なのはの言葉の理由を聞けば、何でも次の連休に家族で温泉に行くと言うことだ。
翠屋は基本的に年中無休だが、連休の時などはお店を店員さんに任せて家族で出かけるらしい。
で、それで何故俺たちにも行こうと言うことになったのかと言えば、まぁ士郎さんがなのはに友達を誘っても良いと言ったらしかった。
家族旅行なのに良いのかなとも思うが、誘われたのを断るのも悪い気がする。
もちろん、その日の帰りに翠屋に行って確認は取ったが。
…いや、別に他意があったわけじゃないけど、士郎さんたちが男子も行くというのを想定したかも怪しかったし?
普通に考えれば、なのはみたいな女の子がお泊りに男子を誘うはずが無いだろうしな。
俺が行くという可能性が、最初から除外されていた可能性も十分に有り得るのだ。
ってゆーか、なのはは色々無防備なのか無関心なのか。
二年生の終わりごろに、話の流れで俺までアリサたちと一緒にお泊りすることになりかけたし。
俺が丁重にお断りする前に、アリサがどうにか潰してくれたけど。
…ん、行きたくないのかって?
正直言えば、色々あるので行きたくないのが本音。
その、何だ? こう、もっと気軽に話せるようになってからが良いなぁ…今だったら話が持たなくて、間違いなく気まずい思いをする。
アリサが居れば、その心配は無いけど…
アリサは極普通に、もう同い年くらいの異性と一緒にお泊りとかは普通に恥ずかしがるだろうからな。
俺も恥ずかしいし、アリサとそんな気まずさはかなり遠慮したい。
アリサやすずかと話せなくなったら、必然的に俺孤立しそうだし。
話が少々ずれたけど、士郎さんに確認を取ったところ満面の笑みで『当然だ』と言われた。
…この間アリサに殆どの人にバレていると言われて、最近かなり疑心暗鬼だ。
翠屋の人には、本気で全員にバレているのだろうか?
いやもう、そんな話も放っておいて取りあえず、俺たちは今度の連休に温泉に行くことになりました。
+++
窓の外を流れる景色は、俺の見たことも無い景色ばかり。
見たことの無い景色が、どんどん後ろへと流れていく。
まぁ、乗ってる車が前に進んでいるからだけど。
しかし、車に乗るのは久しぶりだ。
と言うのも、家では車に乗れるのが父さんしか居ない。
俺もまぁ、一応前世の記憶があるから乗れるが、今の年齢では犯罪だし。
母さんは免許を持ってないので、車に乗れない…車は、父さんが持っていかなかったから、マンションの駐車場に置きっぱなしだけど。
「ちょっと、何ニヤニヤしてるのよ?」
声を掛けられたので、外に向けていた視線を車の中へと戻す。
今の俺が居るのは、温泉へと向かう車の中。
士郎さんと桃子さんが前の座席に乗り、真ん中に美由希さんと籠にはいったユーノ、後部座席に俺たち四人が少々狭いけれど座っている。
一番右側に俺で隣になのは、そしてすずかにアリサと言う順番だ。
定員が三人の席に四人並んで座っているので、隣のなのはと肩が触れており内心かなりドキドキしている。
本当は真ん中の席にでもユーノを抱えて座ろうと思ったけど、何を思ったか強引にアリサが俺を押し込んだのでこうなっている。
…いや、どうしてこうしたかは解るけどさ。
ともあれ、一番向こうから声を掛けてきたアリサを見れば、なのはもすずかも俺を見ている。
