話題の映画を見てきたというニーナは、少しだけ考え込んでいるようだった。
シャーニッドも見に行ったのだが、エンターテイメントとしては割と良く出来ていると表現できるが、残念な事にあれを実際にやられたらかなりうっとうしいというのが本音だ。
だが、ニーナはおそらく違う。
暫く前のニーナにとって、あの映画の主人公こそが理想だった事を考えると、指揮官として成長しつつあるこの時期にあれを見た事はかなり拙かったのかも知れない。
ここでまた元に戻ってしまったら、今度こそカリアンやウォリアスから見放され、レイフォンは何処か他の小隊に持って行かれてしまう事だろう。
もちろん、おまけとしてフェリもついて。ダルシェナにとって第十七小隊にいる理由が希薄な以上とどまることの方が考えられない。
だとすると、シャーニッドも身の振り方を考えるべきだろう。
このままニーナについて色々と画策するか、それとも諦めてしまうか。
「・・・・。むりだわな」
現状を考えると、見捨てるという選択肢は殆ど取れない。
第十小隊の事もあるし、拾ってくれた恩もあるが、何よりもシャーニッド自身がニーナの事を好きだというのが大きい。
異性としてはとても付き合う気にはなれないが、それでも指揮官として、あるいは上司としてならば実に魅力的に見えている。
もしかしたら錯覚かも知れないが、若い時の恋などと言うのは殆どが錯覚なのだから、それでも良いのだろうとも思う。
何時もの訓練場にいるのはニーナとシャーニッドの二人だけ。
そろそろダルシェナかレイフォンが来るはずだが、フェリは何時も通りにかなり遅刻してくるだろう。
遅刻しないとならないと頑なに信じている節があるフェリだから、よほどの事がないと時間通りには来ない。
何時ぞやの錬金鋼絡みの時のような、恐ろしい事態にならなければきっとフェリは来ない。
「ああ。ニーナ」
「なんだシャーニッド?」
もう少しだけ時間が有ると思ったので、話をする事とした。
シャーニッドも、あの映画を見た事を伝えて、そこから単刀直入に切り込む。
「まさかとは思うんだが、あの主人公を見習おうとか思ってねえよな?」
「・・・。実を言うと、あの主人公は羨ましいと思っているんだ」
「おい?」
想像の中で最も酷い展開になるかと思い身構えたが、ニーナの手が上がり先走るなと押しとどめる。
その仕草に、迷いを見てしまったシャーニッドは、返って不安になったが、話の続きがあるのだったらそれを聞いてからでも遅くないと、そう結論付けて先を促した。
「羨ましいのだ。特異体質があったとは言え、それに振り回されることなく使いこなし、多くの仲間と信頼関係を築いて脅威に立ち向かう。私に出来ない事だらけなのでとても羨ましくてな」
「成る程」
「今のままでは駄目だが、何時かあそこへ辿り着きたいとは思っている。理想と言うよりも目標だろうか」
考えつつ喋るニーナを見て、シャーニッド自身がかなり驚いてしまっていた。
今年度が始まった頃だったら、間違いなくあの主人公のようになりたいと無我夢中で突っ走ってしまったはずのイノシシは、既にここにはいないのだ。
理想と現実をきちんと区別して、目標に向かって進む事が出来るニーナならば、何時かはあそこにたどり着けるかも知れない。
まあ、そうなった時に指揮下にいたいとは思わないが、部下から信頼されているという事実は、上司にとって極めて得がたい財産であると言う事もおおよそ理解しているつもりだ。
遠い先の事は置いておくとしても、現在の第十七小隊で考えるならば、今のニーナは良質な指揮官だと言えるだろう。
あるいは、良質な指揮官になろうとしている。
少しだけ肩の荷が下りた事を実感している内に、ダルシェナとレイフォンがやってきた。
そして予想通り、フェリはきちんと遅刻してきたのだった。
おそらく、人類最強の一角である、グレンダンの天剣授受者、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスは青い空を見上げつつ悩んでいた。
何故勝てないのかと。
既に五回挑んでいるが、全てが完膚無きまでの完敗であり、ある意味アルシェイラ以上の強敵である事は認める。
