第五話【前哨】
「しっかし、使い魔っていろんなのがいるんだなぁ」
サイトは一人でテーブルに付きながらキョロキョロする。
「あら? 貴方は確かルイズの使い魔じゃない?」
と、そこに赤く長い髪のこれまたグラマラスなボディの女生徒がサイトに話しかけてきた。
***
「むっ」
ルイズは歩きながら何か嫌な予感を感じた。
すぐに戻らなければいけないような、そうでもないような。
(急ごう)
ルイズは早足をさらに早めギトーの元へと向かった。
***
「へ?」
話しかけられたサイトは首を傾げる。
確か昨日チラッとだけ見たことのある少女だ。
あまりの胸のデカさになんだか見ているだけで申し訳なくなる。
「ルイズはどうしたの?」
「あ、えっとさっき誰かに呼ばれて……」
「ふぅん、何か食堂でやらかしたって聞いたからからかってやろうかと思ってたのに」
そう赤い髪の少女は言うと、自分が連れている赤い大きなトカゲのようなものの頭を撫でた。
「な、何だソレ!? ポケ●ン? ポ●モンなのか!? ヒト●ゲなのか!?」
尻尾に実際に燃える炎を灯したまま平然としているトカゲらしき動物。
当然、サイトはこんなの見たことが無かった。
「あら、貴方サラマンダーを見るのは初めて?」
どうやらこいつはサラマンダーというらしい。
「鎖とかで繋がなくていいのかよ!? 襲ってくるんじゃないのか!?」
「大丈夫、普通契約した使い魔は主に絶対忠実。勝手に逃げたり言う事をきかないなんて事は無いの。もちろん意思を無視するわけじゃないわよ」
大きな火を尻尾に灯したトカゲを見て、サイトは納得した。
こいつは穏やかだ。
目もつぶらで意外に可愛いかもしれない。
「何かそう言われると可愛いかもな、コイツ」
「あら? 貴方話がわかるじゃない!! それに良く見るとなかなか良い男♪」
赤髪の少女は嬉しそうにし、次いで少し熱っぽい視線を向けてきた。
***
ビビッ!!
「むむっ!?」
ルイズはまたよくわからない電波を受信した。
なんだか胸が焦燥で掻き立てられるような不安。
もう随分前に忘れてしまったような感情。
なんだか無性に杖を振って爆発させたい気分だ。
ルイズは早足から駆け足になって用事をさっさと終わらせることにした。
***
「ふぅ、何かここは使い魔だけじゃなくて人も変だな、綺麗だったし胸もデカい人だったけど」
瞬間、サイトは急に悪寒が奔った。
今、自分は言ってはイケナイことを言ったような、ここに一人でいて命拾いしたような。
左右を見渡し、特に害になりそうなものが無いのを確認すると、サイトはホッと一息吐いて椅子に座った。
先ほどの少女、キュルケと名乗った女の子は、サラマンダーを褒められたのが嬉しかったのか、上機嫌ですぐにこの場を後にした。
その際、
「リザー●ンに進化したら見せてくれ」
と頼むと不思議そうな顔をされたが、まぁ良しとしよう。
ルイズはまだ戻ってこない。
そんなに時間は経っていないのはわかっているが、ここで知っているのはルイズだけだし、彼女がいないと少し心細かった。
こんなことなら、近くまでついて行っても良かったかもしれない。
***
ルイズは駆け足を止めた。
「何か、胸がきゅんてする」
これもまた、久しく味わっていなかった嬉しい感情。
同時に気恥ずかしい感情でもある。
ミスタ・ギトーの教員室まではもう少し。
ルイズは何故だかニヤけてしまう表情を消せずに足を急がせた。
***
あれ? 今なんか急に周囲温度が暖かくなった気がするけど気のせいか?
まぁいいや。
こういう時というのは、得てして待ってる時間が長く感じるものだ。
サイトもその例に漏れず、なんだかもうずっと待ち続けているような錯覚を持ち始めた。
「遅いなぁ、いや、まだそんなに経ってないのかなぁ」
と、急に、
「……やべ、トイレ行きたい」
尿意を催してきた。
サイトは立ち上がり、辺りを見回す。
当然というか、トイレの看板らしきものは見当たらない。
やむなくトイレを探そうと思い、サイトは立ち上がった。
とりあえず学院内、そう思ったサイトは歩を進め、急に目の前に一つ目オバケが現れた。
「おわぁ!?」
これまた見たことの無い生き物。
恐らく誰かの使い魔なのだろう。
ここがファンタジーな世界だと改めて実感するのと同時、サイトは驚きのあまり、二、三歩後退し、
「きゃあっ!?」
誰かとぶつかった。
振り返ればそこにはメイドが一人。
「あ、ごめん!!」
メイドはケーキを運んでいたらしく皿を必死に護っていた。
「あ、いえ無事でしたから……あ!?」
しかし安心したのも束の間、一緒に皿に乗っていたナイフが地面に落ちそうになって……それをサイトが掴んだ。
「ほい」
「あ、ありがとうございます」
メイドはほっと安心したようにそれを受け取ろうと手を伸ばす。
と、その時、偶然にもお互いの手が触れ合った。
***
「成る程、お前の使い魔の件は私も聞いている。しかしマリコルヌにも一理ある。今後は問題を起こさぬように……おいミス・ヴァリエール、聞いてい……ヒッ!?」
ミスタ・ギトーともあろうスクウェアメイジが、声を上げて怯えた。