内心、少々たじろぎながら
「そんなに、ニヤニヤしてるか?」
「そりゃあもう、ちょっと不審人物レベルね」
「アリサちゃん、それは言いすぎだよ」
失礼なことを言うアリサだが、すずかも顔が笑ってたら説得力が無いぞ。
なのはまで苦笑しているし、そんなに俺がニヤニヤしてると変か。
「…温泉が始めてだからな、今から楽しみなんだよ」
「そうなの?」
前世から含めて、一回も言ったことが無い。
銭湯すら無いぞ、前世での修学旅行などはカウントしない方向で考えればだが。
もっとも、それを数に入れても片手で足りる数しか入ったことが無いけど。
「ほぉ、雄介は温泉が初めてなのか?」
「え、はぁそうです」
唐突に、前で運転中の士郎さんが会話に入ってきた。
いや、別に嫌なわけでは無いけど。
バックミラー越しに、一瞬だけ士郎さんと視線が合う。
「だったら、どうだ? 入ったことが無いのなら、男同士一緒に入るか?」
「…それは嬉しいですけど、良いんですか?」
いきなり一人で温泉とか、もの凄く気後れする。
だから、士郎さんが一緒に入ってくれるなら、そういうのが無くて良いけれど。
士郎さんは気にする事はないと言いながら、
「それじゃあ、恭也も誘って男三人で入るとするか…桃子も、取りあえず向こうに着いたらそうするのはどうだ?」
「そうね…ノエルさんたちも誘って、こっちも皆で入りましょうか?」
そう、桃子さんがこっちを見ながら言う。
なのはたちはコソコソと耳打ちしあった後、
「「「さんせーい!」」」
三人満面の笑顔で、声を揃え答えていた。
温泉に着いたら、荷物を置いて全メンバーで温泉が決定…俺が、発端か?
いや、一人で入るのよりは楽しいから良いだろうけど。
二泊三日の高町家式温泉旅行、初っ端からフルメンバーで温泉です。
+++
「っ~~~!」
旅館に着いて車から降り、取りあえず伸びをする。
アリサとすずかは近くの池へと走り、中の魚…こういう所では鯉だろうか?それを見て歓声を上げていて。
なのはは、俺と同じでぐーっと伸びをしている。
「なのは、雄介! ちょっと来なさいよ、池の中に大きいのが居るわよ!」
「そうなの、アリサちゃん?」
「うん! 大きい鯉がね、泳いでるんだよ」
アリサが俺となのはを呼んで、すずかが近づいていったなのはに池の中を指差しながら教えている。
普段の大人っぽさが無くなった三人は普段よりもずっと年相応で、贔屓目を無くしたとしても十分に可愛いんじゃないだろうか?
いや別に、普段の大人っぽい時が可愛くないわけでは無い。
普段だって三人とも、十分に可愛い…って、何を考えてるんだ俺は?
ともあれ、俺もそちらへ混ざろうとも思ったが、士郎さんたちが荷物を車から降ろしているので、取りあえずそっちを手伝うことにする。
「あれ? どうかしたんですか雄介君?」
「いえ、ちょっと自分の荷物だけでも持っていこうと思いまして」
荷台に行ったら、ちょうどこっちの車から荷物を降ろしているファリンさんに話しかけられた。
ふと見れば、その足元には俺の荷物。
降ろしてくれたようなので、お礼を言いながら引き取る。
「ありがとうございます、ファリンさん」
「いえいえー、これくらい何でも無いですよ」
いつもにこやかなファリンさん、年下の俺にも敬語なのはメイドとして矜持か何かなのだろうか?
