それは、衛宮アルト編入を明日に控えた日曜の夜。
麗しき乙女達の社交場の一つ―――大入浴場でのひとコマ。
「ちょっとちょっと、ニュース、ニュース!」
「なによ朝倉、またガセネタ掴まされたの?」
「ほぇ? 騙されたん?」
「誰が!? そうじゃなくって、この時期に転校生が来るらしいよ! ウチのクラスに!」
「ほほう、この時期に? それは……」
「「「怪しいな」」」
ギュッピィィィン、と光る数多の目、眼、瞳。人間かお前ら。
「情報の信憑性がね」
「ちょ、アスナ! あんた私の情報網舐めてるといつか痛い目見るよ?」
「じゃあその情報の根拠って何よ?」
「良くぞ聞いてくれました!! その一! 最近、高畑先生が学校の仕事終わらせた後に足しげく通ってる場所があるんだけどね。そこには、私達と同年代の美少女が最近仮入居してるんだってさー!!」
「「「ほほう!!?」
喰い付く野次馬の数、推して知るべし。
もはや野次“馬”でなく、野次“ピラニア”とでも呼ぶべきか。
「それってつまり、高畑先生のロ■■ン疑惑ってコトじゃないのー!!?」
「「「ええーーーッ!!?」」」
「何ですってぇ!? 今高畑先生を侮辱したの誰!! 出て来なさーいッ!!!」
「どうどう、アスナ、どうどうどうどう……!!」
キシャー!! と文字通り牙を剥く同室の級友を慌てて押し留める黒髪少女。
「ところがそういう訳じゃないみたいなんだよねー(残念だけどー)『朝倉ァアアッ!!!』とと、そうじゃなくって、それは無いみたいよ? 高畑先生だけじゃなくって年齢性別問わず何人か出入りしているみたいだし」
「ちっ」「なーんだ」「ほっ……」「ふしゅううぅぅぅ…………!!」
「つ、続けてその二! どうやらその娘、この街に不慣れらしくてさ。ここ一週間近くウチのクラスの龍宮や桜咲に案内されてる姿の目撃証言が多数得られてるんだよ。その二人に案内役を頼んだのが高畑先生だって話もあるね」
「――――せっちゃんが…………?」
「フゥゥゥ、フゥゥ―――? このか?」
「あ、うんん、なんでもあらへんよ?」
「そ、そう?」
「更にその三! その問題の娘が、つい先日、ウチの学校の制服を購入したって話もあるんだよ! 勿論裏も取れてる確実なネタ!」
「「「ほほほう!!」」」
「この三つの情報から推察される事実―――最近この街に来て、仮入室ってコトはすぐ別の場所に引っ越すってコトだし、高畑先生、龍宮、桜咲とウチのクラスの関係者が絡み、ウチの制服も買った、私達と同年代の娘―――ってのを総合すると!」
「「「すると!!??」」」
「やっぱウチのクラスに編入するだろッて話になんのよ!!」
「ちょ、ちょっと乱暴すぎる気もー…………」
「そうですね。確かに推論自体に無理はなさそうですが確実性に欠けます」
「何言ってんの二人とも!! この時期に急な転校なんて、怪しい事情があるに決まってるじゃない!!」
「いえ、そこは今の論点ではありません」
「いいやここからの論点だよ!!」
「……そうですか」
そこで引き下がるな。話題暴走のブレーキ役がいなくなるから。
「怪しい事情って何何何何何!!?」
「例えば会社が倒産して一家離散した薄幸元資産家令嬢とか!」
「ほう!?」
「例えば一族の古い習慣から放逐された薄幸元資産家令嬢とか!!」
「「ほほう!!?」」
「例えば一度瀕死の重症を負ってしまった為に勘当された薄幸元資産家令嬢とかッ!!!」
「「「ほほほうッ!!?」」」
「……あまり代わり映えないです」
「何で『薄幸元資産家令嬢』縛りなんだろう……」
んなもん本人に聞いてくれ。
まあ取り敢えず、結論を一つ。
風呂場はこんなはっちゃける場所じゃねえ。
封鞘墜臨 / 八
その日の朝。
件の“美少女”を最初に目撃したのは神楽坂明日菜だった。
彼女は早朝、新聞配達のアルバイトをしていて、その最中に偶然目に留まっただけである。
“件の美少女”こと衛宮アルトは、この日を持って軟禁状態を解除された為、早速、早朝ランニングなど考え付き、そのまま外へと繰り出したのだった。
