――――ノイズ。
いつものユメではない。
――――ノイズ。
彼女の姿が見当たらない。
――――ノイズ。
目前には、
――――ノイズ。
泣き出しそうな笑顔で、サヨナラをウタう、■白の■■。
――――ノイズ。
◇
……イ■ヤ―――――
喪失懐古 / 四
「え―――と、みなさん聞いてください!
今日のHRは大・勉強会にしたいと思います! 次の期末テストはもうすぐそこまで迫ってきています!
あのっそのっ……実はうちのクラスが最下位脱出できないと大変なことになるので~、みなさんがんばって猛勉強していきましょ~!」
―――などと突拍子も無く言い出すネギ君を凝視せざるを得ない午後の一時。
委員長などは「すばらしいご提案ですわ」と是非も何故もない賞賛を送るが、クラスの半数はきっと「突然何を言い出すんだ」と考えているに違いない。
「は――――い提案提案」
「はい! 桜子さん」
「では!! お題は『英単語野球拳』がいーと思いまーすっ!!」
―――――― なんですと ?
おお~、と耳を疑う俺を置いてけぼりにして湧き上がり拍手喝采するクラスメイト。
そして何を思ったか、
「じゃあそれで行きましょう」
―――――― な ん で す と ! ?
「え!?」
と席を立って驚愕を露にするのは神楽坂ただ一人。―――認識が甘かった。このクラスの大半は、「またとても面白いコトが起こる」と考えていたのだ。俺もまだ2-Aの気風が理解出来ていないのか。
「ちょっとネギ、あんた野球拳って何か知ってんの!?」
知っていたらこんなにあっさり許可しないだろう神楽坂……。
気分は断崖の端に追い詰められたたった一人の敗残兵。追っ手は精鋭、その数不明。崖は高層ビルもかくやたる高さ、直下は戦塵の谷底である。
――――敗北すなわち致死の羞恥。ありえない。何故に中学生の授業でこれ程の戦慄を覚えなくてはいけないのか…………!!
しかも俺達を窮地に追い込んだ指揮官(ネギ)は既にそっぽを向いて知らん顔。…………ふざけるな。具材にして料理するぞ野菜名少年ッ。
みるみるうちにエジキにされていくバカレンジャー。解答を強いられた者が答えれない、と判明した瞬間に周囲のモブが着衣を強奪していくこの理不尽。全身の血が一斉に引いていく感覚。あ、目眩がしてきた。
「さっ、次はエミヤンの番だよー!!」
「ち、ちょっと待て。まだ心の準備が……!」
「モンドームヨー!! 第一問、コレの読みと意味を答えよー!!」
…………一応、被害はブレザーとチョッキ、ネクタイ、上履きですんだ。日夜単語帳で行ってきた反復復習が功を奏したと喜んでおくコトにする。桃色の称号を与えられたオンナノコの悲鳴が聞こえたり赤い称号を持つどっかのオンナノコがえみやさんのうらぎりものーとか泣いて訴えていても気にしてはいけない。極力視界に納めないように努力している真っ最中なのだから。
◆
「…………酷い目にあった」
「ぶー。いいじゃん衛宮さんは。私なんて下着になるまで剥かれたんだよー?」
いや佐々木、そういう発言は俺の精神がヤバいから控えてくれ。わりとマジで。
「それは佐々木の自己責任だ。同情はするけど同調はしない。アレでも一応、難易度は抑えられてたぞ? 俺が剥かれたのも後半の難問だったし、少なくとも俺が答えられなかった問題は佐々木達には向けられなかった筈だし」
つまり、本格的な勉強不足。補う機会を与えられて、なお。
「う゛」
あからさまに詰まる佐々木だが、居残り学習も一緒にしている俺が言うのだ。間違いない。
「まあまあ……。それより衛宮さん、今日は頼まれてないんですか?」
「ああ、数日前から運動系の部活動も試験休みに入ったからな」
だからこそ今この状況が出来上がる。
一日の授業が終わった放課後。俺は明石、和泉、大河内に佐々木の運動系部活動仲良し四人組と一緒に、寮への下校路である駅へと向かいながら他愛ない話を交わしている。
「それに。中途転入の俺にとっては始めての試験が『学年末』考査だぞ? このままでは範囲が広すぎて敵わない。せめてこれからは、試験勉強に専念しようと思ってな」
割と地味に効いてくる事実なのだ。イメージとしてはこう、リングに上がる前から問答無用でボディブローを五・六発くらい喰らわせられた上に、強引に蹴り出される感じ。
「じゃあ、今日はこれから」
「ああ、部屋でカンヅメ」
寮でもなんのかんのあれやこれやと動き回っているのがこのニヶ月における俺の基本パターンだったりする。依頼主は同級に留まらず、上級生から下級生、既におよそ俺の事を知らない寮生は存在しないという無節操ぶり。
だが無償ではない。あ、いや、流石に下級生から金をふんだくる様な真似はしないが、懸案のやっかいさに応じて食券を貰ったり上級生からは勉強で判らなかった部分を聞くとか。まあ食券のやりとりが基本なのだが、比率が下級生は低く上級生は高い按配。
ちなみに最も多く呼びつけて来るのはDのミドルネームを持つ同業の先輩株。何か目をつけられる事でもしてたのか、俺?
