指定された集合場所へと移動している最中、レイフォンは後ろの方から高速で近付く気配を二つ感知した。
それは、ツェルニの学生ではあり得ない速度で急速に距離を詰めてくる。
いや。その表現は正しくない。
全力状態のナルキを含めた数名ならば、何とか出せる速度で接近してくる。
そして、接近してくる気配には覚えがあった。
色々と因縁のある傭兵団の現団長と、師父と色々と因縁のある元団長だ。
少し速度を落としつつ振り返り、そして呆気に取られた。
「ヴォルフシュテイン!!」
復元した刀、では無く、その辺に落ちていた小枝を振りかざして接近してくるハイアと、その後頭部をひっぱたくリュホウを見てしまった以上、呆然とする以外のことが出来ようはずが無い。
リュホウの突っ込みはかなり激しかったところを見ると、かなりシリアスな展開だったのをハイアがぶち壊してしまったために、少々怒っているのかも知れないと、現実逃避気味に考えつつ視線を動かす。
隣を飛んでいるナルキに助けを求めたのかも知れないが、それは無意味だった。
同じように、後ろを確認したはずだというのに、無理に前だけ向いて目的地に一直線だったのだ。
批難するつもりはない。それどころか、レイフォンもそれに習うこととする。
何時の間にか、追ってくる気配が三つになっているが全力で無視する。
「お前も突っ込めさぁぁぁ!!」
何処かの誰かがそんな事を言っているようだが、レイフォンにはやるべき事があるのだ。
そう。高速移動できない念威繰者であるフェリを拾うために、二年の校舎へと向かわなければならないのだ。
「じゃ、じゃあナルキ。僕はフェリ先輩を拾いに行くから」
「お、おう。大丈夫だと思うけれど気をつけてな。浮気なんかしたらメイッチに眼球抉られるからな」
「僕にそんな甲斐性はないよ」
そんな会話をしつつ、後方からやってくる声を徹底的に無視しつつ、フェリが待っているであろう場所へと進路を大きく変える。
そのついでに、被害が出ない程度の衝剄を放って追いすがってくる何かの接近を妨害する。
関わってしまっては駄目だと分かっていても、同類だと思われるのも嫌なのである。
抗議の声を聞きつつ、二年の校舎に到着。
「巻き込まれていませんか?」
「気のせいです」
会った直後の、フェリの冷たすぎる視線と声を出来る限り無視しつつ、そっとその小さな身体を抱き上げる。
浮気をするつもりなど無いが、こうしないと高速移動できないのだ。
そしてふと気が付く。
勝利を確信した視線が、レイフォンの背中に突き刺さっていることを。
「スクープさぁ」
「なに?」
それは当然、刀刺青男ことサリンバン教導傭兵団の団長であるハイアの声だった。
念のために振り返って確かめた先にいたのは、ニヤニヤと笑うハイアと、微笑ましそうに二人を見ているリュホウの姿だった。
そして恐るべき事に、その後ろにはイージェまでいた。
当然のこと、イージェの手には何時ものカメラが握られ、映像の記録が続けられている。
フェリを抱き上げているこの光景だけを見れば、なにやらこれから色々な事情があるのではないかと想像できてしまう光景ではある。
そして、イージェの性格からすれば、確実に色々と揉め事を起こして楽しむ。
だが、事態はレイフォンのそんな予想さえもあっさりと無視して突っ走り続ける。
「フォンフォンがこんなに積極的だとは、今の今まで知りませんでした」
「え、ええぇぇ?」
「私を攫って思いを遂げようだなんて、そんな野獣だったのならば、もっと速くこうしてくれても良かったのに」
「ええええええええ!!」
何故か頬を染めるでもなく、淡々と喋るフェリの台詞がレイフォンを追い詰める。
しかも、視線はレイフォンを捉えていない。
そう。イージェのカメラを捉えている。
