ファルニールと言う都市であると言う事は知った。
過去の戦績は良くも悪くもなく、勝ったり負けたりしつつ今まで生き残ってきたらしい。
つまり、特色のない都市である。
「さて、どうしましょうか?」
「決まっている。勝つ」
「それはもうそうですけれどね」
特色がない都市というのが、実は一番厄介である。
基本的な戦術が確立しているのだったら、それに合わせた反攻作戦を考え、それを破るための方法を幾つか予測し、その予測された状況に対応する戦術を用意する。
最終的には、今まで考えて検証してきた財産の中から使う戦術を選ぶと言う事になるのだが、そのための指標が殆ど存在していない。
いや。マイアスの時も同じような状況だったからさほど問題はないのだが、それでもウォリアスは愚痴の一つも言いたくなる。
前回の武芸大会は楽だった。
相手がどんな手で来るかが手に取るように分かっていたために、無駄なく戦力を配置して効率よく運用することが出来た。
ある意味ランディーは鴨だったのだ。
「ああ。楽をするってこう言うことなんだ」
「お前だけ楽をしていたと言う事に気が付くべきだな」
「ごもっともです」
戦略・戦術研究室にはウォリアスと上司であるディン以外誰もいない。
誰もいないからこそ愚痴だって言えるのだ。
だが、非生産的なことをやっていても、それこそ何かを生み出せるわけではない。
気分を切り替えて基本的なところから考えようとした時、扉をノックしてヴァンゼとゴルネオが入って来た。
それだけで部屋の空間が一気に小さくなったような感覚を受けるのはしかたのないことだろう。
話の主題は当然のことファルニールについてだ。
基本的に先に攻めるか、それとも先に攻めさせるかという選択からとなるが、ウォリアスはどちらかと言うと防御から反撃する方が得意であり、ディンは攻撃の方が好きである。
そしてここで重要になるのは、どちらかと言うとツェルニ武芸者も防御の方が得意であると言う事だ。
汚染獣と散々やり合ったために、どうしても守りを固めてから話を始めてしまうのだ。
「と言う事は今回も防御主体から始めた方が良いのか?」
「あまり防御を堅めすぎると思考がどうしても守りに偏ってしまう。汚染獣戦では問題無いだろうが、戦争を考えるとある程度の攻めは必要だろう」
ヴァンゼとディンの話し合いは順調に進んでいるし、現在鉱山が三つあるツェルニには少しだけ余裕が有る。
負けられない戦いではないと言い換えても問題無いだろう。
「では、今回は先制攻撃主体で話を進めて行こう」
「そのための戦術プランは既に構築済みだ。どれを使ってもかまわないがお勧めはこれだな」
そう言いつつ、ディン必殺の戦術プランをヴァンゼに示す。
これを叩き台に隊長が集まる会議で修正されることになるのだが、実はこれは殆ど有名無実化してしまっている。
ディンとウォリアスで散々検討して、ゲームが好きな生徒を何人か雇って検証を済ませてしまっているので、殆ど修正できないのだ。
伊達に都市運営シミュレーターは持ち込んでいないのだ。
それでも、万が一という事態はあり得る、
こちらの予想を超える戦術を駆使してくることがあったとしたら、それこそ天才的な参謀が向こうにいると言う事の証明になる。
正直そこまで責任が持てないと思うのだ。
と言うか、そんな天才と一度会ってゆっくりと話がしてみたい。
「分かった。今回はこの作戦案を基本とする」
ウォリアスの蛇足的な思考を余所に、ヴァンゼが基本方針を決めて作戦会議の予備談合は終了したのだった。
最終的にメイシェン達の襲撃をかろうじて退けることが出来たレイフォンだったが、その次の日には猛烈なミィフィの攻撃にさらされるという非常事態と遭遇する羽目に陥ってしまった。
絶叫マシーンの神に捧げられる供物となるか、それとも茶髪猫に付け狙われるかの選択は過酷である。
だが、それも武芸大会というイベントの前には大したことではないと自らを慰め、対応を考える。
とは言え、もっぱら考えるのはウォリアス達なのだが。
「で、今回も僕は脇役?」
「そ。汚染獣の襲来とか、汚染獣の襲撃とか、汚染獣が押し寄せてくるとかがない限り、レイフォンの出番はないよ」
「汚染獣ばっかりだね」
「今年のツェルニは汚染獣に愛されているらしいからさ」
