結局のところ、何の活躍も出来なかったシャーニッドだが、それは少々残念ではあっても悪いことではないと思っている。
今日も生き残ることが出来たのだ。
これに勝る喜びなど、この世に存在しないだろう。
レイフォンがどんな汚い手を使ってでも生き残ってきたという気持ちが、ほんの少しだけだが分かった気がした。
本当の意味で死線を潜っていないシャーニッドが、きちんと理解したかという疑問はあるのだが、それを証明する気にはどうしてもならない。
そして、そんなシャーニッドよりも問題なのは、側車に乗っている隊長さんのことだ。
話を聞く限りにおいて、メイシェンの心配する姿を見ていられなくなって、思わず飛び出してきてしまったと言う事だった。
非常にニーナらしい理由で飛び出してきたと思うし、その心情は十分に理解出来る。
だが、今回その心意気が全く報われなかったのだ。
いや。今回もだろうか?
とは言え、責任の一端はニーナ本人にもある。
カリアンの発言内容がおかしかったこととか、ここに来る途中でいきなりマーカーが四つになったこととか、レイフォンが一人で戦っているわけではないことが、かなりの確率で予測出来ていたはずなのだ。
途中から気が付いていたようではあるのだが、それでも最初の予定通りに突っ走ってしまったのは非常にニーナらしい。
だが、目の前に迫っている物を認識したシャーニッドは、予測がかなりの大きさで外れているらしいことに気が付いていた。
いや。落とし穴が存在していた時点で、かなり大きく予測が外れていたことを認識すべきだったのだ。
目の前にあるそれは、全長二十メルトルほどもあった。
横幅も五メルトル近くある。
高さも3メルトルはありそうだ。
六つのタイヤが付いた、路面電車に似た形状をした、砂や埃にまみれた古強者のように見える。
何よりも驚くのは、直径が二メルトルになろうかという六つのタイヤ、その全てに装着された、目の細かい金網の様な部品だ。
本来、この荒れ果てた大地でゴム製のタイヤは、耐久力の問題から長距離移動には適さない。
だからこそ、放浪バスもレギオスも多くの脚で移動しているのだ。
とは言え、多脚で移動することには致命的な欠点がある。
それは構造が複雑になり、信頼性が低くなると言う事。
ゴム製のタイヤにもパンクという致命的な問題が有るため、どっちの方が良いかと問われたのならば、適材適所だと答えることしかできない。
だが、目の前にある車両は違う。
ゴム製のタイヤの外側に金属の覆いをかぶせることで、荒れた大地に直接触れずに済んでいるのだ。
構造が単純で信頼性が高く、なおかつ耐久力にさほど問題がない。
今目の前にあるのは、そう言う夢のような車両なのだが。
「これって、何だ?」
問題はそこだ。
どんな目的でこれだけの物を作ったのか、それが最も問題なのだ。
レイフォンが使っていた巨大な錬金鋼とは訳が違う。
目の前のこれは、ずいぶん前から使われている形跡がある。
ならば、何か他の目的のために作られ、たまたま今回このような使い方をされたと考える方が妥当だ。
「都市外作業指揮車と呼ばれていますね」
「指揮車?」
指揮車と言うからには、複数の車両を統括して運用するために作られたと言う事になる。
どんな作業をするかという疑問が出てくるが、それを解消することは当面出来そうもない。
「取り敢えずランドローラーはクレーンで上に上げてもらいますから、中に入りましょう」
ウォリアスに先導されるまま、前輪と中輪の間にある扉のような場所に来た。
扉のすぐ横に、足がかりとハシゴがあり屋根へと上れるようになっているのは、きっと移動しながら作業するために必要なのだろう事が分かる。
だが、問題は扉そのものだ。
普通の扉とは決定的にその強靱さが違う。
どんな金属で出来ているか分からないが、相当の厚さがあることだけは確かだ。
「ランプが青いことを確認して、扉を開ける」
扉の右側にあるランプを指し示したウォリアスが、解説口調で続ける。
いや。実際に解説だろうけれど。
そして扉を開けると、中は二人が入ればかなり窮屈な程度の空間になっていた。
なにやら用途不明なハンドルが左側に付いているが、これの解説もその内やるのだろう事が分かる。
