警告。今回の話は何か飲みながら読むと大変危険です。
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絶対に何か飲みながら読まないで下さい。
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では、先にお進み下さい。
野戦グランドでの訓練の後、ハーレイの持ってきた巨大な模擬剣の使い方を身体に教えたレイフォンだったが、これで今日が終わったという訳ではなかったようだ。
いや。もちろんこの後も色々とやる事はあるのだが、一息つくことが出来ると思っていたのだ。
だが、それもフェリが一緒ではそうそう容易なことではない。
何時間か前に髪を無茶苦茶にしてしまった以上、報復は覚悟しなければならなかったからだ。
だが、現実は何処までもレイフォンに過酷だった。
「兄から夕食代をせしめました。儲かりましたね」
「は、はははははは」
そう言うフェリの視線が命じているのだ。
これから食材を買って料理をしろと。
材料費はカリアンが出してくれたので十分な余裕が有るとは言え、今夜も寮に帰らずにロス家で料理をすると言うのは、かなりの問題が有る。
特にウォリアス絡みで。
そして、何故か不明なのだが、ウォリアスと一緒にリーリンが食べに来るのだ。
毎回ではないのだが、時々何の連絡もなくやって来るのだ。
もし、今夜リーリンがレイフォンの寮にやってきてしまったら。
明日の朝日を拝めるかどうか非常に疑問だ。
何故あんなにも不機嫌になるのか非常に疑問ではあるのだが、現実に起こっていることにけちを付けても何ら建設的ではないと自分を納得させて、理不尽な暴力に耐えているのだ。
逆らうことなどレイフォンには思いもよらない。
それを言うならば、メイシェンにもフェリにも逆らえない。
「・・・・・・・・」
逆らえない人間をリストアップすると、全て女性だと言う事に気が付いた。
ある意味ニーナやナルキ、ミィフィにも逆らいづらい。
いや。姉や妹たちにも逆らうと言う事が出来ていたとはとうてい思えない。
黙って悪事を働くという事は出来ていたが、正面切って反抗することは全く出来なかったし、そう言うことを考えることも出来なかった。
それからすると、アルシェイラを始めとする天剣授受者女性陣には、割と逆らいやすかったことに気が付いた。
そして絶望的な気分になった。
既にその逆らえる女性陣はいないのだ。
思わず溜息と共に涙が出てしまいそうになった。
「何を溜息などついているのですか? さっさと来なさい」
「はい」
塗擦場に引きずられて行く仔牛のように、トボトボと歩くことしかレイフォンには出来そうもない。
そして商店街に入ったところで、ある人物と遭遇してしまった。
いや。遭遇確率は極めて高かったのだが、それがまさか今日だとは思いもよらなかったのだ。
一瞬の思考停止の後、やっとの事で声をかける。
心の準備が出来ていないというのは、かなりきつい展開だ。
「や、やあメイシェン」
「れ、れいふぉん?」
何故か、メイシェンまで動揺著しく、今にも泣き出しそうな瞳が揺れている。
そしてその視線の先には、何故かフェリがいるのだ。
汚染獣戦が近付いてきていて、その事をメイシェンに話さなければならないレイフォンと違い、メイシェンには動揺する理由など無いと思うのだが、それでも激しく動揺しているのだ。
そして逃げ腰なメイシェンに向かい、フェリが一歩前へと出る。
「誤解してもらっては困ります」
「ご、ごかいですか?」
「ええ。私にも責任はありますね」
なにやら意味不明な会話が進行しているのは分かったが、非常に間に入りづらいような気がしたので、そのままやや引いたところで成り行きを見守ることにした。
そして、フェリの手が鞄に伸び、何かを掴んだようだ。
「フォンフォン」
