+++裏話、すずか
「あの、月村さん、その…ちょっと良いかな?」
「うん? えっとアリサちゃん、ちょっとごめんね…どうかしたの井上さん?」
「ご、ごめんね…ちょっと、来てもらっても良い?」
朝、クラスメイトの子に呼ばれて、アリサちゃんに一言断ってから席を離れた。
井上さんに手招きされて、取り合えず着いていく。
教室から出てさらに、廊下の隅っこのほうにまで案内されて。
「あれ? 浅野さん?」
「おはよ月村、あたしは麻衣の付き添いみたいなものだから、気にしなくていいよ」
もう一人、クラスメイトの浅野さんが居てにこやかに笑いかけてくる。
二人とも、同じクラスになるのは今年が初めてだったし、あんまり交流は無いんだけど…
井上さんと浅野さんは確か幼馴染で、ちょっと引っ込み思案な井上さんを浅野さんが引っ張ってるような関係だったと思う。
「えっと…何か、私に用なのかな?」
「ん、まぁ用があるのは麻衣なんだけどね…ほら、訊くんでしょ?」
「う、うん」
浅野さんに促されて井上さんが何か言おうとしているけれど、緊張してるのか中々言おうとしない。
催促するのも失礼だろうから、少しだけ首をかしげたまま待って。
ふと、井上さんの顔が真っ赤になっているのに気がついた。
「あ、あの! 月村さんは、そ、その…佐倉君と、仲は、良いよね…!?」
「…うん? えっと、そうだね仲は良いと思うけど」
そう聞かれたことに答えながら、あれ?と内心で首を傾げる。
こういう事をこういう表情で聞かれたときって、本とかだとその…ある特定の場合で。
という事は、雄介君がそんな対象になってるって事何だけど…全然、実感がわかないかも。
そんな事をつらつらと考えてたら、井上さんは一度大きく息を吸ってから
「さ、佐倉君って…! 今、誰かと付き合ってたりす、するのかな!?」
…あぁ、やっぱりそういう事なんだよね。
+++本編、雄介
九月だし、転校生とか居ないのかよーなどとクラスの男子が阿呆なことを言っていたけど、取り合えず居るわけないだろうと否定。
何でだよーと聞いてきたので、取り合えず時期が半端だろうと言っておいた。
と言うか、転校生なんてそうは居ないものだと個人的に思う。
前世での学生生活十二年間、転校生なんて誰も俺が居たクラスには来なかったし。
あぁ隣のクラスに来たことはあったが、それも一回のみだし。
転校生なんて、そうそう居るわけ無いと言うもんだ。
「えーでも、居てもおかしくないだろ転校生くらい…あ、そうだ佐倉? それはそれとして、昨日の宿題やったか?」
うん、自分で振った話題を急に変えないようにな山中?
「やったけど…良いか山中? この間言ったな、今度から俺に教えてもらうつもりなら金払えって」
「え、あれマジなのか?」
当たり前だと山中に答えつつ、取り合えず荷物を片付ける。
愕然とした顔をしている馬鹿は無視して、荷物を片付けたらとっととなのはたちの方に移動しようかと考えていると。
「よし! 払ってやるよ!」
「その手に持ってる紙切れに、100円とか1000円とか書いてあったら問答無用で殴るけど、それで良いならな」
「…しゅっせばらいで!」
「手の紙切れを即効で捨てるのは褒めるし、難しい言葉を意味も知らずに使う根性は認めるが、まず自分で宿題くらいやれ」
あとゴミは拾えと言いつつ、毎度毎度こんな対応してるのに、何で山中はよく俺に構ってくるんだろうかと考える。
翠屋JFCの奴らだって、学校じゃ俺に殆ど話しかけないのに。
別に山中も俺以外に友達が居ないとかでも無い、と言うか普通に休憩時間はクラスの男子と話してるしな。
「なんだよー、友達だろー?」
「仮におそらくきっと多分もしかしたらで、友達だったとしても、友達として宿題くらいやれと忠告してやるよ」
「なんだよ、けちーハゲー」
「ようしそのケンカ買ってやる、いますぐ宿題始めるか他のやつに教えてもらえるように頼むかしろ」
