――――ノイズ。
その■高い■■を、誰が■ろう。
―――悔しい。
■うと、■めた。
―――あれほど大切に思って、
■が■■うと、たとえ、その■に、
―――あれほど美しいと感じた、
――――それでも、戦うと■めたのだ。
―――あの、尊い想いさえ、
避けえない、孤■な■滅が待っていても。
―――今の自分には、こんなカタチでしか残っていない。
喪失懐古 / ニ
衛宮アルトの朝は早い。
起床は朝六時前、目覚ましも使わずほぼ毎日同じ時間に起床する。
それから軽く準備運動を行うと、学生寮の周りを軽くランニング。その後に竹刀の素振り、腕立て伏せから腹筋など、日課となるトレーニングをこなし、軽くシャワーで汗を流し朝食をとり登校する。朝のアルトには大抵どこかしらのクラブから物品修理などの頼み事が舞い込む為、先に懸案の確認、朝の短い時間にこなせそうなモノなら朝の内に済ませてしまう。頻度は低いが用事にかこつけたクラブ勧誘もある為、先に確認しておいたほうが対処しやすいのだ。
衛宮アルトは、その朝のスケジュールをほぼ毎日滞りなくこなしている。
アルト自身はそう意識していないが、まるで分刻みのスケジュールに従うように。
だが、その日はいつもより一時間早く起こされるハメになった。
◇
―――キャーーーーーッ!!
「…………、何だ?」
突然、寮内に響いた悲鳴。
声質、音程から鑑みるまでもなく女のものだ。
「……侵入者でも出たか」
今までそういった事件があったという話は聞かないが、可能性はゼロではないだろう。
「……確認する必要があるか」
手早く畳んでいたジーンズとジャケットを身につけ、外に出る。と、
「――――って来るねこのか―――!」
どたばた、バターン。私今慌ててます話かけないで下さい、と言わんばかりの勢いで神楽坂が部屋から出てきた。
「……なあ、神楽坂。ひとつ聞きたいんだがいいか?」
取り合えず、引き止めるのも何なので併走して階段を駆け降りながら声をかける。
「……何? あの馬鹿のせいで私忙しいんだから早く!」
うん。忙しいというか急いでいるのは見れば判る。
でも切羽詰ってはいるけど身の危険が迫っている感じではないんだよな。
「今さっきの悲鳴は、神楽坂か?」
「う。―――起こしちゃう位うるさかった?」
「……どうだろう。俺は耳が良いからかもしれないけど、取り合えず寮内には良く響いてたと思う」
……あっちゃあー、と頭を抱える神楽坂。なのに階段を駆け降りる速度は遅くなるどころかさらに加速しているのが恐ろしい。最初はきちんと併走していたのに、三階分駆け降りて既に彼我の差三人身。
「……だって朝起きてみたらあのガキが私のベットに潜り込んでたのよ!? あーもうこのままじゃバイト遅刻しちゃうー!!」
「…………」
ああ。知らない間に他人が自分のベットに潜り込んでいたら、そりゃあ驚くってもんだろう。ましてや神楽坂は丁度思春期なのだ。いかに十歳の子供といえど、いや、そもそも男が潜り込んでいたってだけでアウトかも。
「取り合えず、ご愁傷様……? あと慌てるのも判るが気をつけて行けよー」
「ん、アリガト。じゃ!」
この時点で階段エリアを突破し、寮のロビーから玄関までを駆け抜けているが、既に手でメガホンを作って呼びかけるレベルまで離されている。神楽坂はしゅたっ、と片手を挙げ、身体ごと突進するように玄関扉を突破した後本格的に加速体制に入った。―――驚愕に値する。神楽坂は、アレで俺の話を聞く為にその速度を緩めていたのだから。
「…………既にオリンピックで活躍できる。何故俺でなくあいつに勧誘が行かないんだ」
目に見えて遠ざかって行く半幽霊美術部員の背中を見送りながら、俺的には三指に入る麻帆良の不思議に思いをはせた。
◆
事件は、その日の授業、一時間目にも起きた。
神楽坂曰くの“あのバカ”“あのガキ”に当たるのであろう少年が受け持つ英語の授業である。
英文の和訳を何の脈絡もなく神楽坂に指名し(いや、それ自体にはそれほど酷い要素は無いと思うが)、神楽坂が上手く和訳できない事から神楽坂の成績不振の話となり、怒り心頭の神楽坂が子供先生に掴みかかり、その拍子にネギ君がくしゃみをして、すると何故か神楽坂の制服が吹っ飛んだ。なんでさ。
◆
で。
「――――アレってぶっちゃけると魔力の暴走だろ?」
「ハイ。ぶっちゃけてしまうとそういう事になります」
絡操と二人、教会脇でしゃがみこみ猫に餌を与えつつまったり過ごす日暮れ間近の放課後。珍しく依頼が途絶えた為様子を見がてら今朝の事件について聞いてみた。
