「毎度恒例となっていて申し訳ないのだけれどね」
「誰に向かって話しているんですか?」
「僕は今、とても幸せに包まれているんだよ」
「僕は絶望に沈み込んでますから」
隣でこの世の不条理を呪うことしかできないレイフォンを見下ろしつつ、サヴァリスは心の底から生きていることの幸せを感じていた。
場所はツェルニで最も高い場所。
すぐ横に都市旗が存在しているそこは、サヴァリスでさえ一瞬ふらつくほどに大きく揺れ、そして未だに水平を回復できていない。
都市の足に致命的な何かが起こり、移動することも、即座に体勢を立て直すことも出来ないでいるのだ。
こんな事の出来る汚染獣は、明らかに老性体二期以降。
もしかしたら、天剣授受者でさえ取り逃がすことがある名付きかも知れない。
「ワクワクが止まらないよ。僕がここに来た時には暴走が収まってしまっていたからね」
「僕は散々戦い続けていて酷い目に合いましたけれどね」
「ああ。話にしか聞いたことのない喋る汚染獣。それと戦えるかも知れないと思うと、もうどうにかなってしまいそうだよ」
「生まれた時からどうにかなってますから」
「はははははははは!! そうなんだ!! 僕は生まれた時からこうなんだよ!!」
常識を何処かに置き忘れてきてしまったような汚染獣と、心置きなく戦えると思うだけでサヴァリスの生命力は天井知らずに跳ね上がり続ける。
喋る汚染獣、ハルペーではないにせよ、普通の老性体ごときが足元に及ばないような奴と戦えるのだ。
もしかしたら、偶然名付きと遭遇したのかも知れない。
それを考えると、もはや自分を抑えることなど出来はしない。
「さあレイフォン!! 僕達の宴を始めようじゃないか!! このツェルニ全土を焦土と化しても汚染獣を倒そうじゃないか!!」
「外でやりますから、多分」
「それはとてもスリリングな戦いになるね!!」
「ああ。なんで汚染獣はこの世にいるんだろう?」
「僕達を楽しませてくれるために存在してくれているんだよ!!」
ここまで盛り上がったサヴァリスを祝福するかのように、何か恐ろしく巨大な物体が恐ろしく高速でツェルニのすぐ側へと落下してきた。
直撃こそしなかったが、それでも都市を振るわせるほどの衝撃を伴ったそれが割れると、中から幼生体の群れが出現する。
よくもまあ、着弾の衝撃で幼生体が死滅しなかったと感心するが、些細な問題であると切り捨てる。
そう。準備運動の相手として幼生体を送り込み、その後本体がゆっくりと登場するのだ。
じらされるという現象を生まれて始めて体験したが、とても喜ばしいと感じている。
恋愛の最中に多用されるという話は聞いていたが、これ程の高揚感をもたらせるのならば当然だろうと思うのだ。
もはやサヴァリスは自分を抑えることなど出来はしない。
問題は、ツェルニが都市外戦装備を貸し出してくれるかどうかなのだが、駄目だったらサリンバン教導傭兵団の物を使えば良いだけのことだ。
ツェルニにやって来て本当に良かったと、心の底からそう思った。
グレンダンでは、想像を絶する汚染獣の奇襲を受けるなどという体験は出来はしなかった。
デルボネに愚痴を言うつもりはないが、それでもサヴァリスはこの状況を心の底から楽しんでいるのだった。
出来れば、手にしているのが天剣だったら良かったとも思うが、レイフォンは老成二期と天剣抜きで戦い勝っているのだ。
それと同じ体験が出来るかも知れないと思っただけで、天井知らずに登り続けるサヴァリスの生命力がよりいっそう激しく上昇するのだった。
サイレンが鳴り響いた時、当然のことだがリーリンはシェルターに避難していた。
武芸大会が始まってしまえば、一般人はシェルターにいる以外に方法はないのだが、問題はサイレンが汚染獣襲撃を知らせる物だったからではない。
「あ、あう」
「おおっと!! これはまさかの展開だぁぁぁ!!」
「凹んでるわねレイフォンの奴」
入学式直後のことだった。
レイフォンの努力が如何に無駄に終わるかを上げていたことがある。
その時に、武芸大会で勝っている時に限って汚染獣がやってくると言うのもあった、
実際に勝っているかどうかは分からないが、負けているとは思えない今のツェルニを考えると、明らかにこれは想定された状況の一つだ。
ならば、間違いなくレイフォンは何処かでこの世を呪って凹んでいる。
目に見えるくらいはっきりとそれが分かってしまうのだ。
