『バレンタインの諸所模様』
+++バレンタイン前日(二年生の頃)
バレンタイン、それは男女問わずに重要なイベントである。
特に、誰か好きな人が居るのならば、さらに重要だろう。
そう、例えば俺みたいに…!
「それじゃあなのは、また明日」
「うん、またね雄介くん」
学校からの帰り道、なのはと別れて家路に着く。
普段なら、アリサやすずかも居るのだけれど、今日はアリサが少し早く帰りたいと言って別れ、すずかもアリサと一緒に別れた。
なので、今日はついさっきまでなのはと二人きりだった訳だが。
「ふ、ふふふふふ…」
一人で帰りながら、思わず笑いが漏れる。
ちょうどすれ違った通りすがりの人が、もの凄く変なものを見る目で見てきたので、そそくさと退散。
イカンイカン、浮かれるなよ俺…え?何で浮かれてるかって?
ふふふ、聞きたいかい? 聞きたいよな?
よし、教えようじゃあないか諸君!!
なんと、明日なのはがチョコをくれます!!
さっき話してたときに、ポロっとそれらしいことを言ってました!
えぇ、明日のバレンタインに、なのはがチョコをくれるんです!!
あっはっはっはっはっ!!…はぁ。
…まぁ、間違いなく友チョコとか義理チョコの類何だろうけどなぁ。
あぁ分かってるさ、でも夢を見ても良いじゃないか。
楽しみにしても良いじゃないか、期待しても良いじゃないか…期待に応えてくれることはまず無いんだろうけど。
「…ふぅ」
あぁ、何か一気に冷静になった。
何浮かれてたんだろ、俺?
なのはが、そーいう理由で渡してくれる筈が無いのは、一番分かってんのになぁ。
うん、早く帰って期待だけ持って明日を迎えよう。
それがきっと、一番さ。
+++side、高町家(美由希)
「おやおや、一体なのはは何を作ってるのかなぁ~」
「あ、お姉ちゃん」
ふと台所に顔を覗かせると、なのはが母さんと一緒に作業していた。
声を掛けられたなのははこっちを向きはするけれど、その作業している手は止まらない。
手に抱えたボウルの中身を、しっかりとかき混ぜ続けている。
おっと、その中身は…
「もしかしてなのはは…明日のチョコを、作ってるのかな?」
「うん、そうだよ」
ほっほう、それはそれは…
「なのはは誰に渡すのかな~? もしかして、雄介とか?」
「うん、雄介くんにあげるよ」
おぉ、ようやく雄介の思いがなのはに…って言いたいところだけど。
もうほぼ次になのはの言うことが解ってしまって、ちょっとだけ口元に笑みが浮かぶ。
「あとは、アリサちゃんとすずかちゃん。 学校で上げるのは、三人だけかな?」
「そっかそっか、じゃあ頑張って作らないとね?」
「うん!」
まぁ、そうだよねぇ。
なのはにはまだ、バレンタインに男の子にチョコを渡すことの意味は早いかな?
アリサちゃんやすずかちゃん辺りは、分かってそうなんだけどね。
笑顔で頷くなのはを見ると、まだまだ雄介には厳しい道かな?
こっちから視線を外して、また真剣にチョコを掻き混ぜ始めるなのは。
なのはの隣の母さんと一緒に、思わず私も声を出さずに苦笑してしまう。
ふと目を向けた先に開かれた本があって、そこに載ってるチョコの完成予想図を見れば。
それはもう、お店とかで売られてるような、昔私が作ったみたいな市販のを溶かして固めただけのでは無く。
ちゃんと手間暇かかってるのが解る、そんなチョコレート。
「…普通だったら、勘違いしちゃいそうだねぇ」
「え? お姉ちゃん、何か言った?」
ううんと首を横に振りつつ、あれを貰った雄介を想像してみる。
まず、学校では開けないだろうから家に帰って開けて、その中身がいかにも頑張って作りましたって言うチョコレート。
普通の男の子だったら、本命チョコだと勘違いしても全然おかしくないくらい。
まぁ、雄介はなんだかんだでなのはがそういうのに疎いって分かってるようだし。
勘違いはしないんだろうけど…無言でガッツポーズくらいは、しそうだなぁ。
叫ぶタイプじゃ、無さそうだから。
「…一回くらい、見てみたい気もするなぁ」
明日、学校から帰るときに翠屋に直接帰ろうかな?
もしかしたら、雄介が寄るかも知れないし。
そうしたらからかったり、上手くいけばその場でなのはからのチョコを開けるように仕向けれるかも。
…そういえば、アリサちゃんも雄介にあげるんだろうか?