買ってないじゃんかよーと言うアンポンタンを続けて無視しつつ、さてどうやって切り抜けようかと考える。
ちなみに、仮におそらくとかは割りと冗談じゃなかったりする。
だって、山中の下の名前知らないし俺。
そんな事を考えながら、ふと回りに視線をやると、ちょうどすずかと視線があう。
今朝はバスに乗っていなかったから、今日に会うのは初めてだ。
…なんか話したいことでもあるんだろうか、さっきから視線が合いっぱなしだけど。
「すずか、何か用か?」
「え、あ…えっと、今大丈夫?」
チラチラと、山中を見ながら聞いてくるので
「問題ない、気にしなくても大丈夫だぞ」
「うぉーい、何てこと言うんだよ佐倉ぁ」
「やったけど分からない問題があるって言うならまだしも、お前みたいに完璧に忘れてた奴には教えないようにしてるんだ。 だから帰れ、もしくは諦めろ」
ちくしょーと言いながら他の奴の所に行く山中を見送りつつ、改めてすずかに目を向ける。
「で、どうかしたのかすずか?」
「…えっと、山中君にあんな風にして、良かったの?」
「大丈夫だろ、いつもあんな風にしてるけど、気にもしてないみたいだし」
微妙に疑わしそうな視線を感じるが、本当にそうなのだから仕方ない。
友達とは言いがたいが、友人ならしっくりくるぐらいだと思うんだが個人的には。
ともあれ
「で、何か用があるんじゃないのか?」
「あ、うん…この間、雄介君がオススメしてくれたシリーズ、覚えてる?」
「うん? あー…あぁ、アレか。 覚えてるけど?」
しばらく前に、図書館で会った時の事だろう。
現在進行形で読んでいるシリーズだったけど、面白かったから薦めたんだよな。
と、すずかはカバンから一冊の本を取り出して
「この次の巻って、まだ雄介君が持ってたりする?」
「…あー、持ってる持ってる。 昨日それと一緒に借りたの全部読み終わって、明日か明後日には返しに行くつもりだけど」
そっかぁと呟くすずか、さてどういう事だろうと考えて。
何とは無しに、一つ思い浮かんだ。
「あー、すずか? もしかしてそのシリーズ気に入ったか?」
「え、あ、うん。 面白いよね、私としては主人公側よりも、敵対側が気になるけど」
「ほう、まぁそれは良かった。 で、続きが気になって仕方ないんだな?」
「…」
無言で視線を逸らすすずか、気持ちは分からなくも無いが。
大方、薦められたのを読んでみて面白くて、どんどん読み進めたら、ついに先に読み始めてた俺に追いついてしまったんだろう。
そして、今に至ると。
「あー、今日は用事があるから無理だけど、明日ちょうど学校も休みだし、図書館に行けるけど、一緒に行くか? すずかに用事が無ければだが」
「あ、うん。 今日借りれたら借りて、明日読むつもりだったから、それでも大丈夫だよ」
「それは良かった、俺が返してすずかが借りる前に、誰かに借りられたら凄いショックだろうしな」
「…そんな事あったの、雄介君は?」
「あったぞ? 凄く悔しくて、つい待ちきれず新品で買っちゃったけどな次の巻」
事実である、しかもその次が最終巻だったから、そのまま次も買ったしな結局は。
+++
「よし、これでOKだな」
「うん、あ、ありがとう雄介君」
次の日、すずかと風芽丘図書館の前で待ち合わせる。
返却を済ませたら、すぐにでもすずかが借りるためだ。
今日俺が返す分はまるっと借りるらしいので、そのまますずかが受け取る予定でもある。
返却処理も終わり、ちょっと冷房の効いた休憩所で休憩中。
九月になってもまだ昼間は暑いから、こういう所は涼しくていいな。
そんな時、
「前から思ってたんだけど、雄介君ってあんまり男の子と遊ばないよね?」
「…何だ、急に?」
やぶからぼうに聞いてきたすずかに、思わず思いっきり怪訝な顔をしてしまった。
わざわざ合わせて来てくれたとかで、すずかの奢ってくれたジュースを受け取りながら。
「んーと、昨日の山中君とのやり取りとか見てて、やっぱりって思ったんだけど」
