第十七話【買物】
「サイト、これ似合う?」
街に着いてすでに一時間。
ルイズとサイトは洋服屋に顔を出していた。
ルイズがいろんな洋服を着てはサイトに感想を求める。
「ああ、いいんじゃないか」
サイトは当たり障りの無い返事を返しながらも、内心で本当にそう思う。
ルイズが今着たのはピンクでひらひらの長いドレスだった。
ヒラヒラは多いが派手というほどでも無く、むしろ小柄さが上手くその服の可愛さを強調している。
「ルイズは何を着ても似合うな」
つい、調子に乗って本音を述べる。
するとルイズは赤くなって喜び、次の服を試着しだすのだ。
(まるで、デートみたいだ)
そう思うサイトの頬も、少し緩む。
なんだかんだと言っても可愛い女の子との買い物は、“デートまがい”といえど楽しい。
だが、不思議な事にルイズはいくら褒められてもその服を買おうとはしなかった。
それがサイトには気になった。
「なぁ、買わないのか?」
「え? えっと、うん……今日の目的は別にあるから」
ルイズははにかみ、しかし申し訳なさそうにそう答える。
先程などは、このトリスタニアで今一番流行っている服というのをえらく気に入っていたようだが、それも結局試着のみにとどめている。
ルイズの性格からして、褒められた服は買っても良さそうなものなのだが。
案外、財布の紐は硬いのかもしれない。
サイトはそう思い、深く追求せずにルイズに着いて行く。
二人は服屋を出て幅が狭い通りを歩く。
ここはこのトリステイン王国一番の都市だということだが、何分通路幅が狭い。
道行く人に何度もぶつかりながら前へと進む。
歩き難いことこの上無いが、文句を言ったところでどうにもならない。
と、そんなただでさえ狭い通路で路商を営むおじさんがいた。
いかにも女の子が好みそうな小物がたくさん置いてある。
こちらにもキーホルダーのようなものはあるらしい。
他にも、首輪や指輪、ブレスレットなどが置いてあった。
何人かの通行者は立ち止まって見ては歩き出し、何人かは買って行く。
ルイズも商品が目に入って気になったのか、少し立ち止まって見始めた。
少女が好みそうなものばっかりのせいか、ルイズも心持ち楽しそうに見回している。
と、そんな彼女の視線が一箇所に固定された。
品物はほとんどが一品物のようで、乱雑に置いてあるがどれも中々の品物であるのは見て取れる。
その中でもルイズが今見てるのは腕輪……ブレスレットだろうか。
いや、それとも腕輪の中に陳列してある二つの小さな指輪の方だろうか。
でも見た感じ指輪は二つで一セットもののようなので、カップル用の品物だろう。
そうなるとやはりブレスレットが濃厚か。
金色の飾り気に欠けるブレスレット。
しかし、それゆえスマートで飾らない可愛さを持っている。
これは……ルイズに似合う、そんな気がした。
しかし、ルイズはまたも何も買わずに歩き出す。
「いいのか?」
俺が追いかけながら再びそう尋ねると、
「うん、だって今日の目的は武器屋でサイトに武器を買うことだから」
そうルイズが今日の目的について話す。
「俺に武器?」
「そう。また前みたいなことになるのは嫌だし、できるだけ私が傍にいるつもりだけどそれでも24時間一緒にいられるかわからないもの。だからサイトの身を護る為の武器」
「武器、ねぇ……、でも俺まともに武器なんて使ったこと無いぞ?」
「大丈夫、一つ心当たりのあるいい武器があるから」
ルイズはそう言ってサイトの半歩前を進む。
と、サイトは話しに夢中になるあまり、ドンッ!! と勢い良く誰かにぶつかった。
「きゃっ!?」
「あ、すいません!!」
「いえ、大丈夫です」
ぶつかった相手は少女だった。
ブラウンのマントを纏い、マントと同じ色の長い髪をしている。
彼女は、枝毛一本無いような手入れの行き届いた長い髪をしていて、本当のストレートヘアーとはこういうものなのか、と思う。
「わざとじゃないんだ、ごめん」
「いえ、それでは」
少女は気にしたふうもなく頭を下げてその場を去る。
サイトはそんな少女の背中をじっと見つめ、そういえば、あのマントと止め具がルイズのに似ているなぁと思ったところで、ぎゅっと手を掴まれた。
「サイト!!」
ルイズはサイトが遅れている事に気付かず少し先まで行っていたようで、慌てて戻って来たようだった。
「あ、ごめん、さっき人とぶつかってさ」
「人とぶつかった!? 誰? どこのどいつよぶつかってきたのは!!」
「あ、いやお互いぶつかりあったんだって。ほら、ここ狭いだろ?」
ルイズは、サイトの言葉を聞きつつ、周りに憎き仇敵でもいるかのようで目で視線を張り巡らせる。
「……怪我は?」
「俺も向こうも大丈夫」
「そう、良かったわ。でもサイト、気をつけて。ここは確かにトリステイン一大きな都市だけど、それゆえに決して治安が良いとは言い切れないの。スリや強盗だっているわ」
それを聞いて、サイトはルイズが自分を心配し、回りを異常なほど観察しているのに得心がいった。
自分はまた随分と心配をかけてしまったようだ。
「へぇ、そうなのか。でも大丈夫だから。ほら、さっさと行こうぜ」
