第六十八話【謹慎】
「あ~、うむ……話は聞いた、で、君らは一体そんな夜中に何がしたかったんじゃ?」
火の塔付近に居たギーシュ、マリコルヌ、モンモランシー、ケティ、ルイズ、そしてサイトは学院長室に呼び出されていた。
あの晩、ルイズはかつてギーシュが見た時同様、体に黒いオーラを纏って現れた。
ギーシュとマリコルヌは神を崇めるかのような態度で手を合わせ何度も頭を下げた。
どうか、どうかお許しを、と。
だが、尚も口やかましく喧嘩を止めないケティとモンモランシーに、ルイズはキレた。
後ろに控えていたサイトの、
「お、穏やかにな?」
という言葉が無ければ、今この学院長室に全員が無事な姿で集う事は無かっただろう。
ルイズはその低い身長をものともしないまま、背伸びしてモンモランシーとケティの首根っこを掴むとそれぞれ男子に放り投げる。
モンモランシーはギーシュの背中に。
ケティはそのお尻をマリコルヌの顔面に着地させていた。
モンモランシーはきょとんとし、次いで文句を言おうとルイズを睨み口を開き、
ケティは、哀れにも小さなお尻に下敷きになったマリコルヌの恍惚とした表情に気付き、変態と罵ろうとし、
「うるさいのよ」
爆発が起きた。
隙間を縫うようにケティの股の間が、
隙間を縫うようにモンモランシーの脇の下が、爆発する。
二人に怪我が無かったのは、直前にサイトが言った「穏やかに」という言葉が彼女を制した結果だった。
ちなみに神懸かり的な隙間を縫う爆発位置によって、同じく直撃は無かったマリコルヌとギーシュだが、二人は既に恐怖から泡を吹いて気絶していた。
事ここにいたってようやく女性二人はルイズに畏怖を憶える。
まずい、触れてはならない何かに触れた、と。
ルイズは苛立たしげに壁に杖を向けると、直後に爆発が起き、そこが大変風通しの良い……何も無い場所となった。
「あなた達、まだ子供を産める体のままでいたいでしょう?」
コクコクと二人は涙目になりながら頷き、自分たちが悪かったと頭を下げる。
だが、
「馬鹿!! やりすぎだぞルイズ!!」
サイトの叱責にルイズは突然縮こまる。
「ご、ごめんなさい……」
何が悪かった、とか、何処がやりすぎた、とかそんなことは彼女の頭にはない。
ただその双眸は嫌わないで欲しいという怯えだけが見え隠れしていた。
女性陣がサイトの動向を息を呑んで見守る。
彼のこれから取る行動によって、彼女たちの運命すら変わりかねないのだ。
まだ、自分たちは人だと誇れる五体満足でいたい。
サイトはメッと怒ったような顔から一転、ルイズの頭を撫で、
「まずは話し合おうな」
ルイズの頭を撫でた。
サイトの指がルイズの髪を梳き、優しく絡められていく。
「うぅ、あぁ……!!」
ルイズはサイトにそうやって髪を弄られるのが好きだった。
腰が砕けてしまいそうになる快感。
それに耐えるために、ルイズはサイトの体に抱きついた。
彼にしがみつき、床に崩れ落ちるのを防ぐ。
「ごめん、俺が外うるさいなって言ったからだもんな」
そう謝られ、ルイズはふるふると首を振る。
サイトのせいじゃない、と。
だが、それを聞いていた女性二人は、サイトにお前のせいか!! と怨みがましい目を向け……怯えた。
サイトの体に擦り寄り、とろけそうな顔をしていたルイズの目が一瞬、輝きを消して二人を睨む。
言葉無くとも、二人は彼女の言い分を正確に理解した。
────────消えたいの?