「はい?」
そして呼ばれる愛称。
メイシェンの前だから良いのだが、いや。それを言うならば既にかなりの人がこの愛称を知っているのは間違いないから今更なのだろうが。
それでも少々抵抗を感じてしまう。
「少し屈んで下さい」
「? こうですか?」
軽く膝を曲げてみる。
フェリの頭の少し上にレイフォンの顎が来ている感じだ。
「上半身をもう少し前に傾けて」
「? こうですか?」
何をやりたいのかさっぱり分からないのだが、取り敢えず言われた通りにフェリの顔の少し上まで自分の顔を近づける。
そして驚いた。
いや。驚愕した。
「あ?」
「い?」
メイシェンも同じだったようで、驚愕に支配されつつも言葉を何とか絞り出した。
いきなりフェリの手が伸びて、レイフォンの首の後ろに回したのだ。
すぐ側にフェリの顔があり、その吐息が掛かる。
心臓が変なテンポで全力疾走をぶちかまし、全身の血管が拡張して余熱を放出しようと必死に働いているようだ。
だが、そんな行為をあざ笑うかのようにレイフォンの体温は危険なレベルまで上昇して、その上昇さえあざ笑うかのように事態は進展してしまった。
首の後ろに回されていた手が前に回り、軽い合成樹脂製の物質同士がぶつかる音が聞こえた。
そしてフェリが遠のいて行く。
それに吊られて、銀色の光る細い何かがレイフォンの首とフェリの手を結んでいる。
いや。現実から逃避するのはよそう。
鎖だ。
細くしなやかな鎖が、レイフォンの首からフェリの手に向かって伸びているのだ。
銀で出来ている訳ではなさそうだが、割と高価らしい事がその光り方で理解できてしまうと言う、なんとも裕福な鎖だ。
そしてその出発点はと視線を向けて、手で触って確認してみると。
「く、くびわ?」
「ええ。ペットには必要不可欠な装備ですから」
当然のことを聞くなと言わんばかりに、フェリが平然と答えてくれた。
あまりの事態にメイシェンに至っては、何のリアクションも取れないで居る。
そして、最も恐ろしいことなのだが、周りの買い物客の視線がレイフォン達三人に集中しているのだ。
ある者は蔑みの。
またある者は羨望の。
他の者は嫉妬の。
それぞれの視線がレイフォン達三人に降り注いでいるのだ。
「さあフォンフォン。速く買い物をして食事を作るのです」
ホレホレと鎖を引っ張られる。
珍獣みたいなあだ名だと思っていたが、まさか本当にペット扱いされるとは思わなかった。
だが、いや。だからこそ言わなければならないことがある。
「先輩?」
「何ですかフォンフォン?」
「普通に考えるとですね」
「はい」
周りの視線が好奇のそれに代わった。
何とかその視線に耐えてフェリに伝えるべき事を伝える。
「飼い主がペットの食事を用意しませんか?」
周り中の空気がどよめいた。
ちらほらと拍手が聞こえたりする。
そしてフェリの瞳が大きく見開かれた。
これは思っても見なかった反撃だったのかも知れないと、レイフォンが一瞬安堵の息をついたほどだ。
これでフェリのペットにならずに済むと。
「そうでしたね。私としたことが迂闊でした」
なにやら納得したようで、頷きつつレイフォンから首輪を外す。
そして思考すること一秒。
「トリンデン」
「あ、あう?」
「これを持っていて下さい」
いきなりメイシェンへ鎖の一端を差し出すフェリ。
疑問の表情と共に、取り敢えずそれを受け取ったが、すぐに事態はさらなる混乱へと突き進んでしまった。
あろう事か、フェリ自身に首輪を填めたのだ。
結果的に言って。
「これで毎日お菓子に不自由はしませんね」
周りから拍手喝采が聞こえるような気がするが、きっと気のせいだ。
あまりの事態にメイシェンが呆然として言われるがままに買い物を続けているのも、きっと気のせいだ。
ついでではあるが、レイフォンが荷物持ちとしてこき使われているのもきっと気のせいだ。
