レイフォンがナルキとシリアに鍛錬を始めたのは、つい先日の事だったとメイシェンは記憶している。
だが、今となりを歩いている人物は、猛烈に憔悴しているように見えるのだ。
「ナッキ。大丈夫?」
学校という騒々しい場所に向かう途中、武芸者の幼なじみへと心配の混じった声をかける。
「あ? ああ。熟れない事をしているんで、精神的に辛いだけだ」
声やしゃべり方にいつもの切れが全く無い以上、心配の量は増える事は有っても減る事は無い。
「武芸者とは剄脈のある人間の事だ。ならば、その剄脈を徹底的に使う事こそ、まず始めにやらなければならない事だ」
メイシェンの心配を察したのだろう、やや遠い目をしつつナルキが説明してくれているが、武芸者ではないメイシェンには、実はよく分かっていない。
「ならば、常に剄息で剄脈を活性化する事が、もっとも始めにやらなければならない事だ。と言う事で、息の根が止まるまで剄息を続けろと昨日言われてから、出来る限り剄息をやっているんだが」
ナルキの視線が、メイシェンとミィフィに注がれる。
「分からないよな」
「ぜんぜん」
「ごめん」
剄脈という物が存在しない一般人には、想像する事さえ困難だ。
「まあ、寝ている間も全力疾走し続けているようなもんだと思うと、割と近いかも知れないな」
ナルキの心遣いは十分に理解したのだが、全力疾走という物さえあまりやった事のないメイシェンには、やはりうまく理解出来なかった。
「ごめん」
「なるほど」
そんなメイシェンが理解できないことを謝ったのだが、ミィフィは何やら納得したようだ。
「つまり、心臓がバクバクなのだね」
うんうんと頷きながら、そう表現している。
「ああ。そうなんだ」
ナルキもそれに相づちを打っているのだが、実際問題として、体育の授業以外で運動する事がないメイシェンには全く理解出来ない。
「やはり、メイッチには無理か」
「にひひひひひ」
諦めモードに入りかけたナルキと違い、何やら不気味な笑いを浮かべるミィフィ。
「な、なに」
恐れおののき、後ずさりつつ、念のために聞いてみる。
「もが」
何か喋るよりも早く、ナルキの手がそれを阻止してしまった。
「それはだめだ。壊れたらどうするんだ」
「ごがごが」
「分かった、分かった。そのうちな」
何やら二人の間で話がついたようで、ミィフィの口から手が離された。
「何が、有ったの?」
「なんでもない」
「そうそう。なんでもない」
秘密にしていると言うよりは、何か企んでいる表情のミィフィが怖いが、もう学校は目の前だ。
レイフォンに抱きかかえられて登校してからこちら、あらゆる人から注目を集めてしまっているメイシェンにとっては、まさに戦争。
なぜか、いろんな人からラブレターを大量にもらってしまったり、告白されたりと言う事が非常に増えてしまった。
女の子からの告白もあるのだが、これは間違いなく冗談だろうと思っている。
そうでなければ、登校拒否をしたくなってしまうので、全力でその予測を否定している。と言うのが実際だが。
寝込まずに登校している今現在でさえ、メイシェンにとっては奇蹟のような物なのだ。
これ以上の幸運は、とても期待出来ない。
レイフォンとの最初の組み手が終わったトマスは、大きく息を吐きつつ自分の机に突っ伏してしまった。
普段は、そんなだらしない事はしないのだが、今日というか今回だけは特別だと、自分に言い訳をしつつ、ため息とも感嘆ともつかない息を吐き出す。
「な、なんなんですか、あれは?」
トマスの班に所属する若い武芸者が、息も切れ切れにそんな苦情とも感嘆ともつかない言葉を吐き出した。
「取りあえず、我々よりも強い事は、これで十分以上に理解出来たわけだな」
最初の組み手と言う事で、双方の実力を把握するために、トマスの班五人で一斉にレイフォンに飛びかかった。
