生徒会長室に残ったカリアンは、時間と共に人は変わって行く物だと言う事を再認識していた。
グレンダンでのレイフォンの情報を見る限り、守銭奴としての性格が強いように思われていた。
だが、流石に三ヶ月では徹底的な調査は出来ない。
こちらが知らない事情もあるだろう。
そして何よりも、ヨルテムでの生活の事は一切分かっていない。
あちこちに手を回して調べたのだが、何故か全て邪魔が入ってしまったのだ。
もしかしたら、レイフォンの周りにカリアンと同じような立場の人間がいたのかも知れない。
そうだとするならば、ヨルテムでの一年こそが今のレイフォンを形作っている事になる。
「これは、かなり困った事になるかも知れないね」
転科について了承してくれた事は嬉しい。
だが、予想していたよりもレイフォンの対応が理性的だったのだ。
流れに流されてくれると楽だったのだが、そう上手くは行かない事がはっきりした。
試験結果を見る限り、頭を使う事が得意なようには思わなかったのだが、もしかしたらこれもヨルテムでの経験が関係しているのかも知れない。
「さて。どうなるかな?」
そろそろニーナが来る頃だというのに、カリアンには考えるべき事が多くある。
紅茶の葉が燃えた残り香を感じつつ、カリアンの脳細胞は高速で活動を続ける。
「まあ、当初の予定通りに進ませて、その都度修正をするほか無いか」
折角フェリまで動員して諍いを始めそうな武芸者をマークしていたのだが、全てレイフォンが片付けてしまった。
念のためにニーナを近くに配置しておいたので、それほど大きく予測から外れる事はないと思う。
そうカリアンの当面の計画の見直しが終わった頃に、ノックの音がした。
「入り給え」
返事をするとニーナがなにやら思い詰めた様子で入って来た。
これはまさにカリアンの思惑通りだ。
こちらまでイレギュラーになっていたら、かなりカリアン的に困っていたのだが、一安心と言ったところだろうか。
「どうしたね? 新入生にめぼしい人材はいなかったかね?」
返事は分かっている。
どちらかと言うと、話しやすいように水を向けたと言った感じだ。
「残念ながら。将来的に使えそうな人材は見つけましたが、即戦力となると」
語尾が不安定だ。
間違いなく躊躇しているニーナに、念を押す。
「本当に、誰一人として?」
「・・・・・・・・・・。いえ。一人だけ」
カリアンも見た。
二人の武芸者に気が付かれることなく接近し、対応できないほどの速度で投げ飛ばしたのを。
素人から見てもその手際は凄まじかった。
同じ武芸者であるニーナならば、更に驚愕してもおかしくない。
一般教養科と言う事も含めて。
「ですが、彼は一般教養科です。武芸大会には参加させられません」
「転科したよ」
書類をニーナに見せる。
驚いたように一瞬目を大きく見開いた後、何度も間違いがないかと書類を見る。
「・・・・。失礼します」
今まで持っていた書類をその場に放り出し、ニーナはかなりの勢いで部屋を出て行った。
様子からすると即座に行動に移るだろう事が分かる。
まさにシナリオ通りだ。
「さて。スペックだけならツェルニ最強の部隊が出来るのだが」
個人的な性能とチームとしての戦力は別物だと言う事は理解している。
だから、これから先の事を考えなければならない。
「その前に」
レイフォンが言っていた武芸者になる事の意味を、ヴァンゼに聞かなければならない。
もしかしたら、それこそがレイフォンが一般教養科を目指した理由だからかも知れないから。
万が一にも、レイフォンを敵に回すような事があってはならないのだ。
途中に有った無人の保健室で着替えを済ませたレイフォンは、武芸科の制服をしげしげと眺め、溜息をついた。
「何処で知ったんだろう? そんなに有名人なのかな?」
天剣授受者などと言う怪生物は、グレンダンでは有名だろうが他の都市では知られていないはずだ。
古文都市レノスは例外中の例外だと思う。
「はあ」
溜息をつきダンに言われた事をもう一度頭の中で思い返す。
「もし、万が一にでも武芸科に転科しなければならないとしたのならば、その時は覚悟を決める事だ。
お前以上の実力と経験を持った者が学園都市にいるはずがない。
ならば、未熟な者達に道を指し示さねばならない。
剄技だけではないぞ?