ニヤニヤと笑うハイアとイージェの視線が、もっと言ってくれとせがんでいるように見える。
もちろんフェリに向かってである。
「フォンフォンがそう望むのでしたら、私は側室でもかまいません」
「側室って、何でしたっけ?」
「でも、出来たら二人の作るお菓子を沢山下さい。私はそれだけで十分に幸せです」
「話聞いてますか先輩?」
「何でしたら、私が貴方方二人を養って差し上げてもかまいません」
「おおいい」
軽く身をよじったりしつつ、自動的に台詞を読み上げ続けるフェリをどうするかと考える。
一番良いのは、ここに置いて行ってしまうことだが、これから訓練である以上実行することは極めてよろしくない。
次に考えついたのが、三人が追いつけないほどの全力疾走で集合地点へと突っ走るという物だったが、確実にフェリを殺してしまうので却下だ。
つまり、打つ手など存在していない。
「でもよぅヴォルフシュテイン?」
「な、なんだよ?」
そんな打つ手が存在していない状況の中、嫌らしい笑みを浮かべた刀刺青男がその触手でレイフォンを責める。
いや。触手ではないかも知れないが、レイフォンを責める。
そして放たれた台詞は、ある意味とても思い出深い物だった。
「お前の返答次第じゃあ、オレッチはこのことを忘れるさぁ」
「・・・・・・」
一年半近く前に、ガハルドから似たような台詞を聞いた覚えがある。
忘れるつもりはないが、気合いを入れて覚えていようとも思っていなかったが、まさかツェルニで似たような台詞を聞くとは思いもよらなかった。
いや。ある意味で事態はグレンダンの時よりも深刻だ。
「忘れるのはハイア。お前だけなんだな」
「ぐへへへへへ。俺とカメラはきちんと覚えておいてやるぜぇ? 結婚式の時に公開してやっても良いくらいだよなぁ」
「私は何も見ていませんヴォルフシュテイン卿」
そう。ハイアだけが忘れても何の意味もないという事実がある以上、グレンダンの時よりも深刻で過酷である。
いや。事態はもはや想像を絶するほどに残酷であった。
「私の胸に刻み込まれたこの記憶を奪うことなど、誰にも出来ようはずがありません」
念威繰者であるフェリまでもが、レイフォンを虐めて楽しんでいる現状を残酷と言わずして、何を残酷と言えば良いのだろうかと少し疑問に思ってしまったが、これこそが現実逃避だ。
そして、迷っている時間さえもない。
フェリを連れて行かなければならない以上、集合場所へと移動しなければならないのだ。
それを口実として、ゆっくりと足を曲げて、慎重に加速する。
当然、そんな緩い加速で置いて行ける武芸者などツェルニには存在していない。
こうなればもう、玉砕覚悟の攻撃しかないと腹をくくる。
「ああもう!! 要求は何だ!! ミィフィの命だとか言うつもりじゃないだろうな!!」
「そんなもん要らないさぁ」
街頭の頭や看板を蹴りながら上昇して、屋根の上に達したところで悠然と着いてくる脅迫者達に質問を放つ。
ハイアは何か用事があるようなので、取り敢えずそれから対応しようと決めたのだ。
そして真っ先に思い付いたのが、色々な因縁があるらしいミィフィ絡みの問題だったが、どうやらこれは違ったようだ。
一安心と言って良いのかどうかは、少し疑問だが、話の続きを促す。
「オレッチと決闘をしてもらうさぁ。もちろん茶髪猫はどっかに置いてでおいてさぁ」
ミィフィを置いでおくという意見には賛成できるが、前半の方は非常に問題である。
真っ正面からハイアと戦ったのならば、勝つことは出来たとしても、無傷という訳には行かないだろう事は確実だ。
剄量に難はある物の、その技量だけを取れば天剣授受者としても十分に通用する実力者なのだ。
レイフォンの手元に天剣があったのならば、力押しで完全勝利を得ることも出来るだろうが、それを望むことは出来ない。
ならば、答えはたった一つしかない。
