控え室に移動した第十七小隊だったが、勝ったはずだというのに非常に空気が重かった。
それは何故かと問われたのならば、ニーナが怒っているからだと答えることしかできない。
何故怒っているのかは、シャーニッドにはおおよそ理解は出来ている。
それが的外れではあるがニーナらしいと言う事も。
ベンチの一つを占領して寝転びつつ、冷水を使い固く絞ったタオルを目に当てる。
一発しか撃たなかったのだが、そこに込められた集中力はかなり激しく精神力を消耗する。
前線で戦っていたレイフォンもそれなりには疲れているようだが、流石に実戦経験者はまだまだ余裕が伺える。
そして、十六小隊に翻弄され、倒れる寸前だったはずのニーナだが、試合終了直後からやたらに元気なような気がするのだ。
怒りは身体を活性化させるという話は、本当らしい。
「なんだあの戦い方は!」
いきなりそんな怒声が部屋を振るわせる。
何だと言われてもさっぱり分からないといった風に首をかしげるレイフォン。
我関せずと雑誌に視線を向けるフェリ。
何時も通りの展開だ。
「ああ。レイフォンが後ろから攻撃したことを怒っているのか?」
「当然だ!」
即答だった。
敵に後ろを見せないと同じだけ、敵を後ろから攻撃しないと言う事らしい。
全くナンセンスだが、非常にニーナらしくはある。
ニーナらしくない怒り方をするよりは非常に健全だ。
「後ろから攻撃したらいけないんですか?」
「当然だ!」
レイフォンの疑問に対してもやはり即答だった。
この先の会話の流れは読めているのだが、言って止まる訳でもないのでそのまま聞き続けることにした。
「高速戦闘をする場合、止まった時が一番危険なのは常識ですよね?」
「それは分かっている!」
「なら、止まった時に敵に後ろを見せている方が間違いですよ」
「それも分かっている!」
理解は出来ても納得は出来ないのだろう。
感情的になるニーナとは対照的に、レイフォンは至って冷静だ。
どれだけ多くの修羅場を潜ってきたのか是非とも聞いてみたいが、知ってしまったら最後一緒に戦えなくなるような気もしているのだ。
それは少し寂しい気もする。
「それに、先輩を攻撃していた人達は連携していましたよね?」
「当然だ」
「それはつまり、旋剄を使った攻撃の弱点をきっちりと理解していると言う事ですよね」
「た、たしかに」
理責めではニーナは納得しないのだろうが、レイフォンにはそれ以外の方法が思いつかないのだろう。
全く不器用なことだと思いつつも、シャーニッド自身にも良い案というのはない。
だから流れに身を任せている。
「ならば、フラッグを取りに行くと見せかけた時はどうだ?」
「あれは初歩的なフェイントですよ」
狙撃手という立場。
一歩下がった場所から戦場全体を見ているシャーニッドには分かった。
レイフォンはわざと短めの旋剄を使って移動したのだと。
それはつまりフラッグへ向かったことはフェイントで、ニーナの援護が主目的であると宣言していたのだ。
だが、あの瞬間それをきっちりと理解出来た人間は、恐らく狙撃手か念威繰者だけだっただろう。
戦場を外から見ることが出来なければ分からない。
あるいは、経験を積んだ指揮官なら話は違うのかも知れないが、そんな経験豊富な人間が学園都市にいる訳がない。
そして狙撃手であるシャーニッドは次の展開を予測出来たので、丸見えになることを覚悟の上で移動。
レイフォンが一人を倒した次の瞬間にフラッグを撃ち抜いたのだ。
とは言え、正々堂々と戦って勝つことを心情とするニーナには受け入れがたい話かも知れない。
「まったく。それじゃあいつかウォリアスに隊長職を取られちまうぞ?」
「あんな卑怯者と一緒にするな!」
どうやらニーナの中でウォリアスは卑怯者と位置づけられているようだ。
まあ、分からない話では無いのだが。