嫌ってはいなさそうだしね。
+++バニングス家(鮫島)
「はいパパ、明日朝からお仕事なんでしょ?」
「あぁ、ありがとうアリサ」
ラッピングされた箱を受け取り、旦那様がお嬢様を抱きしめている。
少々、お嬢様は恥ずかしそうではあるが、振りほどこうとはしない。
明日はバレンタインと言うことで、お嬢様は学校より帰ってきてから今までずっとチョコレート作りに勤しんでおられたのだ。
「も、もう! いい加減に離してよパパ!」
「おぉ、すまないな。 これは、チョコレートかな?」
だが、流石に恥ずかしくなったのであろう。
顔を赤くしたお嬢様に押しのけられて、微笑まれながら離れる旦那様。
離れながらお嬢様にそう訊ね、お嬢様も口を尖らせてはいるが答える。
「うん、明日はバレンタインだから」
「そうか、じゃあこれは大切に食べるとしよう。 …そういえばアリサ、他には誰にあげるのかな?」
「え?」
…おや? 今少しばかり、旦那様の視線が鋭くなったような?
お嬢様もキョトンとした顔をされ不思議には思ったようだが、首を傾げつつもお答えになる。
「えっと…なのはとすずかとは、交換する予定で…」
「あぁ、あの二人だね…もう一人、まだ会った事の無い子が居なかったかな?」
そう旦那様が尋ね、私には何となく聞きたい事が解ってしまった。
そういえば、彼はまだ旦那様とは面識が無かったのだと改めて思い出すほどだ。
「雄介の事?」
「あぁ、その子にはあげるのかな?」
「ん~、そのつもりだけど…」
そのお嬢様の答えに、そうかと一言だけ呟く旦那様。
そういえば、ついこの間もだっただろうか?
旦那様から、雄介様について尋ねられたのは。
「どんな子なんだい、その雄介君は?」
「どんなって…えーと普通の、とは言えなくて…悪い奴では無いんだけど」
旦那様の問い掛けに、考え込みながらお嬢様が答える。
お嬢様の言う雄介様は、普段の食事時に話すのとほぼ変わりなく、一言で纏めるならば面白く一緒に居て飽きない人、となる。
「ふむふむ、そういう子なのか」
「ん、まぁ…でも、それがどうしたのパパ?」
「いや、まだ会った事が無いからね、気になったんだよ」
そっかと頷いて、それ以上は追求しないお嬢様。
その後、しばし言葉を交わしてお嬢様は明日の準備に部屋へとお戻りになった。
そして、
「…鮫島」
「はい、何でございましょうか?」
旦那様の呼びかけ、ある程度予期出来ていたのですぐにそちらへと。
旦那様の表情をそっと見てみてれば、どことなく険しく見える気もすると言った所。
「お前からは、どう見る?」
「それは、お嬢様と雄介様のどちらで?」
「…雄介という子の事だ」
それでしたら、と前置きしつつ。
「雄介様としては、アリサお嬢様は間違いなく友達と言った所でしょう。 特に特別な感情を抱いては居ないようです、言うなれば親友でしょう」
「ふむ…」
「ただ、お嬢様の方が多少は気にはしていらっしゃるようで。 それが『そういう気持ち』なのかは、分かりませんが」
「…むぅ」
眉根を寄せている旦那様、注意してみればその口が微かに動いているようで。
耳を澄まし、何を呟いているのかを聞いてみれば。
「…むぅ、士郎も別に悪い子では無いと言っているが、いやだがしかし…まだ早いだろう、まだ。 まだ小学生だぞ、アリサもその子もまだ小学生なのだし。 それに悪い虫ならば…」
「…旦那様、発言が不穏当でございます」
「ぬ…」
口に出しているつもりは無かったのか、私の言葉にうろたえる旦那様。
これは、雄介様には好きな人が居ると言ったほうが良いのか悪いのか…取りあえず、今は言わないでおきましょう。
雄介様ならば、そう最悪なことはなさらないでしょうし。
+++月村家(ファリン)
「ファリン、そっちの取って貰える?」
「はい、ちょっと待ってくださいね~」
すずかちゃんに言われて、チョコをかき混ぜる作業を中断して言われたものを渡す。
そしてまた、チョコレートをかき混ぜて。
ふと、
「そういえば、すずかちゃん?」
「ん? なにファリン?」
「えっとですね~、これって明日のバレンタインのチョコですよね?」
「うん、そうだよ?」
やっぱり、そうなんですね。
でも…
「すずかちゃん、雄介君にもあげるんですか?」
「そのつもりだけど…どうかしたの、ファリン?」
どうかしたと言うよりかは、何て言えば良いんでしょうか?
うーんと、つまりですけど。
「えっとですね、雄介君はなのはちゃんが好きじゃないですか?」
「うん、そうだよ?」
「なのに渡すと、嫌がるんじゃないですか?」
なのはちゃんは雄介君に渡すみたいですけど、そうしたら余計に渡さないほうが良いんじゃないでしょうか?
ほら、あの~好きな人の前で、他の人から貰うと体裁が悪いみたいな?
