生徒会本塔までフェリを引っ張ってきたカリアンだったが、そこで今までにない拒絶の意志を見せられてしまった。
一般人よりは多少強力だという程度の筋力ではあったが、一般人としても運動が苦手なカリアンの手を振り払うのはそれ程難しくなかったようだ。
「フェリ。今がどう言う状況か解っているはずだ。念威繰者としてのお前の力が必要なのだよ」
フェリが念威繰者としての自分を嫌悪していることは知っている。
念威繰者以外の生き方を探すために、ツェルニに来たことも知っている。
だが、実際には何もやっていないこともまた知っているのだ。
ならば、せめて非常事態の時だけでも念威繰者としての力を使って欲しいと、そう思うのは傲慢なのだろうか?
「嫌です!」
念威繰者というのは、感情の表現が苦手な者が多い。
フェリもその例に漏れずに、たいがいにおいて無表情なのだが、今この瞬間はきっちりと不快を表している。
それは今まで見た中で最も激しい感情表現だ。
もしかしたら、強引に転科させると言う事がなければ、もう少し穏やかに話し合うことも出来たかも知れないが、その選択は既に終わっているのだ。
「お前だってツェルニが滅んだら死ぬことになるのだよ?」
「かまいません」
即答だった。
この事態を招いた原因の一部は確かにカリアンにある。
それを理解していても尚、生徒会長としてツェルニの最高権力者として、使える戦力は全て使って生き残る手立てを考えなければならない。
だが、ここで問題になるのは、カリアンに対するフェリの心情が著しく悪いと言う事だ。
今この場でどんな約束をしても、きっとフェリはそれを信じることが出来ないだろう。
信じることが出来ない約束などに全く意味はない。
それはつまり、話し合いも妥協も出来ないと言う事。
長い時間をかければ話はまた違ってくるのだろうが、あいにくと今はその時間が無い。
「みんなで死ねば怖くないかも知れません」
「それはないと思うのだがね」
フェリをどうにかするためには、決定的に時間が無いのだ。
汚染獣が実際にツェルニに取り付くまでもう暫く時間はあるが、その前に迎撃準備を整えなければならない。
フェリのために割ける時間は、もうほんの僅かだ。
そしてカリアンが絶望しかけたまさにその瞬間、何か黒い影がカリアンのすぐ脇に降り立った。
「!!」
驚いたのはカリアンだけではないようだ。
フェリもその瞳を限界まで大きくして、驚きを表現している。
カリアンなどは心臓が動いているか、思わず胸に手を当てて確認したほどだ。
「ここにいたんですかフェリ先輩」
悲鳴を上げそうになる口を何とか押さえつけている間に、その影が言葉を発する。
それはカリアンが良く知る人物であり、この危機的状況をひっくり返してくれるかも知れない、救世主的な存在。
「レイフォン君」
「あれ? 会長いたんですか?」
わざとだと思うのだが、カリアンの存在に気が付かなかったようだ。
レイフォンに嫌われる理由については、色々と心当たりがありすぎるので、まあ、気にしないことにする。
二人の間だけで勝手に話が進んでいるようだし。
「なんですか? 貴男も私に戦えと言うのですか?」
「はい。フェリ先輩が戦ってくれると助かります。でも」
「でも?」
「どうしても嫌だったら強制はしません。戦場に立つのはその意志がある人だけで十分ですから」
レイフォンの台詞は、今のツェルニの事情を知らないために言えたのだ。
いや。グレンダンやヨルテムと同じだけの戦力があると思っているのかも知れない。
非常に迷惑な話だ。
はっきり言ってツェルニの武芸者で今の状況を乗り切ることは不可能だ。
レイフォンを計算に入れないならと言う条件が付くが、残念なことにヴァンゼのお墨付きも貰ってしまっている。
つまり、戦えるのならば多少の無理をしてでも使わなければならないという、切羽詰まった状況であるのだ。
