第二話【初夜】
部屋に戻ったルイズは、サイトにこの世界のあらましについて説明していく。
魔法と魔法使い、メイジの存在する世界。
貴族という階級制度。
月は二つあること。
使い魔は主と一生を共にすること。
一度彼女は彼に説明した経験があったし、彼が何にどう驚いたのかもある程度は覚えていた。
声や仕草、顔を忘れても出来事や知識としての経験は忘れない。
十年間もあったのだ、彼が現れたときにどう説明するかなどある程度考えていた。
もっとも、自分が逆行者らしいなどというのは未だに誰にも言ってはいないしこれから先も言う気は無い。
そんな事は些末事でしかなく、大事なのはサイトと人生をやり直すことだとルイズは考えていた。
それと同時にわかる未来というのもどうかしようと思っていた。
未来を知るということは良い事ばかりではない。
なまじそれにばかり頼るとろくでもないことになるのでは、という危惧もあった。
だから、たとえ知っていたとしても、自分は全てのことを知らない振りで通す事に決めたのだ。
そして実はこうしたのにはもう一つ理由があった。
もし、この時間軸上で自分が大幅に今までと違うことをした時、サイトを召喚するということすら変わってしまうのではないか、そういう不安があった。
だからルイズはその不穏因子の為に今日まで以前とあまり変わらぬ生活をしてきたのだ。
その為周りからは屈辱的な“ゼロ”の称号を再び付けられたが、サイトと逢うためならば安い代償だと考えた。
だがここからの未来は違う。
たとえ変わろうと構わない。
知らない未来になろうと、知ったことではない。
“サイトが傍にいる”という条件さえクリアされているのであれば、ルイズは全く持って他の事に興味を見出せなかった。
恐らく、アンリエッタ姫とサイトのどちらかを選ばなければならない時が来たら、ルイズは躊躇無く彼を選ぶだろう。
彼女はそれだけの覚悟でこの十年を過ごしてきたのだ。
「へぇ、何か俺本当に異世界って所に来ちゃったんだ」
サイトはルイズの説明に納得した。
最初は疑っていたが、人が空を浮かんでいたことの説明や、夜になってから見た双月を見れば信じざるを得なくなっていた。
「で、使い魔ってのは具体的に何をすればいいんだ? 俺はその使い魔になっちゃったらしいけどたいしたことはできないぞ?」
「使い魔は普通、秘薬を探してきたり、主の交通の便の向上や特殊な利益を生むのと主を護るのが使命なんだけど……」
「ひ、秘薬? 何だそれ、悪いけど俺にはそんなのわからない。特殊な利益だって俺は何もできないし、護るって何か危ないこととかあるのか?」
「まぁ学院内にいれば“今は”安全よ、特殊な利益は大丈夫、サイトはきっちり特殊な利益を生んでるから」
「へっ?」
サイトは素っ頓狂な声を上げる。
身に覚えが無いし、何か変なことを期待されても困るというような顔だ。
「……サイトはね、私の傍にいてくれるだけでいいの」
ルイズはそんなサイトの手を取って彼を見つめ真面目な顔で言う。
「貴方は知らないでしょうけど私は貴方をずっと待ってたの、だから私は貴方が傍にしてくれるならそれでいい」
「俺が、君の傍に?」
「ええ、そして私だけを見て欲しい」
そんな彼女の真剣な眼差しは、現代日本とは別の明かり、ランプのメラメラ燃える炎によって時に暗く、時に明るく映る。
「よくわからないけど、俺は君「ルイズよ」……ルイズの傍にいればいいのか?」
「ええ、あとはそうね、貴族っていうのは本当にプライドの高い人たちで、まぁ私もそうなんだけど着替えやその他の雑務を使用人や使い魔にやらせるのよ」
「うへぇ、つまり俺がルイズの世話をするってことか」
「イヤ?」
「い、嫌じゃないけど、ほら、俺まだあんまりルイズのこと知らないし」
「まぁ、そうよね。ゆっくり行きましょう、まだ時間はあるもの。ああ、それと寝床と食事はきちんと私が用意するから安心して」
