第二十話【契約】
「ル、ルイズ、あのさ」
トリステイン魔法学院のルイズの部屋に戻ってきてから、サイトは緊張した面持ちでルイズに声をかけた。
「何?どうしたの?」
「そ、その、今日は本当にありがとうな」
「そんなに何度もお礼を言われる程のことじゃないわよ?」
ルイズは微笑み、何でもないことのように軽く流す。
しかしサイトの緊張した面持ちは変わらない。
「え、えと、そのルイズ」
「何?さっきから落ち着かないみたいだけど何かあった?」
ルイズとしてもサイトの変調は気が気では無い。
もしも万が一、いや億が一、いやいや兆が一サイトに何かあったのならば適切な対処をしなければならない。
主にサイトが背負う剣に対して。
もう二度と、彼を失うのはごめんなのだから。
だが、そんなルイズの憂いも次の言葉で吹き飛んだ。
「その、良かったらこれもらってくれ。今日これを見てただろ?」
そう言ってサイトが出したのは特に装飾も何も無い金色のブレスレット。
確か今日、路商で販売していたものだ。
正確にはルイズは、スペースの関係からかこのブレスレットの中に陳列してあった指輪を見ていたのだが、そんなことこの瞬間の彼女には一切合切関係が無い。
サイトが自分にプレゼントを買いに行っていた。
それだけが事実。
「その、ギーシュに手伝ってもらって俺の世界のお金と交換して来たんだ。少ないかもしれないけど今までと今日のお礼を込めて受け取ってくれよ」
「あ、あああ、あああ……ど、どうしよう?サ、サイトが私にププ、プレゼン、プレゼントを買ってきてくれるなんて……!!」
ルイズは取り乱し、あたふたと部屋を行ったり来たりする。
予想外の外。
これっぽっちも思考の範疇には無かった。
故に喜びも一入で。
「と、とりあえず、これ、貰っていいの?」
ルイズは両手で震えながらサイトから金のブレスレットを受け取る。
装飾は無く、見た限りでは安物のような気がしないでも無いが、だからと言って今のコレには一億エキューよりも価値がある。
少なくともルイズにとってはそうだった。
「つけてみていい?」
「ああ」
サイトはそこまで喜ばれるとは思っていなかったのか、少し驚きながら頷いた。
ルイズはブレスレットをはめると、鏡を通して自分を見る。
今自分はサイトのプレゼントを身に纏っている。
……こんな幸せがあるだろうか!!
「ありがとうサイト。一生大事にする……いえ、家宝にするわ」
「い、いや何もそこまでしなくとも……」
サイトは少し大げさだなぁと笑いながら、しかし余りのルイズの喜び様に内心満足していた。
「女の子にプレゼントなんて初めてだったから緊張したよ」
つい漏らしたサイトの言葉。
それがルイズの喜びボルテージをさらに跳ね上げる。
今までに女の子にプレゼントを渡したことが無い、ということは恐らく、今までに女性との恋愛経験が無いということだ。
それはルイズの安堵出来る事柄の一つになる。
これで今日もまた安眠が出来る。
そう思ってルイズはベッドに座り、
「サイト、着替えをお願いしてもいい?」
今日は少し早いが就寝することにした。
「……む」
サイトはしばし悩み、しかしちゃんと着替えを手伝い出す。
だが、着替えが終わってから、幸福絶頂中のルイズにとって信じられない事態が起きた。
「なぁルイズ、考えたんだけどさ、今日からは別々に寝よう」
それはルイズに取って片腕をもがれるに等しい発言だった。
たった今貰ったブレスレットを嬉々として化粧台に置いた手が止まる。
もしかしたら聞き間違いかもしれない。
いや、そうであって欲しい。
「……サイト、今、なんて……?」
「今日からは一緒に寝るのを止めようと思うんだ、あんまりお互いに良くないんじゃないかと思って」
