
「おう! なんだか触るのも怖かったから、箸でつまんでロスのおやつ入れに混ぜておいた」
そんな恐ろしげな物だったら、普通に捨てないだろうかと疑問に思うのだが、シャンテにしてみれば違うのだろう。
実際に全く違う行動を取っていることだし。
「しくじりました」
ここまで話が進んだところで、不意に声が聞こえてきた。
それはこの騒動の唯一の被害者であり、ニーナの部下であるフェリの物だったが、それはあまりにも弱々しく、受けたダメージが相当大きいことを想像できる物だった。
「先輩、目が覚めたんですね。それで、何にしくじったのですか?」
膝枕したままのナルキの質問に、少しだけ瞼を持ち上げて自分の状況を確認したフェリが、ゆっくりと口を開いたが、それはあまりにも意味不明な単語から始まった。
いや。この騒動全てが意味不明な以上当然の成り行きなのかも知れない。
「それは、害獣駆除用に私が制作したお菓子です」
「・・・・・・。害獣駆除って、なんですか?」
害獣である。
ニーナの寮にも、害虫駆除用の薬品が幾つかあるが、獣となると話は全く違ってくるし、そもそもそんな大きくて危険な生き物はツェルニに存在していないはずだ。
「そこの赤毛害獣を駆除しようとして作りました」
「・・・・・・・・・」
「別に、トリンデンに作れるのだったら私にも作れるはずだと思って、お菓子作りに挑戦したけれど、一口味見したら次の朝だったとかそう言うオチではありません。折角作ったのだから何かに使わなければ損だと思って、赤毛害獣に食べさせて殲滅しようなんて、後付けの理由で作ったわけではありません。最初から害獣駆除用として作ったお菓子だったのに、まさか本能的にそれを察して私自身が食べる羽目になるなんて、全くこれっぽっちも思っていませんでした」
これは、かなり怖いかも知れない。
何故か不明だが、フェリの喋り方が何時もと違う気がする。
何時も口数が少なく、喋る時には毒舌になりがちなフェリが、なにやら裏事情まで懇切丁寧に話しているような気がしてならない。
だが、混乱しているニーナと違う人間がいた。
レイフォンだ。
鋼糸でつまんでいた茶色の物体を更に遠くに運んで、更に完全に覆い尽くす。
繰弦曲・崩落。
鋼糸で作られた繭の内側に向かって衝剄が放たれる。
普段ならば、エネルギーの一部は無駄に拡散してしまうのだが、完全に囲んでいるためにその無駄が発生せず、眉の中は凄まじい破壊の嵐となる。
そして、鋼糸が解かれた時、そこには何も存在していなかった。
「あのなレイとん。凄すぎる技をこんな事で使うなよな」
「い、いやだって、怖いじゃないか。もし吸い込んじゃったら、汚染物質並に危険かも知れないのに」
言われて見て気が付いた。
鋼糸で運んでいった先は風下だと。
その念の入れ様は凄いとしか言いようがないし、使った技自体も相当に凄まじかった。
「アルセイフ」
「はい?」
危機的なのかどうか、判断に苦しむ状況を打ち破ったのは、割と切迫したゴルネオの声だった。
そしてゴルネオを視界に納めてみれば、いつも以上に引き締まった顔をしていた。
何か重大な用件があるのだろう事が、その佇まいと表情からだけでも十分に理解できる。
「その鋼糸で、機関部を調査できるか?」
「出来ないことはないですが」
出てきたのは、現在ニーナ達がこの廃都市にいる理由に絡んだ内容だった。
と言うか、今までの一連の騒動ですっかりと忘れてしまっていた。
もうまもなくツェルニがここまで来てしまうのだ。
「微妙な言い回しだな。ロスが戦力として暫く使えないからと言って、調査をしなくて良いと言う事ではない。鋼糸でやれるのだったら我々は他を調べるのだが」
提案は十分に納得の行く内容だった。
優秀な念威繰者が不慮の事故で戦線を離脱してしまった以上、他に使える物はなんでも使って調査しなければならない。
まあ、それを言うならば、既にフェリによってこの都市中が十分に調査されていると思うのだが。
