第三十話【殺意】
ルイズは今日ほど自身の失態を痛快に感じた事はない。
本当はこうなる前に素早く決着を付けるはずだった。
気付いた時には遅すぎたのだ。
ルイズはサイトが横に居てくれる環境に酔いしいれていた。
その為目的の場所に着いたことにも気づかず、サイトに引かれるままとてとてと歩いていた。
なんて巧妙な罠。
サイトに夢中になっている間に事が進んでいるなんて。
ルイズがハッと自我を取り戻したのはサイトと二人で古ぼけた小屋に入る直前。
「ダメ!!」
反射的にサイトを引っ張り、視線を張り巡らせる。
が、何処を探しても“あの人物”がいない。
それに気付いた時には遅く、突然地面から大きなゴーレムが精製される。
……なんたる失態。
サイトに浮かれ、“計画”が若干狂ってしまった。
「ルイズ!!」
キュルケが叫びながら杖をゴーレムに向ける。
ルイズが狙われていると思い焦ったのだろう。
普段よりも素早くルーンを紡ぎキュルケは杖を振るった。
「フレイム!!」
微熱のキュルケ、その本文を発揮できる炎の属性を持つ彼女は、惜しむことなく精神力を魔法へと変換し、学友を助けようと試みるが杖より生まれる業火はゴーレムに命中したあと燃える事無く弾けた。
「嘘っ!?」
如何せん相手・相性が共に悪い。
土で精製された巨大なゴーレム。
それは燃えにくく、また全てを覆い尽くすには圧倒的に精神力と技能が足りない。
たとえ一流のメイジ、スクウェアクラスのメイジでも、“炎だけ”でこのゴーレムを相手にするのは骨が折れるだろう。
タバサもシュヴァリエと言えど、有効な技が思いつかないのか、魔法を出しあぐねていた。
対するゴーレムは、まずは近場の相手と見たのか、自身に有効な魔法を撃ってこないキュルケを無視し、ルイズとサイトを始末しようと襲って来た。
「ルイズ!!」
サイトはルイズを無理矢理抱えて跳んだ、いや飛んだ。
それは跳躍と言うにはやや長い滑空。
着地など考えない飛距離だけを目的としたそれはしかし、ゴーレムの拳を避ける事に成功する。
一歩遅ければ、あるいは着地などを考え普通の跳び方をしていれば、二人はぺしゃんこの二次元世界に旅立っていたに違いない。
『抜けっ、相棒!!』
サイトの背のデルフが、自から鞘を抜けだしてそう使い手であるサイトに告げる。
「こなくそっ!!」
サイトはデルフを抜き取り、構え、飛び出した。
***
「くっ!! 一体ゴーレムは何をやっているんだい!?」
遠目から自身の作り出したゴーレムを見つめ、舌打ちする眼鏡をかけた緑髪の女性が一人。
その女性の視線の先ではトライアングルスペルで作られたゴーレムが、たった一人の少年を倒せずにいる。
腕を振り回してはかわされ、切られ、再生して振り出しへ戻る。
ずっとそんな戦いを続けていた。
真に恐ろしきはその少年が“平民”であること。
いくら金髪の少年の練金魔法、ワルキューレが数体援護していると言っても、平民が魔法に立ち向かえるなど聞いたことが無い。
「いや、やっぱり“あの件”が本当なのかもしれないね」
女性は苛立たしげに唇を噛んだ。
「“ガンダールヴ”、まさかそんなものが実在するなんてね、生身でアタシのゴーレムと互角だなんてのを見たら信じざるを得ないじゃないか!!」
視線の先ではゴーレムをと斬り合い、ゴーレムの攻撃をかわす少年の姿。
明らかに物質質量はゴーレムの方が上なのに、その土塊を時に受け止め時に受け流すその様はまさに神業と言ってもいい。
「なんて規格外なんだい!! 今のアレをかわすとか一体あの子の体の構造はどうなってんだい!? ああもう!! さっさと“破壊の杖”の使い方を披露してくれれば良い物を!!」
自らが作り出したゴーレムがいいようにあしらわれているようで我慢がならないのだろう。
緑髪の女性、ルイズ達と一緒に来た筈のミス・ロングビルはイライラしながら戦況を見守る。
と、ふと気付いたように口端に笑みを浮かべた。
「フッ、この“怪盗フーケ”には相応しいやり方じゃないけれど貴族の子供だし、まぁいいか」
ミス・ロングビル、もといフーケの視線の先は先程とは打って変わり、ゴーレムと戦闘している少年ではなく、それを不安そうに見ている少年の主の少女に向けていた。
***
ルイズは気が気では無かった。
サイトが必死になって戦っている。
先程横薙ぎに腕を振るわれ、サイトが中空を舞った時などヒヤリとしたものだ。
だがサイトはそれにも冷静に対応していた。
デルフで衝撃を抑え、数メートルは飛ばされたであろうにそのような様子は微塵も感じさせない着地。
サイトはデルフの“使い方”を完全に把握していた。
これは恐らく、先のヴィリエとの一件、それが幸をそうしているのだろう。