「まぁ、そうなるかも知れないけど…」
「けど?」
「なのはちゃんから考えると、どうして私達が渡してないの?ってことになっちゃうから」
「あ~、確かにそうかもです」
なのはちゃんから見たら、確かに自分だけ雄介君に渡して二人はどうして渡さないんだろうって事になりますね。
なのはちゃん、とっても鈍いですし。
「まぁでも…」
「でも?」
「そんな事を考える前に、なのはちゃんの方から私達にチョコを渡してくると思うよ?」
「…確かに」
雄介君に渡して、そのまますぐにすずかちゃん達に渡してるなのはちゃんが見えます。
そうなったら、雄介君がっかりですね。
ちょっと見てみたいかも。
「アリサちゃんも、多分そう考えてるんじゃないかな? もしかしたら、違うかも知れないけど」
「違うかも知れないんですか? あぁでも、確かにアリサちゃんは違うかもです、結構気にしてますよね?」
「うん、どういう風に気にしてるかは分からないんだけどね。 さてと、じゃあ後もうちょっとだけ頑張ろっか?」
「はーい」
+++バレンタイン当日(雄介)
「はい雄介くん、いつもありがとう」
「おう…! こっちこそ、いつもありがとな」
おっ、しゃあああぁぁぁああああああ!!
思わず、受け取るのとは逆の手で小さくガッツポーズ!
ヤバイ、受け取る方の手が震えそうだ…!
目の前にはラッピングされた箱、中身はもちろんチョコレートだろう…!
…むしろ、違ったら俺の精神的ダメージは計り知れないことになるけど。
いや、そんな些細な事はどうでも良い!
そう、今重要なのはこれはなのはがくれたもので、さらには今日がバレンタインという事!
この際、なのはがその辺絶対に気にしてないとかは気にしないことにしよう!
あぁ…ある意味では、まるで夢のようだ…!
「はい、アリサちゃん、すずかちゃん」
「…あーありがとね、なのは」
「ありがとう、なのはちゃん」
夢は終わった!
早すぎる、もうちょっとだけでも夢を見てたかったよマジで!
実はなのは、分かってやってないか!?
いや、なのははそんなことしないって分かってるけどさ…
「…まぁ、あれよ? 悪意は無いのよ、悪意は?」
「悪意は無くても、ある意味俺の心はズタズタだ…」
「でしょうねぇ…」
「だが、それでももう構わん」
「…筋金入りね、アンタ」
なのはとチョコを交換したアリサが、フォローなのか声をかけてくる。
ふふふ、だがしかしこの程度は昨夜に予測済みだ…!
当たっては、欲しく無かったけどな!
あと、その筋金入りの馬鹿って顔はやめろアリサ。
「まぁアンタらしいけど、はいコレ」
「ん?」
ひょいっと、何の気なしに何かをアリサから渡された。
手の中に視線を落としてみれば、そこには二つ目のラッピングされた箱。
…一瞬、思考が止まったが、これはまさか?
いや、しかもアリサから?
…何かの罠? いや、さすがにアリサがそんな事するわけないし、失礼すぎるな俺。
「何か、不愉快そうな事考えてるみたいだけど、他意は無いわよ? なのはがあげて私達があげなかったら、それこそなのはは不思議がるでしょ?」
「…ツンデレ?」
「死にたい?」
「本気でごめんなさい…まぁ、サンキュなアリサ」
「別に良いわよ、それだけの理由でもないしね」
それだけじゃないって、どういう事だ?
聞き返そうと思ったが、アリサは今度はすずかとチョコの交換をしている。
むう、タイミングを逃したな。
「雄介君、予想通りだったよ」
「…すずか、それは俺に対する挑戦と受け取っても良いな?」
俺に近寄ってきて早々、そんな事を言うすずか。
拳を握る俺に、冗談だよ、冗談と言うが…そうは聞こえなかったぞ。
俺にとっても予想通りだったけど、言われるまでも無いんだよチクショウ。
そんなやり取りをしつつ、すずかも俺にチョコをくれた。
「雄介君には、いつもお世話になってるからね」
「いや、それを言うなら俺のほうが世話になってる気がするぞ? 主になのは関係で」
「そっちは、私も楽しんでるから大丈夫だよ♪」
…今なにか、聞き捨てなら無い、いやむしろ聞き逃してはいけない一言が聞こえた気がしたよ!?
すずかの笑顔が、もの凄く得体の知れないものに見える…!
「すずかちゃーん、雄介くーん? 何してるのー?」
「あ、ほら行こっか雄介君?」
「そうだな」
離れたところから俺たちを呼ぶなのはに、手を振りながら歩いていくすずか。
アリサは…いつの間にやら、なのはの隣に居たか。
そういえば、俺ってばつまりチョコを三つも女の子から貰ったのか。
…前世では考えられん、ってゆーか前世で個人的に貰ったことなんて一回も無かったし。
………転生してからのほうが、充実した人生を送ってないか俺?
+++後書き
閑話ってか、過去のお話ですけどね全部。
本編時間からすると、長くても二ヶ月前の至近距離な過去のお話でした。