第四十五話【合流】
「防戦一方、かな」
ギーシュは呟きながらバリケードからヒョコっと顔を出す。
途端に飛んでくる矢、矢、矢。
一向に盗賊達が減る様子が見えない。
これはただの物盗りじゃないな、とギーシュは思い始めていた。
何しろコレだけの数だ、ここまで大きな盗賊団が近場に出没するようになっていたなら噂になっていてもおかしくない。
だがそんな話をギーシュは耳にしていない。
オマケに盗賊だというのに、やるのは攻撃ばかりで略奪しているようにも見えない。
略奪とは別の……何かの目的の為にここを襲っているように見受けられる。
チラリと横を見れば、さっきから数人倒しては戻る、というヒットアンドウェイを繰り返すワルドが戻ってきていた。
その顔には随分と焦りがある。
「奴ら、一向に減りませんね、ここまでの規模となるとただの盗賊じゃないかもしれません」
ギーシュはワルドに自分の考えを告げてみた。
「あ、ああそうだな、統率が随分取れている。裏に何者かがいるのかもしれん。やっかいな略奪者共だよ」
それはワルドも思っていたのか、ギーシュに言葉の上では賛同したが、ワルドの言い回しにギーシュは疑問を感じた。
(略奪者共? いいや、彼らは恐らく略奪が目的じゃない。それがわからない子爵では無いはずだけど……)
しかし、ギーシュが長く思考を続けている暇は無かった。
凄い音とともに天井が破壊される。
「っ!?」
ギーシュが慌てて離脱しながら見た物は巨大なゴーレムだった。
「ゴーレム!? いや、あのゴーレムには見覚えが……」
ギーシュの脳裏に蘇るかつての戦い。
学院にある国の宝物を盗んだ怪盗、フーケ。
「ふん、ここにいるのは貴族の坊っちゃんだけかい」
ゴーレムの肩に乗る女性が、その緑髪を風になびかせてつまらなさそうにこちらを見つめた。
「やはり生きていたか、フーケ!!
ギーシュは彼女を睨み付けながら杖を構える。
彼は事の成り行きをおおよそ聞いている。
フーケが生きて逃亡していることは、そんなに不思議ではなかった。
むしろ、自分の仲間が人を殺した、と言うことの方が真実味に欠ける。
今の彼は“まだ”それほど“死”というものの身近さを理解していなかった。
「ふん、こないだの礼をたっぷりしてやろうじゃないのさ、ハンサムな少年!!」
フーケは、そう言いながらここら一帯の岩で錬金した巨大ゴーレムをギーシュにけしかけた。
「っ!!」
ギーシュは慌ててその場から離れる。
ゴーレムの腕が先程までギーシュが居た場所を粉微塵にした。
「あははははは!! 逃げるのかい!? 逃げ場なんて何処にも無いさね!! 周りは盗賊で一杯、ここは港だが出港の為にはフネの風石はまだ力が足りないはずさ!!」
フーケは逃げ場は無いよと高らかに笑う。
(フネの風石の力がまだ足りていない? ならサイト達は出港出来ないじゃないか!!)
ギーシュはフーケの“説明口調”の言葉に舌打ちした。
フネの風石はあとどれぐらいで溜まるのだろう?