ペットに指図される飼い主など居ないはずだから。
成り行き上仕方がないこととは言え、自らをペットにおとしめてしまったフェリだったが、事態はさらなる混乱の渦へと突き進んでいたのだ。
メイシェン達の部屋に到着した次の瞬間、フェリの後ろにレイフォンが隠れ、その更に後ろにメイシェンが隠れるという、信じられない事態へと突き進んだ原因が、すぐ目の前にいる。
自分の家に帰れば良かったと思うが、いつカリアンが帰ってくるか分からない状況では、おちおちとレイフォンで遊んでいられないのだ。
と言う事で、ヨルテム三人衆しかいない部屋へとやってきたが、それはどうやら思っても見なかった成功を収めたようだ。
「フェリ先輩がここに居ることにはあえて突っ込まないわよ?」
「あ、あう」
「はう」
怯える二人が、更にフェリの後ろへと隠れる。
こういう事態になるとは思っても見なかったのだが、これはこれで結構楽しい。
「メイと一緒に帰ってくるのも問題無いわよね?」
目の前で汚染獣以上の脅威となっているリーリンは、きっとそうそう見ることが出来ないはずだから。
だが、今の体制は少々窮屈ではある。
メイシェンに持たれた鎖が間接的にフェリの首を絞めているのだ。
なので、事態を更に混乱させつつ、フェリ自身の身の安全を確保しなければならない。
先の尖った黒い尻尾を機嫌良く振っているミィフィや、疲れ切った老人のようにソファーに座り込んで全てを見なかったことにするつもりのナルキ、カメラを持ったイージェとウォリアスはきっと傍観者に徹するつもりだろうから。
「でねレイフォン?」
「はう」
「何でフェリ先輩が首輪なんかしているのかしら? 私はそれを是非とも聞きたいのよ? 分かるわよね当然?」
右手に持った果物ナイフに異様な輝きを宿しつつ、にじり寄るリーリン。
普通に聞かれたのだったら、当然正直に答えることが出来るだろうが、生憎とただ今現在、レイフォンに平常心など存在していない。
と言う事なので、ここぞとばかりに虐めてみる。
「フォンフォンがあんな事をするとは思いませんでした」
次の瞬間、部屋が凍り付いた。
それはもう、時間さえ止まったかと思うほど完璧に。
リーリン以外は割と楽しい見せ物程度の雰囲気だったのだが、それが一気に変わってしまったのだ。
「私にあんな屈辱を与えて悦に入るなんて、とても信じられません」
もちろん、フォンフォンという愛称絡みの自爆のことを言っているのだが、周りの人間がそう取るはずはない。
そう。激昂し続けているリーリンならばなおさら。
「へ、へえ。そんな事も出来るんだレイフォンは?」
「は、はう」
「偉いねレイフォン?」
偉いねと言いつつも、持った果物ナイフだけでレイフォンを解体処分する気満々だ。
各間接部の靱帯や筋肉を切断していって、何個目で死ぬかとか平然と賭けそうな雰囲気がある。
流石に汚染獣が接近している今そんなことをされたら、フェリ自身が死んでしまう。
と言う事でネタをバラして事態を収拾しようとしたのだが。
「うんうん! 流石レイとんだ! 女の子を辱めて悦に入るなんてそんな外道な行為、そんじょそこらの男子には出来ないよね!」
何か映像記憶装置を弄びつつ、ミィフィが元気いっぱいに叫んでしまった。
どうやら前科があるようだ。
まあ、ツェルニが危機的状況に無ければフェリももっと遊んだだろうが、これ以上は危険すぎるのだ。
だからリーリンの手を取り、そして告げる。
「冗談です」
「・・・・? どの辺から?」
「始めから」
あまり事態を混乱させすぎて、夕食が食べられないという事態は避けたいし、何よりもデザートを取り上げられるという制裁は絶対に回避しなければならないのだ。
そして何の予兆もなく暴走状態から回復するリーリンと、安堵の息をつくレイフォン。
そうすると当然何故フェリが首輪などしているかという疑問がわき上がってくる訳で、懇切丁寧に事実を語る。