「…まぁ、遊ぶって言うのが学校以外って言うなら、あんまりと言うよりも全くと言っていいほど交友は無いけど。 基本的に、校内でだけだしな」
昨日に引き続きだが、これもまた事実だ。
山中のレベルを友達と言うのを前提として、基本的に校内でしか交友が無いのだ。
まぁ、自宅近くに他に聖祥の生徒が居ないと言うのもあるんだけど。
ついでに言えばアソコは私立で学費もそこそこ高いし、居なくてもおかしくは無いんだが。
「校内でも、ほとんど一緒じゃないよね?」
「まぁな…と言うか、それがどうかしたのか?」
むしろ、校内ではほとんどすずか達と一緒に居るんだから、聞かなくても分かるだろう。
いまさらと言えば、かなりいまさらな事だと思うんだが。
すずかはふぅんなんて言いながら、
「やっぱり、なのはちゃん?」
「…主語が色々抜けてるだろ、何がやっぱりでなのはなんだ?」
「やっぱり、なのはちゃんと居たいからあんまり男の子たちと遊ばないの?」
…なんでこう、今日のすずかはこんな微妙に答えづらいことを聞いてくるのか。
しかも、いつものからかう感じの表情じゃないし。
「あー…別に、それだけじゃないぞ? もちろん、それもあるけど…ただ普通に、お前らと居るほうが楽しいし」
「…そうなの?」
何でそこで、微妙に疑わしげなのか。
ここで嘘を吐くメリット、まったく無いと思うんだが。
「いやだって、まぁ俺と一番趣味が合うのは、すずかだろう? アリサは…まぁ趣味とかの話じゃないが、親友みたいなもんだし」
「…ふーん」
いやだから、どうしてそこで疑わしげなのかと。
嘘は言ってない、と言うか物凄く本音なんだけど。
それに何と言うか、俺がこう言う事を言っていいのか分からんが…正直なところ、同年代の男子がどうしても子供に思えるんだよな。
いや、年齢で言えば今の俺はもちろん同年齢だし。
すずかやアリサ、なのはも、同年齢なのは間違い無いんだが。
こう…どうも周りの男子とは違い、精神年齢が高いように思える。
まぁ、子供なのは間違い無いけれど。
それにあれだよね、子供は女の子の方が精神的な成長は早いって言うし。
クラスの女子と話した事は少ないが、やっぱり皆男子よりは大人っぽいように感じたもんだ。
「と言うか、急にどうしたんだ?」
あんまりにも、突然すぎる気がするな。
そう思って聞いたら、すずかにしては珍しく思い切り眉根を寄せた顔をされた。
いや、本気でそんな顔をされる覚えが無いんだけど。
一体何なんなのだろうか…俺、何かしたんだろうか?
何かした覚え、全然無いんだけど。
いや、俺に覚えが無いだけで何かしたんだろうか本当に?
そんな事を内心で考えていると、何やらすずかも何かを考えている様子。
すずかが考え込んでいると、俺には何にもする事が無いわけで。
しばしそのまま無言で待っていると、ようやく考えが纏まったのか顔を上げるすずか。
ようやく何かしら答えてくれるのかと、じっとすずか見ていたら。
「…んー実は、雄介君の事が好きって子が居たんだけど」
…ぱちぱちと、思わず目を瞬かせる。
はて? 今すずかは何を言ったのか?
えーと、うん…すき? 隙? 鋤? …好き!?
は!? いや…え!?
「は、はぁ!? な、何で俺…ってか嘘!?」
「さすがに、こういう事では嘘は言わないよ? それに、何でって言うのは相手の子に失礼だよ?」
「そ、それはそうだが…なんでそんな事をすずかが!?」
むしろそっちに驚愕だ!?
なぜにどうして、すずかがそんな事を!?
と言うか、どうしてそう平然としてますかすずかさん!?
「私が相談されたからだよ? 雄介君の事知ろうとしても、男の子で仲の良い子が見つからなかったんだって」
「そ、そうなのか…って言うか! その、その子は一体何を!?」
「何をって、こういうのは多分ひとつしか無いよ?」
そ、それは確かにそうだが…!?
いや、いやいやいやその前にだな!?