と、そんな事を思いながら何とはなしに見ていると、ファリンさんの足元には他にも沢山の荷物。
二泊ともなると荷物が多いなぁと見ていると、その中になのは達三人の荷物が見えた。
ふと思い立ち、
「ファリンさん、すずか達の分の荷物だけでも俺が持ちますよ」
「え? いえいえ、そんな大丈夫ですよ」
俺の言葉にファリンさんは遠慮して見せるが、他の荷物も多いし俺も男。
そのくらいなら楽々と持てるはずと、なのはとアリサ、そしてすずかに俺の荷物の四つを纏めて担ぐ。
少々重くて動きづらいが、無理ではない。
「おぉ、力持ちですねー雄介君?」
「一応、鍛えてますから」
偉い偉いとファリンさんが頭を撫でてくるが、恥ずかしいので是非ともやめて欲しい。
そんな年でも…いや、そんな年だったか外見は。
まぁ、良いか別に。
「じゃあ、これは俺が運びますね」
「ごめんなさい、宜しくお願いしますね雄介君?」
俺が四人分だけ荷物を持って離れると、すぐに残りの荷物を誰が持つのか相談が始まった。
すぐにでも決まりそうなので、一足先になのは達でも呼びに行こう。
まだ池の中を覗きこんでいたなのは達に近づいて、
「おーい、多分そろそろ移動するみたいだぞ?」
俺が呼びかけると、三人揃って振り返る。
「あら、そうなの?」
「はーい…って、雄介君、それ私達の?」
「ご、ごめんね雄介くん、自分の分は自分で持つね!」
アリサは俺が荷物を抱えているのに何も言わなかったが、すずかとなのはが慌てたように俺から荷物を受け取ろうとしている。
そんなに、気にしなくても良いんだけどな。
持つのは比較的に小さい荷物ばかり選んだし。
「いや、別にこのくらい良いさ。 このくらいなら軽いもんだし」
「でも、持ってもらうなんて…」
「そ、そうだよ。 私達も自分の分くらい持つよ?」
「良いじゃない二人とも、雄介が持ってくれるって言うんだし」
アリサ、お前は少し遠慮しろ。
いや、別に持つつもりだから良いけどな?
とその時、
「おーい、皆行くよー?」
美由希さんの声が聞こえ、振り向けばもう大人たちは準備完了のようだ。
「ほら、早く行かないと置いていかれるんじゃないか?」
「で、でもぉ…」
俺がそう言うが、なのははまだ迷い気味。
ここは強引だが、移動を始めてしまえば諦めてくれるだろう。
「さぁ、行かないとどこの部屋か解らなくなるぞ~」
「あ…もう、待ってよ雄介くん!」
なのは達に背を向けて歩き出せば、そんな風に言いながら追いかけてくるなのは。
歩く俺の横に並んで、
「もう…ごめんね雄介くん? 荷物持ってもらって」
「俺が勝手に持ってるんだから、気にしなくても良いさ」
俺はそう言うが、なのははあんまり納得してなさそうな顔。
本当に、気にしなくても良いんだがなぁ。
+++
自分達が泊まる部屋へと案内され、荷物を置いたらすぐに温泉ということになった。
俺と士郎さんに恭也さんの三人で、連れ立って温泉に向かう。
女性陣は、一足先に全員が先に温泉に向かった。
まぁ、男湯と女湯は隣同士なんだけど。
「あ」
「ん、どうかしたか雄介?」
男湯の入り口を通る直前、荷物の最終チェックをしていたら忘れ物に気が付いた。
思わずあげた声に、士郎さんが反応して聞いてくる。
「…あー、えっとちょっと忘れ物したみたいで」
言いつつ、来た道を戻り始める俺。
そんな俺に、少々大きな声で士郎さんから声が掛かる。
「そうか…雄介、取りに行くなら先に入ってるからな!?」
「はい、それで良いです! 先に入ってて下さい!…あぁ、やっぱり忘れたみたいなんで、取ってきますね!」
