前書き
本外伝は時期的にはなのはたちが小学生のころなのですが、作者の脳内は中学生くらいの年齢で執筆しました。
ですので、もしかしたら何となく違和感を覚えるかも知れませんが、そのときは自分が想像しやすいほうでお読みください。
本外伝の前提条件。
雄介はなのに告白していない。
なのはも雄介の気持ちに気がついていない。
なのはの墜落事件後。
さしあたり、この三つだけはご了承ください。
それでは、どうぞ
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「お嬢様、今日もお見舞いに行かれていたのですか?」
「ん? そうね、何時も通りなのはのお見舞いだったけど、今日は途中で雄介が来たから退散して、その後はすずかと一緒だったわ」
学校帰りにちょっと寄り道したら遅くなってしまったので、ザーザーと結構雨が降っていたのもあり鮫島に迎えに来てもらった車の中。
なのはが管理局の仕事で大怪我してから、もう一月か二月は経っただろうか?
最近なのははようやく、ベッドからも起き上がれるようになったみたい。
本当は、えーと管理外世界の住人らしい私たちは、そう頻繁になのはのお見舞いにはいけないんだけど。
そこははやてとかが、管理局の人にかけあって色々してもらった。
多分、引き受けてくれた一番の理由は、雄介のこととかがあったからなんだろうけど。
「雄介様と一緒に、お見舞いはしなかったのですか?」
「んー…なんか、今日の雄介の雰囲気がね。 ちょっと切羽詰ってるような気がしたから」
理由は知らないけれど、そんな雰囲気だったからすずかと一緒に、なのはと二人にさせてあげたのよね。
一体、何だったのかしら?
昨日まで、別に変わったところも無かったのに。
ここ最近は確かに考え込んでるような様子もあったけど、別に普通にしてたし。
さすがに、なのはが怪我したって当初は、顔も蒼白で学校に居る間も何も手に付かないって、そんな顔をしていたけれど。
それもようやく無くなって、少しずつなのはの入院する前に戻ってきてたのよね。
そんなことを考えながら、ふと雨の降り続ける窓の外へと目を向けて。
「はぁ…」
溜息と一緒に思い出すのは、小学三年生の冬、なのはの私たちに隠していた秘密を聞いた時の事。
別に、それから私たちの関係に、何かがあったわけじゃないけれど。
それでも多分、少しは何かがあったんじゃないかって今も思う。
直前に出会い転入してきたフェイト、それにしばらくして四年生になってから学校に転入してきたはやて。
それと前後して、ユーノやクロノなんかの色んな人とも出会った。
色んな人がなのはと知り合いになってて、私たちの周りにも急に人が増えた。
そんな中で、きっと私たちだけ何も変わらなかったなんて、それは、多分…ううん、きっと無い。
私たちの気が付かないところで、何かが変わって、何かはそのままだった。
もちろん、それはすぐに気が付くようなものじゃないんだろうけど。
それは雄介だって、傍目には変わらなかったけど、色んなところで変わっていたんだと思う。
なのはから魔法のことを聞かされた後だって、私とすずかは最後には好きにすればいいって言ったけど、雄介だけはずっと、出来れば止めたほうが良いってそう言ってたし。
なのははもちろん、友達である雄介にも認めて欲しかったんだろうけど、雄介はそれだけは絶対に認めてなかった。
…そういえば、一回だけ雄介がその事で凄く後悔してたっけ。
+++
なのはが事故にあった当日、手術も終わって一応の峠は越えたということで、家族以外は皆が帰るように言われた。