ギーシュの焦りが彼の判断力を鈍らせる。
その為に、彼は迫るゴーレムの腕に気付くのが遅れた。
「しまっ!?」
た、と最後の言葉を言う前に、彼は地上はるか数十メイルへと叩き上げられた。
意識を失いそうになるほどの衝撃に、ギーシュは呻くことしか出来ない。
体はボロボロだ。
精神力もそんなに残っていない。
オマケに今は地上数十メイル。
このままでは助かる見込など何処にも無かった。
「……フッ」
だがギーシュは口端に笑みを浮かべる。
「フフフ、あははははは!!」
体が軋んで痛い。
笑うたびに体の何処かでおかしな音がする。
フーケは、コイツダメージ多すぎておかしくなったのか?と首を傾げたが、すぐにその理由はわかった。
空に上る満月。
神々しい金の円光の中心に、黒い……いや蒼い影があった。
影はびゅん!! と素早い動きで空を滑空し、加速度的に落ちていくギーシュを掴まえる。
「やあ、まさか君たちがここに来るとは予想外だったよ」
ギーシュが笑いながら助けて貰ったお礼を言う。
きゅい、と大きく一鳴きする蒼い風竜。
シルフィードと呼ばれるその使い魔は主と他数名をその背に乗せていた。
「ああギーシュ!! こんなに傷だらけで!!」
一人は香水のモンモランシー。
「ああ、ギーシュ様、お怪我でお労しい姿に……」
一人は燠火のケティ。
「ぼ、僕は着いてきたんじゃないぞ!? た、たまたま居合わせただけだ!!」
一人はかぜっぴき……ならぬ風上のマリコルヌ。
「いいからアンタ達落ち着きなさいよ」
一人は微熱のキュルケ。
彼女らがここに来たのは半分は偶然である。
しかしその偶然が彼、ギーシュを助けた。
***
学校でギーシュを探していたモンモランシーは、いくら探してもいないギーシュが、学院外にいると思い当たるのにそう時間は費やさなかった。
ケティもまた、部屋に居ないギーシュを探し歩き、途中で“無償で快く手伝ってくれる名も知らぬ男の先輩”の手を借りながら学院中を探したものの見つからず、これは学院には居ないんじゃないかと思い始めた。
そう二人が思い始めた時、ケティとモンモランシーは再会した。
モンモランシーは考える。
“薬”の“賞味期限”は短い。
早くギーシュを見つけなければならないが一人では限界がある。
ここは同じくギーシュを探している者を協力者としては、と。
ケティは考える。
悔しいが今一番彼の事を知っているのは彼女だろう。
ここは恥とプライドを捨て彼女に聞いてみるべきでは、と。
そうして二人は一時休戦および協定を締結した。
調停人は“たまたま”そこに居合わせたマリコルヌである。
二人はその時、“ぬけがけはしない”という協定を結び、聞き込みを開始した。
効果はすぐに現れる。
朝速くにルイズとその使い魔が出て行き、ギーシュはその二人と一緒に学院の外に出たのを見たと。
それを見たのはキュルケだった。
後を追おうか迷ったのだが、最近のルイズはおかしすぎた。
あれほど大事にしていた使い魔への対応が悪い。
悪い癖に手放そうとはしない。
どうにも調子が狂い、しばし近づかないようにしようと決めていたのだ。
だが、この二人はギーシュを捜しているらしい。
ならば協力してやるのも一興か、と思いつつキュルケはタバサに事の顛末を話した。
意外にもタバサは、
『追いかけたいなら手伝う』
と興味ありげに進んで協力を願い出た。
タバサは気になっていたのだ。
使い魔のこともそうだが、ルイズの異常性を。
***
「すぐに私が治してあげるわ、ギーシュ」
モンモランシーはギーシュを自分の方に引き寄せると杖を振った。
香水のモンモランシー、彼女の属性はその二つ名からも想像できる通り“水”であった。
「あ、ずるい!! 協定違反です!!」
しかしそれを見たケティは頬を膨らませ、ギーシュの腕を引っ張る。
ギーシュは無理矢理に引っ張られ、今度はケティの胸の中へと顔事ダイブした。
「な、なななななな!?」
モンモランシーはそれを見てギラリ目を見開き、
「ふん!!」
再び強くギーシュを引っ張った。
「ほわっ!?」
ギーシュは今度は抱えられるようにモンモランシーの腕の中へと収まる。
というか、傷自体はまだ完全に癒えていないのでそう何度も無理矢理引っ張られると地味に痛い、結構痛い、かなり痛い。
「お、落ち着いてくれたまえ、君たちのように美しい女性に取り合われるのは光栄だが今はそんな事をしてる場合じゃ……何だい?」
ギーシュが場を諫めようとして肩を叩かれる。
肩を叩いていたのは同級、マリコルヌだった。
「………………」
マリコルヌは唇を上に吊り上げ、しかし目つきは下目使いで睨むようにしながら無言で凄みをきかせていた。
(何だ? 僕は彼に何かしたか?)
