第十九話【二股】
「ねぇルイズ、どう思う?」
「うん、そうね」
「ねぇルイズ、これは?」
「うん、そうね」
「……ねぇルイズ、今日の天気は?」
「うん、そうね」
「…………ねぇルイズ、あれ、あそこにいるの貴方の使い魔じゃない?」
「うん、そうね……えっ!? ドコドコッ!?」
「………………」
モンモランシーは溜息を吐く。
今日のルイズは何を話しても上の空だし、使い魔の話をすればこれだ。
ルイズはあちこちに眼を血走らせている。
「どこよ? サイトは何処っ!?」
「冗談だってば」
「へ……冗談……?」
「そうよルイズ。何度話しかけてもずっと「うん、そうね」しか言わないんだもの。折角“私たち”でしか入れない所に来てるのに」
ルイズは冗談と言われ一気に脱力し、また落ち着かなくなる。
どうにもモンモランシーの話は半分程度しか聞いていないようだった。
「もう、貴方がそんなんじゃ全然決まらないじゃない!!」
モンモランシーは手に持つ“三角の絹地の何か”をくるくる回しながら膨れる。
「せっかく男共がいないんだから女の子の買い物しようと思ってたのに。そんなに彼が心配なの?」
「ええ、万が一、いえ億が一怪我でもして戻ってきたらあの“駄剣”を捻り潰すわ」
ルイズは黒いオーラを漂わせてイライラしている。
どうやら彼の話題はちゃんと聞いているらしい。
……全く、都合の良い耳だこと。
これでは買い物にならないではないか。
「気にしすぎよ、ギーシュもいるんだし」
「わかってないわねモンモランシー。“だから”心配なのよ。あの二人、異常に仲良かったじゃない?」
「そうかしら? 男の子ってあれくらいなものじゃないの?」
モンモランシーは別に男の友情などに詳しくは無いが、何となくあんな感じだろうとは思っていた。
だが、ルイズは懸念するように言う。
「いいえ、“前”は違ったもの。ギーシュはもしかしたらとんでもないダークホース、危険人物かもしれないわ」
「ルイズ? 貴方何を言っているの?」
モンモランシーはいまいちルイズの言っている事が呑み込めない。
“前”だの“危険”だの“ダークホース”だのとわけがわからない。
「まぁいいわ。今日はもう買い物は諦めて貴方にその彼の話でも聞こうかしら?」
モンモランシーは手に持つ真っ白なショーツを店の棚にしまう。
そう、ここはランジェリーショップだった。
男は入れない女だけの園。
この機会に可愛いと思う下着をルイズといろいろ話し合いたかったモンモランシーとしては少々拍子抜けだが、まぁ仕方がない。
「モンモランシー、まさか貴方……!?」
だがここで予想だにしない事態、ルイズが驚いた眼でモンモランシーを見つめ……否、睨み始める。
「貴方もサイトを狙う気?」
そんなことは許さないとばかりに語気を強めながらルイズはモンモランシーを睨み付ける。
「そ、そんなわけ無いでしょう? 私にはほら、ギーシュがいるんだし」
モンモランシーは慌てて手を振って弁解し、言ってから顔を赤らめて俯いた。
つい、言ってしまったという感じだろうか。
「……本当に? 今思えばサイトをあの生きる価値無しのヴィリエに傷つけられた時に運んでくれたのは貴方だったのよね、確か」
だがルイズは未だ疑いの眼差しを緩めない。
かといってモンモランシーとしてもこれ以上恥ずかしい言葉を吐くのは憚られるのか、
「ほ、本当だってば!!」
言葉数が少なくなる。
恥ずかしさの余りルイズの言った言葉や自分の言葉数のことなど気にしていない。
そうなると、益々ルイズの疑いは深くなり、
「……怪しい。本当に貴方と“ギーシュ”はサイトに興味が無いの?」
追求の手が強くなってきた。
「ちょっ? そこで何でギーシュの名前が出てくるのよ!?」
羞恥の余り、モンモランシーはギーシュの名を聞いただけで飛び上がる。
最も、今の質問の意味をきちんと理解していたわけではない。
そしてここにもう一人、たまたま居合わせた少女が“ギーシュ”という名前に反応した。
「えっ? ギーシュ様?」
ブラウンのロングヘアーにブラウンのマント。
トリスイテイン魔法学院一年、ケティ・ド・ラ・ロッタ、その人である。
***
ギーシュとサイトが待ち合わせ場所に着くと、そこでは三人の女性が口論していた。
「だからギーシュは私と付き合ってるの!!」
と長い金髪を縦にロールした美少女、モンモランシー。
「いいえ、ギーシュ様は私だけと仰って下さいました!!」
と、愛らしい顔をしたブラウンのマントを纏う下級生、ケティ。
「アンタ達本当にサイトに興味無いんでしょうね!?」
と、自身の使い魔を心から案ずる桃色の髪の小柄な美少女、公爵家が三女、ルイズ。
若干一名、微妙に……いや結構ずれた話題をしているが、それは確かに口論だった。
「だから興味ないって言ってるでしょ!?」
「聞く限り私は昼間ぶつかっただけです!!」
「そんなこと言って、サイトとギーシュの仲が良すぎるのもあなた達のせいね!?」
段々と話が混沌化していっている。
元の話すら想像がつかない。
「何だアレ……? おい、ギーシュ?どうしたんだ。顔が青いぞ?」
「い、いやサイト、僕は急用で先に帰ったと言ってもらえないかな?」
ギーシュは脂汗を滝のように流してそうサイトにお願いする……が。
「……サイトの匂いがする……あ、サイト!! ……とギーシュ」
