第一話【再逢】
とうとうこの日が来た。
この十年、本当に長かった。
この日の為にいろいろ考え、準備もしてきた。
「五つの力を司るペンタゴン」
学院に入ってからの一年は、この部屋に一人でいるだけで何百倍もの時間を感じた。
「我の定めに従いし」
でもそれも今日で終わる。
「使い魔を召喚せよ」
私は今日、二十六年ぶりに彼と再会できるのだ。
***
少年、平賀才人は歩いていた。
場所は秋葉原。
サイトは普通のジーンズに青と白のパーカーを着て、脇には折りたたまれたノートパソコンを持っている。
三日前の晩、というか朝(夜中の三時)に使用していたノートパソコンが急にフリーズしてしまい、電源がつかなくなった。
もう大分古くなってきていたし予兆はあったのだが、まだ見たい動画が残っていたので無性に腹が立った。
殆ど寝ずにバラしてみたがわからず、気付けば朝も十時を回っており、その日はやむなく電気屋に駆け込む事にした。
そして今日、修理完了の旨を電話で受け、マイノートパソコンを受け取りに来たのだ。
「ふわぁぁ……」
脇にノートパソコンを抱えたサイトは眠い目を擦り欠伸をする。
昨日の晩は動画の代わりにビデオを久しぶりに長い間見ていて万年睡眠不足は現在も進行中だ。
母親がパソコンの無い時くらい早寝しなさいと怒っていたが、日付変更前に寝たら若者として負けだと思ってる。
しかし、実際めちゃくちゃ眠い。
負けという舌の根も乾かぬうちに今日は久しぶりに早寝しようか、そう思ってまた大きな欠伸をし、反動で目を閉じ、また開いた時、景色は一変した。
「は……?」
周りは電気街などではなくよくわからない何か。
上も下も右も左もなく、暗いのか明るいのかもわからない。
全ての常識が突如として消え去ってしまった。
サイトは与り知らないことだったが、サイトがたまたま欠伸で目を閉じた時、目の前には奇妙な“鏡のようなもの”が現れサイトはそれに気付くことなく足を踏み入れていた。
「何だよここ? 一体どうしちまったんだ!?」
突然の異変にサイトが取り乱した時、急に景色が“認識できる”ものとして変わった。
─────サイト─────
名前も知らない誰かが、自分を呼ぶような声が聞こえた。
***
ボムッ!!
辺りには突如白煙が舞う。
「うわっ!?」
「げほっげほっ!! やっぱり失敗したなゼロのルイズ!!」
たくさんいる魔法学院の生徒達は口々に一人の少女を罵る。
だが、その少女はそんな彼女に向けられた罵詈雑言など耳にしていなかった。
(お願い……!!)
煙の中央にムクリと黒い影が生まれる。
「おい、何かいないかあそこ」
生徒の一人がそれに気付く。
「!!」
ルイズはそれを聞くや否や弾けるように飛び出した。
未だ晴れぬ白煙。
誰かが風の魔法で煙を吹き飛ばしていくがそれよりも早く、ルイズは影本人の前に立っていた。
そこには、色褪せて消えたはずの映像が、モノクロからカラー、立体へと像を結ぶように戻っていき、その目に懐かしい人を映し出した。
彼女の小振りな胸に実に二十余年ぶりの感動が押し寄せる。
いても経ってもいられずルイズはそこにいた少年を抱きしめた。
「へっ!? な、何だ!?」
少年は急なことで驚くが、嗅いだことの無い、しかし女性のそれだとわかる匂いを感じて戸惑いながらも暴れるような真似はしなかった。
そうして煙が晴れたとき、生徒達は目を丸くしている少年に抱きついている同級生ルイズを発見する。
「何だ? ルイズが平民に抱きついてるぞ?」
「ルイズってば魔法が使えないからってそこらへんの平民を捕まえてきたのかよ」
口々に罵るような言葉を浴びせかけるが、彼女は動じない。
ルイズはゆっくりと離れ、未だ戸惑っている少年、青と白のパーカーを着込んだ先ほどまで秋葉原にいた平賀才人を優しく見つめた。
二十六年ぶりの再会。
一方は恐らくそれを知らず、一方は恋焦がれ待ち続けた。
そんな、まだ噛み合う前の歯車のような二人に、
「ミス・ヴァリエール、召喚はできたようだね、見たところ彼は平民のようだがこれは伝統ある儀式。コントラクト・サーヴァントを済ませなさい」
頭の頭頂部が禿げ上がった先生、ジャン・コルベール先生がルイズに促した。
「はい、ミスタ・コルベール」
それにルイズは意義を唱えることなく返し、サイトに近寄っていく。
スペルを一通り唱え終わるとルイズは一言、
「ごめんね」
「えっ!? うむっ!?」
そう言ってサイトの唇に自らのそれを押し当てた。
サイトは驚き目を見開く。
突如わけのわからないところに連れてこられ、目の前に長い桃色の髪の可愛い女の子がいるかと思ったら抱きしめられ、謝られ、キスされている。
友人に言ったら「それ何てエロゲ?」とか聞かれそうだ。
彼女は目を閉じてサイトにキスをしたままじっとしている。
どことなく頬が赤い。
自分も目を閉じた方がいいのかな、なんて場違い?な事を考えたサイトは次の瞬間驚愕する。
「んっ!?」
舌だ。
目の前の可愛い少女は口の中に舌を入れ絡めてきたのだ。
気付けばいつの間にか頭はホールドされ逃げられない。
離さないとばかりに強く、しかし優しい手つきで掴まれ濃厚なディープキス。
平賀才人十七歳。
ファーストキスは突然のディープキスであった。
というかもう、なんていうか蕩けそうだ。
口の中に入ってくる小さい舌は目の前の彼女を体現するように可愛らしくも拙い動きでサイトの口腔内を撫で回す。
サイトは未だ感じたことの無いその感覚に背筋をゾクゾクさせながら出来心で自らも相手の舌を絡めるように舌を動かした。
途端、彼女の目は見開いた。
(やばっ!? 怒らせた!?)