サヴァリスが出会った中で最強だと、そう表現しても何らおかしくはない。
そこまでは問題無いとしよう。
強い奴と戦いたいという己の欲求を満たすために生きているのだから、最強の敵と戦う事に何ら不満はない。
不満はないが、不審は存在している。
「何故、彼女達は平気なんだろうね?」
汚染物質のせいで霞がかかったような青空を眺めつつ、何時の間にか慣れてしまったネットの感触を背中に感じつつ、サヴァリスは独りごちる。
アルシェイラがお気に入りらしいリーリンと、レイフォンの現地妻であるメイシェンは、何度もあの恐るべき敵に挑みかかり、幾度となく勝利を収めたというのに、何故自分は勝てないのだろうかと不審に思う。
そう。ツェルニが誇る絶叫マシーンという代物に挑み続け、敗北を重ねているのだ。
幾度となく挑み続けているのにはきちんとした理由がある。
全く恐くなかったとアルシェイラに報告するために、勝つまで挑み続けるというあまり生産的ではない事をやっているのだ。
その理由とは、もちろんレイフォンと殺し合うため。
そのためにツェルニに来たというのに、何故絶叫マシーンごときに勝つ事が出来ないのだろうかと疑問に思う。
これでは、レイフォンと殺し合う事が出来ないではないか。
「おや?」
ここで疑問を覚える。
アルシェイラが見ていないのだから、恐くなかったと報告だけすればよいのではないかと。
とても魅力的な疑問だ。
だが、その希望的な未来予想図を破棄する。
「駄目ですかねぇ」
絶叫マシーンに敗北した姿はリーリンにも目撃されている。おまけに雑誌の取材とやらで写真まで撮られてしまっている。
更に言えば、アルシェイラの事だから、間違いなく確認行動を取るだろう。
嘘がばれてしまったら、どんな罰が待っているか分からない。
アルシェイラに殺されるというのならばまだしも、飼い殺しにされたのではたまらない。
となれば、選択肢はただの二つ。
レイフォンを諦めるか、それとも勝利するか。
「これは少し考え物ですねぇ」
レイフォンと殺し合いたいのは間違いないが、このまま挑み続けても絶叫マシーンに勝てる見込みはない。
ならばどうすればよいだろう?
目的は心ゆくまで殺し合う事。
レイフォンはその相手でしかない。
しかも、半殺しまでだと制限がついている。
ならば、とここで発想を転換してみる。
死力を尽くした戦いで死ぬ事こそが喜びであるのならば、何もレイフォンにこだわる必要はないのではないだろうか?
「そうだ。ナルキで埋めれば良いんだ」
愛しいナルキと殺し合い、そしてレイフォンと殺し合えない寂しさを埋めればいいのだと思い付いた。
未だに発展途上であるナルキの強さだが、何度か死にかければ飛躍的に技量も戦うための心の強さも上がる事だろう。
勝ち目のない戦いに挑み続けるよりは遙かに生産的である。
この結論に達したサヴァリスは、ようやっと動くようになった身体を引きずり、愛しい愛しい、ナルキの元へと参上するのだった。
レイフォン曰く、剄脈拡張に見舞われたナルキだったが、朝起きたらだいぶ体調が良くなっていたために学校に行き、そして帰り際に突如として悪寒に襲われた。
決して有ってはならない程の恐るべき悪寒を覚えたナルキは、隣を歩くミィフィが一歩前へと進んでしまった事にさえ一瞬以上気が付かなかった。
ちなみにメイシェンとレイフォンは何処かに買い物に行くとかで別行動だ。どこに何を買いに行くかとか、いつ帰るかとかは聞いてはいけない。
今日中に帰ってくるのかさえ怪しいので気にしてはいけない。
「どしたのナッキ?」
あまりの突然の停止を不審に思ったのだろう、ミィフィが振り返りつつ問いただしてくるが冷静に対応する事などナルキには出来はしない。
何よりも、背中に感じる恐るべき気配と呼ぶことさえ出来ない空気が、冷静さを奪っているのだ。
「い、いやな。何かとても恐るべき物に後ろを取られたような気がしているんだが、気のせいだよな」
後ろを振り返ることなく訪ねる。
答えは分かりきっている。
これが初めてというわけではないし、恐るべき事ではあるのだが、最後というわけでもないだろう。
そして、ナルキの予測はミィフィによって肯定される事となる。