「ど、どうしよう? レイフォンきっと泣いてる」
「ぐへへへへへ。もはやレイとんには幸福など訪れないのだ」
「それはあり得るわね。このまま行くと無限の戦闘地獄に堕ちるかも」
冗談で言っているつもりなのだが、それが事実になるかも知れないと思っている自分がいたりもする。
何せレイフォンは不運に好かれすぎているのだ。
こんな緊迫感のない会話をしている最中、いきなり都震が起こった。
「あ、あれ?」
「おおっと?」
「なに、これ?」
三人そろって首をかしげる。
いや。見える範囲内にいる全員が疑問の表情をしている。
ツェルニは武芸大会の最中だったはずで、停止していたはずなのだ。
なのに都震が起こった。
いや。都震と言うには揺れた時間があまりにも短く、振動そのものもかなり弱かった。
それはつまり、今までに体験したことのない何かが起こったという事。
「ああ。これは本格的に拙いわね」
おそらく現状を、リーリンを含めたグレンダン出身者だけが正確に理解しただろう。
常の攻撃をしてこない汚染獣とはつまり、老性体二期以降の特殊進化した個体だと。
強力な個体となれば、天剣授受者が複数で挑まなければ倒せないほど恐ろしい存在なのだと。
だが、ほんの少しだけ安心している。
ツェルニには今、元と現役の天剣授受者が二人いるのだ。
二人が力を合わせれば、非常識の固まりと言われる老性体二期以降だとしても、十分な勝算がある。
「・・・・・・・・・・」
疑問を持った。
サヴァリスとレイフォンが共に戦うと言う光景を、どうしても想像できないのだ。
確実に一度以上は二人で戦っているはずだから、想像できても良いはずだというのに、何故か全く浮かんでこない。
哄笑を放ちつつ率先して戦うサヴァリスと、号泣しながらそれに付き合わされるレイフォンくらい想像できても良さそうなのに、全く浮かんでこない。
「お、おかしいわね」
何故二人で戦う光景を思い描けないのかという疑問を持ったリーリンだが、それもそれ程長いことではなかった。
天剣授受者とは、最終的には個人的な戦闘能力を極限まで追求した戦士なのだと。
共に戦うなどと言う選択肢は、全く最初から存在していないからこそ、リーリンは想像できないのだと。
想像できないことこそが、天剣授受者として正常なのだと。
だが、更にここで疑問が湧いてくる。
「グレンダンって、一体何?」
自分の生まれた土地だというのに、今まで全く考えてこなかったが、グレンダンとは一体どんな都市なのだろうという疑問を持ってしまった。
そして、この疑問を持った瞬間、リーリンの周りをお面の集団が取り囲んでいることに気が付いた。
いや。無秩序に並んだお面に取り囲まれていたと表現する方が的確だろう。
「邪魔ね」
日常の暇な時ならいざ知らず、この忙しい時に現れたお面の集団に殺意を覚える。
普段はゴキブリを見る程度の視線だったが、今日、今だけは、きっちりと殺意を込めて睨み付けると、何時も通りに金属質な目玉になってそこら中に転がる。
不思議なことに、この現象を捉えているのはリーリンだけなのだが、それさえ今はどうでも良い。
「・・・・・。えっと」
そう。不用意に殺意を放出してしまったリーリンから遠ざかろうとしている少女二人に比べたら、どうと言う事のない些細な問題である。
ここは何とか言い逃れなければならない。
「お、汚染獣って空気読まないわよね。レイフォンの誕生日付近には何時も現れるし、ついでに私の誕生日付近でも現れるし、本当に汚染獣って空気読まないわよね。そう思わない?」
「あ、あう」
「ま、まあ」
二人からはぱっとした反応は返ってこなかったが、何とかリーリンの殺意が汚染獣に向いていると誤解させることは出来ただろうと思う。
何時も暮らしている世界が、自分の思っている物とは違うかも知れないと言うおかしな疑問を抱かせずに済んだだろうと思う。
と言うか、そう思いたい。
中央指揮所に積めていたウォリアスだったが、汚染獣の襲撃警報を聞いて、大きな溜息をついてしまった。
この大会に勝って報酬をもらおうと思っていたのに、それがご破算となってしまったからだ。
ついでに、レイフォンの運の悪さにもかなり同情してしまっているが、それはある意味仕方がないのだろうと諦めに似た気持ちである。
いや。やはりそうだったのかと納得さえしている。