いくら若い者が居るとは言え、それは警察という職業柄、経験だけは豊富なこの班の実力は非常に高いとトマスは判断しているし、実戦でもその判断は間違っていないと証明され続けている。
そんな優秀な武芸者五人が全力で、しかも、連携を取りつつ攻め続けたのだ。五時間にわたって。
息もつかせぬはずの波状攻撃は、全く通用せず、フェイントや威嚇は無視された。
実戦であれだけの攻撃をした事はなかったし、もしやったとしたのなら、ヨルテムが誇る交叉騎士団に選ばれる程の武芸者でなければ、確実に取り押さえる事が出来る攻撃力のはずだった。
だが、相手をしていた少年は、余裕の表情で全ての攻撃をかわしてしまった。
どれだけ精緻で速い攻撃を仕掛けても、それが来る事が分かっているかのように、軽々と交わされてしまった。
旋剄を始めとする剄技に至っては、発動する前に見切られていたとしか思えない反応を見せられてしまった。
「つ、強いとは思っていたが、まさかこれほどだとは、思いもよらなかった」
グレンダンが誇る、天剣授受者。
それがどれほどの物か、実際トマスは知らなかったのだ。
それは当然と言えば当然で、放浪バスに乗って、汚染獣の徘徊する荒野を走破しないかぎり、他の都市に行く事は出来ない。
ならば、その都市でいくら有名だろうが、一歩外に出てしまえば、全く無名と言う事になる。
今回も、その法則が遺憾なく発揮されてしまった。
「だ、だてに、警察の飯は食ってないと思っていたのに」
そこここで、同じ様なつぶやきが聞こえる。
ある程度覚悟をしていたトマスでさえ、机に突っ伏している有様では、ほかの連中を責める事は出来ない。
恐るべきは、レイフォンのような化け物じみた連中が、他に十一人も存在しているグレンダンという都市だ。
戦争になったら最後、ヨルテムなんぞ瞬殺されてしまうかも知れない。
あるいは、レイフォン一人に征服されてしまう故郷の都市というのも、あり得ない予測ではない。
征服して何をするのかとか、そもそも、そんな気になるのかとかという疑問は置いておいて。
「飲み物いかがですか?」
「ああ。ありがとう。reifon?」
疲れ切っている連中に飲み物を差し入れるような少年が、都市を征服するなどと言う事はあまり考えられないなと、安心したトマスはなんのためらいもなく、顔を上げ。
「?」
不思議そうに小首をかしげるレイフォンを、凝視する。
フリフリでレースでピンクでハートマークな、エプロンを着けた、小柄な少年を。
お盆の上には強力活性剤という、怪しげな商品名が付けられた超ロングセラーのスポーツドリンクのボトルを五本乗せて。
トマスと一緒に、準待機任務で詰め所にいた疲れ切っている武芸者四人も、一斉にレイフォンを凝視している。
当然だが、この詰め所の空気はあり得ない速度で凍り付き、誰も動く事が出来ない。
「どうかしましたか?」
トマス達全員が凍り付いているのに疑問を持ったらしいが、よく冷えて汗をかいたボトルを、机の上に置いて回るレイフォン。
「なあレイフォン」
「はい?」
やっと再起動したトマスは、やらなければならない事がある。
「エプロン、誰につけろって言われたんだ?」
「もちろん、アイリさんですけれど? やっぱり青いやつの方が良かったですか?」
「いや。どちらでも結果は同じだよ。たぶんね」
納得していないようだが、この後スーパーでの買い出しの応援に呼ばれているレイフォンは、後ろ髪を引かれるような雰囲気と共に、詰め所を出て行った。
もちろん、エプロンは外して。
「班長」
「頼むから、何も言うな」
最愛の妻であるアイリが、恐るべき常識と行動力を持ち合わせている事は十分に理解しているつもりだったが、その認識が甘すぎる物である事を、これ以上ない程知らされた事件となった。