「・・・・。嫌な年ってあるんだね」
「まあ、僕は他の危険性を考えているところなんだけれど、取り敢えず今はのんびりしていな」
「他の危険性って?」
もうすぐ接岸という時間になっても、当然のこととしてウォリアスは既に仕事を終わらせてしまっているし、今回もレイフォンに仕事はない予定なので無駄なお喋りが出来るのだ。
ニーナやナルキは最前線で手ぐすね引いてその時を待っているし、フェリはやや後方でお菓子など摘みつつスクワットらしきことをしている。
運動するか食べるかどちらかにした方が良いと思うのだが、とても恐くて言い出せないのだ。
そんな周りはピリピリしているがレイフォン自身は緩み気味だったのだが、ウォリアスの危険発言はとても気になる。
その危険は全てレイフォンに向かってくるような気がしているから。
「実はだな」
「う、うん」
「汚染獣はレイフォンを愛しているんじゃないかと、そう疑っているところで」
「・・・。誕生日のプレゼントだと思っているんだけれど」
「プレゼントをくれるって事は、汚染獣の神はレイフォンを愛していると言う事になるな」
「・・・・・・・・・・。その神様ってお供えすれば大人しくなるかな?」
「レイフォンの生首以外受け付けないとか言いだしたらどうするよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。いや」
それはそれは恐ろしすぎる懸念を呟かれてしまったレイフォンにしてみれば、完璧に他人事ではない。
だが、そんな事有るはずがないのだ。
「あり得ないなんてあり得ないのは、僕が既に経験済みだよ。レイフォンの思考で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あまりの事実に沈黙を答えとした。
答えないという答えを返していると言う事も出来るかも知れないが、そんな上品な沈黙ではないのだ。
もし、ウォリアスの懸念が正しいとしたのならば、レイフォンに選択の余地など存在していないこととなる。
全力で戦い、汚染獣の神を滅ぼす。
この決意の中継点にあるのは、何時ぞやのハルペーとか言う喋る汚染獣であり、そのためにはどうしてもアルシェイラのところまで登らなければならない。
「絶望って本当にあるんだね」
「もしかしたら、死にかければ未知なる力に目覚めるかもよ?」
「サヴァリスさんが喜ぶから止めて」
「だよね」
技量で剄量を補えるのは確かだが、それにも当然限界がある。
アルシェイラとの間にあるのは、技量の限界を超えた剄量の差であり、それを埋めることは本来不可能のはずだ。
そう。ナルキに取り憑いた廃貴族とやらの力を借りない限りは、越えられない壁であるはずなのだ。
「もしかして廃貴族って」
「汚染獣の神を滅ぼすために暴走しているのかも知れないって?」
「違うのかな?」
「神とやらがいるんだったら、ね」
汚染獣の神が本当にいるとしたら、それを倒すことが廃貴族の目的だとしたら、ナルキの剄量が爆発的に跳ね上がってきているのにも頷ける。
廃都市でレイフォンに取り憑いてくれたら良かったかも知れないと思えるくらいには、欲しい剄脈加速装置だと思う。
だが、この思考は暫く後でウォリアスにでもやってもらうこととなった。
武芸大会が始まるサイレンが鳴り響いたから。
接岸部でファルニールの武芸者と対峙しているニーナの心は、実は今までに無いくらいに猛っていた。
中隊規模の部隊を指揮することから解放され、手の中にあるのはレイフォンを除いた第十七小隊と、おまけでついてきている感じもあるナルキだけだ。
とは言え、念威繰者であるフェリは当然のこと後方に待避させてある。
そして、ここが最も重要なことなのだが、ニーナの前には味方がいない。
「武人の本懐であるな」
「何処の誰だよお前さんは」
思わず呟いた一言に突っ込みを入れたのは、最近一緒にいることが多いシャーニッドだ。
つい最近は、一緒に地獄巡りまでしてくれた。
ニーナが何かすると、必ず反応をしてくれるという律儀さはもはや尊敬の域に達する程である。
だが、そのシャーニッドに宿る剄も、ニーナほどではないにせよ猛っている。
今回のファルニール戦、ニーナ達先陣の役目は兎に角相手に打撃を与えること。