「それってもしかして、銀髪を首の後ろで適当にくくった、にやけた顔のお兄さんじゃない?」
「だよなぁ」
それでも、間違っていてくれと願いつつゆっくりと振り向く。
そしてそこには、想像通りの人物が想像通りの笑顔で佇んでいた。
「やあナルキ。少し僕と殺し合おうよ」
「・・・・・。レイフォンとやっていて下さいよ」
「うん? 事情があってね。レイフォンとは殺し合えないんだよ」
「それは知っていますけれどね」
突如サヴァリスが後ろに現れ殺し合いをせがんでくる事は珍しくない。
レイフォンと戦うための条件が絶叫マシーンである事もしっかりと認識している。
今日も挑み、返り討ちにあったのだろう事は容易に想像が出来る。
だが、何か何時もと違う印象を受けるのも事実だ。
それは恐らく、サヴァリスがナルキを見る視線が何時もよりも熱っぽいからだろう。
何時もよりも熱を帯びた視線が、とても恐ろしい。
「諦めたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・。何をでしょうか?」
「絶叫マシーンに勝つ事を」
「・・・・・・・・・・・・・。では?」
「これからはナルキ一筋だよ。大丈夫。僕を殺せるくらいに強くなるまできちんと面倒を見てあげるから、僕と結婚しよう」
「お断りです」
男性から求婚されるというのは、ある意味乙女にとってとても嬉しい事のはずだ。
例えばだが、メイシェンがレイフォンから求婚されたのならば、それはもう心臓が止まってしまうのでないかと思う程に喜ぶはずだ。
いや。知り合って早々に求婚していたが、あれはノーカウントだ。
だが、ナルキが断ったところで、目の前の生ける混沌、狂える戦闘愛好家は止まる事をしないだろう。
そしてもう一人。
「にひひひひひ」
暴走する混沌、呼吸する揉め事製造装置は既になにやらメモを取っている。
廃貴族に取り憑かれマイアスへと行ってからこちら、ナルキの人生は波乱の連続であるように思えてならない。
溜息をついたところで何も変わらない事は十分以上に理解しているが、それでもつかずにはいられないのだった。
だが、今日に限ってはサヴァリスを遠ざける口実が存在しているのだ。
「私、剄脈拡張が起こっているらしくて、暫く使うなってレイフォンに言われているんですよ」
「うん?」
「あ」
これで、今日は安心して過ごすことが出来ると、そう思った瞬間がナルキにもあった。
そう。一瞬前まではそう思って行動していたのだ。
だが違った。
いや。この口実では安心や安全は確保できないし、間違いなく危険の度合いが増すのは火を見るよりも明らかだったのだ。
「ああナルキ。僕を殺すために剄脈を拡張してくれているんだね。こんなに嬉しいことはないよ」
「ま、まって」
「そうだね。十分に安定するまでは使わない方が良いだろうと僕も思うから、しばらくは愛し合えないけど何とか希望という火を灯して耐えてみせるよ」
「ま・」
「ああ。なんて良い日なんだろう。諦めるというのも悪くはないのかも知れないね」
言いたいことだけ言ってしまうと、そのまま姿がかき消えた。
何処かでナルキと殺し合うその日のために、技量が落ちないように懸命の鍛錬に打ち込むのだろう。
とてつもない迷惑な話なのだが、本人にとっては道理にかなった最善の行動なのだろう。
再び溜息をついていると、肩を叩かれた。
「きっと良いことあるよ」
「・・。だと良いな」
とても楽しそうな笑顔と共に言われたのだが、ナルキとしては全く共感できない。
それどころか、何とかしてもっと楽しい展開にしようと努力しているようにしか見えないミィフィを伴い、ナルキは家へと帰るのだった。
マイアスとの武芸大会が終わって一月以上経ったこの日、今年二戦目の学園都市がツェルニの前へと現れた。
大きめの山を回り込んだ次の瞬間に現れたために、ほんの僅かな混乱もあったが、今年のツェルニは緊急事態や異常事態に慣れてしまっていたために、殆どの混乱はほどなく収束した。
いや。実際問題は一つ以外は全て収束したと、そう表現できる。
「はあはあはあはあはあ」