それに納得する一同。
だが、実はまだ問題は解決していない。
フェリの夕食を誰かに作ってもらわなければならない。
と言う事で見回す。
料理が出来るのは当然メイシェンにリーリンにレイフォン。
可能性があるのはナルキとウォリアス。
ミィフィとイージェに期待することは地獄を見ることと同義だろうから、考慮の対象外だ。
そして天恵が降りてきた。
愛玩動物と料理をする人を、別々に確保すればいいのだと。
そして見回す。
メイシェンは実に小動物チックで、首輪も非常に似合いそうではあるが、生憎とお菓子を作ってもらわなければならないので却下だ。
次にリーリンだが、こちらは愛らしいとか可愛らしいと言うよりも、どちらかというと清純と言った感じだし、やはり料理をしてもらわなければならないので却下だ。
ナルキだが、はっきり言って凛々しいという言葉がピッタリ来る以上、愛玩動物としては残念ながら不適格だ。
ミィフィに視線を向けてみるが、その行動を観察していると楽しそうではあるが、少々気性が激しすぎる気がするので却下だ。
イージェとウォリアスだが、考慮の対象外。
となるとやはりレイフォンしか居ない。
先ほどの首輪もこれ以上ないくらいに似合っていた。
だがここで問題になるのは、やはり料理が出来るという特殊技能。
だが、今日二度目の天恵がフェリの中に舞い降りてきてしまった。
そのあまりの恐ろしさに、自らの口元が歪むのが分かる。
ニヤリと。
おもむろに首輪を外しレイフォンに付け直す。
驚いて固まっている姿と相俟って、あつらえたかのようによく似合う。
「決まりました」
「な、何がでしょうか?」
「やはりフォンフォンは私のペットです」
「い、いや。それだと僕のご飯をフェリ先輩が用意しなければならないと」
「私に料理をさせたいのですか?」
「・・・・・。とんでも御座いません」
前回の料理風景でも思い出したのか、レイフォンの顔から血の気が引いて行くのが分かった。
そして、やっとの事でフェリに料理させると言う事が何を意味するのか、理解してくれたようだ。
これで外食に頼らずに済むと少しほっとする。
実は誰も料理をしないロス家の生活が、フェリに家庭料理に対する望郷の念を呼び覚ましていたのだ。
ある意味ホームシックと言って良いかも知れない。
実家のコックが作ってくれた料理の数々を夢見てしまうのだ。
だが、その苦しみも今日で終わりだ。
これからはフォンフォンがフェリの食事の面倒を見てくれるのだから。
「あ、あう。レイフォン」
「落ちたわねレイフォン」
メイシェンとリーリンの視線がレイフォンに突き刺さり、そうでなくても情けない表情が、更にもの悲しくなっているような気がする。
少しだけ。ほんの少しだけ胸がキュンとなってしまったような気がする。
なのでそっと視線をそらせる。
「そ、そんな酷いですよフェリ先輩」
懇願の視線で見られているような気がする。
これは少々居心地が悪いが、断固としてレイフォンを確保しなければならない。
なので、思いついた事を並べて煙に巻く事にした。
「これはF理論で説明出来る現象です」
「F理論ですか?」
突如出した単語に戸惑うレイフォンと、その他の皆さん。
ここで弱みを見せてはいけないので、堂々と胸を張って説明を続ける。
「縦、横、高さと時間の四つの次元。そしてそれに絡み付く、小さな七つの次元を持つこの世界の基本は、信じられないほど小さな紐です」
「いや先輩。それってM理論ですって」
当然予測していた通りに、ウォリアスの突っ込みが入った。
だが、ここをなんとしても乗り切らなければならない。
「そのM理論に変数Fを加えることによって、この世の不条理と理不尽を数学的に、全て解き明かしたのがF理論です」
部屋中をどよめきが支配する。
そして更に止めを放つ。
