+++前書き
感想での指摘により、主人公の名前が変更されていることを伝えていないのに気が付きました。
ティアナTS主人公の名前は、ティアザ・ランスターとなっております。
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『プロローグ』
ミッドチルダ北部のどこかの公園で、橙色の髪の少年がベンチに座っている。
私服に簡単な手荷物を持った少年は、ぼーっと公園の中に視線を彷徨わせていて。
少年の視界には、沢山の人が映っていたが少年の意識には何の反応ももたらさなかった。
「…あー」
おもむろに声を漏らして、更に遠く視線を放る少年。
そして、その口から一言、言葉が漏れた。
「兄さん…」
そのまま、少年の視線は過去の思い出を探すように空へと固定された。
+++
『おーい、何処に行ったー?』
公園の中、一人の青年が声を上げて歩き回っていた。
口元に手を当てて声を上げながら、辺りに向けて忙しなく視線を飛ばしている。
『ふぅ…まったく、どこに行ったんだか…』
ふと声を上げるのを止めて、疲れたように呟く青年。
と、ちょうどそれを見計らったかのように、少し前方にあった草むらから、何かが飛び出した。
『ばーん!』
草むらから飛び出してきたのは、一人の男の子。
青年と同じような橙色の髪と似た顔立ちに、満面の笑みを浮かべながら、青年に向かってオモチャの銃を突きつけていた。
『ばーん、ばーん!』
いや、突きつけるだけでは無く、何度も声を上げて小刻みに銃を上下に動かしている。
青年は、一瞬だけ考えた様子で
『…うわー、やられた』
等と言いながら、わざとらしく胸元を押さえて見せた。
それを見た男の子は、笑顔で急いで走り
『にーさんのまけー!』
『…はいはい、解ったから帰るぞティアザ』
『うん! にーさん、おんぶ!』
ティアザと呼ばれた男の子の要求に、兄さんと呼ばれた青年は
『おぉ恥ずかしいなティアザ、もう自分で歩けるだろ? おんぶは赤ちゃんのすることだぞ?』
そう言われて、ティアザはむぅっと頬を膨らませた後で、勢いよく歩き出した。
兄さんと呼んだ青年を置いて。
『こらこら、一人で行くなよティアザ』
『てぃーにーがおそいんだよー!』
~~~
どこかの住宅のリビング、橙色の髪の兄弟がノンビリとしていた。
『にーさん! あそびにいこうよ!』
『あー悪い、兄さんは疲れてるからまた今度な』
いつもの要求に、いつもの返答を返す兄。
そしていつも通り、弟からは文句が出るのだと思っていたら
『…ねぇ、にーさん?』
『うん?』
『おしごと、たいへんなんだよね?』
『まぁ、な。 大変じゃないお仕事なんて無いんだぞティアザ』
話しながら、寝たフリでもしようかと眼を閉じていく兄。
『特に、兄さんのお仕事は大変なんだから、また後で遊んで…』
『じゃあ、ぼくがてつだってあげる!』
初めて聞いた弟の言葉に、思わず目を開く兄。
『ぼく、おおきくなったらにーさんとおんなじおしごとする!』
そう言って、手に持ったお気に入りのオモチャの銃を振り回す。
それは昔、兄が弟に買ってあげたものだ。
『…あー、ティア君? 兄さんのお仕事は目指すのは良いけど、何か知ってるのか?』
『しってるよ、となりのおばちゃんにきいたんだ。 にーさんはぶそーきょくいんでしつむかんをめざしてるんでしょ?』
兄は、隣に住んでいる人の顔を思い出した。
兄弟で二人暮しの自分達を気遣ってくれている人で、ティアザもよく懐いていたっけなと思いかえす。
『にーさん、おしごとがいそがしいからおそくなったとき、そのままソファーでねてるんだよね?』
見られてたか、と兄は思い今度からはちゃんとベッドで寝ようと思って
『ぼく、がんばってにーさんがちゃんとベッドでねれるようにする!』
弟の言った一言に、思わずハッとした。
それはとても身近な、解りやすい目標だけれど。
それがどんな気持ちから出たのかを、兄はしっかりと理解して。
自信満々の笑みを浮かべている弟に、笑顔で言った。
『…そーか、じゃあ頑張ろうな。 ティアザの夢と、兄さんがベッドで寝るために』