「なんと言うことだろうねナルキ? 僕達の愛を邪魔するなんて万死に値すると思わないかい?」
「お、思いませんからぁ」
剄脈拡張が収まり安定したと言う事を確信したサヴァリスが、とても良い笑顔でナルキをデートに誘ったのは放課後になってからだったと記憶している。
レイフォンも巻き込んで、外縁部で、三人で愛を語らい、そして身も心も重ねるという熱い体験をした。
などと言うことは断じてあり得ない。
レイフォンを何とか巻き込んで、死に物狂いの鍛錬にならない程度の、ゆるい殺し合いは武芸大会が間近であるために中断された。
当然のこと、サヴァリスはとてつもなく機嫌が悪いようで、近付いて来る都市を恐ろしく剣呑な視線で見詰めている。
睨むという表現の方が的確かも知れないが、どう修正してもそれは、どうやってなぶり殺しにしようかと策を練っている、いじめっ子の視線でしかなかった。
朝焼けの中に佇むサヴァリスの姿は、何となく格好良いような気がしなくはないが、間違いなく気のせいである。
呼吸を乱すこともなく隣にやってきたレイフォンの方が、遙かに格好良いように見えてもおかしくないのに、頼りなくぼんやりしていると認識しているから、間違いなく気のせいである。
レイフォンが、他のことに気を取られているというのでなければ、気のせいである。
「今なら、突如の機関部爆発で戦争を回避することが出来るかも知れないね、レイフォン?」
「無理だと思いますよ。と言うか、生徒会長が貴男を訴えてツェルニの無実を証明しようとすると思います」
「ふむ。それは有りそうだね。カリアン君だっけ? 彼はなかなか策士みたいだからね」
サヴァリスに策士と評価されたカリアンが凄いのか、そうでないのかはナルキには分からない。
だが、見えていた都市が一瞬で消えて無くなるという、非現実的な光景を目撃しなくて済みそうなことだけは分かった。
しかし、ナルキの希望的観測は脆くも打ち砕かれる。レイフォンによって。
「今夜、メイシェンと映画を見に行くって話になっていたんだけれど」
「それまでには終わるから!! ここで話をややこしくしないでくれ!!」
咄嗟にサヴァリスの方を見ると、とてもにこやかな笑顔と共にウインクなどしてくれた。やる気満々だ。
最悪の場合、メイシェンとデーとしたいがために相手の都市を滅ぼすという、あるいは、ナルキと愛し合いたいがために機関部を破壊するという、あまりにも身勝手な動機の虐殺が起こりかねないことが分かった。
いや。この予測に現実味がないわけではない。
ヨルテムが誇る変態集団である交差騎士団、その長を務める人物は、結婚記念日を家族で過ごすために勝手に出撃して汚染獣を瞬殺したという経歴の持ち主なのだ。
レイフォンがヨルテムに永住するつもりならば、あってもおかしくない展開である。
サヴァリスは言うまでもない。
だが、流石にこれは冗談だろうとそう結論付ける。
その証拠に、軽く肩をすくめたレイフォンの視線は、何時も通りの穏やかさを湛えていた。
あえて言えば、サヴァリスはやる気満々だ。
「取り敢えず、昼頃から始まるはずだから、何か食べて少し休んでおこう。僕は何もしないと思うけれどナルキは多分仕事があるから」
「そうだな。ウッチン達が悪逆の限りを尽くしているから、レイとんは何もしなくても良いんだよな」
それこそがレイフォンに報いることだと入学式直後にウォリアスが言って居た。その意見に間違いはないとナルキも思っている。
ならば、レイフォンはメイシェンとの映画のことでも考えていれば良いし、ナルキは全力で目の前の戦いをしのげばいい。
「ああ。今からでもツェルニに入学できないかな? そうしたら正々堂々と弱い者虐めが出来るし時間の節約も出来るし、戦争にも勝てるし、良いこと尽くめだと思うんだけれど」
「相手の都市のことは全く考えていませんね?」
「うん? 当然じゃないか」
いざとなったら、サヴァリスを止めるためにレイフォンが動くことになるだろう。
そうなったら、何処かの誰かが望む通りの死力を尽くした殺し合いに発展するのは間違いない。
そこまで考えての言動なのだと言う事に気が付いた。
懇願の視線でレイフォンを見る。とても嫌そうな表情をしているところを見ると、やはりサヴァリスと戦いたくはないのだろう事が分かる。