彼自身の戦闘能力はいまだ低くとも、“ガンダールヴ”としての力は十分のようだ。
サイトは自分の何倍もの大きな相手に引けを取らなかった。
ルイズが不安で不安でたまらなくても今だ止めに入らないのは、そんなサイトがあまりにも真面目だったからだ。
舞うように動き、必死に立ち上がり、デルフを振り抜く。
そんな必死に動くサイトが格好良く、つい見とれてしまっていた。
普段のルイズならこんなサイトへの危険は即座に塵と化すのも厭わないのだが、つい、サイトを見ていたくなる。
あるいは、過去の“経験と記憶”が彼女の中で無意識に大丈夫と言っていたのかもしれない。
故に、周囲への警戒を怠っていた。
いや、全身全霊でサイトを見つめていたのだ。
皆無だったと言っていい。
それはある意味では慢心だったとも言えるかもしれない。
過去、大丈夫だったのだから今回も大丈夫。
そんなルイズにしかわからない根拠が、十年に一度あるかないか程に珍しく、彼女にサイトへの戦いを許可していた。
だから、ゴーレムが迫っているのも無視してサイトが急に自分の方に駆け寄ってくるのを見た時は、不思議に感じた。
「ルイズ!!」
サイトの叫び声。
そこでようやく気付く。
背後に何かの……いや、“無機物”の気配。
ばっと振り返ればそこにはサイトが戦っているゴーレムを小さくしたような……人と同じくらいの大きさの土ゴーレム。
そのさらに背後には案の定“あの女”がいた。
サイトを倒せない自らのゴーレムに痺れを切らしたのだろう。
─────だがそんなことよりも。
あんな大きなゴーレムを行使している上に別の魔法の行使。
並のメイジでは無理だろうがしかし、あの女ならば不可能では無いだろう。
─────だがそんなことよりも。
以前は破壊の杖が使われた後に出てきた筈だ。
今回、この段階で出てきた辺り他にも何か考えがあるのかもしれない。
─────だがそんなことよりも!!
「サイ───────」
目の前で起こっている現象が認められない。
「がふっ!!」
小さな、と言っても人の身の丈はあるゴーレムの硬い土塊でできた拳がサイトにめり込む。
私の目の前で。
「うっ……おえぇ……げほっ!!」
苦しそうに咳き込み、地に膝を付くサイトがいる。
ありえない。
ありえないありえない。
ありえないありえないありえない。
ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない!!
「ああああああああああああああああああああああっ!!!」
ルイズは喉が張り裂けんばかり、その声帯としての機能すらも壊しかねないような叫び声を上げた。
***
「ああああああああああああああああああああああっ!!!」
叫び声に次いでルイズはフーケに杖を向け、次の瞬間には……爆発。
「っ!?」
フーケは自身に魔法が向けられたものかと身構えたが、爆心地はルイズが立っ─────
「なっ!?」
それ以上考えている暇は無かった。
爆風に乗って文字通り飛んでくる桃色の少女。
いや、今の彼女に少女と言う呼び方は相応しくない。
その瞳は何も映さない深い漆黒一色で、自身の爆発によって生まれた自分の真っ赤な血を全身に纏い、“殺意”というものを隠そうとしない“鬼”だった。
表情は先程あらんばかりの声を叫んだ人間と同一人物とは思えない程の無表情、“虚無”そのもの。
だというのに、その様はまさに怒り狂った鬼神と呼ぶに相応しい。
爆風に乗って近寄ってくる彼女に、鬼気迫るようなオーラ感じたフーケは早くこの場を離脱しようとし、
「逃がさない」
足が爆発する。
足がまだ付いているかどうかなど考える間も無く、フーケは地べたに手を付き────ボムッ!!────さらに爆発が起こって、フーケの体は文字通り粉微塵と化した。
***
(冗談じゃない!!)
深い茂みを走る女性……フーケ。
彼女は生きていた。
いや、正確に言うならあそこにいたフーケは『練金』によってそっくりな形を象った偽物だった。
風のスクウェアスペルほどでは無いが、ただ見た目を欺くだけならば、それは“遍在”にも劣らぬほどの精巧さを誇っている。
今頃、ほんどの人間はあの場に残った土塊に唖然としているだろう。
(なんなんだいあの娘!!)
フーケは近寄ってきたルイズの瞳、言動に身震いする。
あまりの異常性。
彼女を魔法を使えない“ゼロ”だなどと蔑称している奴等はとんだ節穴だ。
今だってリアルに彼女の声が脳内にリピートされる。
「だから、逃がさないと言ったでしょうが」
「そう、そんな感じでリアルに……っ!?」
フーケがリアルに感じた声。
それは頭の中のリピート再生などでは決して無く。
コツン、と頭に杖を突きつけられ、次の瞬間には───────爆発が起こった。