第十四話【微熱】
ルイズは学生だ。
なので当然授業がある。
サイトは今日そのルイズの授業を一緒に受けることになった。
「サイト」
一緒に入った教室でルイズに呼ばれ、隣の席をぽんぽんと叩かれる。
サイトは言われるがままその席に座り、周りを見渡した。
教室は中学や高校の時と違って真四角の部屋ではなく、半円を描くような部屋だった。
扇状に段階的に椅子と机を用意し、周りから中央を見るようにして教壇がある。
「……大学みたいだ」
「……だいがく?」
サイトの漏らした言葉にルイズは首を傾げる。
サイトとて高校生で、実際に大学の中になど入ったことはないが、テレビや漫画で見る限りこんな感じだろうと思った。
一方で、黒板はどうやら見た目は殆ど変わらないようだった。
「あら? ルイズの使い魔よくなったのね」
そこに、燃えるように赤い長髪をした少女が現れた。
「あ、前にヒト●ゲつれてた人だ」
サイトは瞬時にそれが誰だか思い出せた。
偏にその胸の大きさのためである。
彼女は、一際大きな脂肪分をその胸に二つもぶら下げているのだ。
サイトはこの世界に来てまだ日が浅いが、ここまで発育の良い女性は見たことが無く、また元の世界でもそうそうお目にかかれ無い。
「火トカゲって……間違っちゃいないけど、サラマンダーよ?」
言われた少女は微妙にニュアンスを勘違いしながら呆れ、しかし瞬時に顔を微笑ませてサイトの腕に自慢の脂肪分、そうつまり胸を押し付けようとして……出来なかった。
「私の使い魔に何かようかしら?ミス・ツェルプストー?」
そこには桃色の髪の悪鬼がいた。
通常見えぬはずのオーラが体現されているのかのような錯覚が起こるほど、おどろおどろしい粘着質な空気が彼女を取り囲む。
しかし相手はヴァリエール家と因縁の深いツェルプストー家の少女、キュルケ・アウグスタ・フレデレカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーである。
代々ツェルプストー家はヴァリエール家の恋人を奪って来た歴史を持つ。
その為か、キュルケはその程度では引きもしなかった。
「あぁ~ら? 何って挨拶よ、あ・い・さ・つ♪」
キュルケはそうおちゃらけながら“微かな熱”がこもった瞳をサイトに向け、再び手を伸ばそうとして、その小麦色よりも少し黒めの褐色肌の手を『パァン!!』ルイズに弾かれた。
「触らないで」
それは“お願い”や“忠告”ではなく“命令”だった。
一瞬にして冷たい空気が場を纏う。
「な、何よ? 今日はいつになく短気ね?」
しかしキュルケはあまり気にしてしなかった。
彼女はルイズと最も衝突の多い女性だったのと同時に、彼女と接する機会が一番多くもあった。
言い得て妙ではあるが、キュルケは同級生の中では最も彼女の事を理解出来る位置にいたのだ。
そんな彼女は、自分に不文律を持っている。
それは“必要以上に相手に関わらない”というもの。
冷たく聞こえるが、それはどんな人間にも深く肩入れしない、というものではない。
“微熱”という二つ名を持っている彼女は、その名の通り誰にでもうっすらと興味を持つ。
ただそれが、異性に対して強めに表れるだけで、これは同性にも当てはまっていた。
お互いが必要と認めた時、それは微熱から灼熱へと変貌を遂げる。
逆に、そうでない時は燃え上がらない。
最もキュルケは、男性が相手の場合大抵一時は灼熱近くにまで燃え上がるので勘違いされやすい。
そんなキュルケは、言動とは裏腹にルイズのことを高く買っていた。
時折、ルイズの瞳には何も映らない時がある。
否、ただ一つを見ていると思わせる“ゼロ”の瞳。
それは、自分がいつか得たいと思う、“永遠の灼熱”を思わせる瞳だった。
暗く、何も映していないようなその瞳は、逆に一つのことしか見ていないとキュルケは理解したのだ。
そしてそんな彼女、“永遠の灼熱”を瞳に宿しているルイズを羨ましく、また嫉ましくも思っていた。
だから、キュルケの中でのルイズの評価は、微熱以上灼熱未満。
近い位置では関わり合うが、彼女の深淵に触れようとして拒まれた時、深入りはしない。
それが、永年不倶戴天の敵と言われた家系の少女への対応だった。
キュルケのその何でも無いそぶりのおかげか、凍った空気が再び少しずつ動きだし、
「まぁいいわ、それじゃね、あ、サイト……だっけ? 私、この前の決闘で貴方に惚れたわ♪ 今晩でも私の部屋で愛を語らいませんこと?」
キュルケの捨て台詞に、
「だ、だめよそんなの!! サイトは渡さないんだから!!」
ルイズの慌てた声が響き渡って爆笑を誘い、必死にキュルケの視線からサイトを隠そうとするルイズを見て、いつの間にか教室の雰囲気はいつもの和やかなものになっていた。
***
『だ、だめよそんなの!! サイトは渡さないんだから!!』
サイトは先ほど聞いたルイズのこの言葉を反芻していた。
これははたして使い魔を渡さないというものなのだろうか。
だが、彼女は使い魔としてではなく、ただ自分に傍に居てほしい、と言っている。
ならば彼女は自分に好意があるのだろうか。
……会って数日の自分に?
いくらなんでもムシが良すぎる。
それなんてエロゲ? のレベルを大きく逸脱している。
サイトは思考の袋小路、疑心暗鬼になりつつあった。
好意は嬉しい、嬉しいが理由が思いつかない。
理由の無い好意を……信じきれない。
ふと気付けば、全身を紫のローブととんがり帽子で覆う、中年に差し掛かるであろう女性が入室してきていた。
「みなさんこんにちわ、このシュヴルーズ、こうやって春にみなさんの使い魔を見るのを毎年楽しみにしていますのよ」
そう辺りに響く声を上げながら、シュヴルーズと名乗った女性は教壇に近づく。
どうやら彼女が先生のようだった。
「あら? ミス・ヴァリエール? 随分と珍しい使い魔を召喚したのですね」
その先生は、ルイズの隣に座っているサイトを見て、クスリと嘲笑する。
前代未聞の人間の使い魔に多少含むところもあるのだろう。
だがルイズは、
「ええ、私にとって最高の人です」
臆面もなく自信満々にそう言ってのけた。
サイトから見て、そう言うルイズの顔に虚偽は見られず、彼女の好意を少し疑っている自分が卑しく、またルイズが眩しく見えた。
***
リベンジである。
ルイズは瞳に嫉妬という名の炎を燃やしていた。
話は今朝のメイド、シエスタの件にまで遡る。
彼女は、一見冷静にあの場を済ませたかに見えて、実は腸が煮えくり返っていた。
そのせいか、サイトに手を出したキュルケにまで当たる始末。
最も、今朝の一件がなくとも、キュルケがサイトに手を出そうものなら片っ端からそれを弾き飛ばしていたが。
ここで、彼女は未来からの知識で前もって用意していたものを使うことにした。
過去、実際には未来にあたるが、あのメイド、シエスタに“出し抜かれた”一件。
それを今度は自分が先に行う為に、学院に入学してすぐ、それを用意したのだ。
これは、彼女が未来からの知識で用意した数少ないものの一つだった。
時間は夜。
場所は広場の隅。
そうしてルイズに連れて来られたサイトはそこにあるものを見て、
「……えっと、マジ?」
素っ頓狂な声をあげていた。