「その子には、その…何だ?」
「あ、ちゃんと雄介君は好きな子が居るみたいって、言っておいたよ?」
「そ、そうか良かった…のか?」
でも悪いけれど、なのは以外を好きになれる気がまずしない。
何とは言っても、やっぱりなぁ…うん、いろんな意味での年齢差がな。
なのはだけは、あらゆる意味で例外だけど。
「で、そんな事があって、ちょっと気になってたんだけど」
「あ、あぁうん、俺も友達のそんな事聞かれたら気になるだろうし、まぁ仕方ない…よな?」
いや、気にしても仕方ないよ、うん。
ビックリしたけど、そうすずかが伝えてくれたなら、もう解決してるって事だし。
うん、俺は相手の事も何にも知らないんだし…聞かなかったことにしておこう。
「あ、すずか、それなのはは勿論…絶対にアリサには言うなよ? 間違いなく、からかってくるに決まってる」
「うん、そうだね…勘違いも大きくなっちゃうかも知れないし」
「…勘違い?」
ビクッと肩を震わせてから、慌てたように『あ、気にしなくて良いよ?』などとすずかが言うが、凄く気になる。
何だよ勘違いって? それにその反応。
大きくなっちゃうとかってところも、余計に気になるんだけど。
「じゃ、じゃあそろそろ、本を探しに行く?」
「…なんか、物凄く誤魔化されてる感があるが」
ほぼ自動的に思いっきり首を傾げてしまうが、これはもう気にしない方が勝ちなんだろうか?
いや、うん気にしても仕方ないに違いない…すずかは、こういう時に大抵教えてくれないし。
凄く重要な事はちゃんと教えてくれるし、まぁ良いだろう。
あ、そうだ…そういや。
「なぁすずか、この間薦めてくれたのってどんなタイトルだったっけ? ド忘れしちまったんだけど」
「え? えーと…内容は、どんなの?」
前にすずかに教えてもらったが、その時は今まで読んでたやつを読み始めたばかりでスルーしてたんだよな。
聞いた感じでは面白そうだと思ったのに、タイトルを完璧に覚えてない。
内容は…えーと確か。
「あー、ファンタジー系だった気がする。 あと、主人公が女で騎士?」
「あ、あれだね。 …もしかして、今読んでるのもうすぐ終わり?」
「残念ながらな、今回借りる分でちょうど終わりだ」
「…いつもだけど、最終回って分かるとなんか、寂しいね」
言葉通りに寂しそうな顔をするすずか、まぁ俺も頷くしか無いけど。
「読みたいけど、読みたくないって気分になるよな。 読むけどさ」
「そうだね、続きが気になって読みたいけど、読んだら終わっちゃうって考えると…どうしてもだよね」
「もどかしいものがあるよな、その終わりを見るために読んでるって言うのもあるし」
「ずーっと続いて欲しいって思うけど、でも実際に続いちゃうと多分どこかで飽きちゃうよね?」
「よっぽど面白いか、中身の路線が変更されないとなぁ…」
と言うか、ふと思うんだが。
「…こういう話、誰か他に出来る奴って居ないよな、そういえば」
「え? …そういえば、そうだね。 アリサちゃんもなのはちゃんも、こういう物語とかはあんまり読まないし」
二人とも本を読むのが嫌いなわけでは無いが、それでも積極的に読むタイプじゃないんだよな。
…あー、なのはの場合は、純粋に読みたくないのかも知れないな…国語の成績、あんまり良く無いし。
まぁともかく、すずかとしてるみたいな会話が出来るほどじゃない。
「アリサなら、何言ってんの?って、一蹴される気がする」
「うーん、ちょっと否定できないね」
苦笑するすずか、でもアリサならきっと言うと思うんだ俺。
ああいうタイプは、最終回を読んで読み終わったと達成感を感じるタイプだろうし。
俺とすずかは、終わってしまったと微妙に寂寥感を感じるタイプ。
「ちなみに、今回俺の借りる予定のやつは?」
「まだ続いてるから、逆に続きが気になって仕方なくなっちゃうかも」
それはそれで、また難儀なことだ。
まだ終わらないから続きに期待が持てるけど、逆にその続きがまだ読めないって事だし。
まぁだが、それよりも先に。
「まずは、俺に合うかが問題だけどな」
「それは読んでみないと、分からないもんね」
同じ作品を絶賛しても、他の作品では両極端の評価なんてザラにあることだし。
極端といっても、貶したりするわけでは無いが…そんな事で貶しても、何の意味も無いし。