「あ、サンキュ」
話は滞りなく済んでいく。
「じゃあ今日はもう遅いし寝ましょうか」
ルイズはそう言うと制服を脱ぎだした。
「おわっ!?お前男のいる前で急に服脱ぐなよ!!」
「別に、サイトになら見られてもいいもの」
「はぁ?」
「なんでもない、そこの引き出しに寝巻きがあるの、取ってくれる?」
「これが世話の一環ってヤツか?」
「まぁ、そうなるわね」
「何か急に罪悪感が……」
「大丈夫、私がお願いしてるんだから」
サイトは若干ぶつぶつ言いながら引き出しから寝巻きのフリフリワンピースを取り出すとスケスケの下着のルイズの方を見ないように渡した。
「ほらよ」
「サイト、着せて」
「じ、自分で着ろよ!!」
「お願い。貴族は平民がいる前で自分では服を着ないように躾けられてるの」
「……ったく、わかったよ」
サイトはまさしく腫れ物でもあつかうかのようにルイズに頭から服を着せていく。
時折、柔らかい、とか、華奢だ、などと呟きながらもサイトは必死にやった。
必死にならないとおかしな感情が爆発しそうだった。
「……んっ」
腕を通してやり軽く下に伸ばして着替え完了。
「ありがとう、じゃあ寝ましょうか」
ルイズはベッドに腰掛ける。
「俺は何処で寝ればいいんだ?」
サイトは疑問符を浮かべた。
見たところこの部屋のベッドは大きな天蓋付きのベッドただ一つ。
中心にはテーブルと椅子、壁に張り付くようにしてタンスとクローゼット。
幾分隙間はあるが、余分なシーツが見当たらなければ“藁束”も無い。
寝袋のようなものがあれば助かる、そうサイトは思っていた。
「何言ってるの? ここにベッドがあるじゃない」
「え? ここって……これのこと?」
しかし返ってきた答えは予想の右斜め上。
サイトは今ルイズが腰掛けているベッドを指差して念の為に尋ねるが、
「ええ、そうよ」
即座に肯定される。
「じゃあルイズは何処で寝るんだよ」
「おかしなことを聞くのね、ここに決まってるじゃない」
「オレハドコデネルンダッケ?」
「だからここよ」
「ジャアルイズハ?」
サイトは未だシンジラレナーイとばかりにおかしな聞き方でルイズに聞きなおすが返ってくる言葉は同じ。
「い、いいのかよ!?」
「ええ、私はサイトを信じてるもの、それに……」
最後にゴニョゴニョと何か言ってルイズは、サイト一人分のスペースを空けながらベッドで横になる。
サイトは戸惑いながら、しかしやっぱりベッドに入り込む。
サイトだって年頃の男の子。
女の子への興味は津々だった。
ルイズはサイトがベッドに入ったことを確認すると指を鳴らす。
途端点いた時と同じようにランプの火は唐突に消えた。
「今のは魔法じゃないんだっけ?」
サイトが聞くと、
「ええ、あれはマジックアイテムよ。私は普通の魔法が使えないから」
ルイズが答える。
それはさっきと同じ質問と回答のようでいて違う。
お互いの体が密着するまでに近く、鼓動すら感じられる距離。
「おやすみなさい、サイト」
「あ、ああ、おやすみルイズ」
まだ少しぎこちない話し方のサイトは、何も気負って無いルイズを見て、
(何だよ、俺のこと男として見て無いのか?)
少し不満で、不安だった。
初めてキスした相手とその日のうちに同衾。
それもとびきりの美人。
胸は無いけど。
そんな彼女は無警戒に眠り始める。
そんなことじゃ、心無い男に騙されるぞ、そう思うサイトだった。
彼はルイズが小さく言ったゴニョゴニョを聞いていなかった。
正確には聞こえていなかった。
実は彼女は、決して無警戒なわけではないのだ。
─────サイトになら、“そういうこと”されても良いもの─────
あとがき
タイトル見て十八禁だと期待した人ごめんなさい。
多分僕に十八禁は書けないので、精々が十五禁抵触程度のエロがこれからも出てくると思ってください。