「中に入ったら外扉を閉めて、このハンドルを回して気密室の空気から汚染物質を除去する」
時計回りに回すと、手動ポンプが働いてフィルターへ空気を送るようだ。
そして汚染物質を除去するという事は分かった。
車両の中に汚染物質を持ち込まないために、割と勢い良く下から空気が吹き上がりそうだと言う事も理解出来た。
スカートを履いて入ってしまったら、少々困ることになるかも知れない。
「それで、ここの警告ランプが青になったのを確認したら、内扉を開けて中に入る」
内扉の左側に設置された、外扉と似たようなランプを指し示し、説明が終わったようだ。
セルニウムの採掘などもそうだが、都市外での作業はかなり色々と大変だ。
「内扉がロックされるまで外扉のランプは赤ですから、青になったのを確認したら今の手順で入って下さいね」
ウォリアスとレイフォンが気密室に消えている間に、ランドローラー二台は指揮車の屋根へと綺麗に片付けられていた。
一々降りてこなくても、この程度の作業が出来るように、色々と仕掛けがあるのだろうことが分かったが、やはり何のためにこんな物が作られたのかが分からない。
だが、相当の手間暇と予算がかかっていることだけは確かだ。
タイヤ一つ取ったとしても、恐ろしいほど巨大で、おいそれと作れるものでは無い。
ならば、何か非常に重要な目的のために作られたのだろう。
今のところ全く分からないが。
「変わったな」
「ああ」
そんな考えをしている間に、入って良いという意味のランプが青に変わった。
先ほどウォリアスがやったように扉を抜けて、密閉した後にハンドルを回した。
思ったよりも重かったが、それ程時間はかからずに内扉のランプが青に変わる。
そして車内に入った瞬間、恐るべき物を見てしまった。
銀髪を短く刈り込んで、目鼻立ちに何処か甘い雰囲気があり、笑ったら愛嬌がありそうな巨漢の凄まじく怒りに満ちあふれた姿だ。
そして理解した。
まず始めにやるべきことは、汚染獣特措法に基づいて誰が戦闘に派遣されているかを確認することだったと。
全ては後の祭りだが、同じ間違いを繰り返さないために、しかと心に刻んでおくことにした。
「何をしに来た?」
開口一番のゴルネオの台詞がそれだった。
いや。もちろんこの車に乗ったことをどうこう言っているわけではない。
この場所にいることについて問いただしているのだと言う事は、十分以上に理解しているつもりだ。
「レイフォン一人を戦わせるわけには行かないと」
「・・・・・・・・・・・・。その心意気はよいとして、結局空回りだったな」
ニーナの返答の後、大きく肩が二回上下した。
深呼吸をして感情を抑えていたのだろうことが理解出来る。
そして、ニーナに向かっていた視線がシャーニッドを捉える。
その視線は口以上に饒舌だった。
何故お前が居ながらこんなことになっているのだと。
「面目ない」
おかしいとは思っていたが、ここまでの事態は全く予測の外だった。
レイフォン以外の人間がいるとしても、それは少数だと思っていたのだが、落とし穴の件も含めて相当の人間がこの戦闘に関わっているようだ。
例えば、第五小隊を含めて十人以上とか。
「まあ、説教は後だ。汚染獣殲滅作戦最終フェーズを開始する」
ゴルネオの宣言と共に一気に部屋の空気が活気づく。
その時になってやっと車内を見渡すことが出来る余裕が生まれた。
窓と呼べる物は操縦席と、監視用の小さな物しかないようだ。
車内は全体的に無駄な空間が取ってあり、放浪バスと同じようにかなり長い間生活することが出来そうだ。
あちこちに寝ることも出来る座席が設置され、後方には狭いながらも本格的なベッドと簡易型のキッチンが備え付けられている。
入り口からは見えないが、きっとシャワーの設備も何処かにあるのだろうと思える。
都市外で作業するために必要だとは言え、かなりいたせりつくせりだ。
そして、座席の一つに人影があることを発見。
それは銀髪を長く伸ばした、第十七小隊の念威繰者フェリだった。
いや。それどころかナルキも奥のキッチンの方から何かを持って現れた。
「最終フェーズ。ツェルニへ帰還する。点呼を取る」