全てはレイフォンがツェルニに来た時に決まってしまったのだと。
だが、溜息をついて予定が台無しになってしまったことを何時までも愚痴っていることも許されない。
溜息一つ突いて心と身体を武芸大会から、汚染獣の撃退という実戦へと切り替える。
既にディンの手配で、錬金科の生徒が総動員され、武芸者の錬金鋼の安全設定を取り外す準備が進んでいるし、都市外指揮者やランドローラーの準備も進んでいる。
問題は、勝ちつつあった戦場から呼び戻される武芸者の方だ。
ある意味、格下を相手にしていたのに、いきなり格上の助っ人が出てきたような物だから、心の切り替えが上手く行くかかなり疑問である。
「取り敢えず、情報が欲しいのですが」
「・・・・・・・・・・・・・」
同じく、中央指揮所に積めていた念威繰者に声をかける。
銀髪を長く伸ばした超絶な美少女という珍獣はしかし、一切の言葉を放つことなく端子を飛ばし、そして情報をせっせと集めてくれている。
他意が有るわけではない。
読む雑誌が無くなったために、ウォリアスが用意しておいたお菓子を食べて眠くなったところに襲撃が起こったために、とてつもなく不機嫌なだけである。
そして、この状況で不機嫌をぶつけるのは汚染獣でもウォリアスでもなく、何故か常にレイフォンなのだ。
レイフォンの不幸さ加減への同情がいやが上にも増そうという物だ。
そして、恐ろしく間が悪いことに、レイフォンがサヴァリスと共に中央指揮所へとやって来てしまった。
これ以上ないくらいに完璧なタイミングである。
そして案の定、不機嫌オーラで鎧ったフェリが立ち上がると、無言のままレイフォンへと接近。
「あ、あのフェリ先輩?」
「貴男のせいでしょうか?」
「な、何がでしょうか!!」
本能的に危険を感じたレイフォンが後ずさるが、それを許さない速度でフェリが前進。
フェリも、ウォリアスと同じように考え、この汚染獣の襲撃はレイフォンが原因だと、その結論に達したのだろう。
その奥にあるこの世界の現象について予測しているかは分からないが、今回の、汚染獣の襲撃の原因はレイフォンだと信じているのだ。
レイフォンこそが、汚染獣に愛されているのだと。
だからこそ、ことあるごとに襲われるのだと。
そして既に、蹴りの間合いに捉えていた。
だが、ここで予想もしない出来事が発生。
「それは困るね」
「邪魔をするつもりですか?」
有ろう事か、ニコニコと状況を楽しんでいるだけに見えたサヴァリスが、フェリとレイフォンの間に割って入った。
更に、フェリの八つ当たりを止めようとしてさえいる。
これはある意味、有ってはならない出来事だと思ったのだが、それもすぐに間違いだと言うことが分かった。
「ここでレイフォンの心が折れてしまったら、一緒に楽しめないからね。汚染獣に滅ぼされることはかまわないけれど、戦えない武芸者に足を引っ張られるのはごめんなんだよ」
目的は、あくまでも汚染獣と心ゆくまで戦うこと。
そのための努力ならば全てやるのがサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスなのだと、改めてそう納得させられた。
ならば、レイフォンが戦えなくならないように、最大限の努力をするのも納得という物だ。
そして、目的がはっきりしているのならば、後のことは割とどうでも良いのが世の常である。
「帰ってきたら、いくらでも、それこそ心が折れようと、足の骨が折れようとかまいませんので。いや。トリンデン君がいるから心ならいくらへし折ってくれても良いですよ」
「さ、サヴァリスさん」
世にも情けない表情でサヴァリスとフェリを見比べる、元天剣授受者。
にこやかにそれを見詰め返す現天剣授受者と、才色兼備な危険生物。
もはや、レイフォンの未来は閉ざされたと言って良いだろう。
心の中で冥福を祈りつつも、ウォリアスはやるべき事をやらなければならない。
何よりも情報の収集であり、当面の襲撃に対する防衛である。
「それで、一番近くに落ちた奴、中身はなんでしたか?」
「うん? 幼生体だったよ。レイフォンが虐殺してしまって僕はつまらなかったけれどね」
「ああ。成る程」
レイフォンとサヴァリスの錬金鋼には安全設定が施されていない。
正確に言うなら、レイフォンが持つ黒鋼錬金鋼には安全設定が施してい有るが、それはあくまでも大会や訓練の時に使う物で、一応持っているだけの飾りとなってしまっている。