サイトは今朝思っていたことを口にすることにした。
「……どう、して」
おかしい。
そんなことあってはならない。
「やっぱり女の子がそう簡単に男と一緒に寝るのは問題あると思うんだ」
……納得がいかない。
“そんなこと”知らない。
「……私と寝るのが嫌なの?」
「いやだからそうじゃなくて、俺はお前を心配してだな」
「嘘、だってサイト私にまだなにもしてないじゃない」
「う、嘘じゃないって!!俺はお前を気にして……」
「私は気にしない。むしろサイトと一緒じゃないとヤダ」
取り付く島もない。
「け、けど……」
しかしサイトはどうにも割り切れない。
これは本当にルイズの為なのだ。
……半分は自分の理性を信じられないせいでもあるが。
しかし、だからこその事前の策なのに。
「何よ、何も問題無いじゃない。どうして急にそんなこと言い出すのよ?本当は私が嫌いなの?」
「いや、だから別に嫌いじゃないって」
「じゃあいいじゃない、私が一緒に寝ようって言ってるんだから何もサイトには問題無いわ」
「あ~もうっ!!どうなっても知らないぞ!!」
あまりのルイズのしつこさにサイトはとうとう折れた。
人、それをやけくそと呼ぶ。
しかし、やけくそというのは時と場合と相手を選ばなければならない。
「構わないわ、でもそうね、なら“契約”しましょう」
何故ならルイズがそんな事を言い出してしまうからだ。
「契約?」
「ええ、私は何があってもサイトと一緒に眠りたい。だからその為の契約」
「何をどうするんだ?」
サイトはルイズを見つめながら不思議そうにする。
「簡単よ、私は何があってもサイトと一緒に眠る、という約束をするだけ。もちろんそれはサイトに何をされても構わないということでもあるわ」
ルイズは不敵に笑うとすっとサイト近づく。
「別に正式な“ギアス”をかけたりするわけじゃないわ。私“まだ”魔法使えないもの。だから厳密な口約束だと思って」
サイトはごくりと唾を飲み込んで、
「それで?俺は何をするんだ?血判でも押すのか?」
「まさか」
そんなサイトを傷つける契約なんて却下よ、とルイズは言いながらサイトの背負うデルフを外し、壁に立てかける。
「本当に簡単な契約にしようと思うの。サイトも経験したことのある奴よ」
「俺?」
サイトはそう言われて思考を張り巡らせるが全く身に覚えが無い。
「なんだっけ?」
「すぐに思い出すわ」
ルイズは笑うとぐっとサイトに近づき―――――――唇を塞いだ。
「んっ!?」
まさか、と思った時にはサイトはルイズに抱きしめられて身動きが出来ない。
サイトは一瞬何が起こったのか理解出来ずに目を丸くし、気付いた時には自身の唇に奔るルイズの柔らかい感触にとろけそうになる。
ルイズは構わずサイトの口内に舌を入れ始めた。
だが無理な体勢がたたってルイズが転びそうになる。
それでもルイズはサイトの唇から離れる気が無いのか、夢中になって舌を絡めようとしていた。
サイトは咄嗟にルイズを抱きしめ返してルイズの転倒を防ぐ。
だが、ルイズは抱きしめ返された瞬間目をトロンとさせて全体重をサイトに預け始めた。
サイトは咄嗟に支えられず背中から倒れ……バフッ。
ベッドに二人で倒れ込む形になる。
もしかしたらルイズはそれを見越してデルフを外したのかもしれない。
だがそんな理性があったのかと疑いたくなるほど今のルイズはサイトと舌を絡める事に熱中していた。
取り憑かれたようにサイトの舌を舌で撫でる。
いつしかサイトもそれに呼応するようにやり返す。
そうされることで益々ルイズは目を、唇を、舌をとろけさせる。
……そうしてたっぷり十分は経っただろうか。