もちろんそれは雄介だって例外ではなく、雄介もそれが分かってるのか黙って俯いたまま小さく頷いていた。
そして、地球へと帰る道に途中で
『…俺が、もっとしっかり止めてれば良かったんだよな』
『え?』
そのときは、私だってなのはが大怪我したと言う事に動揺してて、一度聞き逃してしまった。
もう一度尋ねようと振り返った先にあった、雄介の顔は今でも鮮明に思い出せる。
ううん、思い出せる、じゃなくて…忘れることの出来ない表情で。
血の気が引くくらい唇をかみ締めて、後悔しか見ることの出来ないそんな雄介の顔。
それまでに見たことの無かったその表情、思わず言葉を詰まらせた私に、雄介はまるで吐き捨てるように言ったのだ。
『俺が、もっとしっかり管理局に関わるなって、言ってれば…なのはは、こんな怪我しなかったんだ』
『…な、何言ってるのよ。 そんなわけないじゃない、だって』
一瞬遅れて、私がそう言って…多分私は、雄介を慰めようと思ってたんだと思う。
でも雄介は凄い勢いで顔を上げると、目の前に居た私を睨みつけるように見て。
『違わない…! 俺が、俺がもっとしっかり! 魔法に関わるなって、危ないことをするなって言ってれば! なのはは…!』
『…ゆ、雄介』
その雄介の叫びに、一緒に帰る途中だった皆が振り返った。
私は何も言うことが出来ず、雄介も私に向けていった訳じゃないのか、そのまま吐き捨てるように叫び続ける。
皆が何か、雄介に向けて叫んでいたけど、私はただ雄介から視線が外せなくて。
溜まっていたものを吐き出すように、次々と自分を罵倒する雄介。
雄介の所為じゃないのに、自分の所為だと言い続ける雄介。
そうじゃないって、そう言ってあげたいのに、言ってあげられない私。
雄介に気圧されて、言葉に出来ないでいた私は、とっさに右腕を振り上げていた。
こう言うと言い訳がましく聞こえるかも知れないけれど、その時の私にはそんな事をしているなんて、そんな意識はまったく無かった。
私が気がついたのは、振り上げた右腕を、思いっきり雄介の頬に向けて振りぬいた、その直後。
パンッと聞こえた音は周囲や、叩かれた当人である雄介の誰よりも、私自身に響いてて。
雄介を叩いた、その勢いのままに言えたのは、たった一言だけ。
『…アンタの、雄介の所為じゃ、無いわよ…っ!』
それだけ言って、あとは何にも言葉にならず、目の前で頬を押さえる雄介を睨んだ。
しばらく呆然としていた雄介は、その顔に少しずつ私への怒りを溜めているのが、簡単に理解できた。
当然だと思った、だから、一発なら受けてあげようって思って、雄介を睨み返して。
だけど、そんな雄介の顔から、急に怒気が消えた。
何故か戸惑うような顔をしたかと思うと、雄介の困ったときの癖で、自分自身の髪の毛をガシガシと掻き回して。
がっくりと肩を落とした後、
『…何で、お前が泣いてんだよ』
『え…?』
雄介にそう言われた途端、自分の頬を何かが伝わっていくのを感じた。
慌てて目元を拭うと、確かに拭った手には涙の後。
自分のことなのに、どうしてか泣いているのか分からない。
何で泣いているのか分からなかったし、雄介に見られているのがすごく恥ずかしくて。
慌てて目元を拭う私に、雄介は一度ため息を吐いた後で、そっと…と言うには乱暴な手つきで、私の涙を拭った。
呆然としてしまった私の、ちょうど額の高さに雄介が手を伸ばして。
バシッ
『いたっ…!?』
『ばーか、お返しだ』
いきなりのデコピンに、思わず睨みつけたらそんな風に言われた。
お返しって…明らかに、私のほうが酷いことをしたのに、そう言うのだろうか?