「武芸大会が終わった後ならかまわない」
「さぁ? 今年いっぱい待てってかぁ?」
本来レイフォンが武芸科に転科したのは、汚染獣と戦うためではない。
その他色々と面倒ごとに巻き込まれたが、本来の目的と言うのは、武芸大会で勝利してツェルニの滅びを回避するためだった。
ならば、出来る限りにおいてそれを優先させなければならない。
今のツェルニ武芸科の実力ならば、おいそれと負けるとは思わないが、戦いなど終わってみないと分からない以上、念を入れておいた方が良いのは間違いない。
とは言え、大会期間がいつまで続くか分からない以上、ハイアの不満ももっともである。
ここは妥協するべきかも知れない。
「一戦だ。一度戦って勝っておけばその次に負けてもツェルニは滅ばない」
目的を達成するためにこそ努力はするべきである。
だとするならば、レイフォンのこの判断はあながち間違ったものでは無いはずだと、そう信じることにする。
ハイアとしても、この辺で妥協できるのではないかとそう思うのだ。
そして、逡巡する気配が後ろを着いてくる。
「いいさぁ。オレッチにも色々と事情があるさぁ。そいつを片付けながら待ってやるさぁ」
答えを聞きつつ、小さく溜息をつく。
これで、取り敢えず揉め事が一気にやって来るという事態は避けられたとそう思うから。
大人と老人の興味津々の視線とか、念威繰者の少し冷たい視線とかが気になるが、既に集合場所は目の前である。
カメラに収まった映像とかを何とか消し飛ばしたいが、それをぐっと堪えてフェリと共に訓練に参加することとした。
武芸大会を想定した訓練が終わり、シェルターから出たミィフィは思わずニヤけてしまった口元を押さえることが出来ずにいた。
そう。全ては偶然なのだ。
偶然シェルターから出たミィフィの前に、とてつもなく不機嫌な刀刺青男が降り立ったと言うだけのことでしかない。
状況を確認するために、隣にいるリーリンとメイシェンに視線を向ける。
二人とも驚いて固まっているだけであることを認識しただけだった。
ならば、二人が覚醒するまでの時間を適当に稼がなければならない。
別段、それは必要と言う事ではないのだが、ミィフィの精神衛生上やらなければ気が済まないのだ。
「ふむ。美しすぎるこの私を誘拐しに来たという訳だね?」
「異次元の怪生物なんぞ誘拐する趣味はないさぁ」
「そして私を人質にレイとんに卑怯な戦いを挑み、そして惨めに敗北する訳だね?」
「人質にするんだったら、そっちの垂れ目脱臼女にするさぁ」
この瞬間、メイシェンに新しい二つ名が加わった。
脱臼女。
まあ、それは置いておくとしても、戦略としては十分に正しいと断言できる。
メイシェンを人質に取り卑猥な罠を仕掛けることこそが、レイフォンの潜在能力を最も効率よく引き出す方法だからだとウォリアスから聞いた。
伝聞なので正確ではないかも知れないが、それでもレイフォンに対しては有効な手段であることは間違いない。
とは言え、手加減が出来ないそうなので、本当の意味で一撃必殺になるかも知れないが、まあ、それは目の前の不機嫌な傭兵の問題だから気にするべき事柄ではない。
「そもそも、ヴォルフシュテインとは正々堂々と決闘することになったさぁ。どっかの異次元怪生物な茶髪猫なんぞが関われないように、正々堂々さぁ」
「な、なに!!」
ハイアのその言葉を聞いた瞬間、今まで呆然としていたリーリンとメイシェンが一気に覚醒して、今聞いた事柄をお互いに確認し合っている。
実際問題としてミィフィも驚いて一瞬とは言え硬直してしまっていたのだ。
戦うことが好きではないレイフォンが、どうしてハイアと戦うことに同意したのか、それがとても疑問なのだ。
ミィフィ自身が提案したように、誰かレイフォンの親しい人間を人質にとって戦いを挑むとかなら兎も角、普通に正々堂々と戦いを挑んでも受けないとそう思っていたのだ。
