第四話【威嚇】
風上のマリコルヌ。
風のドットメイジである彼が今までやってきた嫌がらせというのは本当に些細なものだった。
わざとルイズと行く先を少しの間通せんぼしたり、授業時間中に彼女が魔法に失敗すると“ゼロ”と言い出したり。
この程度のやりとりは、それこそ何のしがらみが無くてもやったりやられたりするものだ。
それは周りとて理解していたし、教師連中とて子供の些細な喧嘩だと目を瞑るだろう。
繰り返すが、今まで特段彼女を目の仇にしたわけでも、ましてや責められる程の嫌がらせを彼はしたことがない。
今日のマリコルヌは普段と何ら変わらない、ましてや今日は悪意が無かった分たいしたことをしたつもりは無かった。
ただ、“貴族”である自分が決めた席に“平民”が座っていた。
それだけのことだ。
当然、社会的ルールに則れば彼が取った行動は正しく、咎めるものそういないだろう。
“普通”ならば。
彼にとって不運だったのは相手が彼女であり、平民がその彼女の最も大切な人であったこと。
そして何より彼女の怒りの琴線に触れた事に気付くのが遅れたことだ。
「また私から……サイトを奪うの?」
周囲の温度が急激に下がったかのような錯覚。
彼女は水系統の魔法を使えないはずではなかったのか。
いや、それを言えば彼女は四系統全ての魔法行使を成功させた試しが無い。
「うぅ……? あ、あぁああ……?」
言葉にならない。
何も魔法など彼女は使っていない、否、使えない。
それなのにマリコルヌにはスクウェアスペル級の魔法が自分の命を刈り取ろうとしているような錯覚を覚えた。
彼女の瞳は何も映さず、光を通さず、暗く濃い闇色一色だ。
その瞳は確かに、普段からの彼女の蔑称、“ゼロ”そのものだった。
この瞳を見ていてはいけない。
この瞳は何処も見ていない。
これは生きている人がしていい瞳ではない。
「ねぇ、どうなの……?」
──────マリコルヌ。
口を開かずに呼ばれた名前はとても平坦で。
起伏も何も無い冷たい声は、同じ人間としての器官が発しているとは思えぬほどに恐ろしくて。
目を逸らそうとしても、瞬きをしても、目を閉じても脳裏には“ゼロ”の瞳が彼を捉えていて。
暗い暗イ暗い暗イ暗イ暗い。
くラいクらいクライくらイ。
くらいクラいくライクらい。
「うわぁぁぁぁぁぁあああっ!?」
あまりのルイズの瞳の暗さにマリコルヌは気が動転した。
あれは暗いなんてものじゃない。
あれは……。
***
「お腹空いたなぁ」
サイトは空腹に喘ぎながら食堂の入り口前で待っていた。
流石に二十時間近く断食してるので、いい加減お腹はペコペコだった。
「サイト」
と、まだ食事中だと思っていたルイズがサイトの肩を叩いた。
「ルイズ? もう食べ終わったのか?」
「ううん、でもサイトお腹空くだろうと思ってテーブルからサンドイッチをいくつか持ってきたの」
ルイズは少し大きめのお皿にたくさんサンドイッチを乗せて持って来ていた。
「お、サンキュ!!」
サイトはそんなルイズが持ってきたサンドイッチを受け取ろうとして、スカッ……スカッ?
「ル、ルイズ?」
ルイズはまるでイタズラでもするかのようにサイトが伸ばした手からサンドイッチを遠ざける。
「もう、私だってまだあんまり食べて無いんだから……今日は二年生は使い魔との親睦を深めるために授業はお休みだし一緒に外で食べましょう」
ルイズはそう言うと広場へと歩き出した。
***
「へぇ、この学院って広いんだなぁ」
よく手入れされた芝が広がる広場。
カフェテラスのように白い丸テーブルや椅子が各所に置いてある。
「ここは憩いの場のようなものよ」
ルイズはそう言うとテーブルについてサンドイッチの皿を置いた。
「さ、食べましょう」
「待ってました!!」
サイトは喜色満面でサンドイッチにかぶりつく。
「美味い!!」
鶏肉とマスタードのサンド、卵サンド、ハムと野菜サンド、ジャムサンド、フルーツサンド……。
たくさんの種類のサンドイッチがあった。
「いやぁこれも美味い、あ、こっちも美味い!!」
サイトは笑顔でサンドイッチをどんどん頬張る。
それはそれは美味しそうに頬張っていく。
ルイズはそんなサイトをぼうっと眺めていた。
サイトと違い、ルイズは先ほどからあまり食事は進んでいない。
胸が一杯でこれ以上食べられない。
笑いながら食事を続けるサイトを見ていると、それだけでお腹一杯になるのだ。
「~~~♪」
美味しそうに食べるサイトは満面の笑顔。
思えば、サイトの笑顔を最後に見たのは何時だったろうか。
こうやって、彼の顔を注意深く眺めていたことがあっただろうか。
「……? どうしたルイズ?食べないのか?」