俺も大声で答えて、士郎さんと恭也さんが男湯へと入っていくのを確認する。
もう一度荷物の中身を確認するが、やっぱり忘れたようだ。
仕方ない、取りに戻るとしよう。
と、その時。
「きゅー!」
「待って、ユーノくん!」
「ん?」
女湯のほうからそんな声が聞こえて、次の瞬間入り口から小さな影が飛び出してくる。
その影は真っ直ぐ俺へと向かってくると、そのまま俺の身体を上って肩…では無く頭の上まで上っていった。
チラリと視線を上げてみれば、視界の端に見える尻尾…ユーノだ。
そして、そのユーノを追って女湯のほうから飛び出してきたのも勿論。
「あ、雄介くん!? もう、勝手に人の頭の上にまで上っちゃ駄目だよ、ユーノくん!」
「っ!?」
なのはは俺を見つけて、さらに頭の上に居るユーノを見つけるとユーノを叱り付ける。
きゅーと弱々しく鳴いて抗議してみせるユーノ、何で逃げてるかは知らないけど少しでも高いところに行きたかったんだろう。
しかし、俺はそれどころでは無かった。
「?どうしたの雄介くん、何で変な方向向いてるの?」
「…いや、別に」
なのはが聞いてくるが、俺はそっちに顔を向けない…が、チラリと視線を向ける。
俺の前に立って不思議そうな顔をしているなのは、その格好はここに到着した時とは少しだけ変わっている。
詳しく言うと、上着の一番上に来ていたものを一枚脱いで、半袖の白いシャツ姿なのだ。
別に、去年の夏ごろとかはそんな格好だったけど、今日の朝は違っていたし明らかについさっきまでより薄着だと解るのは…なんと言うか、色々と驚く。
心臓とか、俺の精神的にとか。
取り合えず、落ち着こう…別に格好としてはおかしくないんだ。
今から温泉に入るんだし、ちょうど服を一枚脱いだところだったんだろう…あれ?じゃあ今のなのはは、上はコレ一枚?
なのはの年で、ブラとかはまだ早い…って、何を考えてる俺は!?
イカン、忘れろ忘れろ忘れろ…っ!!
あの下に、薄手のキャミでも何でも着ているに違いない、そうだろうそうなんだきっとそうに違いない!!
「え、わっ!? ど、どうかしたの雄介くん!? そんなに頭振ると、ユーノくんが落ちちゃうよ!?」
「え? あ、わ、悪いユーノ…」
何時の間にか振っていた頭を止めて、頭の上に居るはずのユーノに手を伸ばす。
どうにか落ちては居なかったようで、ユーノを手に取りその手を目の前に降ろすと。
「きゅ~…」
ユーノが、眼を回したようにフラフラしていた。
って言うか、眼を回してるんだろうなぁ…俺の所為で。
ユーノは少しフラフラしていたが、しばらくするとしっかりと後ろ足で立って、人間のように頭を勢い良く振っている。
フェレットでも、眼を回したら同じことするんだなぁと思いながら。
「え、えーと…どうかしたのか、なのは? ユーノを追いかけてたみたいだけど」
「え? あ、あのね…温泉に入ろうと着替えてたら、何でかユーノくんが急に逃げ出しちゃって」
追いかけて、慌てて出てきたところで俺と遭遇したのか。
しかし、逃げ出した…ね。
「逃げたって、ユーノはお風呂が嫌いなのか?」
「そんなことは、無かったと思うけど…」
そう言うと、ちょっと考え込んでしまうなのは。
動物なんかは、洗われるのを嫌がる奴も居るけど…って、そうだったら今までにも嫌がってるから、それは無いか。
「そういえば、私やお姉ちゃんと入る時は嫌がってるかも…」
「?なのはや、美由希さんと?」
「うん。 お兄ちゃんとか、お父さんだとそういうのは無いんだけど」
…それはまた、不思議な?
選り好みでもしてるのか、ユーノもオスだし…いやしかし、オスならなのは達って、更に何を考えている俺!?