「じゃあ、一緒にしない?」
「ん?」
主語のない明石の言葉は意味不明。いや、会話の流れから想定するならば、
「勉強会。私たち一緒にしようって昼に話してたんだけどさ、どう?」
ふむ。確かに一人でやるよりも効率が良いだろう。
「了解した。時間は? 夕食後か」
「えーとね…………」
「…………?」
何故そこで一斉に期待に満ちた目を向けてくる。
「……」
『…………』
「…………」
『………………』
「………………」
『……………………』
―――ふう。
「判った、俺の負けだ。作るよ。調理時間の関係があるから……5時でいいか?」
「やったー!」
「えみやんのお料理ー!」
「い、いいんですか……!!」
「…………ありがとうございます」
爆発する歓声、反応は図ったように四者四様。諸手を挙げる提案者、便乗する佐々木、予期せぬ幸運に歓喜する和泉、只一人苦笑混じりに謝辞をくれる大河内。……和泉はマネージャーだからそうでもないが、他の三人は運動部所属なだけあり良く食べる。その上、あのプライバシー皆無とすらいえる寮内では乱入者が出ないとも限らない。―――これは。食材の補充が必要かもしれないな。
◆
ところが気合を入れて大河内の部屋に突入してみると、人数は増えるどころか減っていたりするのだった。
「? 佐々木はどうした」
「さあ。さっきまで大浴場に行ってたんだけど、戻ってくるなりネギ君のところに言ってくるって、何か荷物まとめて出ていっちゃった」
「?? 荷物まとめて? 泊まり込んで神楽坂共々徹夜を張ろうっていうのか、ネギ君を巻き込んで」
―――いかに教師といえどネギ君は10歳の少年に過ぎない。その少年に徹夜を強要するのは頂けないな。
「……それが、行ってみたら神楽坂さんたちもいないんです」
「いない? 留守、か」
こっくり頷く水泳部のホープ。……不可解だ。
「佐々木と神楽坂がネギ君を頼るのは、まあ、判る。けどなんで近衛もいないんだ」
「……?」
「このかといえば、さっき図書館探検組が階段下りていったの見たなあ」
図書館探検組。近衛だけでなく、綾瀬や早乙女、宮崎もか?
「…………俺は先程、長瀬と古菲が階段を下りていったのを見たぞ」
……これでバカレンジャーが揃ったコトになるが。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
部屋に下りる微妙な沈黙。俺が感じている不吉な予感は、誰でも感知出来るほどわかり易いようだ。
「―――ま。彼女らが全員一緒に何かしようとしているんだって確証も無いしな。料理は佐々木の分をより分けて置くとして、先に始めていようか」
この時判らず終いだった出奔組の目的が何であるかを知るのは、その14時間後のコトである。
◇
「え……」
「ええ~~~~~っ」
翌日、朝の校舎に響く悲鳴。音源は我が2-Aの教室である。
「何ですって!? 2-Aが最下位脱出しないとネギ先生がクビに~~~!? ど、どーしてそんな大事なこと言わなかったんですの桜子さん!!」
「あぶぶっ! だって先生に口止めされてたから―――」
最下位脱出しないとクビ。口止め。そして椎名桜子は昨日のHRで英単語野球拳を提案した張本人。……椎名。アンタはそれを承知したうえであの提案をしたというのか。
クビだって、ネギ坊主が? それはかわいそやなー。必然的にクラスメイトの話題もネギ君の人事問題へと集中する。降って湧いた自分達の担任の進退問題。僅か一月近くしかない関わりでも、当たり前のように親身になれるのがこのクラスの良い所だと思う。俺自身がそれに助けられて来た事も大きいが。
「とにかくみなさん! テストまでちゃんと勉強して最下位脱出ですわよ。そのへんの普段マジメにやってない方々も!!」
「げ……」
「仕方ないなあ……」