「何でもう少し色々な物の見方が出来ないのかねぇ?」
「坊やだからさ」
「どわ!!」
思わず呟いた独り言に、思わぬ方向から返事が返され、寝転んでいたベンチから転がり落ちる。
別段、女性であるニーナを坊やと言ったことに驚いた訳ではない。
そのニーナは完全に意表を突かれ硬直し、フェリでさえ雑誌を放り出して何故かレイフォンに抱きついている。
思わずフェリの側にいれば良かったかなどと考えたのだが、まあ、これはどうでも良い話だ。
それは置いておいて。
当然かもしれないが例外はレイフォンだ。
殺剄を使ってこの場にいたはずだが、気が付いていたのだろう。
一言言ってくれればいいのにと思いつつ、壁により掛かりつつ、ショットグラスを片手に持ち、サングラスを着用しているオスカーに批難の視線を向ける。
色合いからしてショットグラスの中はアイスティーだろうと予測しつつ。
「旦那ぁ。心臓に悪いから止めてくれよ。それに他の小隊の控え室に侵入するのはルール違反だろ?」
「うむ。いやな。少々思うところがあってな」
全く動じる気配もなく、ショットグラスを傾けるオスカー。
非常に絵になっているが、今問題にしなければならないことはそこではない。
今度何処かでやってみようかと思っているのも、全く別な問題だ。
「せ、先輩もレイフォンの戦い方には問題が有ると思われるのでしょう」
心臓付近を押さえつつニーナが訪ねる。
取り敢えずショック死はしていなかったようだ。
レイフォンに続いて病院送りでは、少々問題になるかも知れないからこれで良いのだが。
「うむ。問題だな」
「そうでしょう」
オスカーが軽くサングラスを直しつつそう言うと、ニーナが我が意を得たりとばかりにレイフォンに向く。
恐らくニーナとオスカーの認識にはかなりの違いがあることを、シャーニッドは理解している。
そして、未だにレイフォンに抱きついたままのフェリに少々では済まない疑問も感じているのだ。
「何故我々は、アルセイフ君のような戦い方をしなかったのだろうとね」
「な、なにを?」
「相手の弱点を突くのは戦術の常道。それをせずに負けたのならば単なる負け犬の遠吠え」
そう。勝たなければ意味がない。
そのために悪足掻きすることは間違ったことではないのだ。
それは分かっていた。
だが、実戦してきたかと問われると否と答えるしかない。
「そもそもだね。対抗試合とは切磋琢磨の場なのだよ」
「分かっています!」
自分の思っていることと違う進展のせいで、ニーナの感情はかなり爆発気味だ。
だが、これはきちんと理解してもらわなければならない。
今日の試合の前にレイフォンが作戦はどうするのかとニーナに聞いた。
その場で決めると言ったのだが、ニーナから出てきたのはその場を収集する指示だけ。
それは作戦とは言えない。
そして、レイフォンの戦い方もそうだ。
恐らく必要なのだ。今のツェルニには。
「切磋琢磨の場である以上、自らの弱点を誰かに指摘してもらうのは良いことだと思わないかね?」
「それはそうですが」
「弱点を突かれて負けたのならば、何よりも自分自身がそれに気が付くと思うのだが」
「そ、それは」
「アルセイフ君がああしたからこそ、次回の十六小隊の戦い方はもっと洗練された物になるはずだ」
それは間違いない。
負けたらそのままにしておくことは小隊員には出来ない相談だ。
ならば何らかの対応策を講じてくるのは当然のこと。
思い返せば、レイフォンと戦ったナルキは、レイフォンに向いたまま床を削り減速していた。
背中を見せていたら容赦ない一撃が襲いかかったはずだ。
今回の第十六小隊の連中のように。
「それは」
それきり沈黙してしまうニーナ。
正々堂々と戦って勝つという心意気は素晴らしいと思うし、それこそがニーナの本質だとは思うのだが、レイフォンのような人材は是非とも必要なのだ。