~~~
黒の服の集団が、口々に囁いていた。
『逃げた犯人が…』
『一人で追って…』
『独断専行だったらしい…』
囁きが充満する空間の中で、ティアザと呼ばれた少年はじっと見ていた。
もう二度と、動かない人を。
笑わない、喋らない、もう二度と動かない人を、たった一人の…兄を。
『ティアちゃん』
じっと、オモチャの銃を抱え込んで立ち尽くしていたティアザに、一人の女性が声を掛けた。
その人は、ティアザの隣の家に住んでいる主婦だった。
ティアザやその兄と親交があり、兄弟で二人暮しだった彼らの母親のような人でもあった。
『おばちゃん…』
振り返った、ティアザと彼女の目が合った。
その瞬間、彼女は床に膝を着いて、ティアザをしっかりと抱きしめた。
『おばちゃん…?』
『大丈夫よ、ティアちゃん』
ティアザの戸惑った声に、彼女はただ抱きしめながら頭を撫でて。
そして、
『…う、ひっく』
『大丈夫よ…大丈夫だから』
『ひっ、う…うわぁぁぁぁぁ~~~ん!!』
ただただ、大きく泣いた。
~~~
『おーいティアザ、一緒に遊ぼうぜー?』
『俺は良いや、それじゃ』
友人の誘いを蹴って、足早に家へと急ぐティアザ。
ティアザが住んでいる今の家は、兄が居た頃から変わっていない。
隣の主婦が家に来ないかと誘っていたが、ティアザはそれを断っていた。
家へと帰り着けば、すぐに服装を着替えてランニングに出る。
『はっ、はっ、はっ…』
誰からの干渉も断って、ティアザは一人だった。
隣の家の主婦や、その家族は何くれと無く話し掛けて居てくれた。
でも、話しかける人は居る、ただそれだけで紛れも無くティアザは一人だった。
彼が、誰にも頼らなかったから。
~~~
『ティアにいの、馬鹿ぁ!!』
『がっ…な、にっするんだっ!!』
ティアザを殴ったのは、隣の家の子だった。
ティアザの二つ年下で、髪を短くした気の強い女の子だ。
顔を赤くして、声高にティアザに殴りかかるのは理由があった。
ティアザはその前日、倒れたのだ。
兄が亡くなってから、ずっと自己流の無茶な訓練を続けたせいで倒れてしまっていた。
そして今日、一日すら安静にせず訓練しようとするティアザに、女の子が殴りかかったのだ。
『うるさいっ、ばかぁっ!!』
女の子は、本気でティアザを殴っていた。
手は拳を握って、本気でティアザの顔面を正面から、涙を流して殴っていた。
『こ、んのっ!』
そしてティアザも、女の子を殴り返した。
拳は女の子の顔へと当たったが、女の子は怯まないで更にティアザに殴りかかる。
顔は赤く腫れていたが、女の子は構わなかった。
『どうして、無茶するの!? ティアにい、昨日倒れたのにぃ!』
『うるさい、関係っないだろ!』
『関係、あるもんっ!』
ティアザは、もう一度拳を振りかぶって。
『ティーにいに、頼まれたもんっ!』
振りかぶった拳は、そのまま止まった。
『ティーにいが、私の夢に出てきて言ってた! ティアにい止めてって! 言ってたもん!』
もう一度殴られて、ティアザはバランスを崩して尻餅をついた。
そのティアザの胸元に、女の子が飛び込んだ。
さっきまで拳を握っていた手が開いて、ティアザの服を必至に掴んでいる。
『無理、しないでよぉ! ティーにい居なくなって、ティアにいまで居なくなったら、やだぁ…っ!!』
そう言って、その胸で泣き始めた女の子。
倒れたまま、振りほどくことも出来ないで、ティアザは黙っていた。
自分にしがみ付いて泣く、隣の家の女の子。
昔から、兄が居ない時は隣の家に行って、この子と遊んでいた。
ティアザにとって、その女の子は妹みたいなもので。
そして、ふと。
『俺も…兄、なんだ』
そう、気が付いた。
兄が居なくなって悲しい、けれどこの子にとっては自分も兄だから。
そっと、女の子の背中に腕を回した。
この時が、きっとティアザ・ランスターと言う人間の、その出発地点。
兄が死んで、それから生きていく上での、その確かな目標が心に生まれた日。
誰でも無い、ティアザ・ランスターの新しい誕生日だった。
+++
ティアザが、ふと過去の回想を止めたとき。
「ん…?」