「戦いたくありません」
「そうですか? でも」
「でもなんですか? 貴男も武芸者や念威繰者の義務とか言うつもりですか?」
激昂しているらしいフェリが、レイフォンに対して言ってはいけないことを言ってしまった。
武芸者の規律を破ってしまった人物に。
だが、レイフォンの方は全く平然としてそれを受け止め、更に言葉を重ねる。
「そんな事は言いませんよ。でも良いのかなって」
「何がですか?」
「お兄さんが死んでしまって」
「?」
突如話を振られたカリアンは、かなりの勢いで途方に暮れてしまった。
どう考えてもフェリがカリアンのために戦うとは思えない。
むしろ殺しに来ることを心配するほどだったのだ。
ヴァンゼの所に泊まり込んでいたのは、つい最近の話なのだ。
「前にも言ったはずです。兄は一度死んでみた方が良いのだと」
本人の前だというのに、全く物怖じせずに言い切るフェリ。
覚悟はしていたのだが、かなり胸が痛かった。
誰にも気付かれることの無いように、こっそりと胸の痛みをこらえる。
「それはおかしいですよ」
「兄弟愛とか言うつもりですか?」
「とんでもない」
一瞬だけだが、レイフォンがフェリとの仲を取りなしてくれるかも知れないと考えたのだが、それはあまりにも甘い予測だったようだ。
何の躊躇もなくレイフォンからも切って捨てられるカリアン。
「ならば何ですか?」
「復讐ですよ」
「ふくしゅう?」
思わず間抜けな声を上げてしまったのはカリアンだ。
自分の手を汚すことなく、汚染獣による滅びがカリアンを襲おうとしている今この瞬間、それ以外の復讐があるのだろうかと疑問に思ってしまった。
もしかしたら、レイフォンがフェリの希望を叶えて、なぶり殺しにするとか?
「後で殴れとか言うのですか?」
「とんでもない」
何故か非常に嫌な予感がする。
はっきりとは言えないけれど、レイフォンをこれほど怖いと思ったのは初めてだ。
武芸者としての能力は確かに凄まじいが、その性格から誰かに酷い仕打ちをすると言う事が想像出来なかったのだ。
だが、今はどうだろう?
はっきり言って怖い。
足の指先から毎日少しずつ削って行くことさえ出来るかも知れないと、そんな恐ろしい予測が平然と出てきてしまうくらいだ。
「例えばですね」
「例えば?」
「結婚式があったとしますよね? 当然お兄さんの」
「無いとは言い切れませんね」
フェリがカリアン・ロスをどう思っているか十分に理解出来る一言だった。
確かに腹黒いとか陰険とか言われるが、それなりに女生徒には人気があるのだが、妹の評価はだいぶ違うようだ。
「その結婚式でですね」
「はい」
「是非とも忘れたい暗黒の歴史を披露して、緊張している新郎新婦の心をほぐして差し上げるとか」
あえてここで言うが、フェリは念威繰者だ。
しかも、かなり凄まじい才能を秘めている。
その気になれば、カリアンの私生活を全て子細に観察することだって出来るほど、凄まじい危険性を秘めている。
狙われたら最後、勝ち目は全く無い。
そして、復讐と言いながらも親切心からの行動のように言って、フェリの罪悪感をかなり軽減している。
罪悪感なんて物がフェリに有ればの話だが。
「例えばですね」
「はい」
なんだか、フェリの表情が嬉しそうに思えるのだが、きっと気のせいだろう。
と言うか気のせいであって欲しい。
「都市長選なんて物があったとして」
「ありますね、そう言うの」
「お兄さんが激務で身体を壊すのを見たくないから、対立候補の方にこっそりとスキャンダル情報を教えて差し上げるとか」
ロス家は情報を商うことで財をなした。
逆に言えば、情報の入手や分析加工そして流通と言った物については、相当に優秀なノウハウがあることを意味している。
それとフェリの念威が融合したらどうなるか?