そして、サヴァリスが何かするよりも速く虐殺したとなると、鋼糸を使った遠隔地からの攻撃と言う事となるだろう。
「自分は安全な場所にいて、相手だけ切り刻むとかどんだけサディストなんですか」
「え? あ、あのフェリ先輩?」
「やはりフォンフォンは女の子を虐めて喜ぶ人だったのですね。最低です」
「い、いえ、せんぱい?」
同じ結論に達したらしいフェリが、足を折る前の準備運動として心を折ろうと遊んでいる。
まあ、今は良いかとも思う。
錬金科などの計算を信じるならば、汚染獣本体は恐ろしい遠距離にいるらしいし、飛翔体の中身が幼生体ならばこちらが圧倒的に有利だ。
相手は戦力の逐次投入をやっていることになるから、こちらはそれぞれ投入された戦力にきちんと対応していればそれでよい。
問題は、逐次投入される戦力にきちんと対応できるかどうかだが、今のツェルニ武芸者ならばそれ程苦戦することはないだろうとも思う。
「いや。武芸大会からの連戦だから少し不安か」
体力的な問題は解決することが出来たとしても、精神的な問題はやや面倒になるはずだ。
出来れば、飛ばしている汚染獣を何とかしてしまいたいが、現在何処にいるかはっきりとは分かっていない。
こちらも戦力を二手に分けるというのもあまり望ましい方法ではないし、やはり、向こうから来てもらうのを待つ方が良いだろうかと考える。
あるいは、迎撃地点を少しだけ遠方に伸ばして移動する際の消耗を押さえる。
だが、実は色々と問題が有るのだ。
何よりも問題は、ウォリアスが相手の形状や能力を知らないと言うこと。
レイフォンとサヴァリスが二人掛かりで挑んで、尚かつツェルニに進行される危険性があると言う事。
前回の老性体戦では、二期になりたてであろうと予測されたために遠方で戦うことを選んだが、今回同じ事をして良いかの判断が出来ないのだ。
前回の老成二期に比べて、今回の方が明らかに強力らしいことを考えると、出来るだけ遠方で迎撃するべきなのだろうが、強力であるのならば近距離で、ツェルニの質量兵器が使えるところで迎撃すべきだとも考えてしまう。
もちろん、都市外作業指揮車に搭載された大砲は強力だが、相手がどんな装甲を持っているかが分からない以上、これも迂闊には使えない。
八方塞がりである。
だが、汚染獣がいる場所の情報が有れば話は変わってくるはずだ。
「てなわけで、取り敢えずは迎撃に専念かな」
どうやら相当の遠距離であるらしく、フェリはレイフォンを虐めて暇を潰しつつツェルニ付近の汚染獣についての情報をウォリアスに届けてくれている。
本来ならヴァンゼ当たりにも知らせる必要があるのだが、残念なことに武芸大会に向かっていた武芸者を実戦へ移動させるために苦労していて、情報を渡せる状況になっていないのだ。
本格的にツェルニの迎撃態勢が整うまでにはもう暫く時間がかかる。
突如、汚染獣が襲来してきたために僅かな混乱はあったが、何とかレイフォン達が稼いでくれた時間を有効に使い、迎撃態勢を整えることが出来た。
だが、それはあくまでも見た目の話である。
内面、すなわち武芸者の士気についてはかなりの疑問がある。
ニーナ個人のことを言えば、何時如何なる時でも、どんな敵とでも戦う心構えは出来ているし、現在もやる気満々ではあるのだが、それはツェルニ武芸者の平均ではない。
だが、それでも起こってしまっている事態に対応しなければならないのは当然のことであり、それが汚染獣との戦闘となれば、命がけの戦いをやる以外の選択肢など用意されていない。
機動力を残していたのならば、ファルニールのようにここから逃げるという手もあるのだが、ツェルニにその選択肢は用意されていない。
「都市の足を折るような攻撃というのはな。非常識さえ通用しないのか?」
愚痴を言いつつも、方々に飛ばされてきた、幼生体の入った贈り物の監視は怠らない。
全てが一斉に割れて、中身が出てこなかったのは幸運だったと思い、そして戦いのために質量兵器の準備が進むのを見守る。
士気と体力の低下を懸念した生徒会が、早々にミサイルの使用を決定したのだが、それもあのカプセルが割れてくれなければ使いようがない。
レイフォンの遠隔攻撃で傷を付けることが出来なかった以上、貴重品であるミサイルを使うことは出来ないのだ。
と、ここまで考えて、何時ものようにシャーニッドがすぐ側にいないことに気が付いた。