後続は必ず付いてくるから突撃と攻撃のみを行えと、作戦会議でそう決定された。
ならばやるべき事はただの一つ。
「兎に角派手に暴れるぞ!!」
「それって、捨て駒って事じゃねえ?」
「そ、そんなことあるはずがないだろう!! きっとない!!」
想像もしていなかったシャーニッドの突っ込みに動揺するが、そんな弱い自分を押しとどめる。
今はやらなければならないのだと、そう自分に言い聞かせて剄を練り上げる。
開戦直後の奇襲こそ必殺の作戦だと、そう確信する。
「・・・。いや。奇襲ではないのか?」
「強襲だろう。どう考えても目の前に敵がいるのに奇襲とかあり得ないだろう」
「あ、ありえないなどありえん」
「そりゃあ。理論的にはありかも知れないけど、実際問題どうなのよ?」
「・・・・・・・・・・・。ない」
ニーナの手の中には奇襲攻撃など存在していない。
もしかしたら、ディン達こそが奇襲攻撃を計画していて、自分達は本当に捨て駒なのかも知れない。
この恐るべき想像が全身を支配しようとしたまさにその瞬間、開戦を告げるサイレンが鳴り響いた。
ならばもう、考えることなど何もない。
「着いてこい!!」
「へーい」
気の抜ける返事をしたのはシャーニッドだけだったが、他の二人は聞くまでもない。
そしてニーナは一歩を踏み出した。
一歩を踏み出したのならば、後は己を信じて全力の一撃を放つのみ。
活剄衝剄混合変化 雷迅。
青い稲妻を引き連れた一撃を放つ。
鬨の声を上げようとしていたファルニール武芸者の真っ直中へと突っ込む。
(ん? 奇襲になっているのか?)
こんな展開は予測していなかったのか、最前線部隊がいきなり崩れて数人が吹き飛ばされる。
ニーナの意図とは少し違ったが、結果が全てだと割り切り雷迅の効果が無くなったところで旋剄を使って後退する。
すかさずナルキとダルシェナが突撃を敢行。
崩れていた部隊を混乱へと導く。
そこへシャーニッドの連続狙撃が炸裂し、完全にファルニールの動きが止まった。
勝った。
接岸部の戦闘は間違いなく勝った。
これを全体の勝利に結びつけるのはヴァンゼやディンの仕事であり、ニーナは兎に角派手に暴れることだと腹を決めて二激目の雷迅を放つ。
混乱が収拾不能になったことを確認して、占有した場所へと後方部隊を呼ぶ寄せる。
ここに簡易防御陣を引いて次の一撃で更に前へと進む。
これこそがニーナ達に任された仕事なのだと言う事を確信しているのだ。
ニーナ達の後方に控えていたゴルネオだったが、自分の出番が当分無いことを確認して複雑な気分を味わっていた。
もちろん崩れるなどとは思っていなかったのだが、これほどまでにあっさりと敵陣を切り崩すとも思っていなかった。
手こずって欲しいとは思っていないが、活躍の場が無くなったのは少しだけ寂しい。
「ごるごるごるごるごる」
「連呼するんじゃない。それと暴れるのは少し先の話だから少し落ち着いていろ」
「ぶぅぅぅぅぅ」
ゴルネオ以上に暴れたい年頃のシャンテを押しとどめておくのがかなり面倒になりつつあった。
シャンテ絡みの問題も複雑な感情を持てあましている原因の一端だろうとも思う。
オスカーを始めとする小隊メンバーの視線が生暖かいのも、原因の一端だろうと思う。
いつぞやのロリコン疑惑が晴れていないどころか、知らない間に噂が噂を呼び、ゴルネオはすでに鬼畜だというレッテルさえ貼られてしまっている有様だ。
そう考えると、ゴルネオが感情を持てあます時には、たいがいにおいてシャンテが絡んでいると言う事となるのだが。
「・・・・・・」
ここで思考を停止する。
目の前の戦場へと意識を向ける。
ニーナの率いる戦闘集団が陣地を構築してファルニール側に橋頭堡を確保した。
そこまで進んで次の動作に備えるのが定石だろう。
戦いの方向へと自分を押しやるために、ニーナの部隊との隙間を埋めるために前へと出る。
今回は防御的な立場で部隊を運用するので、ゴルネオ自身を含めた全員を抑えなければならない。
実を言うと、ニーナが苦労していた押さえるという行為がどれほど大変な物だったかを今堪能しているのだ。
シャンテだけではない。
マイアス戦で味を占めたのか、前回順当に勝ってしまったために出番がなかったためか、オスカーの目の色がなにやら怪しいのだ。