人ごみが多く、通路も狭いこんなところに長居はしたくない。
サイトは勤めて明るく笑い、そう促した。
ルイズはしばし迷い、すっとサイトの手を取る。
「念のため、手を繋ぎましょう」
ルイズはそうしてから、ようやく歩き出す。
サイトは心配性だなぁと思いつつ、
「そういやさっきぶつかった娘、ルイズと同じ学校の女子かな? 茶色いマントでルイズと同じ止め具つけてたんだけど」
そう尋ねる。
「茶色? だったら多分一年生ね、まぁ学院の生徒がいてもおかしくはないわ。虚無の曜日ですもの。……それよりぶつかったのって女の子だったの?」
「え? ああそうだよ。結構可愛い娘だったなぁ」
そうサイトが言った途端、ルイズが掴む手の握力が増した気がした。
***
「ああ、モンモランシー!! 君にはきっとこの服が良く似合うと思うよ!!」
金髪の少年、ギーシュは紙袋を一つ持って香水のモンモランシーと狭い通路を歩く。
先ほど、今一番の流行とかいう服をモンモランシーが試着し、ギーシュがそれを購入したのだ。
なんでも、少し前に別の貴族が試着したものの買わなかったとかで一着だけ余っていたとか。
なんという幸運だ、と思いギーシュはそれのお金を出してモンモランシーにプレゼントしたのだ。
古来より、女性へのプレゼントというのは値段の大小に関わらず喜ばれるものだ。
その例に漏れず、モンモランシーも満更では無いような表情をしていた。
心なしか、長い縦巻きロールの金髪も喜びを示しているかのように見える。
特にモンモランシーは、浪費は少ないがその“性格”と“研究”から決して資金が潤沢では無い為、節制したり、香水の販売を稼業としていたりしてこういった贅沢をすることは少ない。
そのせいか、普段はあまり見せない素直な一面も見せていた。
「ありがとう、ギーシュ」
言って腕を絡める。
マントに隠れがちだが、彼女は意外とスタイルがいい。
ギーシュはそのことに気付いていたが、いざ腕にその膨らみが当たると流石に少し動揺し、有頂天にもなる。
「何、いいさ。おや? あそこに路商が出ているね」
ギーシュが気分を良くしていると、ただでさえ狭い道に幅を陣取るようにして路商が展開されていた。
「どれ、少し見てみよ……!?」
ギーシュは路商に近づこうとして、何かに気付く。
「モ、モンモランシー? 今日はこの後食事でもどうかな?」
「? 構わないわよ?」
「そ、そうかい? それじゃほら、あそこのお店に入ることにしよう!!」
言うが早いか、ギーシュはモンモランシーを連れて手近のレストランに入る。
路商にはもともとの人ごみもあって、数多くの人がたむろしていた。
「おじさん、これください」
そこで、買い物をするブラウンのマントの少女の姿があった。
***
「ここよ」
ルイズに案内されて来た場所は些か表通りから外れた寂れた武器屋だった。
「へいらっしゃい」
眼鏡をかけ、ちょび髭を生やした店主が出迎える。
「剣を買いに来たの。えっと……あった!! これを頂くわ」
ルイズは一直線に剣がたくさん入っている壷を漁ったかと思うと、すぐに一振りの剣を選ぶ。
まぁ俺の剣とは言っても俺に剣の知識は無いし、お金を出すのもルイズだから特に文句は無いけど……それ?
それはえらく錆びた日本刀のような剣だった。
「へぇ、それで良いんですかい?」
「ええ、これが必要なの。新金貨百枚で良いかしら」
「!? も、もちろんでさぁ!!」
店主は驚き喜び、手揉みしながらペコペコ頭を下げる。
この世界のお金の価値はよく知らないが、それが相当な大金だというのは理解できた。
と、急に思い出す。
ルイズがここに来るまでにお金を全く使わなかったことを。
そして、ギーシュから聞いた自分の怪我を治す為に高い秘薬とやらをたくさん取り寄せたという話を。
(そういや、小さな家が建つくらいのお金、とかなんとか言ってたような気が……)
途端、サイトは急に申し訳ない気持ちになる。
「ごめんねサイト、安物で。でもそれは本当にサイトの役に立つから」
ルイズは両手で重そうに持っていた剣をサイトに手渡す。
彼女は恐らく、少なくなったお金をはたいてサイトの為に今日の買物を企画したのだ。
サイトはそれに気付き、剣を受け取ってから、
「ルイズ、俺、この剣大事にするよ、ありがとな」
この世界に来て、本当に心の底からお礼を言った。
今までも心からのお礼を言ってはいた。
それでも、ルイズの自分に対する思いやりにいくらかの疑念があった。
今もそれが無いわけじゃない。
だが、今日のルイズの健気さは、それらを打ち消して余りあるものだとサイトは感じた。
感謝してもしきれないとはまさにこのこと。
サイトの、そんな真っ直ぐな言葉に、ルイズは胸がドキンと跳ねる。
サイトからお礼を言われるたびに、やってよかったと心から思える。
サイトの喜びが自分の喜び。
胸が高鳴る。
気持ちが加速する。
そうして、ルイズがサイトの胸に飛びこもうとしたまさにその時、
『おでれーた!! おめぇ使い手か!?』
ルイズにとっては聞き覚えのあるその声が、それを邪魔した。