焦るサイトだが、次の瞬間目の前の彼女は目をトロンとさせて行為を続ける。
ワケがわからないサイトだが、この感じたことの無い感触をまだ味わいたいと流れに身を任せようとして、
「っ!!」
左手の甲に熱い痛みを感じて相手の舌を噛んでしまった。
「あ、ごめ、熱っ!!」
唇を無理矢理離し、謝ろうとして左手の甲にハンダゴテでも押し付けられているかのような熱い痛みで唸りながら身を屈める。
左手を見ればわけのわからない文字が浮かび上がっていった。
「ふむ、コントラクト・サーヴァントは無事終了ですな、しかしミス・ヴァリエール、契約するのにあそこまでの濃厚なキスはいらないのですぞ?」
「はい、知ってます」
「で、では何故あそこまで……」
「これから私の使い魔になる彼に親愛を示すのがそんなにおかしいですか?」
「む……これは失言でしたかな、まぁ人それぞれで確かにそこは言うべき点というほどでもありませんな、いやミス・ヴァリエール失礼しました」
「いえ、気にしてませんミスタ・コルベール」
サイトから見て禿げ上がった頭の人と先ほどずっとキスしていた女の子がなにやら話しているうちに、サイトの痛みと熱さがようやく収まった。
「うん? あまり見たことの無いルーンだが……おっと!? もうこんな時間か。さて皆さん!! 今日の儀式は終了です!! 各自学院に戻ってください、今日は使い魔とできるだけ親睦を深めるように!!」
そう禿げた頭の男、コルベールと呼ばれた人が言うと、彼を含めそこにいた人たちが浮きあがり次々と飛んでいく。
その様をサイトはポカンとしながら見ていた。
想像を超えるファンタジーを垣間見て脳に思考が追いついていないようだ。
「さて、行きましょうか」
ルイズは目の前の少年に微笑み手を差し伸べる。
「あ、えっと、ごめん、君は?」
サイトは戸惑いながら手をとる前に尋ねる。
ルイズは若干寂しそうな顔をしてから、
「私はここ、トリステイン魔法学院二年、公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、宜しくね」
「あ、俺は平賀才人、宜しく」
「ええサイト、私はずっと貴方を待っていた」
そう言ってルイズはとびきりの笑顔で微笑む。
サイトは顔が赤くなった。
先ほど、自分はこんな可愛い娘とキスをしていたのかと思うと恥ずかしくなる。
「貴方はまだ状況がわからないでしょうしとりあえず私の部屋に行きましょうか、そこでいろいろ説明するわ」
そんなサイトの心情を知ってか知らずか、ルイズは場所の移動を促した。
と、そこに、
「はぁ~いルイズ、あんたサモン・サーヴァントだけは自信があるって言ってたけどどんな使い魔を召喚したの?」
「キュルケ!!」
炎のように真っ赤な長い髪をした少女と、寡黙な青い髪をした眼鏡の少女が“浮かびながら”近寄ってきた。
「って何よ、平民じゃない。散々自信あるって言っておいてコレ? 拍子抜けというか笑っちゃうというか」
「キュルケ、貴方はサイトの良さが全然わからないみたいね、まぁそのほうが私的には都合がいいけど」
ルイズは慌ててサイトを自身の方に引っ張り腕を絡ませて取られないようにと過剰に反応する。
「あらまぁ、あの“ゼロのルイズ”が随分とその平民を買ってるのね」
「当然よ、私は最高の召喚をしたわ」
「ふぅん、まぁいいわ」
キュルケはしばしサイトを見つめると、すぐに「行きましょタバサ」と言って学院の方へと飛んでいく。
タバサと呼ばれた青髪の少女はコクリと頷くとキュルケの後を追うように学院へと飛んでいった。
それを見届けてから、ようやく安心したようにルイズはサイトを離す。
「それじゃあ私達も行きましょうか」
ルイズは先ほどキュルケとかいう女性に見せた鬼のような形相から一転、天使のような微笑でサイトに向き直る。
「あ、えと、ああ」
その急すぎる変化に戸惑いながらサイトは桃色の髪の女の子についていった。