考えるだけでも恐ろしいことになる。
念威繰者の規律とか誇りとかを頼りに、この困難な局面を乗り越えることが出来るだろうかと考える。
無理である。
レイフォンのように表舞台に出て罪を犯す訳ではない。
こっそりと裏方で工作するのだ。
どう考えても危険極まりない。
「フェリ」
その結論に達したカリアンは、何とかフェリを宥めようと思ったのだが、すでに全ては決してしまっていた。
銀髪を紫色に耀かせると錬金鋼を復元。
無数の念威端子が宙を舞い情報の収集を開始。
今までに見たことがないほど真剣なフェリを見る。
全ては終わった。
「私は戦います! 兄さんもさっさと自分の仕事をして下さい」
言うが早いかカリアンのことなど忘れてしまうフェリ。
これは非常に拙い。
何とかレイフォンから取りなしてもらえないかと、懇願の視線を向けてみるが、全然無駄だった。
カリアンのことなど無視してフェリに全ての注意が行っているようにしか見えない。
と言うかわざと無視しているようだ。
「何をしたらいいですか?」
「今来ている汚染獣、恐らく幼生体だと思いますけれど、その位置と数の把握」
「問題ありません」
「僕が撃破して行きますから残存数が三百になったら教えて下さい」
「了解しました」
「それと、母体の居場所とそこまでの進行路の割り出し」
「それには時間が掛かります」
「ツェルニに取り付いた幼生体が殲滅されるまでに出来ればいいので、慌てる必要はありませんが余裕は多くありません」
てきぱきとフェリに指示を飛ばすレイフォンは非常に心強いのだが、少々怖い気がする。
だが、一転フェリが少し考え込むような仕草をする。
これはつけいる隙があるかも知れないと思ったのも束の間。
「少し報酬が欲しいのですが?」
「僕が用意出来る物でしたら」
「貴男にしか用意出来ません」
「何が良いですか?」
フェリが報酬を望むなどと言うことは初めてだ。
これはきっと途方もない何かを要求するに違いない。
例えばレイフォンの命とか。
ならば、この交渉は決裂するだろう。
ツェルニに迫る危険は大きくなるかも知れないが、カリアンの身に降りかかる恐怖はだいぶ軽減される。
最高責任者としては、有ってはならない思考ではあるのだが、カリアンとて人の子である。自らに降り注ぐ火の粉は少ない方が良いに決まっている。
「お菓子です」
一瞬で全ての希望が打ち砕かれた。
メイシェンのお仕置きはまだ続いていたようで、とばっちりを食らい続けているのだろう。
そしてそれに耐えられなくなったフェリが、この機会を使いレイフォンからお菓子の横流しを要求している。
念威繰者の報酬としては非常に低価格だ。
これを断ることはないと断言出来てしまうカリアンは、きっとこの先地獄を見てしまうのだろう。
「ああ。僕が受け取るお菓子の八割を一週間分でどうでしょうか?」
「問題ありません」
あっさりと交渉が成立。
呆気に取られている間に、いきなりレイフォンの姿が消えてしまった。
当然汚染獣と戦うために出かけたのだろう。
ツェルニのためにはそれはそれは頼もしいことなのだが、カリアンにとってとなると少々話が違ってくる。
なので、出来るだけ被害が少なくなるように少々努力してみることにした。
「フェリ?」
「何をしているのですか? さっさと迎撃の準備でもしていて下さい。私は今忙しいのです」
とりつく島もないとかけんもほろろと言った感じで、汚染獣の情報を集めて加工してレイフォンに送るという作業に没頭するフェリ。
非常に頼もしいのだが、それ以上に怖い。
「カリアン。妹さんが言う通りにさっさと仕事をしろ!」
「ごぼ! ヴァンゼ首が絞まっているよ」
始めから側にいて全てを見ていた盟友が、何か非常に手荒にカリアンの襟首を掴み、猫でも扱うかのように運んで行く。
はっきり言ってかなり苦しいが、カリアンのなけなしの誇りをかけても、苦情は控えめにしなければならない。