「数学的に解明されたそのF理論に乗っ取れば、フォンフォンは私のペットでありそしてコックなのです」
勝った。
小さく胸の中で勝利を宣言した。
あまりのことにレイフォンは思考停止状態だし、他の人達もただ一人を見詰めている。
その一人は永遠の謎に挑戦する哲学者のように、そっと静かに考え込んでいる。
その沈黙は今まで騒然としていた部屋の空気を、生まれてからこれまで感じたことの無いほど静かな世界へと変えた。
そして実に二分十三秒。
ゆっくりとウォリアスがレイフォンを見る。
「レイフォン」
「な、なんだよ?」
「数学的に正しいのならば、それは最低でも間違っていないんだ」
「お、をい!」
「だからお前、フェリ先輩の専属コックでペットだ」
「お、おいぃぃぃぃ!」
分かってやっている人間だけに始末が悪い。
思考停止状態の最中にそんなことを言われたレイフォンは、当然のように慌てふためき混乱し、そしておろおろと辺りを見回している。
後一押しだ。
「さあ珍獣フォンフォン」
「ち、珍獣ですか?」
「ええ。飼い主のために必死にご飯を作る珍獣です」
「む、無茶苦茶ですよ!」
「F理論で説明出来ますから、全く持って正しいのです」
あわあわと取り乱すレイフォンを眺めつつ、他に気が付いている人間がいるかと辺りを見回してみる。
当然ウォリアスは最初から気が付いて乗ってきているので除外だが、後はミィフィだけが楽しそうにフェリとレイフォンを観察している。
この混乱の内に全てを終わらせた事に、少しだけ自分を褒めてやりたくなってしまった。
そんな中、生け贄になった少年の視線が、やっとの事でフェリを捉える。
「あ、あの先輩?」
「何ですかフォンフォン?」
あまり表情が動かないが、それでも全力で優しげな視線で見詰めてみる。
視線を真正面から受けて、あっさりと取り乱すレイフォン。
「そ、その」
「はい」
「Fって、何の頭文字ですか?」
結構痛いところを突いてきた。
視線が定まらないというのに、頭の中はまだ混乱しているはずだというのに、それでも本能的に急所を突いてくるとは、流石珍獣である。
だが、それに対する防御は完璧だ。
「知りたいですか?」
一転ニヤリと笑ってレイフォンに問い返す。
そのまま答えたとしても全くかまわないのだが、このくらいは選択させても問題無い。
「・・・・・・・・。滅相も御座いません」
「では、速くご飯の支度をして下さい」
「うわぁぁぁぁぁん」
重い足を引きずりつつキッチンへと歩むレイフォンは、まるでゾンビのようだった。
こうしてフェリの食生活は、驚異的に豊になったのだ。
珍獣フォンフォンが泣きながら食事の準備を始めたのを眺めつつ、その片棒を担いでいながら完全に高みの見物を決め込んでいるウォリアスは、実は違うところで頭を使っていたりもした。
F理論がどうのと言うのは、実はメイシェン対策のためにとっさに話に乗っただけだったのだ。
そして、今のやりとりで一応の方向性を見いだすことが出来た。
やはりここはメイシェンに頼るしか無いのだ。
矛盾しているように見えるのだが、それ以外に有効な方法を見つけることが出来なかった。
「メイシェン」
「あ、あうぅぅ?」
泣きながら料理をしているレイフォンの後ろ姿を見つつ、心ここにあらずという雰囲気の少女に声をかける。
いや。実際レイフォンの首輪姿はなかなか似合っているので、これはこれで良いのかと思うウォリアスと違って、メイシェン的にはあまり好ましくないと思っているのだろう。
まあ、十分以上に気持ちは分かるのだ。
「あのね」
「あう?」
「今度、非常食としてレトルトのシチューを作ろうという計画があってね」
「あう?」
まだ取り乱し気味だが、少しずつ現実に戻ってきているようで、瞳の焦点がウォリアスに合いだしている。
と同時に、なんだか敵意がこもってきているようにも思える。
当然では有る。
