第十八話【交換】
「……何だ今の?」
サイトは突如聞こえた謎の声に辺りを見回した。
しかし、ここには店主のオヤヂとルイズ、そして自分しかいない。
だというのに、
『こりゃおでれーた、使い手にまた出会えるとはよ!!』
耳には第三者の声が聞こえる。
『おい? どうした? なんとか言えよ、コラ、無視すんな!!』
手元でカチカチ音が鳴りながら、声は決して止まらない。
ん? 手元でカチカチ音が鳴る?
サイトは自分の手にあるルイズから渡された剣を見る。
『おう、やっとこっち見やがったか、おめぇさん使い手だな?』
「……剣が、喋った?」
サイトは目を見開く。
何せ、剣が喋ったのだ。
***
「インテリジェンスソードって言うの、そういうの」
「へぇ」
店を出てからルイズは説明をしだす。
「きっとそいつはサイトの力になってくれるわ……というかならなかったら……折るわ」
『ま、まかせときな貴族の娘っ子!! 相棒は俺がいれば大丈夫だ!!』
デルフリンガーと名乗ったその剣は、先程何故か怒り気味のルイズに、
────────折るわよ
と言われてからやたらとルイズに従順になった。
その程度でこの活きの良い剣が怯えるような気はしないのだが、
『なんだおめぇその“とんでもねぇ量”は!? 普通十年、いや百年溜めたってそんなにはならねぇぞ!?』
とかなんとかデルフがサイトの理解出来ないことを言った後、ルイズが店の隅にデルフを持って行き、ボソボソと何か呟くと途端に大人しく従順になった。
どうやら、ルイズはサイトにはわからない“何か”がとんでもなく莫大にあるらしい。
あと何か吹き込まれた?らしい。
とにかくそれでデルフリンガーは怯えるように大人しくなったものの、同時に歓喜もあるようだった。
『良い使い手と主人に当たったなぁ……アハハハ……』
と、時々口? を開く。
どこかおかしな剣だが、そこが面白く、まともな話相手がルイズしかいなかったサイトにとっては、男? のような喋り方をするデルフリンガーは特にありがたかったのであまり深くは気にしない事にした。
「さて、それじゃあ食事にでもしましょう」
ルイズが促すようにして一つの食堂を指差す。
太陽は丁度真上に昇っていた。
ここがサイトの認識と大して変わらない星ならば、今は正午近く。
気付けばお腹もペコペコだった。
「でも良いのか? 剣買うのに結構使っただろ?」
サイトは、ルイズが自分の買い物もせずにただサイトの為だけの買い物をしたことに申し訳なさを感じていた。
自分の治療のためにお金を使いすぎてしまったから、ルイズの自由なお金が無く、欲しかったであろう服やブレスレットが買えなかったに違いない。
そんな少女からたかるように昼食まで奢ってもらってはたして良いものか。
「何? 気にしてるの? 大丈夫、昼食代くらいちゃんと取ってあるわよ」
しかしルイズは飄々としていて、全く気にしていない。
サイトは、そんなルイズにどうしていいかわからず、一度意識してしまった空腹が収まる気配も無いので、やむなくご馳走になることにした。
***
ルイズが決めたレストランに入り、席まで案内されると、偶然にも隣のテーブルには知った顔がいた。
「あれ? サイトとルイズじゃないか」
それは金髪の少年、“青銅”のギーシュと、
「あら本当、奇遇ね」
金髪縦ロール少女、“香水”のモンモランシーだった。
「もうすっかりいいようだねサイト」
「ああ、おかげさまで」
既に気の置けない仲のように話す二人。
「どうだい、これも何かの縁だ、相席にしないかい?」
ギーシュのその提案で、サイトは喜んで、ルイズは渋々席に着いた。
「けど、君も随分と危ない状況からよく回復したものだよ」
「いや、実際全然意識無かったから実感無いんだよなぁ、気付いたらほとんど痛み無かったし」
「そうか、それは逆に良かったかもしれないね。熱も酷かったようだし、意識があったら大変だったと思うよ」
「そんなものかなぁ」
「そんなものさ、ああそうそう、最近学院ではだね……」
食事が来るまでの間、ギーシュはずっとサイトと話をしていた。
サイトも、この世界での初めての男友達というのもあって、楽しそうに話をしていた。
よくある日常の一コマ。
仲の良い男友達同士の他愛ない世間話。
……それを、快く思わない者がいるなど、この時“彼女”意外に誰が想像しただろう。
***
「あー食べた食べた、ルイズ、ご馳走様」
食事を終えて、サイトはルイズにお礼を言う。
食事が来てからは、流石にサイトもギーシュとの会話を止めた。
ルイズはその期を逃さず、自身が何か食べては、
「サイト、これ美味しいわよ」
「サイト、それちょっと頂戴」
「サイト、そこのそれ取って」
「サイト、これどう思う?」
等とタイミング良く話しかけ続けていた。
まるで言葉の防壁を思わせる他者の介入を許さない会話。
「君たちはこれからどうするんだい?」
しばらくしてからギーシュが食事が終わるのを見計らって切り出してきた。
それは幾分入りづらい空気が緩和されてきた頃合いでもあった。
その声に、ルイズがジロリとギーシュに視線を返すが、ギーシュはそんなルイズの頭の後ろの方で動くブラウンを見た。
見覚えのあるブラウン。
髪がブラウン。
着ているマントもブラウン。
……嫌な予感がする。
「ど、どうだろう? ここは一度男性と女性陣に分かれて少し行動してみないかい?」
ギーシュは何かやましいことでもあるのか、背中にびっしりと冷や汗を掻き、そんな提案をする。
「却下よ」
だが、その提案はルイズにあっけなく却下される。