ふと、自分の個人通信端末にメッセージが送られてきたのに気づいた。
そのメッセージファイルを開けて見れば、
『頑張れ、ティア兄っ! byユミル』
との文章が書かれていた。
簡単な文章だったが、ティアザにはそれで十分だった。
勢いをつけてベンチから立ち上がり、颯爽と歩き出すその背中には、少し前の茫洋とした雰囲気は欠片も無くなっていた。
―ティアザ・ランスター十三歳、時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第四陸士訓練校への、入校前日の出来事であった。
『一話』
「えーと、あたしの部屋は…」
訓練校へと入隊した日、スバル・ナカジマは廊下に設置された掲示板から自分の名前を探していた。
自分のこれから過ごす部屋を知るためと、そこで同室になる人が記されているからだ。
同室の人とは、正式な班分けまでの仮コンビの相手でもある。
「えーと…あ、あった!」
一部屋ずつ探していき、後ろの方でようやく自分の名前を見つけた。
部屋の番号の下に、自分の名前が書いてありそのさらに下に…
「あれ?」
書いてある筈の、もう一人の名前が無い。
思わず首を傾げて、名前の書いてあるところの更に一段下に何かが書いてあるのが目に入った。
読み上げてみれば、
「「えーと…『隣の部屋のものと、コンビを組むこと』?」」
自分の言ったのと同じ言葉が、そっくりそのまま隣から聞こえてきた。
思わず顔を向けると、視線の先にはオレンジ色の髪をした男の人が一人、同じようにスバルを見ていて。
頭半個分高い背に、少しだけ見上げながら見詰め合ってしまう。
「えっと…」
「あー、隣の、部屋の人?」
何か言おうとしたスバルの言葉にかぶさるように、目の前の男が声を掛けてくる。
ふとスバルが男の人の前の掲示板に目を向けると、同じように一人分の名前しか書いていないようだった。
「あ、はいそうみたいです…えっと貴方も?」
「そう、みたいだな…隣の部屋の、ティアザ・ランスターだ」
「あ、はい! スバル・ナカジマです!」
挨拶しながら、思わずお辞儀してしまうスバル。
頭を上げると、ティアザと名乗った少年は驚いたような顔をしていたが、すぐに苦笑気味に表情を変える。
「あーと、何か俺たちは隣の部屋同士でコンビみたいだけど…」
「そう、みたいですね…」
「今から、その理由を聞きに行こうと思うんだけど、ナカジマさんも一緒に行くか?」
「え、良いの…良いんですか?」
口調を丁寧語に改めながらスバルが聞くと、
「これが本当なら、コンビになるみたいだしな…それに俺たちに関係あることだし、行こう」
言いながら、踵を返して教官室に向かうティアザ。
慌てて、後を追うスバルだった。
+++
「「失礼しました!」」
教官室に向かって、二人揃って退室の挨拶をする。
お辞儀していた頭を上げながら、スバルは教官室で言われたことを思い出していた。
『あぁ、お前らがどうしてそんなコンビになっているかだな?』
『今年はな、どうしても男子と女子の入隊者の数が揃わなくてな。 間違いなく、誰かが男女でのコンビになる事になっていたんだ』
『もちろん、いくら何でも男女で同室にするわけはいかない。 だがもしこれで部屋を離してしまった場合、他のコンビに比べてチームワークに難が出てくる可能性もあったから、苦肉の策で隣同士の部屋としたんだ』
『ん?あぁ、お前らが選ばれた理由か? それはだな、お前ら2人ともがちょうどデバイスの持ち込みを申請していたからだ。 悪い言い方ではあるが、他の班が基本的な装備で行っている中で、相方だけが違う装備と言うのも不都合でな。 お前ら2人を固めさせてもらったわけだが、他にも持ち込みは居るしもちろんそいつらはそいつら同士で固めている…まぁお前らだけが、少々変則的に男女の組み合わせになったが、これは公平に適正を判断した結果だ、以上』
(うーん…)
納得できていないわけでは無いけれど、なんとなく考え込んでしまったスバル。
すると、
「あー、ナカジマ?」
「あ、はいっ!?」
急に声を掛けられて、思わずピンと背筋を伸ばす。
