第三十四話【反逆】
「君たちには“シュヴァリエ”の爵位が与えられることとなった」
フーケの件から数日後、学院長室に呼び出された捜索隊の面々はオスマンから報奨の内容を告げられた。
「シュヴァリエ? 本当ですか学院長?」
オスマンの頷きにキュルケは喜んだ。
一貴族の娘が他国とは言え国の爵位を賜ったのだ、こんな誉れは早々に無い。
貴族という生き物は何よりも誇りを尊重する。
そういった意味で、それは確かに歓喜するに相応しい報奨だった。
オスマンはキュルケ、ギーシュに王宮からの正式な通達文書を手渡していく。
心なしか二人のマントが焦げているのはあえて言葉にしなかった。
そうしてタバサの前までオスマンが来た時、オスマンはふと思い出したように補足した。
「おおそうじゃ、ミス・タバサは既にシュヴァリエの爵位を賜っておるゆえ精霊勲章の授与があるそうじゃ」
タバサはその小さく青い頭をペコリと下げて書簡を受け取った。
そして最後に、オスマンがルイズの前に立った時、
「あー……ミス・ヴァリエール、おめでとう、君もシュヴァリエの爵位を……」
「……今、なんと?」
それは起こった。
「“私”がですか? オールド・オスマン、何かの間違いではありませんか?」
桃色の髪の少女は、隣にいる黒い髪の少年の纏う服、『ぱーかー』の裾を掴み、その目には怒りを、纏う空気は怜悧な冷たさを持っていた。
その言葉は間違いでなければ許さないというような、一種殺気にも似たオーラを彼女は放っている。
その姿を見て、オスマンは小さく溜息を吐いた。
「間違いではない、ミス・ヴァリエール。君にはシュヴァリエ授与の書簡と、それとは別に姫からの個人的な手紙を預かっておる」
「……姫殿下から、ですか?」
「そうじゃ」
桃色の髪の少女、ルイズは訝しむようにしてオスマンを見る。
その瞳の光は“怒り”から“裏切られたというような落胆”に変わっていた。
ルイズは肩を落としながらそれを受け取る。
「さて、今夜は君たちの此度の活躍を祝う意味も含めたフリッグの舞踏会じゃ、存分に着飾り楽しむがよい。主役は君たちじゃからな」
***
ルイズは部屋に戻ってアンリエッタからだという手紙を読み始めた。
『親愛なるルイズ・フランソワーズ、貴方のお手紙は読ませて頂きました』
ルイズは、目を覚ましてから二通の手紙を書いている。
一通は父宛。
“あの水メイジ”がサイトを追い出し、さらには擦り傷程度といえど怪我を負わせたのは明白であり、自分に対して手を出してきた旨の内容を綴っていた。
同学年相手ならば自身や家の誇りから親に頼ることも少ないが、相手が大人、それも爵位を持つほどの身分ともなればその範疇からは大きく外れる。
ルイズは、今回のモット伯が“自身に触れた”件について赤裸々に自分視点での屈辱を父宛に“相談”という形で送った。
受け取ったヴァリエール公爵がそれを読み、娘に手を出した不届き者に憤慨し、王宮へと働きかけを始めたのだ。
そしてもう一通はアンリエッタ宛に。
父が公爵家、さらには幼少の頃からの友人という事も相まって通常なら難しい王女への直接の手紙も通された。
無論、いくつかの査定、安全検査等を超えた事は言うまでも無い。
ルイズはアンリエッタに今回のモット伯の件、そして報奨に関するお願いをしていた。
『まず無事で何よりです、ルイズ・フランソワーズ。貴方のモット伯からされたという仕打ち、お父上のヴァリエール公爵からもお話しがあり、周りの者とも話し合ってモット伯からは爵位の剥奪を行いました』
ルイズは、ここで初めてモット伯が既に貴族で無くなった事を知るが、
(……“そんなこと”はどうでもいいんです、姫様。それよりどうして……?)