神楽坂明日菜は、昨夜の騒動で“件の美少女”の外見特徴をある程度聞いていた。
曰く、髪が赤い。
麻帆良パパラッチ娘は他に色々特長をぺらぺら並べ立てていたと思うが、神楽坂明日菜が覚えているのはソレだけである。
そして新聞配達をする早朝、街は未だ微睡の中にある。
その街中で出会う相手に興味を持たずにいるほど、神楽坂明日菜は世界を嫌っていない。
「―――あれ」
だが、彼女が発見けたのは十字の交差点。しかも、相手は自分の曲がる方とは真逆の方向に遠ざかっていくところだった。故に、
「……赤い髪はホントみたいね…………」
とだけ呟いてバイトに戻り、そのままその事をスッパリ忘れ去ってしまった。
◆
その約二時間後。
衛宮アルトは麻帆良学園本校女子中等部職員室で高畑と顔を突き合わせていた。
「軟禁解除早々のランニングだけでえらい騒ぎだったようだな」
「察してくれるならもうちょっと自重してくれないかな…………」
朝早くから草臥れた風情を見せる高畑。その原因は当然アルトである。
「こっちは少しでも身体能力を鍛えたいんだがな」
「エヴァを打倒する程の戦闘能力を持っていて何を言うんだ……」
結論を言ってしまえば、衛宮アルトの早朝ランニングを知った魔法使いの疑心派が早々に何か企んだのではないかと深読み、その対応に駆り出されたのが事実上、衛宮アルトの責任者となっている高畑だったという話。
「アレは全身に強化魔術を施していただけだ。今のままではいくら強化しても能力的に以前の技量に追いつけないからな」
「? 以前って、前の身体の事だよね。そんなに違うものなのか」
「……武道に、心・技・体って格言みたいなモノがあっただろ。アレのようなものだよ。精神、技量に身体能力がついて来ない。あらゆる行動が想定したモノよりも浅い。身体は軽いし、力は無いし、動きは鈍い。リーチも縮まり、さらにすぐに息が切れる」
「……そうか。未成熟な身体の軽さやリーチは仕方ないとして、腕力も敏捷性も瞬発力がものを言う。それ以上に、持久力が無いのは痛いだろう」
「ああ。事実、件の吸血鬼と戦った時も実はギリギリだった。もう少し粘られれば体力的にも魔力的にもジリ貧だったな」
「そう聞くと良いとこ無しに思えてくる。向上した所は本当に何も無いのかい?」
「……敢えて挙げるとすれば、加速と小回りか」
「……スタミナが無ければ活かせない利点だね」
「遺憾ながらな」
「―――おっと。そろそろ時間だ。僕は職員会議があるから、ちょっと此処で待っていてくれないかな」
「む。了解した」
「後、エヴァの事をきちんと名前で呼んでくれ。これからクラスメイトになるんだから」
返答は、眉間に僅かな皺を寄せた首肯だった。
◆
先に教室へ入る高畑が、逐一仕掛けられているトラップを解除していく姿が印象的だった。そのまま何事も無かったかのように朝礼など始めている。
「―――今日からこのクラスに編入される転校生がいるんだけど」
「先生! その娘って髪の赤い、最近龍宮さんや桜咲さんと一緒に街を歩いてた娘!?」
「――――!」
「情報が早いな、朝倉君。その通りだよ。この街に不慣れだから僕が案内を頼んだんだよ」
我が意を得たり、と笑うパパラッチ娘。
おおー、と沸くギャラリー。
まあ始めから隠し通そうともしていなかったしなあ、と軽く考える高畑。
成程。高畑が予め解除していたトラップはその“転入生”に向けたものだったのか。
脇から見てるとこのノリが常態らしいのが不安を煽る。
「でもインタビューは控える事。彼女がこの環境に慣れるまではね。―――じゃあ衛宮君、入って良いよ」
それでも生徒の暴走に一応釘を刺し、廊下で控えていた俺を呼んだ。
呼び掛けに答える形で入室する。黒板の前、高畑に並んで一言。
「衛宮アルトです」
ざわざわざわざわ――――。そうか。動物園の柵ごしに観察される動物の気分ってこんなものなのか。知りたくなかった。
俺から見て左、廊下側の二列目には桜咲が、今自分には関わってくれるな、とあらかさまに無視を決め込んでいる。今まで接してきたのとは明らかに違う態度なので少々意外だ。