彼女のサイト保護センサーは確実に進化していた。
サイトに向けられる敵意。
サイトが大事な彼女はそれを感じる事を可能たらしめた。
サイトを護る為なら何だってしよう。
彼女がいつかした決意が彼女にとんでもない技能を修得させていた。
だが、これだけ大規模に学院を壊してしまえば、当然教諭陣からの尋問は免れない。
かくして、事情聴取の為、当事者達は学院長室に呼び出されたのだ。
公爵家の三女とその使い魔以外はやけにブルブルと震えている事にオスマンは首を傾げながらも、恐らくは最近流行しだした火の塔の噂のせいだろうとアタリを付けた。
「全く……夏期休暇中じゃというのにあまり問題を起こすものでは無いぞ? この場に居る者全員三日は自室謹慎じゃ!! 一切自分から部屋を出ることを禁ずる!!」
オスマンは少しお灸を据えてやろうと、この夏期休暇中に謹慎処分を言い渡した。
これでは折角の長いお休み中、単位に影響は無いが三日も無駄になってしまう。
あまり変な罰やペナルティを与えてもその実家からの批判が来る可能性を考えれば、この処分は反省を効果的に促し、かつ学院もそんなに“モンスターペアレンツ”から責められることもない良い方法と思えた。
その証拠かどうかわからないが、五人はそれぞれ嫌そうな顔をしている。
せっかくの休みに謹慎など、時間の無駄遣いでしか無い。
ん……五人?
「はい学院長先生。このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、今回の事を深く受け止め反省し、使い魔と共に一歩も部屋から出ない事をここに宣誓しますわ!! 早速私達は反省の為に二人で部屋に篭もろうと思います!!」
唯一この処分に喜色満面だったのはルイズだった。
何せ公然とサイトと二人きりになって出てくるなと命令されたのだ。
うむ、命令ならば仕方が無い。
これは罰なのだ。
よぉく反省せねばなるまい。
だからサイトと一歩も部屋から出ずに延々と三日過ごすのだ。
髭爺もたまには良いことを言うではないか。
ルイズの頭にはそれしか無かった。
かくして、六人の自室謹慎が決まった。
尚、何故かその前にモンモランシーはギーシュと二人きりになりたいと申し出たが却下された。
彼女はギーシュの足ばかりを見ており、それに気付いたギーシュがルイズ同様謹慎することで反省を示すと強く申し出て、さらにはグラモン家の誇りにかけ、一切自分が外出しない事を誰か先生を監視につけ証明人となって欲しいと願い出た。
彼の反省している様を見てオスマンは一旦、皆の謹慎をとりやめようかと思ったが、ルイズとギーシュは何故か強く謹慎することを願っており、結局謹慎することは覆らなかった。
とりわけギーシュは、ボディガード……もとい監視人として先生を常備付けてくれるよう強く頼んだことは、余談である。
***
「あの娘達、本当に何をやっているのかしら?」
キュルケは一人、夜中に火の塔に来ていた。
昨夜ルイズが爆破した壁はまだ修繕されていない。
「まぁこれだけの騒ぎを起こせば謹慎処分は免れない、か」
キュルケはつまらなさそうに一人ごちる。
彼女たちが謹慎処分になったせいで休暇中の学院は格段につまらなくなった。
それも色恋沙汰で処分をくらったというのだから、そんな面白そうな事は混ぜてもらいたかったものだ。
そう憤慨していると、
「そういえば、何故かタバサも怒っていたわね」
謹慎処分を受けていない友人を思い出す。
何故かタバサは「……約束、まだ果たして貰ってない」と珍しくその目に怒りのような感情を宿していた。
それがどういう意味なのかはいまいちわからないが、どうにもタバサもルイズに思うところがあるようだった。
「タバサ“も”……か」
キュルケは昨日の昼間、ルイズをからかっていた時を思い出す。
彼女の必死さは可愛く、怒りも本物だったが、どうにも彼女が本気になっている使い魔への興味は払拭出来ない。
どうしてもつい、手を出してみたくなるのだ。
他人に深くは関わらない。
それが彼女のスタンスだった筈なのに、どうにも手を出したくなる。
「いや、違うか」
ただ話が聞きたい。
それだけなのだ。
“あの”ルイズを落として見せた男性。
その人の魅力を知りたいのだ。
自分の“灼熱”を見つける為に。
そう考え込んでいる内に、
「おや? こんな所で何をしているのです? ミス・ツェルプストー」
「っ!?」
急に他人に近づかれていることに驚いた。
キュルケはすぐに不機嫌になる。
「なんでもありませんわミスタ」
そこに居たのは、以前も無人の教室で鉢合わせた教諭、コルベールだった。
「そうですか、ではお部屋へお戻りなさい。夏期休暇中とはいえ生活をみだらにするのは感心しませんぞ」
「そういうミスタは何故ここへ?」
「私は“火”の担当教官ですからな、昨夜ああいうこともあったので担当の私が夜に見回りをすることになったのですよ」
キュルケは内心舌打ちした。
火の担当教官?