何となく、気に入らなくてムスッとした顔をしたら、雄介は苦笑しながら。
『…悪かった、ありがとなアリサ』
そんな事を、言ってくるのだ。
…別に、そんな事を聞きたかった訳じゃない。
かと言って、何が聞きたかった何て、何にも分からないんだけど。
リンディさんとか、同行していた人たちに今度は謝っている雄介の背中を見ながら、そんな事を私はずっと考えていた。
+++
「あれが、ついこの間なのよねぇ…」
ボンヤリと窓の外を眺めながら、そんな風に呟く。
あの頃は若かったなんて、ふざけ半分に心の中で思って。
そこで窓の外に固定していた私の視界に、見覚えの有るものが通り過ぎた。
「!? 止めて、鮫島!」
「!?」
私の突然の叫びに、とっさに反応してくれた鮫島。
お陰でさっき見かけたのよりは、それほど遠くない位置で車が止まった。
シートの下に置いてあった傘を手に取りながら、
「鮫島、少しココで待ってて!」
「お嬢様!?」
呼び止める声には反応せず、車から飛び出した。
傘を差しながら走り、さっき窓から見えたものを探す。
車道からは遠かったから、確証は持てないけれど、それでも何となく確信した。
車道沿いにあった公園へと飛び込んで、さらに走る。
さっき車から見えたのがあの位置だから、大体こっち…の筈。
思いながら走る視線の先には、大き目の公園とかには良くある屋根のついた休憩所。
でも、ソイツが居るのは軒先から本当にちょっと離れた、雨ざらしになってしまう位置で。
「ちょっと! 何してるのよ雄介!」
「…」
呼びかけに答えない雄介を不思議には思ったけど、それよりまずはこの馬鹿を早く屋根の下に入れないと。
腕を引っつかみ、屋根の下に引きずり込んだ。
何でかまったく抵抗をしようとしない雄介を、どうにかこうにかベンチの上に突き倒して座らせる。
「何してるのよ! 馬鹿じゃないの、元々そうだとは思ってたけど!」
「…あぁ、アリサか」
わざと思いっきり馬鹿にしたのに、雄介から帰ってきたのはそんな返事。
いつもならもっと、馬鹿にして雄介を怒らせるのに、何でか今回はそれじゃ駄目な気がして。
わざとらしく溜息を吐いて、とりあえず傘を閉じた。
「で、ここで何してたの? 雨に打たれてたとか、そういう返事は要らないわよ? 時間もけっこう遅いし」
「…今、何時だ?」
まさか、今の時間も分からないのかと思いながら、携帯を引っ張り出して雄介に突きつける。
雄介は私の携帯を一度開いて、時間を確認してから閉じて私の手に乗せた。
それをまたポケットに仕舞いながら、
「で、言うことは?」
「…悪かったな、つい時間を忘れてた」
「…へぇ、時間を忘れて滝修行の真似事? いろんな意味で暇人ね、アンタ」
そんな誤魔化しで、通じると思っているのだろうか。
まぁその前に、嘘を吐くなら人の目を見て吐けと言いたいけど。
視線をこちらに頑なに合わせない雄介、そんなので人をだませる訳が無いのに。
しばらく、ベンチに腰掛けている雄介を見下ろすように見ていたけれど、どうにも目線をあげようとしない。
ため息が出るのを自覚しつつ、ずぶ濡れの馬鹿の隣へと腰を下ろす。
少ししか離れてないところに、急に座ってやったにも関わらず雄介は無反応。
こんな風にするの、なのはの事故からは始めてなのに…何だか、無性に腹が立つ。
「…ねぇ、何かあったの?」
「別に」
そんな風に、切り捨てるように言ったら、何かあったと言っている様なものでしょうが。
一瞬もこっちに視線を向けないその態度で、本当に何かあったのだと確信できる。
…ほとんど勘みたいなものだったけど、まさか的中するなんてね。
「何『が』、あったの?」
「…別に、何も無いさ」
『が』を強調して尋ねても、雄介は視線をこっちに向けないまま、そう答える。
全く、そんな態度で言われたって、誰が信じられるのよ。
でも、まぁ多分、このままだったら、何も言わないのだろうと思って。
「…なのは関係で、何かあったの?」
「…」
私の言葉に、黙り込む雄介。
それが逆に、本当になのはに関係することで、何かあったんだと私に確信させる。
でも、一体何があったんだろうか?