すぐにどうこうできるとは思っていないが、それでも誰かに指摘されなければ狂いは大きくなるばかりだ。
試合が終了した後だというのに、レイフォンは練武館の側の公園でナルキに鍛錬を施していた。
それを呆然と眺めるフェリの内心は、かなり色々なことが渦巻いている。
今日の試合、フェリは徹底的に手を抜いていた。
だというのに第十七小隊は勝ってしまった。
しかも、ニーナの指示も、殆ど無かったというのに。
レイフォンが猛烈に強いことは理解しているつもりだ。
だが、シャーニッドの対応能力もかなり高かった。
この二人だけで勝ったと言っても差し支えないほどだ。
その事実を認識した直後、フェリの中で何かが少々傷ついたような気がした。
念威繰者としての誇りなのか、あるいは違う何かなのか、それはまだ分からないが、それでも何かが傷ついたのだ。
そんなフェリの視界の端っこでは、なにやらニーナが落ち込んだり考え込んだりしているように見える。
まあ、余り物を考えずに猪突してその場で何とかする人間には、今回の勝ち方は納得が行かないのだろう。
どちらかというと、男性二人の戦い方こそニーナが好みそうなのだが。
そして思うのだ。
「何故、家の小隊員全員がここで油を売っているのでしょうか?」
シャーニッドにハーレイまで集まって、ナルキの鍛錬を見学しているのだ。
控え室から続いてオスカーも見学組に加わっているところを考えると、もしかしたらレイフォンがどんな鍛錬を施すのかに興味があるのかも知れない。
ただ、見学されている本人は非常に落ち着かないようだが、ここを立ち去るという選択は誰もしていない。
それは何故かと問われると。
「じゃあ、腹筋百回ね」
「お、おう」
腹筋百回。
フェリがそれをやれと言われたら、出来ないことはないが相当疲労するだろう運動量だ。
だが、相手はナルキだ。
小隊員並の強さを持った武芸者相手に、たった百回と言う事の方がおかしい。
だが、事態は思いもかけない方向へと突き進む。
錬金鋼の調整という名目で、持ち出された虎徹をいきなり復元。
実際にはこの名目のためだけに、ハーレイはここにいると言っても良いくらいなのかも知れない。
「いち、にい、さん、よん、ごお、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう」
いきなり復元した虎徹を清眼に構えたかと思うと、その刀が腹筋を始めたのだ。
切っ先が持ち上がり、一定の高さで痙攣しつつ姿勢を維持。
そこからゆっくりと下がり一息つく。
それを延々と繰り返すのだ。
これは少々では済まない驚きと共に、ハーレイがなんだか喜んで映像を記録している。
実はフェリも今の映像を記憶しているのだ。
なかなか面白い芸として。
「それって何の役に立つんだ?」
「鋼糸の制御の基本ですよ」
「鋼糸って言ったら、左手に付けてるやつだよな?」
「はい。錬金鋼が目となり耳となり皮膚となるのは当然ですけれど、筋肉にすることが鋼糸には必要ですから」
「成る程な。俺もやってみようかな」
レイフォンとシャーニッドがそんな会話をしている間に、規定の百回は無事終了した。
疲労したように見えるナルキと虎徹。
まだ慣れていないのか、それとも、そもそもかなり激しく剄を消費するのか、
どちらかというと慣れていないような気もするのだが、見ている分には面白い。
疲れて息を整える刀が、少々可愛いような気もするし。
オスカーの方もなにやら錬金鋼を復元して力んでいるところを見ると、もしかしたら結構重要な内容なのかも知れない。
とは言え、銃使いのはずのオスカーが何故剣なんか持っているのかの方も疑問だが。
だが、事態はそんなフェリの思いなど関係なく進む。
普通の素振りを繰り返すナルキの側に、見た事のない青年がいきなり現れた。