それ以上に問題なのは実はフェリなのだ。
「アルセイフが何をするつもりなのか連絡をくれと伝えてくれ。本当は先に連絡が欲しいが時間がないようだからな」
「分かりました」
フェリとヴァンゼの間で勝手に話が進んで行く。
ここでもカリアンに出番はない。
そしてズルズルと引きずられて行くカリアンだが、是非とも確認しなければならない事があるのだ。
「な、なあヴァンゼ?」
「なんだ?」
生徒会本塔に入ったところで苦しい息の下、ヴァンゼに話しかける。
その太い腕を軽く叩き、ギブアップの意志を伝えるのを、当然忘れない。
なぜならば、用件は非常に重要だからだ。
「フェリが笑っていたように見えたのだが、気のせいだよな?」
「ふ」
そう。連れ去られるカリアンを見るフェリが笑ったように見えたのだ。
念威繰者とは表情を表すことが苦手な人達だ。だというのにフェリが笑っていたように見えたのだ。
ニヤリと。
その凄まじく不気味な笑顔は、カリアンの魂を凍り付かせるのに十分だった。
だが、きっと見間違いだ。
フェリがあんな風に笑うことなどあり得ないと、兄であるカリアンには十分分かっているのだ。
だが、誰かの保証が欲しいのもまた事実で、取り敢えず盟友であり武芸長を勤めているヴァンゼに聞いてみることにしたのだ。
きっと間違いだから。
「知らなかったのかカリアン?」
「な、なにがだい?」
「あれこそ俺が恐れているお前のニヤリだ。良かったな客観的に見られて」
「・・・・・・・」
もし、ヴァンゼの言っていることが本当だったとしたのならば、それはそれは恐ろしいことになる。
カリアンが笑ってヴァンゼが恐れる時、それは凄まじく邪でいて真摯でいて悪辣なことを考えている時の笑いだ。
同じ精神状況でフェリが笑っているのならば。
「・・・・・。止めた」
これ以上考えるのは止めることにした。
兎に角今は汚染獣の襲撃を何とかしなければならない。
全ては今日を生き抜いてから考えようと、現実逃避的に心を決めたカリアンは、会議室に集まった生徒会上層部を率いて迎撃の準備を始めた。
念威端子を使いレイフォンの支援をしながら、フェリは少々驚いていた。
別段カリアンを憎いと思っていたり、実際に死んでも良いと思っていた訳ではない。
ある意味意地を張っていただけだ。
カリアンに武芸科に強制的に転科させられて、かなり怒っていたのは間違いないけれど、今日の状況は少々違った。
今日の反抗の原因は、自分でも子供っぽいと思うのだが、カリアンへの意地だった。
絶対にカリアンの言う事だけは聞かないという意地が、フェリに汚染獣戦への参加を拒絶させていたのだ。
それがどう言うことかは十分に理解しているのだが、それでもフェリは戦うことを拒絶した。
レイフォンの話を聞いていたが、飢えたことがないフェリにはそれを実感として認識することが出来なかった。
だが、死に対して非常に強烈なトラウマを持っていることは理解出来た。
その時のフェリをレイフォンが見たらきっと悲しむだろうと言う事は分かっていた。
怒り狂ったりするところは全く想像出来なかったが、悲しむところは容易に想像出来た。
それは分かっていたのだが、どうしても戦うための後一歩が踏み出せないでいた。
そんなところにやってきたのが話題のレイフォンだ。
あの状況ならば、レイフォンが一言頼むと言えばそれで良かったのだが、何故か話が非常に変な方向へと飛んでしまった。
カリアンに復讐するというのは単なる建前で、あの恐れおののいた表情を見られただけでも十分に目的は達成されている。
メイシェンのお菓子については、まあ、有ったら嬉しいおまけと言った感じだったのだが、損はしていないから良しとしよう。
実際の所、すでに制裁は解除されていて、お菓子はそれなりにもらえているのだが、多くて困るものでは無いので、駄目で元々といった感じで要求しただけだし。