いかん、何だか今日は思考の方向性がおかしすぎる。
「あー、じゃあ俺がユーノを連れて行こうか? 向こうには恭也さんも士郎さんも居るし」
「え!? そ、そんなの悪いよ、ほらユーノくん!」
俺の提案を慌てるようになのはが断り、ユーノへと呼びかけるが、ユーノは俺の手から退く気配が無い。
きゅーと、申し訳なさそうに鳴くのみだ。
なのははしばらく、むむっとした顔でユーノを無言で見つめていたが、やがてガックリと肩を落としてしまう。
「うぅ、ごめんね雄介くん? ユーノくんの事、任せても良い?」
「あぁ大丈夫だ、しっかり洗っておいてやるよ」
なのはが諦めたのを理解したのか、ユーノは俺の手から頭の上へと移動する。
余談になるがここ最近、と言うか大体この間なのはの倒れた時くらいから、ユーノは大分俺に懐いてくれているようだ。
何かと、俺の身体によじ登ってくる…一番多いのは、アリサのちょっかいから逃げ出す時だけど。
男同士だとでも、思ってるのかも知れないな…俺も、アリサにからかわれる同士で妙なシンパシー持ってるし。
「じゃあなのは、俺はちょっと部屋に忘れ物したから」
「そうなんだ…あ、ちょっと待って雄介くん!」
ユーノを連れて女湯の前から立ち去ろうとしたら、何かを思い出した様子でなのはに呼び止められた。
って言うか、さっきから気にはしないようにしていたんだけど、ここは女湯のちょうど出入り口の真ん前何ですけど。
通り過ぎるだけなら良いけど、ここで話し込んでると周りの視線が…あぁ、また何か微笑ましい眼で見られてる。
不審者を見るような眼よりは良いけど、それでも何かむず痒くなるのでもの凄く気になる。
「どうかしたか、なのは?」
「うん、あのね? さっきアリサちゃん達と話してたんだけど、温泉から出たら皆で宿の中を探検しようって相談してて…雄介くんも、行くよね?」
当然のように俺をメンバーだと考えてくれてるのは、嬉しい限りです。
もちろん行くさ、絶対に。
「あぁ、もちろん。 じゃあ出たら、この辺で?」
「うん、早く出たほうが待ってることにしよっか」
そう言って、笑顔を向けてくれるなのは。
女の子のお風呂はきっと長いんだろうし、俺が待つことになるだろうけどそんなのはどうって事ないな。
それじゃあまた後でねと言って、手を振りながらなのはは女湯の方へと消えていった。
なのはが見えなくなるまで、俺も手を振り返して。
「さて、戻るか♪」
「きゅ?」
心なしか、声が弾んだけれど気にしない。
頭の上のユーノも不思議そうな鳴き声を出したが、そんなのは気にもならん。
さぁ、忘れものを取ってさっさと温泉に戻ろうか♪
+++
軽い足取りで部屋へと戻り、そのまま直ぐに男湯へととんぼ返り。
忘れ物? そんなのはすぐに取ったさ。
男湯へと戻り、ささっと服を脱いでさぁ入ろうとした時。
(…あれ? ペットって入れても良いのか?)
ふと思ったが、なのはが入れようとしていたので大丈夫だろう。
なのはの事だ、バレなければ良いとは考えないだろうし。
きっと、ペットもOKだったに違いない。
ガラガラガラと引き戸を開けて、思わず一言。
「うわぁ…でけぇ」
「きゅー」
視界一面に広がる湯船と、立ち上る湯気が凄い。
頭の上のユーノが、同意するように鳴き声を上げた。
前世で行った中でも、一番大きいな…まぁ、今の俺が小さいのもあるんだろうけど。
引き戸を閉めて、改めて中を見渡してみると、今は士郎さんと恭也さんの二人しか居ない。
高町家貸切状態だなぁなんて思いながら、取りあえずは身体を洗ってしまおうとそっちに向かう。
「…あー」
手早に身体を洗って湯に浸かろうと思ったが、ユーノの事を考えていなかった。
いくら頭が良いとは言え、俺が身体を洗っている最中にどこかに行ってしまう可能性がある。
さてどうしようと考えて、
「…先に洗って、恭也さんか士郎さんに任せるか」
言いながら、頭の上のユーノを下ろして洗い始める。
きゅーきゅー鳴いているが、残念ながら洗っている間は我慢してもらうしか無いな。