「少し危険ではありますね」
「どの辺がだ? 精度が落ちることはこの際目を瞑るが」
ゴルネオの方は割と合理的なことを言っていると思うのだが、何故かレイフォンの方が曖昧というか、言葉を濁しているというか、躊躇しているような素振りを見せている。
それ以上に、何か懸念があるのか危険だと言っていることに、非常に疑問を感じる。
「セルニウム保管庫の側で、鋼糸が何かとこすれたりぶつかったりして、火花が散ったら爆発の危険性もあるかと」
「う、うむ。成る程そう言うことか」
「自分の歩いた道を遡りながら調べるくらいは問題無いですが、全く知らないところだと少々危険が大きいかと」
出てきたのは、ある意味当然の言葉だった。
鋼糸と言っても、最終的には錬金鋼である。
ならば、金属部品とぶつかった場合、火花が散ると言う事も考えられるし、十分に危険である。
「仕方が無い。人海戦術で調べるしかないか。それで良いだろうか?」
「・・・・・・? は、はい! それで行きましょう」
今まで聞き役に徹していたために気が付くのが遅れたが、もしかしたらゴルネオも状況に動揺していて手順を踏み間違えたのかも知れないが、ここでレイフォンの上司であるニーナに話が振られてきた。
普通に考えるならば、先にニーナに話を通すべきなのだが、事態が異常だったためにニーナ自身もすっかり忘れてしまっていたのだ。
とは言え、何とか反応が遅れたが、それでも人海戦術で機関部を調べることに異存はない。
「では、時間ギリギリまで機関部を調べることとする。アントーク」
「はい」
呼ばれたが、今度はきちんと対応が出来たし、ゴルネオが何を考えているかも分かった。
そして視線をナルキへと向ける。
「私はこのまま先輩の看病ですね」
「ああ。手間をかけて済まないな」
「いえ。こう言うのは得意な分野ですから」
そう言うナルキの視線はしかし、相変わらず厳しいままだった。
それは間違いなく、警察官のそれだった。
あるいは救急隊員の視線だったかも知れない。
「よし! では残りの全員で機関部の調査に入る。指揮権はこちらで貰って良いか?」
「お願いします」
最後の確認として、誰が指揮官かを決めた。
これを確認しておかないと、統率に問題が有るので当然であるし、人数的に第五小隊の方が多いので、ゴルネオが指揮官であることも当然だった。
こうしてツェルニが来るまでの数時間、機関部内で過ごすこととなったが、結局特に危険な物は発見できなかった。
電子精霊とおぼしき、黄金に耀く雄山羊も含めて。
おまけ。
この下にあるのは、制作途中でボツとしたネタによる話です。
第五話五頁目の最後のパートです。F理論の続きですので周りに人がいる状況で読むと、人格破綻者と思われるかも知れません。
十分にご注意ください。
フェリによって発見されたらしい廃都市を調査し、危険がないかを確認するために最下層にやってきたゴルネオだったが、突然のことに戸惑ってしまった。
いや。調査に行くというのは何ら問題無い。
第五小隊を預かる隊長である以上、如何なる時であろうともツェルニの安全を守るために最善を尽くす覚悟はしてあるし、それは隊員一人一人についても言えることである。
そのはずであった。
「なんだ?」
だが、目の前に例外が存在しているのだ。
そして、その例外に戸惑っているのだ。
一年の時に色々あって、未だに色々ある赤毛猫の副長がその例外だというのは、かなりやりきれない思いではあるのだが、兎に角現状と向き合わなければならない。
そう。なにやらモジモジとしているシャンテと向き合わなければならないのだ。
モジモジである。
これ以上シャンテに相応しくない単語がこの世に存在しているとしたら、それは遠慮という単語ぐらいだろうと思えるのだが、もしかしたらゴルネオの知らないところでもっとあるかも知れない。
「ゴル」
なにやらモジモジとしているシャンテから、金属の擦れ合う音が聞こえてきたような気がする。