それを短髪にそろえたオレンジの髪の向こうから、苦笑気味に見るティアザ。
「あー、そこまで畏まらなくてもいいぞ? これからは、コンビで相方になるんだからな?」
「あ、はい…じゃ、じゃなくて! う、うん!」
慌てて、どもりながら返事をしてしまった。
ティアザはそれに苦笑しながらも、片手を差し出し
「じゃあ、改めて自己紹介をしておくか…ティアザ・ランスター、十三歳だヨロシクな」
「ス、スバル・ナカジマ、十二歳です! よろしくお願いします!」
ティアザが差し出した手を、握り返すスバル。
スバルは思わず両手で握ってしまっていたが、ティアザは少し驚いただけで何も言わないでおいた。
「とりあえず、部屋に向かって荷物を置いてくるか? この後訓練だしな」
「はい…じゃなくって! うん!」
思わず丁寧語になってしまうのを、慌てて言い直すスバルだった。
そんな様子を、思わず微笑んでみてしまうティアザ。
そして、二人並んで自分達のそれぞれの部屋へと歩き出す。
「そういえば、ナカジマのデバイスは持ち込みらしいけど一体どんなヤツなんだ?」
「えっと、私のは腕に付ける手甲型のリバルバーナックルっていう奴と、足に履くローラーブレード型の二つで…二つだよ! えと、ランスターさんは、どんなのを使うの?」
荷物を入れていたカバンを叩きながらスバルが言って、そのまま微妙に言いにくそうに言葉遣いに注意しながらティアザに聞く。
「俺は、銃型のデバイスだよ。ミッド式では杖が主流だし、それにカートリッジシステムを入れてるから、きっと変則的な組み合わせにされたんだろうな」
「じゃあ、多分あたしのもそうかな?近代ベルカ式だけど、ナックル使ってるのは殆ど居ないから」
改めて、変則同士が組まされたんだと理解した二人だった。
+++
「次! Bグループ、ラン&シフト!」
全体で集まっての、訓練の時間。
教官の声に合わせて、周囲の人たちが順番に訓練を開始していく。
それを並んで眺めながら、ティアザとスバルは言葉を交わす。
「再確認だナカジマ、障害突破してフラッグの位置で陣形展開…大丈夫だよな?」
「う、うん…」
ティアザの言葉に返ってきたのは、少しぎこちないようなスバルの返事。
チラリと横目で見てみると、隣のスバルは大分緊張しているようだった。
それを見たティアザは、少し考えるような間を置いてから。
「…全開で行くぞ、ナカジマ」
「うん…え?」
思わず返事をしてから、ティアザを見て首を傾げるスバル。
それに軽く苦笑しながら、
「前衛なんだろ? ならフォローは俺が、突破は任せるから」
「う、うん」
「それに、お互いにそれぞれがどこまでやれるかなんて知らないだろう? なら、一度全力でやってみてくれ。 上限を知っておいたほうが、後々やりやすいだろう?」
「りょ、了解!」
大きく頷くスバルに、もう一度ティアザは苦笑を零した。
「よし、いくぞナカジマ」
「う、うん!」
順番が来て、改めて気合を入れる二人。
ティアザは胸のホルスターの銃を、もう一度しっかりと保持されているかを確認し。
スバルは腕のリボルバーナックルを嵌め直し、足のローラーブーツももう一度しっかりと固定する。
そうして、スタートラインに並んで教官の合図を待った。
「よーし、セット…」
教官の号令が掛かり、2人とも身体に力を入れる。
(全力全力全力全力…)
スバルは、ただひたすらに全力を出すことを考えていて。
(言った以上、ナカジマのフォローは完璧にやらないとな…)
そんな事を思いながら、ティアザはフラッグへのルートを考えている。
そして、
「ゴー!」
教官の掛け声と同時に、ティアザは前に駆け出そうとして
ゴッ!
「うわっ!?」
隣を、風の塊が通り抜けた。
少なくとも、ティアザはそうとしか感じられなかった。
実際に通り過ぎたのは隣に居たスバルだったが、その速度は凄まじく注意していなかったティアザは、その移動で巻き起こった風の影響をモロに受けてしまった。
風の影響を受けて地面に尻餅をついてしまったティアザ、そしてそれと同時に、スバルはフラッグに到着して振り返り。
「フラッグポイント、確保! …あれ?」
ピピーッ!
