第五十三話【内緒】
「ところで」
「何かしら?」
モンモランシーはロールした自らの金の髪を手の甲で優しく払いながらルイズの言葉に耳を傾ける。
「さっさとそこをどいてくれないかしら? 私はこれからサイトとの楽しい楽しい朝食なの。あ、ついでにギーシュは持って行ってよね」
「あら、失礼」
モンモランシーは今度は素直に塞いでいた入り口を開け、ルイズの隣に並んでアルヴィーズの食堂を出て行く。
お互いそれからは一言も話さなかったが、暗黙の協定が結ばれていた。
((精々、私の為にあの“邪魔者”を遠ざけてよね))
……人の心を読む魔法が無くて良かった今日この頃である。
二人はすぐにサイトと……一緒にいるギーシュを見つけた。
ルイズとしてはサイトの貞操の心配もあり、早々に二人を引き離したかった。
「やぁおはようモンモランシー、ルイズもおはよう」
ギーシュは二人を見つけ、うやうやしく挨拶をする。
モンモランシーはそんなギーシュの傍……サイトとギーシュの間に入り込むようにしてギーシュと会話をしだした。
同時に視線は一度ルイズへ。
ルイズは心得たと頷き、
「サイト、今日も“二人だけで”食べる分を確保してきたわ。さぁいつも通り“二人だけで”食べに行きましょう」
“二人だけ”をやけ強調してぐいぐいと皿ごとサイトを押し出す。
「わ、わ、あんま押すなって。あ、皿持つよ。いつも悪いな合わせてもらって。でも聞いたところによると使い魔は厨房から直接食事もらえるらしいしルイズが大変だったら別々でも俺は大丈夫だぜ?」
サイトはルイズから皿を受け取り、いつもこんなことをするのは大変であろうルイズにそう勧めてみる。
だがルイズは一瞬にして顔を青くして、
「そ、そんな必要は無いわよ!! 全然大変じゃないし!! サイトと食事を摂る為だったらこんなのどうってことないわ!! そ、そんなことよりほら、早く行きましょ!!」
ルイズはサイトをぐいぐい押していく。
「お、押すなって、わかったわかった、わかったから。あ、そうだ、ギーシュ!! 良かったらお前も一緒に食わないか?」
ルイズの剣幕と勢いに乗せられてサイトはその話を流し、代わりにギーシュを食事に誘ってしまった。
モンモランシーと話していたギーシュはサイトに振り返り、
「一緒に? 確かに今から食堂には入りにくいし……そうだ、モンモランシー、この際彼らと四人で食卓を並べるのはどうだろう?」
「えっ!?」
モンモランシーは突如ギーシュから上がった提案に顔をしかめ、小さくルイズにアイコンタクトを取る。
ルイズもまたモンモランシーにアイコンタクトで答えた。
(ド・ウ・ス・ル・?)
(イ・ヤ・ヨ)
(ワ・タ・シ・ダ・ッ・テ・フ・タ・リ・キ・リ・ガ・イ・イ・ワ・ヨ)
(ナ・ラ・ナ・ン・ト・カ・シ・ナ・サ・イ)
(イ・イ・ダ・シ・ッ・ペ・ハ・ア・ナ・タ・ノ・ツ・カ・イ・マ・デ・ショ)
(ア・ナ・タ・サ・イ・ト・ニ・ケ・ン・カ・ウ・ッ・テ・ル・ノ・?)