「……何か、急に許せない波動が……」
「お、おいミス・ヴァリエール?」
ミスタ・ギトーは恐る恐るルイズに声をかけるが、
「連絡事項と確認は終わりですよねミスタ・ギトー。失礼します」
「お、おい……?」
ガチャン。
あっという間にいなくなるルイズ。
「何だったんだ今のは……あるいはマリコルヌもあの顔を見て……?」
最初は気持ち悪いくらいニヤけているかと思えば鬼のような形相。
久しぶりに恐いものを見た、そんな気分のギトーだった。
***
サイトは慌ててナイフを持った手をそのまま引っ込めた。
「ご、ごめん」
「あ、いえこちらこそ」
二人ともぎこちなく謝り合う。
「あの、もしかしてミス・ヴァリエールの召喚したという平民の方ですか?」
「え?ああそうだけど」
「わぁ、やっぱり。私はここで使用人をやらせてもらっているシエスタというものです」
「あ、俺は才人、平賀才人。サイトでいいよ」
「サイト、さん……変わった名前ですね」
そう名前の交換をしていると、
「おーい、ケーキはまだかい?」
少し離れたところから金髪の少年が声をかけてきた。
「あ、はい、ただいま!!」
メイドのシエスタは、そのままナイフを受け取るのも忘れて呼ばれた方へと駆けて行く。
サイトは持ったままのナイフを渡す為に追いかけた。
ついでに、その金髪の少年にトイレの場所を聞こうかと思う。
メイドに聞いた方がいいのかもしれないが、流石に女性には聞きづらい。
相手が貴族だというなら少し失礼かもしれないが、まぁトイレを聞くくらい良いだろう、そうサイトは思っていた。
まだサイトは、貴族と平民という差を正しく理解していなかった。
「シエスタ忘れ物!!」
ナイフを持ちながらサイトは追いかける。
「へ……? あっ!?」
シエスタは急ぎのあまり受け取るのを忘れていたサイトの持つナイフを見て焦りだす。
「おっちょこちょいなんだな、あ、すいません、男子トイレって何処でしょう?」
サイトはナイフをテーブルに置こうとしながら金髪の少年に尋ねた。
金髪の少年は、胸元が開いたヒラヒラした白いシャツを着て黒いマントを付け、膝にモグラらしきものを乗せていた。
「うん? 君は僕に聞いているのかい?」
少し相手を鼻にかけるようなイントネーションで少年はモグラのような動物から顔を上げた。
「はい」
「君は確かルイズの使い魔だったね、ルイズは?」
「さっき誰かに呼ばれて何処かに行っちゃって」
「そうか、なら仕方ないな。本来、平民が貴族にそんなことを聞いてはいけないんだが、まぁいいだろう」
そう金髪の少年が言うのと同時、
「何だギーシュ、そんな平民に物を教えてやるのか?」
食堂で最初にサイトに物言いをつけてきた生徒が近寄ってきた。
「……また君かい、いい加減僕に絡んでくるのを止めて欲しいものだね、ヴィリエ」
「別にお前に絡んでるワケじゃないさギーシュ、こいつアルヴィーズの食堂で椅子に座ったんだ、僕にはそれが許せないだけさ。お前との決着はいづれつけてやる」
そう言うとヴィリエと呼ばれた少年はサイトを見据え、
「というわけだ、ゼロのルイズの使い魔、平民は平民らしくその辺で用を済ますんだな」
そう言い捨てる。
「やれやれ、君は相手がいくら平民といえどトイレの場所くらい教えてあげる寛大な心は無いのかい?」
だが、そんなヴィリエにギーシュが茶々を入れる。
「なんだギーシュ、この風のラインメイジであるヴィリエ・ド・ロレーヌを馬鹿にしているのか? たかが土のドットメイジのくせに」
「君は何もわかっていないね、クラスだけがその者の実力を示す訳じゃ無いんだよ」
段々険悪になっていく二人。
サイトはナイフを置くタイミングを逃して固まったままだったが、気になったことがあった。
「なぁ」
「うるさいぞ平民、貴族の会話に入ってくるな、ゼロの使い魔は礼儀までゼロだな」
ヴィリエはサイトを一言の元に切り捨てる。
サイトはむっとしながら、
「その“ゼロ”って何だよ? ルイズのこと、だよな? 何でルイズが“ゼロ”なんだよ」
そう尋ね、それを聞いたヴィリエは一瞬目を見開いて大笑いした。
「あはははは!!!! こいつは傑作だ、ゼロの意味? そんなの簡単さ、魔法の成功確率いっつもゼロパーセント!! だからゼロのルイズって呼ばれてるのさ!!」
サイトはその態度にカチン、とくる。
「何だよその言い方」
「あははは!! 何だ? 平民が貴族に喧嘩売る気かい? そんなに痛めつけて欲しかったのか?」
「誰が誰を痛めつけるって?」
サイトは売り言葉に買い言葉で言い返す。
「君もまた本当にゼロだな、笑わせてくれる。貴族の僕が平民の君に、に決まっているだろう?」
「ふん、何が貴族だ平民だ、バッカじゃねぇの!!」
サイトは未だこの世界の根強い階級差別を知らない。
しかし、それは彼らにとって侮辱であり、知らないでは済まされない。
「君、貴族に対する礼儀がなっていないな、痛めつけられたいか?」
「やれるもんならやってみろよ!!」
サイトは威勢よく答え、
「よかろう、諸君、決闘だ!!」
ヴィリエはニヤリと笑いながら高らかに宣言した。