「……くしゃみだけで暴走起こすのかあの子は」
ニャー、にゃー、と平和な空間の中ひとり愕然とする。魔術の失敗は死と同意語というのは魔術回路を用いるが故、つまり特有のデメリットではあるが、
「こちらの魔法はそんなに暴走しやすいのか」
「それは違うと思われます。恐らく、あの現象はネギ先生特有のものではないかと」
「ん、その根拠は?」
「ネギ先生が内包する魔力量。その総量は一般的な魔法使いの比ではなく、ともすれば全盛期のマスターと同等、いえ、それ以上かもしれないとマスター自身が分析しています。ですが、その制御能力は精神力に比例するとされます。恐らくネギ先生はその魔力制御能力が魔力総量に見合っていません。その、通常でも不完全な魔力制御が意識から外れてしまう一瞬に、暴走が起きているのではないでしょうか」
「で、その“魔力制御の意識が外れる一瞬”の一つが、くしゃみ、と」
「あくまで私の見解ですが」
そうか。そうするとアレは、魔力の暴走、というより突発的に“行ってしまう”魔力放出、とも言えるかも知れない。
「……はた迷惑な。その結果として神楽坂の制服が吹っ飛んだのは」
「暴走した魔力が、擬似的に武装解除魔法として作用していると考えられます」
「武装解除?」
「ハイ。遠回りになりますが、魔法使いは、それぞれ得意とする属性の精霊を用いた魔法を運用しますが、基本的な魔法の幾つかは、共通の魔術式に得意とする属性を当てはめ発動させます。私達と衛宮さんが交戦した際にマスターが唱えた魔法は覚えていますか?」
「ああ、あの“氷の矢”と“人の服を氷付けにしてくれたヤツ”」
そうだ。あの寒波は人の服を氷付けにして丸裸にしてくれた挙句、投影黒鍵を数本弾き飛ばしてくれやがった。
「ハイ。あれはそれぞれ“魔法の射手(サギタ・マギカ)”と“武装解除(エクサルマティオー)”の魔法です。そして、マスターの属性は氷。なので、魔弾は氷を持って形成され、衛宮さんの武装は氷結ののち破砕しました。行使する属性によって詠唱を持って呼びかける精霊が替わりますが、それ以外の部分は同一なのです」
「ふむ。それで?」
「上位の使い手となれば、先の二種の魔法程度ならば詠唱を破棄し行使する事も出来ます。呼びかけの鍵となる思念、あるいは行動でもって一瞬の内に魔法を発動させられる。
そして、ネギ先生の属性は風。風属性の武装解除呪文は、氷属性のように氷結させず、対象の武装を強力な風によって吹き飛ばし、あるいは花びらへと変えてしまう性質を持っているのです」
「くしゃみによって制御から外れた魔力が、結果として武装解除の魔法になってしまっているのか」
これはまた、性質の悪い。
「そうですね。衛宮さんもネギ先生の前では気をつけたほうがいいかもしれません」
「ん、そういう絡操も気をつけないとな」
「……、ハイ」
◆
などと話している同時刻に本校では更なる騒動が起こっていたりこの後学生寮にて起こったりするのだが、さしあたり衛宮アルトに関係するのは翌日図書室の蝶番ごと吹っ飛ばされた扉を直してくれと依頼された事位なものである。
◆
明くる朝の図書室前。
「……。こんな真似、一体誰がやったんだ。蝶番を固定していたトコは螺子ごと毟り取ったようにボロボロだし、蝶番自体もひん曲がって使い物にならないし、誰か鍵かかってたのを強引に蹴り飛ばしたようなモノじゃないか」
こんな物、所詮素人レベルの域を出ない俺が直せる損壊ではない。
……、駄目だな。蝶番は当然使い物にならないし、鍵も壊れてる。これは買い直さないといけないだろう。それに、
「…………、ちょっとだけ」
周りを見渡し、無人であることを確認。確認の為に解析魔術を行使する。
「―――同調(トレース)、開始(オン)。…………やっぱりな。扉自体も歪んじまってる。これはもう、専門業者の仕事だな」
見切りをつける。魔術を使って修繕する事は出来るが、俺はそういう事が出来ると知っている者はまだこの麻帆良にはいない。波風が立たないように、今まで解析以外の魔術は全く使ってこなかったのだ。自室での魔術鍛錬こそ例外だが。
それに、扉が損壊部位である為に人目を避けられないこの場、この時間では、魔術による修繕など論外と言える。
「お生憎様、だ。新田教諭。イタいだろうが出費を覚悟してくれ」
南無、と心中で手を合わせ、早々に職員室へと向かう事にする。……それにしても何で図書室の扉が壊れていたんだ?