その後ろ奥、いつか対峙した自動人形がこちらを観察していた。高畑によると超科学と魔法のハイブリットとかで、修理に一週間近くかけたらしいが、……そうか、直ったのか。
話ではその更に後ろが吸血鬼の席だそうだが、誰も座っていなかった。俺が来るというので回避し(サボッ)たのか。となると、こちらを観察している自動人形は敵情視察か。
同じく右、窓側奥からは龍宮が目礼を寄越してきた。取り敢えず目礼で返す。と、
「あれ?」
「? ……あ。あの時の」
その龍宮の前の席から、覚醒直後に出会ったあの時の娘が、きょとん、とこっちを見ていた。
「もう良いんですか?」
「まあ、おかげさまでな」
「何だ、大河内君と会った事があるのかい?」
「あ、ああ。俺が眼を覚ました直後に脱走騒ぎを起こした時に、ちょっとな」
そんな会話に眼を光らせる生徒数名。
「衛宮君は一番後ろの席になるけど、いいかな」
衛宮、君? ……そうか、一般生徒の手前だからか。
「ああ、構わない」
「じゃあ、ザジ君の後ろ……一番窓際の席だ」
「りょ、じゃない、分かった」
「それじゃあ授業を始めよう。まずは教科書――――」
……さて、始まってしまったぞ。
ちらり、と気遣わしげに送られてくる高畑の視線に同じく視線だけで応えながら、昨夜までに嫌気が差すほど戦った“教科書(テキ)”を取り出す。
「…………当ててくれるなよ高畑…………」
頼みの綱は、俺自身が転校生扱いである為に、比較的“当てる”対象として選ばれにくいというコトだけだ。
◆
「じゃ、今日はここまで」
「起立、礼!」
…………ぐったりだ。国語や英語は比較的キズの浅い教科の筈なのに。話す事は出来るのに単語の綴りに自信が無いのは、地味に蓄積ダメージが大きくなっていく。
この分だと他の教科はこれ以上のダメージに……?
「そ、想像したくない…………」
そのまま机に手をついて呻く。
「―――何を呻いているんだ、衛宮さん」
「……龍宮」
終礼からあげられずにいた顔を上げると、黒肌の少女二人がこちらを見ていた。龍宮は何か珍妙なモノを見る目。もう片一方は全くの無表情である。
「……ハハ」
「なんか色々枯れているよ、大丈夫かい」
「……ああ、大丈夫。大丈夫だよ、龍宮」
そのままどっかりと腰を下ろす。
「あの」
「ん、どうした? 大河内」
「―――久しぶりだな。大河内、さん? でいいのか」
「あ、はい。大河内アキラです。衛宮さんは、その、あの後、身体は大丈夫なんですか?」
龍宮にどういう事だ、と視線を寄越される。さて、どう言ったものか。
「ああ。あの後大人しく帰ったよ。あれから三週間もたったし、日常生活に支障無い位まで回復した。だからこそこうして学校に編入もしたんだからな」
「……そうですか」
「衛宮さんは大河内と面識があるのか?」
焦れたらしい龍宮が話を振ってきた。いや龍宮、たった今事実を捏造してしまった直後だから控えてもらえたら嬉しかったのだが。
「まあ、そうだな。眼が覚めた直後に施設を抜け出した時に、少し世話になってしまった」
「いえ、私は何もしていません」
「いいや。休める所まで俺を、あー、その、―――運んでくれただろう」
「……あ、あれは―――」
「運んで…………?」
言いよどむ大河内、訝しげな龍宮。そして、
「―――ねえねえねえ、何の話してるの? 良かったら私にも聞かせてくれない?」
突如俺の眼前にボイスレコーダーを構え現れるパイナップル頭の少女が一人。
「―――誰だ君は」
「出席番号三番朝倉和美! 報道部所属、『まほら新聞』記者にしてこの2-Aのデータベース!!」
「――――通称・麻帆良パパラッチ、だ」
グッ! と親指を突きたてながらウインクする朝倉和美の台詞を補足する龍宮の眼に憐憫が混じる。なんでさ。
「……はあ。それで、そのパパラッチが俺に何の用だ?」
「決まってんじゃん! 巷で噂の美少女転校生なんてスクープ、取り逃すワケにいかないっての! てな事で、いっちょインタビューでも!」