完全にその辺のものが一致する人って、そうそう居ないしな。
すずかとは割りと、その辺りの趣味が一致してるので、けっこう本のやり取りをしていたりするけれど。
やり取りとは言っても、あれそれが面白いとか情報を交換したり。
あとは実際に持ってるやつだったら、それを貸したりするくらいしかしてないけどな。
「そういえば、雄介君はこの後どうするの?」
「ん? せっかく暑い中来たんだし、しばらくは居るつもりだ…まだ外暑いしな、もう九月だってのに」
夏休みの間にも何回かここには来たが、その度に長居している。
家で冷房つけてると、母さんがうるさいし。
扇風機だけでは足りないのだよ。
「そういうすずかは、これからどうするんだ? 家に帰って読むのか、せっかく楽しみにしてたし?」
「うーん…それも良いけど、私もせっかく来たんだから、しばらくは見てようかな…他に良いのがあるかも知れないし」
それは確かに、こまめに探してると見つけたときに嬉しいしな。
「そうか…帰りはどうする? 合わせるか?」
「んー、それは取りあえず見てからで良いんじゃないかな? 帰ろうと思った時に、お互いに声かければ」
「そうだな、じゃあそうする…あーすまん、その前にすずかのオススメの奴の場所、教えて貰って良いか?」
+++
「えーと、確かこっちだった筈だけど、あ…あったよ雄介君」
「お、サンキュ」
すずかに案内され、示された本を手に取る。
適当に開いて、軽く読んでみると中々に面白そうだ。
「どう、雄介君的には?」
ひょっこりと後ろから覗き込んできたすずかが、そんな事を聞いてくる。
借りることを決めつつ、本を閉じながら
「あぁ、これは面白そうだ。 当たりっぽいし、しばらくはコレで良さげだな」
「そっか、じゃあちょうど良かったね…あれ?」
「ん?」
急にすずかが変な声を出したので、後ろから覗き込んでいるすずかを見る。
と見ているのは俺の手元の本では無く、目の前の本棚…でも無かった。
本棚の、ちょうど俺が本を抜いたところから見える向こう側…そこに居る、車椅子に乗った同年代の子を見ているようだ。
その視線の先の子は、どうも少し高いところにある本を手に取ろうとしているようで、車椅子に座ったまま精一杯手を伸ばしているようだ。
ただ、それはどうも後ちょっと…ほんの少しばかり、届かないように見える。
むぅ…これは、見なかった振りはちょっとなぁ…
「雄介君、これちょっと持ってて!」
「ん、お」
おい、と呼びかける間もなく、俺の手の上に持ってた本を全て置いて…と言うかほぼ投げて、小走りに駆けていくすずか。
行き先は、まぁ…間違いなく、あっち側に行っただろうし。
すずかに渡された本をしっかりと抱えなおして、それから向こう側の列へと移動する。
「あの…これ、ですか?」
「…はい、ありがとうございます」
予想通りと言うか、俺の視線の先にはすずかの差し出した本を受け取っている、車椅子の…女の子かな?が居た。
険悪になったりとかも無く、至極良さそうな雰囲気である。
これなら、まぁ俺が近づいても大丈夫かな?
「おいすずか、もう少し断りを入れるとかはしてくれ。 落としたらどうするんだ」
「あ、ゴメンね雄介君…つい」
つい、って…まぁ、良いけどさ。
悠々と歩み寄りつつすずかに声をかけると、車椅子の女の子が驚いたような顔でこっちを見る。
まぁ、急に見知らぬ人が増えたし、俺は男だしな。
どうやって声を掛けたものかと、ふと車椅子の女の子に目をやって
「…その本、借りるのか?」
「え…あ、はい。 そうですけど…?」
その手に持ってる、本が目に付いた。
それは俺も昔読んだことがある本で、面白かったので自宅にも置いてある奴だ。
と言うか、なんかちょっとイントネーションがおかしいような…?
まぁ、気にしてもしょうがないか。
女の子の持ってる本が入っていた棚、そこから続きの分を二冊ほど取り出して
「それ、話し的にはここくらいまで借りてた方が、ちょうど良いぞ。 その巻だけだと、ちょっと微妙なところで終わっちゃうからな」
「え、あ…そうなん、ですか?」
あぁと頷きながら、丁寧に女の子の手にある本に重ねる。
傍目にも戸惑ったような表情を浮かべてるけど、さてどうするか…?