自分で言っておいて、雄介となのはの間で何かがあったなんて、想像もつかない。
こう言ってはなんだけど魔法の事以外では、なんだかんだで最終的には雄介が折れていたし。
…そっか、つまり雄介となのはに何かあったら、それは魔法の事でしか有り得ないんだ。
それに、今日お見舞いに来た雄介は、ちょっと様子がおかしかった。
多分そこで何か、私では予想の付かないことがあったんだろう。
そこまで考えて、
「…」
「…」
それをどうやって、雄介に尋ねれば良いのかが分からない。
ただ単純に尋ねるのなら、もうただ『なのはと何があったの?』なんて尋ねれば良いんだけど。
でも、どうしてかそれを尋ねて良いのかなんて、そう考えてしまう。
雄介ともなのはとも友達なんだから、尋ねても良いなんて心の中では思うのに。
二人とも心配だから、だから尋ねても良いと思うのに、何かが私の行動の邪魔をする。
それにさっきから、酷く雄介に対してイライラしている自分が居るのも、自覚していた。
いつもの雄介からは、全く想像できない今の雄介。
普段よりもずっと情けなさそうで、心ここにあらずなその様子に、何でか私はとてもイライラしている。
理由なんかは、知らない…でも、どうしても雄介の今の様子にイライラしてしまう。
イライラしながら、何を言えば良いのかも分からないで、ただ黙って雄介の隣に座っている。
雄介も、まるで私が居ないみたいに、ただ俯いたまま。
内心のイライラを必至に抑えながら、どうしてもこの場から立ち去ろうとは思えなくて。
「今日、な…」
唐突に、雄介が口を開いた。
視線は変わらず、私を見ないで下を向いたまま。
だから何も言わず、ただ黙って雄介の次の言葉を待った。
「お前らと入れ替わりに、なのはのお見舞いに行ったんだ」
「…そう、ね。 しかも、雰囲気がいつもと違ってたわよアンタ」
チラリと、こっちを見たので、取りあえずそうとだけ言っておく。
雄介は、あぁと頷いてから
「最近さ、色々考えてたんだ…魔法の事とか、なのはの事とか」
ボンヤリと今度は空中に視線を固定する雄介、でも多分その視線はどこにも向いていなくて。
隣に居るのに、私に向くことすら無くて。
何となく、それにまた少しイライラして。
「あの事故から、色々考えて…色々調べてたんだ、このままで良いのかなって思ったから」
「…このまま?」
相槌にも、ただあぁと言うだけで、私に視線を向けない雄介。
「このままだと、きっとなのはなら、また管理局に行くんじゃないかって思ったから…あれだけの、大怪我したのにさ」
言われてみて、確かにそうだと思った。
なのはなら、あんな大怪我しても、確かに続けるんじゃないかって。
でもそれ以上に、何でか私は、雄介に対してイライラするのを止められなくて。
「でさ…考えて、すごく考えて。 今日、言いに言ったんだ」
言われて、それが何を示しているのか簡単に分かったけれど。
それよりも、どうしても雄介の何かにイライラして。
だから、雄介の次の言葉を聞いても、何とも思わなかった。
「正面から、頼んだんだ。 なのはに、管理局を辞めないかって」
横目で雄介を見ても、その視線は私には向いていない。
ただどこかを見たまま、話し続ける雄介に酷くイラつきながら。
この気持ちが何なのか、それが分からないままに、話を聞き続ける。
「…正面から、頼んだよ。 お前が心配だ、怪我してほしくないって」
ふと、今の雄介の言葉を聞いて、心が騒いだ。
一体どこが気にかかったのか、自分でも…分からないけれど。
「俺も、皆も心配してる。 怪我をしてほしくない、傷ついてほしくない…そう、言ったんだけどな」
また、何かが心に引っかかる。
雄介の話を聞きながら、そっと自分の胸に手を当てて。
「なのははさ、頷かなかった。 それ自体は、実は何となく考えてたよ。 なのはなら、そう言うかなぁって」
それは、私でもそう思う…なのはは、凄く管理局で働くのに、憧れてるところがあるし。
雄介は、わざとらしく口を歪めて、まるで無理に笑おうとしてるみたいで。
それが何故か、酷く腹立たしかった。
「でも、さ…今日、本当にそう言われて、その目を見て」
言われて、思わず雄介の目を見て…そこに、後悔しか見えないのが、どうしてかとても悔しくて。
…どうして、こんなに雄介の一挙一動に心を動かされるんだろう?