いや。剄技などどうでも良いのだ。
それよりも重要なのは汚染獣との戦いがどういうものか。
お前が見てきた地獄を教え心構えを持たせなければならないのだ。
それはさぞかし辛い事だろうが、それでもやらねばならないのだ」
言われてみて思いだしたのだ。
八歳の時から汚染獣と切った張ったをやっていたが、初めての戦場で一緒に戦っていた大人が死んだ。
その時は正しい対応が出来たが、それは偶然以外の何物でもない。
その後になって、色々な体験談を聞きそして覚悟を決めたのだ。
汚染獣戦に出る事をデルクに伝えた時、二年待てと言われたのだ。
その意味がずっと分からなかった。
デルクも喋る事が苦手なのも大きく影響している。
だが、ダンに言われてやっと何故止められたのかが分かったのだ。
体験した事経験した事を後輩に伝えなければ、何時か取り返しの付かない事態になってしまうかも知れない。
ダンはそれを心配しているのだし、デルクも恐らくそれを教えたかったのだろう。
もし、レイフォンが一般人になるのならば、そんな事をする必要はさほど無いだろうが、一緒に戦うかも知れない以上は絶対に必要なのだ。
未熟者に足を引っ張られ戦線が崩壊するかも知れない。
覚悟がない者のためにレイフォンが死ぬかも知れない。
その確率を少しでも減らすためにも武芸者となったのならば、指導する事を怠ってはならないのだ。
「できるかなぁ?」
ヨルテムで一年間教えては来たが、ナルキとシリア以外は熟練した武芸者が多かった。
レイフォンだけで指導する事も少なかった。
だがここにはレイフォンが頼れる武芸者は恐らくいない。
一人でやれるかどうかと聞かれたら。
「多分無理だよな」
考えつつシャーニッドと会っていた練武間の側の公園に辿り着いてしまった。
今日もいやになるほど空が青い。
「そうだね」
一人で悩んでいても仕方が無い。
取り敢えず一年も一緒に鍛錬をしてきた武芸者がいるし、頭を使う事に長けた武芸者も一人いる。
レイフォン一人だったら途方に暮れただろうが、今はそうでは無いのだ。
何とか希望が見え隠れしていた。
だが。
「レイフォン」
「う、うわぁ」
公園に入り五人を視認した直後、涙を一杯に貯めたメイシェンに迎撃されてしまった。
撃破判定なんて生やさしいものでは無い。
まさに瞬殺。
少しだけ長い左手の袖を握りしめて、今にも泣き出しそうだ。
と言うか涙がこぼれているような気がする。
残り四人も複雑な表情をしている。
やはりというか何というか、予測されていたのだろう。
「転科しちまったのか」
「押し切られたんだね」
「レイフォン」
三人がそれぞれの言葉でレイフォンの死体に鞭を打つ。
本人達にその意志はないのだろうが、レイフォンにはそう思えてしまうのだ。
「生徒会長が転科しろって?」
冷静を装っているウォリアスが一番複雑な表情をしているが、この中で一番深く物事を考えているのだから当然かも知れない。
「うん。ヴォルフシュテインを知っていた」
どうして知っているかは分からないが、事実は認めなければならない。
レイフォンの実力を知っているのならば、全力で転科させられる事は間違いない。
条件を付けられただけでも儲け物だと思いたい。
「それで良いのか?」
「良くはないけれど、滅びに巻き込まれるのは避けたいよ」
納得しているわけではないが、それでも、了承してしまっているのだ。
ならば、やり遂げなければならない。
「左手が少し長いんだけれど、武芸科の制服がきっちり出来上がってる」
一般教養科の制服を直しているので、その辺でデーターはあるのだろうが、僅かな時間で直せるわけがない。
明らかに前もって準備されていた。
「・・・・・。出来るだけ力になるよ」
「うん。よろしく」