「何処へ行った?」
いないと不安なのだ。
ニーナの精神的安定のためにいることを期待しているわけではない。
側にいないと、何をやっているか分からないために不安になるのだ。
そして、今回、その懸念はまさに的中してしまうこととなった。
『オッパイは好きかぁぁぁぁ!!』
「な!!」
突如、これから起こるだろう先の見えない戦いのために張り詰めていた空気をぶち壊す勢いで、シャーニッドの絶叫が当たりに響き渡る。
しかも、内容があまりにも似つかわしくなかったために、それを聞いていただろう全員が驚いて固まり、そして次の瞬間、視線を飛ばして現状を確認している。
ニーナも視線を飛ばして、そして発見した。
少し離れた広場にある、二メートルは有ろうかという簡易櫓を足場に、マイクを持ったシャーニッドを。
更にその側にいるシンを。
『俺はオッパイが大好きだぁぁぁ!! 無乳が好きだ!! 貧乳が好きだ!! 普通の乳が好きだ!! 巨乳が好きだ!! 爆乳が好きだぁぁぁぁ!!』
周りの困惑や動揺など知らぬげに、更なる絶叫を放つシャーニッド。
放送の準備をしていたはずの、櫓の下にいる武芸者だけが何故かとてもノリノリだ。
と、よく見れば殆どが第十小隊の面々であり、唯一の女生徒も何故かやる気満々である。
もしかしたら、これがサクラと呼ばれる物かも知れないが、今はそんな事はどうでも良い。
『無乳の娘を見ると、心の底から守って成長を見守りたいと思う!!
貧乳を気にしている娘を見ると、大きくするためにあらゆる協力をしたくなる!!
普通の乳の娘を見ると、それだけで今日一日頑張ろうという熱い情熱が湧いてくる!!
巨乳の娘を見ると、是非とも反復横跳びで揺れる様を見たいと思ってしまう!!
爆乳の娘を見ると、その大量殺戮破壊兵器で息の根を止められたいと心の底から願ってしまう!!
だからこそお前達に聞く!! オッパイは好きかぁぁぁぁ!!』
「おおおおおおおお!!!!」
呆然としていた連中が、シャーニッドの演説を聴いている内に、その心と魂に火が点いてしまったようだ。
辺りを共感の怒号が支配する。
ただし男子限定。
『よろしい同志達よ!! ここであえて問おう。女生徒の視線は恐いかぁぁぁ!!』
「おおおお」
シャーニッドの言葉を聞き、そして辺りを確認したのだろう、男子生徒の多くが気が付いたようだ。
これ以上ないくらいの蔑みの視線で見られているという事実に。
その蔑みの視線を前に、盛り上がっていた空気が一瞬にして縮み、残ったのは萎縮した男子生徒だけだった。
だが、シャーニッドの演説はまだ終わっていなかった。当然のことだろうけれど。
『だが!! だが!!いや!! だからこそ!! あえてもう一度問おう!! 同志達よ!! それでも尚!! オッパイは好きかぁぁぁぁ!!』
「おおおおおおおおおおおお!!」
萎縮したのも一瞬。
シャーニッドの絶叫で勢いを盛り返す。
もはや集団心理や催眠などと言う生やさしい物ではない。
あえて言うならば、集団洗脳。
『ならば同志達よ!! 汚染獣を倒せ!! その凶暴な牙をへし折れ!! その甲殻を打ち破れ!! その内蔵を引きちぎれ!! あらん限りの暴力を振るい殲滅せよ!! そして明日という希望の光の中で、オッパイを堪能しようではないかぁぁぁ!!』
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
士気高揚完了。
ただし男子だけ。
女子はと見れば、もはや見ることも汚らわしいと汚染獣入りのカプセルを見ている者が大半である。
いや。明日という暗黒の中で男子を殲滅する夢を見ている者もいるかも知れない。
男子生徒をこの手で八つ裂きにするために、今日汚染獣を撲滅する。
ある意味で女子の士気高揚も完了したかも知れない。
この後どうするかという思考を働かせようとしたが、それは後ろからかかった声で中断を余儀なくさせられた。
「女生徒達の士気を上げてみますか?」
「ん?」
「シャーニッド先輩みたいな演説で」
「私の柄じゃない」
気が付けば、何時の間にかウォリアスがすぐ側に来ていた。
何時もとはやや違う印象の、細い瞳でこちらを見ている。
だが、ここまで話が来て理解できたこともある。
シャーニッドやシンはまさに士気を上げるために演説をしているのだと。