こんな、こんな風に雄介の事ばかり気にしてるなんて、まるで私が
「『あぁ、俺じゃ止められないんだ』って、思った」
その一言はどうしてか、私にも強く響いて。
響いて、そして、唐突に理解してしまった。
あぁ私は、コイツが…雄介の事が、好きなんだって。
どうしようもなく、コイツが好きなんだって、そんな事を…ハッキリと、自覚してしまった。
きっと雄介がなのはを好きなくらい、同じくらい私も雄介が好きなんだって。
雄介がなのはを止められないみたいに、私も自分の気持ちがコントロールできないくらい、それくらいどうしようも無く好きなんだって…理解してしまった。
「なのはが、凄く遠くに感じちまったんだ」
私だって、雄介を遠く感じてた…なのはの事しか考えてないって、そう思って。
だからイライラして、心が騒いで。
無理に笑うのが腹立たしくて、後悔しか見えないのが悔しくて…なのはに、嫉妬してるんだ私。
「俺じゃあ、なのはを引き止めることが出来ないって、そう理解して…理解しちまって…なんて、言うんだろうな」
雄介は変わらず、私を見ないけど。
その横顔は、とても寂しそうで。
どうしようも無い自分が、凄く悔しくて。
「俺が、俺じゃなくなったみたいに、感じちまったんだ」
そこまで言うと、雄介は大きく息を吐き出した。
まるで胸に溜まっていた何かを、全て吐き出しているみたいで。
そうして、雄介は突然私のほうを向いて。
「今までずっとなのはが好きだったのに、急に、それが曖昧になって…気がついたら、お前が居たよ」
そう言って、淡く笑う雄介。
ドキッとして、咄嗟に視線を伏せて。
そんな私をどう思ったのか、雄介の苦笑する声が聞こえて。
「…馬鹿だろ、俺? 叩いてもいいぞ、今ならやり返しもしないしな…無抵抗キャンペーンだ」
顔を上げれば、そこには雄介の笑顔。
でも、その笑顔は凄く寂しそうに見えて。
私じゃ、代わりにはならないのかな、なんてそんな事を考えてしまった。
きっと、代わりなんて雄介は要らないだろうけど。
でも、それでも…私は、こんな寂しそうな雄介の顔なんて、見たくなくて。
だから。
「…ん? どうしたアリサ?」
雄介がそう尋ねてくるけれど、私は黙ったまま雄介と視線を合わせる。
そして少しだけ空けていた雄介との距離を、そっと詰めて、静かに顔を近づけていった。
…これが許されない事だって、そんな事は分かってる。
でも、それでも今の私に出来ることなんて、これくらいしか無くて。
視界の中の雄介が、微かに目を見開いているけれど。
私が今からしようとしてる事には、まったく気がついてないんだろう。
雄介にとっての私は、きっと普段から言うみたいに親友としか思ってなくて。
でも、私はそうじゃなかった。
きっと、ずっと前から…
キョトンとしたままの、雄介の肩に手を乗せて動けないようにする。
そしてそのまま、雄介からの抵抗が無いうちに…その唇へと、自分の唇を重ねた。
重ねた瞬間に、目は閉じたから雄介が今どんな顔をしているのかは分からない。
触れ合う唇の、少しだけかさついた感触に、心が騒いだ。
それはきっと、さっきまでそれだけ強く、唇を噛み締めていた所為なんだと思って。
少しだけ強く、自分の唇を更に押し付けた。
…どれくらい、その姿勢で居たのか、自分でも分からない。
十秒と言われても、十分て言われても頷いてしまうくらい、時間の感覚が無くて。
唇を離したときには、ただ大きく息を吐くことしか出来なかった。
目を開けた視界には、ただ戸惑うことしか出来ていない雄介が居て。
私のしたことに言葉も出ない…それくらい、怒っているのかも知れない。
でも、それでも私は後悔はしてないし。
それ以上に雄介が普段見せるような、そんな顔を今していたのがすごく嬉しかった。
雄介とキスをした事以上に、その事の方が嬉しくて。
私にも、少しくらいなら雄介の気持ちを動かせるんだって、そう思って。
「…何、でだ…?」
そう、呆然としたような顔で言う雄介。
何でか何て、はっきりとは分からない。
でも、一つだけ言えるのは
「…アンタの、そんな顔は見たくないのよ…」
「それ…っ!?」
雄介が何か言おうとしたのを見て、咄嗟にその口を…また自分の唇で塞いだ。
今はまだ、何も聞きたくなかった…後でなら、何を言われても良いから。