ようやくルイズが一度唇から離れた。
「サイト……思い出した?」
「あ、ああ、思い出した」
それはここに来てイキナリのこと。
“あれ”と同じ事をされたのだ。
いや、あの時より激しかったけど。
「そう、良かった……でも」
「でも?」
サイトのお腹に座るようにしているルイズは、暗い部屋で月光の光のみに照らされ、妖美ともとれる姿で、
「今日は舌を噛まなかったのね、私、少し噛まれたかったかも。もう舌の傷治っちゃったから」
そんなことを言う。
サイトは目の前がクラクラしだした。
なんだか口の中に残る甘い何か。
それをもう少し味わいたいような。
サイトとて健常な高校生。
そういうことに興味は津々、思春期まっさかりである。
そんなクラクラしているサイトにルイズは、
「さっきのは契約だったけど、これは違うから」
そう囁いて再び体を倒して唇を押しつけた。
***
「……ふふっ」
ルイズが笑う。
隣には腕枕をするようにして眠るサイト。
あれからサイトはほどなくして眠ってしまった。
ペロリと舌を出して自分の唇を嘗める。
……少しサイトの味がした。
「……もう一緒に寝ないなんて言っちゃダメなんだから」
ルイズはそう囁きながらサイトに抱きついて笑う。
しかし、ここで一瞬にして声色が変わった。
「ところでデルフ」
ビクゥッ!!
音も無しにそんな擬音が鳴ったような奇妙な感覚に囚われる。
『な、なんだ?貴族の娘っ子』
起きていたのか、はたまた起こされたのか、デルフリンガーは何処か怯えながら応えた。
「……報告しなさい」
ルイズはサイトと話してる時とは打って変わって淡々とした声で言う。
『ほ、報告って特にすることは……』
「無いの?本当に?誰か女が声をかけてきたとか、少し喧嘩したとか、ギーシュが馴れ馴れしかったとか」
『ああ、あの貴族の坊主か。あいつは中々に良い友達のようだぜ?貴族が平民にやる態度としては珍しいもんだ』
「そう……“やはり”ギーシュなのね……」
『お、おい?』
「他には?」
『と、特に何もねぇよ、言っただろ?何も無くて良かったって』
「そう」
ルイズはそれを聞き終わると一度短く言葉を切った。
デルフはそれに安堵し、
「じゃあOSHIOKIは一回分、武器屋で私がサイトに飛びつこうとしたのを邪魔した分ね」
次いで絶望する。
『お、おい!?待て娘っ子!!』
「黙りなさい、サイトが起きたらどうするつもり?」
『ちょ、ちょちょちょ……っ――――――――!!!!!!!!!!』
その晩、人無き声が泣き叫ぶ声が静かに木霊した。
ルイズはその声を聞きながら思考を張り巡らせる。
(ギーシュ、彼は危険だわ……)
ルイズの部屋の夜が明けるのはまだ少し先のようだ。
***
「んっ」
サイトはゆっくりと瞼を開いた。
朝日が窓から入ってくる。
今日も快晴のようだ。
ルイズはまだ眠っていた。
ルイズの小さい口から漏れる吐息がいやがおうにも昨晩の事を思い出させ、サイトに羞恥を思い出させる。
サイトは静かにベッドから降りると、数回屈伸運動をしてデルフを手に取った。
『……お、おう相棒か……ってぇことは今は朝か?俺は生きて朝日を拝めるってことか?』
「何言ってんだお前?」
サイトはそんなデルフを不思議そうにしながら背負う。
『俺にもいろいろあったんだよ、いろいろな。っと相棒、どっか行くのか?』
「ああ、ちょっとトイレ」
『嬢ちゃんに何も言わなくて良いのか?』
「まだ寝てるしすぐ戻ってくるから」
サイトはそう言ってルイズを気遣い部屋を後にし、トイレを終えた所で、
「やぁ、ルイズの使い魔君、久しぶりだね、呼び出す手間が省けて良かったよ」
見覚えのある少年に呼び止められた。