ルイズとしては、これ以上サイトをギーシュに近づけたくないようだった。
しかし、
「え? 俺は良いと思うけど」
サイトが乗り気になってしまった。
いや、どちらかというと、それを喜んですらいるようだった。
ルイズの心境が複雑になる。
相手は男性、それもこの前サイトを助けてくれた知人。
だとしても、長く自分の目の届かない所にサイトを行かせたくなかった。
また……知らないうちに帰らぬ人になるのではないかという恐怖。
それがルイズの判断を迷わせる。
「あら? 良いんじゃない? 私もルイズと買い物ってしてみたかったの。ルイズ、結構センス良いのよね」
しかし、ここでモンモランシーの賛同の声が上がる。
これで立場は三対一。
ルイズは明らかに不利だった。
「……わかったわサイト、一時間だけよ? あ、でもその前にちょっとデルフ貸して」
ルイズは本当に搾り出すように渋々と認め、一時間という制約まで付けて、さらにデルフを少し借りた。
ルイズは錆びた剣にその瑞々しい薄い桃色の唇を近づけ、ボソボソと呟く。
……自分からは動けぬハズの剣が、震えた気がした。
***
「……助かった、しかし何でこの広い街で二度も会いそうになるんだ……?」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いや別に何でもないさ」
男二人になったサイトとギーシュは、狭い通りを肩を並べて歩いていた。
「それで、ギーシュの目的は? 何か買い物とかあるのか?」
「いや、特には無いさ」
「? おかしな奴だな、だったら何で俺と何処か行こうとしたんだ?」
「そ、それは……」
ギーシュがたじろぎ、視線を彷徨わせ、
「まぁいいや」
案外早くに矛を収めたサイトに内心ほっとしながらも、なら聞かないでくれたまえ、と思う。
「じゃあちょっと俺の用事に付き合ってくれよ」
「君の用事? 別に構わないが」
「助かった、何かルイズには頼みづらくてさ」
「僕なら頼みやすいというのかい? 心外だなそれは。まぁそれはいいさ、で、なんなんだい用事というのは?」
聞かれたサイトは、自身のジーンズのポケットから財布を取り出すと、
「ここいらで“日本円”が使えるお店、もしくは換金所って無いのか?」
そう尋ねた。
「ニホンエン? 何だいそれは? それに換金所って両替でもしてもらうのかい?」
「いや、俺この世界のお金持って無いんだ、だから俺の世界のお金と換金して、と思ったんだけど」
「ふむ、よく意味はわからないが、それなら一つ良いところ知っているから教えてあげよう」
ギーシュは、サイトの言葉に得心こそいかないものの、サイトの意は汲み取り、足を向ける。
狭い通りを歩いて数分。
サイトが見覚えのある場所だと思いながら歩いていると、辿り着いたのはサイトがルイズと一緒に午前中に見た路商だった。
「ここ?」
サイトが不思議そうに尋ねる。
「ああ、実はここのおじさんは質屋も兼ねてるんだ。ほら、ここにあるものは一品ものばかりだろう? この人に売りに来た物をこのおじさんが売っているのさ」
「へぇ」
サイトは意外そうに頷く。
リサイクルショップみたいなものだろうか。
そんな人がいるのも驚きだが、それを貴族のギーシュが知っているのも驚きだ。
「詳しいんだな」
「まぁね、この人は我がグラモン家と少し馴染みなんだ」
「あ、坊ちゃん、いらっしゃい!!」
向こうがこちらに気付いたようで、挨拶してくる。
「やぁ、調子はどうだい?」
「はい、おかげさまで何とかやっていけてます」
「そうか、それは何よりだ。今日はちょっと頼みたいことがあってね」
「はい、何でしょう?」
「彼の持ち物を買って貰いたいんだ」
ギーシュがサイトを紹介する。
「これはまた変わったお召しものをされてる方ですね」
おじさんは不思議そうに首を傾げる。
この世界にはパーカーは無いらしい。
「あ、あの、交換でも良いんですけど、これってここではどれぐらいの価値ですか?」
サイトは、少し気後れしながら財布から千円札を出した。
「何かの紙っきれですか? ……なんなんですこれ!?」
最初、興味なさそうに受け取ったおじさんは、しかし千円札の手触り、精巧なその印刷物に目を引かれる。
「真ん中に何か書かれてる……これは……人?」
「あ、それは“透かし”と言って俺の国の偉人を特別な方法で印刷してるんです。俺の国、というか世界ではそうやって過去の偉人をお金、紙幣に印刷するならわしみたいなのがあって……」
「ほう、大変興味深い話だね。よし、気に入った。交換でもいいと言ったね? 何が欲しいんだい?」
「えっと……良かった、まだあった」
サイトは一つのブレスレットを選ぶ。
装飾は無く、しかしスマートさを感じさせる金のブレスレット。
昼前に見た、“あの”ブレスレットだ。
「それでいいのかい?」
「はい、これで」
「よし、なら交換成立だ」
「ありがとうございます!!」
サイトは頭を下げてお礼を言う。
「おじさん、それはただのブレスレットなのかい?」
「どうだろうねぇ、“ディテクトマジック”をかけても反応しないし、マジックアイテムという触れ込みで仕入れたものだけど、使い方もわからないし装飾も無い。正直言って私としても困っていたものだったんだ」
「そんなもので本当に良いのかいサイト?」
ギーシュは少し呆れ、サイトに念押しの確認をする。
「ああ、これが良いんだ」
サイトはそう頷き、
「そろそろ一時間経つしルイズ達と合流しようぜ」
足早に集合場所へ向かう。
「まぁ君が良いなら良いさ、わかったよ」
ギーシュはそう答えて、集合場所へと向かい出した。