宣言の後、ゴルネオは一切こちらを見ることなく手順を進めて行く。
予想通り第五小隊の名前が次々に呼び上げられ、更にフェリにナルキにレイフォンとウォリアスという名前が追加された。
既に十一人に達している。
そして更に。
「機械科、オリヴァー・クリス」
「操縦席」
「機械科、ジェシー・マイレー」
「航法席」
この指揮車を実質的に運用しているらしい機械科生徒二人が呼ばれ、点呼は終了したようだ。
まだ、シャーニッド達飛び入り参加組は呼ばれていないが。
「人数外二名」
「シャーニッドいます」
「ニーナ・アントークいます」
取り敢えず返事をする。
ニーナは、少々居心地悪そうだ。
そう言うシャーニッドだってかなり居心地が悪い。
「では帰還する。発車」
その声と共に、モーターの駆動音が高まり指揮車が移動を開始した。
操縦席にある窓から見ると、きちんと移動しているようだが、荒廃した大地を移動してもさほど景色は変わらない。
だからこそ航法を専門に行う人間がいるのだろうし、第五小隊の念威繰者以外にもフェリがいるのだ。
迷子になる危険性は皆無ではないが、かなり低いと言える。
「取り敢えずこれ食べて寝てくれ」
「有り難う」
ナルキが持っていた物は、どうやらレイフォン用の食事だったようだ。
非常に良い匂いが車内を支配している。
ここに来るまで、ゼリー状の高栄養剤しか飲んでいないシャーニッドの腹が景気よくなったが、当然人数外の食料など積んであるはずがない。
もしかしたら、ツェルニに帰り着くまでゼリーしか飲めないかも知れない。
それはどんな説教よりも厳しい制裁である。
搭載量に限界がある以上、改善されることはないだろうが。
「もしよろしければこれをどうぞ」
ツェルニに返ったら何を食べようかと考え始めた矢先、唐突にフェリが何かを差し出してくれた。
だがそれは、やはりゼリーのパッケージだった。
とは言え、違う味の物ならばありがたいと、手を伸ばしかけて止まった。
「・・・・・・・・・・・・」
そのゼリーのパッケージは黒かった。
いや。色はどうでも良いのだ。
問題はその腹に描かれた図柄だ。
人間の頭蓋骨のように見える。
そして、その下に大腿骨らしい物が交差して描かれている。
なんだか非常にデンジャラスな飲み物に見えてきた。
伸ばしかけた手が凍り付く。
そっと視線をゴルネオに向ける。
何故かそらされた。
もしかしたらフェリに何度も勧められているのかも知れない。
十分にあり得る。
ここで選択である。
無表情にフェリの差し出しているゼリーを口にするか、それともツェルニまで我慢するか。
あるいは。
「馬車馬のように働きます! どうか真っ当な燃料を補給させて下さい!」
ゴルネオに必死に頼み込むことにした。
指揮車の上に何人もいるはずだ。
ならばシャーニッドにも出来ることがあるはずだ。
例え労働の報酬がゼリーだったとしても、十分に収支は黒字になるはずだ。
問題は、ゴルネオがシャーニッドの懇願を受け入れてくれるかどうかだが。
「良かろう。装備を整えて上に行くぞ」
あっさりと承諾してくれた。
これで生きてツェルニに帰り着くことが出来る。
車内に入ったばかりだし、ニーナを置き去りにしてしまうが、背に腹は代えられないのだ。
シャーニッドが逃げ出した後、ニーナはかなり困ったことになっていた。
ゼリーのパッケージをニーナに差し出したままのフェリもそうだし、その細い眼で見詰めるウォリアスもそうだ。
レイフォンだけはナルキが持ってきたシチューとゼリー飲料を平らげて、後方に設置されたベッドへと潜り込んでいる。
カーテンが引かれて、極力余計な光が入らないように設計されている。
よく考えられた作りだ。
そして、食器をしまったナルキが困ったようにニーナとフェリを見ているのだ。
気が付くべきだったのだ。
ニーナの寮にいたメイシェンの側にナルキがいなかった。
あの状況でそれは極めて異常な事態だったのだ。
メイシェンのことを考えるならば、人手は多い方が良いに違いない。
なのにナルキがいなかった。
ヨルテムから一緒に来た幼なじみであるはずの少女がだ。
それをもっとよく考えれば、レイフォンが一人ではないことに、もっと早く気が付けただろう。