振り返ったスバルの視界に映ったのは、地面に尻餅をついているティアザと、笛を鳴らしながら駆け寄ってくる教官の姿だった。
ティアザは教官の姿に気が付き、慌てて立ち上がり。
スバルも慌てて、ティアザの方へと駆け寄った。
「馬鹿者っ、何をやってる! 安全確認違反、コンビネーション不良、視野狭窄! 腕立て20回だっ!」
「「はいっ!」」
教官に怒鳴られて、慌ててその場でティアザと一緒に腕立てを始めるスバル。
素早く済ませようと、急いでやりながらコッソリとティアザの方を窺ってみる。
同じように黙々と腕立てをしているのを見て、
(お、怒ってるかなぁ…)
とスバルは考える。
今怒られ腕立てをしているのは、色んな確認を怠った自分の所為だとスバルは考えていた。
いくら全力でと言われたからといって、何の確認もパートナーにせず行動したのは自分だったのだから。
謝らないと、とスバルは思った。
腕立てが終わり、二人揃って立ち上がる。
手に付いた土を払っているティアザ、スバルは密かに息を整えて
「あ、あの「悪かったな、ナカジマ」…へ?」
謝ろうとしたその瞬間、何故かティアザの方がスバルに謝った。
「えっと…?」
「ん? いや、俺が全力なんて言わなければあんなことにならなかっただろしな」
スバルが不思議そうな顔をしたのに気づいたのか、ティアザが付け加えるように言う。
片手で自身の髪の毛をかき混ぜながら、溜息を吐きつつ。
「それに、いくら行き成りだったからって言っても、あのくらいの風で倒れるなんてのはなぁ」
「そ、そんな事無いよ!? だって、その…ぜ、全力を把握するのは悪くないし、わ、私が何も言わなかったのが悪かったんだし!」
ティアザの言葉に、慌てて反論するスバル。
そのスバルにちょっと驚きながら、ティアザは
「それでもさ、全力って俺は言ったんだから、それに備えるべきなんだ。 その想定が間違ってたのは、俺の考えが足りなかったって事さ」
「で、でも! 私たちは今日始めて会ったんだし、そういうの考えて私が言えば、ランスターさんもちゃんと備えれたんだし…!」
「いや、でもそれは俺が考えるべきだろう?」
「そ、そんな事ないよ!」
どちらも、自分が悪かったと言い合う不思議な光景。
堂々巡りになりそうな言い合いに、思わず苦笑するティアザ。
何とは無く、自分の家の隣に住んでいる、幼馴染の女の子を思い出したティアザ。
「な、何で笑ってるのランスターさん!」
「いや、悪い悪い」
それを見たスバルに、怒られてしまった。
「じゃあまぁ、どっちも悪かったってことで…ナカジマの足が凄いのは、解ったしな?」
「うー、うん…」
どうにか、そう纏める。
どちらも自分が悪いなんて、そんなやり取りはあんまり無いだろうなぁ互いに思いながら。
「じゃあ、次の訓練はしっかりやろうぜ? お互いにさ」
「うん!」
+++
「よし、次は垂直飛越だ…やり方は、大丈夫だよな?」
「うん、相手を押し上げて、上から引っ張り上げて貰うんだよね」
「あぁ…よし、じゃあ次は俺が先に下からやってみるか。 自分で体感しておいたほうが、どのくらい力を入れたほうが良いかとか、アドバイスしやすいだろうしな」
そう言って、スバルの意見は聞かずに壁の前へと移動するティアザ。
スバルはそれに文句を言うことも無く、しっかりと身体を改めて解す。
「よし、やるぞナカジマ」
「うん!」
掌を組み少し屈んだティアザの手に、ローラーブーツを外したブーツを足を乗せるスバル。
ティアザは全身に力を入れて、スバルは必要以上には力が入らないようにしてから目線を合わせる。
「…っし、いち、にの、さんで行くぞっ!」
「解った!」
「せーのっ、いち、にの…さんっ!」
さんっ、の掛け声と同時に全身の力でスバルを持ち上げるティアザ。
(くっ…結構、重たく感じるんだな人間は…!)
