『惚れた日の事』
俺が、高町なのはと言う少女に惚れた日の事を話そう。
あれは一昨年、小学一年生の時。
その頃の俺は、きっととんでもなく冷めた子供だったと思う。
なにせ精神年齢は元の年齢を加えると、すでに26歳になっていたのだ。
小学校に居て、自分になんら得るものなんて無かったし、周りは当然ガキばっかりだったから。
転生した俺は、特に何するでもなく日々を過ごしていた。
赤ん坊の頃は当然何も出来なかったから、大きくなってから周囲の事を調べ始めた。
その結果、別になんら変わったことは何も無かった。
名前も前と変わってないというか、そもそも母親さえ同一人物。
でも育った場所は違うから、良く似た平行世界なんて場所に生まれ直したに違いなかった。
海鳴なんてのは、前の時には聞いたことは無かったけど、日本全国の都市の名前を覚えているわけでも無いし。
そんな俺は、私立の小学校に通っていた。
まぁ理由としては単純に、俺の頭の良さを見た母親が少々頑張って私立に入れてくれたのだ。
俺としては別にどうでもよかったけれど、嬉しそうにしている母さんは無下には出来ないし。
と、大分話が逸れた。
話を戻そう、あれは俺が小学一年生の頃だった。
その頃の俺は、特に周囲の誰かと話すことも無く一人で過ごしていた。
授業の理解は楽勝、休憩時間は廊下か階段の踊り場の窓の外を見下ろしているのが常だった。
そんなある日、俺が階段の踊り場から空を眺めていると、俺の視界の下側のほうから何か言い争うような声が聞こえてきた。
言い争うというよりは、誰かが一方的に言っている感じではあったけれど。
下を見れば、そこに居たのは2人の女の子。
一人は金髪の女の子、きっと外国人だろう。
もう一人は、気の弱そうな女の子。 だって、今にも泣き出しそうだから。
よくよく見てみれば、金髪の女の子の手には何でかヘアバンドが握られている。
身につけても居ないヘアバンドを手に持って振り回し、更にはそれを泣きそうな顔で見ているもう一人の女の子。
喧嘩…と言うよりは、苛めに近いものがある。
それを見た俺は、
「下らない…」
と呟いただけでもう視線を他に向けた。
興味なんか無かった、別に知っているやつと言うわけでも無かったし。
子供が喧嘩するなら、勝手にしてれば良い。
そう思って、また空へと視線を向けて。
パチィン
何かを思いっきり叩いたような、そんな音が聞こえた。
何の気なしに、もう一度視線を下に向ければ、そこにさっきまで居なかった女の子が一人増えている。
髪の毛を頭の左右で結った女の子が、さっきの金髪の女の子の前に腕を振り切ったような体勢で立っていた。
金髪の女の子はこっちに背中を向けているから、その表情は見えないけれど左手が顔のほうに持ち上げられている。
きっとあの髪を結っている子が、あの金髪の女の子を叩いたんだろう。
(勇気があるんだなぁ…)
そう思って、そう思うだけで何もしない。
あの女の子は他人のために怒れるんだなぁと思って、あの金髪の女の子みたいな子には、きっと逆恨みされるんじゃないかと少しだけ心配した。
俺には関係ないけれど、他人のために他人を叩ける女の子は凄いと思う。
だから他人を叩けるあの女の子が何となく気になって、女の子たちの方へと耳を傾けその様子を眺める。
「痛い…?」
呟くように、金髪の女の子に問いかける。
金髪の女の子は、ただ叩かれた頬を押さえたまま目の前の女の子を見ていて。
金髪の女の子の視線を辿って、髪を結った女の子の表情に目をやる。
「でも、大事なものをとられちゃった人の心は」
そうして、その女の子の眼を見た瞬間、俺の背中を何かが走りぬけた。
叩いた側なのに、眼には涙を溜め金髪の女の子を睨んで…見ている。
「もっと、もっと痛いんだよ…」
女の子が金髪の女の子に対して何かを言っていたけど、俺の耳にはもう入っていなかった。
俺はただ、女の子の様子しか眼に入ってなかった。
眼に涙を湛えながらも、しっかりと相手を見つめる瞳。
その真っ直ぐな、力強い瞳にまるで俺は縛り付けられてしまったようで。
女の子達が取っ組み合いの喧嘩に発展し、最終的に苛められていた女の子が大きな声を上げて、三人ともが立ち去ってからも俺は動けなかった。
ただただ、その場に立ち尽くしながらさっきの、真正面から見てしまった女の子の眼を思い出していた。
その眼に涙を湛えながらも、しっかりと正面の女の子を見据えて離れない強いまなざし。
真っ直ぐに、射抜くような強さで。
俺が見られていたわけでもないのに、俺の心を完全に撃ち抜いていた。
俺、佐倉雄介はその日
後に名前を知ることになる少女、高町なのはに恋をした。
完全な、一目惚れだった。
+++コメントレス
>剣聖さん
ありがとうございます、基本的に超スローペースで行きますので、ノンビリとお待ちいただけたら幸いです。