ギーシュはマリコルヌの意図がイマイチ読めなかったが、マリコルヌがご立腹であるということは薄々感づいた。
「はいはい、そろそろ無視されてるオバサンに気付いてあげないと可哀想よ」
パンパン、とキュルケは手を叩いて一同の意識を正面のゴーレムの肩に乗るフーケへと移らせた。
キュルケはフーケの姿を見て、ギーシュ同様“やはり”という気持ちを強めた。
(そうよ、人殺しなんて早々……)
当のフーケはキュルケの言い様にカチンと来ていた。
「あんたらねぇ、まだ私はオバサンなんて歳じゃないよ!!」
フーケが怒りながらゴーレムを操る。
「歳を取った人ってみんなそう言うのよねー」
キュルケのさらなるからかいにフーケはゴーレムの動きを早める。
シルフィードはきゅい!と一声鳴いて焦りながら旋回する。
「あっ」
そんな時、モンモランシーの口から声が漏れた。
何かが中空に舞い……落ちていく。
遠く、地上の方でパリンと何かが割れる音がした。
「あああああああ……」
モンモランシーの表情がどんどん暗くなっていく。
絶望的に、暗黒的に、漆黒的に。
「モ、モンモランシー?」
ギーシュが様子のおかしいモンモランシーに声をかけると「降ろして」と小さくモンモランシーの泣くような声が響いた。
シルフィードはタバサに軽く叩かれ、下へと降りる。
モンモランシーはふらふらと歩き、ある一点を見て、肩を振るわせた。
「やっと、やっと出来たのに……」
彼女の視線の先には割れたガラスと謎の液体によって染みが出来た土があった。
この場にいる人間には、それが何なのかはわからない。
しかし、明らかに彼女は今、異常だった。
「……オバサン、覚悟は良い?」
顔を上げたモンモランシーの瞳に、光は無かった。
その瞳に、フーケは見覚えがあった。
ゾクッと背筋が凍る。
これは“あの時”のものと同じだ。
「上等じゃない……!!」
フーケはガクガク震える体を無理矢理に押さえ込んで下唇をペロリと舐める。
この時を待っていたのだ。
これを克服するチャンスを!!
若干予定は狂ったが、今はもうそんなもの関係無い。
フーケの戦闘の意志にいち早く気付いたのはギーシュだった。
「散れ!!」
その言葉に、まだシルフィードに乗っていたキュルケとタバサは上空へ、マリコルヌとケティ、ギーシュは三方へと散った。
動かないのはモンモランシーのみ。
「タバサ、キュルケ!! 二人はアルビオンへ行ってくれ!! こいつの相手は僕たちがする。アルビオンにはルイズとサイトが向かってる筈だ、二人を頼む!!
ギーシュは二人に上を指差し、そっちへ行くことを懇願する。
それを理解した二人は、風竜の背に乗ったまま天高く舞い上がった。
本当はフネを探して貰いたかったが、恐らく出港してるかどうかすら定かでないフネを見つけるのは至難。
ならば目的地で合流して貰うのが一番だとギーシュは二人を促した。
出港していなかったとしてもある程度時間を稼げば風石の問題もクリアされ、結局アルビオンでは再会出来る……ハズだ。
だから残る問題は目の前のこいつただ一人。
マリコルヌらが居てくれるおかげでこちらは四系統が揃っている。
戦術の幅は大きく広がる。
これならば遅れもとるまい、そう思ってからギーシュは大事な事に気付いた。
「あれ……? ワルド子爵が、いない……?」
辺りを見回しても、盗賊が減ってきているのが見受けられるだけで彼の姿は無い。
が、長く思考を続けている暇は無かった。
ゴーレムがその怪腕をこちらに奮ってくる。
「くっ!!」
こいつをどうにかしなければこれ以上の身動きは取れないとギーシュは悟り、やむなく目の前の敵に集中すべく杖を構えた。
***
その頃、サイト達を載せたフネが、風石の力が足りずに飛べないと散々騒いでいた中、急に空へと登り始めた。