「雄介君、その本読んだことあるの?」
「ん、あぁ…そういや、まだすずかには教えて無かったな。 結構、面白いぞ?」
今度はすずかがそうなんだと頷いて、そのすずかと俺に視線を行ったり来たりさせる車椅子の子。
何だか微妙に困ったような顔をしていて、また一体どうしたものかと思う。
が、すずかはそれが何を示しているのか分かった様だ。
「私、月村すずかって言います」
「あ…あの、私は八神はやてって言います…えっと」
やっぱりイントネーションおかしくないかなぁなどと思っていたら、車椅子の子…じゃなくて、八神がこっちを見ていた。
イカンイカンと思いながら、
「俺は佐倉雄介、好きに呼んでくれ。 よろしく、八神」
「あ、はい…えっとよろしくお願いします、佐倉君」
「私は、名前で呼んでくれると嬉しいな…はやてちゃんって、呼んでも良い?」
「あ、うんええよ…その、よろしくなすずかちゃん」
関西のほうの人なのかなぁとそんな事を一人思いながら、すずかと八神が仲良くなるのを見守っている俺なのであった。
+++裏話②、すずか
「…一応言っておくけど、私は違うよ?」
「う、うん! あの、さ、最初は男子の誰かに聞こうと思ったんだけど…その、佐倉君と仲が良いのが誰か分からなくって…そ、それで!」
「あーうん、それでまぁ他の人に聞くとして、誰が良いかって考えたら、月村が残ったんだけど」
取りあえず、私は違うことだけ伝えると、井上さんが勢い込んで話し始めて、浅野さんは補足するみたいに教えてくれた。
確かに、雄介君ってあんまり男の子と仲良さそうには見えないもんね。
学校でも、大抵私たちと一緒だし。
って言うか、付き合ってる人は…一応、居ないになるのかなぁ。
まだ雄介君の片思いだし、付き合ってはいないもんね。
…そういえば、井上さんは雄介君に好きな人が居るのは知らないのかな?
こういう事を聞いてくるんだから、多分知らないとは思うけど…でも、知ってて聞いてるかも知れないよね。
「えっと…今、付き合ってる人は居ないと思うよ?」
「そ、そうなんだ…」
ほっと息を吐く井上さんに、このまま雄介君が片思いしてる事は伝えたほうが良いのかなってちょっと考える。
雄介君が好きなら、ちゃんと伝えたほうが良いと思うけど…きっとショック、だよね。
でも、雄介君がなのはちゃん好きなのはもう、私たちの中では明白なんだし…その内、井上さんも気づいちゃうって思うし…
でも、こういうの雄介君に内緒で教えるのは、マナー違反だよねきっと。
えーと…名前を言わなければ良いかな?
好きな人が居るって事だけなら、大丈夫だよね…多分。
あ、でもその前に、ちょっとこれだけは聞いておきたいかも。
「井上さんは、その…雄介君の、えーとどこが?」
直接的に言わなかったのは何となく、言ったら井上さんは顔を真っ赤にして喋れなくなるんじゃないかなぁって思ったから。
まぁでも、井上さんはそれでも顔を真っ赤にしちゃったんだけど。
「え、えと…その、そ、それは…!」
顔を真っ赤にして慌てる井上さんを、可愛いなぁなんて思う。
井上さん、もし雄介君がなのはちゃんを好きじゃなかったら、けっこう良い所まで行ってたんじゃないかなぁ。
男の子って、こういう女の子が好きだって、何かの本で読んだ気もするし。
「あの…い、言わなきゃ…ダメ…?」
「え、あ、そんな事ないよ? ちょっと気になっただけだから」
本当に恥ずかしそうに、そう言う井上さんに慌てて手を振った。
そんな井上さんの仕草に、本当に雄介君が好きなんだなぁって改めて納得してしまう。
私とかに聞いてくるからそうだとは思ったけど、井上さんは本当に雄介君の事が好きなんだ。
うーん…やっぱり、雄介君の応援もしてるけど…女の子として、井上さんの応援もしたいと思う。
応援って言っても、雄介君に好きな人が居るって事を教えてあげるくらいしか出来ないけれど。
でも、多分雄介君はずっとなのはちゃんを好きだろうし、それなら早いうちに教えてあげたいって思うし。
「えっと、井上さん?」
「え、あ、な、なに月村さん?」
私が話しかけただけで、少し動揺してしまっている井上さんには、少しショックが大きいかも知れないけれど。
でも、内緒にしておくのも、ちょっとダメだよね。
知らないままで居るのも良いかも知れないけれど、やっぱり雄介君も私の友達で。
さっきとは反対だけど、雄介君を応援したいって、そういう気持ちもあるから。
「あのね、雄介君今は誰とも付き合って無いけど…ずっと前から、好きな人が居るんだって」
躊躇わずに、何となく一息でそう伝える。
きっとショックを受けてる筈の井上さんへと、そっと視線を向けると。
「…そっかぁ」
そう言って、どこか納得しているような井上さんが居た。
どちらかと言えば、落ち着いているその様子に、むしろ私のほうがビックリしてしまって。
少し呆然としていたら、井上さんは少し微笑みながら
「…何となく、そうじゃないかなぁって思ってたから」
「そ、そうなの?」
確かに、けっこう雄介君分かりやすいけど…
それは、いつも一緒に居る私達だからで…現にクラスの子に今までそう言う事とか、言われてるのも見たこと無かったけれど。
そんな風に、内心でちょっと混乱している私に、井上さんは微笑んだまま。
「佐倉君、学校でもずっと一緒だし…そうなのかなぁって」
「…」
そう言われると、確かにそうだよね。
去年の夏休みの前まではそうでもなかったと思うけど、その後からはほとんど毎日一緒に居た気がするし。
しかも井上さんは私が覚えてる限りだと、今年から同じクラスだったし…そう思うのも当たり前だよね。
でも、そっかぁ…それでも井上さん、雄介君が好きなんだ。
私がなのはちゃんと仲が良いのは知ってるだろうし、それをわかってても聞いてきたんだもんね。
雄介君が、なのはちゃんを好きなのを知っても。
「…仲、良いもんね。 バニングスさんと佐倉君」
…あれ?