レイフォンが鍛練を始めて、一月くらいの時間が流れた。
息の根が止まるまで剄息を始め、硬球の上を移動するとか、硬球を打ち合うとか、今のところ基本的なものだけなので、教える人間の未熟さは露見していない。
トマスの強行突撃班の組み手は、すでに実戦レベルに突入しているが、こちらはある程度実力のある武芸者だったので、さほど問題はなかった。
「それは良いんだけれど」
公共の練習場を借りて、三人で硬球を打ち合いつつ何か物足りない事を、レイフォンは感じ始めていた。
今日は学校が休みなので、朝からここに来て鍛練三昧の一日の予定だ。
「うぅぅぅぅぅん? 何が足りないんだろう?」
頭ではこれからの鍛練方法を考えつつ、六十個の硬球が乱れ飛ぶ現状を身体が処理している。
「レ、レイとん。頼むから、あからさまに手を抜かないでくれ」
「そうですよ。ぼ、僕たちが惨めじゃないですか」
剄息を乱しつつ、ナルキとシリアに苦情を言われてしまった。
「あ。ごめん。でも、二人にはなにか、もっとこう、有るんじゃないかと思うんだ」
そう言いつつ、レイフォン目がけて飛んできた三十五個の硬球を、それぞれの方向にはじき返す。
「ぬを!」
「うひゃ!」
見事にそれを裁き損ねた二人が、思わず硬球を踏んで体勢を崩す。
万全の体制なら、そんなミスはしないのだろうが、そろそろ限界に近づいているのかも知れない。
「少し、休憩ね」
取りあえず二人の剄息が回復するまで、レイフォンは考え事に専念する。
「・・・・・・」
もしかしたら、レイフォンの持っている技術では、二人の能力を完全に開花させる事は出来ないのかも知れない。
「となると」
剄の流れを見て、技を盗めるというレイフォンの特殊技能には、一つだけ弱点がある。
「化錬剄かな?」
剄を炎や電撃と言った、別な力に変える事の出来る技の総称だ。
剄の流れ自体は十分に理解して、再現する事も出来るのだが、残念な事に、化錬剄の基本が出来ていないレイフォンには、技を完全に再現する事は出来ない。
教える事が苦手だと自己評価しているが、それでも、レイフォン自身が出来るのと出来ないのでは、やはりかなりの違いがあるだろう事は十分に理解出来る。
「トマスさんに聞いてみようかな?」
こうなればもう、二人に実力を付けてもらうために、手段は選んでいられない。
トマスならば化錬剄を使う人間にも心当たりがあるだろうし、その人からレイフォンが習って、天剣授受者の技を二人に伝える事も出来るかも知れない。
「レイとん? そろそろ再開出来るが」
「ああ。うん。じゃあ、少し違った事をやってみようか」
化錬剄の事は後回しにするにしても、同じ事を延々と繰り返していたのでは、集中力が切れてしまうかも知れない。
それは、怪我をする危険性を増やす行為だと理解している。
ついさっきも、捻挫しなかった事は幸運だったのだ。
「二階に上がろう」
二階と言ってはいるが、実際に言うなら、5メル程度上を、借りている部屋を一周している手すり付きの廊下の事だ。
「何やるんですか?」
剄息をほぼ回復したシリアが、錬金鋼を剣帯にしまいつつ、少しほっとした雰囲気でこちらにやってくる。
五時間程硬球を打ち合って、精神的につかれていたのだろう事が分かった。
「あそこの手すりの上で、組み手」
「手すりの上ってな」
「組み手って」
言っている事を理解したのだろう、二人が疑問の表情でレイフォンを見る。
「バランス感覚を養うのに役に立つし、気分転換にも良いよ」
軽く活剄を行使して、手すりに飛び上がる。
「足場が悪い所で動く事で、足裁きの練習にもなるし」
そう言いつつ下を見下ろし、二人がなかなか上がってこない事に、少し疑問を覚えた。
「どうしたの?」
「い、いや。あれ」