気が付きさえすれば、そこから色々と考えることが出来た。
カリアンやヴァンゼは、レイフォンが負けないように最大限の準備をして、今度の戦いに挑んだのだと。
「・・・・・・。隊長。どうぞ」
必死に目の前に迫るパッケージから視線をそらせる。
無理な鍛錬がたたってニーナの体調は非常に悪い。
シャーニッドのように、外で何かして食事を確保すると言う事が出来ない。
何とか話を誤魔化さなければならない。
「この車は、一体何なんだ?」
兎に角話を誤魔化すために、ウォリアスに向かって訪ねてみる。
ナルキに聞いても、きっとウォリアスに話が流れるだろうと思ったからだ。
「武芸大会で敗北した時にも、全生徒の避難する時間を稼ぐために、移動しながらセルニウムを採掘するという計画が立てられました」
その予測は間違っていなかったようで、淡々とした口調のウォリアスが話し始めた。
そして驚愕した。
生徒会上層部は負けた時のことを考えているのだと。
万が一に備えることが必要だとしても、これはナンセンスだ。
確かにその辺を掘ればセルニウムは出てくるが、純度の高い物となるとそれは鉱山に頼るしか無い。
だが、逆に純度のことを考えなくて良いのならば、その辺を掘ればいくらでも出てくると言う事になる。
滅びの瞬間を先延ばしにして、せめて全生徒を避難させようとするカリアン達の考えは、おおよそ理解出来る。
「とは言え、現在採掘車を制作中ですが、全てが無駄になることの方が望ましいですね」
「そうだな」
負けた時の準備が必要なことは理解出来る。
勝ったならば無駄になるが、それはさほどの問題がないはずだからだ。
「そして、無駄になることを望まれたこの車は、採掘する専用車を指揮運営しつつ、作業員が休息することを目的に作られました」
この車で休息を取りつつも、採掘作業を続けるという前提になって、もう一度じっくりと見回す。
最大二十人が一気に休息出来るだけの広さを持っているし、簡易型キッチンやその奥にある冷蔵庫もかなり立派な物のようだ。
ならば、かなり長い間、ツェルニから離れて作業し続けることが出来る。
全ての準備が無駄になることを願われつつ、万が一のためにこれだけの物を用意した、生徒会上層部の努力の凄さをまざまざと見せつけられた。
だが、当然疑問もある。
「エネルギー源はセルニウムか?」
そう。これだけの機械を動かし続けるとなると、それには当然かなりのエネルギーが必要になる。
そして最も親しみ深い燃料として思いつくのは、レギオスのエネルギー源でもあるセルニウムだ。
どれだけの採掘能力を持っているか分からないが、セルニウムを得るためにセルニウムを使うというのは、あまり好ましい方法ではないように思える。
「電力です」
「・・・・・。その電力をどうやって作りだしているのだ?」
ウォリアスが意味ありげに紡ぎ出した言葉に、若干のタイムラグをくぐり抜けて訪ねる。
電力なのは良い。
ランドローラーだって電力で動いているのだから、それは問題無いが、これだけの機械を稼働させ続けるために、予め充電しておいたバッテリーだけで賄えるとはとうてい思えないのだ。
何処かで電力の補給をしなければならないはずなのだ。
「武芸者ですよ」
「・・・・・・・? なに?」
言われた単語が上手く理解出来なかった。
だが、何とか言われた単語を素直に並べて、理解しようと努力してみる。
そうやって並べてみると、武芸者を電気に変換していると言う事になってしまう。
透明なタンクに入ったシャーニッドが、徐々に分解されて電力になって行くところを想像してしまった。
完全に無くなったら、次はニーナの番だ。
「武芸者の筋力で発電機を回しているんですよ」
「・・・・。ああ。そう言うことか」
自転車に使われているような発電機は割とメジャーだ。
人力に頼らなければならないので、大電力を発揮することは出来ないけれど、構造が単純で維持費がかからないので割とよく見かける装備の一つだ。
ニーナの住んでいる寮にある自転車にも、一応付いているほどだ。
実際に自転車に乗ることなど殆ど無いが。
その発電機と、活剄で強化された武芸者の筋力が加わるとどうなるだろう?
