ホラー映画とか日本の怪談話でよく、いつの間にか人の 数が増えてる、とかいうシュチュエーションが
あるだろう?
あれは、決して間違っちゃいない。
ただ、その後の展開が間違ってるだけだ。
その発言をしたやつが――――――――――次のシーンで死ななきゃならないことだけが。
朱/視
生まれた時から、感じていた。
ガキのころから、見えていた。
大分前から、知っていた。
少し前から、わかっていた。
自分の記憶している限り、最初に見えたのは幼稚園児の頃だった。
なんでもないある日、公園に両親と一緒に遊びに行った時に、偶然出会った。
顔色の悪い中年の男が、ベンチに座ってボーっとしていた。
今じゃ別段珍しくもなんでもない光景に、この頃の年頃にふさわしく、素直でそれなりに礼儀正しい育ち方をしていた自分は、
その男に向かって挨拶をした。
「こんにちは、おじさん。」
けれど、男は聴こえていないのか、何の反応も示さない。もっとも 、こんな真昼間にこんなベンチに座っている背広の中年なら、
そんなガキに挨拶を返す余裕などないほど切羽詰っている状況だろうから返事がなくても不思議ではないのだが。
その何も疑わない精神を持っていた時代の自分がわかるはずもなく 、聞こえていないと思って何度も何度も呼びかけた。
6度ほど呼びかけ、そろそろ自分の中に心配という感情が浮かび上 がってきたところで、肩を母親に叩かれた。
「どこに向かってお話してるの?」
母親は心底不思議そうに、むしろ訝しげともいえる表情で、自分に尋ねてくる。
「あ、ねえおかあさん。そこのおじさん変だよ。おれ、挨拶してるのに全然こっちむいてくれないもん。」
少し不満げに頬を膨らまして、未だベンチであらぬ方向を向いている中年の男を指差して喚く。
そんな自分に向かって、母親はさらに眉を寄せて首をかしげる。
「おじさん?」
「うん、ほら、そこ。」
再度指差して主張してみた。
母親は、疑惑の表情から、今度はこっちをむいて心配そうな表情で口を開いた。
「変ねぇ、だってそこ、誰もいないわよ?」
そんなことを、のたまった。
そのときはそのまま、不思議そうな表情のままの母親に引きずられて、公園を後にした。
それから子供心にわかった事だが、どうやら自分は普通は見えないものが見えるらしい。
友達も先生も、父親にきいても結果は同じだったのだから、そうと結論付けるしかないだろう。
それから色々な本やテレビを見て、自分が見ているものが幽霊と呼ばれるものだと気付いた。
なにせ見える限りのそいつらは、揃いも揃って顔が青白く、時折身体の一部が欠けていたりもしたのだから。
それになにより、ある日近所の受験生が自殺したというニュースが 流れた。
その受験生は気が優しく、押しに弱い性格をしていて、よく遊べとせがんでいた事があったのでよく覚えていた。
もっとも、その性格ゆえに、受験勉強のストレスに押しつぶされた のだろうが。
とにかく彼が死んだという事を知った後で、泣いた。
葬式にも出席したがその席でも泣いてしまった。
今では、自分があれほどまでに号泣した理由はよくわからないが、多分、それほどまでに仲がよかったのだろう。
だから、その受験生が死んでから2日もしないうちに泣き止んだ。
なぜなら、彼は人のいなくなったその部屋で、永遠にノートを書き綴っていたのだから。
ともかく、そんなこともあったせいで、自分が俗に言う霊視能力者であることを、小学生の時には完全に認識していた。
とはいえ、それを別段自慢する事はなかった。
もちろん、自慢話が一番好きな年頃なのだから『本当のお化けはこんなもんじゃないぜ』などといって、自分の知識を披露した事もあ った
が、それだけだ。
それすらも2年生に進級した時点で終わってしまったが。なにせ、 出来のいいホラー映画がいくつも一般家庭に出回っているのだ。
ロマンのない自分の話よりはそちらのほうが信憑性があるのだろう 。
実際に見えていることに関しては何一つ信じてもらえなかった。
今にして思えば当然だろう。なにせ普通の人は見えないのだから信じようがない。
会話の一つもして見せれば小学生ぐらいの素直さなら信じたかもしれないが、それもできなかった。
ここが、漫画やテレビなどで一般的に霊能力者といわれている人達との違いだ。
あちらを見る事や聴く事はできるが、こちらから触ったり話したりすることはできないのだ。
どういうわけか霊達も自分のことにきがつかず、声も届かない。
最初の中年の男の時も、無視していたわけではなく、本当に聴こえていなかったらしい。
後になって思ったことだが、霊達はテレビなどで言われているように人に憑いたりするわけではなく、実は何も見えずに彷徨っているだけ
で、
それがたまたま、奇跡的なまでに不幸な出来事にばかり見舞われたりする人の後ろを歩いていただけなのかもしれない。
こちらから触れはしないが、向こうからも触れないのだ。