サイトがいることを匂い?で気付いたルイズが二人に声をかける。
「おう、間に合った、よな?」
「ん、遅いわ。あと五分しか無いじゃない。ダメよ、せめて三十分前には再会したかったわ」
ルイズがサイトに抱きつくようにして飛び込み、サイトの無事を確認する。
「いや、それじゃ半分しか時間取れないし……」
サイトは渇いた笑いをしながら頬を掻いた。
「で、大丈夫? 怪我は無い?」
「怪我? ああ、大丈夫だよ。心配しすぎだってルイズは。なぁデルフ」
『おぅよ!! 俺様がいる限り相棒には傷一つ負わせられねぇぜ!! ………………俺様の為にもな……はぁ、本当良かった、何にも起きなくて本当によかったぜ相棒……』
どことなく哀愁漂うように言うデルフもまた大げさだなぁとサイトは思いながら、若干見知った顔を見て驚く。
「あれ? 君はもしかして昼前にぶつかった子?」
「あ、はい。ケティ・ド・ラ・ロッタと言います」
言われた少女、ケティは相手が平民の使い魔であることを知りながらも、丁寧に挨拶する。
「俺は平賀才人、サイトって呼んでくれ」
「サイトはああいう子が可愛いって思うの? ねぇどうなの? 私より可愛いって思うの?」
途端、ルイズは少し焦ったようにあの時のサイトの言葉を引っ張り出した。
「か、可愛い? ですか?」
サイトがルイズにたじろぎ、ルイズは真剣にサイトを見つめ、言われたケティは照れる。
そんな一件無茶苦茶なトークを繰り広げる中、足早にその場を去ろうとしたギーシュは、
「何処行くの、ギーシュ?」
襟首を金髪の美少女に掴まれた。
「や、やぁモンモランシー!! 何をいってるんだい? HAHAHAHAHA……」
「ハハハハハ……じゃないわよ、いえHAHAHAHAHA、かしら? まぁそんなことはどうでもいいのよ。これはどういうこと?」
「こ、これ、とは?」
ギーシュの手に持つ薔薇が震える。
「惚ける気? あのケティっていう下級生のことよ。ま・さ・か二股かけてたりしないわよね?」
「い、嫌だなぁモンモランシー!! そんなわけ無いじゃないか!!」
ギーシュは冷や汗を掻きながらモンモランシーにそう取り繕うが、
「酷いですわギーシュ様!! 私だけっておっしゃってましたのに!!」
モンモランシーとギーシュの会話に気付いたケティが入り込んでくる。
「ああ、これは違うんだケティ!! まずは誤解をだね」
「誤解? これが誤解だっていうのギーシュ?」
「モ、モンモランシー、落ち着いてくれ、お願いだからその薔薇のような唇を膨らませないでおくれ」
「その言い訳、前にも聞いたわね」
「ギーシュ様!!」
「ギーシュ!!」
ギーシュは詰めよられ、脂汗を流しながら、弁解する。
「お、落ち着いてくれ二人とも。僕は崇高なる貴族として美しい女性に近づきこんなことに……本当にそんなつもりは無かったんだ!!」
「「そんなつもりってどっちのこと?」」
二人は追求の手を弛めない。
「っ!! サ、サイト?君からも何か言って……何をやっているんだい君たち?」
耐えられなくなったギーシュは、助けを求めてサイトに声をかけるが、彼の見たものは、
「ねぇどうなのサイト?」
「い、いや別に俺は一般論を言ったのであって」
「本当にそうなの?」
「あ、ああ」
「絶対ね?」
「あ、ああ絶対だ」
「絶対の絶対ね?」
「絶対の絶対だって」
「絶対の絶対の絶対……」
「絶対の絶対の絶対……」
以下無限ループである。
目ではサイトもギーシュに助けを求めている。
ギーシュも助けて欲しいのはこちらだとアイコンタクト。
「ちょっと何処見てるのギーシュ!!」
「ギーシュ様最低!!」
しかし痺れを切らした二人に掴みかかられ、ギーシュは、
パァン!!
パァン!!
両頬に真っ赤な紅葉を作るハメになった。
「トホホ……」
この張り手の跡がこの後中々消えず、ギーシュの“最初の”英雄伝説は夏休みを待たずして消えることとなる。
***
トリステイン魔法学院ヴェストリの広場。
今日は虚無の曜日だというのに熱心に魔法を教えて貰っている生徒がここにいた。
「良し、そうだ。私がサポートすればお前のクラス、精神力でも可能なハズだ」
若くしてスクウェアの領域に達したメイジ、“疾風”のギトーが先日自らに教えを請いに来た生徒、ヴィリエ・ド・ロレーヌにそこで“特別授業”をしていた。
ヴィリエは汗を流しながらスペルを“ギトーと同時に紡ぎ”自らの精神力を魔法へと変換させる。
「いいぞ、本来お前ではまだ手の届かない高みの魔法、それを今お前は行使しようとしている!!」
ギトーがヴィリエを誉めながら魔法の成功を促すようにスペルを紡ぐ。
「“風”が最強……その所以の一つと言ってもいいこの魔法、お前はまだ“ライン”だが私が“ラインスペル”を使う事によってお前は“これ”を実際に扱うことが出来る……!!」
辺りには風が散らばっては収束し、そこにある筈の風が無くなり、無い筈の所に風が生まれる。
「今は一人で使う事の出来ない魔法に触れるというのは良い経験になるだろう。いいかヴィリエ、これが……」
―――――――スクウェアスペルだ。
辺りには風が吹いて、しかし風を感じない。
そこかしこに“ある”のに“無い”
魔法を完成させたヴィリエは、額に汗を流しながら口端をつり上げた。