ツェルニの暴走中に、何か致命的な変化がレイフォンに起こったのでないとすれば、これには間違いなく裏があると確信する。
「ぬふふふふふ。するぞするぞ。スクープの匂いがするぞ」
「・。そんなもんはないさぁ」
この時勝利を確信した。
ハイアが返事をするまでに、僅か一瞬の間があったのだ。
ならば、何かの裏事情が存在していて、それを対戦するハイアまでもが隠している。
そう直感した。
「ぬふふふふふふふ」
「な、何さぁ」
事情を全て吐かせるために、両手をワキワキさせつつもヨルテムで可愛がってあげた武芸者へと迫る。
あの時は楽しかったねと、昔話から始めて、それとなく今回の核心へと迫るのだ。
そして、ルックンでその情報を全て公開して売り上げアップを目指す。
だが、突如として全ての計画が崩れる。
「な、なに!!」
一歩前へと進んだ足を、二歩三歩と進めようとしたところで、両肩に手が置かれた。
その手は小さく力も弱かったのだが、ミィフィ自身も非力な乙女でしかない以上、抗うことは出来ない。
そして、分かっていることではあるのだが、肩におかれた手の正体を、視線だけを動かして確認する。
そこにいたのは、割と真剣な表情のリーリンとメイシェンだった。
いや。もっとこう、手厳しく批難しているようなそんな空気を感じる。
「え、えっと?」
「ミィフィ」
「ミィちゃん」
「な、なにかな?」
二人からのプレッシャーがミィフィを追い詰める。
二人ともかなり怒っているのだ。
何故この二人がこれほど怒っているのか、さっぱり分からないが、レイフォンとハイアの決闘が絡んでいるだろう事は理解している。
そこでふと思い至る。
レイフォンとハイアの間には、直接ではないにせよ色々と因縁があったのだと。
それを精算するために戦うのだとすれば、下手に干渉するととても痛い目に合う。
いや。既に痛い目に合っている。
「レイフォンが納得しているんだったら」
「邪魔しちゃ駄目だからね」
「お、おう」
この結論に達したところで、二人から念押しがやってきた。
逆らうことなど出来ようはずが無い。
そんな事をしたら、美味しいご飯もお菓子も取り上げられてしまうのだから。
かなり残念ではあるのだが、それでも逆らうという事は出来ない。
そもそも、あまり派手にスキャンダル記事を書き続けていると、最終的には記者としての取材が出来なくなってしまうのも事実。
まあ、そもそも、そんなにおかしな内容の記事を書くつもりなど無いのだ。
何時ぞや書いたツェルニに死すは好評だったが、二匹目の土壌などそうそういない以上、地道な取材と下準備こそが大切だと言う事くらいはきちんと理解している。
返す返すも残念ではあるが。
安堵の溜息をついている刀刺青男をもう少し虐めたいとも思うのだが、今やってしまうとミィフィの立場が悪くなることもきちんと理解しているのだ。
「まあ、またその内遊んでやるから寂しがるなよ」
「お前と遊ぶくらいなら、汚染獣と戯れている方が楽しいさぁ」
そんな捨て台詞を残しつつ、何処かへと飛んで行ってしまった。
だが、決闘の直前の取材くらいはしてみたいと思っているミィフィから逃れることなど、出来はしないのだ。
辛くもミィフィの攻撃を退けることが出来たハイアだったが、状況はあまり好転しているという訳ではない。
何も変わっていないと言った方がしっくり来るだろう問題と向き合っているのだ。
レイフォンとの決闘という、自分なりのけじめを付ける目処が立ったからには、傭兵団のけじめを付けなければならない。
そしてこれは、リュホウやフェルマウスに頼ることなど出来ない。
団長であるハイア自身が、団員の前で宣言しなければならないのだ。
天剣授受者が来たのならば、傭兵団は解散になると。