「はあ」
だが、問題なのはそのメイシェンのお菓子が食べられないかも知れないと言う、かなり切迫した現状の方だ。
ただいま現在確認されている汚染獣の総数は千を越えてしまっている。
そして更に増量中。
お菓子だったら嬉しいのだが、汚染獣では全然嬉しくない。
圧倒的な実力を持つレイフォンとイージェという戦力を加えてみても、明日の朝日が見られるとは思えない状況だ。
だと言うのにレイフォンはその絶望を目の前にして、あっさりと言ってのけたのだ。
三百になったら教えてくれと。
その時数字は理解出来たが、実際に何を意味しているのかは全く分かっていなかった。
そう。念威端子越しとは言え実際に見るまでは。
そして台詞を普通に解釈するのならば、七百以上をレイフォン一人で何とか出来ると言っているようにしか聞こえない。
現実味がない。
そして、続々と増えて行く以外にも母体という戦力が別にあるのだ。
サントブルグの武芸者全員が全力で戦ったのならば、何とか撃退出来るとは思うのだが、ツェルニにそれを求めるのは無理なのだ。
というのは実際にレイフォンが戦い始めるまでの話だ。
フェリが驚いているのは、サントブルグの武芸者が総掛かりで何とか撃退出来るはずの、汚染獣の群れが猛烈な勢いでその数を減らしているからに他ならない。
始めに認識出来た現象というのが、勝手に汚染獣が輪切りになって行くという信じられない物だった。
だが違った。
レイフォンが握っている柄だけの錬金鋼を拡大表示して、微細検索をかけて理解した。
目に見ることが出来ないほど細い糸が数千本、自らが意志を持っているように蠢いて衝剄を放ち汚染獣を輪切りにしているのだ。
ハーレイに聞いてはいた、
レイフォンの持っている青石錬金鋼には二つの設定があると。
一度はナルキが使っているところも見た。
鋼糸と呼ばれるその設定は対抗戦などで使うにはあまりにも強力すぎるので、黒鋼錬金鋼には付けられていないと。
その意味が間違いなく理解出来た。
千の汚染獣が、ほんの二分少々でその数を三百にしてしまったのだ。
対抗戦はおろか武芸大会で使うにも、強力すぎる。
となると汚染獣にしか使えないのだが、それも実は少々違うらしい。
ツェルニから降りる時も、鋼糸を使い空中での姿勢や速度を制御してしまっているのだ。
これも反則だ。
理由は不明だが、ヴァンゼをボロボロにしたイージェがやたらに強いことは理解していた。
それが成熟した武芸者の実力だというのは理解出来る。
だがこれは何だ?
七百を超える汚染獣を輪切りにして、息一つ乱さないレイフォンは、続いてフェリが何とか探し出した母体へ向かって崩壊が進んでいる洞窟へと突っ込んでいった。
準備運動は終わったと言った感じの気楽さで。
いや。これから散歩に出かけようと言った感じの気軽さで。
「はあ」
サントブルグでフェリが経験した戦場とは全く違った、一方的で戦いとは言えない虐殺に手を貸したようで、少々気分が悪い気がしなくもない。
気のせいだけれど。
そしてレイフォンの支援が一段落したことで出来た余裕を使って、ツェルニの他の武芸者に目を向けてみる。
こちらはフェリが知っている通りに、汚染獣相手に複数で挑み、何とか撃退している光景を認識することが出来た。
だがその中でもやはりイージェは別格だった。
平然と大きな技を連発して、迅速且つ確実に数を減らしている。
レイフォンのように異常な戦力という訳ではないのだが、それでもかなりの実力者であることは確かだ。
カリアンがイージェを教官に雇いたいと言い出したのは無理からぬ事だ。
だが、強力な一撃を放てる武芸者はやはり少数のようで、徐々にではあるのだが殲滅速度が鈍ってきている。
体力と気力と剄力が尽きるのが早いか、殲滅されるのが早いか。