よくよく見てみれば、二人の視線が訓練場の入り口付近に向けられている。
レイフォンの位置からは、手すりが邪魔で見えない場所だ。
「?」
上がったばかりだが、取りあえずそのまま飛び降り、入り口の方を見て。
「あ、あのぉ。お昼ご飯」
メイシェンが、巨大なバスケットを抱え、恐る恐る中をのぞいていた。
「ああ。もうそんな時間なんだ」
鍛練になると思わず時間感覚がなくなってしまうレイフォンにとって、メイシェンのお弁当はなくなりやすい時間感覚を取り戻す上できわめて重要だ。
それを抜きにしても、美味しい弁当は、人生において重要なイベントである事に間違いはない。
「じゃあ、お昼休みね」
実際にはまだ動き足りないのだが、二人に合わせなければならないのも事実だ。
「た、助かったぁ」
「ふぅぅ」
そんな台詞を吐き出しつつ、緊張感が消える。
レイフォンが思っていたよりも、二人は疲労していたようだ。
「これじゃ、駄目だな」
「何がだ?」
独り言だったのだが、少し声が大きかったようだ。
「ナルキ達の状況を、ちゃんと把握出来ていない」
それは、いらない危険性を呼び込む事に直結する、出来るだけ回避しなければいけない状況だ。
「気にするなよ。私たちはそれほど柔じゃない」
「そうですよ。一応武芸者なんですから、丸一日は無理でも、半日以上はやれますよ」
「・・・・。そうなんだ」
天剣授受者になった頃には、すでに一週間ぶっ通しで戦える状態だったレイフォンにとって、二人の台詞は衝撃だった。
「やっぱり、僕たちは異常だったんだ」
誰にも聞こえないように、ほとんど口の中だけで言葉を殺した。
レイフォンの内心など、もちろん誰も知らないので、メイシェンに率いられた武芸者三人は、かなり日差しの強い庭へと歩み出た。
当然そこにはミィフィが場所取りをしつつ、お茶を飲みつつお菓子をつまんでいた。
「太るぞ?」
「大丈夫よ。ちゃんとカロリー計算しているし、これメイッチが作ったやつで、バター使ってないから」
軽い音を立てつつ、クッキーがミィフィの口の中で砕かれているが、バターを使っていない低カロリーなお菓子だとしても、大量に食べればやはり太ってしまうのではないかと、レイフォンは心配になってしまう。
まあ、その辺も計算しているのなら、心配する必要はないのだろうが。
「それよりも、早く食べよう」
お菓子を食べていたはずのミィフィが、もっとも空腹そうな顔をしているのに、非常な疑問を覚えつつ、促されるままにシートへと座った。
「それにしても、ここは平和で良いね」
お茶をもらいつつ呟いた、何気ないレイフォンの言葉だった。
一月の間、一度として汚染獣の襲来警報は鳴らなかった。
その一事だけでも、グレンダンの異常さがよく分かるというものだ。
これで、ヨルテムに済む人たちが、平和な事に疑問を覚えるそぶりを見せているのなら、レイフォンのこの一言はなかったのだが、あまりのギャップに思わず出てしまったのだ。
「平和って? 汚染獣でも来るのか?」
サンドイッチを頬張りつつ、不思議そうにナルキに聞かれて、始めて失敗に気が付いた。
「う、うん。グレンダンでは、一月に一度は来ていたし、酷い時には毎週のように汚染獣が襲ってきてたから」
「ちょっと待て! なんだそのすさまじい頻度は?」
武芸者という生き物であるナルキとシリアは、ヨルテムでは考えられないその頻度に、恐れをなしたようにレイフォンを見る。
「い、いや。なんだと言われても困るんだけど」
襲ってくる以上は仕方が無い。
だからこそ、グレンダンの武芸者の頂点に君臨する天剣授受者は、化け物揃いになったのかも知れない。
「レイとんも、参加した事あるの?」
こちらは、あまり汚染獣という者に縁がないメイシェンが、それでも、恐る恐ると訪ねてきた。