目を閉じて、雄介と触れ合ってる部分だけを思う。
何するんだって、そう言われるかも知れないけれど、でも、今だけはせめて…このまま。
雄介に嫌われたくなんて無い、でも今の私はそれだけの事をしていて。
どこかで、このまま全てが止まってしまえば良いなんて、半ば本気で思う。
またしばらくして、ようやく雄介から少しだけ体を離す。
ゆっくりと目を開ければ、目の前の雄介はまだどこか呆然としていて。
その頬が赤くなっているのに、少しだけ心が躍り…それ以上に、もの凄く恥ずかしくなってきた。
自分が何をして、何を言ったのかを改めて反芻して…自分の顔が真っ赤になるのが分かってしまう。
雄介の顔が見れなくて、何の意味も無く視線を巡らせたりして。
そして、殆ど密着しているくらい近くに座っているのに、改めて気がついて。
「~っ!?」
「お、おいっ?」
咄嗟に弾けるようにベンチから立ち上がってしまって、雄介が驚いたように尋ねてくるけれど。
もうとてつもなく恥ずかしくて、雄介の顔を少しも見ることが出来ない。
精一杯雄介から視線を逸らしながら、つい早口で。
「わ、私、その…鮫島を待たせてるからっ!」
そう言ってしまった。
雄介は少しだけ間を空けて
「お、おう…そう、か?」
そのまま駆け出す、その直前に。
ふと手の中の傘を見て、
「…これ、使いなさい! 私は、鮫島の所まで行けば車だから」
「え、いや…」
「い、良いから! それじゃね!」
雄介の手の中に傘を押し込んで、屋根の下から飛び出した。
途端に雨が体へと当たるけれど、それはここに来た時と比べると大分弱くなっているような気がする。
後ろを振り向く度胸なんて無いから、ただひたすらに鮫島を待たせてるところまで走って。
走る視線の先に、車の横で傘をさして待っている鮫島が見えた。
私が車に到着する直前に、タイミング良くドアを開けてくれたのでそのまま車の中に滑り込んで。
そのまま車のシートに体を沈めると、運転席に座った鮫島が。
「よろしいですか、お嬢様?」
「…うん、お願いね鮫島」
分かりましたと鮫島が頷いて、車が動きだすのを感じた。
ふと窓の外に視線を向けると、遠くに雄介が見えた…気がしたけれど、すぐに死角に入って見えなくなってしまう。
何となくホッとして、もう一度シートに体を沈める。
そしてシートに体を沈めたまま、さっきの事をぼんやりと考える。
…しっかり考えると、たぶんまたもの凄く恥ずかしい気がするし。
そんな風にボンヤリとしていたら、
「お嬢様? 何か、良い事でもありましたか?」
「え? どうして?」
「…お顔が、先ほどからそれとなく」
言われて、慌てて顔に手を当てるけれど分かるわけも無く。
また、顔が赤くなるのが自覚できた。
でもそれ以上に、鮫島に言われた事について考える。
さっきの出来事が良い事か、それとも悪い事なのか。
少しだけ考えて、でもわりとアッサリ答えが出てしまった。
その答えに、どれだけ自分勝手なのかを苦笑しながら。
「そうね…あったわ、すっごく嬉しくて、良い事よ」
同じくらい、悪い事だと分かっているけれど。
でも、どうしても良い事にしか思えなくて。
笑顔になってしまうのが、どうしても抑えられなかった。
+++あとがき
はい、最初に申し訳ありません。
書くといっていたなのは夏祭りデート編後半…どうにも無理そうです。
先週投稿してからの一週間、つまりこの間の日曜日まで頑張ったのですが、どうにも書ききれる展望が想定できませんでしたので、急遽変更し今外伝『ARISA』を仕上げました。
何となく、読んでいただけた方には分かるかもしれませんが、今外伝は今まで感想で話していたアリサルート『なのはに恋して破れた男』の分岐点のような話です…もちろん、こうやって外伝で書いたので、本編にはもう一切出しませんがww
ともあれ、もし書くならこんな分岐点で、ルートに入れようと思ってました…というお話でしたww
こちら、更新連絡と言いますか…なのは夏祭りデート編後半は多分、もう書けないと思いますので、次の本編更新は九月編になるかもしれません。
一応努力はしますが…どうにもこうにも難しくて。
なんだか支離滅裂気味ですが、今回はこれにてオサラバww
それでは…多分、今週はもう無いので、また来週~ww