一人ではないのならば、乗り切れるかも知れない。
だが、現実はレイフォンが思っているよりも遙かに過酷だった。
頭を使うという意味で。
「それでどうするんだ? 正直私はありがたいけれど、このまま武芸者を続けるか?」
ナルキに聞かれてやっと気が付いた。
他の仕事で生計を立てるという計画が、初っぱなから狂ってしまったのだと。
あるいは、心の底では武芸者であることが好きなのかも知れないが、それは今問題ではない。
「えっと。どうしよう?」
助け船を求めてウォリアスを見る。
レイフォン本人が考えるよりも確実だ。
「お前が決める! 僕にばかり頼るな馬鹿者!」
「う、うん」
流石に全て他人任せというわけには行かない。
先ほど、頭を使おうと心に決めたのだ。
少しずつでもやらなければならない。
そんな絶望的な決意を再びした時に声がかかった。
「少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
その声に振り返ると、銀髪を長く伸ばした少女が佇んでいた。
気配には気が付いていたのだが、敵意とかは感じなかったので放置していたのだ。
この六人に用事があるとは思わなかったし。
剣帯に入ったラインから二年生と言う事が分かるが、どう見ても年下だ。
外見で人を判断してはいけないが、それでもかなり年下だ。
ついでではあるが非常に整った容姿をしている。
適切な表現が浮かばないほどに。
「何でしょうか? また誰かから逃げているんですか?」
面識があるのかウォリアスが会話を始める。
どうでも良いが、ミィフィと二人でやたらに顔が広いような気がする。
「いえ。貴方に用事があるのです」
その細い指がまっすぐレイフォンを差す。
「僕ですか?」
ツェルニに来てから彼女に関わるようなことを、何かやったかと振り返ってみる。
「えっと? 廃品回収に入学式に買い物に」
「いや。多分そっちじゃない」
ウォリアスには何か見当が付いているのか、少し落ち込んでいるように見える。
レイフォンには全くあずかり知らないところで、色々と事態が動いているのかも知れない。
「はあ。かまいませんけれど」
拒否する理由はないが、何故か嫌な予感がするような気もする。
ついて行かなくてもあまり変わらないような気もするので、了承してみることにした。
「済みませんが」
「はい?」
未だにメイシェンに捕まれたままだった左手をそっと抜き、少女の後について行こうとしたのだが、唐突に何の前触れもなく、リーリンが話しに割って入って来た。
「もしかしてお兄さんがツェルニにいますか?」
しかも、話題は全く意味不明だ。
「はい。よくご存じですね」
「何となく似ているような気がしたので」
「知っているのですか?」
もしかしたらリーリンも顔が広いのかも知れない。
そんな事も思ったが、ここまで話が進んだおかげでレイフォンにも心当たりが出来た。
今目の前にいる少女とよく似た特色を持った人物をレイフォンは知っている。
と言うかほんの少し前まで一緒だった。
「もしかして生徒会長?」
「不本意ですが」
心底嫌そうな表情と声で肯定された。
もしかしなくても武芸科に転科した事が原因で、彼女は今レイフォンの前に立っているのかも知れない。
そしてリーリンの方を見る。
何故カリアンを知っているのかと。
「・・・・・。グレンダンで一度会っているのよ」
「何時?」
「決定戦の直後。是非ともレイフォンに会いたいって」
「へえ。五年以上前なのに良く覚えているね」
リーリンは流石に頭が良いと少し感心しているのだが、事態はそれどころではなかった。
すぐ近くで剄脈の活動が活発になったのを感じて、そちらの方を見る。
「その時事故死に見せかけて殺しておけば、今の事態は避けられたのに」
