研究室でハーレイを発見して、尋問か拷問か微妙な方法で情報を引き出したニーナは、どこから嗅ぎつけてきたのか不明だが、シャーニッドを伴って生徒会長室へと到着していた。
何時ものような笑顔と共に、非常に無礼な方法で現れたことを咎めるでもなく、ゆったりと執務机に座りこちらを見詰めている。
都市の最高責任者としてはそれで良いのだろうが、何故かこの瞬間は納得が行かない気分になっていた。
「やあ。血相を変えてどうしたのかね?」
何に対して怒りを覚えてここにやってきているのか、それを十分理解しているだろうが、それを全くおくびにも出さない態度が今は納得出来ないのだ。
レイフォン一人に危険を押しつけて、のうのうとしているように見えるカリアンに対してだ。
当然、外から見ただけの話で、内面では色々と考えているし悩んでいるのだろうと思う。
そこまで予測出来ているからこそ、単刀直入に話を切り出す。
「私も出撃します」
「駄目だ」
即答だった。
その態度には全く動揺が見られない。
だが、当然ここで諦めることなど出来ないのだ。
「レイフォンはたった一人で戦いに出ているのですよ!」
「・・・・・・・」
「それなのに私達は安全な場所で、ただ待っているだけなどと言うことが出来ようはず有りません!」
沈黙を続けるカリアンに殺意が湧いてきてしまった。
ニーナにとって非常に長い沈黙の後、やっとカリアンの口が開かれた。
「行ってどうするというのだね? オスカーから聞いているはずだよ?」
オスカーがニーナに何を言ったか、それをカリアンは知っているようだ。
それは当然だと思う。
個人的に親しい間柄だし、それ以上に生徒会長と武芸科のトップに近い人物だ。
頻繁に連絡を取り合っているだろうし、万が一にも疎遠だったとしてもニーナの状況は極めて大きな事柄だ。
連絡しないなどと言う事の方が考えられない。
「迎えに行くくらいのことは出来るはずです!」
「・・・・。ふむ」
何か考え込んでいるようで、今度の沈黙は先ほどよりも長かった。
そしてゆっくりとカリアンがニーナを見詰める。
「良いだろう。ランドローラーの使用許可を出そう。ただし生きて帰ってくること。合流したのならば向こうの指示に従うこと。それと危険だと思ったのならば逃げてくること」
「逃げません。レイフォンを、部下を見捨てるなどと言うことは出来ません」
今、レイフォンはニーナの部下でないことは理解しているが、制度上そうなっているだけの話だ。
感覚的には今もレイフォンはニーナの部下なのだ。
「ツェルニが生き残るために君達は必要なのだよ」
「レイフォンもです!」
言い切って生徒会長室から飛び出した。
まだ全力で走ることは出来ないが、それでも早足でランドローラーが収容されている場所を目指す。
「なあニーナ」
その最中、シャーニッドが生徒会長室を振り返りつつ、何か思うところがあるのか話しかけてきた。
身体的に問題のないシャーニッドだから、ニーナと一緒に歩いていても何ら問題はない。
何時も通りの声と口調だ。
だが、何か深刻な内容らしいことがその雰囲気から分かった。
「生徒会長の言い回しが少し気にならないか?」
「どういう意味だ?」
「いやさ。レイフォンの名前が全然出てきていないと思ってな」
言われて見て少し考える。
確かに個人名が全く出てきていなかった。
だが、レイフォンが出撃していないなどと言う事の方が考えられない。
そもそも、レイフォン以外の誰が汚染獣と満足に戦えるというのだろう?