だが、実はそんな些細なことなどお構いなしに話は別なところで進んでいるのだ。
そう。グレンダン出身で兄弟子の仇であり、更に超絶の存在であるはずの元天剣授受者らしき生き物が、情けない表情で助けを求めているような気がしているのだ。
よりによって、シャンテのことで手一杯なゴルネオに対してである。
だが、それも無理はない話なのかも知れない。
第十七小隊長であるニーナは、極力その光景から視線をそらせ続けているし、狙撃手であるシャーニッドは寝癖の残る髪を振り乱して、呼吸困難で死ぬのではないかと思えるほどに笑い転げているのだ。
ダイトメカニックのハーレイは、何故か非常に羨ましそうに見ているのだが、もしかしたらどんな内容だろうと出番が欲しいだけかも知れない。
そして、そして、最後に残った念威繰者であるフェリはと見れば、悠然とレイフォンの前を歩いてこちらにやってきている。
いや。それは正確ではない。
レイフォンを引っ張ってこちらへやって来ているのだ。
その左手から、銀色に耀く鎖が伸び、そして元天剣授受者な生き物の首に装着された、非常にこった作りの首輪につながっている。
目の前が真っ暗になってしまった。
これは何かの間違いに違いないと、瞼を閉じて大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出しながら瞼を開いて現実を見つめ直す。
「・・・・・・・・・・・。アルセイフ」
「何も言わずに助けて下さい」
天剣授受者とは、超絶の武芸者のことであるはずだが、もしかしたら決定的に何か違うのかも知れない。
いや。元と付いてしまうと決定的に何か違った生き物になるのだ。
そうに違いないと心に堅く言い聞かせて、そして視線をそらせる。
「ゴル」
そして、シャンテが何かを差し出している姿が視界に飛び込んできた。
シャンテ専用に作られたという、猫耳付きヘルメットを抱えて、尻尾付き都市外戦装備を身につけて。
こちらもこちらで少々問題かも知れない。
「なんだ?」
シャンテの行動に疑問を持ったわけではない。
いや。十分に疑問ではあるのだが、今問題としているのは恐ろしく違う事柄だ。
シャンテが差し出しているのは、それは鎖だった。
鋼鉄で出来ているらしいそれは、明らかに装飾品の類ではない。
重量物を移動させる時に使うような、明らかに実用一点張りで頑丈に作られている鎖だ。
何故そんな物をシャンテが持ち出してきているのか、それは分からないのではあるが、それでも何となく受け取ってしまった。
「クスクス。ずいぶんと貧弱なペットを飼っているのですね」
「な、なに?」
受け取った次の瞬間、そう声をかけられた。
そして思わず視線を動かして、声のした方を見れば、元天剣授受者を従えた念威繰者がいた。
そして、全身から冷や汗が流れるのを感じた。
そう。ゴルネオ自身が今持っているのは鎖である。
レイフォンの首輪につながっているのも、形状や用途を無視すれば同じ鎖である。
そして、凄まじく嫌な予感と共にシャンテを注意深く観察する。
そして驚愕した。
首輪である。
シャンテの細い首に、これ以上ないほど不釣り合いな首輪が巻かれているのだ。
いや。ある意味これ以上ないくらいに相応しい首輪かも知れない。
その首輪は、合成皮革で作られているようで非常に丈夫そうだった。
分厚くそして幅も広い。
更に言えば、首を守るように棘棘が配備されている。
子供の頃に見たアニメに登場する凶暴な犬は、おおかたこんな首輪をしていたような記憶がある。
つまり今の状況を客観的に見れば。
「・・・・・・・・・・・・・」
客観的に見ることが出来なかった。
何しろシャンテをペットとして飼っていることになっているのだ。
しかも、もの凄くごつい鎖と首輪をした、凶暴な赤毛猫のシャンテをだ。
「お前のところのペットみたいに、シャンテはヘタレじゃないぞ!!」