置いてある石鹸は動物に合うかが解らないので、手洗いのみ。
だから、しっかりワシワシと洗うしか無い。
「きゅ、きゅー!」
「ええい我慢しろユーノ、暴れても止めないぞ」
暴れるユーノを押さえつつ、その毛並みをガシガシと洗っていく。
こういう洗い方は良いのかは知らないけど、手洗いだからまぁ良いだろう。
他の洗い方って言ったら、車みたいに思いっきり水を強く掛けるしか思いつかないし。
そうやって暴れるユーノをようやく洗い終え、湯の中の恭也さんへと向かう。
士郎さんは奥のほうに居て、恭也さんは手前の方でノンビリしているからだ。
「恭也さん」
「ん、どうかしたか雄介…それと、ユーノはどうしたんだ?」
こっちを振り向いた恭也さんだが、取りあえずは俺の連れているユーノが気になったようだ。
ユーノは俺が洗っている最中、ずっと暴れていた所為かグッタリとしている。
「ちょっと暴れるのを押さえながら洗ってたら、こうなっちゃいまして」
「いや、そちらもだが…なのはが連れて行かなかったか?」
あ、そっちか。
確かに、恭也さん達と別れたときは連れてなかったもんなぁ。
「いえ、さっき忘れ物を取りに戻った時、なのはから逃げ出してるところで行き会いまして、そのまま流れでこっちに?」
「あぁ、そういえばユーノはなのは達とは嫌がっていたか…家では無理やり、連れて行かれていたが」
そうなんだ、ユーノは。
思わず同情の目線でユーノを見るが、ユーノは未だにグッタリしている。
しかし、それだったら連れてきて良かったかも知れない…アリサとか、手加減がなさそうだ。
「で、どうかしたのか雄介?」
「あ、ハイ。 俺が身体とか洗う間、ユーノを見てて貰っても良いですか?」
「あぁ、それなら良いぞ。 もともと、ユーノは家のペットだからな」
「じゃあスイマセン、お願いします」
そう言って、手に持っていた洗面器にお湯を半分程度張って、その中にユーノを入れる。
こうして更に湯に浮かべておけば、ユーノが逃げることも出来ないだろう。
恭也さんに見ててもらえば、もし引っくり返っても対応してくれるだろうし。
「さぁ雄介も早く身体を洗って、湯に浸かると良いぞ」
「はい、じゃあ身体洗ってきます」
そう言ってさっきまでユーノを洗っていた場所に戻り、今度は自分を洗っていく。
家で長風呂派な俺だけど、湯に浸かるのが長いだけなのでちゃっちゃっと身体と髪の毛を洗い終える。
石鹸の類を洗い流して、取りあえず恭也さんの方へ。
「恭也さん、ありがとうございました。 ユーノ引き取りますね」
「いや、別に構わないさ。 それよりも、雄介も早く入らないか?」
「そうですか?」
構わないと言ってくれたので、ユーノはそのまま洗面器に入れて浮かべておき、恭也さんの隣へと入る。
ゆっくりと全身を湯船に浸ければ、ものすごく気持ちいい。
流石温泉、日ごろの疲れが一気に流れ出していくみたいだ。
最近は、なのは関係で頭を悩ませる事も多かったしなぁ…今日は、旅行中だからかそんな素振りも全くと言っていいほど無かったけど。
+++
ところで温泉って、声が凄く響くんですね。
え、何のことかって?
それは…
『はいお姉ちゃん、終わったよ』
『ありがとうなのは、じゃあ次はお姉ちゃんが洗ってあげよ~』
『え、えぇ!? い、良いよぉ別に』
『そうは行かないよ~、それっ!』
『わぁっ!? もう、お姉ちゃん!?』
『ふっふ~ん…あれ、なのはちょっと大きくなった?』
『っ!? どこ触ってるのお姉ちゃん!!』
『ごめんごめん…でも、やっぱりなのは』
『お姉ちゃん!』
…聞こえない聞こえない、考えない考えない考えない。
なのはの大きくなったのは身長、そうに違いない。
身長身長身長身長、身長に決まってる。
あと、すずかやアリサとかファリンさんとか皆の声が聞こえるけど俺には聞こえないんだ。
聞こえないったら、聞こえないのだ。
「そういえば、雄介」
呼びかけてきた隣の恭也さんを見れば、実に平然とした顔。
この声、聞こえてるはずですよね?