たぶん、汚染獣は恐ろしいと言う認識しか無いのだろう事が、十分にわかるし、一般人にとってはそれで十分だ。
「何度かね。僕はあんまり強くなかったから、弱い汚染獣としか戦った事無いよ」
これは真っ赤な嘘だが、本当の事を言っても信じてもらえない事が分かっているので、徹底的に嘘を通す。
「そうなんだ。だけど、戦った事があるだけで、私たちよりも凄いよ」
なんだか、ナルキとシリアの視線に、尊敬の念が加わったような気がして、少しだけ怖い。
本当の事を知った時、レイフォンの犯した過ちを知った時、また、あのような体験をするかも知れないと思ってしまったから。
「ま、まあ。他の都市じゃ、あまり汚染獣は来ないって言うし、あんまり戦う事もないんじゃないかな?」
そう言うレイフォンだが、なぜか最近、再び自主訓練を始めている。
専用の設備もない状況では、あまり本格的な事は出来ないが、それでも、今の状態を維持するくらいなら、なんとか出来ていると思っている。
もしかしたら、二人に伝えるという大義名分の元、レイフォン自身が武芸を続けたがっているのかも知れないと、そうも考えるが、これに対する答えは残念ながら出ていない。
「まあ、いいか」
そんなに慌てて、結論を出す必要はない事だと、考えるのを先延ばしにしてしまった。
大量の食品が武芸者と一般人の胃袋に消えてしまった頃合いを見計らって。
「レイとん!」
「ふぁい!」
欠伸をしている最中だったようで、レイフォンの返事から、気合いが完全に抜けていた。
「これからメイッチが買い物に行くから、レイとんが護衛兼、荷物持ちとしてついて行きなさい!」
ビシッと擬音がしそうな勢いで突きつけたミィフィの指の先で、レイフォンの表情が困惑と戸惑いに彩られた。
「えっと?」
「良いかねレイとん?」
ここは順を追って、ゆっくりと追い詰めるべきだと、ミィフィの記者魂がそっとささやいている。
「美味しいご飯を食べたいのなら、メイッチの手伝いをするのは当然」
「ミィちゃんは、ほとんど手伝いしないよ」
メイシェンの突っ込みは、無視。
「レイとんも知っての通り、メイッチは可愛いから、誰に狙われるか分からない」
「確かにな。押しが弱いから逃げられないしな」
ナルキの援護射撃で、力を付ける。
「そうなると、誰かが護衛をしつつ、荷物持ちをしなければならないのだよ」
「レイフォンさんなら、荷物も大量に持てそうですからね」
納得の表情のシリアが頷く。
「と言うわけで、午後はメイッチに付合って買い物に行く事!」
鼻面に指を押し当てて、宣言する。
「え、えっと」
視線がナルキとシリアに向く。
「この後、手すりで軽く組み手して、その後普通に組み手するつもりだったんだけれど」
「私たちの事は気にするな。普通の組み手くらいなら、普通にやっておくよ」
「メイシェンを寂しがらせてはいけないと思いますよ。婚約者的に」
二人からも行けと言われてしまった以上、レイフォンに拒否権は存在しない。
「ひゃぅ」
メイシェンの抗議の声は無視して、レイフォンにさらに詰め寄る。
「さあ、行くのだレイとん。謎の生物に恐れをなしていては、とても武芸者とは言えないぞ!!」
女の子という者と、ほとんど関わりがなかったと白状したレイフォンの、その弱点を攻撃する。
「わ、わかったよ」
ぎこちなく頷き、よろよろと立ち上がるレイフォン。
「い、行こう、メイシェン」
「ひゃぁ」
こちらも、よろよろと立ち上がり、足下も危なっかしく歩き出すメイシェン。
「まてぇぇいい!」
並んで歩き出した二人を呼び止め。
「最低限、このくらいしないと駄目でしょう」
言いつつ二人の手をつなげる。
「あぅ」
「はぅ」
二人で意味不明な声を上げつつ、さらに足下が危なくなりながらも、スーパーの方向へと歩き出すのを確認していると。
「はあ」