だが、それでも事態を何とかしようと頑張ってくれた。
「そもそも、学園都市には年齢制限がありますから、サヴァリスさんは無理ですよ」
「うん? 少し老けているだけだから問題無いと思うんだよ。僕はこれでも二十歳なんだからね」
「弟さんはどうするんですか!!」
「ああ。そうか。ゴルを殺して代わりに僕が戦えばいいのか」
「止めて下さい!!」
この人はどこまで本気か分からない。
どこまでも本気かも知れないし、全て冗談かも知れない。
やはり天剣授受者は常人ではないのだと、その事だけは嫌に成る程分かった。
メイシェンとの映画を延期するという苦痛の展開を乗り越え、溜息と共にレイフォンが集合場所へ到着すると、何故か青い顔をしたウォリアスが横になっているという異常事態と遭遇してしまった。
元気溌剌と言ったことはないが、常に平常運転のウォリアスのこんな姿を見ることは初めてなので、少々驚愕して後ずさってしまった。
「ど、どうしたんだ?」
「レイフォンか」
やや力が抜けた何時もの声ではなく、とことん力尽きていると言う事が分かる音の連なりが口から零れてレイフォンの耳に届いた。
これは、想像を絶する異常事態が発生したに違いないと用心しつつ話を続ける。
「今回の相手、アルフィスだと分かってな」
「アルフィスって学園都市だったんだ」
「ああ。それで、少々猛り狂ってしまっている自分を発見してしまってな」
「猛り狂うの? ウォリアスが?」
「僕だって人間なんだから、そう言うことだってあるさ」
食べ物以外でウォリアスが平常心を失うなどとは思っても見なかったので、かなり驚いたが、確かに人間なんだから色々あるに違いないとも思い直す。
レイフォンにだって色々あるのだから、当然でもある。
「で、平常心を取り戻そうとしている最中に、イージェの奇襲を受けてな」
「・・・。ああ」
ヨルテムに到着したその日の内に、トマスに煙草を全力で吸わされて昏倒しかけた記憶が蘇る。いや。むしろノックアウトされてしまっていた。
レイフォンも、こんな姿を曝していたのだろうと言う事は、容易に想像できる。
不意を突かれて、思わず言われるがままに煙草を吸ってしまったのだという事が分かる。
とても、親近感が湧いてくる情景だった。
「ニコチン中毒は、暫く横になっていると治るよ」
「活剄を走らせているんだがね、僕の剄脈じゃ暫くかかる」
「だよねぇ」
これでツェルニは大丈夫なのだろうかとほんの少し不安になったが、おそらく問題無い。
なぜならば、ウォリアスは戦いが始まった時には既に仕事が終わっている人だからだ。
レイフォンの出番は、今回もないかも知れないが、ツェルニが負けるなどと言うことは考えなくても良いだろう事も分かる。
「今回の奴は、精鋭で中央突破をしてくるはずだから、もしかしたらレイフォンに頼ることになるかも知れないから、心の用意だけはしておいてね」
「へえ。強いの?」
「多分強い。ぉぇ」
ニコチン中毒が限界に達したのか、横を向いて荒い息を吐くウォリアスにこれ以上負担をかけてはいけない。
その結論に達したレイフォンは、身も心も重いまま遠くに見つけたニーナの元へと歩くのだった。
そう。身も心も重いのだ。
アルフィスを徹底的な滅びから救い出すためにサヴァリスを止めるために、レイフォンがその身を犠牲にしたのだ。
そう。メイシェンとの映画を延期して今夜サヴァリスと殺し合わない程度の鍛錬をすると。
こうでもしないと、本格的に武芸退会に強制参加してきそうだったから、仕方が無いのだ。
だからと言って、完全に諦めがつくわけではない。
武芸大会で活躍することはないが、相手の都市のために果たす役割は、おそらくアルフィス全武芸者を凌駕してしまうことだろう。
見も知らない他人のために身も心もボロボロにすると言うのは、レイフォンの性格的にはとても酷い重労働なのだ。
やらなければならない事は分かっているが、それでも、身も心も重いままニーナの元へと辿り着いてしまった。
念のために戦う準備だけはしておくが、出来れば武芸大会本番くらいは何も考えずに昼寝をして過ごしたい。
そう願いながら。