斬獣刀を肩に担ぎ、とても良い笑顔でゴルネオに湿度の高い視線を向けている。
そう。また、あれをやる機会が訪れることを期待しているのだ。
そして、ツェルニが攻撃に出ている以上、今回あれをやる機会は必ずやってくるとオスカーは考えているのだ。
そのために、全ての準備は整っていると、ゴルネオに視線を飛ばしているのだ。
(ああ、先輩。貴男も変わってしまったのですね)
ツェルニにレイフォンがやってきて以来、変わらない人間はいないのだとそう思い知ることは多かった。
サヴァリスでさえおかしな方向に暴走してしまっている。
普通の武芸者でしかないオスカーならば当然のことかも知れない。
(いや)
ゴルネオだけは変わらずにいよう。
そう心に誓ったところで、何時もの重さが肩に掛かっていることを再認識した。
「・・・・・・・・・」
「どうしたんだゴル?」
「いや」
シャンテは変わっていない。
おかしな事だが、今年度になってもシャンテは変わらなかった。
おそらく来年度になっても変わることはないだろう。
そう考えただけで、心に平穏が訪れたのだった。
「い、いや」
変わらなさすぎではないだろうかと考える。
入学直後に会ってからシャンテが何処か変わっただろうかと考える。
「・・・・・・・・・・・・・」
「な、なんだごる? どうしてシャンテをそんな目で見るんだ?」
変わらないと言う事が良いことなのかどうか、その結論を出すことは今は出来ない。
もしかしたら、永遠に出来ないかも知れないが、それでもゴルネオは今を生きているのだ。
今何をやらなければならないのか?
武芸大会に勝つことだ。
ツェルニの保有する鉱山は現在三つ。
ここで負ければ二つになる。
それは、余裕の減少を意味する。
それは断じて避けなければならない。
「取り敢えず勝つぞ」
「お、おう」
「任せてもらおう隊長」
既にやる気満々のオスカーが一歩前へと出る。
丁度ニーナの部隊が一息つくために防御に回ったところだ。
ゴルネオの部隊が前へと出ればニーナの休憩はより安全で長いものとなる。
そのために、ゴルネオはオスカーやシャンテという不安要素を抱えたまま一歩を踏み出す。
自分の疑問から目を逸らせるためにも。
ニーナが休息を取るために守りに移行して十数秒。
赤毛な生き物が頭上を通過していった。
文字通り、何の脈絡もなくシャンテが空を飛んで敵陣の真っ直中に放り込まれたのだ。
ニーナ達全員が呆然としてしまった以上、ファルニール側が凍り付かないわけがない。
その凍り付いた時間を溶かすため、オスカーが巨大な刀を振りかぶりニーナ達の横を通り過ぎていった。
「可哀想に」
敵とは言え、同情してしまう。
シャンテの無謀な突撃と、オスカーの無謀な突貫。
二つが合わさったらどうなるかが目の前で実証されている。
シャンテの化錬剄による無差別攻撃が炸裂し、隊列に大きな乱れが出来た。
その乱れに付け込むようにオスカーの右腕が唸り、巨大な刀が遙か彼方の上空へと消える。
刀での攻撃を警戒していた連中の視線が、思わず上空へと向かった瞬間、背中に隠していた収束型散弾銃を構えるオスカー。
巨大な槍と呼ぶに相応しい凶器はしかし、火を噴くことなくオスカーの手に握られ、純粋な打撃武器として猛威を振るうこととなった。
着地したシャンテの、敏捷な動きで更に陣形を乱されたところに、上空から巨大な刀が落下。
一人が巻き添えとなって悲鳴を上げる暇もなく絶命。
「い、いや。死んではいないのか?」
息があると思いたいが、何しろかなりの質量の有る斬獣刀がかなりの高さから落ちてきたのだ。
そのエネルギーは半端な物ではないだろう。
軽く黙祷を捧げたニーナは、活剄を走らせ疲労を駆逐する。
ゴルネオに率いられた主力部隊が横を通り過ぎていったから、おいそれと出番があるとは思わないが、それでも念のために。
そして理解する。
ディンの作戦はこのまま確実にツェルニに勝利をもたらすだろうと。
今回の作戦の要点は接岸部で派手に暴れ、敵の注意を引いておくこと。
そして、別働隊がファルニールの都市外を大きく迂回し適当なところで上陸。
奇襲攻撃で攪乱するついでに、接岸部の部隊が強襲。
これが基本戦術だ。
もちろん、防御に手を抜くなどと言うことはないし、この作戦が失敗した時のこともきちんと考えられている。