「――――」
流石は自他共に認めるネギ君贔屓筆頭の委員長。早速クラスメイトに発破をかけてまわる姿は必死である。
尤も反応は微妙である。上から引き気味の長谷川、苦笑する釘宮、無反応の桜咲。委員長のカラ回りで終わらなければいいのだが。
「問題はアスナさん達五人組(バカレンジャー)ですわね。とりあえずテストに出ていただいて、0点さえ取らなければ…………」
なおぶつぶつと最下位脱出作戦を立てる委員長を見るともなしに眺めていると、地響きというか、地鳴りというか、通常とても女子校では聞かない、というかそぐわない足音が聞こえてくる。……近づいているのか。
「みんなー大変だよ――!! ネギ先生とバカレンジャーが行方不明に…………!!」
バンッ! と引き戸らしからぬ音を立てて教室に駆け込むや聞き捨てならない事実を喚く早乙女、傍らには錯乱気味の宮崎しかいない。……いつも一緒にいる綾瀬(バカブラック)がいない。
……そういえば、今日は朝錬もないのに佐々木や古菲も神楽坂達も見当たらないな。
「え……」
ど~ん、と走る衝撃、静まり返るクラスメイト、その心は統一される。
――――やっぱり、ダメかも……!?
……大丈夫なのだろうか。とりあえず今日の朝礼から。
◆
差し当たって事情、詳細を知るらしい早乙女と宮崎を落ち着かせてコトの次第を整理する。
切っ掛けは俺が佐々木、大河内らと勉強会の約束をした5時前、佐々木は大浴場「涼風」に入っていたという話だったが、佐々木だけでなく神楽坂らバカレンジャーや図書館探検組も入っていたという。他に鳴滝姉他数名も入浴していたらしいがこの話には関係ないので割合。
その場での話題は近衛が仕入れてきた噂話。曰く、次の期末考査で最下位を取ったクラスは解散される。特に成績の悪い生徒は留年、あるいは小学生へ降格(?)する―――。
流れから考えるに、学園長からネギ君に下った人事条件である“最下位脱出指示”が歪曲されて伝わったらしい。詳細を知る椎名や明石はネギ君の口止めを受けていたのだから仕方ない事だろう。
噂話として聞かされた話ではあれど、日中、ネギ君が「最下位脱出できなければ大変な事になる」と発言していた事、そして2-Aが万年最下位に甘んじていた現状を省みると単純な噂と一笑に付せない現実味を帯びた。
ましてやその場に集まるバカレンジャー達がクラスを万年最下位に甘んじさせる最大の要因であると知っていた彼女らにとっては死活問題と呼んでも良い。
その時、綾瀬が一つの都市伝説を持ち出した。
曰く。麻帆良学園図書館島の地下深部には、読めば頭が良くなる“魔法の本”がある。
それこそ本当なのか分からない眉唾な話。その手の話を好む早乙女すら早々に笑って話をおさめようとした。が、その中で普段ならば真っ先に呆れて見限る神楽坂だけが何故かやおらその気になって吼えた。挑むは唯一の希望、都市伝説の眠る図書館島。
「―――行こう!! 図書館島へ!!」
◆
「……かくて勇者達は図書館島へと挑み、そのまま帰ってくる事はなかった、と」
「ちょ、縁起でもないコト言わないでよ!?」
「あ、悪い」
でもニュアンスとしては間違ってない気がするんだよなぁ。
具体的に、行方不明となったのはバカレンジャーの五人にネギ君、そして地下連絡員として同行した近衛の計七名。
早乙女と宮崎は地上からサポートを行っていて事態を把握していたらしい。
「…………じゃあ、連絡がつかなくなったのはいつなんだ」
「―――9時頃だと思いますー。目的地には着いたよーな声が聞こえましたしー」
「目的地って、“魔法の本”がある場所ってコトか」
「うん。なんかその後ツイスターゲームがうんぬんとか、アスナのおサルーとか、よく分かんない声が聞こえて、そのままぶっつり」
「は?」
なんだそれは。ツイスターゲーム? おサル?