かなりの発電能力を得ることが出来るはずだ。
その発電装置が屋根に乗っているのだとしたら、シャーニッドが連れて行かれた理由も納得が行く。
そして、そろそろ逃避が限界だ。
「さあ。これを飲めば隊長の体調が一気に回復すること請け合いです」
あくまでも無表情に、淡々と危険そうな飲み物を勧めるフェリ。
逃げ場はない。
「うぅぅぅん。ごめんなさいメイシェン」
だが、そんな危険極まりない状況で、いきなり小さな悲鳴が聞こえてきた。
それは後方に設置されたベッドからだった。
とても苦しそうでありながら、少し嬉しそうなその声の主は、ニーナを絶望させるほどの化け物と戦い、そして勝ってしまった少年の物だ。
「お願いです。生クリームたっぷりのブッシュドノエルは勘弁して下さい。あぁぁぁ。そんなにチョコレートを載せないで下さい」
だが、その凄まじい戦闘力とは何の関係もないようで、弱々しく呟きつつ悪夢にうなされている。
しかも、なにやらとてつもなく甘い悪夢のようだ。
戦いに出ないで欲しいと願っているメイシェンを振り切って、あんな化け物と戦ってしまった罪悪感が、レイフォンに見せている悪夢なのだろう。
「ああうぅぅぅ。せめてコーヒーを下さい。檄甘ココアは飲めません」
いや。これは既に甘さによる拷問かも知れない。
空腹を覚えていたはずのニーナだが、胸焼けがしてきそうだ。
「頭の中に虫歯が出来て死んでしまえば良いんだ」
小さなウォリアスの台詞に同意してしまった。
ナルキだけは苦笑を続けているが、それでもかなり顔色が悪い。
生クリームたっぷりのケーキに、これでもかというくらいにかけられたチョコレート。
そして、飲み物として用意されたのが檄甘ココア。
間違いなく胸焼けがして完食出来ない。
だが、事態は恐るべき方向へと進んでしまった。
「!!」
いきなりフェリがニーナの前から移動したのだ。
そして、パッケージの封を切る動作をしつつ、レイフォンの眠っているベッドへと近づき。
「!」
なにやら押し込むような動作をした。
そして一度だけ、レイフォンの身体が跳ねた。
「・・・・・・・・・・・・・」
それきり一切の活動が停止してしまっているように見えるレイフォンから、ゆっくりとフェリが遠ざかる。
そして一言。
「悪は滅びました」
視線が泳ぐのが分かった。
直視しては駄目なのだと。
それきり、車内は嫌な沈黙に支配された。
汚染獣が殲滅され、レイフォン達が無事に帰ってくることが伝えられたのは、既に三十分前の出来事だ。
知らせを聞いた次の瞬間、限界まで引き絞られていたメイシェンの感情が決壊してしまい、声と力の限り泣いているのを見ていたのだが、今は泣き疲れたのか静かに眠っている。
メイシェンほど極端ではないにせよ、ミィフィもほっと一息ついているところだ。
何しろ今回の戦い、レイフォンだけではなくナルキとウォリアスも参加していたのだ。
もしかしたら、ナルキが帰らないかも知れないと言う恐怖に押しつぶされずに済んだのは、実はメイシェンが恐慌状態に陥らないように気を張っていたからに他ならない。
そうでなければ、きっと一緒になって取り乱していた。
途中でやって来たニーナがすぐにいなくなってしまったので、交代しつつ四人でメイシェンを支え続けたのは、きっとそれぞれの不安を紛らわせるためだったのだと、今はそう思う。
メイシェンはリーリンに迷惑をかけたと思っているようだが、実際はそんな事はないのだ。
「分かっているのかしらね?」
そんな、一段落して弛緩しきったリビングの空気を振るわせたのは、ここの寮長を務めているセリナだ。
セリナの膝を枕にソファーで眠ってしまっているメイシェンの髪を優しく撫でつつ、小さいはずの声だというのに何故か少し離れたところにいるミィフィに良く聞こえた。
「レイとんがメイッチのこと分かっているのかってことですか?」
言ってみた物の、それは恐らく違うという事は分かっている。