もしかしたら、既に回収班が出発しているのかも知れないが、それでもニーナは何もしないと言う事が出来ないのだ。
「行ってみれば分かることだ」
「まあ、それもそうだけどな」
いくら考えても、実際に見てみなければ分からないことはある。
そしてニーナは既に一歩を踏み出してしまっている。
ならば、走り抜けることだけを考える。
六本目の脚に深手を負わせたレイフォンだったが、流石に疲労を覚えてきていることに気が付いた。
時間の感覚は既に綺麗さっぱりと無くなっているが、活剄を総動員していても疲れを感じないなどと言う事ではない。
もちろん一週間戦い続けることは出来るが、途中で補給出来るのならばやって置くに越したことはない。
そして今回、補給するための時間稼ぎが出来る装備を、レイフォンはあと一つ持っている。
七本目の脚の付け根、今までの攻撃で最も弱いと分かった場所に、いい加減剄の伝導率が悪くなってきている複合錬金鋼を差し込み、体内で衝剄を放って傷口を広げて引き抜く。
その広がった傷口へと、重たい弁当箱の二つ目にして最後の一個を押し込み、鋼糸で安全ピンを引き抜きつつ距離を取り、起爆スイッチを一回転させる。
前回と同じように脚が根本からもげ、あまりの激痛と衝撃でのたうち回る老性体を観察しつつ、ポケットの一つに押し込まれた高エネルギーゼリー飲料を取り出し、ヘルメットのアタッチメントに押し込み、連動して口の前に飛び出てきた吸い口から一気に胃の中へと流し込む。
水分と糖分、それにミネラルで構成されたお腹に優しい栄養補助食品という触れ込みだ。
どれだけ効果があるか、レイフォンには全く分からないが、きっと凄いのだろうと思う。
凄いのだろうとは思うが、それはただ今現在全く問題にすることではない。
冷えていれば甘酸っぱさが心地よいはずだが、生憎とレイフォンの体温で暖められているために、全く美味しくないがこれで栄養の補給は終了だ。
あと三日くらいならば十分に戦える。
『少々よろしいでしょうか?』
「ええ。少しなら」
レイフォンの状況を把握しているらしいフェリからの通信が入ったのは、そんな一息ついている最中だった。
当然、老性体の動きから目を離すなどと言うことはしない。
相手はレイフォンをしっかりと認識している。
僅かでも隙を見せたが最後、食われるのはレイフォンの方になるのだ。
『隊長達がそちらへ向かっているそうです』
「・・・・・・・。戦闘開始からどのくらい時間がたちましたか?」
『おおよそ丸一日です』
思ったほどは戦っていない。
これは恐らく、今戦っている老性体がかなり強い方だからそう感じているのだろう。
天剣授受者が出るような戦場に楽な物など無かったが、その中でも目の前にいる奴はかなり強い方だ。
そして、丸一日有ればニーナ達がツェルニからここまでやって来ることは不可能ではない。
レイフォン自身が一日でやってこられたのが、その確たる証拠だ。
計算が合ってしまう。
『予定通りの行動を準備しています』
「それでお願いします」
別段レイフォンが決断しなければならないわけではないのだが、それでもそう言ってしまう。
まだ老性体は痛みが引かないようで、のたうち回っているから、もう少し休めるかも知れないと判断しつつ、活剄を回復に回す。
『それと』
「はい」
『準備が出来ました』
「分かりました」
思ったよりも進展が速いようで、少しだけほっとする。
戦場でこんな感情を覚えることは初めてだが、悪い感じではない。
痛みが治まってきたのか、徐々に老性体が体制を整えだしている。
もうあまり時間が無い。
だが、準備が出来たのならば無理をすることはない。
相手が動けるようになるのを待って、自分を餌に誘導すればいい。
天剣がないと言いつつも、それに代わる物をレイフォンは手に入れつつあった。
それが嬉しい。
汚染物質に灼かれた大地を、ランドローラーで走ること一日少々。
薄皮一枚向こうは地獄の世界だが、その事は考えないように前だけを必死に見詰める。
フェリのナビゲートに従いやってきたのだが、驚くべき事柄に遭遇してしまっていた。
念威端子越しに向かうべき場所がマーキングされていたのだが、ある程度近付いたところで、いきなりそのマーカーが四つになってしまったのだ。
レイフォンが四分身しているという確率も考えたが、一つ一つの間にある距離が開きすぎていることに気が付いた。
短い物でも三キルメルトル、大きなところだと実に五キルメルトルは離れている。
「フェリ! レイフォンのいる場所を知らせろ!」