何でそんなに平静…って、なのはは妹だから当たり前で、アリサやすずかは対象外ですかきっと。
でも、きっと恭也さん的にストライクな忍さんとかノエルさんの声も聞こえますよ?
何でそんなに平静なんですか?
「…雄介、聞いてるか?」
「え、あ、ハイ? 何ですか?」
イカン、つい返事が出来なかった。
慌てて返事をして、恭也さんに向き直る。
「実はな、前から聞いてみようと思っていたんだが…」
「はぁ、何でしょう?」
はて、恭也さんが一体俺に何を聞きたいのか?
前からって、一体何を?
そう考えつつ、離れていこうとしていたユーノin洗面器を手繰り寄せる。
誰かが動くと波が起きて、流れていってしまうのだ。
そんなユーノを、手の届く範囲に浮かべたところで。
「あぁ、雄介はなのはのどこが好きなのかと思ってな」
「…」
ジャボン、ブクブクブク…
頭の天辺までお湯に沈めて、しばし黙考。
黙考思考考え熟考、取りあえず考え続ける。
しかし息が続かない、だから一度お湯から頭を出す。
「どうかしたか、雄介?」
「いえ…」
お湯から出てきた俺に、恭也さんは笑顔で話しかけてくるが今の俺にはその笑顔が胡散臭くて仕方が無い。
この間すずかの家に遊びに行ったときの、忍さんの笑顔とそっくりだよコンチクショウ。
流石恋人、とでも言ってやろうか。
取りあえず、
「何でしたっけ恭也さん?」
「あぁ、雄介はなのはどこが好きなのかと思ってな」
聞いてなかった作戦、失敗。
成功するとは思ってなかったけど、全く同じトーンで聞き返さないでください恭也さん。
「ふむ、雄介どうなんだ?」
「…えーと」
さも当然のように、話に入らないでください士郎さん。
それより士郎さん、アンタ何時の間にこっちに来た?
さっきまで、奥の方で一人で居たはずだ!
それにその笑顔も止めろ、俺が最近見ることの多い笑顔にそっくりだ!
こっち来んな!見んな!
「……ふん」
「きゅ、きゅー!?」
何でかユーノまでこっちを見ていたので、洗面器をひっくり返さないように横回転させる。
コーヒーカップのごとくユーノが回るが、簡単に恭也さんが止めてしまった。
ちっ。
「で、どうなんだ雄介?」
「あー」
って言うか、本気で高町家の男性陣にはバレバレだったのかよ!?
二人とも良い笑顔だよ、最悪なことにな!
こうなったら後バレてないのは、美由紀さんと桃子さん…バレてそうだ、もの凄く。
本丸凄く頑丈なのに、外堀完全に埋まってるんだけど。
いや、本丸硬すぎてどうしようもないけどさ。
何この家族、娘に悪い虫が付きそうなのに大歓迎ってどういう事だ。
…ってか、そろそろ無言の圧力が強くなってきたような?
答えないと駄目か…?
「えー…秘密、って事には?」
「ふむ…」
あれ?駄目もとで言ってみたのに、なんか良さげな感じ?
良いのか、言わなくても別に良いのか?
士郎さんはうんうん頷いてるし、恭也さんは…こっち見てる?
恭也さんは、ふむと一つ言ってから、
「好きなのは、やはり否定しないのか」
………しまったぁぁぁぁあああああ!!??
+++後書き
コメレスは、感想欄の良いと言われたのでそっちにいきまーす。
温泉編、ユーノの淫獣フラグを一本これで叩き折れたはずww ってゆーか長くなりそうwwこの話は雄介主観なので、雄介の印象に残る部分は割り増しで書かれてますww