―――ああ。そういうことか龍宮。思わず周囲を見渡すと、処置なしと眼を瞑る龍宮、苦笑する大河内、未だ無表情でこちらを観察している黒肌少女。そして周囲を固め興味と期待で顔を輝かせるギャラリー達。何なんだ一体。
「インタビュー?」
「そう! 衛宮さんの前いた学校とかプライベートとか恋愛経験とか、そこら辺をこう、転校の勢いでドバーッと曝け出して頂戴なッ!!」
なお迫るパパラッチとボイスレコーダー。顔が近い、近すぎる。仰け反って回避しようとする分だけ乗り出してくるので色々と危ない。ついでに顔の引きつりも制御不能。
「……俺の事なんてつまんないだけだぞ。絶対」
「そーんなコト無いって! ついでに面白いかつまんないかを判断するのはインタビューされる側でもする側でも無く、それを見聞きする視聴者の皆さんなんだよ?」
「――――あー、どうしたものかな」
拙い。色々と拙い。此処で下手な回答を出すと、後々まで追及の手は収まるまい。
…………仕方が無い。この場の雰囲気は一気に悪化するだろうが、コレは捏造するまでも無い事実。一言で逃げの一手が打て、さらに後の追及にも歯止めがかけられる。
「…………話せる事は、無い」
「―――は? いやそれズルイよ? ここまで皆を期待させといて逃げるのはナシだってば」
盛り上げたのは君だと思うが。
「そうでなくて、俺はちょっと、最近まで昏睡に近い状態だったから」
――――――ぴしり、と空気が凍った。
「―――そういえば、寝たきりだったって…………」
大河内の、呼気と間違えそうなか細い声が良く通ってしまうほどの静寂が周囲を包む。教室の外、隣のクラスの喧騒が一気に遠くなった。
「……まあ、そうだな。その影響からか、記憶も混濁気味なんだ。正直に言えば、名前も仮のものだよ。思い出せたのは、姓のほうだけだった」
「―――事実かい? そうならそうで保護者は」
龍宮の発言には裏がある。――事実を言うのは間違いではないが、表の世界での辻褄、整合性を考えろと。
「……それも分からない。今俺が判っているのは、現在の俺の後見が麻帆良学園長だというコトと、学園長と高畑が、じゃない、高畑さんが俺を此処に編入させた現実だけだ」
だが俺はそのまま逃げてしまう。そこはいくら追求した所で答えが出ない点でもある。俺自身が状況把握出来ていないのは事実なのだし、今日の放課後でも学園長に俺を保護した経緯を捏造させてしまえば闇の中。なのだが。
重苦しい。誰一人として言葉を発さず、先程までの興味本位を後悔してバツの悪そうな表情を見せる。その筆頭がインタビューを敢行してきた朝倉で、ボイスレコーダーを彷徨わせたまま顔を蒼白にしていた。…………やはり重過ぎたか。
「まあ。俺自身としてはあまり実感がないんだが」
「―――そんな。強がりにしか、聞こえません」
この空気を変えようと発した言葉に反応したのは、大河内だった。
「……そうかな。でも実際そんな感じなんだ。俺自身の足場、というか、俺を“俺”にしてくれるものが曖昧なのは事実だが、記憶も完全に消えたという訳でもない。泣いて叫んで求めれば過去が戻ってくる、なんてコトも無い。なら、前を見て歩くしかないだろう」
大河内の、真っ直ぐな瞳を正しく受け止めながら言葉を返す。
「…………辛いです」
「ん?」
「そんな、それしか無いなんて、――――辛いです」
「――――、ありがとう」
「え?」
「……いや、何でもない。それより次の授業があるだろう。俺はいつまで動物園の見世物になってればいい?」
冗談めかして声を上げる。丁度良い具合に、休み時間の終了を告げる鐘の音が聞こえてきた。それを聞いて立ち上がった朝倉が口を開く。
「…………あのさ。ごめんね」
「謝る事は無い。何時かは皆に言っておかないといけないな、とは思っていたんだ」
「―――なんで?」
「名前が仮名だって言っただろ。まだ慣れてなくってな。アルトの方だと、呼ばれても気付かないかもしれない。だから、しばらくは姓のほうで呼んで欲しい、とな」
下手な言い訳だ。だが、朝倉はそれを汲んでくれた。
「……分かった。じゃあ、これからよろしくね、衛宮さん」