専用のバスに返ってきたハイアは、その決心が鈍らない内にと全員を食堂に集め、丁寧に焼却処分にしてしまった手紙の内容を開示する。
団員の反応は様々だった。
本来の目的を達成できないと分かったために、消化不良をする古参の団員もいたが、故郷に帰ることが出来ると喜ぶ物も多かった。
ハイアやミュンファほど若い団員というのは流石にいないが、それでも若手の中にはこれからの目標を無くしてしまい、呆然とすると言う今朝の自分を思い出させる反応をする者も居た。
ある意味他人事としてそれらを眺めつつ、ハイアはこれから武芸大会が終わるまでどう過ごそうかとそんな事を考えていた。
もちろん、鍛錬を疎かにするつもりはない。
幸いなことに、リュホウやイージェと言った熟達の武芸者がいるのだし、ツェルニの教導も契約は終わっているから時間も人も問題無い。
そこでふと、視線を感じた。
「なにさぁ?」
その視線をたどって行くと、ミュンファとフォルテアリと遭遇した。
そして疑問がわき上がってくる。
ミュンファは分かる気がするのだ。
ハイアと同い年であり、この先どうしたら良いのか分からなくて困っているのだろう事は、おおよそ予測できる。
問題はフォルテアリの方だ。
つい最近グレンダンからやって来たばかりで、やっとの事で傭兵団に馴れたと思っていたら、帰ることになるかも知れないと言う話になって、戸惑っているのかとも思ったのだが、それも少し違うような気がしている。
「俺の野望が達成できないと言う事について、色々と言いたいことがあったり無かったりすると思うのですが、それは今置いておくとしても、グレンダンを出てまだ一年経っていないというのに戻ることについて、感慨深いと表現できないと思う次第です。更に言わせて頂くならば」
「何が言いたいのさぁ? 念威端子経由で言えさぁ」
この新しい念威繰者は、念威端子を使わないで喋ると猛烈に言葉の数が増えるのだ。
それを効率よく黙らせるには、当然念威端子を使う以外に方法はない。
既に、傭兵団の中ではフォルテアリと会話する時には、端子を経由するのが常識となりつつあるほどだ。
そうでないと、軽い情報のやりとりだけで一時間はかかってしまうからだ。
『二度と戻らない覚悟でグレンダンを出てきた俺のメンツが保たれません』
「さあ」
そして、効率を上げて出てきたのが、かなり屈折した心の動きだったりしたために、反応に困ってしまった。
聞いた話では、グレンダンでは傭兵はとても扱いが悪い。
イージェの言い分を信じるならば、報酬を出すくらいなら死んでくれた方が有りがたいと言う事だったし、葬式も年に一度まとめてやるという徹底ぶりだとも言っていた。
そんな都市の出身者でありながら傭兵団に参加するとなれば、それはかなりの覚悟を必要とすることは間違いない。
そして、その覚悟をして出てきた都市に、一年少々で返らなければならないという今回の展開は、確かに色々と屈折してしまうだろう。
だが、この問題は割と簡単な解決方法がある。
「イージェと一緒に傭兵でも続けるさぁ」
『成る程。それは一考の価値がある提案です』
そう言いつつ、端子を周りに飛ばしながら食堂を出て行くフォルテアリを眺める。
なんでこうも面倒な人間が、ハイアの知り合いには多いのだろうかと。
まあ、傭兵団なんかを率いていると良くあることであるので、あまり気にしないでもう一人の方へと視線を向ける。
そして仰け反った。
「な、なにさぁ」
捨てられた子犬のような視線で見られていたと、そう表現することは出来るかも知れないが、断じてそんな生半可な威力ではなかった。
あえて言うならば、一緒に死んでくれと懇願されている視線だ。
いや。もちろん、一緒に死んでくれなどと言われたことはないが、ミュンファの視線は間違いなくそれ程の決意を秘めているのだ。