とても恐ろしい事をナルキが言っている当たりから、だんだん空気が危険になってきている事に気が付いた。
その時本当にグレンダンにナルキがいることが出来たのならば、間違いなく手をかけているだろう程に危険だ。
だが、今回もレイフォンの認識は甘すぎた。
「いや。まだ間に合う。今から事故死に見せかけて」
「待て待て待て。妹さんのいる前でそんな事言うなよ」
今にも実行しそうなナルキを止めたのはウォリアスだ。
妹云々は兎も角として、レイフォンもナルキに殺人をやって欲しいとは思っていない。
だが、全てはレイフォンの思惑など関係なく悪い方向へと突っ走る。
「いいえ。私も兄は一度死んでおくべきではないかと思っていたところです」
そう言いつつ錬金鋼を復元。
重晶錬金鋼の杖が出現して、その長い銀髪を念威の光で満たした。
元々髪は非常に優秀な念威の媒介ではあるのだが、ここまで凄まじい念威の量を持つ人間はそうそう転がっていない。
それはつまり、異常な念威の才能だと言う事になる。
デルボネの後継者としてグレンダンが欲しがるかも知れないほどの、異常な才能と言わざる終えない。
もしかしたら、この才能のせいで色々と嫌な目に合ってきたのかも知れないし、ツェルニにいるのはその辺に原因があるのかも知れない。
何しろ肉親にあの生徒会長がいるのだ。
そんなどうでも良いことを考えている間にも事態は進展し続け、ついでのように念威端子が彼女の周りを覆い尽くす。
その数はどう少なく見積もっても二百は超えているだろう。
リンテンスだったら全部数えられるかも知れない。
などと現実逃避気味に考えている間にも、時間はきっちりと流れ。
「げげ」
驚いた声を上げられたのはウォリアスだけだった。
一般人である三人はあまりの事態に呆然としているし、ナルキは力強い味方が現れたと張り切っているし。
「あの人何やってるんだろう?」
レイフォンの方はと言えば、カリアンがどれだけの事を今までやって来たか、そちらに注意が行ってしまった。
「では、私が先導しますので」
「実行は任せて下さい!!」
すでに計画は発動しつつある。
「ええかげんにせいよ!」
渾身かどうかは不明だが、ウォリアスの鉄拳がナルキの後頭部を直撃して撃破した。
「そうです。いくら何でも兄殺しは良くないですよ」
レイフォンも少女を何とかなだめようと、色々と苦心する。
なんだか最近、女難続きのような気がするのは、気のせいであって欲しいと願いつつ。
「兎に角、先に用事を済ませてしまいましょう」
このままでは余計な時間ばかり取られてしまうと判断し、レイフォンを捜していた本来の用事を話題に載せてこの場を誤魔化す事にした。
だが、それが返って逆効果だったようだ。
「問題有りません。あんな用事は無い方が世のためです」
不機嫌オーラを更に大きくした少女をなだめて目的地に向かうのに、更にいらない時間を使う羽目になった。
レイフォンに連れられて少女がいなくなったのを確かめ、リーリンは溜息をつく。
どう考えてもできすぎだ。
偶然グレンダンに立ち寄っただけの少年が、今のツェルニの生徒会長だなどとは誰も予測できない。
ナルキが事故死に見せかけてと言っていたが、実はリーリンもあの時、割と親切に対応したことを後悔しているのだ。
「でぇぇぇい! レイとんが武芸を続けることの意味を知りもしない愚か者が!! やはり今からでも抹殺に!!」
「ええい! 警察官志望のナルキが犯罪を犯してどうするんだ!」
武芸者二人が、なにやら熱く言い争いをしている。
その余波で周りから人がいなくなっているのだが、これは入学式の騒動からまだ時間が経っていない以上、当然の反応としか言いようがない。
騒いでいる武芸者二人が気付いていないようだが、まあ、これは仕方が無いのかも知れない。