そんな二人だけでわかるアイコンタクトで炎上している間にサイトとギーシュは仲良く歩いていってしまった。
それに気付いた二人はアイコンタクトを止め、慌てて二人を追いかける。
結局、四人で食事をするハメになってしまった。
「いやぁ、ルイズのおかげで今朝は助かったよ」
ギーシュはハハハと笑いながら皿の上の料理に手を付け出した。
幸か不幸か、ルイズはいつも大量に料理を持ってくる。
万一、サイトが何か気に入ってもっと無いのかと聞いてきたときの為である。
殆どの種類をいくつも持ってくるので、確かに二人分はとうに越え、四人分近い量があった。
サイトが普段からルイズの持つ皿を受け持つのはそういった背景もある。
女の子にそんな重そうなものを持たせられない、といったような。
今回、そういった意味では量的には丁度良くなってしまったが、ルイズは内心舌打ちしていた。
こんなことなら二人分ギリギリにすべきだった。
そうしたら“余分な二匹”がこの朝の食卓についてこなかったのに。
……策士は策に溺れるのである。
だが、モンモランシーはまだ諦めてはいなかった。
「……痛い、痛たたたた!! お腹が痛いわギーシュ、悪いんだけど私を保健室まで連れて行ってくれないかしら?」
「なんだって? それは大変だ。もちろんお供するよ、さ、僕に掴まってモンモランシー。サイト、悪いけど今日の朝食はこれでお暇させて貰うよ。それじゃあね」
ギーシュは心配そうに痛がるモンモランシーを支え、軽く背中をさすりながらモンモランシーを連れてその場から離れる。
ルイズは二人の背中を見ながらモンモランシーを見直していた。
(やるじゃないモンモランシー、でかしたわ)
ククク、と内心小悪党のような笑いをルイズは零す。
だが、
「大丈夫なのかなぁ、あの子。何か一瞬尋常じゃない痛がり方じゃなかったか?」
サイトは行ってしまったモンモランシーを心配しだした。
「え? えぇ、多分大丈夫よ、お、女の子には往々にしてよくあることなのよ」
「へぇそうなのか? 大変なんだな、さっきの奴も可哀想に」
サイトはルイズの言った意味をなんとなく理解して、そういうものなのか、と納得しながら憂いた顔をしていた。
「そ、そうね……」
ルイズは引きつった笑いでサイトに同意しながら、
(前言撤回よモンモランシー!! サイトに心配してもらえるなんて羨ましいじゃない!! 全く余計な真似を……!!)
先程思ったことをすぐに掌返したように無かったことにする。
やはり、策士は策に溺れるのだが……、
「ルイズも結構痛くなるのか? なら無理しないでちゃんと言えよ? 俺にできることなら何でもするから」
「えっ? う、うん、ありがとう」
ルイズはサイトの言葉に胸が温かくなるのを感じた。
サイトに心配されるという幸福。
策になど頼らない方が……それは手に入りやすいのだ。
***
さて、どうしようか。
今日も日が暮れ、ルイズとの天蓋付ベッドで寝る時間がやってきた。
ルイズは一日のうちでこれを特に気に入っているらしくて、一緒にくっついて寝るのが毎晩楽しみでしょうがないと言う。
そんな風に思ってもらえるのは嬉しいが、これから言おうと思っていることを鑑みればそれはサイトにとって障害でしかない。
ルイズが一際自分と一緒に居ることを喜ばしく思ってくれていることはサイトも薄々気付いていた。
別段、今はそれも気にしていないからそれは良いのだが、一人の時間が少なすぎた。
彼とて年頃の男の子。
可愛い女の子……それも思い上がりで無ければ自分に好意を寄せてくれている女の子とそこまで一緒にいれば、思うことの一つや二つはあるのである。
ルイズがベッドに入って横に一人分のスペースを作り、サイトを見ながらポンポンとシーツを叩く。
来ないの? と不思議そうに首を傾げるその様は、そうなることが当たり前だと信じている無垢な可愛い少女に過ぎない。
そんな少女の顔をこれから歪めるかもしれないのかと思うとサイトは少し罪悪感が生まれたが、これも最終的にはルイズの為を思っての事、と自分を鼓舞させ、それを口にした。
「ルイズ、明日、いや明後日でもいい。俺に一日自由をくれないか? いや、この言い方は変だな。一日ルイズと別に行動したいんだ」
「……………………え?」