とは言え、洞窟の中へ突っ込んだレイフォンが帰ってくれば、全く問題無く全てが片付くだろう事は間違いない。
それはある意味、ツェルニ武芸者の敗北と言えるのだが。
シェルターに避難したリーリンは、何とかメイシェン達を発見することが出来た。
別に決まったシェルターに避難しなければならないという規則がある訳ではないのだが、だからこそリーリンはメイシェン達を探していたのだ。
正確を期すならばメイシェンを。
恐らくミィフィが一緒にいるから平気だとは思うのだが、万が一と言う事が有るのだ。
リーリンが探し出した時、既にメイシェンは涙目だった。
と言うか泣いていた。
そしてレイフォンが何故戦い続けることの象徴である刀を頑なに拒否していたのか、それを理解してしまった。
祈るように両手を胸の前で組み、大きな瞳から涙をこぼしつつ、全身に力を入れて何かに耐えているのだ。
その脇ではミィフィが色々と話しかけて気を紛らわせようとしているが、それが上手く行っているとはとても言えない。
デルクもリーリンも間違ってしまったのかも知れないと、そう結論づけてしまえるほどその姿は痛々しかった。
そしてリーリンは思う。自分はレイフォンを戦いの場に引きずり出す事しか出来ないのではないかと。
そんな思考を振り払う。
今は兎に角メイシェンを何とかしなければならないはずだから。
「レイとんなら大丈夫だよ」
「で、でも」
「隊長さんよりも強いんだから、きっと平気だよ」
「う、うん」
そんな会話が聞こえているところに、リーリンがやっと到着出来た。
シェルターの中央付近でしっかりと寄り添っている。
これはあまり好ましくない。
男子生徒の視線が二人に注いでいると言うのもあるが、中央付近では色々と不便なことがあるのだ。
グレンダンで中央付近に居座るのは、よほど真面目な人間だけと相場が決まっていた。
と言う事で、何とかメイシェンを宥めて隅の方へと連れて行った。
その間もメイシェンの心配はとどまるところを知らず、どんどんと変な方向に進んで行ってしまった。
「レイフォン、膝すりむいたりしないかな?」
「平気よ。レイとんがそんな怪我する訳無いじゃない」
少々怪我の規模が小さいような気もするが、実戦に出た武芸者を知らないのならば当然だ。
そしてここで一つ思い出したことがある。
これを使って、メイシェンの気持ちを少し落ち着けさせることが出来るかも知れない。
非常な危険を伴うが無駄ではないはずだ。
「レイフォンだからすりむかないと思うけれど」
「そうよね」
「でも、膝のお皿は割ってしまうかも」
この一言を言った瞬間、二人の動きが完全に止まってしまった。
膝のお皿を割るなどと言うことは、普通の人間には考えられない大怪我だ。
だがレイフォンにとっては珍しくない規模の怪我なのだ。
小さな頃は微妙に体の使い方が下手だったために、様々な怪我をしてみんなを驚かせたり心配させたり、時には笑わせたりしてきた。
「何時のことだったか忘れたけれど、活剄を使って走っている時に転んでね」
「あ、あう」
「ちょうど尖った石があってそれに膝を打ち込んじゃったのよ」
「ひぃぃ」
メイシェンとミィフィからとても痛そうな悲鳴が上がる。
リーリンだってそれを聞いた時はかなり痛かったのを覚えている。
自分が怪我をした訳ではないけれど、想像上でかなり痛かったのだ。
その割にレイフォン本人は割と平気そうだったのは、非常な理不尽を覚えてしまった。
「ま、まさか。レイとん今度も膝のお皿を割って」
「あ、あう」
猛烈に心配そうな表情をするメイシェン。
だが、明確に心配事をイメージ出来たので、押しつぶされることはなくなっただろうと思う。
この展開は少々予定外だが、悪くはない。
「で、でもそれ以上に問題が」
「レイフォンが何か馬鹿なことやるの?」
痛い想像が嫌だったのか、ミィフィがいきなり話題を変えてきた。