◇
「さて、初日はどうだった?」
「どうだっただろうな……」
正直、授業内容について行くので精一杯だった。
午前中は件のインタビューの直後でもあり、担当教師の内一人は「普段の賑やかさは何処行ったー?」と不思議そうに聞く位に雰囲気が重かったし。
それでも昼休みからは徐々に好転に兆しも見えた。龍宮が気を利かせてくれたのか、一週間前に俺が振舞った料理の話を暴露し、クラス内で料理が上手いと評判の女子数人と料理談義を咲かせた結果、近い内に機会を作って一緒にやろう、と言われ、それなら試食役をやる、と立候補する生徒が続出。五時限目のチャイムが鳴るまで収拾のつかない騒ぎに発展してしまった。
放課後には、一度学園長室へ行って朝の事件について報告し、万一の時に辻褄を合わせてくれる様頼んだ後に同行していた龍宮に引っ張られ、そのままクラス歓迎会(という名のどんちゃん騒ぎ)に巻き込まれた。いつの間にやら高畑も同席していて、哀れみと励ましの笑みを向けてきた瞬間には、軽く絶望を覚えたものだ。
「楽しいクラスだろう?」
「……否定はしないけどな」
あのテンションについて行くには、相応のバイタリティが求められる。
そして、今の俺にそこまでのバイタリティは無いのだった。
「「衛宮さーん!!」」
唐突に呼ばれて立ち止まる。振り向けば、歓迎会の後始末に残ったはずの新しいクラスメイト数人がこちらに走ってくる。……大河内に、確か学園長の孫って言ってた娘と、そのルームメイトだっただろうか。そして後三人ほど。失礼かもしれないが、一度に全員の名前を覚える事は出来なかったのだ。
「どうしたんだ。後始末が終わったにしては早いし」
後始末なら一緒にやろう、と言う俺に対し、主賓はそういう事を気にしなくて良いのだと追い出すように帰途につかせたのは彼女らだ。
「はっ、はっ……えっとね、衛宮さんって、今日からウチの女子寮に入るんでしょ?」
「……ああ、そういう予定になっている」
意識的には未だ男性である俺が女子校や女子寮に入るコトは問題ではないか、と最後まで渋ったのだが、結局押し切られたのだ。せめてと譲らず確保した一人部屋が最大の譲歩である。
「それじゃあさ、今まで居たトコから女子寮に引っ越さないといけないじゃん?」
「ああ。これから高畑、さん、と取り掛かろうと話していた」
なあ、と隣を見上げると、うん、と首肯が返ってくる。高畑も彼女らが俺達を追って来た目的は思い当たらないらしい。
「ほなら、こっちにも人手が要るんやないかなて。どうしてもダメ、言うならウチらも戻るけど……、多くて困る事も無いやろ?」
「…………」
思わずもう一度高畑を見上げてしまう。
高畑は、君が判断したら、と言うように笑うだけ。
「…………心遣いは嬉しいが、高畑さんの車にはそんなに多く乗れないぞ」
「それなら大丈夫。この中から一緒に行くのは一人にして、後は先に女子寮に向かってればいいのよ。入る部屋教えてくれたら、先に着いた時には掃除もしておくし」
「―――、なら俺に断る理由は無いよ。むしろ俺から頼むことだしな」
「いいんです。衛宮さんはこれから色々大変なんだし」
大河内の言葉に、うんうん、と頷く増援部隊(クラスメイト)。
「……じゃあ大河内、一緒に来てくれるか?」
はっきり名前(というか名字)が分かるのは大河内と近衛くらいで、ものを頼むとすれば多少なりとも付き合いのある――といって言いのかは分からないが――大河内の方が頼み易いのは事実で。
「分かりました」
「じゃあ私達は先に女子寮行ってるわ。―――高畑先生、衛宮さんの部屋って何番―――」
「ゆーな、亜子、まき絵、後でね」
「うん!」
「後でねー!」
「……悪い。君には迷惑をかけっ放しだな」
「そんな事ありません。これから一緒のクラスになるんですから。それに」
一度言葉を切って、俺の方を向く。
「迷惑じゃなくって、頼られてるんです」
「はは、一本取られたな。衛宮君」
「…………ああ。俺の負けだよ。―――ありがとう、大河内」
「はい」
――――封鞘墜臨 ・ 了