そんな空気のようなものが、災いを起こしたり、人を殺したりできるとは、到底思えない。
――――――だが、小学生高学年になったとき、ちょうどそれは起こった。
いつものように放課後は商店街に寄り道をして、帰路につこうとした。
そのときちょうど商店街のど真ん中で、いつもの青白い顔をした全体的に空気の重い印象を受ける、顔の半分が抉れた背広の男が歩いてき
た。
――――ああまたか。
この頃から、自分は幽霊を極力無視することにしている。付き合っていたガールフレンドの前で一度、
調子に乗って幽霊につい挨拶してしまったことがあり、そのときに その女の子に心底気味悪い目で見られたので、それ以来自制している。
ちょうど回りは 友達だらけなので、幽霊とぶつからないように配慮しながら気付かないフリをして擦れ違う。
いや、透けてしまうのでぶつかる事はまずないのだが、それはそれで精神衛生上よろしくない。
――――――――その時、見えた。
最初からそこにいたかのように、全身赤色尽くめの、奇妙に目立つファッションをした人が、その幽霊の正面に立っていた。
ローブのような真っ赤な服を、頭からスッポリ覆うように着ていた ので顔も性別もわからない。
だがそれは、唯一見えている口元を、薄気味悪い笑みの形にゆがめると、何かを握っている右腕を高く掲げた。
―――――それは、鎌だ。
大鎌。
本来、農作業で稲を刈るために使われる道具だが、その赤い人の持っているものは到底そんな作業に使われるものとはおもないほど、
冗談じみた巨大さだった。
刃渡りはどう短く見積もっても1m以上ある。
柄に関しては、持っている本人の身長と同等の長さを誇っているほどだ。
農作業云々以前に、人間がまともに扱えるようなものではないであろうそれは、赤い人の片手によって軽々と持ち上がり、アッサリと 、
ほんとうにあっさりと、これ異常ないほど正確に、高速で――――――――――それは、幽霊の首に振り下ろされた。
信じられなかった。
幽霊に触られた、などという信じられない事実は、目の前で起こっているもっと信じられない惨状のショックでとうに吹き飛んでいる。
だって、どう考えてもありえないだろう。
幽霊が殺されるなんて。
既に死んでいるものを殺す。
それがどれだけ常識外れなのか位は、理解できる。
はるか昔から死をみてき、それを超越して尚この世界に原型をとどめる『幽霊』を、子供の頃から幾度も見てきた自分だからこそ、
尚目の前の出来事が信じられなかった。
さらに驚くべき事に、周囲に、大量とは言えないがそれなりに居る人達が、誰一人としてその大鎌を振りかざす赤服の奇人を見て、いなか
った。
それに気付いてから、ようやく解った。
この人も、人間じゃない。
そう、幽霊のような存在ならば周囲の人が騒がない事も、幽霊を殺すなどという芸当が出来るのも頷ける。
では何者なのか。
幽霊、という事はないだろう。今までみてきた彼らは、誰一人として、周囲に関心を示さなかった。人間はもちろん、
同類であるはずのほかの幽霊とぶつかってもそのまま歩いていくだけだ。
―――否、もとより、なにも見えてもいなければ感じてもいないだけかもしれない。
だがだからこそ、幽霊殺しなどという事件をみたのは、今回が初めてだった。
――――――一体、あれは何者なのだ。
「おい、おいってば、きいてんのかよ。」
隣で一人の男友達が呼んでいるのが、自分であると気付くのに数秒かかった。
「え、あ、なんだよ?」
一瞬友達のほうに気をとられていると、次に見た瞬間、そこには赤服も殺された幽霊もいなかった。
それからは、時々似たような赤服の大鎌を持ったやつらを、ところどころで見かけるようになった。
彼らは、現れるたびに幽霊を殺し、その一瞬後には既に消えている 。
時々、幽霊とは無関係のところでもみかけたことはあるが、それでも話しかける間もなく消えるし、そもそも話しかけるきは毛頭なかった
。
何度か見ていくうちに、彼らが赤服と大鎌という共通点を除けば多種多様で、見た目は人間そのものだということがわかった。
服装も、色は同じでもスタイルはほとんどバラバラだった。性別も また同じで、最初にみたような頭からすっぽり被るタイプのものをつけ
ているものは少なく、
男も女も両方とも見分けはついた。
だが、次第にそれらを無視するのも慣れてき、今では街中で一度に10人の幽霊殺しを見ようが平静と歩く事ができる。
自分は、随分冷めた性格になったと思う。
別段家庭環境は悪くない。
特に反抗期も起きる事なく、平穏無事に暮らしている。
それでも、どこか、冷然として、無関心な事が多くなった気がする 。
この特殊な体質が原因なのか、それとも体験してきた事が特殊すぎ たのか。
どれもそうな気がするし、どれも違うような気もする。
とにかく、相変わらず街中で起こる惨状を横目に、今日も退屈な日常を過ごしていた。
――――――――――そこで、一人の女と、逢った。