「ふぅ」
居残り組の武芸者二人のため息が聞こえてきた。
「なに?」
もしかしたら、恋人が欲しいのかと思い、期待しつつ振り返ったミィフィだったが、そこにある現実はそんな生やさしいものでは無かった。
「いやな。レイとんの稽古がむちゃくちゃ厳しくてな」
「今の僕達じゃ、半日付合うのが限界ですね」
シリアはまだ分かるのだが、同い年では優秀な方に分類されているナルキが、レイフォンの鍛練に付いて行けないという事実に、少しだけ驚愕してしまった。
「うそ」
「本当だ。しかも、まだある」
「ええ。間違いない事実が」
二人の声も表情も、嘘を言ったり大げさに吹聴したりするものでは無い事が、幼なじみであるミィフィには充分に分かった。
「それって、どういう意味?」
グレンダンという、武芸の本場から来たレイフォンだから、二人よりは優秀であっても不思議ではない。
だが、そんなミィフィの予測など、意味はなかったようだ。
「この一月で、その前一年分で伸びた実力を、軽く上回っていると思う」
「そ、それは、成長期だからじゃ?」
ナルキの恐るべき告白に、何とか理屈を合わせてみる。
「剄息での生活が原動力だというのもあるが、レイとんの実力に引っ張り上げられているような気がする」
「そ、そうなんだ」
この辺は、武芸者ではないミィフィには理解できないところだ。
「しかも、その伸びた実力で、レイフォンさんに近づいたような気がしないんですよ」
「近づかないって、それはあり得ないでしょう」
実力が伸びて、さらに遠くなったというのなら、相手の伸びがこちらを上回っている事になる。
それこそあり得ないと思うのだが、これも武芸者ではないので、はっきりとは断言出来ない。
「いや。レイとんの凄みというか、本当の実力が、分かってきたというか」
「僕達よりも遙か高見にいる事を、やっと理解出来てきたというか」
なんだか、二人が落ち込んでいるように見える。
「いくら努力しても、あそこに届かないんじゃないかと、そんな風に思うんだ」
「持って生まれた才能の差と言えばそれまでなんですけれど、なんだかへこんでしまいますね」
メイシェンの頬をつついたりしただけで、違う世界をのぞいている少し変わった少年が、もしかしたら想像を絶する化け物ではないか?
そう言っているのだ、幼なじみの武芸者二人は。
「そ、そうだったら、なんでそんな優秀な武芸者を、グレンダンは手放すのよ?」
先ほどのレイフォンの話に、少しばかり嘘があったらしい事は、ミィフィも感じ取っていた。
基本的に嘘をつくのが下手なレイフォンだから、それは別段気にしていなかったのだが。
「グレンダンで、レイとんがそんなに強い武芸者じゃなかったら、私は武芸者やめるぞ」
「本当は、最強だったと言われた方が、まだ納得行きますね」
二人の認識が間違っていなければ、何らかの理由でグレンダンを追放されたと言う事になる。
すぐに思いつくのは、何かしらの犯罪をしたと言う事だが。
「あのレイとんが、犯罪者ってのは、グレンダン最強の武芸者と言われるよりも、信じられない気がする」
「それは同感だ」
「あの人、お人好しですからね」
三人の認識が一致したのはよい事だが、そうなるとますます、レイフォンがここに居られる理由が分からなくなってしまった。
「これは、調査の必要があるかな」
「それはやめておけよ」
「誰にだって、知られたくない過去くらいは有りますから」
「でも、気になるじゃない? メイッチも絡んでいるんだし」
幼なじみの引っ込み思案な少女の事を考えると、とてものんびり構えては居られない。
断じて、好奇心の塊だからではないのだ。
「ミィさ。理由はどうにでもなるとか、そう思っているだろう」
「それは、口実ですよ」
二人から突っ込まれたが、もはや止まる事は出来ない。