遊んでいると言うわけではないのだろうが、あまりの事態に怒気を孕んだ声が出てしまっても仕方が無いところだ。
他に向かう場所があるとも思えずに、即座にレイフォンの居場所を知らせろとフェリに告げると、四つのマーカーが一つになった。
そのマーカーに向かって、シャーニッドがランドローラーの進路を修正する。
「なあ、ニーナ」
「何だ?」
「レイフォン一人じゃないんじゃないか?」
的確に操縦しつつそう切り出したシャーニッドの視線は、しかしニーナに向けられていた。
それはニーナも考えないではなかった。
だが、こんな危険な任務にレイフォン以外の武芸者を投入すると言う事は、おおよそ考えられないのだ。
だからこそ、フェリにレイフォンの居場所を知らせるように指示を飛ばしたのだが、やはり何かが引っかかっているのは事実だ。
だが、それもすぐに結果が出るはずだ。
活剄がまだ使えないニーナには見えないが、シャーニッドの視線が前方の風景の一部に固定されたのが分かった。
誰か、あるいは何かがいるのだろう。
その目的の場所に向かって、更に進路が修正されるランドローラー。
そしてニーナにも見えてきた。
側車付きのランドローラーと、その横に佇む人影を。
ニーナ達が着ている物と同じ都市外戦装備に身を包み、こちらに軽く手を振っている。
「レイフォン!」
やっと会えたと思い、声をかけたニーナだったが、当然おかしな状況であることにも気が付いている。
戦っているはずなのに、レイフォンは全く動かずに佇んでいるだけなのだ。
いや。もしかしたら戦闘は既に終了していて、ツェルニに帰る途中なのかも知れない。
それならば全ての辻褄があうのだが。
「今日はお二人様」
「! お、おまえは!」
シャーニッドの操縦ですぐ側に停車したランドローラーから、ニーナが降りるよりも僅かに速く、佇んでいた人影が声を発したのだ。
そしてそれは、明らかにレイフォンの物ではなかった。
だが、知らない人間の声と言うわけでもない。
「ツェルニ最弱の武芸者、ウォリアス・ハーリスです」
そう。レイフォンから唯一勝ちをもぎ取った、卑怯な戦い方しかできないはずの、ウォリアスだった。
ゆっくりと二人に向かって頭を下げたが、その仕草は慇懃無礼に見えてしまう。
ニーナの先入観では、恐らく無い。
「このような荒れた地にようこそおいで下さいました。しかしながら、当方にはあなた様方を持て成すことが出来かねますので、どうぞそのままお引き取り下さいますよう、お願いいたします」
再び頭を下げるウォリアス。
その丁寧な口調と仕草に比べて、敬意などと言う物は全くこもっていないのが分かる。
だが、ここでも問題なのはニーナ達が持て成されるために、こんな地の果てまで来たわけではないと言うことだ。
そして理解した。
レイフォンは一人で戦いに出たわけではないのだと。
「レイフォンは何処にいる?」
改めて訪ねる。
答えが返ってこないことはおおよそ理解していた。
ニーナ達はこの戦場に呼ばれていないのだ。
それはオスカーから既に知らされていたが、それでもメイシェンを見てしまい、居ても立ってもいられなくなって飛び出してきた。
その結果が、これなのだ。
「レイフォンですか? かなり向こうで戦っているようですよ」
他人事のように、フェリが先ほど表示したマーカーの、現在位置から五キルメルトルほど離れた場所付近を指し示した。
つまり、まだかなり先にレイフォンがいると言うことだ。
そして、ウォリアスは送り迎えのためだけにここに居ると言う事も理解した。
ならばこそ、ウォリアスはここにいるのだろう。
だが。
『お話中申し訳ありませんが』
「はいはい」
『フォンフォンが移動を開始しました。到着予想時刻は二十秒後。お客さんはその後10秒でそちらにご到着予定』
「了解しました。では予定通りに」
フェリのそんな通信が届いてから、僅かに5秒。
ニーナが状況の説明を求めるよりも速く、何か地鳴りのような音が辺りを支配し始めた。
それは不規則でありながら、酷く力強く、そして何故か禍々しい音の連なりだった。
「さて。お引き取り頂く時間も無いので一言。死にたくなければ付いてきて下さい」
ウォリアスのその台詞が終わる前に、空中から何かが降ってきた。
黒い固まりで、手には巨大な刀らしき物を持っている。
間違いなくレイフォンだ。
「ただいま!」
「お帰り!」
二人の間でそんなやりとりが行われた次の瞬間、ランドローラーが土煙を巻き上げつつ加速。
続いて飛び込んできたのは、巨大な焦げ茶色の物体。