さすがのウォリアスも冷静さの限界を過ぎてしまったのだろう。
「私の正義はただ一つだ!!」
なにやら興奮したナルキの瞳が細められ。
ウォリアスが何か納得したようにその細い目を更に細くして。
「「悪・即・斬」」
異口同音だった。
「分かってるじゃないか」
「お前さんは何処の前髪触覚の警官だよ?」
武芸者とはやはり世界が違うのかも知れないと思えるほど、二人の息はぴったりだ。
端から見ている分には面白いかも知れないが、同じ集団にいると少し事情が変わってくる。
グレンダンを出る時に慣れたと思ったのだが、それはあまりにも甘い認識だったようだ。
非常に恥ずかしいので、出来るだけ他人のふりをするために、ミィフィに話しかけてみる事にした。
「レイフォンに用事って、やっぱり第十七小隊がらみだと思う?」
「入隊しろって言われているんじゃないかな?」
なにやら地図を眺めつつミィフィが同意する。
確かに、レイフォンほどの実力者を放っておく余裕はツェルニにはないのかも知れない。
そして、言い方は悪いがレイフォンを効率的に使うとするのならば、武芸大会で中核となる小隊に入れるのは間違った判断ではない。
だが、それはレイフォン個人の技量に頼ってしまうことになるかも知れない。
そうでなくても、学びに来た生徒に志望する学問を授けられないという、学園都市の意義を無視しかねない状況なのだ。
それは酷く救いがない行為に思えて仕方が無い。
リーリンの考えが更に暗い方向に行くのを止めたのは、地図を見終わったミィフィの何気ない一言だった。
「ねえメイッチ。さっきから黙ってるけれど、会話において行かれてるの?」
「・・・・・。違うよ」
ふと気が付けば、さっきまでレイフォンの袖を握りしめていたメイシェンが、今にも泣き出しそうな表情で練武感の方を見つめている。
いや。実際にはすでに泣いた跡があったりする。
「無いと思うんだけれど」
「うんうん?」
メイシェンがぽつりぽつりと話し始めたことで、言い争っていた武芸者二人もようやっと落ち着いたようで、こちらの世界に合流した。
「もしかしたら」
「うん?」
「あ、あう。ないとはおもうんだけれど」
「なになに?」
「レイフォンって、努力しても報われない呪いがかかっているのかも」
逡巡すること十数秒。
やっとメイシェンが紡ぎ出した言葉には、壮絶なほどの説得力が混入していた。
いや。むしろレイフォンの努力が報われることの方がおかしいと思えるほどの、凄まじい説得力だ。
と。半年前のリーリンだったら納得してしまっていたかも知れない。
「・・・・・・。心当たりがありすぎる」
「・・・・・・。犠牲を払っても何も得られない?」
ナルキとミィフィも同じ結論に達したようで、血の気が引いたお互いの顔を見つめている。
「あり得るな。人は生まれながらにそう言う要素を持っているからね」
ウォリアスも真剣にレイフォンの事を考えているようだ。
生まれの不幸を呪う以外に、レイフォンに道はないと言いたげではあるが。
「で、でも。きっと間違いだよ。努力していればきっと報われるよ」
おろおろと自分の説を否定するメイシェンだが、おもしろ半分にリーリンは考える。
もし、武芸大会にレイフォンが参加したとしたのならば。
「汚染獣の襲撃で無効試合?」
有利に戦っている時に汚染獣がやってきて、有耶無耶にされてしまいそうだ。
あるいは、他の何かの妨害で殆ど活躍できなくなるとか。
「あ、あう」
同じ結論に達しているらしいメイシェンが声を漏らす。
「あり得る。と言うか、そうならない方が不思議な気もする」
「だよねぇ。レイとんなんだか不幸の星に溺愛されているし」
「いや。むしろ幸福の女神に命狙われてるんじゃ?」
一気に場の雰囲気が重くなった。