「それでメイシェンにも作って欲しいんだ」
「な、何故私なんですか?」
「いや。いろんな人に作ってもらって、試食してもらってからどれにするかを決めるんだ」
嘘であるが、これはこれでなかなか上手いやり方だと思う。
それに、好評だったら本当に売り出しても良い。
まだ迷っているように見えるので、念押しというか駄目押しをする。
「試食役はレイフォンに頼もうと思っているんだ」
「レイフォン?」
「ああ。金欠病に犯されているレイフォンなら、どんな不味い物でも食べるだろうから」
「・・・・・・」
失言に気が付いた。
メイシェンから出ている敵意が少しきつくなってしまった。
いくら金欠病に取り憑かれているとはいえ、身体が資本の武芸者なのだから食事には気をつけているはずだし、そもそもメイシェンが管理をしているような物だ。
試食に不味い物を食べさせるというのは、少々問題がある。
もったいないので全部食べる事は間違いないが。
それはさておくとしても、このまま怒らせてしまっては、安眠が遠のいてしまうので何とか軌道修正を図る。
「そもそも、都市外作業の携行食というのも視野に入っているんだ」
「都市外?」
「そ。鉱山とかでの作業で持って行くやつね。都市外での戦闘経験が多いレイフォンだから、適任だと思ってね」
都市外での戦闘は数日に及ぶことがあるから、レイフォンも非常用テントとかでの食事は経験しているはずだ。
ならばこそ、そこでどんな事を思ったかとか、何が便利で何が使いにくかったかと言う事は、都市外活動用の非常食を考える上で非常に有益だ。
もちろん、戦闘中にレトルトとは言えシチューなど食べている暇はないが、往復の時ならば十分に可能だと思う。
それよりも何よりも、最も問題なのはメイシェンなのだ。
「と言う事で、レイフォンに試食させるためにレトルトシチューを作りたいんで、協力してくれるかな?」
細い眼を更に細めて、更に小首をかしげてメイシェンにお伺いを立てる。
断るとは全く思っていないが、本人の意志を最大限尊重したいのだ。
ウォリアスが見詰めていると、懐に右手が伸びて行くのが見えた。
まさかいきなり銃撃とか言う展開を予測したが、出てきたのは何故か基礎状態の錬金鋼。
「レストレーション」
「へ?」
復元鍵語と共に、メイシェンの手の中で爆発的に大きさと質量が増えた。
一般的に錬金鋼とは武芸者の武器であるが、音声言語と剄紋を登録しておくことで一般人でも使うことは出来る。
武芸者しか持たないのは、あまりその必要がないからに他ならない。
胸のポケットの中に錬金鋼をしまっておいて、いざという時に復元して使うなんてことが必要なのは、おおよそ武芸者くらいな物だ。
犯罪に巻き込まれた一般人が持っていたら便利だが、念のための保険にしては金額が高すぎるのが問題で流行ってはいない。
まあ、つまり、メイシェンが持っていることが不思議ではないと言う事は出来るだろうが、意表を突かれたことだけは事実だ。
そして更に恐るべきことに、復元されたそれは鋼鉄錬金鋼製の刀だった。
「って、ちょっと待った!」
刀身はレイフォンの刀に比べて、遙かに薄く短い。
短刀というカテゴリーに入るだろう。
だが、その全長や薄さに比べてかなり幅がある。
巨大な包丁かと思えるほどのシルエットだ。
そして切っ先付近に設けられた、重量軽減のための樋。
何よりも特徴的なのは、その薄さに不釣り合いなほどの大胆さで打たれた刃文。
どれだけ優れた技術を持った刀工が作り上げたか、その刃文の入れ方だけで十分に分かる。
そしてそんな凄まじい技術を持った刀工は、たった一人しか知らない。
「庖丁正宗」
そして、その短刀のなを呟く。
いや。もちろんオリジナルではない。
錬金鋼で有る以上複製であるのだが、名刀中の名刀と呼ばれるそんな幻の一品を持っていることが、全く信じられない。