予想外の重さに驚きつつも、全身の力で腕を跳ね上げた。
腕振り上げきると同時に、スバルはティアザの掌を蹴り跳躍する。
スバルは真っ直ぐに跳躍し、右手を伸ばしてその手が壁の縁に掛かると、そのまま一気に右手一本で自身の身体を引き上げた。
「よしっ!…ランスターさん!」
「あぁ!」
壁の上へと上がったスバルは、すぐに振り返って壁の下のティアザへと手を伸ばした。
スバルがティアザの腕を掴むと同時に、その身体は壁の上へと引っ張り上げられる。
ティアザも上へと引っ張り上げられながらも壁を蹴り、両手で壁の上へとしがみ付き、後はどうにか自力で這い上がった。
手の土を払いながら立ち上がり、ティアザはスバルに感嘆の声をかける。
「ふぅ、凄いなナカジマ。 まさか腕一本で、上がれるなんて」
「そ、そうかな? じゃあ次は、ランスターさんの番だよ!」
少々照れながら、ティアザを促すスバル。
率先して壁の前へと移動し、さきほどティアザがしたように掌を組んでみせる。
「あぁ、そうだな。 …そうだナカジマ」
「ん? どうしたのランスターさん?」
スバルの掌に足を乗せながら、ティアザが声を掛ける。
キョトンとした顔で見上げるスバルに、
「多分、思ったより人を一人跳ね上げるのは苦労しそうだ。 腕に結構な重さが掛かるから、ちゃんと力は入れたほうが良いと思う」
「そっか…ありがとう、頑張るね!」
元気よく頷いてみせたスバルだった。
改めて、互いに準備しなおして。
「じゃあ、次もいち、にの、さんっで行くね?」
「解った、タイミングはナカジマに任せる」
「うん!」
互いに、視線を合わせて一泊置いてから。
「せーのっ! いち、にの…さんっ!!」
スバルの掛け声に合わせて、ティアザはその掌を下へと蹴りつけるように身体を跳ね上げようとして。
その視界が、物凄い勢いで下へと流れていき。
手を掛けるべき壁の縁も通り過ぎて、更に下へと流れていく。
「…え?」
ティアザが声を出したのは、視界を勝手に流れる景色の速度が大分遅くなってからだった。
そこまで行くと、空へと飛んでいた身体のバランスも変化して、始めて視線が下を見ることになった。
「…は?」
最初は理解できていなかったが、その身体に下向きに引っ張られるような力が働き、ようやくティアザの頭が本格的に始動した。
曰く、自分は何故か空を飛んでいるのだと。
「はぁぁぁあああ!?」
疑問の声で叫んだところでどうしようもなく、その上空にある身体は最終的には落ちていくだけである。
そして、人の身体がそう長く空にある筈も無く、最初は緩やかにそしてドンドン速度を上げていく。
無論、下向きに。
「うぉぉおおおおお!?」
今度は雄たけびを上げながら、落下していくティアザ。
視界の隅に、スバルが慌てた様子で壁を蹴って、急いでティアザの方に走り寄っていたが、ティアザは気づかなかった。
「ぁぁぁぁぁあああああ!?」
叫んだまま落下し続け、咄嗟にと言うかようやくティアザは懐のデバイスを抜き放った。
そのまま近くの物へとアンカーを撃ちこみ、アンカーを巻き取ることで少しでも落下速度を抑えようとする。
だが流石のアンカーも人一人の重量と、高所からの落下速度まで加えたものを簡単に減速させることは出来ず、まだまだ落下していく。
「ぁぁぁあああ…!」
「ランスターさんっ!!」
徐々に叫び声に力が無くなっていく中、スバルがティアザに追いついた。
スバルは壁を蹴って空中へと駆け上がると、ティアザの身体を掴み自身へと引き寄せる。
その途端、スバル自身の落下速度にティアザの物が加算されるが、スバルは細かく壁を蹴って減速しながら降りていく。
やがてそれは、地上に着くまでには殆どの速度を相殺して、スバル一人でも容易く下りれる速度になり、ティアザを抱えたままスバルは着地した。
「ラ、ランスターさん、大丈夫!?」
地上に降りて、スバルがティアザの肩を掴んで揺さぶり始める。
ガックンガックンと揺らされつつ、ティアザのデバイスから撃たれたアンカーが自動で回収された。
スバルの呼びかけに、ティアザは視線をどこかの空中に固定した状態で
「空戦適性無いのに、飛べるんだなぁ…」
呆然と呟いた。
「し、しっかりしてランスターさん!」
ガックンガックンガックンガックンと、更に勢い良くティアザを揺さぶるスバル。
その所為で、更に意識を飛ばすティアザ。
そしてそんな2人の背後からは、怒りが滲み出るような歩き方で教官が向かって来ていたのだった。
+++
訓練校裏手の、空の見える場所でティアザが呟いた。
「…まさかの、訓練初日での反省掃除か…」
「ご、ごめんなさい!」
呟いた独り言に、後ろから答えが返ってきた。
慌ててティアザが振り向くと、そこには掃除道具を取りに行っていたはずのスバルの姿があった。
「は、早かったなナカジマ?」
「…その、本当にごめんなさい。 わたしの所為で、ランスターさんにまで迷惑掛けて…」
疑問には答えず、ショボンと落ち込んだ様子のスバル。
あの後、訓練の中断が二人に言い渡されて、その後この場所の反省掃除を言い渡されたのだ。
そんなスバルの様子を見て、ティアザは慌てて言葉を掛ける。
「あ、あーその、まぁ今回は最初だから、しょうがないって、な?」
「…うん、でもわたしばっかり足を引っ張って…」
ティアザが元気付けるように言うが、スバルはますます落ち込んでいく。
「だ、誰だって最初はあんなものだって。 今回はナカジマが凄いのが解ったから、それで良いさ、な?」
「うん…」
かなり深く落ち込んでいる様子のスバル、責任感が強いのだろうか?