仰け反ってしまっても批難される謂われはない。
「ハイアちゃん」
「お、おう」
思わず、何時もと違う喋り方をしてしまったし、団長と呼べとも言えなかった。
何よりも、団員の全ての視線がハイアとミュンファを注視しているのだ。
フォルテアリに至っては、イージェ並に何か映像記録装置などを持ち出している有様である。いつ戻ってきたのか分からないほどに凄まじい手並みを拝見してしまったが、当然の事として全然嬉しくない。
瞬時に、レイフォンの気持ちが分かってしまったくらいに、嫌な汗が背中を流れる。
今度会ったら、もう少し優しくしてやろうかなどと言う仏心を出してしまうくらいには、恐ろしい体験である。
「ハイアちゃんはどうするの?」
「お、俺か?」
「うん」
後ずさろうとする身体を、何とか踏みとどまらせる。
ここで引いたら、何かが終わってしまうような気がしている訳ではないが、何故か、意地でも引きたくないのだ。
「ヴォルフシュテインとの決着が付いてから考えるさぁ」
そして、呼吸一つ分くらいの時間をおいてから、出来るだけ何時も通りの態度を装いつつ答える。
だが、言ったことに間違いはない。
レイフォンとの決着を、双方に言い訳が出来ない状況で付けなければ、ハイアは何処にも行くことが出来なくなってしまっているのだ。
何故だろうかと考える。
リュホウの後悔を引きずっているのかと思っていたが、それは少し違うような気がしている。
もしそうならば、ハイアが目指すべきはレイフォンではなく天剣でなければならない。
ここまで考えて、そして気が付いた。
同じだからだと。
家族と故郷を無くして、そしてレイフォンは再び手に入れることが出来た。
そのレイフォンと戦うことで、ハイアももう一度手に入れることが出来るのではないかと、そんな非論理的なことを考えているのだと。
鼻で笑えるほどに下らない理由だとそう理解してしまっているが、それでも戦わずにはいられない。
「最低さぁ」
「な、なにが?」
そこまで考えた時、小さく自分を罵ってしまった。
戦うことは是非ともやるべきだと思っている。
だが、もはやそこに勝敗は関係なくなりつつあることに気が付いたのだ。
勝敗に関係なく戦おうとしている自分に腹が立ってきた。
戦うと決めた以上、そこには絶対に勝つという意気込みが必要だ。
そうでなければ、最後に踏ん張りが利かなくなるから。
汚染獣との戦いにおいて、最後の踏ん張りが利くかどうかは極めて重要だと、色々な都市を渡り歩いてきたハイアは骨身にしみて理解しているはずだというのにだ。
「気にする事無いさぁ。オレッチは気にしないさぁ」
「そ、そうなの?」
「おう」
だが、そんなハイアの内心をミュンファに押しつけることは出来ない。
ハイアには、ハイアの意地ややり方があるように、ミュンファにはミュンファの選択があるはずだから。
そして、思わず後ずさった。
「な、なななにさぁ?」
さっきよりも凄まじい何かを秘めたミュンファの視線が、ハイアを後退させたのだ。
それに抗う術などハイアの手の中にはない。
そして気が付いた。
何時の間にか団員がいなくなっているという驚愕の事実に。
何を期待したのか、予測したのか、危惧したのかは知らないが、フォルテアリを含めた全員が気配を察知できる範囲から居なくなっているのだ。
ご丁寧に、フォルテアリのカメラだけが残されている。電池が抜かれ撮影できない状況になって。
そして理解した。
これこそが、レイフォンが最も恐れている事態なのだと。
やはり、レイフォンとハイアは良く似ているのだと、その結論に達して絶望した。
そう。ハイアにもラブコメ人生が待っているかも知れないから。
だが、当面の問題は、目の前にいる幼馴染みの少女をどうするかだ。
未知なる戦いが今始まる。