更にそれに乗る形でリーリンも話を合わせる。
レイフォンが馬鹿な事をやるのは日常茶飯事なのだ。
だったら汚染獣戦の間にやっても、何ら不思議はない。
天剣時代はそんな馬鹿をやったら死んでしまったはずだから、大丈夫だったはずだが、今は猛烈に心配だ。
「戦っている時のドキドキが恋愛のドキドキに」
「あああああああ!」
話の途中でメイシェンの絶叫が辺りに響き渡り、大勢の視線に再び捉えられた。
半分以上好奇心の視線だったのは、きっと良いことなのだろうと思う。
だが、普段おっとりしているメイシェンの反応は異常なほど素早く、以前にも何か似たような会話があった事を予測出来る。
「ミィちゃん」
「だ、だって、今回はナッキだけじゃないんだよ?」
「え?」
最後の疑問の声はリーリンのだ。
何でナルキが出てくるかは非常に不明だが、それでもミィフィが何を心配しているか、あるいは期待しているかは理解出来てしまった。
レイフォンが所属している第十七小隊長のニーナは、傍目に見て凛々しい感じの美少女だ。
もう少しで少女と呼べる範囲を出て行くが、はっきり言ってかなりの美少女だ。
そして、同じく第十七小隊にいる念威繰者のフェリは、はっきり言って今まで見た中でシノーラに匹敵する美少女だ。
小柄というか小さな感じはあるが、それがまた良いと思う人もいるかも知れない。
生憎とレイフォンがどんなタイプの女性が好きかは知らないが、候補だけは非常に多くそして高水準だ。
こう考えると、戦闘中の緊張から恋愛の緊張に変わった時、対象となることが出来る女性が結構多いことに気が付く。
優柔不断でへたれなレイフォンだから、もしかしたら一人を選ぶなんて事が出来ないかも知れない。
最終的にナルキも入れて三人の少女を孕ませる。
いや。メイシェンを含めれば四人。
「・・・・・・・・・・・」
「ひぃぃぃぃぃ」
「あうあうあうあう」
すぐ側で二人の悲鳴が聞こえたところで、リーリンは予測という妄想の世界から帰還した。
どうも余計なことを考えて殺気が漏れていたようだ。
放浪バスの中でもあったことだが、いい加減に制御しないと何時か取り返しの付かないことになる。
そして冷静に考えれば、あのレイフォンが誰かを孕ませるなんて事、出来るはずがないのだ。
出来るのだとしたらリーリンはとっくに二・三人産んでいる。
それはそれとしても、取り敢えず凍り付いてしまったこの場の空気を、何とか暖めなければならない。
「だ、大丈夫よ?」
「な、何がでしょうか?」
「レイフォンにそんな甲斐性無いから」
途中経過無しで予測というか、そんな物を披露する。
取り敢えずレイフォンを心配するメイシェンは少し落ち着いたことだから、問題無いとしておこう。
リーリンから少し距離を置いているが、きっと問題無い。
「少々よろしいかな?」
混沌に支配されかけた場の空気を入れ換えるように、涼やかでいて力強い声がかけられた。
気が付けば、周りの生徒達は少々距離を取ってこちらに興味の視線を送っている。
リーリンの殺気がそれ程の距離を制覇するとは思えないから、何処かで聞いたことのある、この声の主が原因なのだろうと判断する。
そして、ゆっくりと視線を背後の男性に向けて。
「きゃぁぁぁぁぁ! 痴漢です変態です強姦魔です殺人鬼です!!」
力の限り絶叫する。
視界に入ったのは銀髪をやや長くして眼鏡をかけた、今までに見たことの無いほどの美青年だった。
いや。見た事がないという言い方はおかしい。
生徒会の広報や様々な雑誌でよく見かける顔だ。
だが、実際に肉眼で直接見るのはこれが始めて。
いや。グレンダンと先日の試合の時に見ているから、正確に言うならば三度目。
そう。目の前には生徒会長カリアンが微笑と苦笑の中間の表情を浮かべて、リーリン達三人を見下ろしているのだ。