サイトはもごもご食べながら、手が止まっているルイズを見て首を傾げた。
「え……? あ、もちろん食べるわよ、ってちょっとサイト」
ルイズは手を伸ばす。
その綺麗な細い指がサイトの頬に優しく触れる。
「ふぇ?」
「もう、子供じゃないんだから。ほっぺたに卵ついてたわよ」
ルイズはそう微笑むと指先についた卵をペロリと舐めた。
「あ、ああ」
サイトは慌てて服の袖で口周りをゴシゴシと拭く。
「あ、サイト、それじゃ服汚れちゃうじゃない」
もう、バカねとルイズはスカートのポケットからハンカチを取り出した。
「ほら、今度汚れたらこれ使いなさい」
「だ、大丈夫だって!!」
サイトは気恥ずかしさからか、照れを誤魔化すように再びたくさんサンドイッチを頬張りだした。
そんなサイトを、ルイズは絶えず微笑んで見つめていた。
段々サイトは見られていることに恥ずかしくなったのか、
「ル、ルイズ、手が止まってるぞ!! 早くしない俺が全部食べちゃうからな!!」
ルイズにも食事を促す。
ルイズはそんなサイトに微笑を返して久しぶりにパクリと一口手元の野菜サンドを口にし、
「痛っ?」
口の中に痛みを感じた。
「ルイズ?」
サイトもそんなルイズに気付き、ルイズを見つめる。
「えへへ……そういえば舌怪我してるんだった」
ルイズは恥ずかしそうにペロリと赤い舌を出した。
サイトに衝撃が奔る。
「あ、あの、それって、えっと……」
昨日、有耶無耶で忘れていたが、彼女とキスした時に彼女の舌を噛んでしまったのではなかったか。
「うん、結構痛かった」
ががーーん!!
サイトに9998ダメージ!!
女の子に怪我をさせるなんて!!
「僕は取り返しのつかないことをしてしまった……」
昔アニメで見たような台詞を言いながらサイトは頭を下げる。
「ごめん!! わざとじゃないんだ!!」
「いいのよサイト、気にしていないし。それに結構嬉しかったし」
サイトが顔を上げると、はにかんでいるルイズがいた。
可愛らしく舌を出したまま、頬をピンクに染めて。
ががーーん!!
サイトの萌えゲージに9999ダメージ!!
地味にさっきよりダメージが1多い。
サイトはテーブルに突っ伏した。
「あれ? サイト……?」
返事が無い、サイトは萌え死んでしまったようだ。
***
食事を終えて、ようやく起き上がったサイトとルイズは会話を楽しんでいた。
段々と他の二年生も使い魔との歓談に現れ始めたが二人は気にしていなかった。
ルイズは、以前あまり聞かなかった故郷の話、どんなところなのか、どういったことをしていたのか。
そんな自分の知らないサイトのことを聞いていた。
「それで俺が住んでるところでは車ってのがあって、馬とかはもう移動用にはほぼ使ってない」
「くるま?」
「ああ、馬よりもずっと速いんだぜ」
ルイズは楽しかった。
前聞けなかった話を聞けて、サイトのたくさんの表情を見れて。
だからだろうか。
気が緩んでいた。
「ミス・ヴァリエール!! ちょっといいですか?」
近づいてくるのは緑の髪を後ろで纏めポニーテールにし、眼鏡をかけたグラマラスボディな女性、ミス・ロングビルだった。
「先ほどミスタ・ギトーが食堂の件で聞きたいことがあるから来るように、と」
「ミスタ・ギトーが?」
そういえばあそこの管轄はあの面倒くさい先生だったかもしれない。
ルイズは溜息を吐くと立ち上がった。
「ミスタ・ギトーの教員室で待っているので一人で来るように、だそうです」
「わかりました、ミス・ロングビル」
ミス・ロングビルは軽く会釈するとその場を去っていく。
「サイト、ちょっと行って来るわ、すぐ戻ってくるから」
「ああ、俺はここで待ってるよ」
ルイズは足早に教員室へと足を向けた。
***
「あの、貴族様?」
メイドの一人が、いつまでたっても席を立とうとしない小太りな貴族に話しかけた。
彼はその体型とは裏腹に全く食事に手をつけていなかった。
周りはもう全員いなくなっていて、残っている食事中?の貴族は彼一人だ。
彼は真っ青な顔で焦点の合わぬ目でどこかを見ていた。
「あの、貴族様?」
恐る恐るメイドはもう一度声をかける。
するとようやくその少年は気付いたのか、
「あ、ああ、片付けてくれていい」
そう言って青い顔のまま席を立った。
スタスタと歩くその姿はどこかぎこちなく、それが体調のせいなのか空腹のせいなのかはわからない。
だが、このマリコルヌ・ド・グランドプレ、学院生活始まって以来の断食であった。
あとがき
恐らく一週間に一度、長くて二週に一度くらいのペースで更新をしていきたいと思っておりますので、宜しくお願いします。