殺剄を使っている訳でもないのに、今の今まで接近に気が付かなかった。
身長は百八十センチをやや超える程度だが、広い肩幅と厚みのある肉体はただ者ではないことを告げている。
やや長めの黒髪と険しい黒い瞳がナルキを捉えた。
そして次の瞬間、何の前触れもなくレイフォンの前に移動して。
「いきなりで悪いんだが」
「はい?」
低くややこもりがちな声が発せられ、レイフォンの右肩に左手を置く青年。
どう考えても学園都市の住人ではない。
医療課にいるテイル・サマーズのように、例外的に老けて見える生徒も居るには居るが、目の前の青年は違う。
あえて似ている人物を捜すとすれば、それはレイフォンだ。
その佇まいは風格はないが凄みを感じる。
一挙手一投足が全て必殺の動きにしか見えない。
もしレイフォンがあと十年歳を取ったら、きっと目の前の青年のようになるだろうと思えるほど、二人はよく似ている。
だが、フェリのそんな観察などお構いなしに事態は暴走してしまう。
「はぁ食いしばれ!」
「っが!」
何の脈絡もなく、青年の右拳がレイフォンの顎を綺麗に捉えた。
あまりにも突然で殺気も害意もなかったためだろうが、もろに殴られるレイフォン。
二メルトルほど吹っ飛んで地面に転がる。
フェリを含めて全員が呆気に取られるほどの唐突な展開だった。
これはもしかしたら、何かの儀式なのかも知れない。
サイハーデンの使い手同士が、初顔合わせをする時の挨拶代わりとか。
それほど何の脈絡もなく、全く予想出来るような空気もなく行われたのだ。
驚いているのはレイフォンも含めて全員なので、多分違うと思うのだが。
「念のために確認するんだが」
「な、なんでしょうか?」
いきなりの暴力沙汰から一転、何か確認するようにレイフォンを見る青年。
殴られた方でさえ普通に受け答えするという異常事態が展開しているのだが、まあ、レイフォン絡みでは常識が通用しないから問題無いのだろう。
「レイフォン・アルセイフで良いんだよな?」
「そう言うことは始めに確認しませんか?」
「ああ? そんな物殴った後が常識だろう?」
「どんな常識ですか!」
また一人、レイフォンの周りに非常識な人間が現れたようだ。
類は友を呼ぶと言うが、全くその通りだと思わなくもない。
フェリを除いて。
「まあ、話があるんだが面貸せよ? そっちの猿も」
「猿って言うな!」
自覚があるのか、素直に応対してしまうナルキが仕舞ったという顔をするが、既に遅い。
青年は完璧に猿という認識だろうし、もしかしたらレイフォンも同じかも知れない。
「まあ、その辺は後だ。取り敢えず面貸せ」
「良いですけれど? どんな用事ですか?」
「ああ? てめぇがサイハーデンに泥を塗っていることとかだ」
「!」
青年の一言で硬直するレイフォン。
それはいつぞやの発作の前兆と何ら変わらない状態だ。
それを見てとっさにニーナが割って入ろうとしたが。
「ええい! 一々うっとうしい!」
青年の二発目の打撃が、レイフォンを復活させる。
ついでに三メルトルほど飛ばされたが。
「貴様! 何をする!」
いきなりの展開に呆然としていたのも一瞬、ニーナが本格的に青年に向かって突進する。
既にその手には錬金鋼が握られ復元の時を待っているが、相手は全く動じた様子もない。
「ああ? 関係ねえやつは黙ってろ!」
それどころか平然とニーナを追い払うようなまねまでする。
既にニーナの間合いに入っていることは分かっているはずだが、それでも全く動じる気配はない。
「関係なら有る! 彼は私の部下だ!」
とうとう鉄鞭を復元して構えてしまった。
こうなってはもう止まらない。
「ああ? 関係ねえな。これは俺とそいつとそこの猿の問題だ!」
やはりナルキは猿と認識されているようだ。
別段フェリには何の問題も無いけれど。
「関係有ると言っている!」