レイフォンがやってきたと思われる方向から、大地を削り空気を引き裂き、あらゆる物に破壊の洗礼を与えようと猛烈な速度でやって来る。
「舌噛むなよ!」
シャーニッドの絶叫と共に、ニーナの乗ったランドローラーも加速する。
レイフォンはあれから逃げてきたのだという事が分かった。
その汚染獣の発する異常な圧迫感と、自分が今生きているのかさえ分からなくなりそうな猛烈な殺気。
こんな化け物に勝てるわけがないのだと、そう思ってしまった。
諦めると言う事を知らないはずのニーナがだ。
それは恐怖となり、その身体を締め付ける。
そして、その恐怖は汚染獣に対しての物だけではない。
レイフォンは、あの汚染獣と戦いあれほどの傷を負わせたのだ。
それにも恐れを覚えた。
だが、硬直したのも一瞬。
歯を噛みしめて恐怖を奥底に沈める。
何とか自分達を追ってきている化け物を倒して、生きて帰らなければならないのだ。
そのためにどうすればいいのか、それを考える。
だが、そんな時間は与えられなかった。
「あの赤い旗の間を走り抜けて! 外れた場所を走ったらそのままあの世行きですからね!!」
絶叫と呼べる声で指示をしたウォリアスが向かう先には、確かに竿に支えられた赤い旗がある。
それが二列。
まるで安全な道を示しているかのような配置だ。
いや。恐らくあの間だけが安全な道なのだろう。
速度を落とさないまま、その旗の間にランドローラーが突っ込む。
距離にして二百メルトル程度。
出口で急制動をかけつつランドローラーの向きを変えたウォリアスが、レイフォンに向かって巨大な容器を渡した。
おおよそ十リットルルは入ろうかという、銀色に耀くそれなりに重そうでいて、用途不明の容器だ。
「それでは皆さん、準備は良いですか!」
「何時でもどうぞ!」
ウォリアスの掛け声と共に、側車に乗っていたレイフォンが立ち上がり、巨大な容器を抱える。
そしてそのレイフォンの見詰める先にいるのは、見た事もないほど巨大で傷付きながらも、人間を食い尽くそうと迫る汚染獣。
そして驚いたことに、二人の声には全くおびえがない。
いや。むしろ確信がある。
ここであれを倒すのだという、その確信が。
そして、飛び上がったレイフォンを食らおうとして汚染獣がその巨大な口を開く。
身体に比べたら小さいが、それでも人間二人を同時に入れられるほどに大きく、何よりもその口腔に密集しているのは、小さな三角形の無数と言って差し支えない歯だ。
その巨体と敵意だけでも恐ろしいのに、開かれた口から覗くその歯が、更に恐怖を増幅させている。
だが、その口に向かってレイフォンは一直線に飛び込むかのような軌道を描きつつ、大きく身体を捻る。
そして、汚染獣の牙が獲物を捕らえようとしたまさにその瞬間、いきなりウォリアスの乗るランドローラーが跳ね上がる。
「でえええいい!!」
復元した錬金鋼を地面に突き刺し、それを支えに全力で浮き上がる車体を押さえるウォリアス。
それと同時に、レイフォンがいきなり空中で停止。
慣性の法則と共に捻っていた身体を逆に捻ることによって、抱えるように持っていた容器を汚染獣の口中に向かって投げつけた。
更にランドローラーが激しく暴れるも、何とか押さえつけるウォリアス。
レイフォンがそれに引っ張られるようにして空中を移動。
いや。先ほどからランドローラーが暴れているのはレイフォンと鋼糸でつながっているからだろう。
そして、汚染獣の口内に入った容器が、金属の悲鳴と共に破壊された。
次の瞬間。
「う、うわ!」
隣でシャーニッドが驚愕の悲鳴を上げた。
いや。恐らく悲鳴を上げたと思う。
すぐ隣にいるシャーニッドの絶叫が聞こえないほどの、凄まじい音量で汚染獣が苦痛の叫びを放ったのだ。
そしてニーナは我が目を疑った。
汚染獣の口から緑色の炎が迸ったのだ。
そんな能力を汚染獣が持っているのかと疑いたくなるような、それ程までに巨大で猛々しい緑色の炎だった。
「爆破!」
その汚染獣の絶叫に負けじと、ウォリアスが叫ぶ。
そして次の瞬間、赤い旗の両脇にあった地面が、いきなり土煙を噴き上げつつ陥没。
炎によって体勢を崩されていた汚染獣が、その片方へと落下。
腹を曝して多数の脚がもがいている。
「レイフォン!」
「おう!」
着地していたレイフォンが、再び活剄を使って高く飛び上がり、落下するよりも速い速度で汚染獣に向かって突き進む。
目標は、人間で言えば首と頭の境目辺り。
今までに感じたことの無いほどの莫大な剄の気配が辺りを支配し、レイフォンが持っている巨大な刀が蒼銀の輝きを放つ。