笑わせないで欲しい。
凄腕のトライアングルメイジらしいが、たいした威厳も感じない。
火に相応しく無い臆病者のようではないか。
そうだ、戦ったなら自分が十中八九勝つだろう。
ルイズ達が謹慎になってつまらないことだし、この先生を相手取って軽くあしらい、自分も謹慎になるのも悪くない。
そうだ、前々からこの男は火のくせに気に入らなかったんだ。
“やって”しまおうか。
「やめておきなさい」
「っ!?」
そう、彼女が杖に力を込めた瞬間、目の前の男から、一瞬凄いプレッシャーを感じた。
コルベールの目は、眼鏡のレンズにランプの炎が反射して窺うことが出来ない。
「そう易々と破壊の為に力を振るってはいけない。力を持つ者は、それ故に悲劇を生みかねないのです」
だがすぐにその重圧は解かれる。
まるで自分の勘違いだったかと疑いたくなるほど、それは本当に一瞬だった。
優しげに説くコルベールはいいですね、と付け加えると他にも見回るところがあるのか、ランプを片手に歩いて行ってしまった。
……屈辱だった
あんな、弱々しい“火”の使い手に、重圧の“錯覚”を起こすなんて。
キュルケは苛立たしげにコルベールの背を睨む。
先程のは錯覚だと信じて疑わない。
やや経ってからキュルケもその場を後にする。
彼女はこの時、その苛立ちから一つ、失念していることがあった。
この火の塔にまつわる、最近の噂を。
***
毎晩、当然のように空は暗く染まり夜の帳が降りる。
だが真っ暗ではない。
本当に比較対象の無い闇ならば、それが“暗い”と認識出来ないからだ。
二点の光源、月が浮かんでいるおかげで、“見えない”ということは無い。
太古より普遍であるそれは、今日も等しくハルケギニアを照らしていた。
当然、このトリステイン王国の王都トリスタニアにある王宮も例外ではない。
夜の王宮に、小さい風が吹いた。
アンリエッタは月光を浴びながら自室の大きなベッドに腰掛けていた。
今日も政務に兵法学にと忙しかった。
明日も多忙なことはわかっている。
だが、アンリエッタは体を休ませるよりも先に毎夜寝る前に祈りを捧げていた。
いや、それは宣誓と言った方が正しいかもしれない。
かならず復讐をやり遂げる、という決意の表れとその為に自分が牛歩でも進んでいるという報告を、誰とも無しに彼女は目を瞑って祈る姿勢で行っていた。
小さい風が、アンリエッタを撫でる。
「風……?」
アンリエッタは訝しんだ。
この王宮も今は寝静まっている。
起きている者など殆ど居ないだろうし、ましてや風が入って来る隙間など……そう思った時、彼女の部屋の大きな硝子窓、そこに黒い影があり、窓も若干開いている事に気付いた。
「……こんな夜更けに何方かしら?」
アンリエッタは警戒を強め……相手を見て目を見開いた。
「やぁアンリエッタ、そんなに熱心に何を祈っているんだい?」
そこには、彼女の戦う理由……死んだと思っていたプリンス・オブ・ウェールズこと、ウェールズ・デューダーの顔があった。