咄嗟に、井上さんの言ったことが理解できなかった。
えっと、今ちょっと…え、えーとアリサちゃんの名前が出てきたような…?
き、気のせいかな?
気のせいだよね、きっと…たぶん。
だ、だってここでアリサちゃんの名前って…
「二人とも、凄く仲良さそうだし…佐倉君があんな風にしてるの、バニングスさんしか見たこと無いもん」
…い、良い所見てるけど、違うよ井上さん!?
た、確かに雄介君、アリサちゃんに対しては他の人と比べてかなり態度とか違うけど!
アリサちゃんも、雄介君の事を嫌いなわけじゃないけど!
でもそれは、雄介君からしたら普通の友達なんだよ!?
え、えと…どうしよう、この状態!?
こ、これ違うって言ったら、雄介君が好きなのはなのはちゃんだって言うようなものだし!
でもこれを否定しなかったら、井上さんに雄介君がアリサちゃんを好きだって勘違いさせちゃうよね!?
二人をそうやってからかう時はあるけど、さすがに雄介君を好きって言う人にそんな勘違いさせられないよね!?
「月村さん、今日は朝からありがとう」
「…う、うん?」
ち、違うよ私!?
ここでちゃんと否定しないと…あぁ、でも否定したら雄介君の好きな人を完璧にばらしちゃうし。
あぁ井上さん、ちょっとだけ待って…まだ戻らないで!
「あ、ちょっと良い月村?」
「え、あ、な、なに浅野さん?」
井上さんを呼び止めようとしたところで、逆に浅野さんから呼び止められてしまった。
「うん、まぁ分かってるとは思うけど、この事は佐倉には言わないでおいてくれると助かる。 やっぱり、片思いでも相手に知られたら、麻衣も嫌だろうしね」
「…別に、嫌じゃないけど」
いつの間にか戻ろうとするのを止めていた井上さんが、ポツリとそんな事を呟いた。
えーと、それはつまり…知られたほうが良いって事だよね?
けっこう、強かだね…って、それはそれとして!
「う、うん、それは良いけど…」
「そっか、じゃあよろしくね」
「月村さん、今日は本当にありがとう」
私が言葉を続ける前に、浅野さんも井上さんもそう言って歩き出してしまった。
呼び止めないといけないけれど、でも呼び止めたら雄介君の好きな人がバレちゃうから。
流石にそれは幾ら何でも、雄介君になんの断りも無く教えちゃうのはダメだし。
いやでも、厳密に言うと私が直接言っちゃうわけじゃないんだけど。
でもでも、ここでそれを否定しちゃうとなのはちゃんしか残らなくって。
じゃあ言わなければ良いかって言うと、言わなかったら井上さんが勘違いしたままになっちゃうわけで。
「あ…」
そんな事を必至で考えている間に、井上さんと浅野さんはもうけっこう離れた位置まで歩いていて。
どうにも、話しかけるタイミングを逃してしまった。
しばらく、そのままその場で立ち尽くしていたけれど、これ以上ここで考えてても仕方ないと思って、教室へと帰る。
「あ、おかえりすずか。 何の話だったの?」
教室に戻ってきて、取り合えずアリサちゃんの所に戻るとそんな風に尋ねられた。
もちろんアリサちゃんは私が何を聞かれたかは知らないし、
(雄介君と今誰か付き合ってないかを聞かれて付き合ってないって答えて、その後好きな人居るみたいだよって言ったらそれは相手も知ってて、それの相手が何でかアリサちゃんだった)
なんて、言っても信じてもらえない気がする。
それに行動だけで言ったら、アリサちゃんでもおかしくないし…勘違いしてるのも、仕方ない気がするし。
そんな事を考えてアリサちゃんを見ていると、
「…なに? 私の顔に、何かついてるの?」
そんな事を言って、自分の顔を触り始めるアリサちゃん。
何となくそれを見て、この事はアリサちゃんには言わないでおこうと決めた。
言っても、アリサちゃんを混乱させるだけだろうし…雄介君には、近いうちにそれとなく話しておこうかな?