ルイズは思考が停止したように、この世の終わりを体感するかのように顔を青ざめていく。
それは奇しくも、サイトが予想し、最も見たくない思うパターンのそれでもあった。
慌ててサイトはルイズにフォローを入れる。
「ルイズの事が嫌だとか嫌いとかそんなんじゃないんだ、ただ、ちょっとルイズには内緒でやりたいことがあって……」
「私に……内緒で……?」
ルイズの瞳の中の輝きが、じわりと霞んだ。
「あ、悪いこととか変なことじゃないんだ、その、だから一日だけ……頼むよ」
ルイズの四肢が震える。
ベッドに半身は入っているというのに、全く暖かくなど無い。
「……どうしても、私には言えないこと、なの?」
震える唇で、サイトに尋ねる。
「う……いや、そんなたいしたことじゃないんだ」
「じゃあ何をするのか教えてくれてもいいじゃない。私と離れる必要も無いわ」
「あ、後で……終わったら必ず話すから、な、な、な? 頼むよ?」
サイトは必死に頭を下げた。
これ以上問われてはつい口が滑ってしまいそうだった。
「でも、一人でいるなんて危険だわ」
「あ、一人じゃないって。言い忘れてたけどギーシュと一緒だから」
否、既に口は本人の気付かぬ所で滑ってしまっていた。
「ギーシュ、ですって……!?」
そう言えばモンモランシーから二人が内緒で一緒にトリスタニアへ行こうと企てていると聞いたばかりだった。
モンモランシーの言う“男色”という言葉が思い出され、ルイズの脳裏に最悪の状況がイメージされる。
周りは薔薇一色。
身ぐるみ外したギーシュが嫌がるサイトの服を一枚、また一枚と……。
さぁっとルイズの血の気が益々引いていく。
「そ、そんなのダメよ!! お願い目を覚ましてサイト!!」
「へ? 何言ってるんだルイズ?」
「ギーシュ、彼は危険だわ!! 二人っきりになったら何をされるか……いえ、ナニするに違いないわ!!」
「ナニって……何を言ってるんだルイズ?」
「ね? お願いサイト、私ならいつでも“OK”だから、だから……!!」
ルイズは動揺のあまり取り乱す。
だから自分が何を口走ったのかよく理解していなかった。
「OK? 良かった、OKかぁ!! いやぁホッとしたぁ、そいじゃ早速寝ようぜ」
サイトは安堵したようにベッドに潜り込み、サービスとばかりにルイズを抱きしめた。
「え? あれ……? サイト……うん、私はいつでもOK……あれ?」
ルイズは何処か話が噛み合っていないような気がしながらも、サイトの腕の中という至福の場所に顔をとろけさせ、胸板に甘える。
あ……まだキスしてない……残回数+1、などと思いながら。
***
ルンルンルン♪
ブラウンのマントを身に纏った少女は上機嫌で廊下を歩いていた。
今度のお菓子は上手く出来た。
いつもの先輩に味見をしてもらって、OKサインももらった。
ブラウンの長い髪をたなびかせて、ケティはスキップ一歩手前のような軽やかな足取りで歩いていた。
「あら? ちょっとそこの貴方」
と、急に声をかけられる。
「はい? なんでしょうか?」
目の前には燃えるように赤い真紅の長い髪をしたグラマラスボディの女性がいた。
「貴方、最近マリコルヌとよくいるところをよく見るけど、大丈夫? 彼なんか変な性癖がありそうなのよねぇ」
目の前の女性は心配げにケティを眺めた。
ケティはいつもお世話になっている先輩を悪く言われたようで少しムッとした。
「そんなこと無いですよ、マリコルヌ様を悪く言わないで下さい」
「あ、そんなつもりじゃなかったのよ。ごめんなさいね。でもマリコルヌ様、ねぇ……貴方もしかしてマリコルヌに惚れてるの?」
「え? いえ私には好きな人が……」
「ふぅん? じゃあ私がマリコルヌ貰っちゃおうかしら? 最近彼って珍しく真面目になってきて……真面目だと案外悪くないのよねぇ彼」
「え……?」
「そうしたら貴方はマリコルヌとの仲を応援してくれるかしら?」
「……失礼します」
ケティは身を翻してその場から離れた。
何だか胸がモヤモヤする。
自分が好きなのはギーシュ様だ。
でもあの女の人がマリコルヌ様を貰おうかなと言った時、何故か鼓動が一際大きく跳ねた。
だいたい、最初は変な性癖がありそうとか貶していた癖に!!
言い表しようの無い不思議な感情にケティは苛まれる。
それを……面白そうに赤い髪の女性、キュルケは眺めていた。