未だ文の内容に自身の知りたい内容は出てこない。
つらつらとモット伯の爵位剥奪に係る経緯が書き連ねられているが、ルイズはそんことが知りたいのでは無い。
と、
『さて、ルイズ・フランソワーズ。私は貴方を含め三人にシュヴァリエを授与しました。一人は既にシュヴァリエだったので精霊勲章という形で国に報いてくれた報奨としましたけど』
ようやくルイズの知りたい本題に入るようだ。
『ルイズ・フランソワーズ、貴方は何故か“自分の功績”も“貴方の使い魔の功績”とし、“使い魔さんに全ての報奨を与えて欲しい”とお願いしてきましたね、今回で言えば貴方が貰うシュヴァリエの爵位ということになるのかしら』
そう、ルイズは自身にふりかかる名誉、功績、それら全てをサイトの物とし、シュヴァリエをサイトに与えて欲しいという旨の手紙をアンリエッタに出していた。
『貴方は昔から変わってたけど、自分よりも使い魔に報奨を願うなんて優しいのね。いつも励ましてくれた私唯一の本当の親友のお願いだもの、ちゃんと聞き届けてあげたい、と思っていたんだけど』
ルイズの眉間に皺が寄り始める。
『“宰相のマザリー二”に止められてしまったの、平民をシュヴァリエにするのはおやめ下さいって』
(マザ、リーニ……!!)
ぐしゃ!! と音がして紙に皺が寄る。
マザリーニ。
トリステインの宰相にして“鳥の骨”の異名を持つ男。
この男によってルイズの計画は瓦解、いや“遅延”した。
(このままじゃ“サイト貴族化計画”が……!!)
サイト貴族化計画。
ルイズはそんなプランを練っていた。
サイトを貴族にして、自分との仲を誰もに認めさせる。
身分の差がある以上、かならずそれが障害になる時が来る。
いざというときは自分が貴族の身分などかなぐり捨ててサイトと共に行く覚悟はあるが、穏便に済むに越した事はない。
“だから”ルイズはフーケの捜索という“危険”が絡む任務についたのだ。
決して先生達に馬鹿にされたから、だけでの行動では無かった。
何が起きるかはわかっているのだ、それでサイトに功を立てさせる。
しかし、それがどれだけ甘い事だったかは今回痛いほど痛感した。
全てが上手く行くとは……歴史と寸分変わらぬとは、限らない。
サイトは怪我を負った。
ルイズにとって怪我の度合いは関係無い。
それが致命傷だろうとかすり傷だろうと同じ事。
今回、そんな許せない事態が発生したにも関わらず、サイトはシュヴァリエになれなかった。
それはつまり“再びなんらかの危険”を負う必要、可能性があることを示している。
(覚えていなさいマザリーニ卿、貴方はしてはいけないことをしたわ……!!)
ルイズの中に一つ、小さな、しかし決して弱くは無いドス黒い炎が静かに灯った。
が、
「ルイズ? 着替えなくていいのか?」
サイトに声をかけられたことによってルイズはその炎を胸の奥底へと仕舞い込む。
我に返った、いやサイト脳に返ったルイズはサイトへと微笑みを返した。
「ええ、いいのよ。私は“フリッグの舞踏会”に出ないから」
「えっ? 出ねぇの?なんでだよ?」
サイトはルイズの意外な発言に耳を疑った。
よくわからないが、今回やるのはダンスパーティらしくて、ご馳走も一杯出て、主役はルイズ達だと聞いている。
サイトも美味い物を食えると少し楽しみにしていたくらいだった。
「だって、出たってどうせ今まで私を馬鹿にしてた奴等が掌返したように近づいてくるのがオチよ、公爵家三女にしてシュヴァリエ、お近づきになっておけば後々の為になる、そんな汚い考え持った奴がうようよいる中に行く暇があったら私は……」
ルイズは、トン、と軽やかにサイトに近づいて両端のスカートの裾を掴んで持ち上げ、頭を下げた。
「こうやって、サイトと二人で居る方がいいわ」
頭を上げてサイトに微笑むルイズ。
サイトは気恥ずかしくなって視線をズラし頭を掻く。
ルイズは優しい笑みでそんなサイトの後ろ姿を見つめ……一転してサイトの背に背負われているデルフリンガーに厳しい視線を送った。
(本当、なんでしょうね……?)