ティアザから見れば、今日の失敗は全て自分の所為だと思っているように見えて。
おもむろに、ティアザは一度激しく髪の毛をかき混ぜて。
「…ナカジマ、まだ最初だけだ。」
「…え?」
「まだ、最初の一歩に失敗しただけだろう? なのに、そんな落ち込んでどうするんだ?」
「それは、その」
スバルが答えに詰まったのを見て、ティアザはわざとらしく腕を組み。
「今日出来なかった、じゃあ明日があるだろう? なら今日の失敗ばっかり考えてないで、次の事を考えようぜ?」
「…でも、わたしがちゃんと、最初からやれてたらって思うと」
「誰だって、最初から完璧にやれる筈ないさ。 俺だって、あぁナカジマに余計な事言わなきゃよかったって何回も思ったからな。」
「そんなっ!? ランスターさんは、全然悪くないよ!?」
「いーや、俺が余計なこと言わなきゃ、ナカジマが余計に力を出したりはしなかった。 そう考えたら、俺も悪いさ。」
「そ、それはそうかも知れないけど…」
しゅんとして下を向いてしまったスバルの肩を、軽く握った拳で叩くティアザ。
ハッと顔を上げるが、すぐにまた伏せてしまうスバル。
そんな様子を見て、口元に苦笑を刻みながら。
「だからさ、今日は悪かった…それだけで終わらせようぜ? 俺は夢があってここに来た、だから悪かったで終わらせる。 明日に繋げるために、今日は悪かったで終わらせるんだ…ナカジマはどうだ?」
「わ、わたしも憧れの人が居て、その人に近づきたくて…」
「じゃあさ、こんな所で止まってられないだろ? 一歩目でこけたら、二歩目で立ちあがって…先に行かれてたら、追いつくために走ろうぜ?」
「…うん!」
顔を上げて、大きく頷くスバル。
そうして上げた顔には、もう先ほどまでのような落ち込みは無く、しっかりとした笑顔だった。
その笑顔につられるように、ティアザも笑顔を浮かべて
「さて、それじゃ掃除を早く終わらせて、教官に謝って訓練再開だな?」
「うん! わたし、あっちから掃除してくるね!」
そう言って、自分の分の掃除道具を持って走るスバル。
ティアザはそれを見送ってから、おもむろにまた髪の毛を激しくかき混ぜて。
「似合わないこと言ったぁ…!」
空に向かって、思わず呻いた。
そして
「うわぁ恥ずかしいこと言っちまった、何言ってるんだろうか俺はぁ…! あぁもう、何考えてんだティアザ・ランスター…!」
などとブツブツ呟き始める。
よほど恥ずかしかったのだろうが、今の姿を誰かに見られたら、それまたかなり恥ずかしいというのに。
しばしそんな風にしていたが、やがてスバルの置いていった掃除道具で掃除を始めるティアザだった。
+++後書き
ネタなので、書きあがっているプロローグと一話を公開しました。
元々はスバルのTSネタを考えていたのに、脳内で不思議な化学反応が起きてティアナTSになったという、変り種の話です。
自サイトにて、『男子が花道』の執筆を始める前にこちらを書いていました。
ネタなので、あまり語ることがございませので…それでは来週、しっかりと『男子が花道』本編の更新、したいと思います!
それでは、失礼しました!!