思い返せば、ツェルニが暴走している最中にカリアンがやった演説も、目的は同じだった。
あの時は都市民全てに対してであったが、今回は武芸者限定でと言う違いはある。
いや。まあ、違うところはもっと多いのだろうけれど、それを気にしてはいけない。
結果的に武芸者の士気は上がり、汚染獣との戦闘に備えることが出来たのだから。
「では本題です」
「レイフォンだろう?」
「汚染獣の情報がまだ集まっていないので、レイフォンは暫く防衛戦力として使えますが、あまり無理はさせないで下さい。サヴァリスさんも肩慣らしとか言っていますけれど、こちらは気分屋なので戦力として計算できないですから」
「この士気を維持できれば大した問題も無く、幼生体くらいなら始末できると思うが」
「幼生体だけだったら。ミサイルも在庫処分するつもりで使いますから、大丈夫だとは思いますが、念のために」
「分かった」
一連の会話を終えて、ふと疑問に思った。
何故ウォリアスはニーナに直接伝えに来たのだろうかと。
だが、すぐにその答えは出た。
無茶をするからだと。
ニーナ個人がいくら無茶をしようと、ツェルニの全体から見ればどうと言う事はないが、レイフォンを含めた小隊員を巻き込めば話は違ってくる。
それをこそウォリアスは止めに来たのだ。
「そもそも、あれが何時割れて何が出てくるか分からないですから、その時々に対応するしかない訳なんですけれどね」
「それは、行き当たりばったりになりやすいな」
「全く、僕の嫌がることをするために汚染獣がいるんじゃないかと思えてきましたよ」
報酬に吊られて戦略・戦術研究室などと言う物を立ち上げたウォリアスだからこそ、汚染獣の襲撃で全てがご破算になった現状に憤りを覚えているのだろう。
何時もと違うように感じる視線の意味も、分かろうという物だ。
軽く手を振りつつ、中央指揮所へと戻って行くウォリアスを眺めつつシャーニッドがやってきたらどうするかについて暫く考えた。
褒めるなどと言うことは、間違っても出来ないだろうが、問答無用でドツキ倒すというのも違う気がする。
さてどうするかと考える余裕が、ニーナにもツェルニにもあるのだった。
この時点では。
武芸大会の進行中に汚染獣がやって来るという異常事態を前にして、しかし、ハイアは別段何も感じることはなかった。
ツェルニならばあり得ると思えるくらいには、この都市は色々と異常事態が多すぎたのだ。
「でさぁ、ミュンファさぁぁ」
「な、何ハイアちゃん?」
何時も以上におどおどしたミュンファの方へと視線を向けることは、決してやってはならない。
別段、とても恥ずかしい格好をしているというわけではない。
いや。ある意味でとても恥ずかしい格好をしている。主にハイアが。
異常に露出が多いとか、胸付近を強調しすぎているとか、そう言うわけではない。
ぶっちゃけ、ハイアが送った服を着ているのでとても恥ずかしくて視線を向けることが出来ないのだ。
下着から靴一式に至るまで、全て送ることはなかっただろうにと、その時の自分を惨殺したい気分で一杯なのである。
「着替えてきて欲しいのさぁ。もしかしたら戦場になるかも知れないからさぁ」
「う、うん。わかった」
心持ち残念そうにしつつミュンファが自分の部屋へと戻って行くのを眺めつつ、ハイアにはしかし安息の時間などと言う物は訪れていない。
解散したはずだというのに、傭兵団の全員がバスに住み着いているという現実と、その全員が興味津々とハイアとミュンファの成り行きを見詰めているという事実の前に、安息などと言う物はやってこないのだ。
俺達が命がけでミュンファを守るのにとか、団長が最強になれたかも知れないのにとか、そんな小声の会話は聞こえないふりをする。
今は、異常な方法で攻めて来た汚染獣との戦いに備えなければならないのだ。
ツェルニが危なくなったら、もちろん逃げ出すつもりではいるのだが、それでも戦闘にならないと楽観することは出来ない。
ここまで思考が進んだところでしみじみと思う。
ツェルニとは異常な都市であると。
「まったく、やってられないさぁ」
愚痴を一つこぼしたハイアは、どうせいるんだったらこき使ってやると心を入れ替え、その辺にたむろしている中年武芸者達に指示を飛ばし始めた。
何故か、何時の間にかいるイージェだって同じ扱いでよいはずだし。
逃げるだけだったら、駒に不自由はしない。