どれだけ心配しているかは理解していないだろうが、どんな状態になるかはおおよそ知っているはずなのだ。
だからこそミィフィもここに泊まり込んでいるわけだし。
「違うわよ」
視線はメイシェンに向けたまま、やはり小さいのに良く聞こえる不思議な声でセリナが言う。
何を考えているか、その声からは分からないが、とても重要なことを考えているらしいことは理解出来ていると思う。
「武芸者達が、戦場に出れば死んでしまうと言う事を、ちゃんと知っているのかなって」
「・・・・・。多分知らないと思います」
少しだけ考えて答えた。
小隊対抗戦を始めとして色々な試合を見てきたが、どれも違うのだ。
ナルキとシリアがレイフォンのしごきを受けている時と比べると、その場を支配する空気の重さが違うのだ。
遠くから見ているだけの一般人であるミィフィにさえ分かったのだ、何かと端っこいウォリアスが気付かないなどと言うことはない。
だからこそ、メイシェンに負担をかけることを承知の上で、戦場にナルキを連れ出したのだろう。
「私達は、武芸者達が帰ってこないかも知れないってことを、知っているんだと思う?」
「・・・・・・・・・」
今度は沈黙を答えにした。
ヨルテムは戦力の充実した都市だ。
単に武芸者の質が高いと言うだけではない。
その武芸者を運用するための戦術も、十分に研究されている。
だからこそ、複数の汚染獣と戦っても重大な被害を出さずに済んでいるのだ。
だが、それは将来的にも戦死者がゼロだと言う事を意味しない。
その証拠に、都市間戦争では毎回のように戦死者を出している。
そして、遺族が涙に暮れる姿を何度も目にしている。
そしてその光景を、他人事としてしか認識していないかも知れない。
ミィフィの親しい人達の中にいる武芸者とは、ゲルニ一家を含めてせいぜいが十人程度。
その誰も戦場に出て行き、帰ってこなかったと言う事はない。
そして今回も、全員が無事に帰ってくることが出来た。
ならばこの次は?
今年行われる武芸大会で、万が一にでも死者が出たりしないだろうか?
それがナルキでないという保証は、何処にもない。
「メイシェンは、知っているわよね」
「私達も、多分知っているんだと思いますよ」
普段意識しないが、この世界は死に満ちあふれている。
レギオスの外に出たら、そこは既に死の世界だ。
旅するだけでも汚染獣との遭遇を考えなければならない、とても危険な世界だ。
その危険な世界で戦わなければならない、武芸者がどれほど儚いか、それをしっかりと考えているのかと問われれば、きっと考えていないと答えることしかできない。
ならば、知らないかと問われたのならば、きっと知っていると答えることしかできない。
知っているだけで、それを実感として感じていないのだ。
そして今回、それを否応なく突きつけられた。
メイシェンは極端だったが、リーリンやセリナ、レウが取り乱してしまっても何ら不思議ではない。
心臓を冷たい手で捕まれたような錯覚を覚えたミィフィは、未だに不安そうに眠るメイシェンを見る。
知らせは来たが、それでも自分の目で確認しなければ本当の意味で安心出来ないのだろう。
みんなが帰ってくるまで、あと二日はかかるという話だから、もう少しメイシェンに付き合わなければならない。
そして、今眠っているリーリンとレウが起きてきたら、無事なことを知らせて一端寮へ戻り、来ているかも知れない手紙などを持ってこよう。
そんな事を考えつつも、少し瞼が重くなったような気がする。
今まで張り詰めていた気がゆるんできているのだと思うが、もう少しだけ頑張らなければならないと気合いを入れ直す。
作業指揮車について。
2009年中頃、アメリカのテレビ番組で紹介された、露天掘りの鉱山で働く作業車が原型です。
ある意味、この指揮車を出したくて、復活の時を書き始めたような物ですが、如何だったでしょうか?