あ、そういえば雄介君に、この間教えてもらった奴の続き持ってるか、聞いておかないと。
薦められて借りた本、もう多分雄介君が借りてるところまで追いついちゃったし。
「ゴメンねアリサちゃん、そういえば雄介君にちょっと聞きたいことがあるから」
「あ、そうなの? 別に良いわよ…で、その雄介は…?」
そう言って、教室の中を見渡す私とアリサちゃん。
運よく、雄介君は居るけど…話し中、かな?
珍しく…って言うのも何だけど、誰か男の子と話してる。
まだ、声を掛けるのは止めておこうかな?
「あ、居るじゃない…行かないの、すずか?」
「え? でも、お友達と話してるみたいだし…」
「そう? あしらってるみたいだし、近くに行っても良いんじゃない?」
そう言われて、改めて見てみると確かにそう見えなくもないけど…
アリサちゃん、こういうのがあるから、余計に間違えられるのかな?
まぁでも、言わないって決めたんだから、ちゃんと内緒にしておこうかな。
「それじゃあアリサちゃん、また後でね」
「ん、それじゃね」
そう言うアリサちゃんと別れて、男の子と話してる雄介君へと近づいていく。
相手の子は…えっと、あ、思い出した。
確か、山中悠斗君だったよね。
私の知ってる中で、一番雄介君と仲の良い男の子だ。
「すずか、何か用か?」
「え、あ…えっと、今大丈夫?」
私が話しかける前に、雄介君の方から話しかけてきた。
でも、まだ山中君と話してる最中だし…
そう思って山中君を見ながら躊躇っていると、それに気づいたのか雄介君が山中君を横目で見つつ。
「問題ない、気にしなくても大丈夫だぞ」
「うぉーい、何てこと言うんだよ佐倉ぁ」
「やったけど分からない問題があるって言うならまだしも、お前みたいに完璧に忘れてた奴には教えないようにしてるんだ。 だから帰れ、もしくは諦めろ」
ちくしょーなんて言いながら他の人の所に行く山中君を見送って、改めて雄介君に目を向ける。
こんな感じで対応してるから、雄介君には男の子の友達が居ないって思われてるんだろうなぁ。
まぁでも、ちょうど良いと言えばちょうど良いんだし…とりあえず、自分の用事を済ませようっと。
+++後書きと謝罪&言い訳
えーはい、まずは一月も更新が空いてしまい、楽しみにしていらっしゃる方が居りましたら、大変申し訳ありませんでした。
原因は端的に申しまして、この夏の暑さによってSSを書く気力が根こそぎ奪われていたのです。
えぇ、要はやる気の問題なわけなのですが、そのやる気が根こそぎ熱さで奪われてしまいまして。
しかも脳内で組んでいたプロットも消えてしまい、再構成したらはやての登場がかなり早いとかのアクシデントも重なりまして…えー、ともあれ更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
今回は話的に、とてもアップダウンというか盛り上がりの薄い話だと思います。
基本、すずかと雄介の関係性の再確認と、感想に引っ張られてクラスでの雄介とかの立ち位置の説明回になってしまいました。
最初そうだったので、初めと終わりの裏話の部分を追加したのもあります。
えーあーと、色々言いましたが、これからは暑さも緩むでしょうし…更新ペースは落ちますが、書いていこうと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
あ、表記は無いですが、28.5話も同時投稿です…内容はなのは夏祭りデートの後編…のようなものですので、こちらもどうかよろしくお願いします。