リーリンにこの場の雰囲気を覆すことは出来るのだが、何となくもう少し見学してみたくなった。
そして、今までのレイフォンの人生を振り返り努力して結果が得られたかと考える。
武芸を始めたのは、孤児院の経営の助けになればと思ってのことだ。
八才の頃から汚染獣と戦い、おおいに孤児院の経営に貢献した。
そして、そのレイフォンのおかげで助かった子供も大勢いる。
これは結果が得られたと言える。
武芸者としての頂点である天剣授受者になった。
過酷などと言う言葉が陳腐に聞こえるほどの戦場を、いくつも経験してきたはずだ。
その結果報酬は増額されたが、グレンダンの他の孤児院に寄付をしたために経済状況は返って悪化。
闇の賭試合に出たことでガハルドの脅迫を受け、最終的にはグレンダン追放。
方法が間違っていたとは言え、あまり結果が付いてきていないようにも思える。
そう結論づけていたのは半年前までのリーリンだ。
「大丈夫。少なくともグレンダンではちゃんと報われているから」
本当にそうかは疑問だが、それでも、全く無意味だったわけではないのだと今のリーリンは知っている。
汚染獣との戦闘が頻繁に有り年中金欠状態のグレンダンでは、何処の孤児院だろうが経営状態はかなり厳しくなってしまう。
そんな時にレイフォンが多額の寄付をしたのだ。
それによって命を救われた子供の数は、かなり多いと聞いている。
方法は間違っていたし結果は最悪だったが、やろうとしていたことは間違っていなかった。
レイフォンがいなくなって半年ほどしてから、そんな話が聞かれるようになった。
暴動になりそうな切っ掛けを作ったことは批難されるべきだが、全く功績がなかったわけでもないのだ。
「今夜にでもちゃんと伝えないと」
女の子と思われていなかったことがショックで、結局伝えることが出来なかった事柄を今日こそ話そう。
そう決意したリーリンだった。
「死ぬような思いで勉強したのに奨学金ランクはDだった」
「ヨルテムで汚染獣を倒したのに、騒がれるのが拙くてツェルニに逃げ出した」
「あうあう」
ヨルテム三人衆は、レイフォンの努力が報われなかった事柄を列挙しているようだ。
勉強についてはレイフォンだからと諦めるしかないが、汚染獣については少し微妙なところだ。
「ツェルニに来て一般人になろうとしたのに、強引に転科させられる」
「しかも小隊員にならされて使い倒される」
「いや。使い倒されるという言い方は問題有るぞ? 小隊員はエリートなんだ」
なにやらまだ続くようだ。
このまま放っておく訳にもいかないので、割って入ろうとしたのだが。
「こうなったら、レイとんの功績が有ったからこそ武芸大会に勝ったのだと、ツェルニの生徒全員に知らしめるべきだ」
ナルキが盛大に拳を突き上げて宣言する。
武芸者であるレイフォンを最も良く知るナルキだからこそ、そう言う結論に達したのだろう。
確かに、武芸科に転科したからにはそれくらいのことがなければ、レイフォンの努力は報われたとは言えない。
ならばここは涙を呑んで、レイフォンを激励して武芸大会で勝利を収めるべきではないか?
リーリンがそう結論を出しかけた時。
「いや。それは拙いだろう。レイフォンは一般人になるためにここに来たんだ。だったら功績が無いことこそがレイフォンにとっては最も報われる結果だろう」
冷静さを取り戻したウォリアスに言われて、リーリンはかなり空気に呑まれていたことを知った。
自分が何を言ったかを理解したらしいナルキも、一気に冷静さを取り戻す。
「済まないな。生徒会長を殺し損ねたせいで、欲求不満なんだ」
「あのね。そう言う物騒なことはこっそりというんだよ」
全面的に止めないところがウォリアスの人柄なのかも知れない。
だが、リーリンは目の前の四人に言うべき事があるのだ。