まあ、普通の力押しでも十分に勝てると思うのだが、念のための作戦はあった方が良いだろう。
不安要素があるとすれば、奇襲部隊を率いているのがミンスだと言うことだが、それでも、最低限の後方攪乱はしてくれるだろうという確信はある。
正面からの戦いをやりたがるとは言え、汚染獣戦を生き抜いた猛者ではあるのだ。
「・・・・・・・・・・・・。私も似たような物かも知れないな」
「ミンスの旦那のことか? 良くお誘いに乗らなかったと未だに感心するぜ」
「そ、そうか」
見透かしたかのようなシャーニッドの返答に思わず心と身体が凍り付く。
それ程長い付き合いではないのだが、最近シャーニッドが千里眼ではないかと思えてならない時がある。
それだけ的確にニーナの心情を突いてくるのだ。
あるいは、ただ単純に出来ているだけだから突けるのかも知れないが。
そんな事はさておき、ツェルニ側は順調に前進を続けファルニール側は後退を続けている。
後続部隊がやってきて、U字陣形で半包囲されるのを防ぎつつ更に攻め上る。
マイアス戦とは正反対の状況になった以上、自分達がやった戦術で返されることを何よりも警戒しているのだ。
だが、その心配は杞憂であるようだ。
陣形を整える暇さえ与えられずに、散々に打ちのめされている状況からどう反抗するのかニーナには思い付かない。
ニーナが思い付かないからと言ってディンやウォリアスが思い付かないと言う事にはならないし、実はこの状況は相手の思うつぼかも知れないとも警戒する。
だが、それでも現実問題として、目の前で起こっているのはツェルニが前進しファルニールが後退している。
先に知らされた反攻作戦の一部に、中央突破を許すと見せかけて両翼を高速で通過。
背面に展開するというのもあるにはあった。
それをやるには、陣形が乱れすぎているように思うが、それでも僅かに警戒する。
順調な時に思わぬ落とし穴が待っているのは世の常なのだ。
そしてその警戒は思わぬところで現実の物となった。
「な、なんだ!!」
突如としてサイレンが鳴り響いた。
ミンスが旗を捕ったのかと思ったが、明らかに違う。
そう。武芸大会を終わらせるサイレンではない。
ある意味、既に聞き慣れてしまったもう一種類のサイレン。
「汚染獣の襲来だと!!」
咄嗟に身体が動く。
活剄を総動員して視力を強化。
辺りを見回し汚染獣を目視確認する。
だが、それは全くの無駄だった。
「なんだ!!」
異常を捉えたのは視覚ではなく聴覚。
何かとてつもなく堅い物同士が、想像を絶する速度で打ち合わされたような、凄まじい音が辺りを支配した瞬間、耳鳴りだけが聞こえるようになった。
慌てて視線を飛ばして、その瞬間何が起こったのかを理解した。
それは、ファルニールに進出していたからこそ認識できたのだと思う。
そう。ツェルニが傾いていた。
僅かではあるが、接岸部の両端がずれていることからそれを認識できた。
これはつまり、先ほどのもの凄い音の正体とは。
「シャーニッド!!」
「あいよ!!」
活剄を使って聴力を回復させつつシャーニッドに指示を飛ばす。
明らかにツェルニの脚部に何かがぶつかり移動能力を奪われた。
ならば、何よりもやるべき事はツェルニに取って返し戦闘態勢を確保することだ。
同じ結論に達したのか、ゴルネオも身振りで退却を指示している。
時間を置かずに、散々異常事態を経験し続けたツェルニ武芸者は、殆ど混乱することなく接岸部から引き上げる。
武芸大会の最中に汚染獣の襲撃などと言う、最低最悪の状況だが、それでも自分のやることはきちんと理解できている証拠だ。
都市の外側を移動しているミンスの部隊も、全力でツェルニへと帰還しているだろう。
それに引き替え、ファルニールの武芸者は何が起こったのかを理解できていない様子で、あちこちで混乱しているようだ。
全ては、実戦を経験したか否かなのだと理解する。
今年のツェルニは散々異常事態を経験してきたのだから、今回も十分に対応できるだろうとそう考える。
だが不安は確かに存在している。
今までの汚染獣戦で、こんな攻撃はなかった。
幼生体の襲撃は、確かに奇襲だったが、その時はツェルニが移動中だった。
都市が静止している状況で、何かとてつもなく堅い物が脚部に当たり折られた。
この事態は全く初めてである。