デルフは『ビクッ』と刀身を振るわせながらも無言で素知らぬ風を貫き通していた。
普段のルイズならとっくにデルフにOSHIOKIしていてもおかしくない。
そんなルイズがデルフに手を出さないのには理由があった。
話はサイトの怪我を治した日に遡る。
***
「デルフ、貴方は一体何をしてたのよ」
ルイズは苛立ちながらデルフに詰め寄った。
サイトの怪我は治ったが、心配したルイズが睡眠薬をもらい、先にサイトには眠って貰っていた。
……デルフのOSHIOKI姿を見られない為、ともとれる行動ではあるが。
『よぉよぉ娘っ子、今回のはおめぇさんにも非があるんじゃねぇのか?』
だが、この日のデルフは珍しく言い訳どころか食ってかかってきた。
「それは認めるわデルフ、ええそうよ、私のせいでサイトは苦しんだのよッ!!」
歯を噛みしめ、ルイズは悔しそうに唸る。
その白く美しい指は握られ、震える程に握りしめられている。
普段、サイトが起きないように気を使うルイズにしては、稀に見るサイト就寝中の大声。
それほど、ルイズも悔しい思いをしていた。
「でもデルフ、百歩譲ってゴーレムの件を私一人の責任としても、“何でみすみす私からサイトを遠ざけた”の? それにあのモット伯って男、多分魔法でサイトを追い出したでしょう? でなきゃサイトがあんなに擦り傷を負っているわけが無いわ」
ギンッ!! とルイズは自身の姉並に目をつり上げ、デルフに詰問する。
『え? あ、えーとそれはだな……相棒があの貴族に酷く打ちのめされててよ』
「打ちのめされた?」
なんだそれは?
何があったのだ?
……いや、そんなことより。
「貴方、それを黙って見ていたわけ? 何のために貴方をやむなくサイトの傍に置いてると思ってるの? 本当なら二人きりがいいところをやむなく、本っ当にやむなく置いてあげているのよ」
ルイズの纏う空気が一瞬にして冷たい物へと変わる。
チリッ!! と触れれば焼けるのではないかという程の真逆の錯覚を伴いながら。
「やっぱり、OSHIOKIが必要かしら……」
ルイズがそう、無慈悲に告げた所で、
『ま、待て待て待て娘っ子!! いいのか? そんなことしちまってよ?』
「……どういう意味よ?」
デルフが“らしくない”ことを言い出した。
良くも悪くもこの剣は正直者である。
嘘を吐いたり、戯れ言で言い逃れようとするタイプではない。
それを知るルイズだからこそ、その物言いが少し気になった。
『俺様にまた“あれ”やろうってのか? それなら俺様にも考えがあるぜ? 今日の相棒が言ってた娘っ子への言葉、それを俺様は教えてやらねぇ』
カチカチと音を鳴らしながら喋るデルフリンガーの言葉に、ルイズは動きを止めた。
サイトが言ってた私への言葉?それって………………、
………………すごく気になる!!
決断は速かった。
***
かくして、ルイズはその話を聞こうとしたが、デルフはそう簡単には内容を話さなかった。
何でも、今までOSHIOKIされた恨みかららしい。
これからもうOSHIOKIしないのならば、教えてくれるとの約束だ。
今はその確認期間中のようなものだった。
ルイズは歯がみしながらも、しかしサイトが自分のことを何て言ってたのか知りたくてたまらない気持ちから、デルフへのOSHIOKIを自粛していた。
ただ、一つだけ教えて貰ったことがある。
(サイトは私に“感謝してる”か……うふふふふ、感謝してるのは私のほうなんだけど)
ルイズは口端が緩み、抑えきれない歓喜が体中に巡り、サイトは、自身の背後で急に肩を振るわせ始めたルイズに首を傾げていた。