データーさえあればいくらでも量産出来るとは言え、その薄さ故に使いこなすことが非常に難しく、滅多に見られるものでは無いのだ。
そもそも短刀というサイズからして、武芸者はあまり持ち歩かない。
更にメイシェンが持っていて、しかもこのタイミングで取り出すという意味が分からない。
「おお! それはまさに庖丁正宗! それを使って料理をするのか!!」
何故か絶好調なミィフィが非常に喜んでいる。
そして理解した。
この名刀中の名刀は、まさに包丁としてメイシェンによって使われているのだと。
さぞかし凄まじい切れ味だろうが、料理に使うことにも疑問を感じる。
メイシェンが使うには、明らかに大きすぎるし重すぎるのだ。
思わず目の前が暗くなってしまったが、やる気になっているらしいので何とか変な突っ込みは控えることにした。
このシチューが、もしかしたら決定打になるかも知れない。
そう思って、名刀を持ってキッチンへと向かうメイシェンの、勇ましい後ろ姿を見送った。
それはまさに戦場に向かう戦士のようだった。
「・・・・・・」
そして視線を感じた。
リーリンの物問いたげな視線を感じたのだ。
鋭いところがあるから、もしかしたら何か気が付いたのかも知れないと思ったのだが。
「私も参加して良い?」
「クラハム・ガーみたいな、油こってりは駄目だよ」
危惧した方向で進まなかったので、何とか冷静に対応することが出来た。
もしかしたら対抗意識があるのかも知れないが、別段実害があるわけではないので念のための注意をしつつ了承する。
「分かってる。あれは流石にレトルトには出来ない物ね」
二日酔いの時に見たあれは、流石にトラウマ物になっているのか、身震いしつつもメイシェンとレイフォンがいるキッチンへと足を進めるリーリン。
それはすでに戦場の様相を呈し始めた、まさにキッチンスタジアムだった。
誰が最も美味しい物を作れるかという、熾烈を極める戦いの場だ。
これはやはり、オスカー辺りと相談してゆくゆくは商品化しようかと、思わぬところで拾い物をしたウォリアスは、こっそりと捕らぬ狸の皮算用などしつつ、夕食が出来るのを待つことにした。
豆知識。
F理論
M理論とは、星の動きのような大きな事柄を説明できる相対性理論と、原子核の中で何が起こっているかという小さな世界を説明できる量子物理学、その二つを統一して、一つの理論で宇宙を説明しようとしている理論の事。
この世界を作っているのは、信じられないほど小さな一種類の紐であり、振動する周波数で色々な現象を起こすという内容。
このM理論が成立するためには、縦横高さと時間の四つの次元、それに絡みつく小さな七つの合計十一個の次元が必要であるとされている。
だが、亜空間増設機やオーロラフィールド、ゼロ領域などがある世界には、全く通用しない。
そこで提唱されたのが、M理論に変数Fを加える事によってあらゆる不条理や理不尽を数学的に説明しようとするF理論だ。
超統一理論として期待されているが、何故か特定の少年を虐める事にしか使われていないという、悲劇の超理論である。
珍獣フォンフォン
霊長類人科に属する、大変珍しい獣である。
現在ただ一個体しか確認されていない。
特色として、飼い主のために献身的に家事をすると言う事が分かっているが、他は全く分かっていない謎の珍獣である。
庖丁正宗
正宗名刀中の名刀として、現在国宝指定を受けている。
映像でしか見た事がないが、まさに包丁的な外見をしている少し変わった短刀である。
メイシェンの錬金鋼はこれが原型であるが、一般人が復元できるかどうかについては原作に明確な記述がないために、勝手な解釈が含まれている。
ついでに、レイフォンの刀について。
こちらも明確に記されていないが、刀の特色から考えると正宗であると思われる。
と言う事で、復活の時でもそれに沿った設定で進む予定。