そして、リーリンが力の限り絶叫したというのに、何故か周りの視線もカリアン本人も平然としている。
「その程度でどうにかなるようでは、生徒会長は務まらないのですよ」
「っち!」
レイフォン絡みの感情で、少々困らせてやろうと思ったのだが、カリアンはそれ程甘い人物ではなかったようだ。
自信に満ちあふれ、余裕を持ったその佇まいは、まさに一つの都市の支配者として申し分のない貫禄と言えるだろう。
だが、よくよく観察すれば少々疲れているようには見える。
まあ、汚染獣の襲撃を受けているのだから当然だろう。
当然と言えば、こんなところに居る事が少々問題ではある。
レイフォンが出撃を渋っているとか言うなら話は違うのだが、メイシェンを心配させたくないと言いつつ、誰か知っている人が死ぬところも見たくないという困った性格を持っているのだ。
途中経過はどうあれ戦いの場に身を置いているのに違いない。
生徒会長という最高権力者であり最高責任者がここに居る理由が分からない。
「少し話をしたいと思ってね」
「私とですか?」
「君達三人とだよ」
もしかしたら、これを機会にレイフォンに対する呪縛を強化しようとしているのかも知れない。
そんな事を考えたのも一瞬だった。
レイフォンの性格を考えるなら、その必要は全く無い。
「挨拶が遅れたね。私はカリアン・ロス。覚えていてくれると嬉しいけれど」
「生憎と覚えています」
どうもつっけんどんと言うか非友好的な態度を取ってしまうのは、仕方のない事なのだろうと思うのだ。
別段カリアンが悪人という訳ではないと思う。
腹黒そうではあるが、目的と手段の区別は付くだろうし、必要な場合は折れる事を知っているだろうが、それでもあまり友好的に接する事は出来そうもない。
ツェルニの事情は理解しているが、それでもレイフォンへの対応は納得している訳ではないのだ。
そして視線を感じた。
同時にカリアンが思わず後ずさる。
冷や汗で濡れる背中に感じるのは、リーリンに向けられている訳でもない視線。
ミィフィが左腕に抱きつくのを感じつつ、絶対に振り向く事はしないと決意した。
見たら最後、塩の柱になるか石になってしまうから。
「お、おじゃまだったかな?」
その恐ろしさはカリアンをしてさえ逃げ腰にさせているのだ。
リーリンに耐えられるはずはない。
ならばやる事はただ一つ。
試合の時にもメイシェンはカリアンを見ているのだが、あの時と今回では危険の度合いが全く違う。
と言う事で、メイシェンが思いっきり強烈にカリアンを睨んでいるのだ。
その威力はもはや物理的な圧力として、目標とされていないリーリンにさえ寒気を起こさせるほどだ。
普段大人しい人を怒らせると恐ろしいというのは、本当のようだ。
「さ、さあ会長。私達とお喋りしていましょう。そうしたらレイとんが汚染獣を粉砕してくれますよ」
「い、いや」
「そうですよ。汚染獣なんて武芸者に任せて私達は信じて待っているしかないんですから」
逃げようとしたカリアンの腕を二人で掴み、メイシェンの前に座らせる。
何事にも人身御供や生け贄は必要なのだ。
「こんな美少女三人に囲まれるなんて、生徒会長冥利に尽きると思いますよ」
「男子生徒の羨望と嫉妬の入り交じった視線の集中砲火で、こんがりローストされてしまいますよ」
「い、いや。政権支持率を落としたくないので出来ればそろそろ執務に戻りたいのだが」
必死にメイシェンを視界の中央に納めないようにしつつ、カリアンをしっかりと押さえるのは大変だが、それでもやらなければならない。
レイフォンが戦場に出ると言う度に、心配してきたために付き合い方が上手くなってしまっているリーリンと違い、殆どそんな経験のないメイシェンの心境は想像に難くない。
ならばカリアンに恨みの視線を向ける事で、その不安や恐怖から逃れられるのならば、いくらでも生け贄として差し出すべきだ。
主に怖いのはリーリンではないし。