そして、ゴルネオのことなどお構いなしに、馬鹿正直にフェリの相手をしてしまうシャンテ。
あまりにも危険な雲行きに、ゴルネオが何かするよりも早く話は進んでしまう。
「フォンフォンは私のためにご飯を作ってくれていますよ?」
「ゴルだって、シャンテのためにご飯を作ってくれるぞ!!」
ふと思う。
こちらの方がまだ正常な飼い主とペットの関係ではないかと。
飼い主のためにご飯を作るペットなど、ツェルニにしか居ないはずだと。
ならばこれで良いのかもしれない。
「それだけではありません。フォンフォンは私のために献身的に掃除をして、更に洗濯までしてくれるのです」
「むぅ? 掃除と洗濯は同じ部屋の奴がやってくれているな。ゴル! 今日からゴルがやってくれ」
飼い主としては、きちんと掃除と洗濯をしなければならないだろう。
と考えたのは僅かに0,03秒。
そもそもが、フェリが自慢しているのはペットの能力であり、飼い主の能力ではない。
ここで問題になるのは、赤毛猫のシャンテと珍獣フォンフォンの能力の差と言う事であって、決してゴルネオとレイフォンの違いではないはずだ。
「そしてこれが最も重要なのですが」
「ぐわぁぁ!」
そう言いつつ、何故かフェリの右の踵がレイフォンの左爪先を、しかも小指の先辺りを丁寧に踏みにじる。
あまりの痛みに、最初の悲鳴以外は口をパクパクさせているだけで、一切の声が出ていない元天剣授受者が、少しだけ哀れに思えてきた。
そして、普段無表情なフェリの口元が歪んだ。
ニヤリと。
「フォンフォンは私の身体を舐めて綺麗にしてくれるのですよ? しかも毎日。こんなに献身的なペットを飼っているのは、全人類で私ただ一人でしょう」
一人で十分だと突っ込むべきだろうか?
それとも、不純な行為に走るなと叱るべきだろうか?
はたまた、何故レイフォンの脚を踏みにじって喋れないようにしているのかと、疑問を解決するために努力すべきだろうか?
そんな常識的なことを考えてしまったのが、全ての敗因だった。
「馬鹿にするな! シャンテだってゴルを舐めて綺麗にするくらい出来るぞ!! 今すぐにだってやってやる!!」
その時、空気がどよめいたような錯覚を覚えた。
いや。実際にどよめいたのかも知れない。
そしてゴルネオは見てしまった。
フェリの表情が嗜虐的に歪むのを。
これこそを狙っていたのだと気が付いた。
あちこちからの色々な視線にさいなまれつつも、ゴルネオは理解してしまっていた。
全てはフェリの策略であり、そして全ては既に駄目になっているのだと。
「ふふふふふふ。フォンフォンには劣るかも知れませんが、なかなか優秀なペットではありませんか」
「なめるな! シャンテはそんなヘタレペットよりもずっと役に立つんだぞ!!」
やはり、駄目かも知れない。
何が駄目なのか具体的には分からないが、それでも何かが決定的に間違った方向へと突き進みつつあることを認識した。
やはり、シャンテと関わってしまったために、レイフォン以上のラブコメ人生へと転落しつつあるようだ。
絶望の溜息をつきつつ、鎖を軽く引きシャンテを回収する。
今は、廃都市の調査という目の前の問題へ逃げるべきだ。
いくらシャンテでも、廃都市でゴルネオを襲ってくるなどと言う事はないはずだから。
いや。そうあって欲しいと願っているのかも知れない。
兎に角、ゴルネオはシャンテを肩に乗せて出発の最終確認を始めたのだった。
後書きという名の言い訳。
はい。と言う事で短めになってしまった九頁目の埋め合わせとしてこんな物をお送りしました。
実はこれ、本編に入れるために書いていた物だったんですが、いかんせんギャグ要素が強すぎました。
メルニクスでシャンテに襲われて、全身を綺麗にされるゴルネオなんてのは、完全にギャグですからねぇ。
でも、折角書いたのにお蔵入りはつまらない。
と言う事でおまけとしてここに乗せることとなりました。
いかがだったでしょうか?