そして、見事に首と頭の関節部、甲殻が薄いだろう場所へとその巨大な刀が深く刺さる。
外力衝剄の化錬変化・炎破。
「っは!!」
気合い一閃。
直後にレイフォンが甲殻を蹴り三度空中へ避難。
次の瞬間、限度以上の剄を注ぎ込まれた錬金鋼が爆発。
それによって吹き飛ばされた甲殻の裂け目から、高温高圧の緑色の液体が噴出。
莫大な熱量によって、体内の水分を一瞬で水蒸気に変え、その膨大な体積の変化が暴力的な圧力を生む。
これは、幼生体戦でウォリアスが見せた必殺技と同じだ。
だが、違うところもある。
ウォリアスが幼生体で使った技は、刀の切っ先に強力な炎の針を生み出し、その熱と旋剄による突進力で甲殻を打ち破り内部から破壊した。
今レイフォンが使った炎破は、甲殻の隙間から刀を差し込み完全に中から高熱を発している。
制御が楽なために破壊力が大きいのだろう事が分かるが、実はまだ終わりではなかった。
空中で青石錬金鋼を鋼糸から刀に切り替えたレイフォンが、大きく振りかぶる。
天剣技 霞楼。
刀身を自分の背中に回して隠すような構えから、一気に振り抜き、そしてその姿勢のまま錬金鋼を手放した。
レイフォンが放った斬撃が錬金鋼の爆発と内部からの圧力で破壊された汚染獣の甲殻に着弾したが、何の変化もない。
いや。変化が無いのは見た目だけだ。
汚染獣の体内。
頭部の奥深くで何か信じがたいほどの剄の爆発を感じることが出来た。
そしてその爆心地を中心に、斬剄の檻が出現。
あらゆる物を切り刻み全てを破壊する。
と同時に、レイフォンの手を離れた青石錬金鋼が、やはり剄の過剰供給に絶えられなくなり爆発。
その爆音が消えた頃にやっとレイフォンが着地。
「レストレーション!」
そして側車に乗せてあった錬金鋼を手に取り、即座に復元。
それは、オスカーが汚染獣戦の時に使ったと言う、二メルトルに及ぶ巨大な銃にして刀。
斬獣刀だ。
天に向かって切っ先を突きつけるように構えたレイフォンが、油断無く緑色に燃える汚染獣を見詰め続ける。
今の一連の攻撃で仕留められなかった時の用心なのだろうが、まだ生きているとはとても思えない。
いや。殲滅が確認されるまで戦闘態勢を崩さないことこそが重要なのだろう。
「フェリ先輩?」
レイフォンが追撃を打つかどうか迷っている間に、ウォリアスがフェリを呼び出す。
念威繰者が殲滅を確認したら、やっとこの戦いは終わるのだ。
『何でしょうか?』
「いや。汚染獣がまだ生きているかと思いまして」
だが、フェリから返ってきたのは、猛烈に不機嫌な声だった。
それはもう、これ以上の不機嫌はないと言わんばかりの凄まじい不機嫌さだった。
『二千度を超えるような炎と、千度を超えるような化錬剄の炎。とても確認など出来ません』
「申し訳ありません」
なにやら謝り出すウォリアス。
あの緑色の炎は細目の少年の発案らしいことが分かった。
二千度という通常は決して遭遇することがない高温で、口の中を焼かれているのでは、いくら何でも生きてはいないと思うのだが。
『取り敢えず末端の温度が下がり出しました。恐らく殲滅出来ているのだと思います』
なにやら不確定な言い方をするのだが、少々距離を取っているはずのニーナさえ、かなりの熱さを感じる高熱の炎が未だに燃えさかっているのだ。
言い切ることが出来ないのは当然なのだろうと思う。
『警戒態勢を維持していて下さい』
「分かりました」
立つ瀬がないと言いたげなウォリアスが、渋々と何か金属の箱のような物を用意する。
それは縦横十センチ、厚さ五センチ程度の銀色に耀くやや湾曲した長方形の箱だった。
心当たりがあるのか、レイフォンが即座に食いついた。
「あれ? それってまだ有ったんだ」
「ああ。こっちは起爆装置が時限式なんだ」
レイフォンとウォリアスだけで話が進んでしまっているが、どうやら爆薬の類らしい。
武芸大会でさえ、状況によっては爆薬を使うのだ。
ならば、汚染獣戦で使わないなどと言う事の方が考えられない。
前回の幼生体戦ではなかったが、恐らく今回は発見から戦闘まで時間が有ったのだ。
だから用意出来たし、レイフォンは使ったのだろう事が分かる。
『一応殲滅を確認しました』
「了解しました」
そんな会話の最中、フェリからの声で何とか戦いが終わったらしいことが告げられた。
結局、ニーナは丸一日ランドローラーを使って移動して、そして戦いの最後を見届けただけだった。
それが無駄だったとは思えないが、それでも無力感に包まれてしまうのは仕方が無い。
緑色の炎の正体は、化学練成系 第五階位的な超ナパームです。