「……他になんかないのか。こう、居場所の手掛かりっぽいのは」
二人、顔を見合せて。
「……なんか、ネギ君でもアスナ達でもない声が『この本が欲しければわしの質問に答えるのじゃー』とか、石像が動いたーって悲鳴とか、最後には何か凄いモノが割れる音とか」
「――――?」
謎は深まるばかりである。取り敢えず今すぐ解決出来そうな疑問は、
「何で俺が君らの話を聞いているんだろうな」
「……さあ?」
「そういうのが合いそうだからじゃない?」
「…………そう見えるか」
「……見た目より、雰囲気だよね。なんとなく」
◆
ともかく、コトが教師を巻き込んだものである以上、何も対処しないのはいただけない。
把握した事実だけでも伝えて、今後の対応を図る必要があるだろう。無論図るのは俺ではなく学園上層部だ。
そう提案すると、俺が職員室に差し向けられた。
「一番職員室によく行く生徒は衛宮さんだよね」
なんて単純で安直な理由だ。シンプルすぎて反論も出来ずにこうやって足を向ける羽目になった。
「……で、アンタがここにいるってコトは、事態は既に把握していると考えていいのかな」
「フォフォフォ」
そして待ち受けていたバルタン笑い。視線だけで俺だけかと問いかけて来て、首肯を返すや別室に連れ込まれたのだ。訴えるぞ。
「神楽坂達はどうした」
「うむ。あの子らの能力が予想以上に高くてのう。何とか本を手にするのは阻止したんじゃが、少々出すのに手間のかかる場所に落としてしもうた。―――まあ、テストには間に合うように脱出させる心算じゃから安心せい」
「できない。そんな事情を聞いたところで何が変わる訳でもない。成程、ネギ君達はそれでいいだろう。だが、クラス側のフォローも無くては片手落ちだろう」
「…………うーむ。とりあえず朝礼はしずな君に出てもらうが。ネギ君達が何故行方不明なのか判明してしまっておるのは厄介じゃのう……。――――衛宮君」
「協力しない。そっちの不手際だろう。俺はネギ君に関して関わらないと言ったはずだ」
「むう……」
「それと。サポート班が通信が切れる前にツイスターゲームとか石像が動いたとか、やけに意味不明な単語を聞いたようなんだが、何をしたんだ」
「…………何と言おうか、その、――――ノリ?」
「――――――――魔法の隠匿は何処に行った?」
「…………~♪」
頭を抱えた。
◆
……まあ、なんだ。結局は良くも悪くも、あまり深刻に受け止められないこの麻帆良の気質に助けられたと言っておこう。
しずなさんから「ネギ君達の捜索が行われる」と聞いたクラスメイトは一応落ち着きを取り戻し、改めて週明けに待ち受ける学年末考査への勉強をしよう、と意見の一致を見た。
そんなワケで。その日の放課後は特別教室を一室借り切って、下校時間までクラスメイト全員強制参加のカンヅメ勉強と相成った。学年TOPの成績を誇る超と葉加瀬、委員長の三人は全体の指導役。点心と飲料まで完備された、脱出不可能の学習拷問が開かれたのだ。
地獄はそれだけに留まらず、終了間際になって指導役三名による各自の要点プリントが配られ、夜の復習に努めるように厳命が下った。翌日曜は午前二時間、午後三時間の休日返上学習会まで開催される始末である。
――――気合入ってるな、委員長。
――――当然ですわッ!! 来年もネギ先生と一緒に居られるかどうか、このテストにかかっているんですのよ!!
◆
その日の夜。
なんでか目も当てられない格好で、神楽坂達が帰ってきた。
「……随分と遅いお帰りだな、御揃いで」
「ゲ。衛宮さん…………」
何て格好してんのさ、と続けられない。と言うか。彼女らはこの格好で図書館島から此処まで来たのだろうか。
「…………切実なお願いなんだけど、いいかな、衛宮さん」
「―――ああ。着替えだな。とりあえず俺の部屋から適当に見繕ってくる。この近くに居る事」
「うん。ありがとう」
…………明らかにどっかから拾ってきたぼろ布(元はシーツか何か)に三人ずつ包まるその姿、不自然さ怪しさ不可解さLVMAX。例外はネギ君一人。突っ込むのは野暮か、いや、関わると碌な目にあわなそうだし、彼女らも触れて欲しくはあるまい。
◇
色々と頭痛のタネが撒き散らされた学年末考査も紆余曲折の末に無事終了し、
結果、2-Aの平均点は81.0点として学年トップ。見事万年最下位の汚名を返上し、ネギ君を正式に来期A組の担当教員として採用へと導いたのだった。
俺の個人成績? ……まあ、それなりに。