◆
そんな訳で図書室の扉修理を見限ったアルトを待っていたのは、その日の英語の授業で何を思ったのか、
「今日は、タカミチがやっていたっていう小テストと放課後の居残りをやりたいと思います!」
……とのたまう子供先生の洗礼だった。―――いや、及第点はギリギリ確保したけれどもさ。
◆
「―――という訳で、2-Aのバカ五人衆(レンジャー)プラスアルファがそろったわけですが……」
「誰がバカ五人衆(レンジャー)よっ!!」
「プラスアルファって何だ……?」
俺は小テストはパスしてるんだぞ、ホントは。
「そうです、衛宮さんは小テスト合格してましたよね。何で残ってるんですか?」
分からない、と他意無く尋ねてくる子供の視線。
「……ん、単なる自主参加だ。迷惑なら外すが」
「衛宮さんは今までも小テストの結果によらず一緒に居残っていましたよ、ネギ先生」
「そ、そうなんですか」
うん。一度喪失した知識を再習得する為には努力を惜しんではいられないのだ。
が。
「いーのよ別に、勉強なんかできなくても。この学校エスカレーター式だから高校までは行けるのよ」
などと暴言を吐くバカレッド。だが数日一緒に過ごしてその性格を徐々に把握しつつある子供先生も黙ってはいなかった。
「―――でもアスナさんの英語の成績が悪いとタカミチも悲しむだろうなー」
「うっ……。わ、わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
おお。男児三日過ぎれば刮目して見よ。―――この短期間で、もう神楽坂の御し方を覚えつつあるのか、この子は。
「えーと、じゃあまずこれから10点満点の小テストをしますので、6点以上取れるまで帰っちゃダメです。―――じゃあ、始めてください」
らくしょうアルね、はいなー、なんて声が聞こえてくるがホントに楽勝なのか。
そんな思考をカットして目前のプリントに集中。設問はオーソドックスに英単語の和訳、逆に和単語の英訳、その後に英文読解問題の三つによって作られている。
日中の授業でもそうだが、ネギ君はコレでわりと要点を押さえた教え方をしている。この小テストも同様。子供ゆえの問題が散見される為問題が無いとは言えないが、少なくとも生徒に学習させる能力、という点ではネギ・スプリングフィールドは優れていた。
……そんなこんなで。
「できましたです……」
「こんなものでどうだろうか」
「えっ、もうですか? ちょっと待って下さい……、…………、―――うん! 4番綾瀬夕映さん9点! 32番衛宮アルトさん8点! 合格です!」
キャー、と声を上げるのは綾瀬に付き合って残っていた早乙女と宮崎。対する俺は、
「ふう」
と安堵の一息。まあ何だ。取り合えず昼の小テストより得点高かったし。
「全然出来るじゃないですかー」
「……勉強、キライなんです」
「ちょっと事情があって成績が不安なんだよ」
適当にお茶を濁す。回りも分かっているもので、「ちゃんと勉強しなよゆえー」「やーだ」「ま、いーや。本屋寄って帰ろーか」とすんなり流してくれる。一応、目標は達成したので図書館探検部三人組と一緒に教室を辞去することにした。
帰りしな、「できたアルよー!」「できましたー、ネギ君」と言う声が聞こえてきた。