活剄を走らせて今にも襲いかかりそうな勢いだが、まだ何とかニーナは踏ん張っているようだ。
青年が後一言でも言ったら流血沙汰間違い無しだけれど。
どちらから流れるかは別として。
「ああ! ふざけていると叩き殺すぞ!」
「やれる物ならやってみろ!」
次の瞬間、鋭い金属音と共にニーナの首筋に刀の物落ち付近が押し当てられていた。
全く見えなかった。
刀が復元したところはおろか、二歩ほどの距離を詰めたところさえ。
「な!」
一拍おいて、やっと自分に何が起こっているかを理解したニーナが、驚いているほど凄まじかった。
だが、それもフェリが驚いた事柄の半分ほどでしかない。
レイフォンがニーナの側に移動して、長剣で刀を受けている光景も驚きの一端だ。
殴り飛ばされて三メルトルは離れていたというのに、一瞬でニーナの側まで移動していたのだ。
「ほお。やるじゃないか」
「本当に殺すとは思えませんでしたが、念のために」
「ふん! 本気だったら俺がやられていただろう?」
「一応」
やはり二人は同門らしい。
お互いの行動原理を把握している辺りに、それを窺うことが出来る。
「まあ良いさ。こいつには関係ない」
「・・・・・・。行こうナルキ」
「あ? ああ」
一応サイハーデンを習っているナルキだが、まだ二人のことを理解するまでには至っていないようだ。
戸惑いと言うよりは現状を把握出来ない様子で、歩き出した二人の背中を追って行く。
これは是が非でも会話を盗み聞きしなければならない。
別段レイフォンがどうなろうと知ったことではないのだが、どんな話になるのか非常に興味津々なのだ。
青年はサイハーデンに泥を塗っていると現在進行形で話した。
決して過去形ではないのだ。
恐らくレイフォンはそれを理解していないだろうが、フェリはそうでは無いのだ。
剣帯に手を伸ばしたところで、違和感に気が付いた。
無いのだ。重晶錬金鋼が。
「一応聞いておくのだが」
「・・・・・。いきなり悪い影響を受けないで下さい」
すぐ側まで来ていたオスカーに全く気が付かなかった。
これは単にフェリの注意が他に行っていたからだけのようだ。
その証拠にシャーニッドは平然としている。
だが問題はそこではない。
確認するよりも先に行動するという、レイフォンを連れ去った青年みたいなことをやっているのだ。
これはあまり良いことではないと思う。
「盗み聞きは良くないと思うのだがね」
「気にならないのですか?」
「ならないと言ったら嘘になるが、アルセイフ君の問題であることも認識している」
鉄壁だ。
力尽くで取り返すという選択肢は存在していない。
今回は諦めるしかないようだ。
「それにしても、サイハーデンの連中はあんな化け物ばっかりなのかね?」
「うむ。無いとは言い切れないな。少なくともアルセイフ君とあの人は化け物だ」
男二人でなにやら会話が成立しているようだ。
別段どうでも良いのだが、ほんの少しだけ気になるような、ならないような。
「どう言うことですか?」
フェリがどうこうする前に、ハーレイが質問してくれた。
これは渡りに船だ。
「私には見えなかったのだよ。加速しているところはもちろん、移動している最中も、そして止まったところもね」
「え、えっと」
「加速する時も減速する時も、必ず何かとの摩擦を利用しなければならないはずだろ? レイフォンにはその摩擦がなかったみたいなんだ」
「そ、それって、物理学への挑戦?」
あの瞬間の記憶を振り返ってみる。
確かにレイフォンが加速した余波のような物は感じることが出来たが、はっきりとそれだと言い切れるほどの物ではなかった。
「相手もそれを平然と受け止めていた。もしかしたらサイハーデンには物理法則さえ通用しないのかもなって」
「そ、それって、武芸者なんてレベルじゃないんじゃ?」
「だから化け物だと言ったのだよ。私達から見ても凄まじい」
やはりレイフォンの周りにいる連中には、常識は通用しないようだ。
そして思う。
「旅行者が錬金鋼を持ち歩く事は不可だったはずでは?」
「・・・・・。言われてみればロス君の言う通りだな。困った物だね」
オスカーが少々驚いているようだが、これも最終的にはレイフォンと同類だと言う事で片が付いてしまう。
そして、殺されかけたニーナがやっと腰を抜かした。
これからが少し大変かも知れないと思いつつ、フェリは覗き損ねたことを少々残念に思っていた。
具体的には、メイシェンのお菓子を食べられないのと同じくらいに。
レイフォン達を見送った物の、オスカーにはかなり困った問題が訪れていた。
何が困ったかと聞かれるとやはりニーナと答えるしかない。
盗み聞きしようとしたフェリを止めるのに手間は掛からなかったのだが、レイフォンを庇おうとしているらしいニーナはかなり強情だ。
「あいつは私の部下です! 上司が部下を守るのは当然でしょう?」
「今は違う。彼らが問題にしているのは恐らく同門以外は踏み込んではいけない事柄だ」
腕試しの時に気が付いてはいた。
ナルキとレイフォンの持つ武器が違うと言う事に。
それにどんな意味があるか解らずに、踏み込むことが出来なかったのだが、今日それに踏み込める人物が現れた。
ならば彼にこそ任せるべきなのだ。
ニーナはレイフォンを守ると言っているが、実は彼こそがレイフォンを守れるのだと言う事をオスカーは理解していた。
そのためにはこの真っ直ぐ過ぎて周りが見えなくなりやすい隊長さんを、何とかなだめて成り行きを見守らなければならない。
「我々に出来ることは見守ることだけだ」
「そんな事はありません! 私にも何か出来ることがあるはずです!」
「この問題に付いては無い。アルセイフ君を守れるのはあの人だけだ」
思わず言ってしまった一言がニーナを急停止させた。
売り言葉に買い言葉という訳ではないのだが、ついつい言ってしまったのだがかなり大きな失敗だ。
「どういう意味ですか?」
「・・・・・・・。君が知る必要はない」
もう少し気の利いたことを言いたいのだが、残念なことにオスカーにそう言うスキルはない。
そして、これでは納得しないことも分かっている。
「私は!」
「アルセイフ君がいずれ答えを出す。それまで待とうという気にはなれないのか?」
ゴルネオから聞いてはいたのだが、ニーナはどうしても自分の意見を通したいようだ。
それが間違っているとは思わないが、今回のことについては正しくない。
「なあ旦那」
「何か意見があるのかエリプトン君?」
「ニーナにはきっちり説明しておいた方が良いと思うぜ。突っ走られたら厄介だしな」
「事情を知っているのかね?」
「前に少しだけ関わった。その後も色々あったとは思うんだがね」
シャーニッドの言う事も理解出来るのだが、これは恐ろしく繊細な問題なのだ。
不用心に首を突っ込めば取り返しの付かないことになりかねない。
説明したところでニーナの行動が変わるとは思えないが、説明しない時よりは多少ましかも知れない。
とは言え、補足情報が是非とも欲しい。
そして幸いにもオスカーには宛がある。
「彼を呼んでみるか」
「ああ。それが良いんじゃねぇですか」
シャーニッドの方も似たような結論に達しているようだ。
そうなると連絡を取る必要があるのだが、実は携帯の番号を知っているのだ。
ゴルネオが第五小隊にスカウトした時に、後々のためにと聞いておいたのだ。
こんなことで役に立つとは思わなかったが。
「私に錬金鋼を返してくれれば、諸々の準備を整えますが?」
「・・・・・・・・・・・・・・。いや。少々古い方法で対応しよう」
フェリの魅力的な提案を断る。
返したからと言ってすぐに覗くとは思えないのだが、念のためという物だ。